【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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感想・評価など、いつもありがとうございます。感想が執筆の原動力です。
誤字報告もありがとうございます。お世話になっております。

三人称、ヘルガ視点です。
よろしくお願いします。


上京ライオン(3)

 騎士家出身の友達に曰く、こと戦闘における技術は一朝一夕で身につくものではないらしい。

 たとえ才能があったとしても、コツを掴むのが少し早い程度。本当に重要なのは戦いに順応し得る精神の方で、いくら器用に訓練をこなせても実戦で通じるかは別であるという。

 そう、聞かされていたのだが……。

 

「ルーン・アシスト【金行・鉄条網】からの【水行・霜波】連続撃ち! きゃはは大成功~! 凍れ凍れ~!」

「その程度、魔力の隙間を斬ればいいだけの事! 推して参るわ!」

 

 では、この二人は何だという話だった。

 今現在、ルルとノエミは広い鍛錬場の中心でハイスピード模擬戦をやっていた。居合の構えのまま接近する半吸血人に対し、玉兎の魔導士がルーン魔術の罠を設置しつつ金行から連鎖させた水行陰陽術で迎撃している。

 もう完全に冒険者同士の戦いだ。接近させまいとする魔術師と接近せんとする剣士、その駆け引きの鮮やかな事ときたら。

 

「ぎゃふん! いった~い! ホントに当てなくてもいいじゃ~ん! ルルの顔に一生傷ついたら世界の損失なんですけど~!」

「向こう傷は武侠の勲章ってユゥリン様が仰っていたわ」

 

 結局、勝ったのはノエミだった。けれどもルルはあくまで後衛補助役なので、ある意味で当然と言える。その事は二人共に承知しており、負けたルルも勝ったノエミも模擬戦の結果に執着している様子はなかった。

 一般に、冒険者は対魔物の専門家で、対人戦には弱いとされている。だが、イシグロは対魔物戦だけでなく対人戦も鍛える必要があると説いていた。何故なら、冒険者となったからには何時何処で誰に襲われるか分からないからだという。要するに、自己防衛の為の対人訓練であり、その為の模擬戦であると。

 そして、対魔物にも対人にも通じる強さの土台は地味で退屈な基礎練習によって培われると締めくくっていた。

 

「足がバタついてますよ。手拍子に合わせてもう一回。はいワンツーワンツー」

「お、押忍……!」

 

 そのような指導の下、ヘルガは只管格闘ロリコンビにシゴかれていた。

 異能の検証を終えた盟友二人と異なり、ヘルガは未だ基礎練習しかやっていない。今のヘルガでは二人の模擬戦についていけないのである。

 ルルの弾幕は避けられないし、近接戦では一方的にノエミに斬られる。これでは互いに模擬戦をするメリットがないのだ。

 

「蹴り足は力んではいけません。もっと柔らかく、全身を回転させる感じで蹴ってください。シュパッですよシュパッ!」

「押忍!」

 

 今現在、ヘルガが習っている武術は獣人武術の中でも回転による全身運動を基本とする特殊な蹴術だった。リズムを刻むようにステップを踏み、舞うようにして立ち回るのだ。

 自然、その武術の稽古風景はダンスレッスンさながら。迷宮踏破の為に戦闘技術を鍛えている二人の隣で、ヘルガはノリノリで踊りまくっていた。草薙の育成方針を疑う訳ではないが、これでいいのかという気持ち。

 

「いい感じだヘルガ。次は三番狙ってみろ、ゆっくりでいい。フォームを意識するんだ。ピッチャー振りかぶって……!」

「ん押忍ッ……! ふん!」

 

 とはいえ、ヘルガとて踊っているばかりではなかった。

 諸々の基礎訓練の後、ヘルガは投擲術を反復練習していた。最初のうちは短剣を投げていたが、それが形になった今は手斧を投げまくっている。

 踊りのような回転蹴術に、遊びのような投擲練習。これが本当に迷宮に役立つのかはイマイチ分からないままだった。

 

「こんな感じで陰陽術は五行以外にも陰陽があって、同じ金行でも性質が違うのじゃ。ルルが得意なのは陰氣じゃけど、陰中の陽と言って陽氣を生み出す事もできるんじゃ。これにも色々方法があってのぅ……」

「きゅぅ~」

「ん、ルル聞いてない。頭がオーバーヒートしてる」

「ユゥリン様! 見てください発勁できましたよ! 発勁!」

「ノエちゃん、それ発勁ちゃう。魔血放出や」

「血ぃ出せても操作できないんじゃ攻撃技として割に合いませんね。封印でいいでしょう」

 

 他方、ルル達も色々やっていた。ルルは魔術関連の知識を教え込まれ、ノエミは発勁の習得を頑張っていた。前者は頭から湯気が出てるし、後者は氣の感知に手間取っている。順調そうには見えないが、二人は苦手な事から逃げずに挑んでいた。

 また、初日以降のヘルガ達の訓練は草薙フルメンバーによる指導ではなくなっていた。ヘルガの格闘訓練についてもユゥリンかグーラのどちらかが行い、時にクニュフが見てくれる事も。

 イシグロ達は他にも仕事を抱えているようで、ヘルガ達に付きっ切りという訳にはいかないのだ。

 

「今日もお疲れ……いやご苦労様か? まぁいいや。風呂入って歯磨いて寝ろよ」

 

 毎日毎日、厳しいけど辛くはない訓練をこなし、宿に帰って眠りにつく。

 そんな日々が続いていくと、ちょっとどころではない特別な出来事があった。

 

「今日はスペシャルゲストぉ! あんまり言うと俺より師匠っぽいから、嫌なんだけど! 鬣犬人元族長、ナターリアさん!」

「なんか面白ぇ事やってるみてぇなんでな。覗きに来たぜ」

「「どっひゃー!?」」

「誰? 有名人? ふぅん、まぁまぁ強そうじゃない」

「スタァーップ! ノエちゃん一旦黙って!」

 

 ヘルガの舞踏蹴術がそれなりにサマになってきた頃、イシグロ達が大物教導官を連れてきた。金細工持ち冒険者、ナターリアである。

 ナターリアといえば、ヘルガでも知っているくらいのド英雄だ。鬣犬人の元族長にして、獣人のみで構成された同盟“荒野の牙”の前盟主。圏外戦においては、“歌う髑髏”という超級の魔物を討伐したらしい。パンピーっぽいイシグロと異なり、鬣犬の女戦士は如何にも女傑でございといった出で立ちをしていた。

 そんな大物が直々にヘルガを指導してくれるというのだ。草薙の教導でもお腹いっぱいなのに、そこに淫魔牛ステーキが運ばれてきたかのような豪華っぷり。

 

「続いて……“遠き刃”のトリクシィ!」

「ククク……真の二つ名は流星刃です。現在再申請中なので、そろそろ変わると思います。以降お間違いなく」

「最後! 今朝見かけて連れてきた鬼畜眼鏡のジェラール君!」

「僕は眼鏡を掛けているが鬼畜ではない! あとちゃんと紹介しろ!」

 

 スペシャルゲストは彼女だけではなく、王都の銀細工持ち冒険者トリクシィに加え、界隈では有名らしい一流魔術師ジェラールの姿もあった。

 我の強い冒険者は孤高になる事も珍しくない中、イシグロの人脈は並みの銀細工のソレではなかった。普段の振舞いから失念しそうになるが、彼は王国屈指の英雄なのである。知り合いもまた、屈指の猛者であった。

 

「お前がイシグロが見出したっていう英雄候補生か。ふぅん? ほぉ~?」

「は、はい! ヘルガっていいまっす! ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いしまっす!」

 

 早速とばかりに稽古をつけてくれるらしいナターリアはしかし、初手で【魔導極砲】もかくやの眼光でヘルガを睨みつけてきた。

 ナターリアは背が高い。ナターリアは筋肉が凄い。女子としては平均くらいのヘルガが見上げる程だ。何なら今ここにいる人類の中で最もデカかった。そんな女傑に睨まれたヘルガは、ひたすらに背筋を張って見上げる事しかできなかった。

 

「へっ、悪くねぇな……」

 

 ややもあり、鋭い眼光を収めたナターリアは、にっこり嬉しそうに笑った。

 分からないが、認めてくれたらしい。ともかくとして、鬣犬女傑による指導が始まった。

 

「動きはいいが、手足に気ぃ行き過ぎてるな。一旦全身を脱力して……あ~、フラッとなったら足じゃなくてケツぶんってやれ。尻尾で風を掴むんだ。お前さん、母親が獅子人なんだろ? あんな感じだ」

「尻尾で風を……こうすか?」

「上手い上手い。やれば出来るじゃねぇか。よし、じゃあもっかい最初からやってみな」

 

 荒野の牙の苛烈っぷりは界隈に詳しくないヘルガの耳にも入ってくるくらい轟いている。生まれも育ちもリント市民のヘルガは鬣犬と聞いて内心ビビッていたが、実際に受けてみたナターリアの教導は的確で合理的で何より分かりやすかった。

 ヘルガが躓いているところを一目で見抜き、都度噛み砕いて説明してくれる。その通りにやると、それまで出来なかった事が出来るようになるのだ。もはや快感である。

 

「そんでお前さんは何を悩んでんだ……って、アレか。まぁあいつら見て何も思わん方が変だわな」

「え? あぁ、はい……」

「嫉妬してるって風じゃなさそうだな。疎外感か」

「うす……」

 

 休憩中、そんな女傑にヘルガの内的な弱点までも見抜かれてしまった。

 愚直にトレーニングを続ける決意はある。才能の無さには自覚がある。けれど、すぐ近くで仲間の天才ぶりを見せつけられれば、どうにも置いてけぼりにされているような瞬間があった。常に落ち込んでる訳ではないのだが、時折そんな風に感じるのだ。

 

「まぁあんま悩み過ぎんなよ。イシグロもそうだが、ラリスの文官も見込みアリってお前を候補生にしたんだぜ。あたしとしても、お前さんが魔族じゃなかったらうちの団に勧誘してたくれぇだ」

「きょ、恐縮っす……」

「がはは! 別に嘘は言ってねぇんだけどな! 年上からの賞賛は素直に受け取っとくもんだぜ? ヘルガよぉ」

 

 言って、鬣犬の女傑は魔獅子の頭をガシガシ撫でた。乱暴なようで、子供を撫で慣れている手だった。

 

「まぁ確かに? イシグロにはイシグロなりの考えがあるんだろうが、今のやり方じゃあお前さんが不安になるのもしゃーねぇわな。とはいえだ。イシグロも他人に教えんのに慣れてるって訳じゃあねぇ。奴さんは効率最優先で、どうしても心を軽く見ちまってる。成長中なんだよ、イシグロも。お前さんと同じでな」

「そう、なんでしょうか。イシグロさんは上手くやってると思うっす。信頼できる大人ってやつで……」

「ヘルガからすりゃ大人かもしれねぇが、あたしからすりゃイシグロなんざまだまだケツの青いガキだよ。大分マシにゃあなったがな」

 

 ふと、ヘルガはノエミの近くにいるイシグロを見た。彼は真剣な目でノエミの反復練習を観察し、手に持った紙に何かしら書き込んでいた。

 そこには黎明としてのイシグロではなく、真剣な目で仕事に向き合っている男の姿があった。

 

「本日はありがとうございました。機会がありましたら、またよろしくお願いします」

「おう。仕事もあるから毎日って訳にはいかねぇが、あと何回か見てやるよ。何にせよ若ぇ奴の頑張りを見るのは楽しいからな」

 

 その日の訓練が終了し、転移神殿に帰還。ナターリア達とはそこで別れた。

 

「チッ、今度はナターリアかよ……」

「おいあんま睨むな……! 荒野の牙に目ぇつけられたら洒落ンなんねぇぞ……!」

 

 神殿内では、ヘルガ達は否応にも注目を集める。草薙の門に対する同業者からの視線は未だ厳しいものがあった。

 ヘルガ視点、彼等の気持ちは分からなくもなかった。迷宮に潜らず、ただでさえイシグロに稽古をつけてもらっている上、今日は世界に冠たる大物冒険者から指導を受けていたのである。あまつさえ鍛えてもらっている立場で給与を貰い、並みの冒険者よりも良い暮らしをしているのだ。

 一方、ルルだけは男冒険者限定で好意的に見られていた。なお、女冒険者からはバチクソに嫌われている模様。

 

「最近は勉強勉強で頭パンパン! ねぇ明日どっか行かな~い? ルル疲れちゃって~、もう勉強したくなくって~!」

「私、貴女の買い物には二度と付き合わないから。飛ぶ斬撃の練習をしなくちゃいけないし」

「あーしぁ明日弟の見舞いだ」

「じゃあルルもお見舞い行ってあげるよ! ルルの顔みたら、弟君も元気になると思うな!」

「見舞いできんのは事前に言ってた奴だけなんだよ。あーしに構わず一人で遊べばいいだろ。金あるんだし」

「一人は寂しいんだって~」

 

 帰路、三人は自然と会話をしつつ宿に戻った。

 この三人での宿暮らしにも慣れたもの。明日の休みを楽しみに、ヘルガは常より早めに眠りについた。

 

「姉ちゃん久しぶり!」

「スヴェン! もう一人で歩けるようになったんだな! 姉ちゃん嬉しいぜ!」

「あはは、それ前も言ってたよ。歩けるどころか走れるようになったんだから」

 

 瘴気専門の治療施設に来ると、弟は中庭で本を読んでいた。

 見舞いに来る度、スヴェンの体調はみるみる改善していった。この光景を見ると、ヘルガの胸に温かい熱が灯る。見舞いに来たこっちが元気を貰えるのだ。

 

「てか何だその本? わざわざ外で読んでるのか」

「うん、ここで読書すると気持ちいいからね。今のうちに読める本全部読んどかないと」

「はぇ~」

 

 瘴気関連の治療を目的としたこの施設では、治療以外にも傷病兵の就労支援も行われている。その一環として、施設にある蔵書は読み放題になっているのだ。ヘルガと違って勉強好きな弟からすれば、現環境は無料スイーツバイキングなのだろう。

 スヴェンは大学を目指している。いつの間にか知力試験を受け、既に推薦状を貰っていた。貴族からお墨付きを頂いている以上、両親とて止めないはずだ。ラリス大学でもランベール魔術大学でも、スヴェンなら大丈夫だろう。

 けれども、もしそうなったら今みたいに頻繁には会えなくなってしまう、ヘルガが感じる寂しさは置いておくにしても、都会に行った弟が変な女に引っかからないかが気がかりだった。やはり弟にはヘルガが選んだ女を宛がうべきだ。そう思った瞬間、ヘルガは自分がそのへんの大人と同じ考え方をしている事に気付き、そうは思いたくなくて強いて雑念を振り払った。

 路地裏集会を思い出す。今でも交流は絶えていない。大人になるとは、きっとこういう事なのだ。

 

「そうそう! スヴェンにお土産があるんだ。ほれ」

「何これ? 魔道具じゃなさそうだけど」

「ヨーヨーっていうんだってよ。なんだっけ、この動きの感覚を掴んどけって言われてよ」

 

 そんな内心を覆い隠すように、ヘルガは持ってきた土産を弟に渡した。

 それは拳大の滑車に糸が通された玩具だった。武術の練習になるから練習するように、と。

 

「っと、これ難しいね。姉ちゃんはどれくらいできるの?」

「まぁ見てな。ヨーヨーは投げる時にコツがあって、こう手首でクイッと……ほら」

「すごーい! どうやって回ってるのそれ?」

「え? 何でだろな? わかんね」

 

 そうやって遊んでいると、施設内の傷病兵達もやってきて、皆でヨーヨーを投げたり戻したりした。皆に配れるように、イシグロから沢山持たされているのだ。

 ずっとベッドで暮らしていた弟が、人に囲まれて笑っている。その光景を見ているだけで、ヘルガは幸せだった。

 

「じゃあなスヴェン。本もいいけど、ちゃんと飯食うんだぞ~」

 

 だからこそ、明日以降の訓練にも精が出るというもの。

 生き続ける為に鍛え、弟を守る為に戦うのだ。

 

 決意を漲らせたヘルガは、治療施設を後にした。

 明日もトレーニングだ。

 

 

 

 

 

 

 時が過ぎ、年が明け、積もった雪に花が咲く。冬と春の狭間になった。

 この頃になると、ヘルガ達候補生にも訓練相応の自信が芽生えていた。オーディション前とはもはや別人。模擬戦全勝のノエミは言うに及ばず、日に日に出来る事が増えていったルルも同様だ。彼女等程ではなくとも、ナターリアに褒められたとあってはヘルガとて多少の自信がついてきた。

 鍛えた力は使いたくなる。要するに、迷宮への意欲が高まってきたのだ。

 

「え~、ごほん! 皆さんはこれまで、我々から課される訓練を頑張ってくれました。そんな皆さんの為に~、我々草薙の剣からちょっとしたプレゼントを用意しました。クニュフ、例のブツを」

「はいニャ!」

 

 久々に草薙フルメンバーのトレーニングとなったその日、スーツ姿のイシグロから贈り物があるとの嬉しい報せ。

 次いでいつぞやの制服支給と同様、クニュフからヘルガ達に新しい服が手渡される。

 

「ありがとうございます。これは……新しい制服でしょうか? 盟主様」

「きゃは♪ ちょっと露出度高くなってる~♪」

「露出度っつーか、すげぇなこの魔力……」

 

 いざプレゼントされた新制服は、ヘルガの素人目にも草薙の制服とは別次元の性能をしているように思われた。存在感というか、魔力の濃さが違うのだ。

 

「デザインは既存の制服を基にしてるが、そいつは迷宮用に開発してもらった戦闘服だ。戦士用も魔術師用も性能は全く同じだから、それぞれに最適化された装備とは言えない。本当に合った専用装備は自分の目で確かめてみてくれ」

「で、こっちは迷宮用の鞄ッス。淫魔王国の革職人が仕立てた草薙オリジナルの一品ッスよ~」

「あと、戦闘服とは別にお前等一人一人に合った装飾品もあるんだぜ。こっちはアタイが刻印したルーン・アイテムだ」

「ありがとうございまっす! おぉかっけぇ……!」

 

 迷宮用装備とはいえ、新しい服はテンションが上がる。三人は早速とばかりに草薙の戦闘服とアクセサリーを身につけた。 

 イシグロが言っていた通り、戦闘服の基本デザインは既存の制服によく似ていた。長袖だった制服に対し、戦闘服は半袖になっている。なんとなく、戦闘服は夏用で制服は他の季節用という印象だ。

 同じく支給された鞄は、手に持つ以外にも背負って装備できるようになっていた。また、背負う際には肩紐の留め具を調節する事で肩甲骨に近いところから腰近くまで下げる事ができた。ヘルガ達には無用な機能だったが、これは有翼族への配慮だろう。

 ルーン工匠のシャーロット手ずから制作したという装飾品は、規格化された戦闘服とは異なりヘルガ達それぞれに合う代物になっている。ヘルガは指抜きグローブ。ルルは首輪。ノエミは細くて綺麗な腕輪だった。

 

「もちろん、武器も用意してある。まずはルルのだ。こういうデザインになってるのは、いずれ近接戦もできるようにする為な」

「ありがと~♪ だけどルルが近接する必要とかなくないですか?」

「あるんだよ。エリーゼだってある程度は剣術できるんだからな」

「動けない魔術師はただの的よ……」

 

 戦闘服の着心地を確かめていると、続いて武器も支給された。こちらは装飾品同様に一人一人異なる特注品らしい。

 ルル用の武器は金属製の杖だった。シルエットだけ見ると貴族が愛好するという斧槍(ハルバード)に似ていたが、アレでも一応杖らしい。

 

「ノエミの刀はこれだ。馴染みの工匠の紹介で、俺の剣と同じ刀鍛冶に打ってもらった」

「あ、ありが、ありがとうございます……! 感動です! 一生大事にします!」

「大事に使ってくれるのは嬉しいが、本当に大事なのはノエミの命だからな。武器に振り回されるなよ」

「壊れやすい武器やでな。一応予備も用意しといたで~」

 

 続いて、ノエミには刀が支給された。

 特徴的なルルの杖と異なり、なんて事のないリンジュ式の刀である。ヘルガには刀なんて全部同じに見えるのだ。イシグロ曰く、もっとよく見たら違いが分かるらしいが現状サッパリである。

 

「ヘルガにも用意してあるぞ。それもスペシャルなやつだ。少し特殊な武器でな。俺直々に指導できるよう、裏でこっそり練習してたんだ」

「えっ!? あーしもすか!」

 

 ぼけっと眺めていたらヘルガの番がきた。今まで武器を使わない戦闘訓練ばかりしていたので、内心ヘルガに武器支給は無いものと思っていたのだ。

 さて、ヘルガ用の武器とは一体何だろうか。流石にドキドキワクワクしてしまう。

 

「ヘルガに相応しい武器はこいつだ」

「はい! ありが……え?」

 

 ドキワクしながら受け取る。そして、ヘルガは目を見開いた。

 それは、二つの分厚い円盤が重なったような物体だった。二段にしたミニパンケーキのようで、最近弟にプレゼントした玩具にも似ていた。

 それはまさに、ヨーヨーだった。ちょっと大きめの。

 

「ディオニの手車をお前に教える。深域武装でな、一見ヨーヨーのようだが実際ヨーヨーだ。こいつはいいぞ。投擲武器としてクッソ優秀だし、試行錯誤してるうち近接戦における第三の腕としても使える事が判明した。ヘルガにはコレの扱いをマスターしてもらう」

 

 言いながら、イシグロはその場でディオニの手車なるヨーヨーを操ってみせた。

 投げて戻し、落として戻し。かと思えば投石器のように回転させて射出し、回し蹴りに合わせて周囲を薙ぎ払う。

 指に糸を嵌めるヨーヨーと異なり、深域武装のヨーヨーは持ち主と本体が稲妻めいた魔力で繋がっているので手に持つ必要がないのだ。故に、やろうと思えば踵や肩に繋げて投げたり引いたりできるようだった。

 

「で、肝腎なのは攻撃力だよな。コレにヘルガに教えた投擲技を使って投げると……」

 

 言いながら、その場で一回転したイシグロはディオニの手車をサイドスロー。勢いよく放られたヨーヨーが遠くにあった的に直撃すると、それは見事に木っ端微塵になった。

 ヘルガの投斧を弾いていた的が、ヨーヨーの一撃で砕け散ったのだ。イシグロの力もあるだろうが、これは流石に衝撃的だった。

 ディオニの手車。それは玩具としてのヨーヨーではなく、紛れもない武器としてのヨーヨーであった。我知らず、ヘルガの心に得体の知れない高揚感が溢れていた。

 

「こんな感じだ。ヘルガには、この武器が一番合うと思う」

「あ……」

 

 その時である。ヘルガの脳裏に電流のような閃きが過った。

 我武者羅に鍛錬してきた獣人蹴術。意味があるのかないのか分からない投擲練習。それら全ては、ディオニの手車の性能を引き出す為にやっていたのだ。

 

「このヨーヨーをお前に預ける……いや預けるんじゃなくあげるんだけど。返さなくていいぞ」

「あ、ありがとうございます! 絶対使いこなしてみせるっす!」

「深域武装だって~。いいな~、ルルも唯一無二の武器ほしい~」

「貴女の武器は貴女用に作られたものでしょう。我儘言わないの」

 

 手渡された深域武装を受け取ると、ヘルガは思わず感極まってしまった。

 最初からコレ使う前提って教えてほしかったし、最初これ見た時からかわれてるのかと思ったし、ああも上手く使える自信はなかったが。

 改めて、ヘルガは草薙の期待に応える事を誓った。

 

「さて、武装を整えたところで実戦に向けて訓練だ。ここからが本番だと思え。気合入れていくぞ」

「「「はい!」」」

 

 その日もまた、厳しくも優しいトレーニングが始まるのであった。

 

 

 

 武器を支給された後のトレーニングは、より実戦を意識したものへとシフトしていった。

 盟友三人で一党を組み、時にヘカテーニャの眷属と戦い、時にルクスリリアが召喚した守護獣と模擬戦を行う。

 前者はともかく、後者は全く歯が立たなかった。何故なら、例の鹿はルルの魔法を含めた遠隔攻撃の一切を風の結界で防ぐ上、そもそもヘルガの投擲が届かないのだ。唯一通るのがノエミの居合斬りだが、切り傷一つ付けたところで次の瞬間には回復されているのである。

 幸い一発当てただけでクリアという事になってはいるが、こんな怪物を馬車馬扱いしているのだから恐ろしい話である。

 

「ふっ! はっ! ほっ! どうすかクニュフさん! あーしけっこう上手いっすよね?」

「うん上手上手! ヘルガに教える為に色々模索してたけど、もう教える事とかないね!」

「うっす。なんか不思議と馴染むっつーか、長年使ってたみたいな感じするんす」

「にゃはは、やっぱりヘルガにはソレが似合うニャ~」

「どーゆー事すか?」

「ううん、こっちの話~」

 

 実戦形式の訓練の傍ら、武器の習熟も欠かさない。当初はヨーヨーの扱いに難儀すると思っていたヘルガだったが、実際にはすぐ使いこなせるようになっていた。

 何故かというと、これまで練習していた投擲スキルが全て使えるし、習っていた武術の動きをそのまま応用できるからだ。手だけでなく尻尾でも投擲できるので、両手を空けて格闘戦をしかける事だってできた。イシグロの言っていた第三の腕とはこういう事だったのである。

 

「あいだだだだだだだ! 骨折れた骨折れた! レノちゃん助けてぇえええ!」

「や、自分で治すべき。せっかく治癒魔術使えるんだから、今こそ練習のチャンス」

「か、勝った……あーしルルに勝っちまったよ……」

「ただのラッキーヒットじゃない。とにかく次は私と模擬戦ね。負けないわよ、ヘルガ」

 

 驚くべき事に、ヨーヨーを手にしたヘルガはルルと張り合えるようになっていた。三人中ぶっちぎりの最弱が、ある程度は戦えるようになったのだ。

 元の能力差もあって流石に全勝とはいかなかったが、同じ土俵に立てるようになっただけでもヘルガにとっては大きな前進である。

 

「という訳で、明日は迷宮探索に向かう。メンバーについては、俺達の一党に一人ずつ混ざる感じだ。あくまで軽く潜るだけだから、そんな身構えなくていいぞ」

 

 着々と、迷宮探索への準備が整っていく。

 基礎トレーニングもやった。技能の習得も続けている。眷属や守護獣、時にイシグロ達とも戦った。何より手に馴染む武器がある。

 これ以上なき、迷宮日和であった。

 

「ここが迷宮……思ってたより怖くないっすね」

「油断しちゃいけませんよヘルガさん。迷宮はいつ何処で牙を剥いて襲ってくるか分からないんですから」

 

 そうしてヘルガが潜ったのは、双宍迷宮と呼ばれる屋内型の下位迷宮だった。

 事前の座学で習ったように、この迷宮には人数制限が存在する。今回ヘルガはイシグロとユゥリンの三人一党を組んで挑み、他の盟友も同様の人数で潜っていた。

 いざ潜ってみた迷宮は、極めて濃い瘴気に満ちている……らしいのだが、ヘルガにはよく分からなかった。これならしばらく掃除をサボッた後の兎鶏小屋のが息苦しいまである。

 

「見えるか? アレが魔物だ。タイミングを見計らって指示出すから、そん時にヨーヨー投げて一発かましてやれ。今はそれだけ考えろ」

「うす……!」

 

 やがて一党は魔物を発見した。この迷宮には二頭一対の二足歩行魔物が出現する。これらは片割れだけを倒しても、暫くしたら倒したはずの魔物が復活するそうだ。対処法は単純、片割れが復活する前にもう片方を殺せばいい。

 ヘルガの視線の先には、筋骨隆々の牛頭双子の姿があった。地面の匂いを嗅ぎ、会話でもしているかのように唸り声をあげている。図鑑で見るより恐ろしい外見をしていた。

 

「よっしゃ今!」

「オラァッ!」

 

 だが、イシグロの相手にはならなかった。雑に突っ込んだイシグロが片割れの牛頭を瞬殺し、残った牛頭の注意を引く。そして指示を受けたヘルガが手車を投擲した。ビビッてる割に動けてるなと、ヘルガ自身驚いていた。

 しかし、実戦の緊張故か手車の狙いは僅かに逸れ、牛頭の横腹ではなく肩に直撃した。アレの肩は頑丈である。ロクにダメージは入らず、せいぜい軽く姿勢を崩した程度。

 

「ナイスです! しゃあっ、【烈風勁】!」

 

 けれどもそれで充分だった。よろけた牛頭にユゥリンが遠隔発勁。結果、発勁を食らった片割れ牛頭は何もできぬまま命を絶たれた。

 青白い粒子となって消えていく牛頭。やがて粒子はヘルガの身体に入ってきて、寒い冬に入浴した時のような得体のしれない快感が彼女の身に満ちた。

 次いで、身体中にドッと謎の重圧がかかった。魔族だというのに、全身から多量の汗が噴き出る。

 

「はぁ、はぁ……や、やったっすか?」

「やりましたよ。そして立派に戦った人はワタシの水筒のお茶を飲む権利があります。どうぞ」

「ユゥリンさん、ありがとうござ苦ぇ!?」

「あ、すみませんソレ罰ゲーム用のやつでした。てへ♡」

「わざわざ携帯してたあたり確信犯なんだよなぁ。ともかくよくやったぞ、ヘルガ。鞄に入れた水筒から少しずつ飲むんだ。一気に飲むなよ」

 

 言われた通りに水を飲むと、喉が渇いている訳でもないのにガブ飲みしたい欲求に駆られた。強いて欲望を制御し、一口で抑える。何故か息が荒かった。

 そうして思い出すのは、先の戦闘だった。ただ指示に従ってヨーヨーを投げただけだというのに、模擬戦後のような精神的疲労を感じている。投擲の際も下手をこいてしまった。

 けれども、ヘルガの胸の奥――否、魂とでも言うべき何かは、確かな充実感を覚えていた。

 

「ザコ戦一回でこの経験値か……よし、目的も果たしたし帰るぞ」

「え? あの、いや、でもまだ一回しか戦ってねぇすよ? いいんすか?」

「迷宮の授業で教えただろ。“まだまだ行けるはもう危ない”だ。少しでも不安感じたら帰るのが吉だ」

「う、うす! 胸に刻むっす!」

 

 よく分からないが、もう帰るらしい。頭目の指示に従ったヘルガは転移神殿へと帰還した。

 

「んあぁ~疲れたぁぁぁぁ……」

「お疲れヘルちゃん! 初迷宮どうだった? ルルはねぇい~っぱい倒したよ! このまま主まで行きたかったくらい!」

「私もね。しかも見なさい、希少な聖遺物を入手したわ。記念に持ってて良いって、ふふっ……」

 

 転移神殿で盟友の二人と合流した。イシグロ達に手続きを任せ、ヘルガはぐったりと椅子に腰を下ろした。

 二人はかなり深くまで潜っていたそうだが、さっさと帰ったヘルガより先に帰還していた。これも事前に教わった。迷宮の内と外では時間の流れる速さが違うらしい。

 ややもあって解散後、昼食を共にした三人は迷宮の話題で盛り上がっていた。長い訓練と確かな成功体験により、ヘルガの中には小さな自信が積み重なっていた。

 迷宮探索は、ヘルガの想像よりあっさりしていた。けれども、これはイシグロ達のサポートありきの成果である。その事を、ヘルガは自分の心に留め置いた。

 

「今から主と戦うのだけれど、戦闘中は全て私の指示に従うこと。いいわね? ヘルガ」

「うす! 絶対言う通りにするっす! エリーゼさん!」

「雷で痺れさせてデカいの一発狙う。分かりやすくていいねぇ。前衛は任せたぜ、ヘルガ」

 

 それから、ヘルガ達は定期的に迷宮探索を行う事となった。

 潜る迷宮は毎回同じ双宍迷宮。メンバーは都度変更され、二回目以降は主とも戦い、とうとう主の討伐にも成功した。

 そんな中、迷宮探索におけるヘルガの役割は少しずつ広がっていった。最初は隙を見て手車を投げるだけだったのが、時に武闘家として前衛を支え、時に大物の時間稼ぎを行った。頭目役として指揮を執る機会もあった。

 

「ぐぉおおお! グーラさんの剣持ち上げられるようになってるぅぅぅ! けど重ぇ~!」

「もうこの中で一番の力持ちになったわね。でも戦って勝つのは私だから、そこらへん忘れないように」

「きゃは♪ それで言うと一番可愛いのはルルだから♪ そこんとこよろしく♪」

「はいはい……っと、ありがとうございました。グーラさん」

 

 そうやって迷宮に潜っていると、貧弱だったヘルガは日に日に強くなっていった。

 リント市の一般町娘が迷宮に潜るだけでこうも強くなれるのだ。訓練なんてバカらしくなる気持ちも分かるというもの。

 しかし、いくら力が強くなっても身体の動かし方が下手なままではせっかくの迷宮で得た力も無用の長物になってしまう。ここにきて、ヘルガは基礎となる反復練習の重要性を心身で理解できた。

 

「投擲士カンストで投擲系補助スキルも揃ってきたな。武闘家の補助スキルも覚えさせたいところだが、その前に曲芸師で立ち回り強化しとくべきか。曲芸スキルの次は全体指揮のスキルを……」

 

 他方、最近のイシグロは妙に楽しそうにしていた。

 よく分からないが、楽しいならそれでいい。イシグロがよく分からないのは今に始まった事ではないのだ。

 

「え~、これから君達三人の頭目を指名したいと思います。今は俺が草薙の門の盟主やってるけど、これを機に頭目に譲るから。そこんとこヨロシク」

 

 複数回の迷宮踏破によってヘルガ達が鉄札持ち冒険者へと昇格した翌日、イシグロがそんな事を言いだした。

 これまで、ヘルガ達が協力して戦う連携訓練では毎回頭目役を変えていた。最も指揮が上手いのはルルである。ノエミは「私を支援して」しか言わないし、ヘルガが指揮を執ると無駄に時間がかかる。

 であるからして、頭目はルルが妥当だろう。そう思ったヘルガは、ぼけーっと続く言葉を待っていた。

 

「頭目はヘルガ。お前に任せた」

「えっ、えぇぇぇ~!? な、なんでルルじゃないの!? そんなのおかしいじゃん!」

 

 しかし、選ばれたのはヘルガだった。

 指名された当人が反応するより早く、指名されなかったルルが激しい語気で反論した。一方、ノエミは盟主の決定に納得しているようだった。

 

「盟主様、私からルルに理由を説明してもよろしいでしょうか」

「ん? ああ。よろしく頼む」

「ありがとうございます。ルル聞いて」

「な、なに……?」

 

 ノエミを見るルルの顔は、キラキラと自信に満ちたいつものソレではなかった。

 不安がっているような、怯えているような。そんな兎の少女に、半吸血人の少女は淡々と言葉を紡いだ。

 

「ルルの指揮は上手だと思う。戦況をよく見てるし、決め時を間違えない。けれど、たまに私達前衛に依存するような無茶な指示があったわ。結果的には勝利するけれど、いつもギリギリ。貴女の指揮には安心感がないのよ」

「でもノエちゃんの指揮はゴミカスだし、ヘルちゃんの指揮は地味だし……」

「ゴミカスって……ともかく、私は勝てる指揮官より負けない指揮官の下で戦いたいわね」

 

 続くノエミの言葉に、ルルは耳を垂らして押し黙ってしまった。

 慰めるべきか、自分から言ってルルに頭目を譲るべきか。あたふたとヘルガが迷っていると、再びノエミが口を開いた。

 

「ルルは敵を見ている。ヘルガは仲間を見ている。何も貴女の指揮が下手と言っている訳じゃないわ。勝ち負けとか優劣じゃなくて、冒険者一党として生き残りやすいのは何方かって話だと思うの。そうですよね? 盟主様」

「ああ、その通りだノエミ。仲間のこと、よく見てるんだな」

「仲良くしろとのご命令でしたので」

 

 また、ルルは押し黙ってしまった。

 ヘルガ視点、普段ツンケンしているノエミがこうまで仲間を見ているとは思っていなかった。その評価に関しても驚きの連続である。

 そして、ルルにこんな脆い一面がある事も知らなかった。

 

「もし……」

「あ、ああ。なんだ? ルル」

 

 ややあって、ヘルガの方を向いたルルが口を開く。

 遅れて返事をすると、彼女は迷子の子供のような目でヘルガを見上げていた。

 

「頭目じゃなくても、一番じゃなくても……皆は、ルルを見てくれる……?」

 

 その声は、いつもハキハキと喋るルルとは思えない、儚い音をしていた。

 だから、ヘルガは考えるより先に返した。

 

「ああ、当たり前だろ。ルルはあーし等のダチなんだからな」

 

 ヘルガが頷くと、ノエミもそれに続いて頷いていた。

 

「そう……じゃあ、任せたよ。あはは、ごめんね? 上位種の玉兎らしくないよね今の♪ よし、切り替え切り替え♪」

 

 そう言って微笑むルルは、力強く耳を立てて微笑んだ。

 こうして、ヘルガはルル達三人一党の頭目になったのである。

 

 

 

 その日以降、一党の連携訓練ではヘルガが指揮を執るようになった。

 とはいえ、ヘルガの指揮は単純だった。指示役というより調整役といった塩梅。雑に方針を決め、適時合図を出すだけ。不思議な事に、それで上手くいくのだ。

 ただの町娘だったヘルガが、訓練を受け、迷宮に潜り、今はこうして一党の頭目と盟主をやっている。つい去年まで兎鶏の世話をしていたのが嘘みたいだった。

 

「予定通り、お前達だけで迷宮に潜ってもらう。場所は双宍迷宮。アイテムも、魔法薬も、食べ物も、全部自分達で用意して挑むんだ」

 

 やがて、本格的な迷宮稼業が始まろうとしていた。

 頭目はヘルガ。ルルは魔法によるサポートで、アタッカーはノエミ。イシグロやルクスリリア達の引率はない。

 とうとう、草薙の門だけで迷宮探索をするのである

 

「まぁでも、盟主の言う通り頭目はヘルちゃんで良かったかな。ルーンも陰陽術もやる事多いし、指揮任せられるならその分ルルが目立てるしね」

「目立つ目立たないじゃないでしょう。まぁヘルガの指揮は的確でいいと思うわ。盟主様の下で戦っているようで安心できるもの」

「つっても習った内容思い出しながらイシグロさんの真似してるだけなんだけどな」

 

 帰路、いつものように三人揃って宿へ向かう。

 仲良くする事は、馴れ合う事ではない。一つ屋根の下で暮らした事で、三人は互いの良いところと悪いところを知り得ていた。

 故にこそ、信頼して背中を任せられる。

 

「きゃはは♪ オーディション受かってからルルの人生バラ色~♪ 皆で迷宮攻略するの楽しみだね~♪」

 

 誰に対しても愛想のいいルルは、孤独というものを極端に恐れているようだった。

 他人に構ってもらえないと落ち込む一方で、褒められるとどんどん伸びていく。兎鶏みたいだと思ったが、恐らくそれを言うと怒るだろう。

 

「私も。早く盟主様達に恩返しをしたいわ……」

 

 一方、ノエミは一人を好む傾向にあった。というより、草薙以外への警戒心が強く、落ち着くには一人でいる必要があるのだ。

 最近ではヘルガ達にも心を開きつつあるようだが、未だ壁は厚い。なのでヘルガは大人しく見守る事にしていた。

 

「とうとう明日だね、迷宮! ルル達なら楽勝だよね? 頭目ちゃん♪」

「楽勝じゃあねぇだろ。気ぃ抜くとマジで死ぬって言われてんだから」

「ルルはお気楽で羨ましいわ……」

「きゃはは、それ煽ってるように聞こえる~。ルルじゃなかったら普通にキレてたかもね~」

「そうなの? なら、どう伝えればいいのかしら」

「エリーゼさんの真似しないで素直に言えばいいんだぜ。不安なら、鞄もっかい確認するか? 血ぃちゃんと入れた?」

「やめておくわ。そんな事をしていたら眠れなくなりそう」

 

 迷宮探索前日、三人はベッドの上でソワソワと話をしていた。

 眠るべきだが、眠れなかった。ダラダラと他愛のない会話で緊張を和らげる。

 明日、危険な迷宮に挑もうとしているのに、やけに心が浮ついていた。

 

「あ~っと……」

「ん~? どしたのヘルちゃん」

「いや何でもねぇ……」

 

 ふと、ヘルガは彼女等がオーディションを受けた動機は知っていても、そこに至るまでの過去は知らないままである事に気が付いた。

 けれど、あえて聞く必要はないと思い直した。冒険者間において、過去の詮索はご法度らしい。

 たとえどんな過去があろうとも、ルルもノエミもかけがえのない仲間なのである。重要なのは過去でも未来でもない、現在なのだ。

 

「はい、じゃあ話はおしまい。明日に備えて寝るぞ」

「分かってるけど眠れな~い。ヘルちゃん子守唄よろしく~」

「子供か」

「ふっ……仕方ないわね。なら私が盟主様から教わった歌を歌ってあげるわ。すぅ~……」

「いやぁあああ! ノエちゃん音痴なんだから自重してぇえええ!」

「うるせぇとにかく寝るんだよ!」

 

 気付けば、仲良し三人組だ。

 迷宮探索を前にした英雄候補生の夜は、騒がしく過ぎていくのであった。




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