【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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感想・評価など、ありがとうございます。励みになっております。
誤字報告もありがとうございます。いつも助かっています。

今回は一人称、イシグロ視点です。
よろしくお願いします。


エッジ・オブ・ケイオス(前)

 深い森の中で、木が暴れている。

 なんか、昔観た映画にこんなんいたなと思った。

 

 何処の森にも生えてそうな広葉樹が、大きな枝を鞭のように振り回してくる。轟音を立てて迫る枝は葉や末節に至るまで鋭い切れ味を持っており、さながら大量の刃をびっしり付けた棍棒のようだった。

 俺はこれを【受け流し】で捌くも、相手は体勢を崩す事も無防備状態を晒す事もなく追撃の枝を振り回しまくり、合間合間に謎フルーツの爆弾を射出してきた。当然、全て捌く。

 植物系魔物なんぞ範囲火魔法で焼いてしまえばよいのだが、今回そうはできなかった。マジで危なくなったらやってもオッケーだが、可能な限り綺麗に倒す必要があるのだ。

 まぁこいつに限っては魔法使っても意味はないのだが。

 

「【鉄の礫】! ふ~ん、これも吸うのか。さっきから耐性エグいな。俺がテイマーだったら絶対捕獲するねコレ」

 

 物理・魔法の耐性を検証し、戦闘面における性能を確認する。

 それが今の俺の仕事だ。

 

 瘴気保有型未確認生物、仮称・“妖精”。

 妖精とは、災厄の襲来後に新たに発見された生物の総称だ。

 パッと見は魔物に似ているが、その生態は野生の魔力保有生物に近いとされている。魔物と違って人類を前にしても必ず襲ってくる訳ではないし、種によっては交配による繁殖活動も確認されている。

 最も大きな違いとしては、魔物と違って殺したらちゃんと死骸が残るところだ。だから綺麗に倒す必要があるんですね。調査・研究の為にね。

 

 現状、妖精には等級があり、それは脅威度によって決定される。

 そのへんの野生動物レベルを三級。迷宮ザコが二級。迷宮の主レベルの強さを持つ個体を一級。特定の特殊能力“妖精領域”を持つ個体を特級とする。

 この暴れる木――俺命名“スーパートゥレント”君は完全新種の妖精であり、推定特級である。

 

「ご主人様~! 大丈夫ですかぁ~?」

「問題ない! グーラこそやり過ぎるなよ~!」

「は~い。ふん!」

 

 少し離れたところからグーラの声。彼女はシャロ謹製不殺ナックルダスターで一級妖精をボコボコにしていた。

 スーパートゥレント君の強さは上位迷宮の主と同等である。普段なら囲んで棒で叩くべきなのだが、今回ばかりはそうはいかない。妖精領域のせいである。

 妖精領域とは、一言で言うと強制ボスバトルフィールド生成能力である。特級妖精の周囲にはこの特殊ゾーンが展開され、ゲームのボス部屋めいて一人から四人までしか入れないのだ。

 このフィールドは常時展開しており、また領域外からの攻撃は一切効果がない。レノの狙撃もイリハの天意流転領域もダメだったからどうしようもない。おまけに領域に入ったが最後、領域の主たる妖精を倒さないと出られなかったりもする。知らなかったのか? 特級妖精からは逃げられない。

 攻略法として、まず一人が先行して弱点を探り、後から最適な控えメンバーを三人投入する方法が確立されている。これ俺発案なんすよ。

 

「だいたい分かった。要するに対魔法特化なのね。かといって物理耐性に脆弱性はない、と」

 

 で、この厄介トゥレントをほっとくと危ないってんで、さっさと伐採しちまおうって話だ。

 スーパートゥレント君、実際凄い。なんたって属性関係なく全魔法吸収するし、物理耐性もかなりガチガチ。唯一の弱点は足が遅いところだが、物理火力が低い奴なら領域入った時点で詰むであろうクソボスだと考えられる。

 

「まぁでも大した事ないな」

 

 程々の検証が終わったところで、俺は収納魔法からギードの鎖鋸剣を取り出し、これを猛回転させて【切り抜け】た。

 ズバァン! タコ足めいた根っこを一刀両断すると、トゥレント君は途端に攻勢を止め、残った根っこを蠢かせて逃げ腰になった。

 させんよとばかりに追撃解体。妖精の良いところは魔物ほど自己再生能力が高くないところだ。やがて全ての根を根っこから斬られたスーパートゥレントは倒木と化した。

 そのまま太い枝を選定して刈っていく。葉っぱのカッターや爆弾木の実で迎撃してくるも、その程度で俺の【魔力の盾】は傷つかない。そう時を置かず丸太状態になったトゥレント君は悪あがきのゴロゴロ回転アタックをしかけてきたが、そこに不殺木刀のゴルフスイングをぶち込んで瀕死にさせ、可能な限り傷つけないようトドメを刺した。

 すると、俺の逃走を妨げていた妖精領域が解除されていった。周囲にはトゥレントの残骸が散乱している。

 

「ふぅ……この領域が無けりゃ生け捕り出来るんだけどな」

「お疲れ様です、ご主人様。ちゃんと原形留めておきましたよ」

 

 領域外で戦っていたグーラも決着がついたようだった。彼女の周りには様々な二級・一級妖精の死骸が倒れている。炎も雷も使わず、物理攻撃だけで綺麗に倒したようだ。一種類につき一体生け捕りとは、やるねママン。

 で、だ。今一度周囲を見渡してみる。スーパートゥレント君と地に散らばってるソレ等は、俺視点なんだか馴染のある見てくれをしていた。

 

「え~っと、これがコボルトでこれがアルミラージで、こっちはミノタウロス……でしたっけ」

「ワシが名付けた」

 

 なんか、ゲームやアニメで見覚えのあるモンスターな気がする。

 そう、モンスターである。ニュアンス的にクリーチャーというか洋ゲーモンス感のある迷宮の魔物と違い、妖精はなんだか和ゲーモンス感が強い気がするのだ。

 これが今回の災厄関連なのかもしれないと思うと、ちょっとゾワッとする感じがないではない。

 

「おいっすニャ~。戦い終わったっぽいから回収手伝いに来たニャ~」

「クニュフもお疲れ。よろしく頼むぞ」

「トゥレントはバラバラに落ちてますし一ヵ所に集めましょうか。薪拾いみたいですね」

「火魔法吸収してきたけどなこいつ。使いであるかね」

 

 ともかく、仕事の続きだ。

 俺はトゥレント君の枝などを集め、クニュフの影能力を使って袋に詰めていった。同じく瀕死アルミラージやミノタウロスの死骸なども箱詰めし、最後に丸太トゥレントをグーラに運んでもらう。妖精の死骸は収納魔法に入らないので、やがて俺はモンスターの死骸を運ぶサンタクロースと化した。

 

「ん、マスター帰ってきた」

「すみません盟主様、こっち荷車足んなくて、新しい荷車出してもらっていいすか?」

 

 来た場所に戻ると、未舗装の林道に積み込み作業中のヘルガ達に加え、周囲を警戒しているレノとユゥリンの姿があった。

 また、荷物を満載した車列の先頭には二台の異世界ケッテンクラートがあり、これと荷車が貨物列車のように連結されている。異世界トラックならぬ異世界トラクター&トレーラーである。

 

「ところで、俺のこのスーパートゥレントを見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく大きいのはいいけどコレ荷車に乗るかニャ~? 一回ここでバラシちゃう?」

「や、可能な限り形保っておくべき。担いだままだと運びにくそうだから、わたしが【念力】で運搬するのが合理的」

「ありがとうございます、レノ。行けますか?」

「ん、問題ない。けど運搬に集中したいからケッテンクラートに乗せて」

「ほいっと、積み込み終わり。ヘルガ達も全員揃ってるな。よし、警戒を維持しつつ出発!」

「よっしゃエンジンスタート!」

「きゃはは♪ ヘルちゃんったら出したくってウズウズしてたもんね~♪」

 

 荷物とメンバーを確認し二台の多連結車はガタガタ道を進んでいった。異世界ケッテンクラートはホバークラフト式なのですい~って感じだが、後ろの荷車はそうではない。俺達は荷車の周りで周囲を警戒しつつ、武器を提げながら追従した。

 剣を担ぎながら辺りを見渡す。この森には、不自然なくらい鳥や虫がいない。全体的に生命の息吹を感じないのだ。

 

「なんだかんだ、リンジュで野外訓練受けといてよかったです。迷宮の森とはまた別の難しさがありますね」

「中でもここの森はなぁ、マジで人の手が入ってないからなぁ……」

 

 ジッドの森。またの名を妖精の森。

 今俺達が歩いているこの森は、その名の通り妖精が大量発生している危険地帯だ。

 場所は王都から見て南西。ラリス王国領ではない。淫魔王国でもグウィネス領でもない。

 少し前まで、人類生存圏外とされていた地域だ。

 

 フボール地方、最南西。

 災厄の尖兵と戦っていた地の果てに、俺達はいた。

 

 何故、俺達がそんなところで妖精狩りをやっているのか。

 その理由は、王子に呼び出された日まで遡る。

 

 

 

 

 

 

「良くも悪くもない報告と、とてつもなく悪い報せと、ほんの少し良い情報……どれから聞きたい?」

 

 合流後の一幕や開始の挨拶もそこそこに、王族らしい衣装を身に纏った第三王子はそんな事を言った。

 対し、どう返せばいいか分からない俺である。見れば他の面々も一様に困惑していた。他方、ヴィーカさんは我関せずの瞑目腕組みポーズで、リアルイーザ様はサイドテーブルのお茶とお菓子に夢中である。

 大物しかいない空間に、クッキーを頬張る始祖吸血鬼の小気味よい咀嚼音が響いていた。

 

 王都アレクシスト。いつぞやの地下秘密基地。

 会議室のような広い部屋で、俺は錚々たる面子と席を共にしていた。

 椅子の配置は極道の会合のような対座形式だった。お誕生日席に第三王子がいて、彼視点右にヴィーカさんとリアルイーザ様、そんで俺。その向かいにはアリエルさん。ナターリアさん、ラドゥ侯爵の順である。出席者は他にもいて、中には他国の銀細工や宵鴉作戦の時に挨拶した金細工持ち冒険者の姿もあった。

 部屋内に満ち満ちた強者アトモスフィアも相まって、紅茶でも淹れようかってな塩梅である。

 

「まず災厄についての報告をしようか。キルスティン」

「こちらに」

 

 ややもせず、何事もなかったかのような王子の指示で爆乳メイドさんが各々のサイドテーブルに紙を配っていく。その紙には、これまでと現在の状況報告が記載されていた。

 報告書に曰く、天文台は災厄襲来の直前に災厄観測実験を行っていたらしい。結果、災厄らしきヤバいのを発見し、同時に呼び寄せちゃったかもという話だった。

 何やってんねんという気持ちが無いと言えば嘘になるが、そこに至るまでの経緯がしっかりと書かれていて、全部が全部天文台の人のポカとは思えなかった。前例のない事態、誰も予想はできまいて。仕方ないね。

 ……悪い、やっぱ辛ぇわ。余計な事してんじゃあないぜ、まったく。軽く悪態吐くくらいは許してくれ。

 

「おぉ、望遠球か! アレ完成しておったのだな! 流石はゼノンである!」

「実験参加者が被害を食い止めるべく自害する寸前、此度の災厄は“死の病”に似ているという旨の言葉を残したそうだ。そのような経緯から、専門のチームを結成して改めて死の病についての情報を纏めている。勿論、災厄に操られていた可能性も考慮して鵜呑みにはしないけれどね」

「最期の言葉が操られた末の……とは、思いたくはないな」

 

 死の病とはかつて訪れた災厄の一つで、ざっくり言うと寄生虫による超パンデミックだ。

 実験参加者によると、当代災厄はこれに似ているらしい。どう似てるかは判然としないが、一定の手がかりにはなるだろう。

 

「また、観測実験で発見した瘴気の塊は当代災厄とは別とも言い残しているが、これは未確定と思ってくれ。事実、災厄らしきモノは現れたのだし、考えたって仕方ない。どのみち備える事しかできないのだからね」

「えっ、じゃあもしかして災厄がいっぺんに来ちゃうって事? ヤバないか? 流石にそれはアレク君がいてもキツいだろうなぁ」

「未確認情報でございます、リアルイーザ様」

「まぁ気のせいって事もあるか! 気にし過ぎもよくないしな!」

 

 まさかとは思うが、既に来てる災厄と観測した災厄を併せて当代はダブル災厄ですなんてオチじゃないだろうな?

 考えても仕方ないので無駄に考えないようにしようと思うが、にしたっても不穏である。クソ未来ではどうだったんだろう。クニュフが言うには屍王が災厄の最有力候補らしいが。

 

「次、とてつもなく悪い報せだね」

 

 王子の声に、つい身構えてしまう。

 純白の髪の美少年は、頭痛が痛いとばかりに美麗な眉を顰めていた。

 

「結論から言おうか。三代目魔王を名乗る叛徒がラリス王家に宣戦布告してきた」

 

 え? 何だって?

 なんか急に来たじゃん。クニュフの話では三代目魔王の母である邪眼のファンリーが消えた事で新魔王は生まれないはずである。

 あるいは別人かもしれないのか。それにしたって、このタイミングでしかも宣戦布告とは如何なる了見だろうか。災厄前にピリついてるのに、普通に空気読んでほしい。クソ未来の新魔王だって屍王に殺されたらしいんだから。

 

「まだ公にはされていないが、父上宛にそれはもう古風な親書が送られてきてね。あまつさえ戦争開始日時と戦場が指定されていた。正々堂々やろう、と」

「ほう、魔王軍残党にも骨のある奴がいたものであるな! 予、こーゆー男大好き!」

「男かどうか、そもそも実在してるかどうかも不明ではありますが。当然、ラリスはこれに対処せざるを得ず、また父上は災厄に抗する為に魔王と戦って頂く訳にはいかない。本当に、頭の痛い問題だよ」

 

 そう言って、考える人のポーズで目を伏せる殿下。その姿はあまりにも絵になり過ぎてて、いつも女装してる人と同一人物とは思えないイケメンっぷりだった。

 

「さて、最後に少し良い報せだが……」

 

 なんて考えていると、考える王子がチラリと俺を見た。

 不敬な事を考えてたのがバレないよう、改めて姿勢を整える。

 少し良い報せとは一体何だろうか。つっても災厄か魔王関係だ。あまり期待しないでおこう。

 

「もしかしたら、災厄が消えてなくなったかもしれないんだよね」

「……え?」

 

 俺の喉から、呆けたような音が漏れた。

 そんな俺の痴態に、幸い誰からも注意が飛んでくる事はなかった。何故なら、会議場全体に言葉にならぬざわめきが起こったからだ。

 ややもせず動揺の波が収まったのを見て取ってから、王子は威厳ある王族の姿勢に戻って口を開く。

 

「とてもイレギュラーな事が起こってね。災厄襲来の日から少しして、なんとびっくり人類生存圏の拡大が確認されたんだ」

 

 人類生存圏とは、その名の通り人類の生存に適したエリアの事である。内外は目に見えない通り抜け可能結界で区切られ、内側を圏内、外側を圏外とし、圏外は迷宮に近しい程の濃い瘴気に満ちている。

 通常、生存圏は災厄を退ける事で拡大するらしい。にもかかわらず、今回は災厄を倒す前に生存圏が広がったというのだ。以前尖兵戦で守護していたカッサ砦やルーゴウンの森が人類生存圏に含まれるようになったのである。

 

「とはいえ、だ。生存圏が拡大したからといって、本当の本当に災厄が消え失せたと確定した訳ではない。それに、時を同じくして少し怪しいモノが現れてね」

 

 続いて、控えていた爆乳メイドが何らかの紙束を配ってくれた。表紙には、妖精についてのレポートと書かれていた。

 内容は、妖精と呼ばれる新種生物についてのレポートだった。中には捕獲した妖精のスケッチも載っていて、迷宮の魔物より可愛げがあるように思われた。それこそ和製RPGのモンスターみたいで。

 

「広がった生存圏を中心に、未確認生物の発見報告が相次いでいる。仮称・妖精は体内に瘴気を有している事から、災厄と関係があるとされて現在天文台が調査している。死の病と似てはいないが、妖精こそが当代災厄の可能性が高いだろうとの見込みだ」

 

 これまでの情報をまとめると、こうだ。

 災厄は“死の病”に似ていて、絶賛調査中。

 忙しくしてるところに、三代目魔王が内々に宣戦布告。

 災厄襲来とそう時を置かずして、人類生存圏拡大現象が発生。これはかなりイレギュラー。

 拡大した地域を中心に瘴気を持つ未確認生物が発生。これを調査する事で災厄討伐への端緒を得るつもりである、と。

 

「以上、この三つについて話す為に、皆さんに集まってもらった訳だね。早速だが役割分担だ。まず新魔王についてだが、これには僕と兄上が出る。さっきも言ったけど、父上に負担をかける訳にはいかないからね」

 

 出席者の目に理解の色を見て取って、殿下はさっさと話を進めていった。

 新魔王の対処は第一王子ディミトリスさんと第三王子ジノヴィオスさんが出る。すぐ近くにいるイケメン殿下が魔王を倒すのだ。

 他の王族はどうするのと思ったら、現王は王都で待機するらしい。そんで第二王子は妻の実家で守備を固め、同じく第一王女は母の実家で留守番との事。

 

「独立した戦力として、ヴィーカ様とリアルイーザ様には王都に残って民をお守りいただきたいのです」

「承知した。契約は順守する」

「え~、予的にはその新しい魔物? みたいなのと戦ってみたいんだけど~」

「ケイデスカジノの出禁を取り消させますから、どうか」

「よかろう! 王都の守りは予に任せておくがよい! あ、待機中は自由にしてていいんよな?」

 

 当然だが、王城には現ラリス王含め凄まじき戦士が多数在籍している。差し詰め、ヴィーカさん達は伏せ札ってところか。

 個人的には、ヴィーカさんに新魔王を斬首してもらって早々に終わらせてほしいところだが、まぁそのへん作戦とか色々あるのだろう。出来れば教えてほしいけど、にっこり微笑んできた殿下にそのつもりはなさそうだ。

 

「イシグロさんには、フボール地方の前進基地に行って妖精の調査をしてほしいんだ」

 

 そして、俺には圏外調査の任が言い渡された。

 否がある訳ではないが、てっきりまた運搬かと思っていた。メッセンジャーとしては優秀な自覚があるからな。

 返事をする寸前、そんな俺の疑問を予知していたか殿下が続ける。

 

「フボール地方の南西には、ジッドの森というとても広い森林地帯があってね。此処の妖精は質・量ともに桁が違うらしいんだ。そこで草薙の剣と天群雲の出番という訳さ。前進基地は建設中で、そこには既に元金細工の凄腕魔導士が司令官として配置されている。だから厳密には、妖精の生態および未開拓領域の調査兼拠点防衛になるかな」

「承りました。災厄討伐に貢献できるよう、尽力いたします」

 

 説明を受け、納得して了承する。ともあれ、やるべき事が決まって安堵する気持ちがあった。

 件の死の病においても、王家以外のパンピーが一生懸命頑張ったからこそ突破できたのだ。

 俺は俺に与えられた任務を全うする。その為に鍛えてきたのである。

 

「よろしい。アリエルさんにも、同じくフボール地方のルーゴウン砦に行ってもらいたい」

「了承している。既に決まっていたからな。また同じところで戦えるな、イシグロ殿」

 

 その後、王子はこの場にいる一人一人に指示を出していき、やがて細かい確認や報告が続く事となった。

 あと、霊格極装の進化レポートについてお褒めの言葉を頂いた。実験の方では未だ成功していないらしいが、ユゥリン・メソッドを試した結果アリエルさんの耳飾りが霊格極装に進化したそうだ。当人はこれみよがしに耳飾りを誇示してきて面白かった。

 なお、悲しい哉ヴィーカさんはまだできていないそうだ。ちょっとムスッとしてる気がする。

 

「整理しよう。当座の課題は二つ。新魔王の対処と、妖精の調査だ。前者は僕と兄上が当たり、後者は親愛なる君達にやってもらう。ヴィーカ様とリアルイーザ様は王都の民を守って頂きたい」

 

 そうして、各々の配置は決定された。

 俺はもう一度圏外に行き、妖精なる謎モンスの調査と拠点防衛の任に就く。

 後でヘルガ達にも共有し、然るべき日に圏外へ向かおう。その為にオーディションを催したのだ。

 

「負けるつもりはないけれど、僕とて何時どうなるか分かったものではない。だから、もし僕の身に何かあったら、皆にとってより良い選択をしてくれると嬉しいな」

 

 終わり際、王子はそう言って締めくくった。

 その瞳には、以前までは希薄だった人間らしさが宿っているように、俺には見えた。

 

 こうして、俺達草薙の剣と天群雲は世界の最果てへと旅立ったのである。

 

 

 

 

 

 

 妖精の死骸を満載した荷車が森を抜けると、ある程度舗装された道に辿り着いた。

 舗装路は緑豊かな草原を一筆描きするようにして続き、可能な限り高低差のないルートになっている。

 やがて見晴らしの良いところまできて、張り詰めていた気が少し緩んだ。もう安心である。

 

「もう大丈夫だ。乗車組は交代して、飛べる奴が空から見張りだ。ほら起きろユゥリン」

「んぁ~、こうトロトロ移動するのホント眠くてですね……」

 

 ここからは一気に行く。歩いて警戒に当たっていた組も座席に乗り、ケッテンクラートが速度を上げる。荷車の車輪が森のデコボコ道より軽快に回っていた。

 

「あそこ、今朝は咲いて無かった花あるニャ。のどかニャ~」

「草の成長速度が半端じゃないっすね。砦の畑もなんか凄かったっすし」

「ここが少し前まで圏外だったとは信じられませんね。ボクが尖兵と戦った時は息をするだけで苦しかったのに、今ではそんな事ありません」

「や、それでも瘴気はかなり濃い。特に森の中は」

 

 見渡す限り青々とした草原には、かつてのような死んだ大地の面影はない。見上げる空もまた、王都と同じ色をしていた。間違いなく、圏内の空だ。

 尖兵戦の時は圏外全体の瘴気はヤバいくらいに濃厚で、ラザニアの飛行速度も鈍化していた。だが、今のフボール地方にそんなデバフ効果はない。ここら一帯もファストトラベルに対応したのだ。

 また、ジッドの森も圏内判定がされており、現時点における圏外との境目は不明である。そこらへんの調査も任せられている。本当の意味での冒険だ。ちょっとワクワクするね。

 

「おっ、朝より壁が厚くなってるな」

「まぁでも脆そうですけどね。やろうと思えば拳一発で壊せます」

 

 空が赤くなってきた頃、ようやっと帰るべき砦を発見した。

 魔法で造られた無骨な石壁。堅く閉ざされた鉄の門。未開拓領域調査前進基地、ジッド砦である。

 

「お疲れ様です、イシグロ様。積荷を下ろした後、禊をお願いいたします」

 

 砦の中は、さながらトーフ建築の町のようであった。

 観光名所みたいだったミッド中央砦と異なり、ジッド砦は防衛より各種機能性を重視したディング式簡易拠点といった様相だ。

 その分、施設は充実している。あちらには天文台の支部があり、こちらには各種倉庫。瘴気を落とす禊場はサウナ式に加えて滝めいたシャワー式が用意されている。おまけに各所には瘴気対策の清浄樹も植えてあった。

 

「お疲れ様です。ちょっと前失礼しまーす」

 

 そして、他の砦との大きな違いとしては、敷地内のあちらこちらでケッテンクラートが行き来しているところだ。

 用途としては完全にトラクター扱いである。ケッテンクラート用倉庫には整備済みの車が何台も並び、禊場の近くでは青い整備服のいい男が瘴気を落とす為に洗車をしていた。馬力あって小回り利いて、運用コストを無視すれば何かと使い勝手がいいのだ。我等がケッテンクラートは。

 

「あら、遅かったのね。こっちはもう禊も済んでいるわよ」

「ここの禊場は気持ちいいのじゃ。あれ街に一つくらい置いてくれんかのぅ」

「さっき食堂見てきたんスけど今日カニ出るらしいッスよ! 楽しみッス!」

 

 天文台の研究棟に向かう最中、禊場の近くでエリーゼ達と合流した。

 彼女等もジッドの森で妖精を狩っていて、二級相当のオークの群れを全滅させたらしい。特級オークキングを倒してもザコは消えないのが厄介である。

 ちなみに、妖精オークは人類の女性に性的興奮を覚えるようで、女性陣からは物凄く毛嫌いされている。なおルクスリリア達には興奮しない模様。この世界にロリコンオークはいないらしい。

 

「むっ、凄い木だな! これも新種か? 名前は何という?」

「おかえりなさいませ。特級妖精をここまで綺麗に討伐なさるとは。流石ですね、イシグロさん」

 

 妖精の積み下ろし作業を終えた頃、見知った顔と遭遇した。眼鏡っ娘淫魔のニーナさんと百合吸血鬼クリシャナさんだ。

 彼女等は俺が勧誘した外部協力者で、調査と拠点防衛を手伝ってくれているのだ。勿論、勧誘については殿下からの許可は貰っている。

 此処にいる知り合いは彼女等だけではない。一番高い屋根の上では天才剣士トリクシィ君が素振りをしていて、訓練場ではメイヴ達九鼠会がユア君の純淫魔一党と模擬戦をしている。ふと見た先で、羊人美女の青春一党は荷物の積み下ろし作業を手伝っていた。

 こうして見るとかなりの大所帯である。皆、はるばる遠くまでついてきてくれたのだ。当然として高額な報酬を用意してある。出すのは俺じゃなくて王家だしな。

 

「あ、イシグロさん! 明日あたりまた稽古つけてくださいよー!」

「時間あったらね」

 

 天群雲を含め、皆の士気は高かった。英雄願望と言ってしまえばそれまでだが、そこには災厄に立ち向かう誇り高い勇敢な意思があった。

 元気な若者に手を振り返し、俺達は森の汚れを落とすべく禊場へ向かった。瘴気は万病に繋がるとされ、これを疎かにする異世界人はいないのだ。

 

「よう、お先だぜ。ここは蒸し風呂入り放題でいいねぇ。災厄の後も住みてぇくらいだ」

「ケインさん、お疲れ様です」

 

 サウナ式の禊場に行くと、そこにはカリカリホソホソの先客がいた。なんとビックリ、ガリガリダークエルフこと戦車工匠ケイン氏である。

 

「改めまして、依頼をお受け頂きありがとうございます。お陰で助かっています」

「いいって事よ。それに、こーゆートコの方が長く深く機体に触れられっからな。直して弄ってバラして組み立てて、毎日楽しいったらねぇぜ」

 

 曰く、自転車の次はケッテンクラートに惚れ込んだとの事で、今現在はケッテンクラートの第一人者として整備長をやってくれている。彼のお陰でケッテンクラートを現場運用できているのだ。ケッテンクラートに栄光あれ。

 ケッテンクラート談義もそこそこに、サウナを出た俺は正装を纏って基地の司令部に向かった。風呂上りに報告とは悠長なと思うかもしれないが、瘴気塗れでいる方が失礼なんだよね異世界では。

 

「……以上です。詳細については後日報告書を提出いたします」

「ありがとうございます。やはり、ここ数日で特級の発生率が上がっているようですね。元々上昇傾向ではありましたが……」

 

 基地司令官専用の部屋で、俺は黒髪ショートヘアの女性魔導士と対峙していた。誰あろう、本作戦の総司令官とはデアンヌ・フォレ・ランベールさんその人である。

 以前までの彼女は如何にも陰キャな黒髪ロングのメカクレ魔女といった様相だったが、今のデアンヌさんはデキる女オーラ全開である。髪も短くなってるし。

 あと、吃音が治っていた。まぁそれは些細な事だ。重要なのは、彼女の目である。

 

「次回の遠征では天文台の研究者達に同行して頂く予定です。イシグロさんには彼等の護衛を任せたいと考えております」

 

 デアンヌさんの双眸には、かつてない不退転の覚悟が見受けられるのだ。

 闇堕ちしている感はない。ただ、総司令官として職務を全うしている彼女には鬼気迫るものがあった。

 返上したはずの金細工が執務机で輝いている。彼女のモノと、恐らく他人の金細工の二つ。それを追求する勇気も理由も俺は持っていなかった。

 

「皆の者! 本日もよく頑張ったな! 今宵の飯は蒸したラリスセンシャガニとカニスープである! これは今朝届いたばかりのゲパルト産なるぞ! 思う存分食らうがよい!」

「わーい! わたくしカニ大好きですわ~ってデッッッカ! ラリスのカニってこんな大きいんですの!?」

「カニ好きに、悪人はいねぇ」

「何言ってんスかご主人」

 

 ご飯の時間になったので、食堂で皆と一緒に食べる。

 基地生活で嬉しい事と言えば、提供される料理がとても美味しいところだ。食材もそうだが、何たって料理人がミスター・フライシュことフライシュ家の先代当主なのである。

 長男に家督を譲った彼は、今は槍ではなく包丁を持って戦っているのだ。飯が美味いと士気上がるからね、実際大事。

 

「明後日はあたしの班が遠征ルートの下見に出る。お前達は今のうちに休んどきな」

「ナターリアさん、ありがとうございます。本当に頼りになります」

「何言ってんだ。今のあたしのボスはお前なんだぜイシグロ。長は長らしくドシッと構えてな」

 

 彼だけではない。ジッド砦には、鬣犬の前族長ナターリアさんにも来てもらっていた。

 大同盟の盟主ではなく、一人の戦士として協力してくれているのだ。彼女には例によって天群雲の教導やサブ指揮官としての仕事をやってもらっている。

 

「こうも集まれば尖兵との戦いを思い出すな」

「今回は一つの砦に固まってるんで頼もしい限りです。運搬に抜けても必ず守ってくれるって信じられますから」

「そりゃあたしのセリフだぜ。ぶっちゃけ、あん時ぁイシグロがいてくれりゃあなって思った事なんざ数えきれねぇよ」

「で、あるな。事実として、イシグロ殿は新鮮な野菜をそのまま持ってきてくれるのでな。砦の兵士からは王の如く崇められておった」

 

 デアンヌさん、ナターリアさん、ミスター・フライシュとは尖兵戦を共にした仲である。だからこそ俺は安心して背中を任せられていた。

 ここにいないアリエルさんも、現在ルーゴウンの森で小神樹を守っている。あそこもあそこで一級妖精の発生率がヤバいらしく、狩人の大量投入で毎日ハンティング・パーティをやっているそうだ。

 

「ともあれ、今のイシグロが尖兵ん時みたいになってなくてよかったぜ」

「当時のイシグロ殿には若さ故の危うさがあったからな」

「若さ、ですか。まぁもう若くはないですし、当時もそこまで……」

「迷宮潜りは兵士ではない。見るに貴族として戦場を歩いてきた訳でもないのだろう。であれば戦場では雛も同然である」

「まぁよく耐えてたと思うぜ。今も立派に盟主やってるよ、お前さんは」

 

 戦友との語らいもそこそこに、ご飯を食べ終えた俺達は粛々と宿舎に帰った。

 宿舎は巨大なトーフハウスになっており、俺達には専用の大きな部屋が当てがわれていた。ベッドは自前である。

 

「お疲れ亭主殿。今日も大活躍みてぇだったじゃねぇか? なんだっけ、すーぱーとぅれん何とかってやつ?」

「スーパートゥレントやでシャロちゃん。ダーリンのネーミングは分かりやすくてええなぁ。魔導院の連中にも見習わせたいわ」

 

 部屋に入ると、シャーロットとヘカテーニャにお出迎えされた。風呂に入ったばかりと見え、二人とも身体がホカホカしている。

 シャロはルーン彫刻技術で、ヘカテは魔法薬学や錬金術などで後方支援をしてくれているのだ。たまに遠征にもついてくるが、その時もサポートメインで活躍してもらっている。

 特にヘカテの眷属ぶっぱ索敵の性能は凄まじく、彼女は前線でも後方でも大忙しだ。

 

「最近は【魔導極砲】を撃ってないから鬱憤が溜まっているわ……」

「まぁ森を更地にする訳にもいきませんからね。もしもの時は砦の中から放てばいいと思います」

「そういう機会が絶対ないと言い切れないのが怖いところです。何度も遠征して狩りまくってるのに、妖精は増えてく一方ですから」

「いっそのことひと塊になって襲ってこないものかしら……」

「にゃはは、でも剣での戦いも嫌いじゃないんでしょ?」

「実際見違えたよね、エリーゼの剣は。もうチート無しでもかなり動けるし」

「沢山練習したもの。アナタと一緒にね」

 

 眠る前の自由時間。俺は皆との会話を楽しみながら、ふと窓の外を見た。

 夜だというのに、基地内は今もフル稼働している。魔導街灯が暗闇を照らし、警備兵が巡回している。見張り台では梟人弓兵が森の方角に睨みを利かせていた。

 皆が皆、自分にできる仕事をしている。こうやって目的を同じにする仲間と一緒にいると、なんだか安心する。

 

「妖精、かぁ……」

 

 第三王子の報告を思い出す。

 あの時、屍王についての情報は一切出てこなかった。災厄については色々と開示されたものの、結局のところ分からず終いだ。

 件の魔王も気になる。でもクソ未来の最強三代目ではないのは確実だろう。産みの親であるファンリーを殺したのだ。流石に同じのが出てくるとは思えない。

 妖精についても、まだまだ分からない事ばかりだ。本当にこいつが災厄に関係しているのだろうか。これを調べていけば災厄に、あるいは屍王に繋がるのだろうか。

 不安だ。けど、苦しくはない。悩んでもいない。何故なら、今の俺には愛しの妻達に加え、頼れる仲間が沢山いるからだ。かつての戦友への信頼ってのは、俺が思っているよりも強固だった。

 異世界転移直後みたいに単独(ソロ)のままだったら、こんな気持ちにはなれなかっただろうな。

 

「ご~主人♡ 今日も沢山働いたんで淫魔チャージお願いしたいッス~♡」

「それで言うと今日はまだ一度もキスをしてもらえていないのだけれど?」

「あれだけ吸精したのにまだ満タンじゃないの凄いと思いますよ。どうなってんですかルクスさんのお腹ん中」

「ん、グーラのお腹のが不思議。明らかにその身体に収まるはずのない量が入ってる」

「ミスター・フライシュの料理がおいしくて、つい」

「カニ飯美味かったのじゃ~」

 

 それはそうと、今日も今日とて10Pとしゃれ込む訳ですが。

 その為の大部屋、あとその為の特大ベッドである。

 

「よし、じゃあここで一発気合入れて……オラッ、【静寂】!」

 

 という訳で、俺はその夜も皆と楽しく過ごすのであった。

 盛り上がったので二巡した。ルクスリリアの精タンクは満タンではなかったので、その日も限界まで注いだ。戦術的優位性の為だよ、本当だよ。

 

 やっぱ、労働の後の運動は最高だな。




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 異世界ケッテンクラートは実物より大きめなので、荷台部分には大人六人くらい乗れます。



◆妖精と魔物◆
・魔物
 迷宮の内外に出現する敵性存在。
 人類を見ると例外なく襲い掛かってくる。
 死ぬと青白い粒子に変わり、討伐者の身体に取り込まれる。これにより、討伐者は魂が増強されステータスアップする。
 なんかクリーチャーっぽいというか、洋ゲーダークファンタジーっぽいイメージ。

・魔力保有生物
 普通の動物が進化して魔力を持ったもの。
 ラリスオウマガシカやマチンゴやマゾブタが該当。
 死骸が残る。食用になるケースも。

・妖精
 詳細不明。魔物程ではないが、瘴気を内包している。
 特級妖精は自身を中心とした侵入制限兼無敵フィールドを常時展開しており、討伐には1~4人で領域内での交戦が必要。後から入る事はできるが、一度入ると逃げる事はできない。
 全体的にイシグロに馴染み深い見た目をしており、どことなく和ゲーファンタジーのモンスターっぽい。
 討伐すると死骸が残る。中には瘴気を抜けば食用になる妖精も。通常トゥレント君は良い薪になる。

◆ジッド砦のメンバー
・デアンヌ総司令官
・草薙の剣&天群雲
・ナターリア
・先代フライシュ当主
・羊人カリッセの一党
・ニーナ&クリシャナ
・九鼠会
・トリクシィとお姉さん淫魔
・ユア一党
・戦車工匠ケイン

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