【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。助けになってます。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。参考になりました。

 キャラ募集の方もありがとうございます。掛け値なしにやる気に繋がっています。

 何やかやあって、2話・31話・32話を加筆修正しました。
 31話は大幅な加筆を行いました。それなりに印象が変わっていると思われます。
 2話には何故銀細工の頭がおかしいかの答えを載せておきました。

 あとタグも増やしときました。

 今回は三人称、グーラ視点です。
 よろしくお願いします。


思い出の底で

 グーラは花が好きだ。

 嗅ぐと、幸せな匂いがするから。

 

 

 

 ある日、狼人族の男が恋をした。

 相手は、山奥にある犬人の村の娘であった。

 

 男は名をフェレライと言い、斥候と前衛を兼任する鋼鉄札の冒険者であった。

 迷宮外での活動中、怪物退治で怪我を負ったフェレライは、狩猟中だった集落の狩人たちに保護された。

 その時、彼を治療したのが村一番の美女であるラーサであった。

 

 異世界の男女である。目と目が合って運命を感じた二人は、あっと言う間に恋に落ち、事に及んだ。

 怪我が治って即求婚即快諾、フェレライは犬人村の長にこれを事後報告した。

 異世界基準でもなかなかのスピード婚である。

 

 村長は、フェレライが村に住む事を条件にラーサとの婚姻を許可した。

 村の今後を考えると、そろそろ新しい血を入れる必要があったし、何より強者の血は魅力的である。幸い、フェレライは犬人と子を成せる狼人であった。

 それに、フェレライがいれば村の防衛にもなる。族長的には一石二鳥の申し出だった。

 

 こうして、二人は一つ屋根の下で生活するようになったのである。

 

 

 

 翌年、ラーサはめでたく懐妊した。

 村のアイドルの子である。強者フェレライの子である。日に日に大きくなる腹を、村人たちは親愛の眼差しで見守っていた。

 ラーサの子供だから、めちゃくちゃ可愛い子だろうとか。フェレライの子供だから、優秀な狩人になるだろうとか。

 しばらく、村での話の中心はラーサの妊娠についてだった。

 

 犬人族の出産は、一度に数人の子を産む。

 少ない場合も三人は産むし、五つ子くらいは普通にいる。外の医者の見立てによると、妊娠中のラーサの腹には四人の子供がいるとの話だった。

 フェレライとラーサの二人は、いや村人たちは、皆母子の安全を願った。

 

 それから、しばらく……。

 

 ある嵐の夜。雷雨と暴風の中、村の片隅で一人の娘が生まれた。

 父の様な瞳と、母の様な耳と。父にも母にもない、炎と雷を宿して。

 ラーサが死んで、グーラが生まれたのだ。

 

 その身の雷で兄弟を殺し、その身の炎でラーサを焼き、そうして生まれた獣の子は、両親の面影を残しながらも種族そのものが違っていた。

 獄炎犬(ヘルハウンド)と、轟雷狼(らいじゅう)の混合種。

 炎雷の赤子は、魔族だったのだ。

 

 獄炎犬族とは、炎を操る犬系魔族であり、その気性は極めて獰猛。魔族の中でも特に好戦的な種族として有名である。

 轟雷狼族とは、雷を操る狼系魔族であり、その気性は極めて残忍。異世界でも珍しい、翼無しで空を駆ける事のできる強力な種族である。

 グーラは、それら二種の混合魔族(キメラ)であった。混合魔族とは、第二大災厄の際に絶滅した古の魔族である。今現在、生き残りは確認されていない伝説の種族だ。

 

 獣人同士の間に生まれた、絶滅したはずの古の魔族。あり得ない訳ではないが、とても希少な例である。

 腹の兄弟を殺し、母のラーサを殺し、嵐の夜に生まれてきた。

 村人視点、忌み子である。

 

 グーラは愛をもって誕生を願われ、やがて存在を見捨てられた。

 元々、所属コミュニティ以外に警戒心の強い犬人である。犬人でも狼人でもない訳の分からぬ存在の、何よりラーサを焼いた赤子を、村人たちが歓迎する訳がなかった。

 そのうち、赤子のうちに間引くべきだという意見まで出始めた。

 

「頼む、僕に育てさせてくれ……! この子を殺すなんて、できない……!」

 

 それを止めたのは、偏にフェレライの威光であった。

 村に来てからというもの懸命に働いてきたフェレライは、すっかり村の頼れる存在になっていたのだ。そうでなくとも、村最強の戦士であるフェレライの怒りを買うのは恐ろしかったのだ。

 物心つく前の娘を、母を失った父が守ったのだ。

 

 結局、大人たちはグーラの存在を不承不承納得した。

 けれども、大人の感情は、素直な子供たちに伝播するものだ。

 

「おらぁー! 食らえ!」

「ぐぇ! お前、爪は駄目だって言われてただろ!」

「立ててねーし! 証拠あんのかよ証拠!」

「傷見りゃわかんだろコラァ!」

 

 獣人の成長は早い。生まれて二年にもなると、人間族でいう六歳児ほどに成長する。獣系魔族のグーラもまた、同い年の村の子供と同じくらいに大きくなった。

 犬人の子供は、小さい間に沢山喧嘩をして知恵をつける。爪の鋭さ、蹴りの痛さで加減を学び、友情を育むのだ。

 

「あ、あの……」

 

 けれども、その遊びにグーラが混じる事はできなかった。

 幼少の日、グーラはその身の種族特性を制御する事ができなかったのである。

 同族か、あるいは魔力操作に長けた森人なり竜族なりが居れば訓練をつけてくれただろうが、犬人の村にそんな存在はいなかった。

 

「あん? お前フェレライの」

「おいヤベーよ、コイツは……」

 

 気を抜くと、力んだ際に炎が出る。速く走ろうとすると、雷を伴って宙を駆けてしまう。

 それだけでなく、グーラはごく単純に膂力に秀で過ぎていた。大人の男や、あるいは父を超える程に。

 そんな規格外の怪物を、村の子供達は怖れ、大人たちは怪物の脅威から我が子を守った。

 

「魔族とは遊ぶなって、俺父ちゃんに言われてんだよ!」

「そうだ! あっちいけ!」

「あ、うん、ごめん……」

 

 幸か不幸か、グーラの気性は両親に似て温厚であった。

 無暗に力を振るう事はなかったし、子供達相手に横暴を働く事もなかった。

 だからこそ、一人だった。

 

「おかしいな、ボクもう三歳なのに……」

 

 あまつさえ、グーラは三歳以降身長が伸びなくなってしまったのである。

 それは成長期に必要量の魔力を浴びる事ができず、それを代用できるだけの食事を摂取する事ができなかったが故であった。幼少時、グーラは常に空腹であった。グーラにとって、犬人の食事は少なすぎたのである。

 無論、そんな事を山奥の村人が知るはずもなく、グーラはその点でも異端の烙印を押される事となった。グーラの影のあだ名は、“チビ魔族”であった。

 

「ただいま、グーラ。遅くなってごめんね」

「父さん、おかえり!」

 

 そんなグーラを、父のフェレライは深く愛した。

 愛し子でありながらラーサの死因となった娘に、父は何の躊躇いもなく愛を注いだのである。

 村長の勧めを断り、後妻を娶る事もせず、ただ一心に娘の為に生きるようになっていた。

 

「今日はな、グーラにおみやげがあるんだ。匂いで分かるかい?」

「んー、お花?」

「さあ、何色のお花でしょう?」

「んん~、白い奴!」

「正解! ほら、手を出してごらん」

「わぁ、可愛い……!」

 

 フェレライは今でも冒険者証を持つ現役の鋼鉄札だ。当然として、村最強の戦士であり、村最優の狩人であった。

 そんな父は、村の為、なにより娘を守る為に、人一倍働いた。

 外に出る際には綺麗な花や食べられる果実を摘んできて、可愛い娘にプレゼントしたりもしていた。

 

「これは、何て読むんだっけ?」

「えっと、右斜め、右斜め、下だから……“狩人”、です!」

「正解っ、グーラは賢いなー。それに、その言葉遣いは何処で覚えたんだい?」

「えへへ……。あの、今日村に来た商人さんと、村長さんが話してるの、聞いてました」

 

 フェレライは、空いた時間を出来る限り娘と共に過ごした。

 遊び相手になり、文字を教え、何より娘の孤独を癒やす存在になっていた。

 

「誕生日おめでとう、グーラ。これからは、村の皆を手伝って、ご飯をもらうようになるんだ。わかるね?」

「う、うん……でも、ボクに、できますか?」

「できるよ、きっとね」

 

 時が経ち、グーラと同い年の子供達も村の仕事を手伝うようになって、グーラも何かしらの仕事を宛がわれる事となった。

 けれども、上手くはいかなかった。

 

 畑仕事は力が強すぎて農具を壊してしまい、細かい作業は炎か雷が邪魔をしてミスをしてしまう。

 狩りならどうだと外に出ると、グーラの魔力に反応して獲物が逃げてしまうのだ。

 結局、読み書きができるグーラは家で写本の仕事をする事になった。本来、これは村にはない仕事だったが、父が街から持ってきてくれたのである。

 

「……っと、“心を歌え、ジュスティーヌよ。誇り高き戦士の名を、誰一人違わず呼び給え”。あれ、これで合って……よしっ」

 

 写本の仕事は、大人しい気性のグーラにとってそれなりに楽しい仕事だった。

 元々、父から聞く冒険物語を好んでいたグーラである。忍耐のいる写し作業は、彼女を一時楽しい本の世界へと誘った。

 

「聞いて父さん、今日は“獣拳記”のグレース伝を書いたんです! 終わった後もう一回読んで、ボクすごく感動しました!」

「へぇ、それは父さんも読んだ事ないなぁ。どんな話なんだい?」

「えっとね、グレースはイライジャの姪っ子で……」

 

 中でも、最もグーラが惹かれたのは、古の英雄である獅子拳聖・イライジャの物語、“獣拳記”であった。

 それは現代日本で言う国民的少年漫画的ポジションの獣王伝説であり、凄い強い主人公の獣人イライジャが、どんどん出てくる強い怪物とバトルしまくるという内容であった。

 少年イライジャの冒険を描く第一部。仲間と共に迷宮に挑む第二部。建国当時のゴタゴタを描いた第三部。アレクシオス亡き国を守る為、単身強敵に挑む第四部。

 その他、外伝とか前日譚とか、幼児用とか学者用とか色々ある。獣人で勇者アレクシオスを知らない子供はいても、イライジャだけは絶対知っているというくらい人気でメジャーな英雄譚なのだ。

 

「それでね、グレースの爪が折れちゃって。あわや死んじゃう! ってところに、“よく耐えた!”って言ってイライジャが来てですね!」

「へ、へぇ……」

 

 幸運にも、グーラはそれら全てを写本する機会を得て、件の英雄譚を読み込む事ができた。

 色んなバージョンの“獣拳記”の写本をしていくと、終いには何のどこでどんな台詞があったかを暗記する獣拳記オタクになっていた。

 獣拳記には、勇者アレクシオスの他にも魅力的なキャラクターが沢山出てくる。その中で、グーラは第三部外伝に登場する、アレクシオスに恋するイライジャの娘が第二の推しであった。一番の推しは勿論イライジャである。

 

「あ、その格闘術なら僕使えるよ。一回やってみる?」

「えっ!? 父さんそんな事できたんですか!」

「これでも鋼鉄札なんだよ、父さん」

「ぜひ、ぜひ習いたいです!」

 

 イライジャ推しになったグーラを見て、父は娘に獣人族に伝わる古武術を教える事にした。

 武術といっても、地球の様な体系化されたモノではなく、異世界の魔物を殺す為に伝承された立ち回り全般といった風のモノである。

 まるで、獣拳記第三部外伝第二章“父と娘”冒頭の様に、グーラは父フェレライに戦いの手解きを受ける事になったのだ。

 

「グルルルル……! はぁッ!」

「いいね、よく動けてるよ。脚を止めちゃダメだよ、休む時は距離を取って、そう!」

 

 娘が仕掛け、父が捌く。それはさながら、小さな魔物の攻撃を凌ぐ戦士の構図だった。しかし、それは異世界にて合理化された鍛錬法の一つであった。

 稽古の時間は、グーラにとって幸せな時間だった。大好きな父との言葉のない語らいは時間を忘れる程に楽しかった。

 そうして、父の教えを吸収し、グーラは日に日に強くなっていった。

 

「父さん、ボク強くなります。強くなって、イライジャみたいに村を守ります!」

「ははは……こりゃ娘に負ける日も近いかなぁ」

 

 強くなり、村を守る。

 そして、いつか村のみんなに受け入れてもらうのだ。

 そう願って、グーラはひたむきに鍛錬に励んだ。

 

 グーラは、イライジャの生き様に憧れていた。

 英雄になりたいと思った訳ではない。

 けれど、獣拳記を通して、イライジャの様になりたいと思うようになっていたのである。

 

 まだ、幸せだった記憶だ。

 

 

 

 ある嵐の夜。

 それは、突然現れた。

 

 深層迷宮の主、針鋼猛犬。

 肩高2メートルにも及ぶ、全身に鋼の毛を纏う魔物。

 何の予兆もなく、そいつが村の近くに出現したのである。

 

「フェレライ! 今すぐフェレライを呼べ! 狩人長もだ!」

 

 迷宮外に魔物が出現するなど、この世界ではありふれている。通常の獣型魔物一匹程度なら、村の戦士が囲んで叩けば難なく倒せる。

 だが、主級の魔物は無理だ。そも、主は滅多に外に出ないものだ。出てきても多くは人類生存圏の外からやってくる。そんな奴が普通の魔物の様に圏内に出現するのは、もう不運以外の何物でもない。

 あるいは、最寄りの転移神殿の冒険者が怠けているかだ。そうじゃなくとも、出る時はどうあっても出るものだ。

 

「無理です。僕では倒せません。一党を組んで、しっかり武装を整えても追い払う事さえできないでしょう」

「そんな、フェレライでもか……」

「はい……」

 

 針鋼猛犬は上位迷宮の主、一流の冒険者でも銀細工持ちが一党を組んで倒すべき、怪物中の怪物である。

 当然として、村にそんな怪物相手に太刀打ちできるような戦士はいない。

 故、村長は村を捨てる決断を下した。

 

「逃げよう。今夜のうちに荷物をまとめ、ヴァレンシュタイン様の街まで歩こう。証拠さえあれば受け入れて下さるはずだ」

 

 しかし、その決断は遅すぎた。否、例えもっと早かったとしても、被害者の桁は変わらなかっただろう。

 

 件の魔物を発見した狩人を追って、それは嵐の夜に村を襲撃してきたのだ。

 猛犬の突進で家が倒壊し、尻尾のひと凪ぎで戦士の脊髄がへし折れる。逆に、村にある剣や狩り道具程度では、その体毛に傷ひとつつける事はできなかった。

 

「おい! 今が死に時だぞお前ら! 女にいい恰好したい奴ぁ! 俺に続け!」

 

 逃げ惑う村人たち。敵わぬと知りながら、覚悟を決めて足止めをする戦士たち。

 足止め要員の中には、フェレライの姿もあった。

 

「グーラ! 逃げて! 生きるんだ! 絶対に死ぬな! お願いだ、死なないでくれ! 生きて、幸せになるんだ! いいね!?」

「父さんッ……! 父さんそんな!」

「愛してるよ、グーラ! 僕もこの村の戦士だ、行ってくる!」

 

 そう言い残して、フェレライは娘を逃がした。

 それが、父と娘の最期の言葉になった。

 

 

 

 近くの街に向かう最中、村人たちは皆意気消沈していた。

 当然だろう。この中に、家族を失っていない者はいないのだ。

 グーラもまた、父を失ったのだ、最愛で、唯一の、グーラを愛してくれる人をである。

 

「生きろって、幸せって……ボクは、どう生きればいいんですか……?」

 

 失意の中、グーラは歩く。

 何故父が死んだのか。理不尽な現状に対し、悲しみの次にやってきたのは虚無感であった。

 この時、グーラはまだ子供だった。身体でなく、心がだ。そんな子供が、唯一の肉親を亡くして途方に暮れる事を誰が責められようか。

 しかし、そんな事情、深淵の主には関係がない。

 

 ずしん、と。

 

 そこに、悪夢の獣が現れた。

 片眼を失い、後ろ脚を引きずり、満身創痍になってなお、迷宮の主は人類を殺すべく動き続けていた。迷宮内の魔物と違い、外の魔物は瞬時に怪我を治せないのだ。

 生物としては休むべきだろう。同族を食い、傷を癒やすべきだ。そうやって、迷宮外の魔物は強くなる。それでも、何か使命感に駆られるようにして、グーラの父を殺した魔物は猛っていた。

 ただ、人類を滅ぼす為に。

 

「グォオオオオオオオッ!」

 

 獣が吠える。

 

 瞬間、グーラを除け者にしていた同い年の娘が死んだ。

 次の瞬間、空腹のグーラに野菜クズをくれた少女が死んだ。

 また次の瞬間には、最初にグーラを忌み子と呼んだ女が死んだ。

 

「あ、暴れん坊、イライジャ……皆に石を投げられた。あいつがやったと、嘘を吐かれて……」

 

 その光景を見るでもなく眺めて、現実感を無くしていたグーラは、何故か推しの事を考えていた。

 眼前にある暴虐からの逃避だろうか。走馬灯の様なものだったろうか。けれどもそれは、実際どうでもいい事だった。

 

 何度も読んだ、少年イライジャの旅立ちと、その戦い。

 乱暴者のイライジャ。嫌われ者のイライジャ。寂しがり屋のイライジャ。

 やがて謳われる、獅子の男の英雄譚。

 

「ぐっ……うぅウゥゥゥゥ……!」

 

 ――胸が、熱い。

 

 全身から、黄金の炎が噴き上がる。

 心臓から手足の末端まで、空色の雷が迸る。

 二股の尻尾が立ち上がり、食いしばった歯の隙間から灼熱の火炎が僅かに漏れた。

 

「グゥゥゥゥゥゥ……! グルルルルルルウ……!」

 

 膨れ上がる魔力に反応した怪物が、警戒するようにグーラを見た。

 グーラは、弱い村人を見た。

 動けない村人は、グーラと魔物を見ていた。

 

 バチンと、グーラの炎雷(ほのいかづち)が臨界に達した。

 

「グルゥオォアアアアアアッ!」

「グォォォォォォッ!」

 

 そして、怪物相手に、忌み子のグーラは襲い掛かった。

 母によく似たその心には、父によく似た勇気が宿っていた。

 見た事も、会ったこともない英雄の勇姿が、グーラの心に火をつけたのだ。

 

「グルァアアアア! グガァアアアアア! ガァァアアアアアッ!」

 

 その戦いは、まるで野生の獣同士が命賭けの縄張り争いをしているかの様だった。

 大小の獣は止まる事なく上下左右と動き回り、ぶつかって縺れ合って弾き飛ばしてまたぶつかる。爪を突き立て、肉をそぎ、そがれ、痛みを忘れて食らいつく。

 雷が轟き、黄金の炎が鋼を焼く。矢ほど大きな針が褐色の身体を貫き、雷が穴を塞いで火が傷を覆う。

 両者、暴威そのもの。理外の化け物同士、命と命を削り合う、泥臭く、野蛮で、だからこそ目を奪われる原初の力のぶつけ合いだった。

 それは、村人が見た事のある、フェレライの怪物退治ではなく……。

 

「くたばれェエエエアアアアアッ!」

 

 怪物同士の殺し合いだった。

 

 

 

 戦いの末、グーラは嵐の去った空に、吠えた。

 誇り高き父へ。父の愛した母と、殺してしまった兄弟へ。

 遠く、遠く、自らの存在を吠えて伝えたのだ。

 

 その様を、泥に汚れた村人たちは見ていた。

 生まれたばかりの仔獣が、その母が、村長がグーラを見ていた。

 皆が恐れていた娘が、村人を守ったのだ。

 

 彼の英雄の、始まりの物語の様に。

 

 グーラは、村人の愛によって誕生を願われ、やがて愛を失った。

 グーラは、勇気を持って怪物を倒し、村人を守った。

 いつか、自分も群れの皆に受け入れてもらえると信じて……。

 

 乱暴者で、嫌われ者で、寂しがり屋だったイライジャ。

 彼の英雄譚の様に、誰かを救えば、救われると思っていたのだ。

 とても、純粋に。

 

 

 

 しかし、彼女は英雄ではない。

 英雄譚の主人公では、ないのだ。

 

 

 

 結論を述べると、グーラは金に換えられた。

 村長に、村人に、村の英雄は売り飛ばされたのである。

 生き残るには、得体の知れない英雄よりも、皆が生きていけるだけの金が必要だったのだ。

 

 獣人夫婦の間に生まれた、絶滅したはずの古の魔人。

 炎と雷を宿す、強き獣。

 とても、高値で売れた。生き残った村人を、救える程に。

 

「うぅ……父さん、父さん……」

 

 檻の中、鎖に繋がれたグーラは、絶望の底にいた。

 父を失い、皆に見捨てられたグーラには、もう縋る対象がなかったのである。

 生きる意味、生きる理由が、彼女にはもう存在しないのだ。

 

「でも、生きろって……幸せって、何なんですか……」

 

 それから、どれほどの時が経っただろう。

 仕立ての良い服を着た紳士に会った後、グーラの待遇はかなり改善された。

 鎖に繋がれたままだが、しっかりした飯が与えられ、清潔にされた。商品としてだが、ちゃんと価値ある存在として扱われたのである。

 けれども、グーラの心には穴が開いていた。過去から吹く隙間風が彼女の魂を凍えさせているのだ。

 

 幾日が経ち、広々とした檻の中、グーラは如何にも頑丈そうな馬車に乗せられた。

 何処に行くか、分からない。誰に買われるか、どんな事になるかなど、今のグーラには興味のない事だった。

 

 グーラは、もう生きたくなかった。

 けれど死にたい訳でもなかった。

 父の言葉を思い出すと、獣拳記の事を思い出すと、凍えた心が僅かに暖まってしまうのだ。

 

 ピクリと、獣人程ではないにしろ敏感なグーラの耳が、馬車の外の喧噪を感知した。どうやら、何か物騒な事が起こっているらしい。

 やがて馬車がひっくり返ると、扉を蹴っ飛ばして入ってきた男たちに、グーラは拉致されてしまった。

 檻を開けられ、袋に詰められ、誰かに担がれて運ばれたのだ。

 

「おい、こっちで合ってるか?」

「あぁ間違いねぇ。何度もやっただろ、ちゃんと覚えとけ」

「悪い。にしても、こいつ全然抵抗しねぇな、大丈夫なのかよ。ホントにこんなん役に立つのかね」

「無理なら売るだけだろ。希少種だ、バカは買う」

「へへっ、そうだな」

 

 袋の中、グーラの鼻は今自分が森の中にいる事を感知した。

 何か拙い事に巻き込まれているのは分かったが、だからといって何か行動する気にはならなかった。

 それどころか、こんな自分程度を運ぶのに必死になってる男たちを想うと可笑しくなっていた。

 

「確認だ、出せ」

 

 しばらくして、グーラは袋から出された。

 そこには複数の男たちがいた。皆、犬人ではない種族だった。毛のない肌の耳をした男や、ずんぐりむっくりした筋肉質の小男、頭から角の生えた大男もいた。

 皆、身体のどこかに強そうな武器を持っていた。グーラは気づいていないが、男たちは元冒険者だった。

 

「合ってるな。よし、打ち合わせ通りモブノさんに連絡だ。お前は街に行ってパース商会の奴に伝えろ。合言葉は覚えてるな。行け」

「「はい!」」

 

 ぼーっとしていると、グーラはこの森が故郷とは全然違う匂いをしている事に気が付いた。

 見れば、生えている木や草の形も違うし、飛んでいる鳥も見たことが無い種類だった。同じ森でも、別の世界に来たみたいだった。

 

「あっ……」

 

 ふと、その中から、嗅いだ事のある匂いを感じ取った。

 甘くて、ふわっとしていて、とても良い匂い。

 それは、父が摘んできてくれた花の匂いだった。

 

「父さん……」

 

 匂いに誘われるように、グーラはとぼとぼと歩き始めた。

 大人しいグーラに気を抜いていた襲撃犯は、グーラがいなくなった事に少し時間が経ってから気が付いた。

 

「おい! 逃がすな追え! ったく、見張ってた奴誰だよマジで!」

「傷はつけるな! おい剣は使うなっつったろ!」

「しかし相手は魔族です! 傷なんてすぐ治りますよ!」

 

 流石に歩きと走りの差、グーラはすぐに見つかってしまった。

 その時のグーラは、花の事で頭がいっぱいになっていて、現実感の無いぼんやりした意識のままだった。

 

「じゃ、ま……。じゃまを、邪魔を、しないでください……!」

 

 それでも、彼女の望郷の念に呼応するように赤黒い炎が噴き出て、グーラを縛っていた鎖を焼き切った。

 竜族さえ縛る鎖を、グーラは炎一つで破壊したのである。

 

「うお! なんじゃこりゃ!?」

「クソが! もういい! 武器持てお前ら! 魔力さえありゃいいんだ! 大人しくさせるぞ!」

 

 追手との戦いは、まるで狩りの様であった。

 逃げるグーラと、追う狩人。剣で、魔法で、あるいは毒で、男たちはあらゆる手段を用いてグーラを追い詰めた。

 グーラも、父の戦闘術を無意識に使って応戦した。否、それは応戦というより抵抗であった。

 

「はぁ、はぁ……! 父さん、どこ……父さん……!」

 

 抵抗して、逃走して、抵抗して、逃走して……。

 

 そのうち、命の危機を悟ったグーラの本能が表に出始めた。

 漆黒の雷が迫る剣を弾き返し、突き立てた爪から獄炎を注ぎ込む。父の戦闘術と、主との戦闘記憶によるグーラの戦いは、まさに暴れ狂う魔獣そのものだった。

 

 対し、悪党とはいえ怪物退治の専門家。被害を出しつつも、男たちはじわじわとグーラの体力を削っていった。

 グーラも、男たちも、訳も分からず必死になっていた。

 

「ぐっ、はぁ! はぁ……! はぁ……! あぁぁぁ……!」

 

 やがて追手がいなくなった頃には、グーラは満身創痍になっていた。

 魔力が尽きかけている。これでは治る傷も治らない。浅い傷、小さい傷は本能が治癒を後回しにしていた。

 

「帰りたいよ、ボクもう帰りたいよぉ……」

 

 足を引きずって、傷だらけのグーラは歩いた。

 幸せの匂いがする、花の方へ。

 

 それから、どれだけ歩いただろうか。

 グーラの眼前には、数えきれない程多くの花が咲き誇っていた。

 風が吹くと、舞い上がった花弁がどこかへ飛んでいった。

 

「わぁ、きれい……」

 

 何となく、ここがいいと思った。

 グーラは最後の力を発揮して、花々の真ん中まで歩いた。

 そこで、全身の力を抜いて座り込んだ。

 

 この匂いの中でなら、幸せに死ねる気がした。

 生きたくないが、死にたくもなかった。けれど、ここなら死にたい気持ちになれた。

 

 グーラは、そっと瞼を閉じた。

 幸せな記憶を呼び起こす花に囲まれて。

 

「父さん……今まで、ありがとう……」

 

 瞼の裏で、父が微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 知らない匂いがして、グーラは目を覚ました。

 未だ意識はぼんやりしていて、今の自分が生きているのか死んでいるのかがよく分からなかった。

 それでも、グーラは父の教えの通り、反射で接近する者へ警戒態勢を取った。

 

 月光の下、そこには黒い男がいた。

 男は、慎重な足取りで花の群生地に足を踏み入れていた。

 その時、グーラの中から、得体の知れない感情が湧き上がった。

 

 多分、それは怒りだった。

 思い出の花という、父と自分の領域に、見ず知らずの男が入り込んできたという不快感。

 武器を構えるでもなく、警戒するでもなく近づいてくる男への恐怖。

 それから、男の目に在る謎の感情。たまに、父がしていた目――憂いだ。

 

「ガアアアアアッ……!」

 

 攻撃圏内に入った瞬間、グーラは本能で男に襲い掛かった。爪を立て、男の首を切り裂こうとしたのだ。

 だが、それはあっさりと受け止められてしまった。

 

「アァァァグァアアアア!」

 

 それでも、惑う事なくグーラは次なる攻撃を繰り出していった。

 爪、爪、脚、尾! グーラは父に教えられた格闘術を、父ではない男に叩きつけ続けた。

 男は一切反撃する事なく、ただグーラの猛攻を捌いていた。時に手の甲で、時に前腕で、何故だか回避をせず、淡々と防いでいた。

 

「グルォォォアアアアッ!」

 

 猛攻が続く。炎が溢れ、雷が爆ぜる。浅い傷口から血が噴出した。男が僅かに眉を震わせた。

 炎の放射、裏拳でかき消される。雷の放出、手刀で受け流される。炎雷を纏った突進は、両腕を使って受け止められた。

 

「グゥゥゥ……! フゥゥゥーッ……! アァアアアアアッ!」

 

 魔力が減っている。攻撃の度、グーラの中の生命が失われていく。

 朦朧とした意識の中、炎も雷もない拳が、男の手のひらで受け止められた。

 

 一方的な攻撃。

 隔絶した技術の差。

 それは、まるで、在りし日の父との稽古の様だった。

 

「フッ! フゥッ! グ、ウゥ……あ……」

 

 再度、グーラは気を失った。

 けれど、地面に激突する事はなかった。

 崩れ落ちるグーラを、男が柔らかく抱き止めたからである。

 

 

 

 

 

 

 規則的な揺れを感じて、グーラの意識は浮上した。

 グーラはふわふわした衣にくるまれて、男の背におんぶされていた。

 昔、森で泣いていたグーラを迎えにきてくれた父の様に。あの時も、こうして家に帰ったのだ。

 

「父さん……?」

 

 グーラの呟きに反応して、男が振り返った。

 案の定、それは父ではなかった。髪も目も違うし、匂いも違う。種族も人間だ。

 人間……アレクシオスと同じだ。

 

「起きた? 傷はポーションで治したけど、どっか痛いトコはない?」

「……うん、ないです」

「なら良かった」

 

 グーラは、男に対してどういう対応をすべきかがよく分からなかった。

 それから、自分の中に少しばかりの魔力が溜っている事に気づいた。

 

 今、思い切り炎を出せば、この男から逃げる事ができるのではないか?

 そう思いはしたが、それこそ理由がない事に気づいた。

 結局、あの花の近くでは死ねなかったのだ。また、どうでもいい生が始まる。

 

「あれ……?」

 

 ふと件の花の匂いを感じ取って、鼻を利かせた。

 その匂いは、自分の手にあった。無意識にグーにしていた右手に、一輪だけ花があったのだ。

 

「その花、ずっと握ってたんだよ」

「そう、ですか……」

 

 背負われている手前、どうすればいいか分からない。

 仕方ないのでそのままにしておくと、花の匂いに混じった男の匂いにも慣れてきた。

 存外、嫌いではない匂いがした。

 

「花好きなの?」

「……はい。とても」

 

 グーラは、静かに目を閉じた。

 また、死にたい気持ちはなくなっていた。

 

 父の言葉を思い出す。

 少し、幸せな気持ちになった。




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