【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝!
草薙の門は才能マンの巣窟である。
一般無月流門下生の鍛錬に付き合っていた時も思ったが、異世界人は総じて覚えが速い気がするのだ。
勉強ができるとか要領がいいのではなく、こと身体操作の勘どころを掴むのが上手いというか。
時に、現代日本人の多くは昔の人と比べて他人の動きを見て再現する能力が低くなっているという説を聞いた事がある。何事もマニュアル優先で、上手い人の真似ができないらしい。
その点、異世界人は他人の動作を見て覚える能力に秀でているように思える。「こうだよ」ってモーションアシスト付きの動きを見せれば「こうですか?」ってノリでかなり正確にトレースしてくるのだ。
一般門弟でそうなのだから、ユゥリンが太鼓判を押す天才剣士ノエミや未来英雄枠の森人八尺様メアリーは何をかいわんや。
時はあっという間に過ぎていく。
カムイバラでオーディションをやり、師匠や天群雲メンバーと共に草薙の門を鍛え、迷宮に送り出して冒険者としての一歩を踏み出させた。
途中、アクスタ事件とか色々あったが、カムイバラでの英雄育成計画は概ね順調に進んでいった。
そして、初夏。
卒業を迎える時が来た。
「草薙の門四期生、クラウディア。貴方は草薙の門における養成課程を完了した事を、ここに認める」
カムイバラの鍛錬場は、なんか武術の修行に効果ありそうな滝のある森林ステージである。
そんなマイナスイオンスポットで、英雄育成計画の関係者は卒業式を行っていた。
もっと色んなスキルを覚えさせるべきじゃないか? もっとレベルを上げるべきじゃないか? そう思わないでもないが、そんな事をしてたらいつまで経っても弟子離れできないだろう。送り出す側も覚悟を決めねばならないのが辛いところ。
「うわぁぁぁん! 悲しくないのに涙が出ますわぁ~! この証書わたくしだけの宝物ですわ~!」
「「「卒業してもズッ友ですわクラウディアお姉さま~!」」」
今生の別れでもないのに、卒業証書を受け取ったクラウディアは同僚の女天狗三姉妹と共に涙を流していた。
男子勢も男子勢で、涙は流さずとも気持ちいつもより浮ついていた。
「本当に天群雲でいいのか? クーシェンで冒険者やるっていうのもアリだと思うぞ」
「そりゃまぁ家族といたい気持ちはあるんですが、変な話こっちにおった方が稼げそうやな思いますんで。それに、いざ強くなってみて思い知ったんですけど、やっぱ一人の力って限界あるんやな~って。なんで、これからもよろしくお願いします」
進学か就職かではないが、草薙の門を抜けた後の卒業生は天群雲に移籍するか在野の冒険者になるか選択してもらう事になっている。
当然として、天群雲の目的については事前に話してある。しっかり相談した上で、歴代卒業生は皆さん群雲入りを希望していた。
「暫くのお別れですけれど、わたくしはきっと戻ってきますわ! 新鮮なネタげふんげふん! イシグロ様の掲げる世界平和の為に!」
それはカムイバラ組も例外ではなく、クラウディア以外の卒業生は天群雲への移籍を希望した。
これからクラウディアは花竜一族に行って色々やらなきゃいけない事があるんだそうで。本人としては天群雲に入りたいらしく、諸々落ち着いたら戻ってくる予定である。この事については俺を含めてオイゲンさんとも相談済みだ。
「すっかり大所帯になったッスね~」
「全員実質銀細工級なの普通におかしいと思うのはワタシなんですよね。怖くありません?」
「でぇじょーぶだ。第三王子の威光で何とかなる。それに総戦力ならアリエルさんやナターリアさんのが高いしな」
草薙の卒業式に校歌斉唱やよく分からない声かけとかはない。式が終わった卒業生達は、先輩や師匠に礼を言って回っていた。この後は予約していた花見スポットで宴会をやる予定である。
けど、その前に……。
「はい注目! さっきも言った通り、今日からお前達は草薙の門を卒業する。ギルドで手続きをすれば完了だ。けどその前に、皆に最後の稽古を行う」
注目を集め、最後のインストラクションを宣言する。
首を傾げる一同。やがて弟子に囲まれていたゲルトラウデ師匠が前に出た。
「俺とゲルトラウデ師匠との模擬戦だ」
「うむ。互いに本気で仕合う故、よく見ておくといい。いい勉強になるはずだ」
要するに、俺とゲルトラウデ師匠とのエキシビションマッチである。
模擬戦とは言うが、今回は普段のソレより実戦寄り。ルールは簡単。時間制限無し、武器制限無し。殺し以外の全てがオッケーのギブアップ制。
ただ恩返しするのもアレなので、せっかくだから皆の糧にしようかと。
「そういえば今日のゲルトラウデさん腰に刀佩いてるな。いつも木刀なのに」
「はえ~血の気多いね~。で、実際どっちが強いの? ノエちゃん」
「なんとなくだけれど、膂力も魔力も盟主様のが上ね。普通に考えたら盟主様が勝つはずだけれど、実戦ではどうなのかしら……分からないわ」
卒業式の感動が残る中、俺と師匠は位置に付いた。
観客は高台の方に移動させ、イリハの結界越しに観戦してもらう。
「今日はよろしくお願いします。師匠」
「うむ」
野球の投手と捕手くらいの距離で、ガチ装備の二者は向かい合った。
ゲルトラウデ師匠はいつものように半着に羽織スタイルだが、その腰には鞘に納められた刀があった。
「それ真剣なんですね。師匠の愛刀、初めて見ました」
「ああ。圏外に行った時は研ぐ暇がなかったからな。この日の為に研ぎ直したのだ。数打ちだが、まだ使えるはずだ。エリーゼ様の前で無様を晒すような事はあるまい」
言って、竜の剣士はゆっくりと腰の刀を引き抜いた。美しい刃文が露わになる。
対する俺も腰の剣を抜き、空いた方の手に銃杖を持った。剣&杖の魔法剣士スタイルが俺が最も得意とするスタイルだ。
武器を提げ、向かい合う。風のない鍛錬場には、清涼な滝の音だけが響いていた。
戦いを前に、俺は意識して呼吸を整えた。
そういえば、この呼吸法も無月流で習ったものだっけ。
改めて師匠を見る。武芸者らしい静かな佇まい。まだ構えていないのに、相変わらず隙が無かった。
クソ未来において、ゲルトラウデ師匠は屍王との戦いの果てに命を落としたらしい。
当時、既に世界からは国という概念は無くなっており、一部の強者が多数の弱者を守る小さな社会構造を成していた。
元リンジュ周辺で大きな力を持っていたのが、オイゲンさん率いる花竜一族だった。
そんな中、ゲルトラウデ師匠は無月流の門弟と共に花竜一族に合流し、戦えない人々を守っていた。
そして、殿を務めていたオイゲンさんを逃がす為、屍王に戦いを挑んで帰らぬ人となったのだ。クニュフに訃報を知らせたのは、彼女の義娘である銀竜レギーナだった。
ゲルトラウデ師匠は、今際の際まで他者の為に戦っていた。
少なくとも、自分が生き残るだけなら一人で逃げればよかったはずである。なのに、そうはしなかった。
彼女の本心は察する他ないが、結果的には他者を守って散ったのだ。それは紛れもなく英雄的な行いだろう。
クソ未来の俺は、そんな彼女に何も返せぬまま死んでいった。
恩を返そうと思う。成長の証左として、戦いで以て。
今度こそ、俺はエリーゼの身内を守るのだ。
「……戦う前に、お礼を言わせてください。草薙の門の教導ならびに模擬戦の申し出をお受けいただき、ありがとうございました」
「いいや、寧ろ此方が礼を言いたいところだ。あの子等は、無月流だけでは導けなかっただろう。良い勉強になったよ」
教導依頼を含めた諸々のお礼を伝えると、師匠は静かに首を振った。
ふと、元銀竜一族の剣士は草薙の門の方を見た。それから改めて、同じ瞳で俺と目を合わせた。
「イシグロも……ほんの数年で、本当に強くなった。力だけの歪な銀細工が、今こうして私の前に戦士として立ってくれている。師匠冥利に尽きるというものだ」
言われ、思い出すのは皆を連れて道場に行った時の事。
パンフレット的な案内書の中に、銀竜道場っていうまんまな所があって、エリーゼが気になったので覗いてみたのだ。
そうして初邂逅した師匠に俺めちゃくちゃ敵視されてたっけ。まぁ仕えていた主人がロリコン野郎の奴隷になってたらしゃーないよな。
「唯心無月流の師として、貴殿には教えられる事はまだ沢山ある。だが、戦士として貴殿に教えてやれる事は今や一つもない。なくなった。貴殿は既に、己の道を歩いている。それが無月流、それが私の思う武の道。私にとっては、今この瞬間が何より喜ばしい」
それから色々あって弟子になり、異世界武術を教えてもらった。
本当に、無月流は役に立った。師匠の教えがあったから夢魔を倒せた。レノを助けられた。チートに頼ったままではファンリーを倒す事はできなかっただろう。
胸の奥から、ふつふつと感謝の念が沸いてきた。
「すまない、少し話が長くなったな。あとは剣で語り合おうか」
「ええ。思う存分」
師匠の全身から魔力が染み出し、素肌を覆うようにして鱗鎧が纏われていく。籠手を成し、兜を成し、やがて光と共に真の姿を現した。
しなやかな尻尾に、鋭利な翼。森色をした竜人フォーム。こういう時に抱くべき感想じゃないけど。マジで深夜枠の特撮ヒーローみたいでカッコいいと思った。竜人師匠のフィギュアあったら絶対買うよ俺。
「対戦よろしくお願いします」
「む? ああ……よろしくお願いする」
ともかくとして、臨戦態勢を整えていく。
師匠は刀を正眼に構え、俺は左右の武器をだらりと提げた。
緊張の糸が張り詰め、呼吸を憚るような沈黙が落ちる。
絶えず聞こえていた滝の音が遠くなり、遠くで見ている誰かが息を呑む音さえ鋭敏に感じ取れるほど集中力が高まっていく。
一足一刀の間合いにて、二人の呼吸が重なった。
「【
BLAM! 初手は銃杖による散弾の早撃ちだ。
アーカイオン式実弾魔法【散弾】は、リアルショットガンよりも攻撃範囲が広い。発射してすぐ円錐状に広がるゲームで見る類いの散弾である。
普通の実弾魔法を撃っても師匠なら斬って迫ってくるだろう。それ故の範囲技。相手を動かし、追撃で狩る。
「速いが甘い!」
だが師匠は上を行った。迫る散弾に向かい幽鬼のように前進し、弾が拡散しきる前に接近してきた。最小限の体捌きで、潜るように。自分に当たる分の弾だけ鎬で流して。
読んでいたのだ、俺が先手を取ろうと遠隔技を使ってくる事を。その上でどういった攻撃を仕掛けてくるか。やはり、研鑽の桁が違う。
それでこそ恩返しのし甲斐があるというもの。
「【
瞬間的にステータスを底上げする。最初から切り札を使う。そうでなくば拮抗できない。
ほんの一瞬の敏捷強化。師匠の攻撃に後出しジャンケンで剣を差し込む。
一合。擦過、火花が散る。続く二合。そして三閃にて鱗に覆われた籠手を斬った。
「むっ……」
ズバァン! 剣圧により、師匠の片手が千切れ跳んだ。強い攻撃判定でノックバックする師匠だったが、続く俺の剣撃は片手の剣で捌かれた。
時間を巻き戻すように師匠の籠手が再生していく。敏捷強化が解除された俺は本能的に攻勢を止め、防御の構えを取った。剣を捌く構えを。
「ふん!」
次の瞬間、掬い上げるような翼の殴打が構えた剣に突き刺さる。あまりの衝撃に両足が浮き、慌てて【魔力飛行】で宙を飛んだ。さっきまで両膝のあったところに剣が過っている。
無月流は様々な種族に対応した武術である。当然、創始者の種族特性を活かした技も存在する。今のは有翼族限定のウィングアッパーカットと剣撃のコンビネーションだろう。
そして、コンボはこれでは終わらない。宙に逃れた俺を追い、翼を広げた師匠が飛び立った。風を纏った師匠の剣と、読んで合わせた発勁剣が鍛錬場の空で激突する。
「反射と異能の剣は捨てたようだな。ヴィーカ様の教えも糧になっているようで何より」
「俺に必要な剣を見抜いて下さいまして!」
刹那幾閃、剣の応酬。
現状、この攻防は俺優勢のはずだが、なかなか攻め切れない。
というか師匠の刀が丈夫過ぎる。ガチ戦闘故、ぶっ壊すつもりで遠慮なく打ちこんでいるのだが。
「ただの玉鋼じゃないのか? 妙に硬い……」
「竜族権能だよ。魔力を籠めた分だけ武器が頑丈になるんだ」
「言うんすね」
「隠す理由がない」
どうやら、生半可な攻めでは師匠の刀は壊せないらしい。
同じように、現状の俺のステータスでゴリ押しする事もできそうになかった。ステータスは俺のが上なんですけどね。
ならば……!
「【血肉の贄】……!」
力いっぱいの剣撃で距離を取り、体力を消費する代わりに能力を上げる闇魔術を発動する。エリーゼの【血沸肉躍】と似た魔法だ。
ごっそりとHPが抜け、魔力関連のステータスがぐーんと上がった。
「命を代償に力を得る魔術か。らしくないな、イシグロ」
「まだまだ、【勇者の意志】!」
ジョブチェンジ“勇者”。同時に固有スキル【勇者の意志】を発動。ぐーんと上がった能力値が更にぐぐーんと上昇した。
これの効果は体力の減少に応じた能力強化である。要するに火事場とか赤涙的なサムシング。事前の闇魔術は【勇者の意志】の前フリである。
力押しでは勝ち切れない。奇策に頼ってばかりでも勝てない。以前戦った時も似たような構図で負けたのだ。当時より強くなってる今でさえこうである。ステータスが上がったとはいえ、前と同じ攻め方をしては負けるだろう。
認めざるを得ない。師匠に勝つには、ステータス優越は不可欠で、前提である。その上で初見殺しを行うのだ。
「【星穿ち】!」
掛け捨て強化後即ジョブチェンジ。投擲系最上位職“極投士”、固有スキル【星穿ち】。持ってた剣をレーザービームのように投擲した。
これに対し師匠は回避したが、投擲の余波で翼の制御を失っていた。初見の技ゆえ、威力を見誤ったのだろう。ともかく隙が出来た。
「【絶刀術】!」
ジョブチェンジ、居合特化職“絶刀士”。俺は収納魔法から刀を露出させ、抜刀術の構えで突貫した。
対する師匠は防御の構えだ。無月流剣術・参ノ型。受けて立つというのだろう。
それを待っていた。俺は構えていた刀を収納し、武器変更と同時にジョブを“
目を見開く師匠の眼前、チェーンソードが唸りを上げる。
「魔力比べしましょうよ魔力比べ!」
「ぐっ!? なんだその剣? いや剣なのか?」
ギィイイイイイイ!ギャリギャリギャリギャリギャリ!
赤熱回転するチェンソーブレードと師匠の刀が激突し、工事現場のような轟音と溶接作業時のような火花が響き渡って咲き乱れる。
片や魔力で破壊を促進し、片や魔力で耐久度を向上している。絶対折る剣と絶対折れない刀の疑似矛盾バトルだ。
「うぉおおぁあああ! もっと持ってけやぁああああ!」
いつもみたいに華麗に捌こうとする師匠に、俺は回転刃を愚直に押し込んでいった。
翼を広げて逃げようとする師匠。が、逃がさない。空中で足場を作りながら、魔力推進込みで相撲の如く押し込んでいく。
「刀身に傷だと? バカなっ……!」
拮抗は何秒も続いていない。しかし刀に罅が入った。竜族権能の綻びを前に、さしもの師匠も驚愕に目を見開いていた。
この武装破壊特化チェーンソードは魔力を籠めれば回転数が増すのだ。上手く籠めればもっと回る。俺はこれまで鍛錬してきた魔力操作能力を総動員し、さらに鎖鋸剣へ魔力を注いだ。いやぶち込んだ。輝け、もっと輝け!
「もらったァ!」
回転刃が蒼炎を纏う。次の瞬間、師匠が持っていた刀が真っ二つに両断された。
ガチ模擬戦だから何やってもいいルール。それは相手も了承済み。けどまぁ流石に弁償はするつもりだ。
「ぐぅおおおお!?」
勢いそのままチェーンソードが胸の鱗鎧にヒットする。しかし師匠は身を捩じって直撃を回避。追撃で胴を薙ぐも、それは籠手のガードに阻まれた。
同時、鎖鋸剣が停止する。オーバーヒートしたのだ。俺は武器を手放した。
「「らァっ!」」
身体を捩じり。互いの蹴りが交錯する。発勁と鱗が拮抗し、弾け飛ぶ。
至近距離、ナイフホルダーから短剣を抜くも手刀で払われる。銃杖を構えるがこれも同じく。収納魔法から武器を取り出す暇がない。
ここからは格闘の時間だ。
「まさか竜族権能が敗れるとはな! しかし無月流は戦場武術、無手の戦技には事欠かぬ! 忘れている訳ではあるまい?」
「当然、【天人合一】からの【
自力火事場×天人合一×魂魄昇竜。
これが俺の全力全開。カタログスペックだけならラリス王。代償としてパンイチになるが、こんな事もあろうかと中に水着を穿いてきた。
押しても引いても絡め手もダメなら、いっそ強引に押し切ってやる。その為のパンイチ捨て身形態だ。
「はぁあああああ!」
ドッ! ゴッ! ガン! これが本当の肉体言語。飛び散る汗、唸る筋肉、もうどうにも止まらない。
異界炉魔空手と無月流無手術が交錯する。鱗が発勁を、発勁が鱗を相殺する。異世界らしい大技志向の殴り合い。まるで空中でベイゴマが衝突し、反発しているかのようだ。
「凄まじい力だな! 速さも! 技も! 万全に備え、使いこなしている! 流石だ、イシグロ!」
「まだまだぁあああ!」
俺の方が力強く、俺の手足の方が精密に動き、俺の方が明らかに速い。
しかし、相手の方が巧かった。技量一点の優越で以て、師匠は俺と拮抗していた。
そんな師匠を、今日こそ打ち破ってみせる。
「貴様の技、見切ったぞ! はぁッ!」
「痛ッ……ってぇなぁ!」
ほんの数秒で炉魔空手に適応してきた。受け技を攻撃として捉え、これに当たらぬよう立ち回りはじめた。竜族の空中戦能力を遺憾なく発揮して、竜翼で舞い竜の牙を刺そうというのだ。戦えば戦うだけ師匠に空手を学習される。
攻略、されかかっている……!
「一族を離れ、武の道を志し幾星霜! これほど心躍る戦は初めてだ! まさかその相手がエリーゼ様の愛した男で、我が弟子とはな! 運命というのを信じてみたくなったよ!」
殴り合いの最中、師匠は終始ゴキゲンだった。
無月流は不惑の精神を保つのが肝要とされる。けれども、実のところ本能的に戦闘で猛りやすい竜族には難しいそうだ。
真剣を使った真剣勝負だというのに、なんか俺まで楽しくなってきた。殺し合いじゃない戦いって、こんなに面白いもんだったか?
「【散弾】!」
だからこそ裏をかく。近距離で指鉄砲を構える。既に師匠は射線から外れていた。
「【剛掌底】!」
「ぐぉおおおお!?」
ブラフである。回避方向に武闘家系能動スキル【剛掌底】をぶち込んだ。
これまで移動用に使っていたが、本来【剛掌底】は強力なガー不攻撃技である。自他に与えるノックバック性能がクッソ高い優秀技だ。
そして、熟練しまくった俺の【剛掌底】は特別製だ。俺は技後硬直を無視して前に出、もう片方の手を振りかぶった。
「ぐがっ!?」
バスケのダンクか、バレーのスパイクのように、師匠の頭上から【剛掌底】を叩きこむ。
あまりの衝撃に急降下していく師匠。即座に【魔力の盾】を生成し、これを蹴って下方向へ全力跳躍。落ち行く師匠に空中体当たりを仕掛け、地面に思い切り叩きつけた。
高く広く暴風と共に土埃が舞い上がる。マウントポジション。俺は右腕を振り上げ、
「オラァ!」
殴る、殴る、殴る!
ひたすらに殴る! 殴りまくる!
思いっきり、殴る!
「はははっ! あははははは! 面白いなぁ! イシグロ!」
対する師匠は首を捩じって回避を試みるが、直撃せずともダメージは入る。一発殴る度、兜の端は削れていった。
まるでチンピラ同士の場末の喧嘩である。武術を修めた者同士とは思えない荒々しさ。一方的な守勢の中で、師匠は高らかに笑声を上げていた。
「だが詰めが甘い!」
「ぐぁ!?」
拳の隙間を縫って竜の頭突きが顎に入った。あまりの威力に身体が浮き上がり、続く蹴りにより吹き飛ばされる。
見れば、立ち上がった師匠の兜は割れていた。額から血を流し、凄絶に笑っている。
傷が閉じていない。血も止まっていない。鱗鎧の再生を後回しにして攻撃的魔力が放散する。腕から? 身体から? 否、それは背中の翼からだ。広げられた翼は伸長し、拡大し、二枚一対の壁となった。
「【銀翼の風】……!」
巨大竜翼による羽ばたき。全身を押し出すような広範囲突風。痛みはないが距離が離れる。
奇しくも試合開始時と同じ間合い。翼を元のサイズに戻した師匠は、急くようにして奇妙な構えを取った。
「唯心無月流、奥伝……!」
それは、獲物に襲いかからんとする肉食獣のような構えだった。
四肢と尻尾を地に突き立て、あらゆる力を凝集している。濃密な魔力が竜巻のように吹き荒れる。師匠を中心に、鍛錬場の地が揺れていた。
チート外してて良かった。そうじゃなきゃ、あまりの危険信号に脳が痺れていただろう。今の師匠は、それくらいの重圧を発していた。
「【竜牙旋輪】ッ!」
そして、力の権化が解き放たれた。
俺へ目掛け、超高速で突貫してくる。小さな竜巻を伴う左から右への高速回転攻撃。四肢と尻尾と翼を武器として振るう、まさかの人間ベイゴマである。人類の技というより、魔物の動きに近いと思った。
見てくれはともかく技の殺意は本物だ。回転する四肢のどれかに当たれば次の攻撃が直撃する。下手にガードしたら削られる攻撃偏重技。
ここにきて、向こうも初見の技を出してきた。それほどの相手だと思ってくれたのだ。
対し、俺はあえて正面から受け止める事にした。
「コォオオオオ……!」
呼気と共に、両腕を時計の針のように回す。それは嵐極拳奥義の予備動作である。
俺はクーシェン千五百年の歴史を、いやユゥリンを信じる。
嵐極拳は、無敵だ。
「【発勁砲】! 破ァーッ!」
グォオオオオオオオオオオッ!
真正面、発勁の大砲と竜の爪牙が拮抗する。周囲の地面が抉れ、舞い散り、弾け飛ぶ。
これで倒そうとは思っていない。ただあの殺戮回転を止めようというのだ。回れば大体なんとかなるのは光の巨人の方だし、ビーム撃つのはドラゴン側だろ。俺は掌の発勁に氣を注ぎ込んだ。
「はっはぁ! 初見の奥義がこうも! だが……!」
力の押し合いは、嵐極拳が勝った。
竜の戦士が発勁に呑まれる前に退避する。地を滑って後退し、尻尾を杭に是正した。
俺は師匠の姿勢が整う前に前へ出た。師匠も前へ出てきた。両者、似たような構えである。
「「せぁッ!」」
拳が重なる。それは、動きから何から同じ技だった。
同じ流派の、同じ型の、異なる拳。麒麟の勁と竜の鱗。何度も何度も反復練習した無月流の動き。
拳、拳、手刀、蹴り。型が終わり、一歩下がる。二人の間の地面はズタズタになっていた。
拳を構える。
視線を交わす。
刹那。静寂が生まれた。
この一瞬で、俺と師匠の間に数多の読み合いが発生した。
ジョブを切り替え、武器攻撃をするか? ダメだ、【天人合一】が剥がれたら拮抗できなくなる。長期戦は相手に味方する。【天人合一】だけではない、自然回復で【勇者の意志】は解除されつつある。魂魄昇竜のリミットも近い。ここで攻め切るしか勝ち筋はない。
ならどう攻める? タックルを仕掛け、テイクダウンからの顔への一撃はどうか。さっきの体当たりで師匠の頑強ステータスでは俺のタックルを止められない事は分かっている。いや相手の構えを見ろ。半身に構え、前脚の踵を浮かせている。カウンター狙いだ。タックルの最中に膝が飛んでくる。
寧ろそれ読みで【魔力の盾】を使うか? そしたら反動で逃げられるか。チャンスを逃す訳にはいかない。そもそもあの時とは状況が違う。仮に膝が無かったとしても胴の鱗鎧で防御判定が相殺され、一手損をするのはこっちだ。
相変わらず師匠には隙がなかった。身構えている師匠に攻撃を当てる方法はない。絡め手? 速度重視で攻める? いやレギーナのスピードに対処してみせた人だぞ。何かないか? 虚を突きつつ先手を取る方法は?
ああ、ダメだ。考える時間が無い。
時が動き出す。
守ったら負ける。脊髄反射的に身体が動く。前へ前へ。
愚直に前進する俺の脳裏に過ったのは異世界に適応した技……ではなかった。
正真正銘、真正面からの不意打ち。最短距離を最高速度で突き進む合理性の終着点。現代格闘技における一つの結論。
先の先、その究極。
「これで終わりだ!」
師匠も前に出ていた。カウンター狙いはブラフ。先の先の奪い合い。
しかし、その方法が異なる。当然、師匠は無月流。俺は、別の道を行った。
軽功で飛び込む。震脚で踏み込む。速度のみ追求した真に男らしい技で以て、全てを置き去りに前へ。
異世界を制するべく。
肘を脇の下から離さぬように、
やや内角を狙い、
抉り込むようにして……!
――打つべし!
即ち、ジャブである。
先の先、捉えた。兜のない師匠の顎に直撃した。竜族の動きが一瞬止まる。
異世界格闘において、ジャブやローキックなどのモーション値の低い技では相手を止める事はできない。左のジャブは牽制にすらならないのだ。
だが、今回は違う。条件が揃っていた。ジャブに発勁が乗っていた事、兜の再生を後回しにした師匠の顎に当たった事、これまで俺が集めに集めた各種補助スキルにより会心の一撃が発生した事。結果、ゲルトラウデ師匠はジャブ一発で硬直した。
しかしそれは一瞬だ。瞬きの後には復帰される。その前にもう一撃を入れねばならない。だから俺は、本気の拳を打ち込んだ。
打ち込もうとした。
この時、俺は右ストレートを打つつもりだった。
ボクシングらしく、ワンツーで決めるつもりだったのだ。けど俺はボクシングなんてやった事なかったし、モーションアシストも切っていた。さっきジャブが出たのは奇跡の産物。あるいはボクシング漫画を愛読していたお陰だった。
故に、我知らず、俺の思っていた以上に身体に染み付いていた技が出た。
「せいやぁあああああ!」
正拳突きである。
真っすぐ、ただ真っすぐ。愚直に。深く踏み込んだ重い拳を。
一瞬遅れた。師匠は復帰している。勝ち筋を見失ってしまった。
「ぐぉッ!?」
俺の空手はガードされていた。攻撃されると思っていたが、師匠は弱点である心臓を守っていた。
竜族らしく、師匠は唯一の弱点である心臓を守ったのだ。
土壇場で、お互いに非合理的なミスをした。
だが、だが、だが……!
ずっと鍛えてきて、眠っていた俺の空手は、
異世界最強種たる竜族の、長年鍛錬してきた達人のガードを、
貫いた。
「なにぃいいいいいい!?」
ガードした師匠の身体が、水平方向に吹っ飛んでいく。やがて鱗鎧の戦士は背後の大岩にぶつかって停止した。
全身の鱗鎧が剥がれ落ち、魔力となって散っていく。ここで追撃できれば、まだ勝てる……!
「ぎぃ!? はぁ、はぁ……! くっ、時間制限か……!」
次の瞬間、全ての能力強化が切れた。
膝をつく。【魂魄昇竜】が解除された。放熱するように魔力残滓が舞い、魂の雷が俺の身体を傷つける。
師匠は、元の道着姿に戻っていた。同じように膝をついているが、ノーダメージに見える。
全力を尽くしたつもりだが、今回も勝てなかったか。流石に悔しいな。
「ま、参り……」
「……私の負けだ」
負けを宣言しようとした直前、先に師匠が口を開いた。
ゆっくりと立ち上がる師匠を、ボロボロで片膝突いたままの俺は見上げていた。
今の師匠は、タッパ以上にデカく見えた。
「銀竜式の決闘において、己の鎧を砕かれた者は敗北となる。私の負けだよ」
言いながら、歩み寄ってきた師匠に手を差し伸べられる。
その顔は、さっきまでの戦闘狂めいた凶笑とは別人のように穏やかで、晴れやかな笑みを湛えていた。
「対戦ありがとうございました。善く戦った時は、こう言うものなんだろう?」
まるで、満足いくまで遊んだ後のような。次また遊ぶ日を楽しみにしているような。そんな屈託のない笑顔。
この時、俺はゲルトラウデ師匠の本質の一部を知った気がした。
「……はい。対戦、ありがとうございました」
手を取り、立ち上がる。
俺より少し背の高い師匠は、同じ目線で俺を見ていた。
「唯心無月流の、私の研鑽をほんの数年で追い抜いてみせたんだ。誇ってくれ」
「そういうものでしょうか」
「そういうものだ」
とにかく、ようやっと一勝できた。今すぐ再戦したら確実に負けるだろうけど、まずは白星一つといったところ。
そう思い至った時、少しずつ胸に勝利の実感が染みわたってきた。達成感もあるが、何より大きかったのは満足感だった。師匠が嬉しそうにしているから、俺も嬉しくなってきた。師匠の表情を見た事で、恩を返せたという確信を得たのだ。
「それはそうと服を着ろ。恥ずかしくないのか」
「あ、失礼。そうでした」
指摘され、俺は慌てて【天人合一】を解除した。【勇者の意志】は効果切れと同時に解除されるが、こっちは任意解除なんだよね。
コンソールを弄り、装備を纏う。ついでに回復しようとしたら、もう魔力がすっからかんだった。
「ほぁあああああ♡ おめでとうございます盟主様ぁ~♡」
「素晴らしい戦だったわ。アナタも、ゲルトラウデも」
「時間にしてみれば短かったですけど、とても濃密な戦いでした。最後の駆け引きは両方らしくなかったですが、それも戦の妙ですね」
「よく分かんなかったけどどっちも凄かったっす!」
そうやって勝利の喜びを噛みしめていると、観戦していた皆がやってきてもみくちゃにされた。服着るの間に合ってよかった。
「てかゲルトラウデさん最後のあの技何なんですか? オレにも教えてくださいよ~!」
「ああ。アレは無月流の最終奥義でな。無月流らしくない捨て身の技だから弟子には伝授したくないのだ」
「イシグロさんの発勁も凄かったですわ! バァーッってやってるの! わたくしもやってみたいですわ!」
「嵐極拳の奥義です。一生懸命トレーニングすれば、ワタシより上手くできますよ」
そうこうしていると、興奮している皆にゲルトラウデ師匠は先の戦いの解説をしていた。戦ってすぐ解説できるくらいなんだから、やっぱり竜族って骨の髄まで戦闘種族なんだなって思いました、まる。
俺はもう、模擬戦の疲れで振り返ってる余裕がない。間違いなく生きた経験にはなるだろうが、それは後日自己鍛錬の場で活かそうと思う次第。今はただ、ゆっくり休みたいなって。
と、思ったのだが……。
「やったッスね、ご主人! 目標一個クリアしたッス!」
「ああ。そうだな……」
「ご主人様、どうかしましたか?」
「いや……なんか、拳に変な感覚が残って……」
「ケガは……してへんみたいやけど?」
なんか身体に違和感。
なんとなく拳をぐっぱぐっぱしてみたが、分かるような分からないような。
悪い感じはしない。むしろ強くなってる感。レベルアップした後みたいな? つってもバステ受けてる訳もなし。
とりま自己診断すべくコンソールを見てみた。
「えぇ……?」
すると、なんとびっくり新しいジョブを獲得しているじゃないの。
その名も、まさかの“空手家”。しかも上位職である。にくい事に、その先の最上位職はまだロックされていた。
それにしても空手家か。差し詰め空手系武闘家ジョブってとこか。十中八九、今の模擬戦でジョブ・アーカイオンに新規登録されたんだろうけど……。
「まぁ確かに黒帯ではあったけどさ……ははっ」
自然と笑みがこぼれる。戦って強くなるのが面白くって仕方ない。
ゲルトラウデ師匠は何の為に唯心無月流を編み出し、研鑽を続けてきたか。弟子に模擬戦の解説をしている、あの顔を見れば分かる。師匠は武術が好きなのだ。俺がゲームを好きなように、師匠は武術を楽しんでいるのだろう。
翻って、最近の俺は屍王対策に必死で、成長そのものへの楽しさは希薄になっていたように思える。
かつて聖輪郷の隅でヴィーカさんは黙々と素振りをやっていた。エリーゼ曰く、うっすら楽しい暇潰しとして。目標達成以外の理由で、趣味として修行をするのは意外とアリかもしれないな。
「鍛え直しだな……」
「流石パパ♡ 向上心の塊~♡」
「や、マスターのはそういうのじゃないと思う」
とにかく、それもこれも屍王を倒した後だろう。
俺は、今まで俺を鍛えてくれた全ての師に感謝の祈りを捧げる事にした。
空手習ってて良かった。改めて、そう思った。
……いや寒稽古は今でもクソだと思うけど。
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