【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。本当に助かっています。
今回は三人称です。
よろしくお願いします。
雨が降っている。
どことも知れぬ、黒の海。
空は鉛色の雲に覆われ、時折途切れを伴いながら雷が鳴り響く。遠からず、嵐は陸に上がるだろう。
まるで、人類の行く末を暗示しているかのようだ。
荒れた海に稲妻が落ちた。
その時、沖の岩礁に巨大な影が浮かび上がる。
それは、巨大な魔龍だった。
龍の目に光はなく、骸のように横たわり、激しい風雨にさらされている。
けれども、鼓動だけは確かに、力強く続いていた。
ドクン、と。
一際強く、心臓が拍動する。
徐々に早まる鼓動と共に、魔龍の腹が内側から引き裂かれる。
そして、殻を破るようにして、ソレは這い出て姿を現した。
ソレは人である。男である。真っ赤な血に濡れた、竜族である。
宝石の如き鱗の尾。一対の竜角。こびり付いた血が雨によって流されていくと、白磁のような美しい肌が露わになった。
稲光の影、双眸が開かれる。その瞳は、ヒトならざる光を――瘴気の鬼火を宿していた。
男は、遠い西の空を見ていた。
災厄が覗く、世界の切れ目を。
其の竜は、災厄の使徒であった。
男の魂には、逃れ得ぬ使命が刻まれている。
既に自我は漂白済みである。
その、はずだった。
「……なるほど」
災厄には誤算があった。
それは偏に、使徒として蘇った竜族の男が稀代の怪物であった事に尽きる。
魔道賢者ゼノンに比肩する魔術の才。孤独の中、己の身一つでなり上がってみせた強固な意志力。傲慢なほどに確固たる、一切揺らぎの無い自信。
即ち、竜の王たる大器。
「概ね把握した」
そして、もう一つの誤算は。
男が、真に竜族の体現者である事だった。
翼が開かれる。
そして、世界に解き放たれたのだ。
屍王にさえ制御不能な――我意の権化が。
〇
聖女ジュスティーヌ霊廟。
静謐で、厳かな、何人にも侵されざる聖域。
現在、そこは戦場になっていた。
包囲するは草薙と天群雲。対するは蘇った熾天使にして、災厄の使徒パレエス。
多勢に無勢で圧倒的な戦力差があるように見えるが、その実かなりギリギリだった。草薙側が、という意味で。
何故なら、熾天使パレエスの身に膨大の一語では到底足らぬエネルギーが渦巻いている為である。
「出でよ眷属! 出でよ御使い! この者共を蹂躙なさい!」
突風が吹く。霊廟の中心で、熾天使の後光から大量の有翼魔物が溢れ出るように召喚され、包囲する戦士達へと襲い掛かった。
熾天使を包囲していた戦士が魔物の対処を余儀なくされる。それは一直線にパレエスへ迫るユゥリンも同様だった。
「貴様のその荒んだ心、再び暴いてあげましょう!」
闘牛の如く迫る魔物に対し、麒麟武侠は極まった槍捌きで応じつつ最短距離で熾天使に向かっていた。
何にせよ足止め成功である。この時間を稼げればよかった。にやりと笑ったパレエスは、光力を最大放出しながら天使権能を発動する。
指向性のある、【追憶送還】である。狙いは勿論、何度も何度も殴ってきた麒麟のガキだ。
一度は破られてしまったが、出力を上げれば今度こそ心の牢獄に捕らえられるだろう。事実、奴の心は恐ろしく脆い。草薙の中で一番最初に折れたのがこいつなのだ。
追憶成功。万全の権能が発動し、完全に極まった。槍を振るう最中、麒麟武侠は意識を飛ばし、ぐらりと体勢を崩した。
後は瘴気を籠めた攻撃を当てれば無力化できる。パレエスがそう確信した……次の瞬間である!
「嵐極拳でぶっ殺す真っすぐ行ってぶっ殺す嵐極拳でぶっ殺す真っすぐ行ってぶっ殺す嵐極拳でぶっ殺す真っすぐ行って……ぶっ殺す!」
「え? はぐぎゃ!?」
轟! 悠々と光剣を生成していた熾天使パレエスは、真っすぐ突き出された槍による突きで心臓を破砕され、発勁の嵐と共にぶっ飛ばされてしまった。結果、パレエスはまたも背中から壁に激突した。
おかしい。確かに【追憶送還】は入ったはずだ。奴が意識を飛ばしたのも確認した。だというのに、奴は巧みな体捌きで魔物を屠り、達人然と迫って当然のように瘴気バリアを貫いてみせた。
要するに、【追憶送還】に心を囚われながら戦っていたのだ。この銀細工は。
権能使用者が攻撃を受けた事で渾身の【追憶送還】が途切れてしまった。麒麟の双眸に光が戻る。怒りが、純粋な怒りが更に燃え上がる。
「またやってくれたなァ! しゃあっ、【極・蹴槍術】!」
壁に背を打つ熾天使に対し、槍を手放したユゥリンはその石突きを蹴っ飛ばした。各種ジョブシナジー由来のキック力増強スキルによる槍シュートだ。
解き放たれた白槍は、さながらレーザービーム。狙いは顔面。今度は頭を破壊される。なお、この間に【読心】したユゥリンの思考も、「嵐極拳でぶっ殺す」一色だった。
あまりにも怖い。反射的にパレエスは【瞬間転移】を使って逃げた。
「そこだよなァ!」
「うげば!? な、何故私の転移座標が!」
転移したと同時、目の前にユゥリンがいて拳を引き絞っていた。やがて放たれた拳は常時展開中の瘴気防御を貫通し、熾天使の腹に突き刺さる。
三度目だ。吹き飛ばされたパレエスは霊廟の壁に激突し、急接近したユゥリンにボコボコにされ始める。パレエス視点、大した因縁もないのに何故そこまで殴ってくるのかが理解できなかった。少し悪夢を見せたくらいで。
「この……離れなさい!」
全身から光力を放射。爆発的なエネルギーが解き放たれた。麒麟武侠は後退し、光の衝撃を体表の防御膜で滑らせる。
爆発が収まると、戦場の様相は一変していた。パレエスが解き放った魔物は霊廟外へ誘導され、召喚主の周囲では草薙を中心とした面々が武器を構えていた。
一歩盟主が前へ出る。白銀の剣を提げ、真紅の瞳が天使を射抜く。
「殺す前にもう少し検証するぞ……状況開始!」
「くっ、これ以上思い通りには……!」
休む暇などなかった。槍の麒麟と剣の獣人が駆けてくる。接近させまいと翼を広げて空中に逃れたパレエスは、これを読んでいたような魔法の弾幕にさらされた。
しかしその全ては彼の身を覆う瘴気バリアで防がれ、動きを止める事はできなかった。絶対的防御の存在に、熾天使の心に安堵が広がる。
翼を羽ばたかせる熾天使に、猛スピードで跳びかかってきたイシグロが剣を振り上げた。
「言うの遅れたな! 対戦よろしくお願いします!」
「なにをふざけた事を!」
瞬時に光剣を生成したパレエス。二つの剣が重なり、両者の間に眩い火花が散った。
一合、二合。三度目の衝突で駆け引きに負けたパレエスは胴体に剣を受ける。が、これもバリアが弾いた。
ユゥリンは通常攻撃で瘴気バリアを突破できていたが、イシグロは【涅槃巡り】込みでないと突破できない。冷静な目で情報を集めるイシグロとは対照的に、パレエスの顔は怒りに染まっていた。
奴の精神年齢は変わっていない。ならばとイシグロは口を開いた。
「前みたいに俺の心読んだりしないのか? まだまだ見せたいネットミームがあるんバゼヨ!」
「二度とするものですか! ええい離れなさい!」
「ア!」
吹き飛ばされるイシグロ。しかしこれは予定調和。黎明の背後では、その仲間が既に準備を整えていた。
凄まじい魔力反応。右では銀竜が杖を構え、左では獣魔族が青い炎を滾らせている。
「ユゥリン程じゃないにしろ、私も怒っているのよ。これで……!」
「決めたいところですね! やぁあああ!」
瞬間、草薙の二大超火力が解き放たれる。これもまたパレエスの瘴気バリアが防ぎ切った。
余波で地面が捲れ上がり、爆ぜた魔力が大気を震わせる。この戦場は、最低でも銀細工級でなければ立つ事さえ敵わない超危険地帯になっていた。
「存在の格がぁ! 生まれからして違うんですよ!」
使徒の瞳が見開かれる。グーラのぶちぬき丸を掴み、思い切り投げ飛ばす。続くエリーゼの魔法とイリハの陰陽術をデコピンで反射し、ユゥリンの【投槍】を首をかしげて回避。浅く広く【読心】した成果だ。イシグロは強いて無視している。
パレエスが反撃しようとした次の瞬間、魔法が殺到した。召喚した魔物の相手をしていた天群雲が遠隔技を一斉掃射してきたのだ。火、水、発勁……属性の異なる攻撃をされている。けれども、障壁バリアは揺るがない。
「全く鬱陶しい! 人がせっかく取引を持ちかけてあげたというのに、何たる無礼ですか!」
使徒になって付与された瘴気バリアは、はっきり言って冗談のような性能をしていた。これさえあれば、どんな戦下手でも負ける事などあり得ない。
スペック的に、災厄の使徒たるパレエスは特異個体の魔物や特級妖精を遥かに優越していた。その攻撃一つ一つは人類に致命傷を与えるに十分で、その身の瘴気は掠り傷一つで魂魄を侵食する。
けれども、この場にいる戦士には、狩りの対象としか見做されていなかった。何故なら、迷宮潜りは自分より強い生物を打倒するのが日常であり、要するに使徒パレエスは魔物や妖精と同義であった。
「ふぅん?」
魔法に限らず、次々と目標に攻撃を加えていく。その光景を観察しながら、イシグロは脳内でパレエスの攻略情報を纏めていた。
最も厄介なのは、常時展開されている瘴気バリアだった。エリーゼの【魔導極砲】も、グーラの一撃も問答無用で防ぐのだ。クソ仕様極まりない。
一方でユゥリンの通常攻撃には全くの無力であり、イシグロの【涅槃巡り】も多少の抵抗こそあれ普通に通る。ならばと発勁を加えてみたところ、そちらはあまり効果がなかった。
瘴気バリア以外の厄介ポイントを付け加えるなら、使徒パレエスはデバフぞれ自体に高い耐性を有しているところだ。各種状態異常や弱化は大して効き目がない。元々天使族はデバフに強いが、明らかにそういうレベルの話ではなかった。
「何でか知らんがユゥリンの通常攻撃が一番効いてる。瘴気破り効果でも付いてんのか? でも体力減らすにはもう一手要るな。涅槃は微妙臭いし……」
「で、次どうしますリキタカさん」
「わぁっ、急に冷静になるな!」
「最初から制御してましたよ。怒った方が効率良さげだったから怒っただけです」
考えるイシグロに、一旦退いてきたユゥリンが問うてくる。
思考を切り上げ、無月流の教えに従って状況を確認し、改めて作戦を練る。
この判断は正しいか? それとも致命的な誤りか? いいや、構わぬ。
最終的に殺せればよいのだ。
「よし決めた。レノ、こっちだ」
「ん、わかった」
レノを呼び出し、耳打ちする。
やがて、二挺使いの天使は天使権能【念話】を使い、パレエス討伐隊全員に向けて作戦を伝えた。天使無線を聞いたメンバーが一斉にそれらしい動きを見せる。
「浅はかな。私を誰だと思っているのですかね」
が、その作戦はパレエスには丸聞こえだった。何故なら彼は【念話】の傍受が可能だからだ。
誰にも言っていない、最古の天使の隠し権能。この力があったからこそ、パレエスは五千年以上の間聖輪郷を支配し続けられたのである。
「選手交代だ! 第三騎団と名前呼んだ奴は下がれ! 残りはこっち! ユゥリン軸でいくぞ!」
「おや、数を頼みにするのが弱者のやり方では?」
天群雲の過半数が退いていき、草薙が前に出る。相手の作戦を知っているパレエスは、あえて知らない風を装って迎撃を選択した。
浅く広く【読心】して、イシグロとユゥリンの前衛二人に大規模魔法を撃ち続ける。一見して大雑把な攻撃のようで、その魔法は極めて精緻に制御され、それ故にイシグロは作戦の成功を確信していた。
「功夫以前に運動不足ですね! それじゃ大事な時に腰振りも満足に出来ないんじゃないですかぁ?」
「下品極まる……!」
魔法を縫って迫るユゥリンの攻撃を光力の盾で防御し、続くイシグロの剣を光剣で迎撃するパレエス。周囲からの援護魔法は瘴気バリアで防ぐ。
この場で最も危険なのはユゥリンだ。ならば彼女一人に集中すべきである、恐怖からかエリーゼやグーラからの攻撃を完全には無視しきれない。大きいのが来ると、無意識に意識を其方に向けてしまい、警戒対象から目を背けてしまう。
そういう人間臭さこそが、強者なはずのパレエスを弱者たらしめていた。
「今だユゥリン!」
「ハァアアアアッ! 嵐極拳・究極奥義……!」
熾天使に隙。凄まじい迫力で迫るユゥリンに、パレエスは反射的に三重の光力障壁を展開した。ここまで張れば破られないだろう。
だが、覚悟していた衝撃は来なかった。それどころか、イシグロやエリーゼまでも攻撃を放つ寸前で停止して、パレエスだけが必死に防御姿勢を維持していた。
変な雰囲気の風が吹く。遅れて気付く。何かの為の時間稼ぎだ。
「こっちの【念話】盗み訊きされてんのは承知の上ですよバァ~カ!」
そう言ったのはユゥリンだった。拳を解き、舌を出し、ダブルピースで煽っていた。
瞬間、パレエスは今日一番に激怒した。感情のまま反撃しようとした視界の端で、眩く光るモノがあった。
「行くぜレノっち気ぃつけな! 今からここらは光力禁止区域だぁ!」
「なんだゴォ!?」
それがルーン魔術と気が付いた直後、光力を失ったパレエスは聖女の霊廟に不時着した。
同じく天使のレノも飛行能力を失っていたが、分かっていたのでしっかり着地していた。流れるように構えられた二挺銃杖から実弾魔法が放たれる。
「前と同じね。【竜の裁定】」
さらにイシグロの策は続く。パレエスが届かぬ上空で、エリーゼは魔力の鎖を握り、世界法則と契約を交わした。即ち、逃走を封じ闘争を強いる戦場契約を。
指揮系最上位職、【ドラゴンルーラー】。その固有スキルである。効果は単純、フィールド内の戦士の逃亡禁止だ。
イシグロはちょちょいとコンソールを弄り、味方のジョブをチェンジしたのだ。ある意味、この臨機応変さこそが草薙一党の真の強みである。
「阿呆共め。私がこの程度で止まるとでも……!」
使徒熾天使はルーンのせいで光力を失い、銀竜のせいで戦場から逃れられなくなった。
周囲には空を飛べない天群雲メンバー。銀細工程度にはやるようだが、イシグロやユゥリンほどではない。どいつもこいつも一発でも食らわせれば倒せる奴ばかり。何より向こうの攻撃はこっちに届かない。
であるなら、恐るるに足らず。パレエスは身に渦巻く魔力を練り上げ、瘴気を籠めていった。全員、不動で殲滅してやるのだ。ルーン使いと銀竜は真っ先に殺ってやる。
「行きます! うぉおおおおお!」
その時だ。包囲している天群雲の中から、全身の筋肉を異常パンプアップさせた男が走ってきた。人間族の、見るからに冴えないおっさんだ。
速くはない。強くもない。ユゥリンに警戒しつつ魔法を撃った。これで止まるだろう。熾天使の致死の魔法は狙い違わず直撃した。
が……。
「どっせぇえええええい!」
「ぐぼえ!? なん、何なんです貴方!?」
一切止まることなく接近され、それどころか真正面から抱きついてきた。
屈辱だった。大人が大人に抱っこされている。筋肉男のベアハッグだ。ゼロ距離で魔法をぶっ放しても振りほどけない。攻撃が通じない。あまつさえ、この男は災厄由来の致死量の瘴気すら無効化していた。
瞬間、違和感を覚える。今、パレエスは男に触れられていた。大胸筋同士が重なり、雄っぱい当ててんのよが成立する。暑苦しい、気持ち悪い。何かがおかしい、どういう事だ。見れば、瘴気バリアが中和されていた。
そう、中和されているのだ。つまり、瘴気バリアが無くなっているという事で……。
「今です皆さん! 思い切りぶっ放してください!」
「「「了解!」」」
「え? え? はぁ!? 嘘でしょう! まさか味方ごと……!」
そう気づいたとほぼ同時、パレエスと抹茶ガンギマリ筋肉おじさんに向けて、大量の遠隔攻撃が殺到した。
案の定、全て直撃した。グーラの炎雷が肉を焼き、イリハの陰陽術が骨を断ち、レノの実弾が熾天使の心臓を射抜く。今まで無視してきた天群雲のザコ魔法さえ、パレエスの命を削っていた。
「ぐあああああああああ! 離せこの筋肉ダルマぁあああ!」
「はははっ、残念。さっき飲んだ抹茶はリンジュ産の一番いいやつだったので、普段より長持ちするんですよ。いやぁ伝承に語られる天使様に一矢報いられるなんて光栄ですねぇ」
「光栄に思うなら今すぐ離れなさい下郎ぉおおおお!」
筆舌に尽くしがたい痛みがパレエスを襲う。一方、筋肉男は何の痛痒も感じていない様子でへらへら笑っていた。こいつどうかしてるんじゃないか。
テレポートで逃げようにも、光力が封じられている現状では発動不可だ。何とかして戦場規定を崩したいところだが、当のエリーゼはイシグロによって厳重に守られていた。
「退避ィ!」
イシグロの指示。筋肉男がパッと離れる。
ぐらり、と。一瞬で負ったダメージで一時気を失うパレエス。瞬きの後には、例によって一番警戒していた女が拳を構えていた。
「今度こそ嵐極拳の奥義です。すなわち直突きぃ!」
「その程度……!」
「ナイスアシストですユゥリン!」
「なんだガァアアアア!?」
続いて、パレエスの身体にぶちぬき丸が直撃した。
理屈は単純だ。ユゥリンの攻撃で瘴気バリアを剥がし、その隙間を狙ってグーラが剣を突き入れたのである。隙を生じぬ二段構え。二人の天才によるコンビネーションは、スペック任せの熾天使を翻弄していた。
だが、ここにいる英雄は彼女等二人だけではない。ひたすらサポートに徹している天群雲は、実のところ稀代の天才の集まりなのである。故に、即席連携でユゥリンに合わせる事など朝飯前だった。
「ありがとうございます! いくぞ外角低めの【ムービングファスト】!」
「へぶあ!」
ユゥリンの瘴壁砕き。空いた隙間からヘルガのヨーヨーが直撃!
「右から失礼します、【刹那の居合】!」
「んばがぇ!」
ノエミの居合が熾天使の横腹を斬り裂く!
「さぁ行ってきなさいマゾ豚野郎!」
「うぉおおおおん! いいとこみせりゅぅううううう!」
「なんだ貴様はギャアアアア!」
サドバフを受けたマゾ虎人の一撃がパレエスの脳天をかち割った!
ユゥリンが瘴気バリアを砕き、味方がダメージを蓄積させる。出来過ぎなほど完璧な連携。天群雲メンバーは、皆大なり小なり嵐極拳老師の指導を受けている。彼女の立ち回りを、彼女の拳を、そして何より彼女の凄さを知らない者は、この中には一人もいないのだ。
「貴様等ぁあああ……!」
当然だが、パレエスとてやられっぱなしでは収まらない。殴られながらも瘴気を高め、此処にいる者をすべて殺すべく力を解放せんとした。
その時だ。
「こっちを見るッス! 粗チン野郎!」
甲高い声が響く。怨敵の声に反応して視線を向けると、パレエスは驚愕に目を見開き、あまりの光景に溜めていた力を散らしてしまった。
「大人しくするッスよ! さもなくば、ジュスティーヌ様の可愛いお顔に傷がついちゃうッスからねぇ! きひひ!」
「なっ! んっ! ですってぇ……!?」
竜が定める戦場の外で、メスガキ淫魔が、ジュスティーヌの首に短剣を向けていた。
生殺与奪の権を握られているジュスティーヌは、状況を理解していないのかぼーっと周りを見渡していた。
人質だ。如何にパレエスが強かろうがどうしようもない。イシグロ達に弱みを見せた結果である。守らねばならない者を守り切れなかった。
畢竟、想像力不足である。
「こっちの要求は一つ! お前が自害する事! そしたらジュスティーヌ様は殺さないでおいてやんよ!」
「なんと破廉恥な! 貴方それでも英雄ですか!」
「ハイかイエスしか聞こえねぇなぁ!?」
続くイシグロの要求に、熾天使は顔を赤くして怒りを露わにした。
パレエスからすると、到底受け入れられる要求ではなかった。だが、今ここで暴れても解決しないのは理解している。
「なんという、なんという罪深い事を……貴方達に人の心はないのですかァ!」
だが、怒りは制御できない。分かっているのに止められない。最終的に暴れれば何とかなる。どんな時でもそう思うのがパレエスだ。
羽のない天使は脚力任せに跳んだ。当然、イシグロはこうなる事を読んでいた。どだいジュスティーヌを殺すつもりなど欠片も無いのだ。
これもまた、本命の為の時間稼ぎに過ぎない。
「戦場で余所見は三流以下の振る舞いよ」
瞬きの間に、ソレは現れ、事を成し、終了していた。
銀竜レギーナ参上。この為の時間稼ぎである。
「がはっ……!」
一閃。パレエスの翼が付け根から両断された。三枚羽根になって落ち往くパレエス。伸ばした手は愛しの天使に届かない。
案の定、レギーナの竜族権能“虚無”は、パレエスの瘴気バリアを貫通し、その身に尋常ではないダメージを与えてみせた。瘴気も、耐性も、特殊ギミックも、彼女の前では無に帰する。
「ば、バカな交渉は……」
「する訳ねぇだろ! この戦いはお前の死でしか決着しねぇ!」
再度、パレエスは無様に不時着。その眼前、接近してきたイシグロの構える剣に赤黒い炎が纏われた。
「見たところお前は人類や妖精よりも魔物に近い。なら、こっちのが効くよなぁ!」
「やめ……!」
「止めねぇ!」
斬! 赤黒い炎剣が熾天使の胴を袈裟斬りにする。光力も瘴気バリアも消えた今、イシグロの【煉獄送り】を止める障壁は存在しない。
一拍後、パレエスの身体は爆発めいて激しく燃え上がった。
「ひぎゃあああああ! 痛い痛い痛い痛いぃぃいああああぁぁぁあああ!」
「トドメだ! イリハ!」
「ずっとスタンバってたのじゃ! いくぞ! 前より上手くなった【天意流転領域】!」
魔物となった身を焼かれる痛みに地面をのた打ち回るパレエス。だがこれで終わらせない。じっと機を窺っていたイリハが熾天使に接近し、練りに練った【天意流転領域】を極小展開。パレエスだけを閉じ込める。
生と死の境界が曖昧に、真っすぐな物が歪み。清が濁に。天が地に。全て、生かすも殺すも思うがまま。
これぞ陰陽術の究極奥義、【天意流転領域】。
「あの世で皆に詫び続けるのじゃ! 潔く、死ねぃ!」
「ぐわばばばばばばば! あばっ! ゴボボボー!」
天使の人体構造は把握している。致命的な部位をデタラメに変質させ、脳を撹拌し、効率良く命を奪い続ける。残虐ファイトの極みである。
しかし、耐えていた。パレエスが高位天使だからではない。災厄の使徒として蘇ったパレエスの肉体が、もはや天使のソレではなくなっていたからだ。
「ふぬぬぬぬぬ! すまぬ、ここまでじゃ……!」
領域が解除される。パレエスはまだ生きていた。瞳の鬼火がいっそう燃える。
「舐めるなよ、下郎共……! 私を誰だと!」
瘴気バリアが復活している。レギーナの追撃が迫るも、極限の集中力で以て回避。反撃の瘴気波がレギーナの翼を掠める。
「亭主殿! こっちのルーンも無限じゃねぇ! 早いところ殺ってくれねぇと……!」
「分かってる! 魔法ぶちかましてクールダウン中にもう一回総攻撃だ! 踏ん張ってくれエリーゼ!」
「ええ……!」
イシグロ側も切羽詰まっていた。今度こそトドメを刺す。
ここにきて、パレエスはいっそ異様なほどの粘りを見せ始めた。レギーナの攻撃を意地で回避。ユゥリンの拳には【魔力の盾】を使い、ひたすら亀のように守りに徹する。
その立ち回りには、誰の目にも明らかな戦闘者の才が見て取れた。
「ダメだルーンが終わっちまう!」
その時、光力を封じていたルーンが解除された。
瞬間、枷が外れる。
「この程度で! 僕の想いが潰えると思ったかぁあああ!」
光が満ちる。レギーナが吹き飛ばされた。
噴き出る光力に感情が混じっている。切られた翼が再生し、熾天使の光輪が激しく回転する。
瞳の光が強まる。鬼火を宿す双眸は、災厄に由来しない狂気の光を放っていた。
「僕とジュスティーヌは生まれる前から定められた二人だったんだ! 世界をより良くする為に。僕等は二人で一つだった! そのはずだったんだよ!」
ユゥリンとグーラの追撃。既にこのパターンは把握している。回避し、反撃した。なんとか直撃を避けた二人だったが、衝撃を逃がし切れずに吹き飛ばされる。
「けどそこにあの男が現れた! そしてジュスティーヌを唆した! 下界に降りて世界を救うんだって! 大局も見ず! 哀れな人を助けると! ジュスティーヌは優しいから! 馬鹿なあいつに騙された! あぁ忌々しい! 何が勇者だ馬鹿馬鹿しい!」
復帰したレギーナの攻撃を光力と瘴気と魔力で防御し、返す光剣で刀を折り、見えざる腕で殴り飛ばす。
「僕には! 亜神から託された使命が! やるべき事があった! 感情のまま追いかけるなんてできない! 僕がいなければ、今こうしてこの世界は続いてないんだよ! 知らないだろう! お前たちは! 僕の成した偉業を! 崇高なる献身を!」
光大剣生成。天群雲を跳ね飛ばし、狂気の熾天使は黎明の英雄と剣を合わせた。
鍔迫り合い。鬼火の目が揺らいでいる。狂気と理性が鬩ぎ合っている。何らかの外圧に耐えているように見えた。
「お前はやり過ぎた。どんな偉業があっても、罪が勝る」
「恩知らずが!」
力任せに跳ね飛ばす。凄まじい力だった。
周囲から魔法が殺到するも。今度は全身を覆う三重の防御で身を守った。
まるで、卵の殻でも纏うように。
「愛する人が死んで! それでも正気を保ってられる者だけ! 僕に石を投げろってんだぁあああ!」
光の卵に、光の球が集まっていく。
この時、聖輪郷の天使は動きを止めていた。
魂を収奪しているのだ。聖女ジュスティーヌが復活した、あの時のように。
「マスター、あれ……!」
「また亜神になろうってのか!」
レギーナが虚無を纏う【魔導極砲】を連射するが、少ししか削れない。ユゥリンの攻撃もだ。【涅槃巡り】も届かなかった。
光が強まる。溢れる。膨れ上がる。生まれ直しの最中、パレエスは裂けんばかりの凶笑を浮かべた。
「掴んだ! この感覚! あの時よりも深い! やはり私は、亜神に最も近い……!」
光が満ちる。
霊廟の中心で、亜神が再誕する。
世界にとっての絶望が、目覚めた。
その瞬間だった。
遥か上空から、魂に響くほど剣呑な魔力が解き放たれた。
イシグロも、レノも、天群雲も、ラドゥ公爵達も、亜神になりかけたパレエスも。
空を、見上げた。
そして、天が堕ちた。
「は……?」
閃光、一条の光柱が、パレエスの光卵に直撃した。
余波が広がる。イシグロ達は吹き飛ばされ、パレエスは訳も分からず防御した。せざるを得なかった。
「がぁああああああ! うわぁあああ! なんだこれは! またかイシグロ! 貴様の仕業かぁああああ!」
しかし耐えられない。それこそ卵が割れるように、障壁に亀裂が生じ、広がっていく。
このままでは死んでしまう。そんな確信があった。
だが、その時、ふと光が収まった。
衝撃も、重圧も消え去った。
パレエスが空を見上げた先、そこに答えがあった。
「ジュス、ティーヌ……?」
無垢なはずのジュスティーヌが、光力障壁を張って光柱を受け止めていた。
まるで、パレエスを庇っているかのようだった。事実、その通りなのだろう。
三対の翼を広げ、光輪を輝かせ、守るべき弱者を守っている。
その後ろ姿は、昔と全く変わっていなかった。
「そんな! 何を馬鹿な事をやっている!? ジュスティーヌ! 君はそんな事をしちゃいけない!」
パレエスの絶叫。光を受け止めるジュスティーヌの身体は、翼の末端から少しずつ崩壊していた。
彼女を守らねばならない。レノは固有スキル【神愛の守り】を発動しようとして、クールタイム中だったのを思い出した。イリハが遠隔で結界を張るが焼け石に水。皆、自分の身を守るのに必死だった。
他方、エリーゼは呆然と空を見上げていた。光柱を、その魔力を。
「ジュスティィイイイイイ!」
翼が広がる。パレエスが飛び出した。
体当たりするようにしてジュスティーヌを退かし、彼女に代わって渾身のバリアを生成し、受け止めた。
防ぐ。防ぎきれない。悍ましい魔力が防御越しに身体を侵していく。無敵に近い耐性を持つ熾天使の身体が、少しずつ壊死していた。
だが、不思議と痛みはなかった。
「逃げろジュスティーヌ! こんな危ないところにいちゃいけない! 今すぐ安全な! ぐぁあああああ!」
身体が崩壊していく。それでも尚、パレエスは致命の光を防御し続けた。
自身の霊廟の前、無垢のジュスティーヌは、そんな彼を見上げていた。
やがて、光が収まる。
パレエスの身体は、まるで死体のようだった。
片目は焼け爛れ、両腕は炭化し、辛うじて残っていた翼は一枚だけになっていた。
「はぁ、はぁ……! ジュスティーヌ……! 無事で、よかった……!」
そして、光輪が消えた。
墜落し、仰向けに倒れる。
同じくボロボロのジュスティーヌが瀕死の彼に這い寄り、覗き込むような姿勢で頬に手を添えた。
パレエスの顔に涙が落ちる。邪悪な熾天使の双眸は、元の色を取り戻していた。
「げほっ! ごはぁ……し、心配してくれるのかい? ははっ、やっぱりジュスティーヌは優しいなぁ」
熾天使が光に還っていく。
光の粒が舞い上がる。その様子を、無垢の天使は見守っていた。
「全然、あの頃と変わってないや……」
災厄の使徒、パレエスは散った。
聖女の霊廟に静寂が落ちる。
熾天使パレエスの討伐は成ったのだ。
けれども、新たな使徒が現れた。
何故、使徒と分かるか。それは、その身から放たれる異常な瘴気が為である。
イシグロ達が見上げる先、舞い降りる影あり。
左右の竜角。大きく広げられた翼。漆黒の、鱗鎧。
世界最強の戦闘種族――竜族だ。
「そんな、まさか……」
呆然と、エリーゼが言葉を漏らす。
信じられないものを見たような声音で。
「お父様……」
竜の使徒の兜が、魔力の残滓となって解けていく。
そうして露わになったのは、芸術品のように整った男の顔だった。
髪がなびく。瞼が拓く。男の双眸は、災厄の使徒たるを明瞭に表していた。
「久しいな。エリーゼよ……」
低く、いっそ傲慢なほど落ち着いた声が響く。
その声に、気配に、魔力に、誰しも目を奪われた。
生物としての、格の違いによって。
「我が財宝を取り返さんが為、奈落の底から舞い戻ったぞ」
傲魔竜アヴァリ。
当代最強の竜が、この世界に再臨した。
災厄の使徒として。
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