【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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十年目・転移者、イシグロ・リキタカ編
死都、襲来


 ヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリスの目には、この世界は概ね汚物で構成されているように見えている。

 母は腐肉で、父は糞塊。家臣や家庭教師を含め、人類の全ては個体の見分けがつかない汚れた泥人形のように見えていた。

 自分の肉体もまた、蛆の湧いた穢れに他ならない。

 

 人は醜く、吐き気がするほどに臭い。物心つく頃には、身の回りの汚濁には慣れていた。

 何故なら、彼にとってそれが普通だったからだ。

 

 けれども、そのように見えていたのはヴァシリゲスだけだったらしい。

 幼少の日、初めて見た罪人の処刑で、彼は己が異端者である事を思い知った。

 そして、おかしいのは自分の方だと悟った時、ヴァシリゲスは恐怖した。

 

 ラリス王家にとって、生まれてくる子供とは即ち物言う兵器と同義である。異端は排斥され、異常者は間引かれる。幼くしてそう悟った王子は、彼にとっての世界を誰とも共有しようとしなくなった。

 世界は美しい。目に見えるモノ全て愛おしい。腐臭のする汚泥人形にそのような嘘を吐く度、行き場のない憎しみが彼の胸に沈殿していった。

 

 そんな折、彼に運命の出会いがあった。

 宝物庫の最奥に飾られた、一枚の絵画。

 死霊魔術による大量虐殺と、それによって生まれた凄惨な悲劇。

 禁忌とは戒めの為にある。本来なら、その絵を見せられた王家の子は恐怖するなり義憤を抱くべきだったのだろう。

 

 だが、ヴァシリゲスは違った。

 端的に換言すると、勃起したのである。

 初めて罪人の処刑を見た時より、ずっと強く。

 

 生命感の残る躯の。今しがた死んだ屍の、なんと美しいこと。血と汚泥の絶妙な色合いとくればどうだ。躍動する白骨死体。絶望する民草。誰のものかもわからぬ屍肉と屍肉が重なっている様子など、煽情的な事この上ない。

 死霊魔術を知ったヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリスは、生きる意味を知ったのである。

 

 以降、死に魅入られた第二王子は、模範的なラリス王族として振る舞い続けた。

 数多の戦場を渡り、数えきれない絶望を目にし、多くの戦友の死を経験した。その全てが彼にとっての青春であった。

 王族の命令一つで、醜い泥人形が美の権化に変わっていく。勝利さえすれば、彼の虐殺は肯定される。目の前で生物が無機物に変わる瞬間にこそ、ヴァシリゲスは生を実感する。

 

 だからこそ、憧れた。

 歴史の中の戦争に。

 死と絶望で塗り固められた惨劇に。

 

 人類最大の過ち、惨禍大戦。

 二度に渡って繰り返された魔王戦争。

 三度目もまた、きっと素晴らしいに違いない。

 

 裏切りに躊躇いはなかった。

 手を汚す事に引け目などなかった。

 ヴァシリゲスにとって、死は絶対的な善行であった。

 何故なら、清掃とはすべからく貴ばれるべき行いだからだ。

 

 第二王子ヴァシリゲスが真の意味で死に魅入られたのは、それよりもっと後の事だった。

 彼方からの、ささやかな呼び声。目に見えない。耳朶を震わす音もない。ただ知性と使命でのみ存在が確立されるモノ。

 

 即ち、災厄である。

 

 

 

 ひどく湿った靴音が、静寂の廊下に反響する。

 はしゃぐ子供が水たまりの上を歩くような足取りで。

 疲れ切った兵士が宿舎へ帰るような足取りで。

 

 地下深くにある、巨大な通路だった。

 天井には古代の技術で造られた魔導照明が吊るされている。左右に並んだ石柱はその一つ一つに魔術的な意味を持ち、靴音が鳴る度に直ちにその意味を失っていった。

 廊下のあちこちには、上半身と下半身を割断された騎士達の死体が横たわり、おびただしい程の流血で通路の床を染めている。

 

 血だまりの上を、男が歩む。

 金糸のあしらわれた豪奢なローブ。血に塗れた革靴。端正な顔には、これまで抑圧されていた笑みが湛えられている。

 ローブには、ラリス王家を意味する紋章が刺繍されていた。

 

 男の名は、ヴァシリゲス。

 ヴァシリゲス・アレクシスト・ジラリス。

 ラリス王国、王位継承権第三位。世界に冠たる超大国の第二王子だった。

 

 ひどく湿った靴音が反響する。

 自国の騎士の死体を踏み、血濡れの王子が歩みを進める。

 まるで、そこ以外を通れば靴が汚れると言わんばかりに。

 

 やがて、男は大きな扉の前に辿り着いた。

 頻繁に開ける事を考慮されていない、魔術的な錠前が多重に掛けられた巨大な扉。

 男が扉に手を当てる。すると、男の手を通して精緻極まる魔術式が迸り、扉に施された鍵が次々と開錠されていった。

 そっと扉を押す。固く閉ざされた扉は、男を招き入れるようにしてあっさりと開かれた。

 

 扉の先は、一見すると地下に設けられた庭園のようだった。

 階段を下りた地面では白く発光する花々が咲き乱れ、薄暗い空間を照らしている。遥か遠い天井からは、地下であるにもかかわらず月明かりのような光が差し込んでいた。

 庭園の中心に巨大な立石が聳え立っている。石の表面には、かつて比類なき名君と称えられた五人の王の名が記されていた。

 

 五賢王の霊廟。

 ラリスの王たる者にのみ立ち入りを許された、聖地にして真なる王国の中枢である。

 

 禁じられた霊廟に、血濡れの王子が足を踏み入れる。

 階段を下り切ると、波紋が広がるようにして周囲の花々が枯れていく。死していく足元を気にする事なく、男は墓石に向かって歩みを進めた。

 勝利を確信した、会心の笑みを浮かべながら。

 

「待ちなさい」

 

 その時、墓石の方から女の声が響いた。血王子が動きを止める。今の今まで気配を察知できなかった。

 墓標の背後から、桃色の髪の女が姿を現した。生まれ持った絶対的王気。他の人類よりは見分けがつきやすい見てくれ。意思力と生命力に満ち満ちた……数ある人類の中で最も臭い糞塊である。

 

「そこまでよ兄様。これ以上、貴方を王城の奥に入れてあげる事は出来ないわ」

「ニコレッタか」

 

 第一王女、ニコレッタ・アレクシスト・ラリストリ。

 死に魅入られた第二王子と、穢れなき第一王女が相対する。

 妹はいつも通りだった。昔と同じように堂々と胸を張り、顎を上げ、さもこの世で自分が最も正しい存在であるかのように。自身の心には何の悪性も宿っていない事を確信しているかのような佇まい。

 その醜さに、第二王子は顔をしかめ、虫を払うような低声を発した。

 

「王たる私が五賢王に謁見する事に何の問題がある。あまつさえ兄である私に意見するなど。黙ってそこを退け、愚妹」

「ジノ君から聞いたの。兄様が、旧魔王軍の残党と仲良くしてたって」

 

 同じ王族として生まれた兄妹は、互いに互いの話を聞いていなかった。

 不快感から無視しているヴァシリゲスに対して、ニコレッタは普段からこうだった。

 

「嘘だと思ったわ。あんなに勇敢で、あんなに賢い兄様が魔王軍と友達だったなんて……」

「お前はいつもそうだな。他人の言う事を鵜呑みに……」

「信じたくなかったわ。でも、ジノ君は言ったのよ。僕を信じてって。弟を信じない姉が何処にいるの。それで、今のこの状況はなに? 出陣するフリをして、騎士達を殺して、そんな兄様がお父様にしか許されない事をしようとしてる。知っているのよ。とってもいけない事だわ。そんなの絶対、悪い事する為に決まっているじゃない」

 

 聞き流しつつ、ヴァシリゲスは辺りを油断なく観察していた。

 霊廟全体に、うっすらと謎の結界が張られている。今の今まで気配を察知できなかったのは、魔術によるものではないだろう。もしそうならばヴァシリゲスに見破れないはずがない。間違いなく、何らかの異能か深域武装による権能である。

 当然、想定はしていた。対策も同様に。

 

「何か言ってよ! 得意のお話で説得して! ねぇってば!」

 

 黙して術式を構築し続ける兄に、妹は眉尻を上げて声を上げる。

 耳に響くキンキン声に、兄の忍耐が限界を迎えた。

 

「……貴様に説明してやる意義を感じないな」

「なっ……!?」

 

 狼狽する妹。小さく鼻を鳴らした兄は、善良らしい肉親に道端のゴミを見るような目を向けていた。

 

「魔王軍との繋がりが漏洩するとは思えん。どのみち、事ここに至って騙し切ろうとも思っていない。だが、あの弟も見誤ったようだな。霊廟の墓守が、貴様のような愚か者一人とは。仮に伏兵が潜んでいたとしても、勝てるつもりか? この私に」

 

 じわりと、王家の魔力が解放される。

 戦場で練り上げ続けた魔術式が起動し、生まれ持った異能が呼応して周囲の生命から魂を収奪する。庭園の花々は一瞬にして枯死していった。

 魔眼解放。魂を視る。竜族権能だろうが異能だろうが、ここに存在する全ての生命体を暴き出す。周囲を視たが、この場には二人分の魂しか存在しなかった。

 あまりにも悍ましい魔力に一歩引いたニコレッタだったが、やや前傾姿勢になって耐えた。

 

「勝てる勝てないじゃないわ! 私はただ、兄様に……!」

「もうよろしいでしょう、姉上」

 

 覚えのある声に、ヴァシリゲスは驚愕に魔眼を見開いた。

 いつの間にか、ニコレッタの右隣に覚えのある青年が佇んでいた。純白の髪に、提げられた剣。血王子とは対照的な、眩い程に清浄な魔力。

 如何なる方法によってか魂すらも隠していた聖王子が、王の霊廟に姿を現した。

 

「これ以上の問答は、姉上の心を傷つけるだけです。もう、よろしいでしょう」

「ジノヴィオスだと? 魔王と戦っているはずの貴様が、何故ここに……?」

 

 今現在、第三王子は三代目魔王と戦っているはずだ。

 にもかかわらず、ヴァシリゲスの眼前には完全武装の第三王子が現れた。

 明らかに、霊廟に来た兄を殺すつもりで。

 

「三代目魔王を名乗る魔族とは和平を結びました。あっちで戦争ごっこをやっているのは僕の偽物です」

「そういう事になるね。結局、ここにいる王族は全員が全員、とんだ大嘘吐きだったという事さ」

 

 続いて、妹の左隣に槍を持った男が現れた。

 またも魔眼を見開く。この男も、魔王との戦争に駆り出されているはずだった。

 

「前々から変わった子だと思っていたけれど、まさか国家を玩具にして遊ぶつもりだったとは思ってもみなかった。少し、悪戯が過ぎるんじゃないかな。ヴァシリゲス」

「ディミトリス……」

 

 父と、生まれたばかりの第二王女を除く全ての王族が、五賢王の霊廟に揃った。

 驚愕しつつも、血濡れの王子は彼我の戦力を比較し、冷静に計算していた。魂を解かす魔眼が聖王子の提げる剣に注がれる。

 

「兄上が最も警戒しているのは聖剣でしょう? 父上にお願いして、別のところに隠しておきましたよ。これはいつも使っている仕事道具です」

「伽藍洞の貴様には相応しい。が、この程度で今の私を止められるとでも? 貴様を殺す用意は整っているぞ」

「どうでしょうか。ですが、僕にできる最大限の努力は致しました」

 

 バァン! 次の瞬間、霊廟の扉が弾け飛ぶようにして開かれた。

 振り返る血王子。その目には、見覚えはないが知っている顔があった。

 

「な~っはっはっはっはっ! ここで真打登場! 純血大公リアルイーザ、見参である!」

「油断するな。下手に動かば呑まれるぞ」

 

 純血大公・リアルイーザと、銀竜剣豪・ヴィーカだ。

 血濡れの王子、ヴァシリゲスは唖然となった。二人の動向は逐一確認していた。今は王都にはいないはず。あまつさえラリス王城の地下になど。

 間違いない。疑いようもない。如何にしてか、この二人を手引きしたのは……。

 

「おしまいです、兄上。潔く降伏を」

「お願いよ兄様! お父様には私も一緒に謝るから、ごめんなさいして罪を償おう?」

「悪いようにはしない。身内を手に掛けるなんて、そんな事させないでくれ」

 

 耳障りな音が鼓膜を震わせる。

 歴戦の勘が囁く。銀竜剣豪に隙を見せれば、一瞬で首を斬られてしまうだろう。術式の起動は間に合うか。魔力の流れは。今のまま(・・・・)、足掻く事は可能だろうか。

 やがて、ラリス王国の第二王子は小さく息を吐いた。

 

「……何故、分かった」

「友人からの贈り物です。それから、地道な調査と頼れる仲間達の献身。勘案した結果、全ての王権の掌握こそが兄上の狙いであると判断いたしました」

「そう、か……」

 

 ゆっくりと、天井を見上げる。

 陽光の届かぬ地下庭園の空は、いっそ不可解な程に明るかった。

 覚悟を、決める必要があった。唾棄していた者等と同じように。

 

「……失敗したな」

 

 そんな言葉が、血王子の口から漏れた。

 嘆くでもない。喚くでもない。

 ちょっとした賭博に負けたような、そんな軽い声音だった。

 

「あぁ、失敗した。私は失敗した。魔王を唆し、古代の死者を使って“未来視”を眠らせ、私の分霊で父を誘き出したが……まさか、私の方が先に化かされていたとは。まさかまさか、貴様が戦い以外の方法で事を成すとは。よりにもよって戦の権化たる貴様が……」

「戦争なんてのは馬鹿のやる事でしょう」

 

 裏切りを見破った聖王子が平坦に返す。

 声に反応したか、血濡れの王子は今一度腹違いの弟に魔眼を向けた。

 

「最速で確実な手で鮮やかに勝利したかったのだがな。確かに私は失敗した。確かに、今ここにいる私は詰んでいるのだろうよ。しかしだ、間違っているぞジノヴィオス。貴様はこの私を見誤った。私の狙いは王権だが、私の願いはそうではない。私の正体もだ……」

 

 言って、全身から力を抜くヴァシリゲス。

 一方で、母の異なる兄妹を睥睨する魔眼は、ギラギラと異様な光を放っていた。

 妹は悪意の視線に目を丸くし、兄は現状そのものを憐れんでいた。背後の英傑の戦意は一向に鈍る様子がない。

 

「私こそが諸悪の根源。私こそが、貴様等が討つべき真なる巨悪……」

 

 詰みである。

 敗北である。

 騙し合いで、苦杯を喫した。

 その上で、人類の裏切者は裂けんばかりの凶笑を浮かべてみせた。

 

「私が災厄だ」

 

 次の瞬間、事が始まり、そして終わった。

 最初に動いたのは災厄たるを標榜したヴァシリゲスだった。構築していた術式に魔力を流し、人類の規格を超えた力を放出する。

 次に動いたのはヴィーカだ。先手を取ったのも銀竜剣豪だ。彼の手の霊格極装が血王子の首を斬った。第二王子の魂は両断され、起動中だった全ての術式が崩壊した。

 ジノヴィオスは白雷を構え、ディミトリスは槍を輝かせ、ニコレッタは首飾りの権能の発動準備に入り、リアルイーザは伸ばした大鎌で第二王子の肉体を左右に分割した。

 

 結果として、ヴァシリゲスは死んだ。

 薨去した。命を落とした。身罷った。

 間違いなく、確実に。第二王子は息絶えた。

 

「……そして、不滅の存在でもある」

 

 だが、しかし、第二王子のその言葉は、断ち切られた頭から聞こえてきた。

 至近距離、銀竜剣豪ヴィーカと目が合う。

 死したはずの頭部から魔眼の光が消え、代わりに鬼火のような妖しい光が宿っていた。

 ちょうど、空の亀裂から覗いて見えた――災厄の瞳のような。

 

「むぅ……!」

 

 後退したヴィーカが切っ先を向ける。

 第二王子の首が落ち、分かたれた肉体が漆黒の炎を纏う。男の肉体は溶融金めいて崩れ落ち、やがてヒトガタの塊に成り、そして再びヴァシリゲスの肉体を形作った。

 

「我が名は、屍王」

 

 黒い陽炎の奥から、揺らめく双眸が垣間見える。

 死体のように白い肌。黒く染まった強膜。骨の王冠を戴き、己の影から瘴気をまき散らす。

 ヴィーカの、リアルイーザの、古代の英雄の脳裏に過るモノ――それは、かつて勇者アレクシオスが祓い続け、やがてその身を呑み込んだ忌まわしき存在だった。

 人、それを災厄と云う。

 

「この世界で唯一、人類を間引く権利を有する……復讐者だ」

 

 当代の災厄――屍王が顕現した。

 

 

 

〇

 

 

 

 黄昏が始まる。

 

 突如、ラリス王城を発信源とした規格外の魔力波が王都全域を襲った。

 本来無力なはずの突風のような魔力はしかし、大規模な物理的被害をもたらした。木々が揺れ、水路が波打ち、立っていられなくなる程の地震が王都を中心に王領全体を震わせる。

 揺れが収まる。生まれて初めての地震に恐慌しかける王都民は、その身の恐怖が爆ぜる寸前に本能的に西の空を見上げ、身体を硬直させた。

 

 西、夕陽の逆光に昏く在るモノ。

 災厄の裂け目、闇の亀裂の奥が眩い光を放っている。

 闇の向こう側、遠くから、何か巨大な光球が接近しているかのようだった。光の点は瞬く間に大きくなり、それを視認した頃には光は夜の流星のように亀裂から射出された。

 圏外から圏内へ、裂け目から飛び出た流星は軌道を変え、一切の減速なく地上に落下した。

 

 流星が堕ちたのは、都合六ケ所。

 リンジュ共和国、首都カムイバラ。

 世界最大の天津島、聖輪郷。

 武侠国、城塞都市クーシェン。

 鮮血都市国家、白昼のネザーレ。

 ディング魔族国、首都レヴァンティン。

 ラリス王国、王都アレクシスト。

 

 流星群が、堕ちる。

 落下による物理的被害はなかった。

 代わりに異常な量の瘴気が地に満ち、爆風のようにして放散した。

 同時、都市を丸々飲み込む結界が展開され、光が堕ちた街は瘴気の中に閉じ込められてしまった。

 

「ぐっ、なんだこの瘴気は! 上位迷宮並みかそれ以上だぞ……!」

「ぎゃあああああ! あぁぁぁ怖い怖い怖い怖いいぃいぃひゃあああああ!?」

「何だ!? 一体何が起こってる? これも災厄の仕業か!」

 

 圏内ではあり得ぬ程の、圏外すら比較にならない瘴気濃度。

 街往く冒険者は馴染みのある感覚に自然と武器を構え、瘴気耐性のない市民は卒倒。王都を守る衛兵の中にも、あまりの瘴気に動きを止める者がいた。

 

「ひぃっ魔物!?」

「魔物だ! 災厄のせいだ! うわぁ逃げろぉおおおおお!」

「退け! この奴隷共が! 私が逃げるまで囮になれぐぎぇえあああああ!?」

 

 次いで、王都のあちこちから突如として特異個体級の魔物が出現し、王都にいる人類を無差別に襲いはじめた。

 黄金の鎧を纏う鉄拳大熊。光力を纏う結晶蟷螂。王冠を戴く雷鳴恐龍。金剛鉄の針鋼猛犬が尻尾のひと薙ぎで奴隷商館を破壊し、宙を舞う偽王蝙蝠が王都の空を闇の眷属で覆ってみせ、五十メートル級の巨像が大地に立つ。

 一瞬にして、王都は迷宮の様相を呈した。民草が逃げまどい、主級魔物が召喚した取り巻き魔物に虐殺されていく。精鋭のラリス騎士が抵抗を試みるも、市民が邪魔で思うように動けないでいた。

 

「はっはぁ! こいつら殺せばボーナス出るよなぁ? 迷宮行かなくてよかったなぁ! 相棒ォ!」

「でけぇ魔法はやめとけよ! カタギに当たると怒られんだからな!」

「ゲゲゲッ! オデ、マチノミンナ、マモル!」

 

 だが、だからこそ本領を発揮する者達がいた。嫌な予感を覚えて休日も迷宮用装備を着込んでいた冒険者達だ。

 王都が無くなると報酬を貰えなくなってしまうのだ。店が潰されると金の使いどころが無くなってしまう。何より、お気に入りの娼館が壊されるのは御免だった。

 魔物を見れば即討伐。迷宮潜りのサガが彼等を戦いへ駆り立てた。

 

「転移神殿の門を開けろ! 完全なる草薙の出撃だっ!」

 

 そして、転移神殿の扉から、超上澄みの冒険者達が参戦した。

 フル武装の草薙とその盟友達である。英雄指数の高い天群雲等の動きに迷いはない。

 

「第三騎団は神殿の防衛! 第一・第二騎団はついてこい! ヤバいのは俺達がやる! 取り巻きは任せた! イリハは結界で市民を守れ! エリーゼとレノは治癒優先!」

「了解じゃ!」

「今回も新しい杖の出番はなさそうね」

「ん、エリーゼの必殺技は規模が大きすぎる。仕方ない」

 

 草薙に続き、王都に残った腕利き冒険者も次々と出撃していった。

 翼を広げたニーナが神殿の上から状況を確認し、血銃に銃弾を装填したクリシャナが霧に紛れ、高笑いするグレモリアが怖がる少年をウィンクしながら救出。メイヴ達九鼠会は四方に散って情報を収集し、槍使いユアと五人の純淫魔がイシグロとは逆の方向へ進撃した。

 その他、大衆浴場からタオル一枚で出てきた剛剣鬼のラフィが魔物の群れを剣の一撃で蹴散らし。酒場で呑んでいたリカルトも久々に斧を取った。ウィードとルーシィは神殿内で拠点を作成し、怪我人の対処に当たっている。

 

「いいかお前等! 絶対に死ぬな! 行くぞ、ご安全に!」

「「「ご安全に!」」」

 

 王都防衛戦が始まった。




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