【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。本当にいつもありがとうございます。
最初だけ三人称です。
よろしくお願いします。
住んでいた家が燃えている。
生まれ育った村が燃えている。
両親が、友達が、村長の遺体が、悪意で以て燃やされている。
羊人の銀細工持ち冒険者――カリッセは、砕けた武器を手放し、暗黒の夜空を見上げた。
鬼火を宿す月が、ありふれた悲劇を見下ろしていた。
カリッセは月から目を逸らし、茫洋と周囲を見渡した。
死体が動いている。否、全身に瘴気を帯び、言葉にならぬ呻きを上げ、粗末な武器を持って、両親を殺した怨敵が迫ってきている。
彼等は、人間だった。
魔物のような人間で、人間のような魔物だった。
あるいは、人間という名の魔物なのかもしれない。
上位者の指示に従順で、絶えぬ欲望を持ち、魔物らしからぬ残虐性を発揮する。
人類を殺す事に特化した――災厄の傀儡。
遠く、馬の嘶きが響く。
月光の影。鞍の上には、暗銀の鎧を纏った騎士の姿があった。
夜風に靡くマントには、この地を守護する領主の紋章が描かれていた。
その日、羊人銀細工カリッセの故郷は、王国の地図から消失した。
他ならぬ、ラリス貴族の手によって。
〇
王都の復旧は、俺が思っていたよりもずっとスピーディに進んでいた。
街を覆っていた瓦礫は一ヵ所に集められ、あちこちに仮説住宅が建設されている。無事だった大衆浴場が再稼働し、支援物資が届いて食糧問題も解決に向かっていた。
衣食住足りて、王都にも活気が戻ってきたのだ。
一方で、夜は不気味なほど静まり返る。
鬼火が宿る月に見つからないよう、じっと息をひそめて朝まで耐え抜く。
動死体の呻きは遠く、巡回兵の鎧の音が小気味よく響いていた。
朝が来ると、王都民は転移神殿付近に儲けられた石板の前に集まってくる。
慰霊碑である。表面には、屍王によって殺された人々の名前が記されていた。
そこで死者を悼み、今日という日を始めるのだ。
朝日と共に起き、闇夜から身を隠し、眠る。
人間らしい生活が戻ってきたと言える。
そんな、ある日の事であった。
「こちらです、隊長。ずいぶんと派手にやったみたいで……」
「あぁ……こりゃ頭からケツまで素人だな。殺し方が下手くそだ」
「酷い事しますよね、よりにもよって、こんな時期に……」
王都の一角で、殺人事件が発生した。
被害者は重篤な瘴気病を発症した老人だった。治療院から抜け出したところを、何者かによって殺害されたのである。
この時期に強盗目的以外での殺人である。調査こそ始まったようだが、多くの人員は割けなかった。単発の事件であると、そこまで重要視されていなかったのだ。
しかし、衛兵の想定とは裏腹に、同様の事件は立て続けに二度も発生した。
二人目は同じく重篤な瘴気病の老人。三人目は軽症者の子供だった。犯行に至るまでの動機は不明だが、そのやり口は明らかに拙かった。冒険者や、その手のプロの犯行ではない。
民に不安が広がる前に、改めて本格的な調査が始められた。
流石は王都兵と言うべきか、犯人はすぐに見つかった。
予想通り、犯人は冒険者でも何でもない一般人だった。
ところが、いざ押し入った彼の部屋には、予想だにしていないモノが存在した。
「あ、グラン君じゃない! 大きくなったねぇ~。おばさんのこと覚えてる? あれ? ていうか痩せてない? ちゃんとご飯食べてる?」
「お、おい、嘘だろう。どうなってんだよ……」
女がいた。犯人の母親だ。それだけなら、何の問題もなかった。
だが、その女は屍王が顕現した日に死んだはずで、何なら動死体として処理されていた。事実、慰霊碑には彼女の名前が記されている。
死んだはずの女が蘇っていたのだ。問い詰めると、犯人は諦めた顔で白状した。
「蘇らせてくれたんだよ、救世主様が」
曰く、真夜中に救世主と名乗る存在が現れて、母を蘇生する代わりにとある契約を持ちかけられたらしい。契約とは、以下のようなものだった。
一人殺せば母親の肉体を復活させてくれる。二人殺せば魂を呼び戻してくれる。三人殺せば、失った記憶を取り戻してくれる。
代わりに、契約者の死後はその魂を徴収される。
「王都がこんな風になっちまったんだからさ、もうどうなってもいいと思った。半信半疑だったけど、マジだったんだ。選ばれたと思った。それからは、もう誰をどうやって殺すかばかり考えていた」
一人目は実の祖父だった。病に苦しむ祖父に契約の内容を話し、了承を得てから殺した。結果、母の肉体は蘇った。
二人目は近所に住んでいた末期患者だった。介錯すると、母親は意識を取り戻した。
三人目は見ず知らずの子供だった。その日、記憶喪失状態だった母は自分の名を呼び、死ぬ直前の出来事を思い出したという。
嬉しかったらしい。
涙が出たらしい。
けれども、母が復活した事をきっかけに、耐えがたい罪悪感に苛まれるようになったらしい。
「蘇った母さんと再会した時、なんかいきなり正気に戻ったんだよ。俺めちゃくちゃな事したんだなって。俺みたいなのはさっさと捕まって償うしかないなって。けどさ、母さんに罪はないだろ。どうか、どうか母さんだけは許してほしい。できれば事件の事も黙っててほしいんだ。分かるだろ? 目覚めたら息子が殺人鬼になってたなんて、そんなの残酷過ぎるじゃないか」
結局、男は逮捕され、蘇った母は秘密裡に保護された。
保護された母親は、一部記憶の混濁こそあれ責任能力が認められる状態で、瘴気なども検出されなかったという。
復活の原理は解明されていない。
調べた結果、既存の死霊魔術とは根本から異なっていた。理外の御業で復活されたのである。
「聞いてるか? 今度はキケロん家の息子が蘇ったんだってさ、同じだ。夜に救世主ってのが現れて助けてくれるんだってよ」
「助けるって、そういうんじゃねぇだろ。どう考えても詐欺師のやり口じゃねぇか」
「でもよぉ、分かんなくはねぇぜ。俺だって死んだ娘とまた会えるってんなら、知らねぇ奴の一人や二人……」
「おいバカ、衛兵に聞かれたらどうする……!」
蘇生の件については情報統制が敷かれていたが、気付いた頃には市井に出回っていた。
救世主。契約を持ちかけてくる存在を、人々はそう呼んで、訝しみつつも崇めていた。
以降、同様の事件が続いた。
祖父母を殺して娘を蘇らせた女。赤子を間引いて妻を蘇らせた夫。その全てが、人の愛によって始まり、人の法によって裁かれた。
本来尊いはずの想いが、何者かの悪意によって穢されている。
夜間に動死体を警戒していた衛兵は、救世主を望む生者を監視するようになった。
それでも事件は起きる。衛兵を買収して、複数人の奴隷を殺した奴なんかもいたらしい。
とっくのとうに、王都の治安維持機構は限界を超えていた。
検討の末、王都の広場で救世主に唆された殺人犯の公開処刑が実行された。
契約者が死ぬと魂が徴収されるとの事だったが、これ以上の蘇生契約を抑止する目的で断行されたのだ。
しかし、契約者の増加は止まらなかった。
殺しは阻止できても、契約を止める事はできていない。
愛を止める事など、できようはずもなかった。
衛兵は民を監視し、民は衛兵を警戒している。
今の王都には、契約者になり得る者など何処にでもいる。
同じくらい、救世主との契約に反対する者も。
自然と両者は対立し、民の中にも分断が生まれつつあった。
まるで相互監視社会だ。夜だけではない。日中もまた、王都に嫌な空気が流れるようになった。
「おい嘘だろ……本当に何も残ってねぇじゃねぇか」
「そう、だね。騎士様や衛兵さんの数が多い分、ある程度治安は保たれているみたいだけど。王都民の気質もあるのかな……」
そんな中、暫く王都の外にいた銀細工持ち冒険者が帰還してきた。いつぞやの大盾使い森人フェイレンさんと、百合淫魔メフィスティアさんだ。
二人は羊人少女一党のメンバーだったが、彼等が帰郷したタイミングで一時離脱し、アルヴの森に行っていたという。
「うっす。アルヴの森は神樹様のお陰で全然平気だったんすけど、他がちょっとヤバかったっす」
「淫魔王国は全然大丈夫でした。陛下が厳しく統制していますし、そもそも救世主なる者が現れたという報告も上がってませんから」
曰く、死者蘇生現象は王都だけではなく、むしろ王都外の方が被害甚大であるという。
特に、貴族が直接治めていない小・中規模の市町村の治安は半ば崩壊しており、かなり世紀末めいているらしい。
迷宮現象の死者数を超えているのでは。そう思えるくらい人が死んでいた。
迷宮現象からの復旧。
救世主を名乗る詐欺師の暗躍。
人類同士の分断。
これ以上ないくらい最悪な情勢だったが、更に最低最悪な事態が発生した。
「馬鹿な! ラーレ男爵が謀反だと……!」
「男爵だけではありません。ラウ公爵、シャーヤ伯爵もまた反旗を……」
「全てヴァシリゲスに縁のある家ではないか……!」
ラリス貴族の中から、救世主――屍王に寝返った者が現れた。
一人目はラーレ家だった。娘を復活させる為、貴族が領民を虐殺したのだ。それに飽き足らず、凶行を諫める騎士を殺し、奴隷を殺し、あまつさえ死者を魔物として再利用して軍を編成した。
ラーレ領から逃れた騎士によると、領主は尋常ならざる禍々しい加護を受け、半ば正気を失い、反ラリスの旗を掲げているという。
「ふざけた真似を! 彼奴等なにを考えている! あのような邪悪に、どうして心を惑わされるのだ……!」
「信じ難いですが、事実です。近くの街に見境なく襲撃をかけています」
「まるで野盗か山賊ではないか! 誇り高くあるべき、ラリス貴族ともあろう者が……!」
人類を裏切ったのは、ラリス貴族だけではなかった。
リンジュ共和国においては、九尾の枝家残党を中心とした旧家が屍王に首を垂れた。
ディング魔族国では極左・極右政党の議員が支持者を操って魔都レバンティンを襲っている。
他方、ネザーレは無事だった。偏にリアルイーザ様のカリスマで持ちこたえている状況だ。
武侠国クーシェンでは、むしろ死者蘇生に加担した者を民衆が私刑しているらしく、大きな暴動や政変は起きていない。
聖輪郷は一切の情報がなく、不気味な沈黙を保っていた。
「……は? 今、なんと言った」
「間違いございません。反乱軍には奴の名があり、奴自身も大々的に宣言を……」
ややもせず、聖輪郷も旗色を明らかにした。
救世軍の旗を振り、ラリスに宣戦布告してきたのだ。
「首魁の名は、パレエス。“不動”のパレエスが復活し、聖輪郷ごと王都アレクシストに向かってきています」
忌まわしい過去が、追いかけてきた。
〇
人類同士の戦争が始まった。
いや、戦争ではない。向こう側の攻撃目標はバラバラで、無差別に村を襲う軍があれば、特定都市に執着している軍もあった。
それは、暴れ回る獣そのものだった。
西区転移神殿、迷宮ギルド、ブリーフィングルーム。
広々としたその場所で、草薙と天群雲及び一部協力的な冒険者は、大学の講義でも受けるような形で集まっていた。
壇上には第三王子派閥の天狐冒険者・シラノイさんが立ち、巨大な黒板に図解を描いている。
「では、状況を説明いたします」
短くなったチョークを置き、歴戦の天狐がこちらに振り返る。
最近導入された黒板には、現在の世界情勢が分かりやすく描かれていた。
「現在、世界各地で“救世軍”を名乗る屍王に同調した反徒共が山賊以下の犯罪行為を繰り広げています。奴等に軍隊的な統制は存在せず、群れごとに異なる目標を持って動いているようです」
黒板の左端には、救世軍の主要幹部がリストアップされている。
救世軍にトップはおらず、各々が好き勝手に動いているらしい。また、そいつらは正気を失っているので、通常の戦争のように交渉を成功させて終わりではない。今のところ、害獣駆除のように駆逐する他なかった。
「中でも危険視すべきが、復活した旧魔王軍残党の幹部達です。奴等は極めて強い瘴気を帯びており、人工魔物や上位妖精等を従えているようです。便宜上、我々は奴等を“使徒”と呼んでいます。屍王の、という意味で」
戦犯リストの中には、裏切者以外にも討滅したはずの旧魔王軍幹部の名前があった。
彼等は一様にぶっ殺されているはずだ。パレエスに関しても、ジュスティーヌ様の炎でキレキレイされたのを俺はこの目で確認している。
にもかかわらず、蘇っているのだ。救世主=屍王というのは、状況証拠的に明らかである。幹部復活に奴が絡んでいるのも確定的に明らかだ。あまつさえ、使徒は裏切者同様に災厄由来と思しき強い瘴気と加護を受けているらしい。
また、リストの中にミヅチとファンリーの名前はなかった。見つかっていないのか、それとも復活自体してないのか。俺視点、けっこう不気味である。
「救世軍の大部分を構成している一般民衆ですが、彼等は魔物化した動植物と同様の状態にあるようです。純然たる被害者ですが、ここは覚悟を以て介錯してあげるのが人情というものでしょう。彼等もそれを望んでいるはず……そう思っておくのが精神の安定にはよろしいかと存じます」
シラノイさんの発言に、一部の冒険者は眉をしかめていた。
人類の魔物化。それが実行可能なのは誰か。これも考えるまでもなかった。俺だって、救えるものなら救ってやりたい。けど、どうにもならなかったのが現実だった。
救世軍は動死体に似た兵士を使役しているらしく、そいつらは倒すと魔物と同じく青白い粒子に還り、未だ災厄の亀裂がある西の空に向かって散っていくという。あまりにも、きな臭い。
「草薙の剣、ひいてはこの場に集まっていただいた冒険者の方々には、ギルドからの依頼として王都に迫る使徒の対処を要請いたします」
続いて、指し棒を持ったシラノイさんは黒板に描かれた勢力図を指し示した。
そこには、巨大な空中要塞が王都に迫っている様子が描かれていた。
「不動の熾天使パレエス……屍王によって蘇った、旧時代の遺物です。彼の所業は、イシグロさんから伺っているでしょう」
熾天使パレエス。
忘れもしない。クローン培養装置で人工天使を量産し、そこで生まれた天使で蟲毒を行い、ジュスティーヌ様を復活させようとした極悪人だ。
蘇ってほしくない奴ナンバー1が、明確な意思を以て襲ってきたのである。
「どうやったかは知りませんが、奴は聖輪郷に住む天使を支配下に置き、聖地サベイピアごと王都に進軍しています。このままでは、あと一週間もしないうちに王都と接触する見込みです」
今の王都に、聖輪郷を迎撃する余裕はない。そこで白羽の矢がたったのが、西区の冒険者という流れだ。
勿論、ラリス騎士も同行してくれるのだが、彼等の大部分は他の救世軍幹部の対処に向かっている。
俺達の双肩に、王都の未来が掛かっていた。
「ここまでで、質問はございますか?」
そう言って、シラノイさんは説明を締めくくった。
ぽつぽつと手が上がり、具体的な迎撃方法が質問される。かなり積極的だ。残酷な戦場に向かわされる現状にあっても、天群雲や他冒険者の士気は高かった。
机の上でゲンドウポーズ。ブリーフィングルームの様子を見るでもなく眺めながら、俺は考えるでもなく思い返していた。
他の参加者には知らされていないが、俺にだけ共有されている情報があるのだ。
あまりにも差し迫った脅威、本来ならもっと安定した戦力をぶつけて然るべきだ。即ちラリス王族の投入である。しかし、今現在それはできない。救世軍との戦いに第三王子が出られない理由を。俺は殿下ご自身から聞かされている。
理由は一つ。屍王の蘇生術によって、第一王女ニコレッタが復活するかもしれないからだ。畢竟、最強戦力たる王子は王城を守らねばならないのである。
もし王女が蘇って、仮に操られでもしたら、王家にしか開けられない鍵を開けられてしまうかもしれない。これをされると詰むらしい。厳重に施されていた封印を解いてみせたという屍王だ。あり得ないなんてありえない。
またしても、後手に回らざるを得なかった。
「やるしかないよな……」
第三王子の代わりに、俺達が頑張るしかない。
世界の為に、俺達の幸せの為に、魔物化した人を殺さねばならなくなった。
例によって、転移直後の俺だったら大して気にしなかっただろうな。
なんて思いつつ、俺は静かに覚悟を決めるのであった。
悠長に準備をする時間はなかった。
ブリーフィングをした翌日の未明に王都を発ち、俺達は指定された迎撃地点へ向かっていった。
メンバーは草薙と天群雲。協力してくれる冒険者は後から来る予定だ。
「ん、ウェルン島発見。前とは様変わりしてる」
「凄いですね。まるでジッド砦が空に浮いているようです」
「レノのレーゼンヴィーみたいな光力砲が並んでいるわ」
ややもあり、俺達は目的地である天津島――ウェルン島に到着した。
以前、レノ救出作戦の際に侵入した空飛ぶ島である。此処は元々ファンリー一味が使用していたのだが、例のパレエス事変のゴタゴタの隙にラリスが権利を買い取り、空中要塞として派手に改修したらしい。
「ほいっと着陸完了~。流石の安定感。ケインにフルカスタム依頼しただけはあるッスね~」
「決戦仕様らしいからな。他にも色々ギミックあるってよ」
「強くなったラザニアに合わせた感じじゃろうのぅ。もうそこらの特異個体超えとる感じするもん」
島の隅っこ、しっかり舗装された滑走路に、都合四台の空戦車が着陸する。
基地内ではラリス軍の軍服を纏った兵士がキビキビ歩いており、ラリス騎士があれこれと指示を出していた。奥にある厩舎には、グリフォンとかペガサスとかの飛行騎乗獣が飼育されている。
「イシグロ殿! いやぁ久しいでござるなぁ! いつぶりでござったか! ともかくまた共闘できて嬉しいでござるよ! なんたってイシグロ殿のいる戦場は勝利しかないからな!」
「シュロメさん、お久しぶりです。夜煌宮の戦いではお世話になりました」
そして、懐かしい顔とも再会した。眼帯森人忍者こと、シュロメさんである。
彼女はウェルン島を捜索する時に一緒してくれた忍者であり、異世界における味噌・醤油の開発者であらせられる。ついでにリンジュの金細工だ。
「私はそこまで久しぶりではないわね。ゲルトラウデに送り出されて、加勢に来たわ。よろしくね」
当日中に、エリーゼの妹である銀竜レギーナとも再会した。
彼女とはジッド砦で別れたばかりなので、久しぶりって訳でもないのに感情的にはお久しぶりだ。最近は本当に色々あったから。
師匠にも来てほしい気持ちはあったが、彼女は彼女で暴走するリンジュ旧家を何とかする仕事があるらしく、こっちの手伝いはできないようだ。
「リアルイーザ様に尻を叩かれてな。我々も加勢に参ったぞ。草薙と共に戦える事、誇りに思う。善き戦にしようではないか」
翌日以降、続々と仲間が集まってきた。
その日に再会したのは、ネザーレ貴族の吸血鬼・ラドゥ公爵――昇格したらしい――とその騎士団だ。キャプテン・ドラグーシュとベアトリスさんも一緒である。
吸血鬼は天使の天敵らしく、彼等こそが今回の迎撃作戦の要だった。
「久しぶりですね、レノさん。暫くは貴女を送り出したのを悔いておりましたが、今の貴女を見て安心しました。彼と結ばれた後も、ずっと幸せなのですね、貴女は」
併せて、パレエスに支配されていない天使とも再会した。以前レノ達の後見人を申し出てくれた熾天使ガリエーラさんとその部下達だ。
彼女等はパレエス復活時に聖輪郷を出ていたらしく、操られてもいないし屍王に迎合もしていない。今現在、そういった天使はウェルン島に集まってきていた。
「では、皆様が集まったところで突入作戦の詳細をご説明しましょうか」
そうして、ニーナさんやユア君といった冒険者達が全員集合したところで、シラノイさんが具体的な作戦の説明を始めた。
まぁ言うて突っ込んでパレエス倒すって話である。最初に強く当たって後は流れだ。どだい戦場をコントロールできる訳もなし。
気が付けば、あれよあれよと戦争準備が整っていく。
このスピード感が、ちょっと恐ろしかった。
「とうとう明日か。なんかもう、迷宮現象からこっち息つく暇もなかったな」
決戦前夜。俺達は草薙に当てがわれた部屋で英気を養っていた。勿論、高ぶる心を静める為にこっそりと吸精的行為を行った。
ちなみに、今この場にヘカテーニャとクニュフの姿はない。彼女達にはアスモデウス号を調べてもらっているのだ。
「ところで、もしリキタカさんが死んじゃったとしたら、皆さんは救世主と契約しようって思います?」
「なんじゃいきなり藪から棒に。不謹慎じゃろ」
「仮の話です。ぶっちゃけ、ワタシにしては珍しく共感できるんですよね。高確率でやっちゃうと思います。他の人が死んでもどうでもいですし、まぁだからって容赦はしないんですけど。どうです? 感情がごちゃごちゃなら、一度整理してみては」
広いベッドの上、ユゥリンが物騒な話題を振ってきた。
ユゥリンは空気の読めない娘ではない。むしろ読め過ぎる娘だ。皆の胸中に溜まったモヤモヤを発散させようとしているのである。
「そんなの……ダメに決まっています。たとえご主人様が復活したとしても、死者を蘇らせるなんて許されません。それは死者への冒涜です。まして今生きてる人を犠牲にだなんて」
「ん、全く同意見。倫理的に間違ってる」
「そうだ。死んだモンは死んだって受け入れて生きるのが、生者の役割だろうがよ」
死者蘇生に関して、グーラとレノとシャーロットは明確にノーと言った。
シャロの言葉には、年長者として沢山の人を看取ってきた重みが宿っていた。
「わしは……やってしまうかもしれんのぅ」
他方、イリハは耳をしょぼんとさせて要った。
事前に三人が強い否定をした後に本音を言えるのは、地味に勇気がいる。それだけ皆を信じている証左と言えた。
「正直、わしは皆ほど心が強うない。一度は受け入れたとしても、もし蘇る機会があるとしたら……」
「受け入れざるを得ないならともかく、可能性があるなら賭けたくなるのが人情ですよ。イリハさんはおかしくないと思います」
イリハとユゥリンは、機会が与えられたならやってしまうかもという消極的肯定派だった。
いずれにせよ、二人は自分を信じていないようだった。
「私も、もし本当に蘇ってくれるなら、欲望に屈してしまうかもしれないわ……」
どうやら、エリーゼもそうらしい。
と思ったら、彼女は強い目をして俺を見て、決然とした面持ちで続けた。
「けれど、アナタだけが蘇っても、今みたいに皆がいなきゃ……きっと心が貧しいわ。すると私は、過去にしか生きられなくなる。それは銀竜の誇りが許さないし、アナタの死を愚弄する事に繋がる。私の英雄の墓を掘り返すなど、あってはならない所業なのよ」
俺達の中で、最も長く生きるのはエリーゼだ。彼女の言葉には、シャロとは別種の重みがあった。
彼女の祖父であるヴィーカさんも、これまで多くの友人を見送ってきたのだろう。それでも今を、そして未来に向かって生きている。そんな彼の背中を追って生きてきたからこそ、彼女はその選択ができるのだ。否、覚悟しているのである。
「ところでルクスリリアさんはどうです?」
「おん? んなもん考えるだけ無駄なんで考えねぇッスね。そもそもご主人が死んだらアタシも死ぬッスし」
「あ~、純淫魔契約。そういえばそうでしたね」
「少々惨い言い方じゃが、ちょっと羨ましいのじゃ」
今みたいな状況でも、ルクスリリアはルクスリリアらしいままだった。
ほっと、皆の緊張が緩む。無事にモヤモヤを吐き出せたらしい。
翻って、俺はどうだろうか。
もし皆が俺より先に死んで、例の蘇生契約を持ち掛けられたとしたら……。
絶対にしないとは、断言できなかった。
ああ、そうか。だから俺は、屍王と契約して他者を殺し、大切な人を蘇らせた人に悪印象を持てなかったのか。
真の英雄には持ち合わせのない、人の弱さにこそ共感していたんだな。
少しだけ、心が楽になった。
「寝ようか。明日はパレエス戦だ。さっさと殺して、さっさと下山しようぜ」
「「「は~い」」」
そうして、俺達はぐっすりと眠った。
二回戦以降は、パレエスを殺した後にたっぷりとしようじゃないか。
とにかく勝つ。全ては生き残った後に考えればいい。
〇
決戦の空は、眩しいくらいに青かった。
肌を切るような冷風は、戦いを前にした身体には寧ろちょうど良い。
全員、戦闘準備は完了している。
草薙と天群雲は空戦車に乗り込み、シュロメさんはパラグライダーめいた凧を背負い、いつぞやの黒鎧を纏うレギーナは翼を広げ、ラドゥ騎士団は漆黒の馬に跨り、ニーナさん達冒険者は各々の飛行法で待機している。
そして……。
遠く雲海の果てに、見えてきた。
鋼鉄の城が。パレエスの座す、空の玉座が。
「あれが聖輪郷。あれが聖地サベイピア……」
空飛ぶ城塞の周囲では、うつろな目をした上位天使が隊列を組んで飛んでいた。
彼等彼女等は遠目に見えるほど濃い瘴気を帯びていた。何より特徴的なのが、その全員の翼が漆黒に染まっている点だ。
「とんだ里帰りになったッスね、レノ。そこに住んでる天使にゃ悪いッスけど、余計な手心加えて負けちゃ世話ねぇッスよ」
「ん、分かってる。時は金なり。迅速に撃滅してこそ、世界の安寧と幸福は維持される。悪に堕ちる覚悟は、ある……」
出撃前の演説は済んでいる。後は飛んで、奴を仕留めるのみ。
緊張の糸が張り詰めている。得体の知れない高揚感が、綺麗に舗装された滑走路に満ち満ちていた。
「作戦を再確認します! 目標は熾天使パレエス! 見つけ次第イシグロさんに連絡し、遭遇した者は撤退か時間稼ぎをお願いします! 決して逸らず報告・連絡・相談です!」
島のあちこちには、滞空迎撃用の光力砲がハリネズミの針のように並んでいる。防御用の結界も展開中だ。それは向こうも同じだった。
やがて、二つの空中要塞が、同じ高さで向かい合った。
「最初は訓練で練習しまくった突撃陣形ですよ! 焦らずに、丁寧に進んでください! 私達の前にはラドゥ侯爵がいらっしゃいます! 彼の力を信じなさい! イシグロさん! 例の号令をよろしくお願いします!」
最後は、いや最初は俺がやる事になっている。
俺は指揮系覚醒スキルを盛り盛りにして、大きく息を吸った。
「本日は晴天なり! そして、本日も死傷者・未帰還者ゼロで行こう! 家に帰るまでが戦争だ! それでは皆さんご一緒に! せーのッ……!」
声が、意思が、世界を守る決意が重なる。
「「「「「ご安全に!」」」」」
パレエスとの再戦が始まった。
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