【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。いつもお世話になっております。
リンジュ共和国、首都カムイバラ。
一言で言うと、異世界ファンタジーお約束の“東の国”である。
瓦の屋根に石灯籠。五重塔にドデカいお城。街往く人の多くは武士でもないのに帯刀しており、大正女学生っぽい女の子もスマホ感覚で短刀を持ち歩いている。
春夏秋冬年中桜が咲いている、雑な“和”要素全部乗せ。ラリス王国がナーロッパだとしたら、リンジュの首都はナパングといった様相の街であった。
「見て見て屋形船~。ああいうの如何にもバカ金持ちって感じでいいよね~」
「クニュフはまだ乗った事ないんだったな。バカ金持ち仕草も実際やってみると楽しいぞ」
「たま~にやるからいいんじゃよ」
そんな街に流れる河を、俺達は異世界ケッテンクラートに乗って水上移動していた。
アイゼン市から出て河なりに進み、カムイバラ西区の水門を通って水路スイスイで東区に向かって直進中。カムイバラは船による運送も盛んなので、やろうと思えばこういうショートカット移動もできるのだ。
ちなみに、こういった河移動は大して珍しくなく、水生系召喚獣で河川サーフィンしてる魔術師とか普通にいる。その他、水生召喚獣で犬ゾリみたいに船を牽引させてる商隊もいるくらいだ。ファンタジー舐めんな地球である。
「うッス! おかえりッスご主人!」
「ただいまっとルクスリリアもお疲れさん。あれ? シャロは?」
「レノと温泉巡りをしているわ」
「賭場のある温泉でしたからね。どうせすぐ帰ってきますよ。ほら噂をすれば……」
「おぉ亭主殿~、早かったなぁ~。それより治癒魔術かけてくれねぇかぁ~? レノっちがやってくんなくてよぉ~……」
「ん、賭けに負けて暴飲暴食は流石に擁護できない。その頭痛は罰として享受すべき」
水上ケッテンクラートで河を往き、いくつか橋の下など潜りつつ、俺達は誘導に従って東区近くの波止場的な場所に到着。そこでルクスリリア達と合流した。
草薙の剣、集結である。
最近は英雄育成計画関連でバラバラになる事が多かったので、こうやって全員集まるのは久しぶりだ。
現在うちで預かっている候補生はランベール組とゲパルト組に加え、推薦組+元敵猫又である。うちゲパルト組は未だ前期基礎トレーニング過程なので、育成方針を決めた後は連携してる外部組織に基礎技術習得を委託している。
で、これから俺達はまとまった休暇に入ろうというのだ。教師が忙しいと授業の質が落ちるからね。休暇不足は良い仕事の敵だ。それに美容にも良くない。
「上玉館よ! わしは帰ってきたのじゃ~!」
「俺とイリハはここで出会ったんだ」
「へぇ~、なんか感動だニャ~」
「そうだったかしら……?」
「ご主人様としてはそうだったのではないでしょうか」
テキトーに観光しつつ草薙一行は東区屈指の高級宿たる上玉館にチェックイン。そんで早速お風呂へ向かっていった。
俺達が泊まる部屋は最上階全てを使ったペントハウスみたいになっており、中庭には露天風呂が設えてあるのだ。
赤みを帯びてきた空の下、白濁の露天風呂で旅の汚れを落としていく。こうして明るいうちから入る温泉も風情があってイイネ。皆も俺もタオル無しのフルオープン状態で解放感マックスである。
「おん♡ おん♡ こんな日の高いうちから♡ 皆に見られながら……あひぃい♡」
「洗いっこしとるとこからシームレスに移行したで。ウチが髪の毛洗っとる間に何が……」
「いつもの事ですよ。面白そうなんで軽くちょっかいかけてきますね」
「ん、ルクスリリア総受け」
「温泉でも仲良ししてるニャ~♡」
「んぉおおおおおおお♡ お腹ぱんぱんッスゥウウウ♡」
皆が温泉に浸かっている中、俺は洗い場でルクスリリアへの魔力供給を行っていた。フルオープンアタックである。
英雄育成計画では二組に分かれる都合上、守護獣持ちのルクスリリアと俺は固定で離れ離れになっていたのだ。頑張ってくれた彼女へのご褒美であり、失われた燃料の補給でもある。
太陽が沈む露天風呂で、ロリサキュバスと青く姦しい運動会。競技者は俺とリリィのみで、暫しの間みんなに観戦&応援をしてもらいつつキャタピラ競走(意味深)や尻尾取り(意味深)を行った。
勿論、泉水は汚していない。白濁の湯がこれ以上白く濁るのは良くないからね。
「なるほど、カゲロウ君にそんな悲しき過去があったなんて……」
「まぁ没落旧家出身なんてどう考えても厄ネタじゃからのぅ」
「他の候補生は皆ええ子やわ。纏め役はカゲロウ君で、そこにおっちゃんのサポートがすぅ~っと効いて」
「大器を持つ誰もがリーダー気質って訳でもないんで仕方ないですよね。その点ヘルガは優秀でした」
お風呂上がりには、畳の部屋で茶などしばきつつ英雄育成計画の情報の共有した。
事前の報告にあった通り、今のところ計画は順調である。俺達の一期生での経験が活かされているからだ。あとランベール組は精神的にも肉体的にも大人しかいないので、フライシュ組より安定しているのも大きい。ゲパルト組も概ねランベール組と同様だ。やや問題児気味なアガフィも八尺様が物理的に抑えてくれてるしな。
相対的に一番危ういのが一期生のフライシュ組っていうね。ルルもノエミもトラブルメーカー気質なので、ヘルガがいなかったら計画自体がオシャカになってたかもしれない。
「わぁ~! どれも美味しそうです!」
「良いアテになりそうだぜぇ~!」
「や。シャロは今日はもうお酒抜き」
「寿司はワタシのもんだぁーっ!」
「イクラは渡さねぇッス!」
「こらこら、無くなっても後で注文すればいいじゃろ」
情報共有もそこそこに、晩御飯の時間がやってきた。すると机に並ぶ色とりどりのご馳走達。上玉館はこれが楽しみなのだ。
馴染みの宿という事もあり、ここでの飯は冒険者規格且つグーラ前提で用意してくれる。事前に予約入れておいてよかったね。
今回の目玉はリンジュ中から集められた魚介の数々だった。滝鮪丸ごと一匹を煮る焼く生等様々な調理法で頂き、山から取ってきた新鮮な貝――この世界の貝は山や地中で取れる――料理。十年に一度地上に現れるという幻の雲海イカまで出てきて、これはもう現状のリンジュで考え得る最高のおもてなしと言えよう。
当然、全てロリとペロリと食べ切った。肉や魚も美味しかったが、個人的には焼き茄子が一番だった。子供の頃はそんなに茄子好きじゃなかったのに、大人になった今は大好きなの実に不思議現象だと思う。純淫魔契約による体質変化の影響か、最近は遠ざけていた甘いモノも美味しく食べられるようになった。何であれ色んな食べ物を美味しく感じられるのは良い事だ。
食後のデザートには旬のフルーツがお出しされた。各種シャーベットに千年桃のハチミツ漬け。切ったスイカを食べながら、皆でカムイバラの夜景を楽しんだ。風鈴も鳴って実に風流である。こういうのでいいんだよ、こういうので。
「さっきはルクスリリアだったからな。今回はアタイが最初に頂くぜ♡ んっ♡ んぁぁぁ……なんか久しぶりだな♡ あん♡」
「夜は長いんだから焦らないの♡ んぅ……ちゅっ♡ 今夜も沢山しましょう? いいわよね? アナタ♡」
「あえて浴衣着たままってところに相当なフェチを感じますよ♡ ダメだこのヒトオス淫猥すぎる♡ オラさっさとイッて順番代われ♡」
桃やスイカを食べた後は、皆に俺のバナナを食べてもらった。
広い部屋に布団を敷き、連結し、一つのリングと成す。襖で区切った部屋には休憩用の布団も用意して、いざ試合開始。
ぐちゃぐちゃになったら部屋全体に【清潔】をかけ、温泉行ってさっぱりする。そして硫黄の匂いと共にもう一巡だ。レノの大事なところを舐め回し、シャーロットの耳を揉み揉み。少し離れていただけなのに、再会の夜は極めて情熱的だった。
このようにして、カムイバラでの生活は始まったのである。
カムイバラ入りしてすぐに始まった宴は、文字通り一晩中続いた。
俺はリアル徹夜である。とはいえ心は爽快至極なので寝不足な感じは一切ない。他方、皆はグッタリしていた。房中術で体調は整えたものの、循環した氣も循環が過ぎれば体力を消耗する。
という訳で、俺とエリーゼの不眠余裕組は二人っきりで街を歩いていた。
「ふふっ、今日はアナタを独り占めできるわね……」
この日の為に買った着物を纏い、ロリとロリコンで相合傘などしながら似非ジパングな通りを散策する。
宿屋周囲の繁華街は見てるだけで面白かった。そのへんの陰陽術師が金もらって扇子で冷たい風を送ってて、全身黒装束のあからさまな忍者が屋根の上で昼寝をしている。子供達がザリガニみたいな生き物を向かい合わせ、支援魔法をかけて戦わせていた。ラリスより平和なんだよな、全体的にうっすらと。
かといって俺達は完全に遊んでいる訳ではなかった。カムイバラに来たのは旅行目的もあるが、メインは仕事もとい英雄育成計画の為である。次のオーディションはカムイバラを予定しているのだ。
強固な専制君主制のラリス王国と異なり、リンジュ共和国は種族長が集まる議会を中心とした疑似三権分立を取っている。
ざっくり、立法のリンジュ議会。行政の守長組合。司法の武行法院。厳密に役割分けされている訳ではないが、主にこの三組織がリンジュ共和国を運営している。ラリス王や貴族のような絶対的な権力者がいないのだ。
故に、ラリス銀細工である俺はこの国でオーディションのようなイベントを軽々しく開催できないのである。単に盟友が欲しいだけならギルドの掲示板で募集するだけで済むのだが、英雄育成計画ひいてはオーディションの目的を考えるとそうはいかない訳で。
要するに、ガチでやるなら各方面に許可を貰わないといけないし、許可を貰うには根回しが必要だし、根回しをするには根回しの為の挨拶回りが必要不可欠なのである。
「何も変わっていないわ。まるで時が止まっているみたい」
その第一歩として、俺達は銀竜道場にやってきた。これが一つ目の根回し。都合三つ根回す予定である。
銀竜道場の様子は、以前来た時と何も変わっていなかった。パッと見は学校の体育館か武道場のようである。
勿論、アポは取ってある。先にカムイバラ入りしてたルクスリリア達がやってくれましたってね。
「待っていたわ。久しぶりね、姉様。上がって、今お茶を用意するから」
日にち通り時間通りにお邪魔すると。銀髪竜族レギーナが出迎えてくれた。
レギーナはエリーゼの妹である。実際にはクローンに近いらしいが、それはそれ。見た目はエリーゼをそのまま大きくした感じで、二人を知らない人が見たらよく似た姉妹に思う事だろう。
また、彼女の胸にはリンジュ様式の銀細工が下げられていた。無事昇格したらしい。
「ご無沙汰しております、エリーゼ様。またお目にかかる機会をいただき、光栄に存じます」
「私とレギーナは姉妹なのだから、娘の前でそうへりくだるものではないわ。そうでしょう?」
ややもせず通された畳部屋にて、俺達はゲルトラウデ師匠と再会した。
真紅の髪に、銀色に光る一房の前髪。元銀竜一族にして、唯心無月流創始者。俺の師匠で、エリーゼに仕えていた元騎士である。
今回お邪魔したのはゲルトラウデ師匠を英雄育成計画の教導官に勧誘する為である。無月流は後衛前衛関係なく万人に奨められる万能武術なので、基礎は彼女に任せれば間違いはないはず。
「うむ、承った。要は右も左もわからぬ幼子に銀細工になれるよう稽古をつけてやればよいのだろう。私の経験と貴殿の目があれば間違いはない。任せておけ」
エリーゼのお願いというのもあってか、ゲルトラウデ師匠は快く請け負ってくれた。
無論のこと相応の報酬は出すつもりだ。オーディションで選抜された候補生には、道場でやってる子供用のメニューでも冒険者用のキツめのメニューでもない、英雄用特進メニューをやってもらう予定である。
その後は軽く世間話。どうやら、彼女の娘であるアンゼルマさんはバイト戦士を辞めて武行法院で働いていて、道場の方は免許皆伝した弟子が手伝ってくれているらしい。
初めて会った時は欠けた湯飲みでお茶を出されたものだが、今は良い感じの茶器が使われている。
「ではなイシグロ。次は皆を連れてくるといい」
近いうち稽古を受けに来ると言って、その日はお暇させてもらった。
これにて第一の根回し終了。残るは第二・第三の根回しだ。
「……以上となります。ご清聴ありがとうございました。何かご不明な点などございましたら、遠慮なくお尋ね頂ければと存じます」
「う、うむ。分からない点は特に無かった。むしろ分かりやす過ぎるというか。いやそれにしても用意がいいな……」
第二の根回しをするにあたって、俺は王都で流行り始めたビジネススーツを纏う運びとなった。
場所は東区にあるデカい屋敷。お相手は守長組合所属カムイバラ東区長の女天狗・バンキコウさんだ。
エリーゼに習った通りの礼儀作法で挨拶し、失礼にならぬようオーディションについてお話もといプレゼンする。パワポも何もないので事前に用意していた黒板モドキを使ってみたら、まぁまぁ手応えありといったところ。
とにかく決して怪しい企画じゃないというのを分かってもらう必要があったのだ。既に第三王子経由で話は通っているのだが、俺自身が直接出向いて説明する方が相手からの心象は良いだろう。
結果、やってオッケーとなった。
言うて相手は桜闘会のパーティや結婚式で顔を合わせたお人である。ラリスでの実績もあるし、特にイチャモンをつけられる事もなくあっさりと許可を貰った。
それよりもプレゼン前後の世間話のがキツかった。何というか親戚おばちゃんムーブをされたのである。あまつさえ妾として実の娘を紹介してきて普通に困った。当然断ったが、「今後はこういう事増えるから注意してね」と言われてげんなり。
「よし、これでカムイバラでの根回しも後半戦だぞ」
「実際もうやっちゃっていい気するッスけどね」
「念には念をって感じやな。偉い人から許可もらえたらウチ等も候補生も安心して励めるってなもんや」
そんなこんな、第一・第二の根回しは完了した。
続く第三の根回しまでには時間がかかるので、俺はその間カムイバラに逗留していた。皆にはランベール領とゲパルト領で候補生の鍛錬を監督してもらう。本当は俺も外に出たかったが、先方はお忙しい身なのでいつでも直行できるようにしないといけなかったのだ。
そうして残暑が過ぎ、街に吹く風が涼しくなってきた頃である。
上玉館の前に、大小の刀を佩いた武士っぽい連中が現れた。
武行法院の同心達――語弊を恐れずに言うと、警察である。
「イシグロ・リキタカだな。主上様がお呼びだ。屋敷まで来てもらおう」
ロリコンに対して警察は特攻である。俺は大人しくパトカーもとい馬車に乗った。
ガッチガチに隙のない、リンジュ風の正装を纏って。
勿論、手錠はかけられてない。誓って法は破ってません。
〇
この世界の権力者は、総じて心身共に強靭である。
ラリス貴族を筆頭に、クーシェンの武王や獣人の族長達は指導者としての器に加えて純粋な戦闘力も求められる。
理由はさておき、とにかく偉い人は強いし、強い人は偉いのだ。
時に、各国・各共同体の“最強”とは誰だろうか。
ラリス王国の場合、恐らく現ラリス王かジノヴィオス殿下だろう。
竜族は確実にヴィーカさんである。エリーゼパパもいいとこ行ってたらしいが、銀竜剣豪にタイマンで勝てる奴はいないはず。
では、リンジュ最強は誰だろうか?
リンジュ議会の総代だろうか。守長組合の長だろうか。それとも大穴でゲルトラウデ師匠だろうか。
否である。実際最強かどうかはともかくとして、アンケートを取れば必ず一位争いをする人物がリンジュ共和国には存在する。
リンジュ建国の英雄。
東方竜族のまとめ役。
武行法院の長・花冠竜オイゲンである。
秋の空に、桜が舞っている。
馬車に揺られて暫く後、案内されたド広い屋敷の庭園は、花見の名所になりそうなくらい沢山の桜が咲き乱れていた。
そんな桜園の遊歩道を、俺達はリンジュ風の正装を着て歩いていた。目上の人に会う用の着るだけで疲れる紋付き袴である。付いてる紋は草薙紋だ。この日の為に仕立ててもらった。
「ききき緊張するのじゃ~……」
「そう気負う事ないでしょう? お祖父様にも会った事あるのだし、リアルイーザ様とも酒を酌み交わしてたじゃない」
「それもそうじゃが、それとこれとは話が違うというかのぅ……」
今回はエリーゼとイリハにも同行してもらっており、二人とも俺と同じく正装だ。それぞれエリーゼが群青の着物、イリハが赤い着物である。
なんで二人も一緒なのかというと、先方の要望である。理由は知らないが、連れてこいと言われれば連れて行かざるを得ないのが今の俺の立場だった。
「こちらにて主上様がお待ちでございます。どうぞお潜りなさいませ」
やがて辿り着いた枝垂れ桜のカーテンを抜けると、そこは少し開けた花見エリアになっていた。
一際大きな桜の前、緋毛氈の敷かれた桟敷の中心に、紋付き袴を纏った美丈夫が座している。
彼こそが、俺達を呼び出した張本人にして、この国屈指のVIPであった。
「おう、来たか。まぁ座れ」
低く、重ささえ伴っているような声が響く。声の主は、誰あろう花冠竜オイゲンその人だった。
作法に則ってお辞儀をした俺達は、履き物を脱いで彼の対面に正座した。すぐ眼前にリンジュ最強の男がいる。
むき出しの王気。第三王子やヴィーカさんと異なり、彼は己の圧を隠してはいなかった。それでいて身から沁み出る魔力は見事に制御されていて、魔力感覚で感情を読み取る事は出来そうになかった。
花冠竜オイゲンは、一言で言うと男が惚れるタイプの漢であった。
鷹のように鋭い眼光。天を衝く竜角。着崩された長着に、肩に掛けられた羽織。肘掛けに体重を預け、どっしりと胡坐をかく様は極道の親分さながら。
特徴的なのは、若草色の頭に美しい花冠を戴いているところだ。しかしそれはファンシーなアクセというより、神聖で威厳ある王冠といった趣である。
「お初にお目にかかります。草薙の剣にて盟主を務めております、イシグロ・リキタカにございます。稼業を迷宮潜りとし、ラリスの王都にて黎明の二つ名を賜っております。本日はお時間を頂戴し、誠にありがとうございます。何卒よろしくお願い申し上げます」
言って、恭しく頭を下げる。続いて、二人も頭を下げた。
決まった秒数頭を下げ、決まった秒数の後に姿勢を正す。眼前で座す花冠竜は、上位種族の圧を放散しながら俺達を正面から見下ろしていた。
「花冠竜、オイゲンだ」
オイゲン氏の名乗りは、竜族とは思えないくらい簡素だった。それは彼と彼の組織における政治スタンスから来るものである。
基本的に、世界最強種である竜族は人の手の届き難い高地に住んでいる。その上で、竜族社会とでもいうべき独立した文化圏に引こもっている。その竜族文化圏だけで一族を成し、殺し合い、生命を循環させているのだ。
自然、竜族社会に馴染めない、あるいは下界に興味関心を寄せる変わり竜も存在する。花冠竜オイゲンは、東方に下りてきたはぐれ竜を集め、統率しているのである。
そうして出来上がったのが花竜一族だ。同時に、彼はリンジュの法を司る武行法院の長であった。
「本題に入る前に、己から一つ言っておきてぇ……いや、やっときてぇ義がある」
挨拶もそこそこに、肘掛けに預けていた体重を戻したオイゲンは、やおらイリハの方に鋭い眼光を向けた。
ビクッとなるイリハ。攻撃意思のない花冠竜の視線は、それだけでもメンチビームを超えた目からビームである。
「イリハ、だったな。お前さん九尾の血族で、キィナの娘だろ」
「へっ? あ、はい。その通りでございますじゃ……」
「キィナが継いでた九尾の遺宝を盗人どもに盗られちまって、終いにゃ国の法じゃあ一つも取り返せなかった。その上、枝家の暴走も抑えきれなかった。言い訳はしねぇ、
「はえ~……あっ、いえ、ととととんでもないです! わし全然気にしとらんし! いやもうホント全然……!」
小さく頭を下げたオイゲン氏に対し、イリハは胸の前で手をパタパタやっていた。リンジュの礼儀作法には詳しいのだが、本番に弱いのが彼女である。
花冠竜オイゲンはリンジュの建国英雄唯一の生き残りであり、同じく建国英雄であるイリハのご先祖様とは友人関係であったという。そんな人からこんな風に謝罪されたイリハは半ばパニックになっていた。
初手謝罪は流石に予想外である。イリハもイリハで遺宝の事については忘れていたように見受けられた。
「……そういうとこ、あいつによく似てるよ。シュリは異才の眼と力を持って生まれたが、一番優れてたのは真に価値ある宝を見抜く審美眼だった。お前さんはもう、何にも勝る宝を持っているんだな」
苦みばしった笑みを浮かべ、満足そうに酒杯を呷るオイゲン氏。
なんだろう、彼の一挙一動がいちいちカッコいいんだよな。様になってるというか、威厳があるというか。こういう漢になりたいけど、絶対なれないだろうなってのを思い知らされる。
「さて……」
ゆっくりと酒杯を置いたオイゲン氏は、今度は俺の方を見た。目からビーム超えてコロニーレーザーである。
殺気とも敵意とも異なる、肌が泡立つような感覚。ここで弱さを見せてはいけない。俺は強いて心を硬く保った。
「イシグロ、お前さんを此処に呼んだのは他でもねぇ。
それは、記憶の隅で僅かに覚えのある視線だった。
値踏みしているようで、観察しているかのような……強いて例えるなら、敵か味方か見定めている眼差し。初めて会った時のナターリアさんに近いような。
やがて思い至る。これは、俺がよく他人に向けてる類いの視線だった。同じく、されて当然の目だとも思った。
「オーディションだったな。仔細は聞いてるぜ。だが何で今、カムイバラでやろうとしてんのか。ちぃとばかし引っかかんだよ」
何を隠そう、俺はカムイバラでオーディションなどという訳の分からん催しを企画しようとしているのだ。彼の立場からしてさもありなん。
つまり第三の根回しとは、オイゲン氏の了承である。別に忖度してほしいってんじゃあない。ただ、「ぼくわるい冒険者じゃないよ」っていうのを法院のトップに認めてほしいだけなのである。
「迷宮潜りが欲しいなら好きにしな。だが民を唆して、英雄なんぞに仕立てあげるってんなら話は別だ。しかも無償で見返りも要らねぇとくりゃ怪しんでくれって言ってるようなもんだろ。その理由、お前さんの口から、お前さんの言葉で聞かせてもらうぜ」
外患かもしれない、内憂になり得る謎の存在。実際問題、今の俺はあまりにも怪しかった。
なんたって、身分を問わず集めた人材を無償で育成しようとしているのだ。どう考えても掛けてるコストに見合わない謎行動である。慈善事業にしたって意味不明だ。
俺の為人、俺の思惑、何より俺の動向を知らねば安眠できないだろう。こと国の法と一族を守る身からすれば。
「結論から申し上げると、来たるべき災厄への備えにございます」
「ほう?」
だからこそ、今のうちに認めてもらう必要があった。
未来知識関連は伏せつつ、俺は英雄育成計画について洗いざらい話す事にした。
俺にやましいところはない。強いて言うならロリコンなところはやましいしいやらしいが、異世界では合法だしそもそも我が妻達は全員合法ロリである。
「嘘ってワケじゃあなさそうだが」
言うまでもなく、本心である。
別に慈善事業をやっているのではない。徹頭徹尾、俺は家族の為だけに英雄を育成しようとしているのだ。家内安全の為の世界平和。目指しているのは皆とのイチャラブハッピー生活なのである。
疑われるのは仕方ないとしても、それ以上の理由は無いのだから仕方ない。これで「ダメ」って言われたら、カムイバラでの育成計画は白紙とはいかずともケチがついてしまう。
「黎明だ何だと持て囃されちゃあいるが、己が見たトコお前さん性根はただの民草だろう。災厄だの何だのは国に任せるのが筋ってもんじゃあねぇか?」
「その通りかと存じます。ですが、私は災厄を前に何も行動をしない事の方が恐ろしいのです」
「……そうか。お前さん、人の上に立つ器じゃねぇよ」
圧が、霧散する。
厳しい目を緩めた花冠竜は、空の器に手ずから酒を注いで呑んだ。
盃を干した後、彼の表情は幾分穏やかになっていた。
「いいだろう。お前さんの祭、己の名で正式に認めてやるよ」
「ありがとうございます」
「だがなぁ? 己は何処の誰でも恩人だろうが家族だろうが、無法者には容赦しねぇ。努々その在り方を忘れん事だ」
「かねてより承知しております」
やったぜという達成感を押し殺し、俺は再び頭を下げた。下げて得するなら、こんな頭いくらでも下げる所存。プライド? そこに無ければ無いですね。
よっしゃ、である。これで大手を振ってオーディションが出来るゾ。カムイバラには未来英雄が沢山いるらしいし、草薙の門の戦力は一層拡充されるだろう。もう内心ウッキウキである。
「まぁ呑め。滅多に出ねぇ最上品だ」
「恐れ入ります。いただきます」
ややもせず目の前に膳が運ばれてきて、俺はオイゲン氏に注いでもらった酒を呑んだ。盃を干し、お返しに俺からもお酌をする。
これは竜族文化というより、花竜一族のローカル風習である。酒の注ぎ合いをしたという事は、俺達は彼に認めてもらったという証明になるのだ。
「美味しいですね。酒もそうですが、肴との組み合わせが絶妙で」
「ほう、お前さんこの味が分かるか」
それからは、翼竜の従者が運んでくる酒とつまみを味わいながら、オーディションとは無関係の話をした。
お出しされたお酒は、オイゲン氏の権能を応用して造られた蜂蜜酒らしい。普通の蜂蜜酒よりスッキリしていて、爽やかな花の甘さが舌の上を滑る。なんというか優しい味だ。俺の酒が飲めへんのかいで本当に俺の酒が出てきたの草超えて花である。
そういえば、花竜一族って蜂蜜売ってるんだっけ。すごく美味しいらしいし、なんとかして買わせてくれないかな。甘党の多い我が妻達なら喜んでくれるだろう。
「エリーゼだったな。ヴィーカとは昔っからのダチだぜ。どうだ、奴さんは息災か」
「ええ。先の式にも来ていただいて、リンジュの酒を美味しそうにお呑みになっておいででしたわ」
「そうか、そうか。奴さんからすりゃ、お前さんみてぇな孫娘を持って鼻が高ぇだろうよ」
また、オイゲン氏は顔が広いようで、ヴィーカさんとは友人関係らしかった。
エリーゼを呼んだのはその為だろう。話の流れで銀竜盟友剣を見せると「それ先に見せられたら話はもっと早かったぜ」と笑われてしまった。そんなもんらしい。
さっきまでの親分オーラは鳴りを潜め、今の花冠竜は強面だけど話しやすいおじさんって感じである。強者特有の圧があるのは確かだが、ナターリアさんに近い陽のカリスマを感じるのだ。
はぐれ竜とはいえ、プライドの高い竜族が彼の下に集っているだけはある。器のデカさだけで言うなら、俺が会ってきた人の中で最大なんじゃないかな。
「ところで、お前さん唯心無月流をやるらしいな」
「はい。一応、剣術のみ免許皆伝を頂いております。まだまだ修行の身ではありますが」
「あそこはいい。澄刃やら武鳴と違って後ろに何の柵もねぇ。うちの若ぇのも色々やらせてるが、どこの道場も隙あらば己に阿ってきやがる。信用できるのは無名の小せぇトコだけだ」
ややもあり、話題は武術・道場関連に移っていった。
曰く、リンジュは武術が盛んな反面、栄枯盛衰も激しいらしい。お陰でクーシェンのような権力構造が生まれにくくはあるが、技が失伝しやすくもあるそうだ。
「お前さんに色々あるように、こっちにも色々あってな……」
会話の途中、オイゲン氏はふとエリーゼを見て、もう一度俺の方を見た。
視線の意味は分からない。俺を見定めようとしてた時とも異なる、感情の読めない目をしていた。
「少し、お前さんに
いきなり何だろうか。
訝しみつつも、俺は彼に了承を返した。
「おう。もう出てきていいぞ」
オイゲン氏が手を叩くと、枝垂れ桜の影から優美な着物を纏った少女が現れた。
明らかにスタンバッてたというか、今の今まで気配を感じなかった。なんかの魔法か異能と疑いもしたが、何て事もない。オイゲンさんの圧のせいで隠されていただけである。
「こいつは俺の孫娘でな。生まれたのはちょうどエリーゼと同じくらいか」
しずしずとお辞儀をする着物少女。彼女の年の頃は……というか竜族に年齢はあってないようなものだが、見た目年齢は十七歳くらいだった。
半ば伏せられた目は瑠璃色。口元は豪奢な扇で隠されて、顔立ちはよく分からない。
唯一しっかり露わになっているのは、オイゲン氏と同じ若草色の髪である。こちらは腰まであるストレートだ。そして、その頭には同じく竜角が聳え立っていた。
「クラウディア。挨拶しろ」
「かしこまりましたわ。お祖父様」
クラウディアと呼ばれた少女は、桟敷の外で立ち止まって俺達の方を向いた。
やがて扇がパシンと閉じられ、パチッと両目が開かれる。クイッと持ち上がった口角には、誰の目にも明らかな強い自信が見て取れた。
先の静謐な所作とは裏腹に、その面貌には彼女の心根がありありと現れていた。
「お初にお目にかかります。わたくしは花冠竜オイゲンの孫娘、クラウディアと申します。訳あって未だ竜名を持たぬ竜ですわ」
ゆったりと腰を折る様は完璧なお嬢様仕草で、その口から発されたのは悩み少なそうなアニメ声だった。
エリーゼが静の気品だとしたら、彼女は動の風格。再度目を合わせたクラウディアは、俺に対してニコッと自然な笑顔を向けてきた。
「黎明のイシグロ様、お会いできて光栄ですわ。わたくし、一度お話ししたいと思っていましたの。後でサインとか頂けませんこと?」
草薙のファンらしい。なんかノエミと同じ匂いがする。
反応に困っていると、彼女はポイポイッと草履を脱ぎ散らかして祖父の隣にぽすんと座った。
「客の前だぞ。もう少し作法ってもんを……」
「お祖父様がお認めになった方ですもの。イシグロ様なら大丈夫ですわ。それに、もうお客様じゃあなくなるでしょう?」
「そりゃお前さん次第だ」
完全に、わんぱく孫娘と世話焼き祖父の様相である。
オイゲンさんは同じ色をした孫娘の頭を撫でながら、改めて俺を見据えて口を開いた。
「クラウディアは純血の竜族なんだが、未だに権能が使えなくてな。せっかくだから、イシグロにも診てもらおうと思ってよ」
その時、俺は今までの彼の行動に内心膝を打っていた。
彼がオーディションについて知ろうとした理由。俺の思惑を探った理由。そして、今こうして孫娘を紹介してきた理由。
今、俺と彼はウィンウィンの関係になろうとしているのだ。
「権能を、ですか……」
「ええ。わたくし、生まれてこの方、権能はおろか鱗や翼も出せた事ありませんの。お医者様も匙投げてましたわ」
そう言って「うふふ」と笑うクラウディアさんは、溢れ出る自己肯定感を表すように胸を張っていた。
その胸は豊満であった。
「そうなのね……」
他方、エリーゼは僅かに目を細め。彼女の角を見ていた。
その胸は平坦であった。
しゃあっ、更新!
書籍版一巻が発売され、続刊企画も進行中です!
よろしくお願いします!
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というわけで店舗特典情報!
ゲーマーズ様は、書き下ろしSSとルクスリリアとエリーゼのアクリルスタンドになります。
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とらのあな様は、書き下ろしSSとタペストリーになります。
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メロンブックス様は、書き下ろしSSとタペストリーになります。
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物理版をお求めの際は、ぜひぜひ特典付きをどうぞ!
・電子版
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その他、各電子書籍販売サイト様でも配信されます。
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