【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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スワン・ソング・サング・バイ・ア・フェイデッド・キング(後)

 子供の為というのが第一だが、夢魔王の誘いを断った理由は他にもあった。

 凄まじい力の持ち主であろう当代の災厄が、たかだか夢魔王との契約を履行するか疑わしいと思ったのである。

 それに、例の契約はあくまで夢魔王が逃げるのを許しているのであって、仮に俺が舵取りしたらその時点で契約違反となって襲ってくる可能性だってあるだろう。

 

 加えて言うと、滅亡後の未来にも災厄がいたらどうするという話だ。

 クソ未来では引きこもりやってたらしい災厄でも、滅亡世界にのこのこ下船してきた人類を生かしておくものだろうか。

 

 であれば、だ。

 クニュフのお陰である程度戦力が整った今こそ、災厄に総力戦を挑む最後の機会なのではないか。

 むしろ逃げずに戦う方が合理的なのではと、思った次第である。

 

「出でよ我が兵器達!」

 

 正々堂々とした名乗りの直後、大魔王レメスは謁見の間狭しとばかりに大量のモンスターを繰り出してきた。

 魔物ではない、妖精だ。けれどもただの妖精とは雰囲気が違う。先の変身夢魔のようなヒト寄りの異形。妖精キメラの大軍団だ。

 妖精キメラは手に手に武器を持ち、冒険者のような装備を身に纏って、唸りを上げながら王の指示を待っていた。

 

「これらは朕が実験で生み出したヒトモドキだ。知性はあれど理性なく。命はあれど魂はない。儚い命の刹那の輝き、その身で以て思い知るがよい」

 

 爆発的な魔力反応。夢魔王の指揮スキルが発動し、枷から解き放たれた妖精キメラが襲い掛かってきた。

 あまりにも多勢に無勢が過ぎる。だがやれない訳ではないし、俺もボーッとしていた訳じゃない。それに召喚術は夢魔王の専売特許じゃあないのである。

 

「リリース! 符操霊(プネウマ)ァーッ!」

 

 俺はホルダーからカードを取り出し、魔力を籠めて解放した。次の瞬間、俺の頭上にシンプル正六面体の符操霊が出現した。

 サイコロ・プネウマが回転しながら光を放つと近接キメラはこれに殺到し、妖精キメラが撃った魔法の機動もプネウマに集中し、ダメージを受けた結果盛大に爆発四散して妨害魔力波を放散した。陽動魔法と探知阻害を応用したスモーク・チャフ・デコイだ。

 妖精キメラが目標を見失う。俺は隠形魔法と斥候スキルの併用で影に紛れ、迅速かつコッソリと大将首を狙いに行った。

 

「ぬるい隠形が通じるとでも!」

 

 そうして背後から致命の一撃を入れようとしたが、幻影の首を薙いだだけで手応えがなかった。幻術だ。

 眼前に刃。すんでのところで回避すると、それは実体のある剣だった。さっきまで何も持ってなかった夢魔王は豪奢なカトラスを握っていた。

 一閃二閃、両者の間で火花が散る。俺を再捕捉して襲ってくる妖精キメラを実弾魔法で処理しつつ剣を重ねる。思い切って攻めるが、攻めきれない。

 

「だがここは! 俺の距離だ!」

 

 力任せに剣を振るい、返す刀で周囲の妖精キメラごと薙ぎ払う。

 ガードによって大きくノックバックする夢魔。勢いに乗って攻めたてるも、崩れかけた体勢で魔法を撃ってきた。魔法を捌く間に妖精キメラが殺到してきて、仕切り直しを余儀なくされた。

 この夢魔王、戦いが巧い。

 

「生憎、ロクな暇潰しがなかった故な。航行中最大の敵は退屈であったわ」

 

 言いながら魔法を連射してくる。あくまで攻勢は配下の妖精キメラに任せ、本人は援護に徹するつもりらしい。

 夢魔の魔法を回避しながら天使風のオークを捌き、男根付きハーピーを去勢する。こいつらの再生力は魔物以下妖精以上といったところ。首を斬っただけでは即死させられず、殺し切るには斬首に加えてもう一発必要だった。

 足止め要員としてかなり優秀なタフさである。そのせいで夢魔王に接近できない。さて、どうするか。

 

「疑似昇天術式起動。魂魄転化、仮想神力循環、開始……!」

 

 なんて考えていると、夢魔王の足元に黄金の魔法陣が展開され、掲げた手の上に小太陽めいた光の球を生成していた。

 すると、奴の周囲にいた妖精キメラの身体が青白い粒子に変換され、件の光球に吸収されていた。光はやがて“∞”の形状を取り、激しく循環し膨張していった。

 

「これで終いになるかは貴公次第だ。受けてみよ、【無限創生螺旋流】!」

 

 そうして放たれたのは、DNA二重螺旋めいた極光の奔流だった。

 射線上のキメラを飲み込みながら光が迫る。足に組み付こうとしてきた妖精キメラを蹴り飛ばし、飛び込むようにしてギリギリで回避する。

 しかし、回避された二重光線はF1レースカーのように急カーブし、例の如く妖精キメラを巻き込みながら再度接近してきた。あまつさえ妖精キメラが飲み込まれるにつれ光自体が大きくなっているではないか。

 

「食らうがよい! 育つがよい! 生命の螺旋、その究極たるを見せてやろう!」

 

 夢魔王レメスが更に妖精モドキを召喚し、わざと光線に食わせていく。そうはさせじと術者に実弾魔法をぶち込むも、展開中の魔法陣によって弾かれてしまった。

 

「貴公はコレをどう凌ぐかね?」

 

 指揮者のように剣を振るうレメス。光の束は絡み合う東洋龍めいて謁見の間の妖精キメラを食らい尽くし、やがて俺目掛けて牙を剥いた。

 攻撃規模が半端ではない。その大きさ故、閉鎖空間での回避は困難だ。

 

「なるほど、大体わかった……!」

 

 だが、その本質は見切った。

 黎明剣を掲げる。白銀の剣身に夜明け色の光を凝集し、制御された奔流と成す。

 そして、迫る光龍に対し、輝く剣を振り下ろした。

 

「【涅槃巡り】!」

 

 瞬間、解き放たれた黎明の奔流と二重螺旋の光の龍が激突した。

 光が爆ぜ、断末魔の叫びのような音が響き渡る。正面からぶつかった夜明けの奔流はしかし、二重螺旋の光龍に飲み込まれた。

 かのように、見えた。事実は異なる。何故ならば……!

 

「なんと!?」

 

 飲み込まれたのではなく、真正面から斬り裂き進んでいたのである。

 真っ二つになった光龍は無害な粒子と化し、瞬きの間に夢魔の魔法陣をも斬り裂いた。半身になって避けた夢魔王だったが、その衣服の一部は無残に焼け焦げていた。

 生命そのもののエネルギーなら、魂を斬る技で行けると思ったのだ。結果として上手くいった。

 

 須臾、静寂が過る。

 気付けば謁見の間は半壊していた。床や壁には大量の亀裂が走り、誰がやったか門まで破壊されて半開きになっている。無事なのは玉座と魔導式クリスタル・シャンデリアくらいだった。

 ガラスの割れるような音。残念ながらシャンデリアも耐え切れずに今しがた落ちてお亡くなりになった。

 仄暗い空間の中、両者の双眸が真紅の輝きを放っていた。

 

「言い忘れてた。この決闘に勝ったらアスモデウス号はいただいていくぞ。別にいいよな? 元々俺に譲る予定だったんだし」

「なに……?」

 

 アスモデウス号によるノアの方舟計画には反対だが、もしもの為の避難船として確保するのは全然アリだと思う。

 そんな訳で言ってみたのだが、対する夢魔王は呆けたように目を丸くしていた。ややもせず、相好を崩した。

 

「ふっ……強欲で、傲慢な男よ。故にこそ気に入った。よかろう。この決闘に勝った暁には、アスモデウスの艦長権限をくれてやる。乗るなり沈めるなり、好きにせよ」

 

 だが、と。

 小さな呟きの後には、威厳ある王の顔へ変わっていた。

 

「容易く勝てると思うな! 童(わっぱ)!」

 

 無詠唱の魔法構築。俺は足元から迫る鎖を跳躍回避し、その先に仕掛けられた機雷魔法の核を切って不発解体した。追いすがる誘導魔法を実弾魔法で破壊する。

 その隙に、夢魔王は新たな魔法陣を展開していた。さっきのとは注がれている魔力の桁が違う。あまりにも大規模で極めて精緻な召喚陣である。

 ゾクリと、俺の脳裏に得体の知れない感覚が過った。強い弱いじゃなく、ヤバいのが来る予感。

 

「目覚めよ、我が忠臣。我が朋友。我が愛しき妃よ……!」

 

 光が迸る。次いで展開された魔法陣からソシャゲのガチャ演出のように五体の人影が召喚された。

 貴族っぽい吸血鬼男。全身鎧の騎士。三角帽子の魔女。顔半分を布で隠した猫又武闘家。黒いドレスの淫魔。全員、魔族だ。

 夢魔王含めて六人一党。まるで魔族版勇者パーティのようである。

 

「刮目せよ、そして礼賛せよ! 彼等こそ朕の臣下にして無二の親友! 朕に忠誠を誓い、永遠に仕えるべく魂を捧げし者! 朕の命は彼等の屍の上に在る! 彼の災厄を滅せんとするならば、我等の屍を越えて行けぇ!」

 

 魔族パーティが動き出す。三人後衛、三人前衛のオーソドックス戦術だ。

 後手に回るつもりはない。俺は銃杖による銃弾魔法で後衛を牽制。しかしソレは前衛騎士に切り払われ、その隙に迫ってきた女武闘家の蹴りが頬をかすめる。

 反撃するも避けられた。速い、そして隙がない。貴族男の純血魔術と後衛魔女の魔法を避け、夢魔王の支援魔法を受けた騎士と鍔迫り合い。続く女武闘家の腕を掴んで貴族に投げ、騎士を蹴って追撃。急停止して魔法を避ける。銃撃、銃撃、銃撃、牽制射撃で包囲を崩す。綻びそうで綻ばない。

 

「やる……!」

 

 マジで心底そう思った。今まで戦ってきた敵の中で、最も連携が巧みなのだ。複数ボスがクソと言われる所以を思い知った心地である。

 騎士を押し込み、あえて前に出て連携を崩す。後衛前衛をまとめて乱戦に持ち込み、敵の攻撃魔法を封じるが、今度は俺にデバフ魔法をブッパしてきた。何とかレジストするも、そのせいで魔力がガンガン削れていく。

 なるほど、俺の一党を相手にする魔物ってこんな気分だったのか。

 

「チッ……!」

 

 舌打ち一つ。加速度的に削られていくリソースに、俺は苛立ちを抑えられなかった。

 同時、胸の奥に去来する強い感情があった。恐怖と隣り合わせの、理性に縛られていた高揚感。それから懐かしいようなこの気持ち。

 ああ、思い出した。これ、低レベル時のボス戦だ。転移直後の俺は、常に一人で迷宮に潜っていた。とにかく足掻いて踏破していた。あの時は本当に、いつもギリギリで、こんな風に常に切羽詰まっていたのである。

 我知らず、俺の口角は上がっていた。多勢に無勢の状況で、俺の精神テンションは単独時代に回帰していた。ギリギリの戦闘が、鍛錬の成果を発揮できるのが……楽しい!

 

「どうだ黎明よ! 我が友は強かろう! マリウスの剣技はどうだ! 磨き抜かれたセーレの蹴りは! ダンタリアの魔術の冴えは!」

 

 一方、誇らしそうな顔の夢魔王は味方の支援に専念していた。

 奴は剣術の達者である。短時間の疑似タイマンでは以前と同じく時間稼ぎされてお終いだろう。

 だったら俺は……!

 

「じゃ闇系の仕事が今からあるからこれで!」

「なっ! まさか貴公……!?」

 

 逃げるんだよォ!

 謁見の間を駆けまわる。追いかけてくる。タイマン用に切っていたチートを再起動する。勘が鈍り、頭の中にバーッと情報が溢れてきた。マニュアル運転をオートマに変えた感覚。

 懐かしい。単独時代の俺はこうやって戦っていたのだ。何もかんもチート頼りで、幕末志士めいて逃げ回り、死にゲーみたいにおっかなびっくり攻撃していた。

 技は錆びるとも朽ちはしない。今の俺は、黎明ではなく迷宮狂いだった。

 

「ふん!」

 

 謁見の間を逃げ回り、機を見て振り返って女武闘家に足払いをぶちかます。

 転倒する女武闘家。その身体に行動阻害特化ナイフを【投剣】し、床に縫い付ける。

 続いて味方を庇うように前に出た騎士の刺突攻撃を【受け流し】、【剛掌底】で吹き飛ばす。後衛の魔法は【魔法の盾】で【弾き返し】、拘束魔法を放ってきた貴族男に接近。構わず前へ。

 

「【涅槃斬り】!」

 

 そいつの胴体を、【涅槃巡り】を籠めた【切り抜け】で一刀両断した。

 上半身と下半身を分割された貴族男は、再生する事なく粒子になって消えた。読み通り、こいつらは魂的な存在だったのだ。

 

「ノーウェ卿……」

 

 夢魔王が誰かの名を呟く。一瞬だけ奴の術式構築が遅れた。

 涅槃の硬直を狙うように魔法が殺到するも、魔術師殺し特化ナイフを投げて魔女の行動を封じる。

 敵の連携が綻ぶ。今が攻め時だ。

 

「次はお前だ!」

 

 振り返り、背後から迫る鎧騎士を迎撃する。

 こいつはゲルトラウデ師匠に迫る程の技量を持っている。つまり足止めが上手いという事。まともにやっていては敵後衛の魔法で摺り潰されてしまうだろう。

 

「しゃあっ、発勁! からの【涅槃突き】!」

 

 だが、この騎士は発勁を知らない。奴の剣を真正面から叩き斬り、次ぐ刺突で【涅槃巡り】の炎をぶち込む。魂斬りの炎を受けた騎士は鎧の内部から発火して塵になった。

 復帰してきた女武闘家の拳を片手【回し受け】で捌き、【涅槃巡り】を籠めた斬撃で斬首。塵になる寸前の胴体を投げて後衛淫魔の魔法を防御した。

 

「師父よ。セーレよ……」

 

 夢魔王の声。残り三。そのまま攻勢に出ようとしたところで、足が止まってしまった。【涅槃巡り】の影響で硬直してしまったのだ。

 

「しまっ……!?」

 

 瞬間、足元に拘束魔法陣。加えて鎖による束縛を受けてしまった。

 

「今だ放て!」

 

 そんな俺に、後衛三人による高密度爆撃が解き放たれる。

 何とか動く上半身を使って【受け流し】続けるも、敵はそれを見越して範囲魔法を連発してきた。近くで爆発する魔法によってHPが削れていく。剣を振るいながら【小治癒】を連続発動して失ったHPを補う。純淫魔契約者でなければ丸焦げになっていただろう。

 

「うぉおおおおお! らぁあああああ!」

 

 拘束が解ける。眼前の大魔法を防ぐ。ギリギリだ。目の表面に電球を押し当てられたような光が広がる。

 ピンチはチャンスだ。敵の大技を剣の腹で受け、その力を一つの流れとして制御する。

 そして、俺はその力を……!

 

「芸術的……【流し打ち】ィ!」

「ぬぉ!?」

 

 飛ぶ斬撃(・・・・)として、打ち返した。

 斬! 俺流飛ぶ斬撃を受けた魔女は縦一文字に両断され、粒子に還った。なまじ渾身の大魔法だったが為、純粋ダメージで消滅したのだ。

 

 これまで、俺は色んな人から色んな技術を教わってきた。無月流に嵐極拳、フルコンタクト空手もそうだ。その中には、漢のロマンたる飛ぶ斬撃も含まれる。

 飛ぶ斬撃はしかし、全く上手くいかなかった。なんかコツがつかめないのだ。そこで俺は何となく閃いた。野球の打者みたいに敵の魔法とかを打ち返しちゃえばいいんじゃね? と。ほとんどネタである。

 結果、できた。何かできた。これまで磨きに磨き続けた【受け流し】の練度と、師匠の防御剣術とユゥリン直伝の発勁技術によって、何故か実戦使用に値する技に成ったのだ。

 その名も【流し打ち】。ここにきて、俺のカウンターはリフレクターも兼ねるようになったのである。その威力は打ち返す技に比例する。

 

「苦労をかけたな、ダンタリア……」

 

 残り二体。夢魔王レメスと、それに寄り添うドレス淫魔。

 視線が交錯する。仲間を失った王は、熱い目のまま苦笑していた。

 

「まったく、本当に強いな貴公は。元はか弱き人間族であったろうに、何故それほどの力を……」

「家族と幸せに生きる為だ」

「で、あるか。まこと立派な義であるな」

 

 妃と呼ばれた淫魔が夢魔王の腕を抱く。すると、淫魔の肉体は粒子となって夢魔王レメスに吸収されていった。

 次の瞬間、夢魔王の力が爆発的に膨れ上がる。魔力だけではない。もっと根源的な力が。

 夢魔王が炎を纏う。己自身を薪とするように、強く。

 

「名は、シトレイ……朕の妃だよ。まさか、全ての淫魔が夢魔に虐げられていたとでも思っていたのかね? さぁ、往くぞ……!」

 

 真正面、俺と夢魔王は衝突した。

 三球二振一斬撃、投打の魔法戦は白黒つかず。即座に接近した二人は剣を合わせて上下左右に躍動し、一手ごとに攻守を逆転する。その様相は剣術の応酬というより、獣同士が互いの首に噛みつこうとしているかのようであった。

 

「はっはぁ! 見えておるわ!」

 

 近接タイマンなら勝てる。そう思っていた時期が俺にもありました。気付けば俺は押しこまれていた。

 奴は俺の剣を学習していたのだ。恐らく甲板上の戦いの動きも。思えば仲間を召喚していた時も支援しつつ見(けん)に回っていた気がする。

 まずは様子見して敵の動きを観察し、パターンを覚えて隙を突く。まさに冒険者の立ち回りそのものだ。この学習能力こそが、夢魔王レメスの本領なのだろう。

 

「動きが鈍っておるようだが? 貴公の想いはその程度で折れるものなのかね!」

 

 押されている原因は他にもある。【涅槃巡り】の使い過ぎで、ステータスを引き出しきれないのだ。そのせいで【魂魄昇竜】も使えない状況である。

 剣術勝負じゃジリ貧だ。なら敵の剣を物理的に壊せばいい。俺は奴が剣を引いたのを見て収納魔法に手を突っ込んだ。

 

「オラァ!」

 

 チェーンソードだ。

 蒼炎を纏い超速回転する刃が夢魔王の剣に迫る。

 

「甘いわ!」

「ぐぁ!」

 

 しかし、手首に斬撃を食らってしまった。

 傷は浅いが、チェーンソードを手放してしまった。続く攻撃を【魔法の盾】で防御するも、強烈な刺突で突破されてしまった。首を浅く斬り裂かれる。

 

「師父の教え通りだな! 真の強者はここぞという場面で隠し札を切ってくる! 嫌になるほど奥深いな! 戦いというのは!」

 

 再度、剣のぶつけ合い。案の定、俺は押されていた。仕切り直すタイミングが見当たらない。この感覚はゲルトラウデ師匠との戦いに似ていた。

 

「ならばこうだ!」

 

 隠し札が効かないなら強い札を切る。

 俺は黎明剣を【投剣】し、収納魔法から魔族殺し特化の武器――“対人棍・雷式”を取り出した。

 見た目は闇堕ち如意棒。性能は雷属性の打撃武器。取り回しがよく、とても扱いやすい武器である。

 雷エフェクトを起動しながら棒術スキルで棍を回転させて敵の攻勢を遮断。洗練された無駄のない無駄な動きで相手を翻弄する。気分はダブル電光剣の暗黒卿だ。

 

「雷の棒か! なるほど魔族への殺意に満ちておる!」

「ご明察!」

 

 棒と剣がぶつかり、ドーム状の衝撃波が生じて謁見の間の土埃を舞い上げた。

 俺はその場に止まらず、流れを無視して無理やり跳び回った。リソース消費無視、採算度外視のスキルブッパ初心者レバガチャ戦法である。制御はチート任せの害悪ぶり。

 

「ちぃ! 武の欠片も無いではないか、その棒捌きは!」

 

 夢魔王の身体に傷が増えていく。事実、これは武術ではない。だからこそ対処が難しい。

 だが参考にしている人はいる。いつぞや出会った頼れる仲間、槍使い銀細工にして俺と同じ純淫魔契約者ユア君の動きを真似しているのだ。ひたすら移動スキルを連打してドゥエドゥエ動き、なんか良さげな時に攻撃を仕掛ける。ダメージレースの勝敗は気にしない。とにかく敵に流れを作らせないのが目的だ。

 

「しかし! あぁ存外楽しいものだな! 戦いは! 皆が熱中する訳だ!」

 

 戦いの最中、夢魔王レメスは凄絶な笑みを浮かべていた。

 戦が嫌い。殺し合いが嫌い。奴はそう言っていた。けれど競争自体は好きなのだろう。

 俺は違う。努力の成果を戦いで発揮するのが好きで、勝ち負け自体はどうでもいい。けど、俺も今のレメス王と同じ顔をしていた。

 

「ノリノリで行こうぜ! なぁ! 王様ぁ!」

「しかし品がなかろう殺し合いなど! 文明人のやる事では!」

 

 その時、夢魔の魔力に揺らぎを感じた。

 剣が二重に見える。攻めの斬撃と守りの構え。幻影魔術と剣術のハイブリッド技だ。

 

「なにっ!?」

 

 残念だが、それは悪手だ。

 チートで幻影は看破できるし、何よりその技は既に見た。俺は幻影の攻撃をガン無視し、奴より先に棍を突き出した。

 夢魔王レメスは、戦いの熱のせいで最善手ではなく得意技に頼ってしまったのである。

 

「ぐはっ!」

 

 一発。夢魔王レメスを垂直に打ち上げる。

 

「まだまだ行くぞオラァアアアア!」

「げぶ! ぐぉえ! ぐぁあああああああああ!」

 

 追いかけるように跳び上がり、空中で何度も何度も棍を振るって奴を打突した。

 吹っ飛んだところに先回りして攻撃。再度打ち上げて追撃。蓄積していく雷が夢魔王の肉体を束縛する。

 

「これでぇ……!」

 

 地面に叩きつけ、雷の爆ぜる棍をゴルフクラブのように振りかぶる。

 

「終わりだぁああああああ!」

「ぬぐぉおおおおおおおおお……!」

 

 スパァアアアアアアン! 思い切りスイングし、夢魔王を水平方向にぶっ飛ばした。

 

「がはぁ!」

 

 ナイスショットされた夢魔王は玉座へ繋がる階段に衝突し、勢いそのまま二段三段と上って停止した。

 その身体はビリビリと帯電し、雷による麻痺で動けなくなっている。それだけではない。彼の中の魔力はさっきの連撃で殆ど無くなりかけていた。

 そして、王の肉体は少しずつ魔力に還っていた。

 

「はぁ、はぁ……凄まじい、痛みだ。思っていたより、容赦がないな……」

 

 老骨と言っていた通り、夢魔王レメスの再生力は低かった。

 何となく分かる。魂の輝きが消えかかっているせいだ。先の妖精夢魔のように、魔族は精神力が保つ限り粘り続けられる。逆に言うと、心が折れると魔力生成が出来なくなって急激に死に近づいてしまうのだ。

 

「朕の負けだ。約束通り、このアスモデウスを持っていくがいい……」

 

 這って階段を上ったレメスは、手を伸ばして玉座に触れてから空いた指で虚空を叩いた。

 すると、俺の目の前にチート・ステータス画面めいてウィンドゥが出てきた。

 そこには、異世界語で「艦長権限の受領を承認します。よろしいですか?」と書いてあり、その下に承認と否認のボタンがあった。

 承認ボタンを押す。続く確認メッセージにも「はい」を押すと、メッセージウィンドゥは消失した。これで俺は艦長権限を得たらしい。

 なんだよコレと驚いていい場面のはずだが、すんなり受け入れる事ができた。

 

「これでアスモデウスは貴公のものだ。後は好きにせよ。願わくば、今のうちに逃げてほしいものだがな……」

「気前いいな。最後に自爆とかすると思ってた」

 

 嘘だ。夢魔王レメスはそんなダサい事はしない。そう確信したから、玉座への移動を許したのだ。

 

「たわけ。そんな夢魔らしからぬ真似、終の夢魔たる朕がする訳なかろう」

 

 そう苦しそうに笑って、玉座を背にした夢魔王が崩れ落ちる。

 赤い瞳は茫洋として、謁見の間を見るでもなく眺めていた。まるで、昔そこであった光景を思い出しているかのような。

 

「レメス王は……」

 

 ふいに去来した感情に突き動かされ、気付けば俺は口を開いていた。

 それから何を言うか考える。レメス王と目が合う。寂しそうな、悔しそうな、それでいて大義を成し遂げた男の目をしていた。

 

「冒険者とか向いてたのかもな、お前」

「なに、を……」

 

 訝しむ顔の夢魔王。俺だって何でこんな事を言ったのか分からない。ただ思った事を言っただけだ。

 でも、実際そんな気がする。だから何だって話ではあるが。

 

「何となくだけどさ。使命とか大義とか……なんか凄い辛そうにしてたじゃん。本気だけど本心じゃなかったというか。お前は多分、顔も知らない民衆の為じゃなくて、気のおけない仲間と組んで頭目やるくらいが合ってると思うんだよな。知らんけど」

 

 見れば、戦に敗れたレメス王はぽかんとした目で俺を見ていた。

 既に足の先が無くなっていて、身体全体も少しずつ魔力に還っていた。

 もうじき、死ぬのだ。

 

「くくく……くははは! そうか、朕が冒険者か! そんな人生も楽しかろうな! はははっ!」

 

 そんな状況で、奴は笑った。

 品のない、屈託もない、王都の酒場でよく聞く類いの笑い声。うっすら目尻に涙が浮かんでいる。

 

「だがな……!」

 

 やがて、笑いを収めたレメスは再び王の顔になった。

 

「朕は王としての生き様を後悔しておらんよ! 何故なら、朕は王たるべくして生まれた、真なる夢魔の王であるからだ! シトレイの、ダンタリアの、セーレの、師父マリウスの、ノーウェ卿の! 皆が望んだ悪逆無道の王であり続けたのだからな!」

 

 夢魔王の声が謁見の間に響き渡る。

 俺はそれを、逃げずに正面から受け止めていた。

 

「よいか、よく聞けイシグロ・リキタカ。此度の災厄はこれまでとは訳が違う。力のぶつけ合いで勝てる相手などでは断じてない。太古のヒトがそうしたように、人智の及ばぬ獣を狩る気概を以て挑め。そして勝ち取るのだ、善き未来を。貴公自身の幸福を。さもなくば……そうでなくば、朕の配下が報われぬ。貴公は既に、朕等の屍を越えたのだ。努々、忘れるな……!」

 

 魔力に還っていく身体で、雷に侵された肉体で、夢魔王は最後に手を挙げた。

 俺に、命のバトンを渡すように。

 

「人類史に光あれ! 後は任せたぞ、黎明の英雄よ!」

 

 夢魔王レメスの最後の言葉を、俺は心に留め置いた。

 

「……ああ、任された。だから、安らかに眠ってくれ。夢魔王レメス」

 

 聞こえたか、聞こえてなかったか。夢魔王の最期は、安堵したような穏やかな笑みであった。

 彼が散った後には、夢魔王の武装と王冠だけが残った。

 死んだのだ。俺が殺した。俺は、夢魔王レメスの生き様を背負ったのである。

 

「……さて、まず何から手をつければいいのやら」

 

 ややもせず、努めて気を取り直し、階段を上って玉座に座ってみる事にした。

 すると、目の前に近未来SFっぽい空中投影ディスプレイが展開された。そこにはアスモデウス号の状況や各種リソースが載っていた。ご丁寧に現代異世界語で。おお、なんて親切なUIなんでしょう。

 色々と弄れるようだが、まずやるべきは……。

 

「荷下ろし作業か」

 

 画面をタッチ操作し、結界を解除してからアスモデウス号を下ろしていく。ドローン・カメラで真下に人がいないのは確認済みだ。

 カメラを飛ばすと、ルクスリリアとヘカテとクニュフの無事な姿が映った。クニュフは安堵したように銃を下ろしていた。ルクスリリアはカメラに向かってダブルピース。ヘカテは何か喋ってきてるけど聞こえない。

 陛下も無事だ。淫魔王国は、なんとか壊滅せずに済んだようだ。

 

 その時、ふと気になって俺のステータスを見てみる事にした。

 

「マジで“魔神人”になってやがる……」

 

 したらびっくり、俺の種族が、人間から魔神人に変わっていた。しかも種族レベル1だ。

 ついでにジョブも見てみたら、“魔神王”なる謎最上位職が増えていた。

 種族といい、ジョブといい、ちょっと大仰過ぎる。

 

「……頑張らなきゃな」

 

 艦長席で、誰に言うでもなく呟く。

 これからも、俺は強いて心を制御し続けなければならない。

 夢魔と同じ轍を踏まぬように。

 皆と幸せになる為に。

 

 社会と折り合いをつけ。現実を受け入れながら、一歩ずつ理想とする道を歩いていく。

 それが生きるって事なんだろうから。

 

「まぁ……やれるだけやるしかないよな」

 

 俺は、この世界に、アスモデウス号の錨を下ろした。

 ちょっとやそっとの嵐じゃ沈まないように、しっかりと。




 しゃあっ、更新!
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◆今回のあれこれ◆

・妖精
 人類の祖先。
 第一大災厄よりもっともっと前の時代に生きていた生物。
 淫魔・夢魔の祖先はゴブリン。ゴブリンから突然変異のゴブリンクイーンが生まれ、そいつが人類と交わって何やかんやあって夢魔に近づいていった。

・空母アスモデウス
 第一大災厄前、古代人が災厄から逃れる為に造った船。飛行・潜水に加え、世界の狭間への航行が可能。空母は多数の艦載機を擁する。
 アスモデウスの他にも同じ性能の船が七十二隻あったが、残っているのはアスモデウス号だけ。

・サイ使いの夢魔
 名前のない夢魔。夢魔王レメスの遺伝子を使って造られた子供。
 先天的に多くの異能を持っている。

・夢魔王レメス
 レメス・デモニア・スライマーン。初代夢魔王スライマーンの末裔。第一次魔王戦争時、夢魔大公バサーゴの手引きで少数の部下と共にアスモデウス号に避難した。そこから長年航行し、戻ってくる頃には部下は全滅。魔王軍残党と手を組んでいたが、ファンリーの死を機に決別。災厄と契約し、もう一度避難するつもりだった。
 夢魔版の三代目淫魔女王のような存在で、こいつが夢魔を率いていれば夢魔も淫魔王国みたいになれた可能性がある。その場合、性欲は強いのに異性に興味のない草食系夢魔や趣味一筋で異性への接し方が分からないキモオタ系陰キャ夢魔が大量発生して頭を悩ませていた事だろう。

・夢魔王の配下
 シトレイ=淫魔族の妃。純淫魔候補だった。
 セーレ=猫又族の武闘家。ファンリーの部下だった。
 ダンタリア=半魔人の魔女。レメスの魔法の師匠。
 マリウス=夢魔。レメスの剣の師匠。
 ノーウェ=吸血鬼族。レメスの家庭教師。

・魔神人
 テオモルフォス。純淫魔契約者の完成形。
 身体的特徴は契約者自身の種族に準じる。目は赤くなり、魔力を籠めると少し光る。
 催眠能力はなし。ただ夢魔並みの精力を持っているだけ。大人しい夢魔ともいえる。
 イシグロがこうなったのは、ファンリー戦時点で魂魄昇竜を使えるようになったのが原因。魂を奮起させる事で魔神人化が早まった。
 リーチかかっているのは槍使いユア。五人の淫魔と契約し、その分身体の夢魔化が著しい。だが当分先ではある。

・遺伝子
 地球のソレに似て非なるもの。異世界人の遺伝子は三重らせん構造。

・四つ足ゴーレム
 ゴブリンの実地試験の監督役。こっちはレメス個人が操っていたゴーレムで、艦長イシグロに所有権はない。

・外のゴブリン
 復活させたゴブリン。普通に生きている。瘴気を持っていない。
 人類のメスに興奮し、交配により繁殖する事が可能。戦闘力は野生の狼や猪にも劣る。ラリスオウマガシカと戦ったらワンパンされる程度。
 いざ復元してみたらあまりにも無能過ぎてレメスは頭を抱えた。そのうち駆除するつもりだった。

・流し打ち
 イシグロの【受け流し】の応用で、遠隔攻撃を相手方向に受け流す技。
 スマブラFE勢の下Bカウンターに遠隔反射効果が追加されたイメージ。

・イシグロのプネウマ
 サイコロ型のカードモンスター。
 召喚と同時に一定時間の無敵とタゲ集中を行い、爆発四散して探知阻害スモークチャフをばらまいてカードに戻る。
 要するにデコイ。
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