【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝です。
夢魔族は今から約千五百年前に絶滅した禁忌種だ。禁忌種とは、人類平和条約で発見次第即討伐ないし報告が義務付けられている種族の事だ。
つまり、夢魔族はこの世界に生まれてきてはいけない種族であり、生きる事を許されない種族なのである。
この世界に、基本的人権なんてものはなかった。
「夢魔だ! 女は下がって身を守れ! 奴と目を合わせるな!」
咄嗟に、それだけは言えた。
だが遅かった。
「ひがっ……!?
「はい二人目ぇ!」
最初に催眠されたのは、天群雲のルルだった。
慌てて犬人傀儡を気絶させるも、視線を介した催眠はルルの近くにいた女兵士へ連鎖。その連鎖は波紋のように広がり、簡易包囲網外まで浸食していった。まるで夢魔パンデミックだ。
「「「まだまだ増えるぜぇ!」」」
天群雲、一般職員、女兵士……真っ白に染まった目の傀儡が襲い掛かってくる。乱戦だ。さっきまで味方だった奴等が急に敵の武器に変わってしまった。
これこそが夢魔の絶滅種たる所以だった。夢魔から女性への絶対催眠および催眠連鎖。絶滅種だからこそ、能力の詳細はあまり知られていない。故に夢魔との戦いには対妖精戦ほどの即応ができなかった。
「ルクスリリアは催眠された奴を眠らせろ! ヘルガは男を前に出して密集防御だ! 眠った奴は回収しろ!」
「了解ッス!」
「は、はい!」
幸い、連鎖に巻き込まれなかった女性陣もいた。即座に指示に従ったヘルガや、夢魔を察知していち早く退避したニーナさんだ。彼女等に指示し、即席の対夢魔シフトを組んでもらう。男は前に、女は後ろだ。
混沌とした戦場に秩序が戻ってくる。その間、俺は傀儡ルルを武闘家スキルの首トンで気絶させながら思考を回していた。
夢魔の催眠は女性と目を合わせる事をトリガーとして発動する。男と、それから純淫魔には効果がない。純淫魔契約者で結成されたユア君一党がいれば彼を軸にできたのだが、彼は現在遠征中だった。
対人戦とも魔物戦とも異なる立ち回りを要求されている。男女混合の戦場に現れた夢魔は聞きしに勝る厄介さだった。
「みんな! あたしの影に飛び込んで!」
その時だ、無力化された女性の身を影が覆い、催眠連鎖の届かない安全地帯へと転移させていった。そこには真祖の眷属の姿がある。クニュフとヘカテが遠征から帰還したのだ。
そうして戦場のド真ん中にやってきた彼女は、サングラスのように目元を影で覆っていた。夢魔対策バッチリだ。
「パパ今北産業!」
「夢魔! 不殺収拾! 即席シフト!」
「絶滅種やないの! ほなウチは蹲って眷属で援護しとくわ!」
クニュフが警護対象を動かし、ヘカテが弱眷属で傀儡を足止めし、ルクスリリアが眠らせていく。その他の男衆の働きもあって、やがて夢魔包囲網は完成した。
「チッ、弾数が減ったか。なら……」
対し、夢魔の傀儡にされた一般職員は裂けんばかりに口の端を歪め。自身の首に短剣を添えてみせた。
「こいつらは用済みだよなぁ!」
「クソがよ!」
実弾魔法で短剣を撃ち、止める。弾けた刃が肌を傷つけ出血。だが命に別状はない。
急速に包囲網が縮まる。傀儡は見せつけるようにして自害を試み、俺達はその対処に追われた。
「ぎゃはははははは! 早くしないと皆死んじまうぜぇ~?」
「女の顔殴るとか最低だな? 弱ぇ生き物なんだからもっと丁重に扱えよ」
「ひどいやめて! 私は味方よ! なぁ~んちゃって騙されてやんのバァ~カ!」
夢魔は明らかに遊んでいた。
目の前で、見せつけるように、いやらしいタイミングで自害をしてみせている。必死に仲間を守る戦士を嘲笑っているのだ。
「はいラスト! またなイシグロ! 淫魔王国で待ってるぜ! 間に合わねぇかもしれねぇがなぁ!」
そして、最後の一人になった時、奴はそう言い残して傀儡を手放した。
静寂が戻る。死者はいないが、死屍累々だ。
ややもせず混乱がやってきた。説明を求める声、次の命令を乞う兵士、司令部へ走る伝令。一つ一つ何とか収めなきゃいけない。
とにかく傀儡にされた女性を治療しようとなり、女性達を医療棟へ運搬していく。中には天群雲のメンバーもいて、彼女等は催眠が解けていない可能性を考慮して拘束されていた。申し訳ないが、今はこうせざるを得ない。
「あいつ淫魔王国を占拠したって言ってたッスよ! 陛下が! 皆がヤバいッス!」
「そうだな。どう動くにしろデアンヌさんに連絡を……ん?」
次の行動を思考していたその時、俺の敵味方反応レーダーに感があった。
上だ。東西南北ではない、真上に敵の反応が出てきて……近づいてきている。敵が落ちてきてるのだ。
「上空からハーピーの群れ! 投下物! 迎撃します!」
ハーピーだ。それが急降下爆撃のように落下してきて、足で掴んでいた何かをボトボトと落としてきた。防空班が迎撃するもカバーしきれていない。その何かは対空防壁に接触したと同時に爆発し、ジッド砦の傘に穴を空けた。
次に落ちてきたのはゴブリンを筆頭にした妖精群だった。それらはジッド砦の対空防壁によって弾かれて死亡し、運のいい一部が雨漏りの水のように砦に侵入してきた。
絵面が最悪である。生き残った妖精はギャーギャーと喚き散らし、一般職員を襲いはじめた。ハーピーも次から次へと穴から侵入してくる。
再度乱戦である。だが、今度の襲撃には即座に適切な対処ができていた。対妖精戦は慣れているのだ。
「待ってください! イシグロさん!」
「デアンヌさん!」
俺も迎撃に出ようとしたところ、屋上のデアンヌさんから声をかけられた。
「たった今、淫魔王国から救難信号がありました! 最大出力の魔力波! ジッド砦に向けたものです! 此処は我々に任せて、イシグロさんは淫魔王国に救援を! 貴方が一番速い!」
「ですが……」
「今の私は七時間睡眠です! 問題ありませんよ!」
対処すべき順序に惑っている俺に対し、デアンヌさんは彼女らしからぬ大声で明瞭に返してきた。
一瞬の逡巡。俺は不安そうなルクスリリアを見て、それからヘルガを見て覚悟を決めた。
「俺達は淫魔王国を助けに行く! ヘルガ! 後は頼んだぞ!」
そうと決めたら止まっている時間はない。俺は慣れた動作で空戦車を準備した。使用するのは最初期の六人乗り空戦車の改修版だ。
メンバーは俺とルクスリリア。それからヘカテとクニュフである。救援ならエリーゼやシャロを連れていきたいところだが、残念ながら遠征中だ。一刻を争う現状、この四人で行くしかない。
「連結完了! いつでもいけるッス!」
「飛行中の結界は任せとき! ラザニアちゃんはとにかくスピードに集中して!」
「【影跳び】で上昇するよ! そのまま突っ込んで!」
ややもせず、空戦車に騎乗した俺達は【影跳び】を使って発進した。せっかくなので魔力防壁に空いた穴を通って、侵入中のハーピーを轢殺していく。そして、ジッド砦を背にしたラザニアはトップスピードで空を駆けた。
あまりにも速いスピード、銀細工じゃなきゃ振り落とされちゃうね。実際曲がれない。普段かけてもらっている風の障壁はヘカテに丸投げし、ラザニアはただ速く飛ぶ事に専念してもらった。
「クニュフ、未来の夢魔はどうなってる?」
「私が知ってる限りだと、夢魔は表舞台には出てきてないよ。けどアスモデウス号は知ってる」
「アスモデウス号……空母とか言ってたな。教えてくれ」
道中、クニュフから未来知識について訊いておく。
未だ秘密の多い彼女だが、必要な時には必要な情報を出してくれる。夢魔の事は知らないようだが、敵の情報はどんな小さな事でも知っておきたかった。
「アスモデウス号は魔王軍が持ってる軍艦だよ。でも誰が造ったのかは分からなくて、勇者時代より前の古代兵器って言われてる。未来だとパパが壊したって聞いてるけど、どんな形でどんな性能なのかは知らない。あっ、でも空飛んでるんだって」
「空中軍艦とか敵が持ってたらダメな兵器筆頭だろ。厄介だな……」
「それが何で淫魔王国を襲ってるんスか? よりにもよって今。当の魔王はラリス軍とやりあってる最中のはずッス」
「魔王が陽動でこっちが本命? ちょっと意味分からんな」
「私怨かもな。あいつ個人の」
「後継者もまだ育ちきってない今、陛下がいなくなると淫魔王国どころか淫魔族全体が立ち行かなくなっちゃうよ。絶対にお救いしなきゃ」
「ああ……」
奴の言葉を信じるなら、淫魔王国は夢魔軍によって占拠され、淫魔女王も捕らえられている状況だ。
戦後にも催眠対策アイテムの改良を続けていた陛下が即堕ち二コマだったとは思えない。その上で、占拠されたのだ。
ボロボロの魔王軍残党がラリスと戦っている現状、夢魔軍として考えられるのは妖精だと思う。
実際、奴はハーピーを操っている様子だった。ゴブリンやオークまで投下してきたのだ。淫魔王国もあんな感じで攻められたのかもしれない。
少なくとも、この世界のオークは人類に欲情する。人類との交配で繁殖するかどうかは不明だが、もしそうだったらロクな事にはならないだろう。
そう思うと、喉の奥にザラザラした感情が湧いてきた。
「本当、嫌になる……」
戦闘を前に、重たい感情を飲み込む。
俺達を乗せた空戦車はフボール地方を突っ切り、淫魔王国へと真っすぐ向かっていった。
「見えたぞ。あれは……結界?」
「国土防衛結界やと思うけど……でも変やな。なんやあの術式?」
「前と色が違うッス!」
その日の夕暮れ時、俺達は淫魔王国に辿り着いた。
しかし、空から見た淫魔王国はドーム状の真っ黒な魔力障壁に覆われていた。似た結界に見覚えがある。異種族交流会で夢魔を発見した時、陛下が展開した結界もあんな感じだった。
「関所の近くにラリスの騎士がおるな。一旦降りて状況聞いた方がええんちゃう?」
眼下、ヘカテの示した先には、フル武装のラリス騎士と兵隊の姿があった。
彼等は淫魔王国に接するラリス王国領の兵士である。俺達は旗信号を送って着陸し、騎士に挨拶してさっきジッド砦で起きた事を説明した。彼は夢魔の存在に目を丸くしていた。
「協力感謝する。しかし、この通りでな。民の話によると、突然空飛ぶ船のようなものが淫魔王国内に侵入し、すぐにこうなってしまったそうだ。国内にいる大使館からも連絡が来ない。閉じ込められているのだろう」
俺と彼の主張に時系列の矛盾はない。問題なく協力関係を結ぶ事ができた。
のだが、当の淫魔王国は侵入を阻む結界に覆われている。これのせいで騎士達は中の様子を確認できていないらしい。
「あれ? 普通に通れますけど」
「なんと! あれだけ殴っても破れなかった結界が……」
が、触れてみたら通れた。試しに騎士さんにも触ってもらったが、こっちは阻まれた。
「アタシも通れるッスね」
「ふ~ん? 察するに招待された奴だけ入れるっちゅー仕様か。ウチは……アカン弾かれたわ」
「私も通れないね。影も届かないや」
どうやら、結界を潜れるのは俺とルクスリリアだけらしい。
なら、俺達のやる事は決まった。
「情けない話ですが、貴方が頼りですイシグロ殿。どうかご無事で」
「了解しました。二人は待機しててくれ。結界が解け次第、指示に従って包囲を頼む。行くぞルクスリリア」
後の事はラリス騎士に任せ、俺とルクスリリアは淫魔王国へと入国した。
結界を潜ると、目の前に巨大な森林が広がった。以前、エロモンスターが襲ってきた森とは別の森だ。
「空が暗くて夜みたいッス……」
「一応ヘカテを【エンゲージリンク】で引き寄せてみてくれ」
「ん~、アタシがあっち行くのは出来そうなんスけど、こっちに引き寄せるのは無理そうッスね」
「そうか。なら一気に行くぞ」
ラザニアを呼び出し、二人乗りで街道を突っ走る。
森を抜け、空に出る。急旋回可能な速度で飛んでいると、やがて首都ケフィアムが見えた。
そうして見えた光景に、俺は唖然と口を開けてしまった。
「な、なんじゃありゃ……」
ケフィアムの上空に、巨大なサメが滞空していた。否、サメ型軍艦だ。アレが空母アスモデウスなのか?
例えるなら、ホホジロザメ型空中戦艦。左右の腹ビレから小型のサメ艦載機が発進し、母艦の開きっぱの口に帰還している。
マジで空母だった。艦載機を搭載している軍艦というより、鉄で出来た空の母といったニュアンスだが。
「ご主人! 下見るッス!」
街道を見る。そこには、多数のゴブリンが傷だらけで気絶させられた淫魔を引きずっている光景が見えた。奴等を引率するように量産機っぽいゴーレムが随伴している。
引きずられた淫魔はコンテナのような箱に入れられ、艦載サメが口に咥えて空母に帰っていった。攫われているのは淫魔だけではない。馬や牛などもコンテナで回収されていた。
その光景を見て、俺の脳裏に過るモノがあった。
「ノアの方舟……」
それも、ものすごく悪趣味な。想像して、腹の奥に泥が沈殿するような錯覚を覚えた。
今すぐ行って助けたい。だが今は元凶を何とかすべきだ。その方が結果的に多くの淫魔が助かるはず。そうじゃなきゃ困る。今は、見捨てるしかなかった。
「お~い! 式場はこっちだぜぇ! 降りてこいよ~!」
声が聞こえた。遠く、アスモデウス号の甲板の上から。そこに奴がいた。
ご丁寧に近づいてきたサメ戦闘機を退避させている。通してくれるらしい。
忘れもしない。異種族交流会で急に出てきてパーティをめちゃくちゃにし、レノをけしかけてきたクソ野郎だ。
一対の捻じれ角。白い肌に赤い瞳の、アルビノ配色の青年。名前も知らないただの夢魔。何故か奴はパリッとしたタキシードを着ていた。
「い、イシグロ君、ルクスリリアちゃん……」
そして、夢魔の隣には淫魔女王がいた。彼女は露出度の高いウェデイングドレス姿で、犬のようにリードを付けられて四つん這いになっている。
彼女の周囲には、淫魔騎士団の三人の長が傅いていた。彼女達の瞳は傀儡と同じ純白に染まっている。
「はっ! マジで来やがった! いやぁ嬉しいねぇ! お前が来なかったら復讐できんのコイツ等だけになるとこだったが、これで全部揃ったフルコースだ! 全く幸運どわぁ!? あっぶねぇなオイ!」
BLAM! お望み通り甲板に降り立ってすぐ、俺はべらべらと喋る夢魔に実弾魔法をぶっ放した。
しかし、その魔法はゴールキーパーのように飛び出した淫魔女王の【魔力の盾】で防がれてしまった。完全に催眠がキマッている。オートで主を守るようプログラムされているようだった。
「おぉ~怖っ。あぁよしよし怖かったでちゅね~元女王~?」
「くっ……!」
催眠の繰り手を守る陛下の胸を揉みながら、夢魔はわざとらしい裏声を上げた。陛下は今まで見た事ないような険しい顔で奴の愛撫を耐えていた。
見れば、彼等を囲む騎士団長の瞳は限界まで見開かれ、握られた拳からポタポタと血が零れていた。
俺は感情の揺らぎを制御する事となった。まだだ。まだ爆発させる訳にはいかない。
「砦に妖精を仕向けてきたのはお前だな」
「妖精? 妖精……あぁはいはい! ってかお前等、アレを妖精とか言ってんの? ぷっ! ぶはははは! 笑えるぜ! 頭沸いてんのかぁ?」
「そうか。じゃあ死ね」
言って、空いた右手で剣を抜いた。
妖精と夢魔に関係あるのは確定、詳細はこいつを殺してから、裏にいるであろう“父上”なる奴に聞く事にしよう。
ルクスリリアも神獣を従えながら大鎌を構えている。剥き出しになった八重歯は剣呑な光を湛えていた。
「はぁ~あ……ったく、人がせっかく因縁の戦いを用意してやったってのに、つまんねぇ奴。まぁ、お前が一刻も早く死にたいってんならさぁ……」
陛下の胸から手を離し、前に出る夢魔。その身体は歩く度に膨れ上がり、膨張した筋肉がタキシードを突き破っていった。
それは変身であった。肌は赤く、ドラゴンのような鋭利な鱗に覆われていく。両足は鵞鳥のような逆関節で、伸長した腕の先端からは手指のように三又の刃が伸びていた。
「殺してやるよ」
端正な顔もまた、異形に変じている。牛のような、羊のような面貌に、爬虫類の瞳。ギザギザの歯の隙間から、二又の舌が垂れる。人類だった名残は、腰まで伸びた純白の毛髪だけ。
妖精のキメラ。そんな印象を受けた。
「殺してやる……だって?」
我知らず、剣の柄を強く握る。
ここにきて、俺は全身の血管を巡る憤りを抑えられなかった。
最近、俺はやられっぱなしだった。
何もかも後手後手に回っていて、あろう事か隙を突かれて拠点に襲撃を受けた。挙句には俺宛のクソ素敵な招待状までプレゼントされる始末。アレでどれだけ多くの人が傷ついたことか。
妖精って何なんだよ。災厄って何だよ。魔王も、屍王も、夢魔も一体何なんだ。いい加減にしろよマジで。目的をハッキリさせて、やぁやぁ我こそはと名乗りを上げろよ。そんで死ね。潔く。今すぐ、俺の為に。
それに、何よりだ。
ルクスリリアの故郷を、俺達の恩人を、俺の嫁が大切にしているモノを滅茶苦茶にしやがって……。
「こっちの台詞だ、クズ野郎が」
これを許せる程、俺は寛容ではなかった。
〇
戦いはシームレスに始まった。
俺と夢魔が激突する傍ら、傀儡と化した淫魔女王は同じく傀儡の騎士団長達に支援魔法をかけ、四人がかりでルクスリリアに襲い掛かっていた。
空母アスモデウスの甲板は、タイマンと四対一の戦場になった。
「はっはぁ! 見ろよこのボディ! 父上が作ってくれたんだぜ! 前は肉体性能で負けたんだ! 今回はああはいかねぇ!」
「良かったな。で、それが何の役に立つ!」
左右の爪はかつての釵捌きよりも洗練され、且つ荒々しさを増していた。
スピードもパワーもあの日とは比較にならない。鵞鳥の足から放たれる蹴りはガード不可の超威力になっており、鱗の性能は竜族のソレを遥かに優越していた。
「あの時はさんざん虐めてくれやがったよなぁ! 首だけになって抵抗できなくなった俺に! 何度も何度も! 痛かったなぁ! 痛かったんだよなぁああ!」
「直接ではないが、そうなるな」
魔法の応酬。爪一本一本が触媒となり、都合六つの魔法が行使される。また異形となった口からはドラゴンブレスが解き放たれた。
俺はその悉くを捌き、時に実弾で打ち抜いて相殺した。夢魔の攻撃は一つでも当たれば致命傷に繋がる。
近距離・中距離・遠距離、隙がないと思う。その総合火力は人類の枠を逸脱していた。
「お前を殺した後は女王の奴を犯してやるよ! すっからかんになる国の空でなぁ! ひゃはははは!」
「爆発して死ぬのに? 意味ないよ」
有体に言って、夢魔は以前とは別人のように強くなっていた。純粋にスペックアップしているのだ。
何より戦いそのものが上手くなっていた。そもそも、こいつは前々から俺に似たチートを持っているのだ。恐らく危機察知系。使いこなせるならばそりゃ強いだろう。
あまつさえ煽りが通じなくなっていた。というより、俺の話を聞いているようで聞いていないように見受けられる。何となくだが、変身に伴って精神に異常をきたしている気がする。あるいはハイになっているだけかもしれないが、いずれにしろ異様だった。
「ためらわないでルクスリリアちゃん! 身体が勝手に動くの! 安心して覚悟はできているわ! だから早く私を殺してちょうだい!」
「王命断固拒否ッス! これでも感謝してんスよ陛下には! 陛下のお陰で今があんスから!」
他方、ルクスリリア達はアスモデウス号の周辺を飛び回って戦っていた。
陛下の指揮で動く三騎士は、身体に染み付いた動きを極めて高い精度で再現しているようだった。陛下によるバフ魔法を受けた連携攻撃には並みの魔物なら一瞬で血祭にできるだろう凄みがある。
だが、ルクスリリアは凌ぎ続けていた。ラザニアを消したり出したり適宜位置を変えたり、空中機雷魔法を設置しながら蛇腹二鎌流を振り回している。むしろこういった時間稼ぎこそ、やられそうでやられない空中機動こそ彼女の十八番であった。
アイコンタクトで報連相。既に作戦は決定している。
「ほいプレゼント」
「ぐぉあ!? なんだこれキッッッショ! おえぇえええ!」
戦いの最中、俺はデビル夢魔にトゥレントの樹液で作った魔法薬をぶっかけてやった。死骸は運べないが、アイテム化すると収納魔法に入るのが妖精素材だ。
するとどうだ。夢魔は他の妖精がそうするように樹液の効果を受けているようだった。明らかに動きが鈍っている。ダメージのある毒というより、催涙ガスとかシュールストレミングを前にした人みたいな反応だ。さすが天文台の新作。
「ぐっ!? 痛ってぇがそんだけじゃあなぁ!」
そこを押し込む。無意識に逃げようとする夢魔を追い詰めていく。攻守逆転だ。
既に奴の動きは覚えた。身体に染み付いた動きを、前から考えていた立ち回りを再現しているだけの夢魔は、俺にとっては死にゲーボスの攻略と同義であった。
「なんでだ! なんで見えてる動きが読めねぇ!? ざけんな! 反応はこっちが速ぇ! 力だって! 目だって移植したのに! 何で俺が後手に回る!?」
流麗だった動きに綻びが生まれる。夢魔の反応と対処は確かに適切だった。適切だからこそ、付け入る隙がある事に気付いていない。
こいつはまだ、チートの先を知らないのだ。
「反応頼りじゃあなぁ!」
「しまっ!?」
ギィイイイイイン! あえて見せた隙、そこに差し込まれる攻撃を、俺は悠々【受け流】す。
体勢が崩れる。無防備になる。俺は剣を強く握り、その剣身に殺意の炎を宿した。
「【煉獄斬り】!」
ズバァアアアアアン! 赤黒い炎が一閃される。
しかし両断には至らず、鱗が弾けて胸に傷を刻む程度のダメージに収まっていた。鱗がダメージを肩代わりしていやがる。
「バカめ対策済み……」
「ならばこうだ!」
「ぐぶ!」
さらにもう一発。俺は傷口に黎明剣を突き刺し、身体を押し込むようにして抉り込んだ。
その剣身に、今度は夜明け色の炎を宿す。至近距離、夢魔が異形の目を見開いた。チートが危機を報せたのだろう。だがもう遅い。
「【涅槃巡り】!」
「ぎぇああああああああああ!?」
瞬間、夢魔の身体は爆発的に燃え上がった。
発火炎上は一瞬だ。足をかけて引き抜くと、夢魔は数歩たたらを踏んでうつ伏せに倒れた。確実に魂を斬った感触。魂が損傷すると、魔物や妖精は傷の再生が阻害される。
これで終わりだ。異形のまま倒れた夢魔は、死んだ妖精のように静かになった。
「くっ……!?」
「「「陛下!」」」
夢魔が倒れると同時、淫魔女王の催眠は解けたようだ。空中で姿勢を崩す陛下を催眠解除された近衛の三騎士が支える。
三騎士の介助で、陛下はゆっくりと甲板に下ろされていった。続いてルクスリリアも戻ってくる。
「だ、大丈夫よ。ルクスリリアちゃんも手加減してくれてアリガトね」
「え? あ、いやぁぶっちゃけ逃げてるだけだったんで手加減とかそういうのは特に……」
「イシグロ君も本当にありがとう。また助けられちゃったわね。これもう私が結婚するくらいしかお返しできないんだけど……いっそしちゃう? 結婚」
「お戯れを。それより態勢を立て直しましょう。今も国民が強制収容されています」
「あらあら、フラレちゃったわね……よし! キツいけど頑張るぞっと!」
夢魔を倒しても空母アスモデウスは動き続けているし、悪趣味なノアの方舟計画は進行中だ。
夢魔の言う事が正しいなら、この襲撃作戦の主犯であろう父上なる野郎もいるはず。さっさとぶっ倒しておしまいにしたいところ。
「陛下、この件の黒幕が何処にいるかご存じありませんか? すぐ殺してきます」
「艦の内部に夢魔大公がいるわ。そいつを何とかすれば止まるはず。結界の起点も奪われちゃってるから……」
彼女の指さす方、見ればサメの第一背ビレの根本あたりに入口らしき扉があった。
あそこから侵入できるのかもしれない。随分とガバガバセキュリティだ。もしダメだったらコンテナに紛れて侵入しようか。
俺はルクスリリアと目を合わせ、黒幕をぶっ倒すべく動き出した。
「待てよ、おい……!」
そこに、声が響いた。
三騎士が憎しみの籠った目で武器を構える。視線の先、変身が解除された痩せぎすの生白い男がアスモデウスの甲板を這っていた。
夢魔だ。魂を斬られて尚、奴は俺達……否、俺を睨みつけていた。
「ざっ、けんな……! 俺を舐めるのも大概に、しやがれ……!」
肩で息して、立ち上がろうとする夢魔。
その足は生まれたての仔馬のように震えていた。膝をつき、吐血している。胴には俺が空けた風穴が空きっぱなしで、どくどくと出血が続いている。
満身創痍。だというのに、その身体からは生命力が迸っていた。
「俺は! 魔王軍の技術の結晶だぞ! 新世代の、最高傑作の夢魔だぞ! それをこんな、そのへんの端役みてぇに扱いやがって! 虫みてぇに……畜生が!」
子供のような癇癪だった。純然たる呪詛でもあった。
そして、ただの呪詛ではなかった。これまで溜め込んでいた怨嗟の全てが籠った、誰あろう俺だけに向けられた激情の発露だ。
それを受け、俺はすぐトドメを刺そうとは思えなくなっていた。俺はそう思った自分にこそ驚いていた。
「なんだよ、ふざけんなよ! 生まれてすぐ任務で! 生首にされて! 尋問されて拷問されて! 自由な時間なんか一瞬もなかった! なんだよ人類平和条約って! 俺みたいな夢魔は! 生まれる事すらいけねぇのかよ!」
今の今まで、俺はこいつを単なる邪魔者としか思っていなかった。実際にそうだし、その認識が揺らいだ訳でもない。
けれど、こいつにもこいつなりの生の感情がある事を、今こうして思い知った。だから、今この時はヒトとして見ていた。
「いいよなぁお前等は! 生きてていいんだもんなぁ! 淫魔のくせに! 同じ祖を持つ卑しい魔族のくせに! 好き勝手に繁殖しやがって! 寄生虫共がぁ! 許せねぇよ! なぁ!? イシグロォ!」
夢魔は泣いていた。泣きながら震える膝を叩き、何とか立ち上がって俺と向かい合った。
涙を湛えた真紅の瞳には、紅くなった俺の瞳が映っていた。
「俺と戦えイシグロ! 最後まで! 死ぬまで殺し合え! 俺と! 男として!」
「分かった」
「ご主人……!?」
俺は剣と銃杖を収納し、拳を握って歩み寄った。対する夢魔もまた、よろよろと拳を構えた。あの時と同じ、釵を握る手の形だ。
俺はこいつを拳で殺す。何も手加減しようってんじゃない。勢いで判断を誤った訳でも、ノリに乗った訳でもない。こいつは念入りに、完膚なきまでに撲殺すべきと判断した。
男として、死なせてやろうと思った。
「「はぁ!」」
ゴングは既に鳴っていた。クロスカウンターは互いに決まらず、続く蹴りは互いの足に直撃し、相殺はされず俺は奴の足を一方的に蹴り砕いた。
異世界格闘技は先手必勝のガン攻めゲーだ。俺は俺の攻撃の悉くをヒットさせ、夢魔の抵抗を封殺した。俺は奴の動きを見切っているが、奴は俺の格闘技術を知らない。そこには明確な知識と経験の壁が存在した。
「ふん……!」
「ぐぶっ!? まだまだぁ!」
嵐極拳式の直突き。水平に吹っ飛んだ夢魔は四つん這いで体勢を整え、獣のように跳びかかってきた。
魔族の命とは魔力である。既に夢魔の魔力はゼロだった。死んでいるはずだ。しかし夢魔の命は燃え続けていた。何故なら、心が死んでいないからだ。心が死なない限り、魔族は文字通りの全身全霊を魔力に換えて生き続ける。
その心を、殴り折る。
「気に入らねぇ気に入らねぇ! ハーレムだと? 嫁が九人だと? 純淫魔契約なんぞ結びやがって! お前は人間だろうが! なんで澄まし顔でこっち側にいやがる! じゃあ俺は何だ! ええ!? 偽物だってのかよぉ!」
奴の格闘技は一秒ごとに洗練されていった。
無月流の足捌き。嵐極拳の突き。フルコンタクト空手に、武闘家ジョブ由来の能動スキルまで。
得た知識をその場で使い切るように、夢魔の命は熱く躍動していた。
「それを決めるのは……!」
だが、それでも届かない。
その程度で届く程、俺は温い鍛錬をしていない。
その理由を持たない男に、俺が負ける事など万に一つもない。
「自分だろうが!」
「ぶげぇええええええ!?」
トドメはストレートパンチだった。顔面に直撃。夢魔は水平に飛んで甲板を滑った。空母アスモデウスに真っ赤な血の線が描かれた。
横向きに倒れる夢魔は、ピクリとも動かなくなっていた。
「まだ、だ、まだまだ……これから……! 俺はもっと、自由な生き方をするんだ……! だって、だって俺はまだ一度も……!」
いや、まだ藻掻いている。まだまだ心は折れていない。
今度こそトドメを刺すべく、俺は一歩近づき……。
「いいや、もう終わりである」
夢魔の近くに、転移してきた者がいた。
男だ。夢魔と同じ白い髪に白い肌。側頭部からは似た角が生えている。幻影魔術のようで、その輪郭はぼやけていた。
「其方も、朕もな」
「父上……? そんなまさか、ひぃッ……!?」
そいつが倒れる夢魔に手を向けると、夢魔の身体は足元から青白い粒子に還っていった。粒子……否、夢魔の魂が男の掌に吸収されていく。
その光景は、魔物から経験値を得る時と酷似していた。
「ぁああああああ! そんな嘘でしょう! 父上! 俺は、こんなところで終わる男じゃあ……! あぁ……!」
そして、夢魔は消えてなくなった。
初めからいなかったかのように。奴が流した血も何もかも。
あまりにも呆気なく、消えた。
「……阿呆な子だ。過去の因縁なんぞ忘れ去って、全て朕に任せておけばよかったものを。そんな阿呆の我儘を聞いた朕は極まった阿呆であるな。其方もそうは思わぬか」
男が俺を見る。
何もかも諦めているような。疲れ切っているような目で。
或いは、怨念に取りつかれた幽鬼のような目で。
「新たなる同胞よ」
その双眸は、俺と同じ色をしていた。
しゃあっ、更新!
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