【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。おかげでドバーっと更新できてます。こんな作者で申し訳ない。
 キャラのご応募もありがとうございます。有難く拝見させて頂いています。作者のやる気に繋がっています。

 何度も書きますが、本作はバーッと書いてドバーッと投稿しているので、色々詰めが甘いです。
 そんなもんです。

 今回は三人称、とある冒険者視点。
 先に謝っておきます。すみませんでした!



◆追記◆
 5月4日。会話パート加筆。


この転移者は身勝手すぎる

 エレークトラは奮起した。

 必ず、かの乱暴狼藉の魔族を除かなければならぬと決意した。

 

 エレークトラには治政が分からぬ。

 エレークトラ・ヴィンス・カトリアは、伯爵家の娘である。学を修め、馬と遊んで暮らしてきた。

 けれども民を脅かす存在に対しては人一倍に敏感であった。

 

 エレークトラは末っ子である。

 カトリア伯爵家はエレークトラと両親と、兄三人の六人家族である。妾の子を加えれば、彼女の兄は九人いた。

 末っ子であるエレークトラは家族一同からたいそう可愛がられた。けれども心はお姉ちゃんであった。

 

 何故か? 性癖である。

 

 エレークトラには家族がたくさんいる。貴族の血を継いでいるだけあり、兄は皆エレークトラよりも強く壮健である。

 彼らの長である父は、領全体の長であり、当然として爵位相応に武に秀でていた。

 そんな父の口癖が、こうであった。

 

「貴族は民を守るものだ」

 

 これを聞いたエレークトラは、身も心も強い父に憧れ、自分もそうなりたいと思った。

 幼き日、エレークトラはお屋敷で淑やかに振る舞う令嬢よりも、強い貴族に憧れるようになったのだ。

 そして、父の教えはエレークトラの脳でこのように処理されたのである。

 

 強い貴族は民を守る→父は皆を守る→兄は妹を守る→私も兄と同じく民を守る→なら私は民みんなのお姉ちゃんである。

 

 それを悟った時、エレークトラは絶頂した。

 頭がおかしい。

 

 エレークトラは強い貴族に、ひいては皆の“お姉ちゃん”に憧れている。

 故、空いた時間は武術の鍛錬に励み、その成果を迷宮の踏破で以て示してみせた。

 

 迷宮踏破は貴族の誉れである。

 そんなエレークトラの気性を、家族みんなで喜んだ。

 これこそ、ラリス王国の理想的な貴族像である。

 

 

 

 ある日、エレークトラは屋敷を出発した。すれ違う民と挨拶をしながら、領唯一の転移神殿に向かっているのだ。

 神殿に着くと、何やら見かけぬ冒険者たちと商人風の男が話し込んでいるのが見えた。どうやら、依頼について話している様だった。個室を使ってないあたり、よほど急いでいるらしい。

 どうやら、森に暴走した魔族が出たので討伐してくれとの事だった。

 

「話は聞かせてもらいました!」

 

 そういう話に、人一倍敏感なエレークトラが首を突っ込まない理由はなかった。

 一瞬、商人は「うげ!」みたいな顔をした事に、気づくお姉ちゃんではなかった。迷宮踏破は貴族の誉れだが、治安維持は貴族の務めなのだ。頼られるのが好きなエレークトラは、内心ウッキウキであった。

 

 結局、森の魔族討伐にはその場に居合わせた臨時の一党で向かう事となった。

 円盾と短槍を使いこなす貴族令嬢。鋼鉄札のエレークトラ。

 最初から商人と一緒にいた魔術師の翁。鋼鉄札のルイ。

 商人と翁に同行を依頼されていた斥候の男。鋼鉄札のスキスキン。

 エレークトラ参戦を聞いて飛んできた同盟仲間。鋼鉄札のファリン。

 おもしろそー、と勝手についてきた鬼人少年。銀細工のラフィ。

 総勢五人の臨時一党。うち一人は銀細工持ち。なかなか豪華なメンバーである。

 

 実際、この一党は強かった。

 森を案内してくれるスキスキンに、前に突っ込んで攻撃するファリン。槍と魔法で中衛をこなすエレークトラと、後衛のルイの援護。最も強いラフィは基本ついてくるだけで、デカい魔物が出た時だけ一人突っ込んで一刀両断していた。

 皆、癖は強いが優秀である。自称お姉ちゃんなど、この一党の中では割と常識的なあたおかだ。自然、エレークトラは一党の常識人&苦労人枠に収まった。

 

 依頼は森に逃げた魔族の討伐である。

 どうやら、王都行きの街道を移動していた馬車が何者かに襲撃され、その時中で捕らえられていた魔族が逃げたらしいのだ。

 放置しておくとマズい。普通、こういうのはすぐ貴族にお願いするものだが、あの商人は何故ギルドに向かったのだろうかとエレークトラは思った。が、そこは貴族思考。「領民はアホだからアホな事して当然」マインドでスルーした。

 

 逃げた魔族は、既に自我を喪失した危険な暴走状態にあるという。

 魔族は不老不死な種族が多いが、だからこそ長寿の苦しみから逃れるように時折狂う者が出る。そういうのを討伐したり、未然に防いだりするのも貴族の務めである。

 これまた何故王都に輸送していたのかは分からないが、そんなのお姉ちゃん的にはどうでもいい。エレークトラは意気揚々と森を進んだ。

 

 森の行進は順調だった。

 襲ってくる魔物は片っ端から仕留めていき、治安向上に努める。道中、追跡の手がかりとなる戦闘跡を見分し、追手を撒いた魔族がまだ何処かにいる事を知る。エレークトラの貴族魂もといお姉ちゃん魂がメラメラ燃えていた。

 

 暗い森だった。

 何かが起きそうな、静かな夜だった。

 危険を冒す喜びと、戦の前の高揚。それと、自己実現の充足感がエレークトラを動かしていた。

 

 そして、奴が現れた。

 

「どうも、こんばんは」

 

 

 

 

 

 

「そいつは敵じゃ!」

 

 開戦は突然であった。イシグロが“月”と言った瞬間、寡黙だった翁が先んじて戦闘態勢を取ったのだ。

 号令と同時、駆けだしたのは二人。鬼人の少年・ラフィと、旋棍の少女・ファリンだ。二人に隠れるようにして、斥候のスキスキンもイシグロの死角に回り込むべく動いた。

 対するイシグロは、何事か呟くと迷わず腰の剣を引き抜いた。闇夜にあって鈍く輝く刃には、怜悧な闘志が満ちていた。

 

「オラァ!」

 

 先手はラフィであった。小柄な彼が持つには長大な剣を、彼は大上段から思い切り振り下ろした。ドゴン! と、剣が出したとは思えない轟音。鬼の剣が地面にめり込んでいた。仕留めていない。

 イシグロは鬼の剣撃を横っ飛びに避けると、続く少女の旋棍を剣で受けた。打突、打突、凪ぎ払い、都合三撃の旋棍は、いとも容易く防がれていた。文字通り死闘の数と格が違う。ファリンはイシグロを縫い付けるように攻めを継続した。こちらには仲間がいる。

 前にファリン。横からラフィ。背後に影、首目掛け閃く致命のカミソリを、イシグロは彼の手首を掴んで止めた。

 そして、まるで大槌でも扱うように、イシグロはスキスキンの身体を振り上げ……。

 

「ふん!」

「「おぉ!?」」

 

 ガン! と、冒険者の硬い身体が地面に激突した。地が陥没し、土が舞い上がる。ファリンは反射的に後方に逃れ、スキスキンは一瞬気を失った。やった事は単純で、乱暴極まる。即席のヒトガタ鈍器を思い切り振り下ろしたのだ。

 次いで、再度突進してきたラフィとファリンの間に投げつけたのだ。小柄な二人は飛んできた仲間を反射的にキャッチした。スキスキンはもっかい気を失っていた。

 

「対象指定……“絡みつく雷の矢”!」

 

 三人がもつれ合ってる間に、翁は場に即した実戦的な魔法を使用した。初速と拘束性能に優れた魔法が解き放たれ、イシグロに迫る。

 コンマ以下秒、イシグロは飛んでくる魔法を見て、あえて前に出た。そして、眼前に迫る魔法を、剣の腹で“受け流し”、一気に彼我の距離を消し飛ばした。それはあまりにも覚悟ガンギマリな神風ムーブであった。

 接近された魔術師は弱い。ルイとイシグロの視線が合う。ルイは反射的に防御魔法を展開しようとして、それより早くイシグロの足が躍動した。

 

「ぐあ……ッ!?」

 

 勢いそのまま、イシグロは魔術師のおじいちゃんに高速低空ライダーキックをぶちかましたのだ。翁の身体が「く」の字に曲がり、全身の骨が嫌な音を立てた。剣士が出せる蹴りの威力ではない。

 異世界物理法則に従い水平方向に吹き飛ばされたルイは、ぐしゃりと木に叩きつけられ、やがてぐったりと四肢を投げ出した。戦闘不能である。

 猫の様に慣性を殺したイシグロは、油断ない構えで先の戦士たちに振り返った。

 

 ほんの僅か、静寂が過る。

 瞬きの間だった。けれど冒険者にとっては慣れた時間感覚のはずだった。ラフィならば、ファリンならば、反応できない訳ではなかったはずだ。しかし、誰もルイを襲う狂人の動きを止められなかった。

 迷いのない狙い。惑いのない動き。そして、あまりにも慣れ切った攻守の転換であった。

 

 この男、囲まれる事に慣れている。

 

 笑みを消したファリンが旋棍を構える。

 いっそう笑みを深くしたラフィが大剣を担ぐ。

 気絶から復帰したスキスキンが息を殺して機を伺う。

 イシグロは、そんな三人に対峙して……否、四人に対峙して、空いた左手の指(・・・・)で虚空を叩いていた。

 

 張り詰める緊張の糸。戦場の中、エレークトラだけが動いていなかった。

 果断さがなければ死ぬ冒険者である。当然、エレークトラとて即開戦の現状に対応できなかった訳ではない。

 ではないが、なまじそのタイミングと翁の言葉に困惑して、どうすればいいか分からなくなったのである。いやいや、普通に話し合いフェイズだったでしょ。

 

 それに、気になる事もあった。

 

 先ほどの攻防、端から見ていたエレークトラだからこそ気づけたが、イシグロはその気になればラフィ以外の誰かを殺す事ができたのである。

 ラフィの剛剣を警戒するのは当然だろう。防御でなく、回避を選んだのも理解できる。しかし、その後の動きはどうだ。

 ファリンの攻撃には防御一辺倒で反撃をせず、スキスキンに対しては行き掛けの駄賃とばかりに首なり腹なりを切りつける事ができたはずだ。

 極めつけはルイへの攻撃である。飛来する雷魔法を受け流せる程の剣士が、何故剣でなく足で翁を攻撃したか。何故、殺さなかったか。

 

 その時、エレークトラのお姉ちゃん回路がスパークした。

 イシグロは、私たちを殺す気が無い。

 これは、不幸な遭遇戦なのではないか?

 

 正解である。

 

「どっちも待って! これは双方望まない戦いです!」

 

 聡明なお姉ちゃんであるエレークトラは、この状況で気丈にも声を張った。

 視線が集まる。これでいい。あっちもこっちも、話せばわかるはずなのだ。

 イシグロという男は、戦闘中にあって敵に気を配れるほど理性的な銀細工持ちなのである。決してガチのあたおかではない。

 

「私の名はエレークトラ・ヴィンス・カトリア! この森を領地とする、カトリア伯爵家の娘です! ここにはとある商人からの依頼で来ました!」

 

 言いつつ、率先して槍を放り投げた。自主的な武装解除である。次いでゆっくりとイシグロに歩み寄り、会話を進める。

 

「イシグロさん! 貴方は何故ここに来たのですか?」

「……依頼です」

 

 やっぱりだ。この人はあくまで冒険者の仕事で来ただけの人で、我々の敵ではない。

 タイミング的に、きっと目的も同じはずだ。お姉ちゃんのスパークした思考回路は絶好調だ。

 

「よかった、私たちもです。先ほどは突然攻撃してすみません。貴方が襲撃犯の仲間なのかと、一党の者が勘違いした様で」

「違います。エレークトラさんはどういう依頼で此処に?」

「私は、商人からの依頼で、暴走した魔族の討伐の為に来ました」

「討伐ですか……?」

「ええ。イシグロさんも同じですよね? 何方から依頼を?」

 

 エレークトラの問いに、何故かイシグロは答えなかった。

 その表情は蝋で固めたかの様な無であり、漆黒の瞳は激しく震えていた。

 みしり、という音が、彼の剣の柄から聞こえた。

 

「……とある商会です。何者かに襲撃され、それによって逃げた魔族を保護しにきました。討伐ではありません」

「魔族の保護?」

 

 エレークトラの思考が回転する。

 自分たちは魔族の討伐に来た。イシグロは魔族の保護に来た。恐らく狙いは同じだが、目的が違う。

 事実は不明だが、イシグロの言っている事が正しいならば、魔族の乗った馬車を襲撃したのは別の勢力という事になる。という事は、依頼主は輸送先の何者かだろうか。

 

 いや、待て……。

 

 そもそも、暴走兆候のある魔族を、何の為に輸送していた?

 こちらの依頼主も、緊急事態だとして何故このような依頼をいち冒険者に依頼をした?

 

 もしかして、貴族に依頼をしたくなかった……?

 

 暴走兆候のある魔族を輸送していた商人。

 魔族の輸送先と思しき、イシグロの依頼主。

 理由も分からぬ襲撃。

 本来貴族に依頼すべき内容の、怪しい討伐依頼。

 

 今更になって気づく。

 これは、貴族的に見過ごせない激ヤバ案件なのではないか?

 

「イシグロさんは、何故暴走した魔族の保護を?」

「……何故も、なにも、暴走したのは襲撃犯のせいでしょう。それで討伐されるなど、あっていい事ではありません」

 

 その瞬間、イシグロの無表情に明確な色がついた。憤怒である。

 否、表情だけではない、全身から、とても濃密な怒気が溢れた。

 

 まずった! と、エレークトラは内心歯噛みした。

 相手にその気がなさそうだったから油断したが、この男も立派な銀細工持ち。即ち頭がおかしい。対応を間違えて、キレさせてしまった。

 

 焦ったエレークトラは、無意識に先ほど放った槍を確かめた。槍は後方、全力で飛びつけばすぐ手に取れる位置だ。

 それが、相手の警戒心を煽った。

 

「動かないでください。動いたら攻撃します。今度は剣を使います」

 

 怒気に満ち、余裕のない声色には今にも爆発しそうな危うさがあった。

 エレークトラの一党の警戒が強まった。こちらも爆発寸前だ。エレークトラは、緊張を顔に出さぬよう苦心した。背中はびっしょりと汗をかいていた。

 

「答えてください」

 

 イシグロは強く剣の柄を握りしめていた。無意識だろう、その刃の向きが攻撃の前準備に入っていた。

 エレークトラは今すぐ退避できるようにしながら、迷宮狂いの次の言葉を待った。

 

「自分が“月”と言った時、何故敵だと言ってきたのですか」

「それは……」

 

 わからなかった。アレは翁が勝手に発した号令であって、頭目の指示ではなかった。

 何故、ルイがイシグロを敵認定したのかは分からない。月という、恐らく何かの符号を聞いた瞬間、こうなったのだ。理由など知るはずがない。

 暗部の符号? 翁の勘? ていうか月って何だよ。

 

「……分かりません」

「今の状況、自分の視点では貴女方が時間稼ぎをしている様に見えています。それはご理解頂けますよね」

「ええ、そうだと思います。ですが、時間稼ぎではありません」

「そうである事を願います」

 

 きな臭い依頼。おかしな翁の行動。殺意はないが、怒り心頭のイシグロ。

 エレークトラの脳はパンク寸前だった。話し合いを提案したが、これを上手く収める自信はなかった。けれどやらねばならない。

 それと同時に、今一度敵対してしまった場合の戦術も組み立てておくべきで……。

 

「クソがよ……」

 

 スッと、イシグロの目が細まる。ついに怒りが臨界点に到達したのだ。

 時間切れだ。もう話し合いはできそうにない。

 

「理由はともあれ、貴女方は暴走した魔族を討伐したい。間違いありませんか?」

「え、ええ……」

「自分は、貴女方を襲撃犯の味方だと疑っています。自分は、攻撃してきた貴女方を信用できません。貴女方を対象に近づけたくありません。それはそちらも同じでしょう」

「そう、ですね……」

「……自分には、依頼達成の為なら貴女方を無力化する用意があります。ここは、自分に譲って頂けませんか?」

「それはできません。一度受けた領民の依頼を、貴族の私が投げ出すわけにはいきません」

 

 反射だった。決断の前に、エレークトラは貴族の矜持を示した。それは過去の経験から自然に出た本心だったが、現状で口にすべき言葉ではなかった。

 イシグロは冷静ではなかった。同じくエレークトラも冷静ではなくなっていた。故に、ついいつもの貴族性が表に出てしまったのである。

 

 言葉の後、エレークトラは「はっ」となった。これは最適解ではない。

 その時、エレークトラは惑った。対話を再開すべく声をかけるか。急いで武器を取るか。けれども、相手は既に覚悟を決めていた。

 

「そうですか……」

 

 一瞬だった。鋼鉄札のファリンも、銀細工のラフィも、当事者のエレークトラも当然として、その動きに一切反応できなかった。

 エレークトラの視界からイシグロが消えた。背後に気配、振り返る。いない。前に気配、視線を戻す。眼前に、怒りを湛えた黒い瞳があった。

 

「ご安心ください。後で治療します」

 

 ストンと、尻もちをつくエレークトラ。両足に熱。膝から下が、無かった。防具ごと、切断されたのだ。

 二閃、イシグロは二度、この中の誰にも見切れぬ(はや)さで彼女の足を“切り抜け”たのだ。把握して、理解して、気づきたくもない痛みがやってきた。

 

「ぎゃあああああああああッ!」

 

 血しぶきが舞う。何度も怪我をした事のあるエレークトラでも、流石に足を欠損した事はない。魔物に手を噛みちぎられた時よりも痛い。怪我には慣れたが、十代の少女が欠損に慣れる訳がない。

 エレークトラは回復魔法を使う前に、恐慌状態に陥った。奇しくもイシグロは、一党唯一の回復役(ヒーラー)を排除できたのである。

 

「エレークトラ!」

 

 驚くべき事に、最も迅速に行動できたのは、この中で最も冒険者経験の浅いファリンであった。彼女は発揮できる最大の速度で以てイシグロに接近した。

 

「“小治癒”……!」

 

 しかし、銀の土俵にはまだ遅い。イシグロは片手を振るい、エレークトラの足の断面に“小治癒”をかけ、止血した。頑丈な冒険者だ、死にはしない。死ぬ事はないが、エレークトラは痛みで気絶した。

 それから一瞬たりとも視線を寄越す事なく、ファリンの攻撃を剣で弾いた。火花の奥、ファリンはイシグロを睨み、イシグロは迫るラフィに注意を払っていた。

 つまり、そういう事である。ファリンの怒りゲージが上限突破し文字通り怒髪天を衝いた。無意識に使用した能動スキル“激昂化”である。

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 

 攻める、攻める、攻める! 連携を忘れ怒涛の連撃を繰り出し続けるファリン。その猛攻を、迷宮狂いは(チート)任せに防ぎ続ける。それどころか、途中から合間に取り出した安物の短剣で凌ぎはじめた。本命の剣は、念の為に取っておくつもりなのだ。

 

「邪魔だ退けぇ!」

 

 甲高い怒声、鬼人の咆哮だ。ファリンの後ろから鉄塊の如き剣が迫る。このままだとファリンに当たる軌道だ。

 待っていた。イシグロは短剣を振るってファリンを弾き返すと、その腹に強か蹴りを食らわせた。反動で退くイシグロ。大剣を振り下ろすラフィ。そして、斬撃の根本に蹴り出されたファリン。

 ぐしゃり、バキリ。肉が潰され、骨が砕かれた音である。狂人の目論見通り、ファリンは鬼人の一撃で片腕片足を持って行かれた。ラフィはなおもイシグロだけを見ていて、今度はイシグロが半死半生のファリンを見ていた。

 

「ギッ……!?」

 

 悲鳴を上げる間もない。短剣を投げて鬼人を牽制し、即座に接近したイシグロはファリンの金髪を掴み上げると、まるで西部劇のワンシーンの様に少女を引きずり駆けだした。イシグロの通った後に処女の鮮血が線を引く。

 この光景には流石の鬼人少年もためらいを見せ、脱兎の如く逃げたイシグロを追うのに僅かな間があった。イシグロは気絶した少女の傷口に“小治癒”をかけ、適当な所に力いっぱい投擲した。その手には金の髪が絡まっていた。

 

()ッ!」

「ぐおっ……!」

 

 かと思えば、黒鎧黒剣の狂人は流れるように剣を投擲した。次いで抑えた悲鳴。ルイを治療しようとしていたスキスキンの下腿に剣が突き刺さったのだ。

 転倒しかける男。しかし彼も流石の冒険者ぶりで、すぐさま受け身を取り是正した。が、隙が生まれた。

 

 トドメを刺すべく駆けるイシグロ。動きを察して先回りの剣を振るうラフィ。勢いよく駆けだした都合上、例え銀細工持ち冒険者であっても鬼人のこの斬撃から逃れる事はできない、未来予知じみた戦闘勘。まさに天才的神業である。

 しかし、イシグロはその上を行った。否、当人にそのつもりはなかった。たかだかチート持ちなだけの元一般人が、鬼人屈指の剣技をアドリブで何とかできる訳がない。ならばどうして、どうやって致死の一撃を掻い潜ったか。

 

「なんっ!?」

 

 加速して、逃げた。柔拳士ジョブの能動スキル“軽功”。その一歩は、その跳躍は、優秀な戦士こそ引っかかる初見殺しの歩法だった。もしイシグロがただの剣士であったなら、今ので決着がついていた。

 痛みを耐え、振り返って剣を確かめたスキスキンは、瞬きの間に全身黒ずくめの男に接近されていた。スキスキンの脳裏に今日の記憶が蘇る。こんな依頼受けるべきじゃなかった。

 

 加速する黒剣。更に一歩、軽功水平跳躍。右足を前に、左足を畳む。さっきの焼きまわし。体重を全て乗せた……。

 

「グゲァ!?」

 

 高速低空ライダーキックである。

 

 ズサーっと地を滑って慣性を殺すイシグロ。ついでに剣を呼び出しスキスキンに追撃。流れ作業的に彼の手足を分割すると、サッと雑に回復魔法をかけた。

 気絶中のスキスキンに痛みがなかったのが救いである。流れる血の量も、他よりマシだ。

 

 再度、戦場に静寂が戻る。

 周囲には複数の血だまりができており、むせかえる様な鉄の臭いが漂っていた。

 

 イシグロとラフィ。銀細工と銀細工。一対一になった。この段になって、ラフィの闘争心に火が付いた。

 元来、ラフィは単独の性質である。楽しい戦いを求めていた彼は、勘に従ってこの依頼に同行したのである。

 なるほど、やっぱ自分の勘は冴えていると、ラフィは自賛した。鬼人の少年は、今日一番の笑顔になった。

 

「来いよイシグロ! 細かい事はもういいでしょ! さっさと戦ろうぜ!」

 

 剣を構えるラフィ。そんな鬼人を前に、イシグロは収納魔法から取り出した剣の柄を後ろ手に投擲した。無意味な行動だが、隙はない。ラフィは微動だにせず彼の動きを注視した。

 イシグロの背後で翁の悲鳴。一瞬、視線をやる。気絶から復帰しかけていたルイの顎が砕けていた。再度、翁は気絶した。

 自分との死闘より、雑魚の無力化を優先したのである。

 

「あぁンっ!?」

 

 その時、ラフィはキレた。彼の中で決定的な何かが千切れ飛んだのが、やけに明瞭に感知できた。

 思考の前に飛び出ていた。銀細工最上位の膂力が唸る。“剛剣鬼”のラフィが、ついに牙を剥いたのだ。

 

「ガアアアアアアアアア!」

 

 一閃二閃三閃四閃……! 小枝でも振り回すような鉄塊の嵐! 一度でもかすれば剣圧にやられ、次の斬撃でジ・エンド! 盾も鎧も意味をなさぬ、あまりに粗暴な死の舞踏! 暴威の化身!

 その剣撃を、イシグロは両手で握った剣で防ぎ続けた。間髪入れず響く金属音に、咲き乱れる緋色の火花。怒りが振り切れた鬼は凶笑を、怒りが振り切れたロリコンは冷めた無の表情を浮かべていた。

 

 やがて鬼が鉄塊を掲げ、大上段から剣を振り下ろした。イシグロは、ずっとそれを待っていた。

 奇しくも、両者ともに思った。「これで決着だ」と。

 

 ガイン! と、鈍く重い金属音。膂力の程を示すように、深々と地面を抉る剣。そして、致命的な隙を晒す鬼。要するに、受け流されたのだ、剛剣鬼の必殺技が。

 決め手は、剣による“受け流し”。それは絶技ではなかった。妙技というほど鮮やかでもなかったし、奥義というには地味すぎた。それはまるで、単なる日常動作の一つを切り取ったかの様。

 引き延ばされた時の中で、イシグロは剣の握りを確かめた。

 

「グゥゥゥゥゥゥ……っ!」

 

 刹那、瞬剣二閃。持ち主の心より先に剣が落ちて、次いで先を失った肘が血を吹いた。だが、鬼人の目に絶望はなかった。伊達に銀細工ではない。まだやれるという確信がある。

 手がなくとも足が、そうでなくとも魔力があれば手は生える。少々ぼったくりな感のある魔力消費だが、一度きりの“極大治癒”に魔力を流せば一本生える。それから鬼酔酒を飲めばもう一本だ。そしたらまた戦える、まだ戦える!

 

「おっと、危ない」

 

 刺突。剣先には、砕けたラフィの装飾品。彼は思った「あ、これもう無理だ」と。再度斬撃、今度は両足を切断され、例によって断面を治癒された。

 銀細工持ち冒険者、“剛剣鬼”のラフィ。生まれて初めてタイマンで敗北した。

 

「……やっぱこいつ銀細工だったか」

 

 彼の名誉の為に言っておくと、ラフィは弱くない。ただ相性が悪かっただけだ。

 ラフィのパワーは銀細工随一。その膂力から繰り出される大剣の連撃は、同じ銀細工でもまともにやって防ぎ切れる奴はそういない。マジだ。

 だからこそ、対ラフィを考える場合、如何に彼と真正面からやり合わないかに焦点があてられる訳で……。

 

「お前、何なんだよマジでェ……!」

 

 ただ、イシグロはそういうのに慣れていた。

 致死の連撃を真正面から防ぎ、機を見て受け流して一撃を狙うSEKIRO戦法。この世界で二人の奴隷しか知らない、迷宮狂いの最も頭のおかしい狂人ポイント。

 この男、オワタ式のプロなのだ。

 

「うるせぇ死ね」

 

 その日、ラフィが最後に見た光景は、迫りくる黒の拳であった。

 受けて、分かる。やっぱ剣士の拳じゃねぇわコレ。

 

 

 

 

 

 

「ククク……流石は彼の有名な迷宮狂いさん、いえ……黒剣のリキタカさんでしたっけねぇ……?」

 

 背後から声。ゆっくりと近づいてくる、軽い足音。

 イシグロは剣を握ったまま、首だけを動かしてその男を見た。

 

 張り付いたような満面の笑み。上機嫌に揺れる尻尾。余裕たっぷりに屹立した獣の耳。

 滲み出る胡散臭さを取り繕わぬ男は、闇夜に栄える美しき白の槍を担いでいた。

 

「まさか同業相手にああも一方的に立ち回るとは、予想外です。ですが、想定の範囲内ではありますね」

 

 男は白かった。種族を示す獣の耳も。肌も、鎧も、その手に握る槍も。

 そして、瞳だけが赤かった。

 

「黒幕登場ですよ、もっとテンションを上げてくれないと……」

 

 イシグロは答えない。ただ静かに、且つ憤怒に燃えた瞳で男を見ていた。

 

「ストゥア商会を襲ったのは?」

「私の指示です。カトリア領のとある商会と協力しました。そういう契約です」

「この人等は?」

「私の手引きです。そこのジジイは内通者。まあ、カトリアのご令嬢がいるのは誤算でしたが」

「奪った奴隷を、どうする気?」

「私の駒にします。契約で縛り、調教して強くし、完璧な奴隷に仕上げます。貴方と同じですよ」

「そっか……。で、ここまで喋ったという事は」

「ええ、貴方はここでおしまいという事です。ついでに、そこの阿呆共も」

 

 男は懐から、半壊した銀細工を取り出してみせた。

 そこには、彼の名が記されていた。

 

「私の名前はモブノ・ザクーオ・アンダードッグ。二つ名を、“白銀の狂犬”。阿呆の餓鬼一人やったくらいで図に乗るなよ、後輩」

 

 言って、モブノは槍を構えた。

 めっちゃ強そうな構えだった。迷宮慣れはしても、対人慣れしていないイシグロと違い、この男は強者との戦いをこそ得意としているのが丸わかりであった。

 そう、その槍は、その視線は、全てイシグロに注がれていた。若輩とはいえ、仮にも銀細工の鬼人戦士を倒した技前、歴戦のモブノとて油断できるものではない。

 

「そうか、そうか、つまり君はそんな奴なんだな……」

 

 対し、イシグロも応じた。

 そして、剣を構えた。悠然と、余裕たっぷりに。否、あえて外連味たっぷりに見栄を切った。

 勝つ為にである。

 

「手早く済ませよう……」

 

 それは、あまりにもカッコいい構えであった。

 不自然なほど、隙だらけな。

 ちゃんと強いモブノからすると、一瞬ポカンとなる程に、素人丸出しの構えだったのだ。

 

 故に、勝敗は決した。




 感想投げてくれると喜びます。



 現在、本作に登場するキャラクターを募集しています。
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 詳しくは活動報告にて。

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 これも投げてくれると作者が喜びます。
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