【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もいつもありがとうございます。本当に感謝しております。
今回も三人称、イシグロ視点です。
よろしくお願いします。
イシグロ・リキタカの帰還は、ジッド砦を守る全ての戦士に伝わる事となった。指揮スキル【窮地の鼓舞】によってである。
またこれにより、膝をついていた戦士の、諦めかけていた研究者の、戦場の只中で負傷兵に治癒をかけていた治癒術師の、折れかかっていた心に火がついた。
人類の至上命題――即ち、生存の為に。
「グルォオオアアアアアア!」
黎明の気迫で動けなくなっていた敵勢力の中から、全高三メートルの特級妖精が飛び出してきた。緑肌の単眼巨人、サイクロップスである。
サイクロップスの強さとは、偏にその肉体性能にある。硬質な表皮は物理・魔法ともに高い耐性を有し、その膂力は盾特化銀細工フェイレンがガード越しに致命傷を負う程。そんなタフで厳つい巨人が英雄らしく見得を切っている最中のイシグロに襲い掛かった。
妖精領域に入る。サイクロップスが腕を振り上げる。対するイシグロは僅かに前傾し、地が割れるほど踏み込み、そして……。
「秘剣、【涅槃突き】!」
放たれた矢のように飛び上がり、サイクロップスの大きな単眼に黎明剣を突き刺した。
次いで眼の中の剣から瞬間的に【涅槃巡り】を発動。刹那、巨躯が夜明け色の炎に焼かれ、流れるように引き抜かれ、蹴り飛ばされ、頭蓋から直接魂を
たった一撃。特級の中でも一等危険視されていた妖精は、帰ってきた英雄によって文字通り瞬殺された。
そして、迷宮狂いとも綽名されているイシグロは、これで止まるような男ではなかった。
「まずは此処を立て直すぞ! ヘルガまとめろ! 一気に回復させる! クラウディアもこっちだ!」
「は、はい!」
「わかりましたわ!」
同じように迫ってきた魔物を【受け流し】からの【剛剣一閃】で沈めつつ、周囲の仲間に指示を出していく。止まっていた時間が動き出した。
イシグロは味方を守るようにして自ら妖精領域に入っていき、都度相手の弱点を突いて討伐しながら言葉を継いだ。
「レギーナは上だ! ガルーダが死んでビビッてた敵が近づいて来てる! 来た順に斬れ! エリーゼはレギーナの援護! 魔物を狙え!」
「「分かったわ……」」
姉妹同時の返答。大小の銀竜は顔を見合わせ、同時に翼を広げて砦全体を見下ろす高度まで飛び上がった。
砦の空は一級以下の妖精が魚群めいて回遊し、防衛魔導士の奮戦で持ちこたえている状況だった。加えて、東西南北からは飛行特化の特級妖精まで迫ってきている。
「まさか貴女と共に戦う日が来るとはね。草薙の戦についてこれるかしら?」
「こっちの台詞……」
初手は姉のガトリング【魔導極砲】だ。妹はその隙間を縫うように飛び、これを防いだ特級妖精を通り過ぎ様一刀両断した。
レギーナの竜族権能は“虚無”である。その効果はざっくり言うと指定した値をゼロにするというものだ。つまるところ、敵の斬撃耐性やら何やらをゼロにして、どれだけ硬い妖精だろうが一撃で倒せるのである。
「ぎょえええええ! 目が回るッスゥ! 助けてッスゥウウウ!」
その時、レギーナの耳に助けを呼ぶ声が聞こえてきた。
声のする方へ目を向けると、特級妖精とその取り巻きに群がられている有翼ヘラジカの姿が見えた。あっという間に接近し、領域に入って主を殺す。あっという間の救出劇だった。
「ありが……ってレギーナじゃないッスか! 助かったッス!」
「久しぶりやなレギーナちゃん! これ終わったらまたお茶しよかー!」
「分かったわ。この妖精? の処理は任せて」
軽く挨拶して、領域を抜けたヘラジカは真っすぐイシグロのいる中央居住区画に向かって飛んだ。
そのまま空でヘラジカを降り、イシグロの近くでスーパーヒーロー着地。すると味方からの歓喜の声が響き渡る。
居住区の戦況はイシグロによって支えられていた。ヘルガ達は立て直しの真っ最中で、額から血を流すシャーロットがラリス式魔術で負傷者を守っていた。
「来たか! ヘカテは怪我人治してから眷属で群雲の援護! シャロは屋上で外の怪我人回収! ルクスリリアはシャロの護衛!」
「ウチの眷属も無料やないんやけどな! ほい、【生命の泉】からの【眷属創造】!」
「あ、ありがとうございますヘカテ先生!」
「てゆーかアタシめちゃんこ疲れててぇ、もう飛べなくって……! 魔法も使えなくってぇ……!」
「だったら鎌使えばいいだろ! いいから行くぞ! ここが正念場だ!」
ヘカテーニャの治癒を受けた味方が回復し、召喚された眷属と共に前線に復帰していく。ルクスリリアとシャーロットは司令部の屋上に行って防空班と合流した。
イシグロが守り、ヘルガが指示し、非戦闘員は誘導に従って後退していく。イシグロという大きな歯車が嵌った事で、地獄の二日間を生き抜いた軍は再度素晴らしい回転を始めた。
戦場に良い流れが生まれている。
そう見て取ったイシグロは、血の付いた黎明のルーンソードを収納し、右手に神樹刀を左手に防御特化脇差・湊を握って二刀流になった。
妖精軍に対する最適装備に切り替えたのだ。
「よし! このまま押し返してくぞ! 特級は俺が殺る! 前進!」
「「「応!」」」
一時離脱していた仲間が揃ったところで、イシグロを先頭にした戦士達が反撃を開始した。
魔法や陰陽術による火力支援を受けつつ、草薙盟主が突出。居住区に一つしかない出入口には主クラスの魔物や特級妖精が犇めいている。そのうちの一体、比較的小柄なコボルトキングが前に出。自身の妖精領域にイシグロを引きずり込んだ。
「球技大会の時間だオラァ!」
スッパァアアアアアアン! 爪を伸ばして迫ったコボルトはしかし、黎明の持つ木刀によって正面から打ち返され、背後にいた特級妖精に衝突。コボルト・ボールに当たった妖精はボウリングのピンのように転倒した。
原則として、別種同士の妖精は己の等級を上げる為に殺し合う。それは特級同士も同様であり、特級妖精は互いの領域に干渉する事ができる。この際、A妖精の領域内にいる人類はA領域にいるB妖精からの攻撃ダメージを受けない。
つまりこうだ。敵の敵は武器になる。
「したら次はお前じゃあああああ!」
ぶっ飛ばしたコボルトを追ってトドメを刺したと同時、近くにいた奴の領域に切り替わる。そいつをノックバック木刀で打ち、他の妖精の動きを掣肘。ボールを打ってピンを倒し、倒したピンを次のボールとして再利用。人類を閉じ込める籠は、妖精を逃がさない柵に変わったのである。
知らなかったのか? ロリコンからは逃げられない。
「盟主様に当たる心配はいらねぇ! このままぶっ放しちまえ!」
「「「了解ですわー!」」」
そして、漏れ出る一級以下の妖精や魔物はヘルガ達が対処する。いくら数が多くても、領域がなければこの通りだ。
そんな中、イシグロの虐殺ボウリング会場から一体の特級妖精が出てきた。比較的小型な妖精、アルミラージキングだ。
アルミラージとは、角の生えた巨大ウサギである。迎撃魔法を領域で防御するアルミラージキングは、研究棟目掛けて直進していた。このままでは前衛組が領域に閉じ込められてしまう。
その時、両者の眼前にサイクロップスもかくやという巨体が立ちはだかった。
「ヴァーテクスの力舐めんなや! どっせぇええええい!」
衝突、地響き。ヘカテーニャが駆るエメスアルマ・ヴァーテクスが、アルミラージキングの突進を魔血障壁で受け止めた。
防ぎ、組み付き、抑え込む。通常なら、怪物相手に力比べなど出来ようはずもない。だが今は違う。人機一体となった今は正面きっての殴り合いが成立するようになったのだ。
「今やノエミちゃん!」
「はぁああああああ!」
そこにノエミの居合が閃いた。首刈りを回避して角を斬られたアルミラージは悲鳴を上げて後退。脱兎の如く逃げようとした。
「逃がすか! 爆裂! ブラッディ・フィンガー!」
その首ねっこを、ホバーブースト接近したエメスアルマが中指と薬指の間で掴み上げた。次いで、掌中爆発。ゼロ距離純血魔法による超火力ロマン技である。
「パンチアウトォ!」
黎明の攻撃。最後の一体をぶっ飛ばし最終防壁外へ追いやると、イシグロを先頭にした一団は第二壁内に雪崩れ込んだ。
周囲は今なお乱戦の最中にあり、特級妖精がうじゃうじゃしている。飛行の間にイシグロは戦況を把握していた。故に指示に迷いはない。
「二手に分かれるぞ! 俺は東! 俺以外は西だ! 仲間を増やして次の場所へ!」
「え? 一人で特攻を!?」
「できらぁ!」
拙速は巧緻に勝る。イシグロは単騎で東に向かい、ヘカテを加えた天群雲は西へドバッと突っ込んだ。
イシグロは騎士スキルの【陽動】を使い、居住区に向かおうとする妖精を誘引した。乱戦の中、先のボウリング作戦は使えない。ならばとクリ特化打刀・橘を握り、相手に【先の先】を駆使した確定会心薩摩アタックを敢行した。領域に入りてはコレを斬る。領域に入りてはコレを斬る。
何故、イシグロがこんな無謀な単騎駆けをしているのか。無論理由はある。場所は分かっている。匂いがする。そこに最速で向かうのがこの戦いの最適解なのだ。
「グーラ! 新しいコーンスープよ!」
「ありがとうございますご主人様!」
そして、ロリコンは
炎も雷も使わず鉄塊ぶちぬき丸を振るうグーラは、見るからに消耗が激しく、動きもまた精彩を欠いている。背後に負傷した味方を守っているのだ。
そんな彼女にイシグロからのプレゼント。イリハ特製コーンスープが入った水筒だ。グーラの雷はトウモロコシで回復する――第二章を参照――のである。
コーンスープを飲むグーラに代わり、イシグロが前に出る。左手に盾、右手に銃杖の盾魔法構成だ。突っ込んでくる魔物の突進を【弾き返し】、背後の負傷者に銃口を向ける。
「【極大治癒】! さぁ治癒魔術できる奴から治してけ! 反撃だ!」
顔見知りの治癒術師――イングリットを回復させ、スープを飲み終えたグーラと共に再び前へ。イングリットの治癒で他の術師が復活し、続く治癒連鎖によって戦士が次々と復帰していく。崩壊していた戦線があっという間に蘇る。
イシグロはこういう時の為に治癒系ジョブを伸ばしていたのである。ただ剣を極めていただけでは、この光景はなかっただろう。
「魔法系は任せました!」
「任された!」
雷を纏ったグーラが突っ込み、長銃杖を持ったイシグロが魔法で援護する。物理と魔法、完璧な連携であった。
二人を先頭にした一団が前進する。倒れていた味方を次々と救助し、どんどん数を増していく。重傷者はケッテンクラートに乗せて医療棟に送り、戻ってきた車両には魔法薬が満載されている。攻防の循環が整いつつあった。
「へっ、遅かったじゃねぇかよ! 待ちくたびれたぜ! イシグロよぉ!」
道中、孤軍奮戦していたナターリアを加え、
「見事な啖呵であったなイシグロ殿! 流石はフライシュの英雄よ!」
槍を振るっていたミスター・フライシュを加え、前へ。ただ前へ。
鏃と成って敵を貫いていた先頭組は、合図も何もなく四人一党として立ち回り始めた。
「前方にオークキング二体! 兄弟でしょうか? とにかく突っ込みます! やぁああああ!」
「お二人はグーラのサポートを! 援護します!」
「応とも! 今一度、共に戦えること誇りに思うぞ!」
「ヘルガといいグーラといいお前んトコには探しても見つからねぇ才が集まってきやがる! 羨ましい限りだよ全く!」
イシグロが魔法で敵のヘイトを制御し、グーラが先手を取り、ミスター・フライシュが隙を潰し、ナターリアが足りないところを補っていく。
日本出身のロリコンと、元奴隷の古魔族。先代フライシュ家当主に、鬣犬族の前族長。この四人が連携している様は、さながら別分野の熟練工が共同作業をしているかのようであった。
「ラドゥ侯爵! ご無事で! これダーリンの血です! 使ってください!」
「ヘカテーニャ殿か! かたじけない! 全員、イシグロ・ブラッドをキメろぉ!」
他方、西に向かったヘカテーニャ達はそこで奮戦していたラドゥ侯爵たちと合流した。
ヘカテが遠征に際して貯蔵していたイシグロの血を渡すと、真祖を除くその場の吸血鬼は全員ムキムキ&ムチムチ形態となってパワーアップした。ネザーレ戦の再現である。
東西の二組は次々と敵を殲滅し、窮地の仲間を救出していく。
中央区画にある医療棟は既にパンク状態で、医師も治癒術師もキリキリ舞いになっていた。治療された天文台主任も額に汗して魔法薬を運搬している。
「おぎゃあああ! おんぎゃあああああ!」
「ルル回収! っとと、赤ん坊モードになってるな! 頑張ったんだな偉いぞぉ!」
「えっとこれは魔力欠乏症? でも玉兎族だからどう処置すればいいか……!」
「暫く再起不能ッスよ! 淫魔牛乳飲ませときゃ大人しくなるッス! 哺乳瓶でね!」
司令部の屋上では、シャーロットがルーン・ゲートを使って負傷者を回収していた。上空では、ルクスリリアが木っ端妖精や魔物を蛇腹鎌で迎撃している。
連戦に次ぐ連戦の後の長距離【エンゲージリンク】&ラザニア特急で疲弊しきっているルクスリリアだったが、周りが働いてるので仕方なく頑張っていた。これでは気持ちよく休めない。快楽の為に生きている彼女は快楽の為なら頑張れるのである。
『だ、第二防衛区画掌握! 快進撃です!』
ややもあり、戦況を報せる天使の【念話】に喜色が混じり始めた。
箒で砂を掃くように、真っ赤な点描画を墨汁で塗り潰すように、これまで自分達を苦しめていた妖精軍が駆除されていく。
やがて第一外壁まで敵を追いやったイシグロ達は、遠く地平にソレを見た。
『ほ、北東から魔物の群れ! 飛行型、歩行型が複数!』
「あぁ、なんてこった……!」
「ここにきてふざけんなよマジで!」
魔物の軍である。数えるのも億劫になる数の敵が、ジッド砦に向けて進軍していた。
第二波だ。もう終わりだ。そう絶望しかけた一般兵の背後――司令部の屋上から、突風のような魔力波が吹き荒れた。
「ここは私に任せてください……!」
魔法陣の上に、デアンヌが立っている。
ローブはボロボロ。髪はボサボサ。顔も血と埃で汚れている。全身に痛々しい傷を負い、その足は今にも倒れそうなほど震えていた。
しかして、黒魔女の双眸には常軌を逸した熱量の炎が宿っている。
「狙いは雑でいい! 必要なのは範囲と威力! 周辺被害は度外視します!」
懐の魔法薬を一気飲みし、投げ捨てる。瓶が割れるが早いか、デアンヌの身体が七色に発光し始めた。
練り上げられた魔力が渦を巻く。放散し、収束し、魔法陣を輝かせる。
「範囲拡大、範囲拡大、範囲拡大、範囲拡大……魔力過剰充填、【虹嵐】!」
それは暗雲である。嵐である。天変地異である。
北東の地平に惨禍が落ちる。炎が稲妻として迸り、氷柱の雨が降り、刃となった風が足を刈り、隆起した土が杭となって魔物を串刺しにする。それらは属性ごとに異なる色の光を放ち、舞い上がった魔力は暗雲に取り込まれて次なる術式の燃料へと変換された。
ランベール家に代々伝わる、異能めいた極大魔術【虹嵐】。尖兵戦から数えて二度放たれた戦略級魔法が完璧なタイミングで完璧に決まった瞬間であった。
「快、感……♡」
言い残し、デアンヌは倒れた。過労と連戦と魔力切れである。
その顔は恍惚として、あからさまに絶頂していた。
『へ、壁外の妖精が撤退していきます!』
暗雲が消えると、空が広がった。星灯りの下、荒れ果てた地平に魔物は一匹たりとも残っていなかった。消えてなくなったのである。
すると、どうだ。砦を包囲していた妖精が、今しがた危機をかぎ取った獣のように逃げていくではないか。
その光景を見て安堵する一同の中、イシグロはあえて勇ましく声を張った。
「追撃する! ここで特級を一網打尽にするぞ! どのみち地面はボロボロなんだ、やっちゃえエリーゼ!」
「この時を待っていたのよ。ほぉら、
破壊解禁。傘を開くように都合十八の【魔導極砲】が放たれる。赤熱する地面をなぞるように砦の戦士が妖精狩りを開始した。人類の反撃だ。
三級ミノタウロスの背中にアビーの水魔法が炸裂し、二級サイクロップスの目玉をラバーの雷魔術が貫通。一級オークの足をトリクシィの飛ぶ斬撃が切断し、倒れたところにお姉さん淫魔の炎魔法が直撃した。先刻までとは真逆の様相。生き残る為に妖精が抵抗し、殺す為に人類が進撃する。
「足止めする! 行けぇトゥイ!」
「翻獅流、【獅子鋏】!」
一級モスマンの頭にヘルガのディオニの手車がぶち当たり、よろめいたところにトゥイの翻獅流が突き刺さる。
「行くわよ、ついてきなさい!」
「誰に向かって言っている! ニーナさんの仇!」
「私死んでませんけど?」
クリシャナとノエミが純血魔術を放ち、ローパーの群れを殲滅する。
「手柄が欲しい奴ぁ! あたしに続けぇええええ!」
「「「うぉおおおおおおおおお!」」」
暴走しかけていた戦士を率いたナターリアが四方八方に逃げ散る妖精を効率的に殲滅する。
ルルが残した氷を起点に大規模水行陰陽術が放たれ、翼を折られた梟弓兵がケッテンクラートの荷台に乗って弓を射る。嗜虐バフを受けた少年槍使いが空を駆け、短銃杖から【魔導極砲】を連射する半竜姉の隣で自己強化スキルを連発する半竜弟が実弾魔法を撃ちまくる。召喚されたテディベア・アーミーズが三級妖精をタコ殴りにしていた。
今までの鬱憤を晴らすように、魔物と妖精達は次から次へと狩られていった。
『特級妖精、残り六体……いえ、五体です!』
司令部の天使が報告する。妖精達のカウントダウンが始まった。
「この鳥も妖精とかいう奴だったのね」
遥か上空、レギーナは月と共に現れた特級妖精・モーショボーを一刀両断した。近づいて斬れば何でも殺せる彼女にとって、妖精の等級に大した差はなかった。
「ヴィーカ流剣術、【紫電】!」
北方、魔法剣二刀流のエリーゼが超大型トロールをなます斬り。魔法耐性の無い奴が彼女の前に立つとこうなる。
「炎無効らしいですね。似てる魔物は別にそんな事ないんですが!」
東方、グーラがケルベロスを撃破。横・横・縦の三発で三つの首を粉砕。並みの妖精なら六回は死んでいる総ダメージである。
「必殺! スカーレットォ・スラァイサァアアアーッ!」
西方、ヘカテーニャがレッサーベヒーモスを細切れにした。ちなみに、ベヒーモスの特級個体は未だ発見されていない。見つけ次第、イシグロは「キングベヒんモス」と名付ける気満々であった。
『残り一体! イシグロさん!』
「スーパートゥレント……いや、差し詰めハイパートゥレントか! 特性に変化はないようだが、まぁでも所詮トゥレント!」
天使の声。イシグロの眼前には、ジャイアント・セコイア程ある大きさの特級トゥレントが聳え立っていた。
既に領域に入っている。巨大トゥレントは逃げるつもりがないのか、イシグロに真っ向勝負をしかけてきた。
杭のような根がイシグロを狙い、風に乗った葉っぱの刃が吹き荒れる。フルーツ爆弾は視界を覆う程で、枝のひと振りは破城槌の様。それら全てを裏拳で捌く。接近する。根を蠢かせてじりじり後退するトゥレントだが、イシグロの前進のが速かった。
「この距離で爆弾は使えないな!」
武器変更。ギードの鎖鋸剣。内部機構が起動し、ギザギザ刃が回転する。
瞬時、懐へ入る。チェーンソーが唸る。上下左右、トゥレントの周りを駆け巡り、巨大な幹に無数の傷をつけていく。【切り抜け】からの【切り抜け】。トゥレントの抵抗は無様なダンスに似ていた。
真・超級炉神破斬である。
「これで……!」
やがてトゥレントの幹を一周するような溝を作り、鎖鋸剣を収納したイシグロは新たな武器を手に飛び上がった。
柄を握りこみ、突撃する。ヴァルゼアの突撃槍だ。石突の噴射炎が爆発的な推進力を生み出し、瞬きの間に激突! ゼロ距離! 突撃槍の先端が傷だらけの木に食い込んだ!
「発破ぁ……!」
ズドォオオオオオオオン! ハイパートゥレントは内部から爆発した。
ヴァルゼアの突撃槍に仕込まれたロマン火力技。要するにパイルバンカーだ。ゴーレム等の硬い相手にはこれが結構通るのだ。
パラパラと、焦げた葉や木くずが舞い落ちる。イシグロは地面に着地し、妖精領域が解除されたのを確認した。
僅かな静寂。最後の特級を倒したイシグロが砦の方を振り返る。
『巨大トゥレント撃破! 特級妖精……無し! 私達の勝利です! やったぁああああ!』
天使の報せが響く。
やがて、歓声が爆発した。
追撃戦に出ていた負傷兵が拳を掲げ、天文台の研究者は安堵のあまりへたり込む。医療棟にいる医師も負傷者を勇気づけるように声を上げていた。
「木っ端妖精が残っておる! 潰せ! ラドゥ騎士団の誇りを見せよ!」
「お前等! 今こそ腕の見せ所だよ! 逃げたザコを追い回して狩りつくしちまいな!」
第二の追撃戦。ラドゥ騎士団の斥候と九鼠会が夜に紛れた妖精を追いかける。
ヘルガ達天群雲には流石に追撃の元気はなく、それでも周囲の妖精の死骸を回収していた。実に真面目である。
「ご主人!」
「おわっと……」
イシグロがトゥレントの死骸をかき集めていると、翼を広げたルクスリリアが抱き着いてきた。
久しぶりの温もり。イシグロの股間が硬くなり始めた。
「お疲れルクスリリア」
「本当ッスよ! マジでキツかったッス! 今回ばっかはマジで!」
皆が活躍したのは間違いないが、イシグロ視点で強いてMVPを選ぶとすればルクスリリアである。
彼女の【エンゲージリンク】がなければ、ジッド砦に戻ってこれなかっただろう。最後まで悩んでいた遠征班の編成は、結果的に正解だったらしい。
「さぁ凱旋ッスよ! カッコよく砦に戻るッス!」
「ああ。戦うよりこういうのの方が疲れるんだよな俺」
それから、二人は空を飛んでジッド砦に戻った。
外壁の上には沢山の兵士がいて、皆イシグロ達に手を振っていた。
「我等が英雄のお戻りだぞ! 盛大に迎え入れろ!」
「ありがとう! お前が来なかったら本当に死ぬところだった!」
「旦那も見てたかぁ? 俺のこの最高にカッコいいゴールデン・ケッテンクラートの雄姿をよぉ!」
地上に下りると、イシグロは名前も知らない顔見知りにバシバシ背中を叩かれた。
ケインにも肩を叩かれ、ついでに魔改造ケッテンクラートの荷台に乗せてもらって凱旋パレードめいて移動した。
「盟主様! よくぞご無事で!」
「ああ。お前達もよく頑張ってくれた」
居住区では、追撃に出ていない天群雲メンバーと再会した。
荷台を降りて、涙を流す負傷兵達と次から次へと握手をした。メフィスティアに支えられたフェイレンが「自分の時は握手断ったのに」とぼやいていた。彼女とも握手すると、ふにゃっとはにかんでいた。
「いやはや死ぬかと思ったぜ亭主殿! 助けてくれた時ぁ年甲斐もなくトキめいちまったぜ!」
「お疲れシャロ。本当間に合って良かったよ。グーラもよく頑張ってくれた」
「とても疲れました。ご主人様のコーンスープがなければ倒れていたと思います」
「久々に良い戦だったわ……」
ひとしきりファンサを終えたところで、イシグロはシャーロット達と合流した。
それから、倒れているデアンヌに代わって指揮を執っている副司令に報告した。イシグロは負傷者の治療や砦の復旧作業を手伝うと申し出たが、緊急時の為に休んでくれと言われて待機となった。
砦の復旧は既に始まっていた。瓦礫が纏められている隣で、ミスター・フライシュが糧食を配っている。もそもそと飯を食べているレギーナに手を振り、イシグロ達は無事だった禊場へ向かった。
「それより、そっちは大丈夫だったのかしら? 大妖精というのが出たのでしょう?」
「ああ。でもユゥリンが大丈夫だって言ってたからな。大丈夫なんだろう」
「早う迎えに行ったらなアカンね。いくらクニュちゃんがおってもキツいもんはキツいで」
イシグロ達は貸し切りで一番風呂に入った。
皆でシャワーを浴び、サウナに入り、もう一度シャワーを浴びる。最中のイシグロは常にギンギンだったが、流石に自重した。
砦は戦後処理に追われていた。入浴前より綺麗になっている。戻っていたヘルガ達が禊場に入っていく。皆、不眠ポーションの効果が切れて眠そうにしていた。
イシグロは空を見た。レギーナが翼を広げて巡回していた。
遠くからナターリアの怒号が聞こえる。飯の匂い、ケッテンクラートのエンジン音。負傷していた戦友同士が抱き合って涙を流している。
さっきまで戦場だった砦に、人の営みが戻っていた。
「それより~♡ 次の【エンゲージリンク】の為にも、今夜はた~っぷり吸精させてもらうッスよ♡ ご主人♡」
宿舎に戻ると同時、そう耳元で囁かれてイシグロの前進基地に血が巡った。
思えば、遠征中はずっと禁欲していたのだ。気持ち的にも、実利的にも、ここで一度休憩をしておきたかった。
とはいえ、懸案事項は山ほどある。
大妖精について、襲撃について、この戦いの被害について。何より、森に残されたイリハ達の安否。
今すぐにでも動きたいが、今動いたって仕方ない。疲れているのはお互い様なのだ。
だからこそ、束の間の休息はあって然るべきだ。
イシグロに、ルクスリリア達に、砦にいる全ての者に。
人らしい時間が必要だった。
「いつスクランブルがあるか分からない。ササッとしようか」
「だから好き~ッス♡」
こうして、未来視の予言に端を発するジッド砦防衛戦は終了したのであった。
被害甚大。重軽傷者多数。死者ゼロ。
紛れもなく、完全勝利である。
しゃあっ、更新!
書籍版一巻が発売され、続刊企画も進行中です!
よろしくお願いします!
【挿絵表示】
というわけで店舗特典情報!
ゲーマーズ様は、書き下ろしSSとルクスリリアとエリーゼのアクリルスタンドになります。
→ゲーマーズ様はこちら
とらのあな様は、書き下ろしSSとタペストリーになります。
→とらのあな様はこちら
メロンブックス様は、書き下ろしSSとタペストリーになります。
→メロンブックス様はこちら
物理版をお求めの際は、ぜひぜひ特典付きをどうぞ!
・電子版
BOOK☆WALKER様はこちら
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その他、各電子書籍販売サイト様でも配信されます。
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・涅槃突き
剣を突き刺した状態で【涅槃巡り】を極短時間発動する。
一瞬の涅槃でも対象の魂を損傷させる事が可能。技後硬直もほぼ無い。
ただし、これで殺された生物は素材としての質が著しく低下する。淫魔牛に使うと最低ランクの肉になる。妖精の場合は素材としての性能が劣化する。迷宮内の魔物のドロップも同様で、何ならドロップ率も低下する。ボスに使うとカスドロを引きやすくなる。