【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。本ッ当にありがとうございます!
流行の最先端。王都アレクシストは歩いているだけで楽しく、遊び場としては最高の街だった。
ロリと一緒なら尚の事。
王都に帰って暫くは遊び呆けていた俺達も、遊び疲れた頃には本業に戻っていた。
其即ち、鍛錬也。俺の仕事は迷宮に潜り、強くなって、この世界を守る事だ。
少なくとも今は。
「強いの接近中! 壁ぶち抜いてくるぞ! いちにーさん、今!」
「タイミングばっちりッス! 必殺技いくッスよ! 魔力過剰充填、【破壊する魔力の大刃】!」
「ん、トドメ任せて」
という訳で、迷宮に潜った。
思えば久々の迷宮探索である。瘴気に満ち、敵意に溢れた魔物との戦いは実に良い刺激になった。
迷宮内の魔物は首を斬っても頭を潰してもHPをゼロにしない限り死なないので、やはり妖精戦とは殺し味がまるで違う。
「……っと、普通に効くな。今んとこ迷宮ん中なら何の問題もねぇや」
ついでにシャロのルーンについても検証した。
ジッド砦防衛戦で失敗した時間停止ルーン君だが、ボスを含めて迷宮内の魔物には例外なく効果アリ。やはり迷宮の内か外というのが要点らしい。今後もルーン関連の研究は続けていく予定だ。
迷宮探索のメイン目標は俺達のレベリングではあるが、対災厄ひいては人類存続の為、併せて色んな人を誘ってレベル上げをお手伝いした。
お手伝いした中には、ちょっと変わった経緯を持つ冒険者もいた。
「ふぅ、掃討完了。大丈夫ですか? 二人とも」
「ああ、なんとかな。この鈍さ、この遅さ……鉄札時代を思い出すぜマジで」
「格闘も魔法もできる人ってあんな感じになるんですねぇ。先は遠いです」
ウィードさんと、ルーシィさんだ。
ウィードさんはつい最近まで銀細工だったのだが、弱体化に伴い銀細工を没収されて鋼鉄札からの再スタートになった。
ルーシィさんの方はステータスの低下こそないが、以前まではあった――と思われる――幻影破りの異能が無くなっているそうだ。
冒険者は持ちつ持たれつ。そんな不文律はないが、俺は二人にパワーレベリング兼スキル伝授をする事にした。
「いくぜ、錬金油ドバーッ! からの【火遁・火男吹き】!」
そんなウィードさんだが、紆余曲折あって忍者……否、ニンジャとして再起し、才能開花した。
弱くなったというステータスを見させてもらったところ、彼の能力は実際鉄札程度にまで落ち込んでおり、加えて彼のジョブレベルも消えて下位職になっている。
ステータス自体を吸われたというより、さながらジョブレベルをドレインされたような感じだった。彼は夢魔王に捕まっていたらしいし、その時に何らかの方法で奪われたのだと思われる。魂の扱いには一家言ありそうだったしな夢魔王。
それはさておき、ウィードさんは新しいスタイルをどうしようとなって悩んでたところ、俺の適職診断とアドバイスによって“忍者”の道を歩む事になったのだ。実際忍者は彼の得手である斥候能力と彼の望んでいる戦闘力とのバランスが良いジョブである実際。
変な話、ウィードさんがリンジュ出身だったら、稀代の忍者として名を馳せていたのかもしれない。それくらい天職だったのだ。世に名を馳せる忍者とは、うごご……。
「【風の檻】! 今です、お願いします!」
ルーシィさんにはヘカテ教授による風魔術授業を受けてもらい、いくつか難しい魔術を習得してもらった。
元大学教授曰く、ルーシィさんの風魔術の覚えの早さは尋常ではないらしく、そのポテンシャルは天群雲の盟友にいてもおかしくない程だとか。代わりに他の属性の適性は皆無らしいが、とにかく風の通りが良いそうな。
クニュフが言うには未来英雄に彼女の名前はないらしいが、環境さえ整っていれば素晴らしい風魔導士になれたのだろう。それこそ今みたいに。
「討伐完了、お疲れ様です。やっぱ本職斥候がいると道中の安定感が違いますね」
「お、おぉ……まさか俺が最後の一撃きめちまうとは……へへっ、なんか感動だぜ」
「やっぱ師匠は忍者向きだったんですよ! 忍具も使いこなしててカッコいいです!」
人類全体で見た戦力拡充は、そんな感じ。
閑話休題。俺達のレベリングついては、各々の課題に取り組む形を取った。
「術式を勃起させるのは出来るんスけどふにゃふにゃにさせるのは難しいッスね~。とりま【魔法の礫】!」
まず、ルクスリリア。彼女は魔法も近接もデバフもバフもできる上、ついでに【エンゲージリンク】という最強の立ち回り技を持っている。並みの冒険者の視点では、今更何をという話だった。
ルクスリリアの課題は一つ、魔法ではなく魔力の制御能力を向上させ、各種状況に即座に対応できるようにする事。取り急ぎ、魔法の発動や術式の構築に寄与する知力ステを上げる運びとなった。最上位職は一旦休みで、今は知力の上がりやすい魔法職を鍛えている。
「どうしてこうルクスリリアの得手は歪なのかしらね」
エリーゼに関しては、まぁ順当に既存ジョブのレベリングと実戦だ。権能の練習は毎日やってる上、立ち回り能力は杖を変えなきゃどうにもならん訳で。
とりま新しい杖を作ってもらう予定だ。これまで得たデータをフルに使った最強の杖になる見通しである。
「それより目の前の魔物ですよ! 先に一発いきます! 後よろしくお願いッ、しまぁあああああす!」
近接最強のグーラは……言う事ありません。
な訳はなく、現在は守りの力を鍛えてもらっている。
種族の関係で魔力ステは伸びやすいのだが、頑強と知力はヘタレているのだ。そこで魔法騎士ジョブを鍛えてヘタレたステータスを伸ばしてもらった。【陽動】覚えるだけでも全然違うからね。
「捕まえたのじゃ! そっちの方に倒すのじゃ! どっこい……しょーっ!」
イリハは剣もできるし遠隔もできるし陰陽術の構築速度も実際スゴイ。ルクスリリア同様、これ以上彼女にどうしろって言うんだ。
という訳で、最近はめっきり使っていなかった結界術を鍛えてもらう事になった。結界術特化のジョブに就いてもらったらさぁビックリ。生えてきたスキルに陰陽術の反射とか出てきてリフレクタービットみたいな運用ができるようになったじゃありませんか。見えざる手としても使えて実に汎用性が高い。もっと前からやっときゃよかった。
「ん、クニュフのイノベーティブなバレットアーツにインスパイアされて既存のコンペンションな光弾をアンチーニングしながら全く新しいオリジナルな光弾をクリエイトしてネクストステージへとコミットした。フィックス」
なにかと影響されやすいレノも、ルクスリリアやイリハ同様に高水準なオールラウンダーである。光力を中心に実弾や魔法弾が撃てる上、無月流の蹴術や光力銃剣で近接格闘も可能である。
では、どうするか。それら全てを使えない状況での戦闘力を鍛える事にした。具体的には地上戦を想定した武闘家系ジョブの育成だ。前にも立ち回り目的で武闘家スキルを覚えさせたが、今回はもっとコンパクトで地に足着いたジョブを育成させている。
総じて、短所をなくす方針である。
スタメン以外の皆も同様だ。シャロは戦闘下手でも戦えるようルーン以外のジョブを育成し、ユゥリンは種族特性を活かした遠隔技などを練習。ヘカテは実戦で得たデータでエメスアルマ・ヴァーテクスを改良した。クニュフは元から極めて堅実なビルドなので、彼女は基礎能力の向上だな。
「しゃあっ、【涅槃煉獄大斬撃】!」
一方、俺は強みを伸ばす方向に突っ走った。
具体的には【涅槃巡り】の習熟と“黎明”の育成である。
魂を斬る【涅槃巡り】は、今後の戦いにおいて特に重要な気がする。実際、夢魔王戦では大いに役立った。硬い奴にはとにかく効くのだ。
だが、弱点がある。何も考えずブッパすると確定でスタンするし、工夫して使っても連発すればスタンするのだ。加えて使い過ぎると神バフ技の【魂魄昇竜】を使えなくなるので、今のうちに慣れておこうと思ったのである。
「うん、やっぱ普通に戦う方がやりやすいわ」
「アタシ等にはめっちゃ効くし動きやすいんスけどね~」
「ボクとしても同意です。魔神王のご主人様の指示があれば、どんな戦いでも勝利できそうな気がします」
あと、夢魔王討伐で取得した“魔神王”なる最上位職の検証もやってみた。
結論から言うと、こいつは魔族特化の指揮系ジョブの最高峰だ。兎にも角にも魔族へのバフ倍率がエグいのである。膂力上昇バフを使えば、一時的にルクスリリアがグーラ並みのパワーを得られる程だ。
一方、エリーゼやイリハには全く効果がない。何なら魔族以外の仲間にはデバフがかかる。なかなか一長一短の差が激しいジョブだ。武器も剣か大杖で固定だし、使い勝手が悪いなって。
「イシグロさん、今日もよろしくお願いします」
「「「お願いしま~す!」」」
新人を鍛えたり、知り合いをレベリングしたり、並行してトレーニングしたり。
前と同じく鍛錬場で合同トレーニングも行った。その中には先に実家に帰っていたニーナさんや、忍者になったウィードさん等も含まれる。
「お~っほっほっほっ! 何やらイシグロ様がおもしれー事やってるって聞いてはるばる駆けつけてきましたわ!」
あと、共同鍛錬にはルクスリリアの幼馴染である庶民生まれの中淫魔・グレモリアさんも参加した
先の淫魔王国襲撃時、彼女は夢魔に捕まっていたらしい。そんで目が覚めたら俺達に助けられていて、その悔しさをバネに改めて強くなる事を決意したそうである。
その他、俺主導のトレーニングには様々な冒険者が集まっていた。ド新人もいればベテラン冒険者もいる。皆、なかなかにガチだった。
「パパ~、今日は何するの~?」
「何もしないをするのさ」
「何もしないとか言いつつナニはしてるんですけどねぶへへへへへ」
「まぁ最近は外出て遊んでばっかやったでな。たまにこういう日があってもええやろ。ウチも今日はな~んの研究もせぇへん。完全フリーや」
「じゃあ、アタイはちょっくら今夜のつまみに燻製でも作ろうかな」
合間合間に、精神の均衡を保つべく意識して休養を取っていた。
不誠実では生き残れないが、真面目が過ぎると死んでしまう。事実として、アスモデウスの航海は真面目な乗組員から死んでいったそうである。
いつ災厄が襲ってきてもおかしくない現状、心身の均衡を保つのは難しい。
それでも、今が正念場と死なない程度に踏ん張るしかない。今サボってしまうと、絶対に後悔するだろうから。
必ず、皆で良い未来をつかみ取るのだ。
〇
ジッド砦から帰還して、約一ヵ月の時が過ぎた。
その間、世界の情勢には大きな変化があった。
まず、第一・第三王子率いるラリス軍と新生魔王軍との戦いについて。
膠着していた戦況に動きがあり、ようやっと本格的な攻城戦が始まったそうだ。冬の間は持久戦に徹し、雪が解けてから戦い出した感じだろうか。
ラリス優勢、損害は軽微。一応そう聞いてはいる。
次に、各方角から攻めてきた大妖精について。
こいつらは全て討伐されたらしいが、俺達が担当した南西以外ではラリス貴族を筆頭に凄まじい被害が出てしまったそうである。
天文台によると、それら大妖精は全てドラゴン型をしており、ヒュドラと同じく心臓石をドロップしたという。しかし、ヒュドラ以外の心臓石は一部が欠けていたり割れていたりしているらしく、完全な形を保っているのはヒュドラ石だけなんだとか。
ともかく、大妖精が討伐されてお祝いの一つでもしたいところだが、問題はここからだった。
最後の大妖精が討伐されたのと時を同じくして、西の空に例の亀裂が生じ、大量の瘴気と妖精を吐き出し始めたのである。
ちょうど、災厄が現れた時のように。
空の亀裂から現れたのは、ゴーストやスケルトンといったアンデッド系妖精だった。
あまつさえ、既存の妖精達が一斉にアンデッドナイズされた姿に変身し、先の尖兵のように各方角の端から侵攻してきているという。
災厄が始まった。
そう、王都の民は確信していた。
そこからは、激動の連続だった。
ラリス王家が正式に災厄の征伐を宣言し、ラリス王を頭目とした災厄狩りの一党を編成。選りすぐりの災厄征伐隊と共に王都で出陣パレードを始めた。
「あの人がラリス王か……」
「モノホンのラリス王やべーな。アタイもルーン関係で色んな偉いさんに会ってきたけど、中でもラリス王は別格だぜ……」
「凄まじい功夫ですね。本気で襲い掛かっても片手であしらわれそうです」
「冗談でもそういう事言わない方がいいですよ」
「お祖父様達は普段から力を抑えて下さっていたのね……」
「ウチ等も無意識にやっとるやん? 子供の前では威圧せんように自然と魔力をゆる~くして。それと同じや」
その様子を、俺達は王子から借り受けたセーフハウスから眺めていた。
行列の中心で真紅の巨馬に跨るラリス王は、絵画に描かれた通りのゴリマッチョ系イケおじだった。遠目から見た身長は二メートルを超えており、担いでいる斧は見るからに深域武装――否、霊格極装だった。
ちなみに、当代ラリス王は御年八十五歳らしいが、見た目年齢は三十代後半くらいだった。この世界、高レベルの人間は死ぬ寸前まで若々しいのである。野菜の星の戦闘民族みたいだ。
「周りも凄いね。ニコレッタは相変わらず馬鹿そうだけど……なんだろう、私の知ってる王女と雰囲気違うな」
「そりゃ今とクソ未来では色々違うだろうさ」
「他の王様達に比べると王子様と王女様はかなり控えめな氣をしておるのぅ。抑えとるんじゃろうか」
「まぁ主役食う訳にゃいかねぇッスからね」
その他、災厄狩りの各種族代表に加え、ラリスの第二王子と第一王女も出陣していた。
第二王子は愛想のいいインテリマフィアといった風貌で、クニュフがアンチやってる第一王女はラノベの聖女って感じの見てくれをしていた。二人共、遠目にも凄まじい力を持っていた。それでも第三王子のが断然強そうだが。
言葉で表現できぬ程の大声援。王都民は熱狂していた。
その熱狂の質は、災厄フィーバーとは別種の感情を大いに含んでいた。
畏敬、期待、希望……様々な感情が入り混じり、その全てが切実だった。
民は、世界の命運を英雄に託したのだ。託さざるを得ないのがこの世界なのだろう。
「なんか、怖いな……」
妄信的に王を賛美する民を見て、俺はそう思った。
理由は、イマイチよく分からなかったが。
ラリス王が出陣してから、数日。
彼等に続くように、俺達草薙もジッド砦へ向かうべく準備を進めていた。天群雲とは一度王都で集合する予定だ。現在はヘルガ達を待っている状況である。
「ラリスの戦力は軒並み向こうに回してるのもあるだろうが、なんか静かだ。ネタ抜きにマジで」
「何のネタなんじゃ」
王がいなくなった町は、災厄フィーバーや出陣パレードの熱狂が嘘だったかのように静まり返っていた。
人がいなくなった訳ではない。相変わらず人口は多いし、あちこちで買い物や飲み食いをしている人は普通にいる。
ただ、街全体の感情が災厄に立ち向かう戦士達への祈りに大なり小なり引っ張られているようだった。
災厄に対して総戦力をぶつけているように見える人類だが、王都の守りは万全である。
ラリス王城は常時厳戒態勢で、街行く衛兵も普段とは別人のようにピリついていた。
加えていうと、民衆には知らされていないが王都にはヴィーカさんとリアルイーザ様がいるのだ。どんな敵が襲ってきても、二人なら何とかしてくれるだろう。
逆に言うと、二人でもどうにもならない敵が出てきた時はどうしようもないのだが。
「あ、イシグロさん、今日も潜るんですね」
「ええ。ニーナさん達は潜らないんですか?」
街と同様に、転移神殿の様子も出陣以前と以後で変化があった。迷宮ギルドなのに、迷宮に潜っている冒険者が俺達だけなのだ。
かといって酒盛りしている訳でもなく、ただフル武装の一党で集まっている。その光景は、まるで嵐に備える獣の群れみたいだった。
「なんだか嫌な予感がするので。皆さんも、恐らく同じだと思います」
現状に対し、銀細工は口を揃えてこう言った。
嫌な予感については、実際のところ俺を含めた我が一党の全員が感じ取っている。空に亀裂が生まれ、西から瘴気が流れてきた瞬間から、ずっとだ。
俺達の場合、だからこそ迷宮に潜ろうとしているのであって、神殿に籠っている冒険者とは同じ感情を共有してるのだと思う。
「あれ? ところでカリッセさんの一党は?」
「彼女達は実家に帰ったそうですよ。フェイレンさんとメフィスティアさんはアルヴの森に。他にも故郷がある方の多くは帰郷なさっているようです」
「まぁ冒険者の大半には帰る場所など無いのだがな。無論、私の帰るべき所はニーナさんのお傍です」
そうこうしていると、日を追うごとに西区転移神殿から冒険者の数が減っていった。
気付けば転移神殿はガラガラである。残ってるのは鋼鉄札以上の強者だけで、帰れる所のない冒険者だけが残っているらしい。
「おやっさんは逃げないんですか?」
「まぁな。俺は王都生まれ王都育ちだからよ。王都が陥ちた時は俺も潔く死ぬつもりさ。他に行くとこねぇしよ」
この段階になって、俺達も迷宮探索を控える事にした。
感情としては、もっと潜って強くなっておきたい。けれど、今潜るといざという時に対応できない。そんな気がするのだ。
この感覚も、日に日に強まっていた。
「お久しぶりです、盟主様。ラリス組は王都に到着いたしました。あ、そうそうメイヴの奴もこっち来るらしいです」
また時が経ち、王都に天群雲が揃った。
ヘルガも、クラウディアも、それから元魔王軍の猫又トゥイも、防衛戦前より良い顔になっている。
後はジッド砦に向かうだけだ。エージェント・メイドさんに報告し、いつでも出発できるようにしておく。これが最後の自由時間かもしれない。やっておきたい事があれば、今のうちに終わらせておくべきだろう。
ゲームのラスボス前みたいな状況に、少しだけ緊張が緩んだ。
ふと、西の空を見る。
真っ赤な夕陽を切り裂くように、空の彼方にペンで描いたような黒い亀裂が走っている。
その隙間からは、傷から流れる血のように瘴気が漏れて地平線に流れ落ちていた。
真っ黒で、禍々しい瘴気が。
災厄が来ている。そのはずだ。
だというのに、俺の胸には得体の知れない違和感が沈殿していた。
俺の知らないところで、既に何かが始まっているような気がしてならない。
あるいは、もう終わっているかのような。
「胸がざわざわするし、脳がちりちりする。ガチで嫌な感じがする……」
「ご主人がそう言うって事は……」
「こりゃあガチで当たりですねぇ。今のうちに食料買い占めちゃいましょうか」
「やめましょうやめましょう。惨い買い占めはやめましょう」
嫌な予感。直感。虫の報せ。異世界に来てからというもの、実際これらに救われてきたのは確かだ。それでも外れてくれていい。杞憂だったと笑わせてほしい。
人事は尽くしたと思う。次はどうすればいい。どうすれば、クソ未来を迎えずに済む。何をすればオールハッピーなエンディングを迎えられる。
「……これからは不要不急の外出は止めて、出かける時はフル装備にしよう。チィレンさん達も安全なところに」
「そうね。戦の為にも、心配事は減らしておくべきだもの」
「ん……」
とりあえず、エージェント・メイドさんに言ってチィレンさん達には大人しくしてもらう事にした。
「っと、これだけじゃダメだな」
すんでのところで思い出す。
最近は戦いと鍛錬ばっかりで、戦う為に生きている状態だった。ちょくちょく休んでこそいるが、気を張り詰めっぱなしだ。
これじゃいけない。夢魔王の日誌にもそう書いてある。
絶望の前に希望を持ち続けなければ、掴める明日も掴めなくなってしまう。
そして、リアルイーザ様も言っていた。戦いで最も重要なのは、どんな状況でも諦めないド根性だと。
生きるには希望が必要で、生き残るには戦わなきゃいけなくて、戦い抜くにはド根性が必須なのだ。ネガティブ思考は用法容量を守って正しく使わなければ。
「そうだな。この戦いが終わったら、まずハネムーンの続きしようか、本来はもっと色んなとこ行く予定だったし」
「どしたん? 話聞こか?」
という訳で、分かった上でフラグを立てる事にした。
死亡フラグを立てまくれば、逆に生存フラグになるのだ。
「にゃはは、じゃあ、にゃあはキャンプしたいニャ~。ジッドの森じゃなくて、もっと安全なところでゆる~いキャンプ」
「ん、いいと思う。湖のほとりで、ゆったりと焚火する」
「キャンプもいいけどアタイは釣りがしてぇぜ。最近は普通の魚が魔物化してたりで危ねぇってんで、全然やれてねぇんだよな」
「もう一度ユノサキの秘湯に行くのはどうかしら。冬以外もとても良い景色だと思うわ」
「あっ! そういえばボク、ユノサキの温泉タマゴまだ食べてません!」
「リンジュにはもっと色んな街があるのじゃ。前は枝家がおったから行く気なかったけど、キョウナ旅行とかしてみたいのぅ。漬物の本場じゃし、鹿に煎餅あげてみたいのじゃ」
「結局リンジュ巡りも出来てなかったッスもんね~。アタシはやっぱご主人と吸精しまくりたいッスね! 純淫魔契約の時みたいに、三日三晩休まずしたいッス!」
「したい事というか、やりたくない事は沢山ありますねぇ。労働とか労働とか労働とか。もう一年くらいな~んにもせずに遊びまくりましょうよ」
「せやな~。実際、新しいアイデアは休憩中とかに湧いてくるもんやし。人生まだまだ長い訳で、ゆっくりしよか」
皆で夢を語る。皆との未来を信じる。
夢に描いた未来の為にこそ、俺達はここにいるのだ。
「その為にも、他でもない俺達で世界を守ろうか」
異世界に来た当初は、そんな事は全く考えてなかった。
何も考えずロリハーレムを築き、ダラダラと安穏無事に暮らしたかった。今でもその目標は変わってないが、世界の危機とかそんな大それた事態からは目を逸らして逃げていた。けど、今は違う。
初志貫徹できていない。だが、人は成長する生き物であり、成長とは変化なのである。俺はもう、変化を恐れない。
皆を思えば、俺は勇者でも何でもなれる確信があった。
世界を守るのだ。皆の為に、俺が。
〇
とある日の、夕暮れ時。
王都が壊滅した。
予兆はなかった。
備えていたのに、抵抗すらできなかった。
守れる限りの人を守り、救える範囲の人を救った。
けど、多くの人が命を失った。
空は赤く染まり、世界中に瘴気の風が吹くようになった。
太陽は消え、燃える月が生き残った人類を監視している。
世界は、死者達の溢れる地獄になった。
その日、王都は壊滅した。
災厄の顕現によって。
災厄の名は、
本名を、ヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリス。
世界を守る国の第二王子が、世界を滅ぼすラスボスの正体だった。
はっきり言って、俺と第二王子ヴァシリゲス氏に因縁はない。
因縁はないが、クソ未来の元凶と同じ屍王を名乗るなら、話は変わってくる。
俺は、全身全霊を以て、屍王を倒し、未来を掴み取る。
戦力差は圧倒的劣勢。
拠点たる王都は廃墟になった。
まともにやって勝てる相手ではない。
知るか。これからも生きるのだ。なら戦うしかないだろう。
こういう時、ゲーマーが言うべき台詞はただ一つ。
――かかってこい! 相手になってやる!
次回から最終章です。
よろしくお願いします。