【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もいつもありがとうございます。感謝です。
あと、頂いた感想を軽く訂正しますと、第二王子はネクロフィリアではありません。少し違いますね。
空から見下ろす王都は、思ってたより狭かった。
王都が魔物の襲撃を受けてから、俺達は街中を駆け巡り、ひたすらに戦い続けた。
体感では二時間以上戦っているつもりだが、西の空はまだ夕暮れだった。気のせいではなく、太陽が動きを止めている。
王都の――否、世界の時が止まっているのだ。
魔女のように槍に跨り空を飛び、西区の戦況を確認する。今現在、襲撃当初の混沌はある程度収まっていた。
王都の衛兵は逃げ遅れた住民を誘導し、地下シェルターのような場所に避難させている。西区の冒険者は熟練の立ち回りで魔物と戦い、ラリス騎士は馬やグリフォンに乗って主級魔物を次々と屠っていた。
中には金細工持ち冒険者の姿もあり、遠く南区の方では一角獣に跨るアリエルさんが自ら盟友を率いて弓を取っている。
王城付近の中央区を含め、王都そのものが戦場と化していた。
「まずは一発、そのまま地上に下りるぞ。【絶刀・獄門】!」
そんな中、俺達は西区に出現した魔物を狩り回っていた。
西区ニカノル大浴場で暴れている主級の魔物を発見し、急降下して首を斬る。だが、首を両断された魔物は瞬きの瞬間には元通りになって反撃してきた。ギリギリで回避し、文字通りの返す刀をお見舞いする。それでも奴は倒れなかった。
襲撃してきた魔物は迷宮外の魔物と違って部位破壊では倒せない。要するに、迷宮内の魔物と同じ仕様で動いているのである。とにかくタフなのだ。
「【宵霧】! 今や! 弱っとるうちに攻撃を!」
「【ルーン弾】生成、【精密射撃】起動。【ラピッドファイア】!」
「ナイスヘッショです! もし残ったら後よろしくお願いします! やぁあああああッ!」
「真上からコウモリの群れ! エリーゼ来てほしいッス!」
「治癒は終わったわ! 【エンゲージリンク】を使いなさい! 殲滅するわ!」
迷宮の内と外では、対魔物の戦闘論がまるで違う。迷宮魔物の狩りに必要なのは、とにもかくにも火力である。即ち、特効を狙って弱点を突くのが王道だ。
光力を纏う魔物に聖属性封じの【宵霧】を当て、弱ったところに総攻撃。即死ダメージを受けた魔物が青白い粒子に還ると、俺達に経験値として入っていった。レベルアップの感覚。こいつら、経験値的にはかなり美味い。
こういうところまで迷宮仕様なのだ。なんとも不気味である。
「大きい粘体がおるぞ! これ凍らせてええんかのぅ!?」
「ん、濡らした後のが効率良い。どうせなら回復を兼ねる。【豊穣の雨】」
「待て、中に人が捕らわれてる! ルーン・ゲートで助ける! 殺すのはそれから……うわぁ!?」
「その前に自分の身は自分で守ってほしいですね。ほら、やるならさっさとやっちゃってくださいよ」
だが、その仕様は魔物サイドにも適用されていて、魔物に殺された一般人もまた青白い粒子に変わり、殺戮者に吸収されていた。
感覚で分かる。経験値にされているのだ。食うか食われるか。王都迷宮は、不気味なほどにフェアだった。
「北区の黄金熊はまだ倒せてないのか……!?」
「ラリス騎士が頑張ってるみたいッスけどね。下手に援護して連携潰すのも良くなさそうッス」
最も厄介なのは、先陣切って現れた特異個体と思しき魔物群だった。
こいつらは、尖兵戦で戦った茨の根や不定の石英、あるいは初めて潜った最上位迷宮にいた最終進化魔物のように固有の特殊能力を持っている。主級魔物一体でも厄介だというのに、こいつらのせいで他の魔物の掃討がなかなか進まなかった。
迷宮ギルドの情報によると、王都全域に都合六体の特異個体が出現しているという。これまた最悪な事に、六体のうち一体が死ぬと追加で一体が補充されるそうだ。こいつらの定員は六体らしい。
「避難完了だ! フォーメーション・シータ! 焼き尽くせ!」
そして今、俺達は西区にいた特異個体の一体を討伐した。
幸い、特異個体の補充にはインターバルが存在する。その間に住民達の避難を進め、他の魔物を殲滅していく。
屋根の上を走りながら、半壊した王都を眺める。転移神殿周辺は無事だが、居住区や工業区は廃墟同然の有様だ。戦車工匠ケインや鍛冶師インヴァが無事だといいが。
『イシグロ様、先ほどメイヴさんが偵察から帰還いたしました。情報共有のため、一度神殿にお戻りください』
その時、転移神殿にいる天使から【念話】通信が入った。
何かしら進展があったのかもしれない。俺はギルドの指示に従い、道すがら魔物を狩りつつ神殿に撤退した。
「おかえりっす盟主様。じゃ、これからあーし等が出るんで後よろしくお願いします。よっしお前等もう十分休んだよな! 行くぞ!」
神殿周辺の簡易拠点に着くと同時、控えていた天群雲メンバーが俺達と交代して前線に出ていった。
簡易拠点は魔物対策用のバリケードで覆われ、中では冒険者達が各々休憩したり治癒を受けていたりしている。その中には救助された王都民もいて、彼等はギルド職員を手伝っていた。
神殿に入ると、ここにも避難民がいた。不安そうにしている子供を母親が励ましている。冒険者が近くにいるというのもあってか、今のところ彼等が激発する様子はなさそうだった。
「戻ったかイシグロ。疲れてるとこ悪いが、またすぐお前に出てもらう必要があるかもしれねぇ」
「いえ。お役に立てるなら、いくらでも」
受付おじさんに案内され、皆と一緒に神殿奥の部屋に入る。
室内にはギルド長に加え、魔鼠斥候メイヴの姿があった。彼女には謎現象への対処の為に情報収集をしてもらっていた。
「来たかイシグロ。出来るんならじっくり情報を共有しときてぇところだが、急いだ方がいいだろうからな。早速、始めさせてもらうぜ。これを見てくれ」
部屋の中央、安っぽい机の上に簡素な地図が広げられていた。
そこに描かれていたのは街のソレや外のソレではなく、どことなく迷路系迷宮を彷彿とさせる地図だった。
「瘴気濃い方濃い方って調べてたら、自然に西区の地下水道に入ってってよ。そんで探してたら明らかに場違いな扉を発見したんだ。こいつはヤベェと思って帰ってきて騎士様に訊いてみたら、元々ンなもん無かったらしいんだよな。どう考えても、王都がこうなってから出てきたモンだってんで、もっかい調べようって話だ。分かるか?」
「承知しました。メイヴさんが道案内で、俺が護衛する流れですね」
「話が早ぇ。ついでに調べた後に戻るかぶっ潰すかは現場判断でいいってさ」
「はい。ギルドとして、本件についてはヘカテーニャ教授に同行いただき、全て教授の判断に一任いたします」
「了解や。ウチに出来る範囲で頑張らせてもらいます。その前に関連する資料読ませてもらってええ? 扉の異郷は昔からいっぱいあったやろ?」
「勿論でございます。ギルドの方でも調べておりますので」
メイヴの調査の結果、西区にある下水道に誰も把握してない扉が出現していたらしい。あまつさえその扉は屋内型迷宮のボス部屋のようであった、と。
今のこの状況で、その扉が王都迷宮化現象と無関係とは流石に思えない。
で、とにかく俺達が行って調査を行う運びとなった。なんたってうちにはヘカテーニャがいるからな。彼女のような戦闘力を持つ研究者にはうってつけの任務だろう。
「地下に行くメンバーはさっき言った通りだ。地上は任せたぞ、エリーゼ。ヘルガ達にも伝えておいてくれ」
「アナタこそ、変に気負わないようにね」
事はとんとん拍子に進み、俺達はいつでも出撃できる状態を維持して英気を養っていた。
地下行きのメンバーは、俺とイリハとユゥリンとクニュフ。そこに加えて調査役のシャロとヘカテと、案内役のメイヴさんだ。
拙速は巧遅に勝る。判断材料が足りていない現状、悩んだり迷ったりするだけ無駄である。さっさと行って、可能なら解決したいところだ。
「なんか何も分からんまま戦いまくってるッスけど、やっぱこれも災厄のせいなんスかね」
「だと思う。この感じ、屍王がいた戦場と同じだもん。西から攻めてきてるって聞いてるけど、誤情報だったのかな……」
「向こうで何かがあったから、こっちで何かがあったのか。今考えても分からんな」
「まさか屍王本体が王都にいる……なんてのは流石に無いですよね? もしそうだったらピンチどころの騒ぎじゃないんで笑えませんよ」
「ラリス王家が本拠地の防御を疎かにしているとは思えません。現状は、分かっていても防ぎようのなかった事態な気がします。その、勘ですが……」
休憩中、俺は努めて不安を表に出さないよう堂々としていた。内心はぐちゃぐちゃでもだ。
この感覚、妖精戦の時と同じだった。訳も分からず、何がなんだかといった状況。だから、今はただ行動するしかない。いくら強くなったとしても、出来る事は限られているのである。
そういえば、アスモデウス号放置しっ放しだな。もしこれでガチで人類が負けたりなんかしたら、アスモデウス号を呼び出して皆で逃げようと思う。
出来れば、そうはしたくないけど。
「準備完了じゃ、主様」
「ああ……行こうか」
皆を見る。ルクスリリアもエリーゼも、戦意十分だ。
そうだ、諦めるには早すぎる。最後まで足掻く。足掻いてもダメなら、大人しく逃げよう。生きる為に戦っているのだ。戦って死ぬなんて本末転倒である。生きて、帰るのだ。皆のいるところが俺の帰るべき場所なのである。
「さっきも言ったが、目的地まではアチシが案内する。とにかく突っ込んでくれ。護衛よろしくな」
「了解。では、行ってきます」
背後から応援の声が聞こえる。西区の民に見送られ、俺達は簡易拠点を出て行った。
下水道の入口は転移神殿から離れたところにある。戦闘は極力避け、廃墟の上に登り、瓦礫を蹴って突っ走る。
「最短でいくぞ! エリーゼ! グーラ!」
「続きなさい。消し飛べ……!」
「ご主人様の道はボクが拓きます!」
進路上に魔物。スピードを緩めず蹂躙する。これ以上瓦礫を崩さないよう気をつけながら。
通り過ぎた廃墟で、瓦礫の下敷きになって既にこと切れている少女の腕が見えた。制御していた感情が波立つ。避難はある程度進んでいるが、どうしても取り残された人は存在する。
我知らず、思い切り歯を食いしばっていた。たとえ本当に災厄に意思があったとしても、話が通じる相手とは思えない。マジでもうさっさと死んでほしかった。
「到着……って何だ今の!?」
「城の方ッス! とんでもない魔力が噴き出たッスよ!」
市街地を過ぎて階段を下り、下水道の入口に到着したと同時、城の方から凄まじい轟音が聞こえてきた。
遅れて、ラリス王城が噴火したみたいに内部から大爆発し、空に打ちあがった瓦礫が王都中に降り注いだ。
そのうちの一つ、小さな瓦礫がちょうど俺達の近くに向かって落ちてきた。
「あの影は……!」
いや、違う。よく見るとソレは瓦礫ではなかった。
人だ。ロリだ。ロリだけど、ロリじゃなかった。あの方は……。
「ぐえあ! あークソ、屍王の奴、めちゃくちゃな魔力しおってからに! 予でなければ百回は死んでたぞ今の……!」
「り、リアルイーザ様!? 屍王? えぇっ?」
リアルイーザ様だった。落下してきた彼女は下水道の入口に背中を強打しつつも、すぐに立ち上がって気炎を上げていた。
だが、今の始祖様はいつぞやのロリ形態だった。つまりめちゃくちゃ弱っている。それだけヤバい状況って話だ。
「イシグロです。リアルイーザ様、ご多忙のところ失礼いたします。え~っと、一体何が?」
「おぉイシグロ君か。ちょうどいい、さっきあった事を話しておこう。その前に血をくれんか? 予、お腹がペコちゃんでな」
「あ、はい。どうぞ」
膝立ちで首を差し出すと、ロリアルイーザ様は俺の頸動脈にガブッと咬みついてきた。痛みはないが、凄い勢いで血を吸われている実感がある。彼女の喉が鳴る度、始祖吸血鬼の身体は元のボディを取り戻していく。
やがて身長百八十センチまで伸びたところで、口を離した彼女は全身に魔力を漲らせた。
「ひゃ~! 相変わらずうんめぇなぁ! よし、じゃあもっかいぶん殴りに行ってくる!」
「待ってください。お話を……」
「あぁすまんすまん。つっても予とて全部を把握しとる訳ではない故な、起きた事だけ伝えるぞ」
翼を広げて飛び立とうとしたリアルイーザ様を引き止め、情報共有を試みる。
下水道の調査も急務だが、優先順位的には情報のが上だ。地下探索前に知れるだけ知っておきたい。
「ごほん! 一つ、当代の災厄はラリスの第二王子だった。二つ、災厄の名は屍王らしい。三つ、今現在みんなで屍王と喧嘩中。ヴィーカ君とジノ君は善戦しておるが、ちょいと厳しい。今すぐ予が加勢せねばという状況である。分かったか?」
「屍、王……」
ワーッと流し込まれた情報を処理しきる直前に、再度王城が爆発した。
慌てて飛び上がって確認する。王都の空で、三つの人影が凄まじい戦闘を繰り広げていた。音だけ聞くと花火大会のようだ。
射手系スキル【遠視】を使って見えたのは、白雷を纏って空を飛ぶ第三王子と、翼を広げたヴィーカさん。それから、ホラー寄り吸血鬼みたいな魔導士。
「あいつが、屍王……」
災厄の正体は屍王で、屍王の正体は第二王子だったらしい。以前に出陣パレードで見た時と比べると、奴の内包魔力は桁違いだった。
なんですかその、最後の使徒は人間でしたみたいな。そもそも第三王子は新生魔王と戦ってたはずだ。なのになぜここに? なんか混乱してきた。
「ヴィーカ様が苦戦しておられます。だ、大丈夫なんでしょうか……」
「当然、ダイジョーブである。だが、屍王の奴め何回殺しても全然死なんのだ。何かカラクリがありそうだが、まぁそのうち殺せるであろう。今のヴィーカ君は昔よりずっと強いしな。それじゃ予は加勢してくるから、イシグロ君達も頑張るのだぞ」
「あぁ待ってくださいリアルイーザ様。このメモを殿下にお渡しください。今からウチ等がやろうとしとる事が書いてありますんで」
「あい分かった。では、今度こそ行ってくる。出よポルフェロス! 空の戦で予等に敵う者などおらん事、勘違いしたお坊ちゃんに思い知らせてやろうぞ!」
言い残し、狼に跨ったリアルイーザ様はジェット機のように飛んでいった。その手にヘカテが書いたメモを握って。
これで三対一……いや、城から馬に乗ったイケおじが飛んできて四対一になった。屍王による流れ弾が王都中に落ちてきて被害がヤバい。
「ますます急がないとな。エリーゼ達はここら一帯を頼む。クニュフも、屍王はリアルイーザ様達に任せて今は任務に集中してくれ」
「う、うん、大丈夫。今のあたしは一人じゃないからね。だから、無問題……」
不安や心配を押し殺し、この場はエリーゼ達に任せて地下調査組は下水道に入って行った。
王都下水道内部は、空気が湿ってこそいたが俺の想像より全然綺麗だった。流れる水路には清浄樹が生えており、汚水を吸って綺麗な水に変えている。
「ここからはノンストップでスピード勝負だ。いちにのさん、行け!」
「【眷属召喚】!」
軽く経路を再確認した後、ヘカテが眷属を大量召喚し、俺達はレミングスの大移動についていくようにして下水道を進んでいった。
やがて開けた空間に出ると、そこには大量のザコ魔物がうろついていた。奴等は人類を襲わず、清掃用スライムに向かって攻撃しまくっていた。ただスライムは物理攻撃無効なので、お互い千日手になっている。
間抜けな光景だ。そして好都合であった。俺とクニュフの射撃魔法で先手を取り、眷属大移動で押し潰す。
「チッ、さっき来た時より増えてやがる。ほっといたら溢れて地上に出てくんじゃねぇか」
「なら尚の事今のうちに潰すべきですね。シャロ、例のルーンを」
「任せろ。ユゥリンを軸に周りの物理耐性下げてっと……よし、突っ込め!」
「喧嘩は先手必勝ってね! オラオラかかってこいよオラァン!?」
目的地に近づくにつれ、地下の魔物の数は増えていった。
フォーメーション・チェンジ。俺とユゥリンが前に出て、クニュフの射撃でトドメを刺す。その間も前に進む足は止めない。なんだか屋内型迷宮でRTAでもしているみたいだった。
「あそこ、あの扉だ。案内はここまで。後は頼んだぜ」
「確かに如何にもボス部屋って感じの扉ですね」
現着。通路の突き当りに、明らかに場違いな豪奢な扉があった。
見るからにボス部屋である。内部の情報はさっぱり分からない。入っていいものか入っちゃダメなのか。まずそれを調べる必要があった。
「てな訳でヘカテ、調べてくれ」
「不老不死の真祖やけど過労死しそうやわ。集中するから、くれぐれもウチのこと守ってな」
言って、懐から取り出した杭を扉に突き立てるヘカテ。次いで何かしら魔法陣を展開し、眼前に表示されるプログラムコードみたいなのを速読し始めた。
「ふぃ~。ちょっと休憩~って……言ってる傍から邪魔者が湧いてきましたねぇ」
「とりあえず壁を張るのじゃ。その間に準備を」
「ルーン罠も張っとくか」
「マシンガン作るね。先に謝っとくけど、五月蠅くてごめん」
ヘカテが扉を解析し始めると、それを邪魔するようにして魔物の群れが襲ってきた。いきなりタワーディフェンスが始まったのである。
悪質な転売ヤーみたいに群がってくる魔物を結界越しの実弾魔法で迎撃する。クニュフはマシンガンをバラ撒き、ユゥリンはパチンコ玉を指弾で飛ばしている。メイヴさんは天井に張り付いて気配を消していた。
「完成したのじゃ! ほい、【水行・千角氷山】!」
ややもあり、イリハが構築した大陰陽術が迫りくる魔物を氷漬けにした。
静寂が戻る。当方に被害なしでディフェンス成功だ。
「よっしゃざっくり分かったで。この先は空間拡張されとる異境になっとるみたいや。無くなった時の出口もここに設定されとるで、閉じ込められる心配はいらへん。そんで中はめちゃくちゃに瘴気が濃い」
「要するに、どういう事でぇ?」
「ボス部屋ってこと」
「よし入ろう。メイヴさんは外で待機しててください」
「ボス部屋ってんなら人数制限とかありそうだしな。分かったぜ」
草薙メンバーで扉を潜ると、ちょうど六人が入ったと同時に自動で扉が閉まった。
周囲を観察する。床や壁は水路と同じだ。天井が高く、体育館より少し広い。
そして、空間中央にある祭壇に、バリアに覆われた大きくて黒いクリスタルがあった。
その巨大水晶は、まるで……。
「帰還水晶……?」
帰還水晶にそっくりだった。
迷宮に潜って、ボス倒したら出てくる、アレだ。それが出たら踏破完了という、冒険者にとっての安堵と安心の象徴。
それが、その紛い物が、意味不明な王都迷宮化現象の真っ最中に如何にも怪しい空間で発見されたのである。
「それより、あからさまな守護者登場ですよ。皆さん構えてください」
なんて思っていると、偽帰還水晶が設えてある祭壇の前に、謎の魔法陣が生成された。魔法陣の中心に光が凝集する。勘で分かる、召喚陣だ。
そうして現れたのは、黄金の鎧を纏う鉄拳大熊だった。構え、観察する。こいつは確か、北区にいるラリス騎士と戦っていた魔物のはずだが。
鉄拳大熊の特異個体は肥大化した両腕をクロスさせ、どういうつもりか俺達にお辞儀してきた。
「まぁだいたい分かった。こいつ殺せば水晶にコンタクトできるって話か。妙にご都合な理由は知らんが、そういうルールなら乗ってやるまで。いつも通り殺るぞ。散開!」
ゴング無しで、戦いが始まる。
俺とユゥリンが前衛。クニュフとイリハが中衛で、シャロとヘカテが後衛だ。対する鉄拳大熊は半身に構え、ピンと上体を立てて待ちの姿勢を取った。
まず前衛の俺が正面から飛び込み、あえて隙を見せて拳を誘う。案の定、奴はジャブを打ってきた。
が……。
「痛ぇッ!?」
「主様!」
「よそ見しちゃダメ。【鉄甲弾】!」
拳を【受け流し】た瞬間、問答無用でダメージとノックバックを受けてしまった。幸い【受け流し】自体は決まったが、反動で後退してしまったせいで追撃ができない。
対する鉄拳大熊はというと、巧みなステップとウィービングでユゥリンの槍撃を回避し、続くシャロのルーン雷撃を左フックで相殺していた。そこにクニュフの実弾とヘカテの魔法が直撃するも、二人の魔法は黄金鎧によって弾かれていた。
なんてこった。ここにきて技巧派の魔物である。ウルトラスーパーヘビィ級だろうに、奴の動きは驚くほど軽やかだった。
「こいつ普通に強いですよ! 無敵の【涅槃巡り】で何とかなりませんか!?」
「大技は当たりそうにないな。小技でやってみる。シャロ!」
「足止めルーン、いくぜ!」
受けたダメージを治癒魔法でリカバーし、再度接近して涅槃のタイミングを見極める。
鉄拳大熊にあるまじき事に、奴はアウトボクシングに終始して此方の攻撃を回避していた。仮に当てられても例の如く再生するし、小技程度では与ダメも微々たるもの。特に黄金鎧による魔法無効化が厄介過ぎる。
六対一だというのに、ヴィーカさんみたいな英雄級戦士と相対しているかのようだった。
「せやけど予想通り妨害魔法は弾けへんみたいやな。ウチはこっちで攻めるわ」
「主様、神霊付けるのじゃ!」」
が、どんな魔物にも攻略法は存在する。
妨害魔法に俺へのバフ。タンク戦法は止めて回避に専念すると、徐々に俺等が優勢になっていった。
「【涅槃斬り】!」
「ナイス! 断面狙うよ!」
見えた隙に【涅槃斬り】をぶち込み、鉄拳大熊の左前脚を両断する。その断面にクニュフの射撃が直撃。鎧じゃないと魔法は無効化できないらしい。
自慢の左を斬られた鉄拳大熊は、バックステップして困惑している。魂を斬る【涅槃巡り】の効果で、迷宮仕様の魔物は部位再生が遅延するのだ。
「【煉獄斬り】!」
「ナイス! 傷口に追加攻撃いくよ!」
「うわぁ全弾当ててる。軽くドン引きの精度ですねこれは。そこまで磨くには眠れない夜もあったでしょう」
「余裕やなユゥちゃん!」
続いて奴の胴を斬る。魔物殺しの炎が身を焼き、クニュフの追撃射が傷口を広げていく。
そのまま一撃、二撃と攻撃を当て続ける。並みの魔物なら何度も爆発四散してもおかしくない総ダメージ量。既にHPは限界だというのに、黄金鎧の鉄拳大熊はなおも戦い続けていた。
「しぶといな! もう一回だ! シャロ!」
「やってはみるけどよぉ!」
再びのルーン雷撃。鉄拳大熊は反射的に拳を振るい、それを相殺していた。
チャンスだ。俺は【涅槃巡り】を発動させながら急接近。奴の視線は夜明け色の光に向けられていた。この攻撃を警戒しているのだ。
それを、狙っていた。
「にゃは! 反応は凄いけど初見殺しにはよわよわじゃんね!」
斬撃の寸前に攻撃キャンセル回避。スキルで【陽動】した直後、奴の目に【影跳び】移動してきたクニュフのナイフが突き刺さる。
残る片腕を振り回す大熊。クニュフはナイフをそのままに影で逃げ、代わってユゥリンが前に出た。
「まぁ暴れますよね普通に。結局、功夫あるだけの獣という訳ですか」
奴が見えてない方からユゥリンが槍を繰り出し、鉄拳大熊の軸足の爪の間を攻撃。奴は脊髄反射めいて足を引っ込めた。
その足にイリハの陰陽術トラバサミが食い込み、動きを止める。
「トドメぇ!」
致命的な隙だ。俺は大ダメージを与えるべく、居合を構えて突貫した。
しかし、奴は俺の予想を上回ってきた。
「なっ!?」
奴は、俺の接近を見て取った鉄拳大熊は、自ら爪で腹をかっ捌き、自傷ダメージでHPを全損させたのである。
黄金鎧の鉄拳大熊が、青白い粒子に還っていく。それは俺達に吸収される事なく雲散霧消した。
消えゆく鉄拳大熊は、今際の際まで俺の目を睨みつけ……牙を剥いて、笑っていた。気のせいでなければ、とても満足そうに。
「じ、自害……ハラキリしたのじゃ、こやつ。本当に魔物か?」
「少なくとも魔物歴史学に前例はないな。どういう事や? 魔物に人類抹殺以外の意思があるんか……?」
「それより帰還水晶っぽいのを」
祭壇の上を見ると、黒い帰還水晶を覆っていたバリアは熊の消失と共に解けていた。
とにかく解析だ。帰還水晶に近づいたヘカテは、さっきの扉の解析と同じ手順で謎水晶を調べはじめた。
「何か分かるか?」
「ああ、分かるで。分かり過ぎるくらい分かる。今日ほどウチが古代魔術勉強しとって良かったって実感した時は無いわ。ホンマに」
軽く問えば、思いのほか明瞭な返事がきた。
解析を続けつつ、真祖教授は術式構成を速読しながら言葉を継ぐ。
「この水晶には、古代ラリス式の空間魔術が使われとる。魔道賢者ゼノン様が考案し、ついぞゼノン様しか扱えやんかったやつや。転移石碑とか、鍛錬場と同じ原理の。なんやこの完成度、キッショいわぁ……」
「それって、つまり? どういうことでぇ?」
「奴さん等、ウチ等が迷宮潜るんと同じノリで王都襲ってきたって事や」
その時、俺は背筋に氷を押し付けられたような悪寒を覚えた
散らばっていたピースが嵌っていく。冒険者が迷宮に侵入するようにして、魔物もこちらに侵入してきたという事か?
未だ言語化できていないが、ヘカテのその説明に俺は得体の知れない気持ち悪さを感じた。
「それよりコレをどうするんです? 持って帰るのは無理ですよ。グーラさんいませんし」
「触ったら転移させられちゃうんじゃない?」
「それは無いんとちゃうかな。ウチ等転移の対象から弾かれとるみたいやし」
「そんな事まで分かるんじゃな。さすがヘカテ先生じゃ」
下水道の調査に関しては、全てヘカテの判断に任されている。壊してもいいし、このまま戻って報告してもいい。
俺の勘は壊しちゃっていいと言っているが、ここは有識者の意見を聞きたい。
「ヘカテはどう思う?」
「壊すべきやろな」
即答だった。
解析魔術を止めたヘカテは、ふんと鼻息を吐いて腕組みしながら続けた。
「詳しい条件は分からんけど、さっきまで張られとった障壁はそのうち再展開されるみたいや。そしたらまた守護者的なのを倒す必要がある。ほんなら今ここで壊す方がええと思う」
「壊したらどうなるのじゃ? こういうのって下手にちょっかいかけたら爆発とかしたりするんじゃないかのぅ?」
「可能性は否定できひんけど、これにそんな無駄な機能は付けれへんのとちゃうかな。仕様を見るに、壊したと同時にこの部屋から追放される感じやろ。追放先は下水道の扉の前。これに関しては確定でええ」
「なら壊すか」
決定である。もしこれで事態が悪化したら、その時は俺が全裸土下座でも公開オナニーでもしてやる所存だ。
「で、どう壊すよ? ルーンでやったらまたよく分かんねぇ挙動しそうで怖ぇんだがよ」
「せやな。ここはシンプルに物理がええ思うわ。ダーリン、頼める?」
「分かった」
という訳で、黒い帰還水晶を前に黎明を構える。
涅槃は魂への攻撃だから効かなそうだし、煉獄は勿体ない。なら、ヘカテの言う通り通常物理で。
「【剛剣一閃】!」
大上段から、思い切りぶちかました。
刃は通った。けど手応えはなかった。
やがて、剣の軌道に沿って水晶の表面に亀裂が生じた。
「うわぁ!?」
次の瞬間、真っ二つに割れた水晶から爆発めいた魔力波が放散され、俺達は一切の抵抗を許さず吹き飛ばされた。
飛ばされたのは扉の外だ。最初に俺が出て仰向けに倒れ、続いてロリ五人が乗っかってくる。なんかギャグ漫画みたいだ。とにかく無事で良かった。
「イシグロ!? なんか面白ぇ事になってるけど大丈夫か? てか魔物が……」
「消えてる~! 作戦成功ニャ! これで万事解決ニャ~!」
見れば、水路の魔物は一体また一体と粒子に還っていった
任務達成の喜びもそこそこに、ともあれ一旦帰ろうとなって来た道を戻って地上に出た。
地上に出ると、さっきまで暴れていた魔物がキレイさっぱりいなくなっていた。それに空気がいい。王都を覆っていた結界が消え、充満していた瘴気が霧散しているのだ。戦場の怒号も聞こえない。太陽もまた、少しずつ沈んでいた。
「ご主人! 魔物が消えたッスよ! ご主人達がやったんすよね!?」
「さすがアナタ……と言いたいところだけど」
「ヴィーカ様達がまだ戦っておいでです。加勢しようにも、ボク達では足手まといになる領域で。ご主人様の指示を待っていました」
地上に出てすぐ、皆と合流する。
見上げた先、王都の空では世界観を間違えたような超高速&大規模バトルが繰り広げられていた。魔物は消えたが、屍王は残っているのだ。
ヴィーカさん達と屍王の戦いは、周囲の金細工も参戦して多勢に無勢の様相を呈していた。あのままなら勝てるんじゃないか。そう思えるくらい人類優勢だ。ここで屍王が倒れれば、俺達の努力も報われる。
だが、俺の胸には例えようもない嫌な予感が渦巻いていた。今逃げようとは思わない。今戦っても、危険なだけで意味はない気がする。こんな感覚は初めてだった。
「再生が止まっておる! 畳みかけよ!」
瞬きの後、屍王の右腕がヴィーカさんによって切断されていた。
そこに第三王子が白雷を放ち、屍王は漆黒の魔力障壁で耐えていた。続けてリアルイーザ様や金細工持ち魔導士が追撃するも、それらを防御する屍王には余裕そうな雰囲気がある。
ふと、屍王が俺を見た。次の瞬間、飄々としていた奴の顔が憤怒一色に切り替わった。
「やはり貴様か! 迷宮狂いぃいいッ!」
かと思えば急に魔法が飛んできた。初歩の初歩、【魔力の礫】。しかし威力は本物だ。莫大な魔力と術式精度により、その性能は上位魔法を超えている。
だが、こういう魔法への対処は得意中の得意である。
「【流し打ち】!」
「なっ、ぐぁ!? 馬鹿な、私の魔法を貴様が……?」
剣で打ち返した。【魔力の礫】は一直線に術者へ向かい、屍王の腹を貫通した。
魔力障壁が綻び、第三王子の白雷が災厄の躯を焼く。間髪入れず他魔導士の魔法が屍王に直撃した。
「……よそ見を」
「しまっ……」
「するな……!」
刹那、ヴィーカさんが突っ込んだのが見えた時には、既に奴の胴は斬られていた。
完全に決まった。そう確信できる程の会心の一撃だった。断面から夥しい量の魔力が溢れ出し、屍王の肉体が粒子に還っていく。
肉体が崩れゆく中、屍王は最後の最後にヴィーカさんに何らかの魔法を放っていた。ヴィーカさんはそれを斬り裂いたものの、何らかのダメージを受けてしまったのか翼の折れた戦闘機のように墜落していった。
「くはははははっ! どうやら、此度の戦はここまでのようだな! だが私は不滅だ! また会おう、我が愛しき人類ど……!」
「もう黙ってください」
ダメ押しの白雷。屍王は言葉の途中で爆発四散し、捨て台詞を言い終わる前に消失した。
魔物は消え、謎の屍のような魔導士もいなくなった。
今度こそ、戦いが終わった。
静寂が堕ちる。
廃墟同然の都の上で、聖王子はなおも剣を構えていた。
空を見上げる民は、純白の王子を見上げていた。
強者の言葉を待っていた。
安心したがっていた。
「ふぅ」
第三王子が息を漏らす。
やがて握っていた剣を掲げ、堂々とした面持ちで口を開いた。
「我が名はジノヴィオス! 聖王子ジノヴィオスである! 災厄の使徒は我々が討伐した! 我々の、皆の勝利だ!」
一拍、二泊……。
やがて、王都中で歓声が響いた。
瓦礫の上で、地下シェルターの出入口で、転移神殿で、生き残った民草が狂ったように歓喜している。喝采の中心には、皆が理想とする聖なる王子がいた。
俺には分かる。
ジノヴィオス殿下の心に、民の声は響いていなかった。
俺には、共感できてしまう。
彼の心には、戦いを終えた後の虚無感だけがあった。
「むぅ……」
「お祖父様……!?」
王都中で歓声が響く中、俺達は地上に落下していたヴィーカさんと合流した。
遠目にはわからなかったが、今のヴィーカさんはボロボロだった。片方の翼は根本から腐れ落ち、角も片方折れている。握っていた霊格極装は、ヘドロがこびりついたかのように黒く染まっていた。
「とにかく治療いたします。
エリーゼのチートヒールを使うも、彼の負傷は治らなかった。
翼の腐敗は消えてなくなったが、失った部分の再生が始まらない。角も折れたままだ。変色した霊格極装もまた、同じく。
彼の肉体は、もう戦える状態ではなくなっていた。
「屍王の……瘴気だ、もはや、この翼で飛ぶことは、できまい……」
「そんな……嘘でしょう……」
グーラが小さな悲鳴を上げる。
エリーゼが、ルクスリリアが、この場にいる全員が痛ましそうな目で彼を見ていた。恐らく、俺も。
銀竜剣豪だけが、研ぎ澄まされた刃のような眼をしていた。
彼の双眸には、俺にはない英雄の輝きがあった。
黄昏が終わり、暗黒の夜が始まった。
王都は壊滅的な被害を受け、その夜は寝る暇も惜しんで復興作業と救助を手伝った。
失ったモノから、目を逸らすように。
銀竜剣豪ヴィーカ。屍王との戦いにより負傷。再起不能。
第一王子ディミトリス。屍王との戦いにより負傷。再起不能。
第一王女ニコレッタ。屍王の攻撃により死亡。
翡翠魔弓のアリエル。屍王の魔法により昏睡。
第三王子専属侍女キルスティン。屍王の攻撃から主人を庇い、死亡。
その他、王都にいた金細工持ち冒険者の半数が死亡ないし再起不能。
災厄は終わらない。
むしろ、始まったばかりだ。
鬼火のように燃える月が、我等人類を見下ろしていた。
死の世界が、到来する。
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