【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
何なら結構前のエピソードでメロブ祭特典の内容に触れてますしね。これに気付いた人いたら凄いなって。
今回は一人称、イシグロ視点です。
よろしくお願いします。
聖地サベイピアは雲の上に浮かぶ空中要塞であり、聖女ジュスティーヌの霊廟はサベイピアの中心に設けられた陽だまりの庭園である。
見上げた先、精緻に切り取られた青空に、翼を広げた人影があった。
暗銀を思わせる、黒い鎧の竜族だった。可視化される程に濃密な魔力が陽炎のように揺らめいている。その瞳の中心には、使徒パレエスと同じ鬼火が灯っていた。
誰憚る事なく、瘴気を纏う竜が霊廟に降り立つ。
使徒殺しの使徒に注目が集まる。居合を構えて硬直するノエミの肩を、ヘルガが震える手で押さえていた。
熾天使パレエスと比較して尚、格の違う存在が現れた。
傲魔竜アヴァリ。
当然、知っている。エリーゼの実の父だ。当代最強の魔導士と言われていたそうだが、幻魔竜兄弟に敗れてこの世を去ったはずである。
最強議論の理屈で言えば、二対一とはいえ幻魔竜兄弟に負けた時点で聊か格落ちする。とはいえここは現実で、そんな単純な計算で人の強さが決まる訳はない。
ないが、だとしてもラリス王のような最上位層には届かないだろうとは思っていた。
だが、実物はどうだ。
数多くの強敵と戦い、それでも尚届かぬトップを知っている俺をして、タイマンでは絶対勝てないと確信できる。
泰然自若とした佇まい。強者特有の圧。何より、魔力。桁、出力、精密動作性。どれを取っても最上級。竜族じゃなくても感知できる。ザラついた、火傷しそうな程の剣呑さを。
仲間の誰かが息を呑んだ。
俺は剣を強く握り、無意識に皆をかばっていた。
目を見開く。額から汗が流れ、顎を伝って地面に落ちる。
傲魔竜と戦うくらいなら、パレエスとタイマン張る方が万倍マシだ。心底、そう思った……次の瞬間である。
「……というのは半分嘘だ。貴様等と殺し合うつもりはない。先に話をしようではないか」
そう、誰かが言う。目の前の竜族だった。絶望的なオーラを放っていた傲魔竜アヴァリが無抵抗を示すようにホールドアップしていた。
俺、唖然である。垂れ流されていた瘴気が霧散し、魔力はかき消え、引き締まっていた表情が緩んでいる。
ただ、災厄の瞳だけが、先と変わらず揺らめいていた。
「この瞳から分かるように、私は屍王を名乗る災厄によって蘇らされた。使命に準じる傀儡としてな。死したはずの私が意識を取り戻した時、私の魂には奴からの命令が刻みこまれていた。ご丁寧に、今の世界についての情報もな。把握し、理解し、背く事にしたのだ」
ぽかんとする一同。なんとも言えない空気の中、災厄の使徒は話を続ける。
判断と展開が早い。復活後すぐ裏切りとは……いや彼視点だと裏切りではなく反逆なのか。
であってもだ。彼が災厄の使徒である事は確定である。彼の話を真に受けないよう、努めて警戒しなければ。
「屍王とやらの目的は知らん。興味もない。だが奴は私を、傲魔竜アヴァリの死を愚弄し、魂を汚辱した。到底許せぬ。叶う事なら私手ずから殺してやりたいところだが、残念ながらこの身ではどうにもならんのでな。邪魔をする事にしたのだ」
警戒は解かないが、どうしても嘘を言っている感じはしなかった。
竜族は感情を隠すのは得意でも、己を偽るのは苦手である。いや嫌っている。それは種族由来の傲慢さか、あるいは生来の不器用さから来ているのかは知らないが。
ともかく、今の傲魔竜が屍王の邪魔をしたいのは本当らしい。一応、頭に入れておく。
「で、だ。私に刻まれた命令というのが、貴様だ。イシグロ・リキタカ」
「お……私ですか?」
「うむ。当代の災厄は貴様の死を望んでいるらしい。理由は知らんがな」
情けない事に、名指しされて身体がビクッとなった。
俺が屍王から狙われているのは、まぁ残念でもないし当然だと思う。無自覚だったとはいえ今まで陰ながら邪魔してきた訳で、何ならクニュフが戻ってきたのも俺のせいなのだ。直近では【流し打ち】でダメージ与えたしな。
その刺客がエリーゼの父で、当の本人が裏切り宣言してるあたり何とも言えないが。屍王って奴は刺客を見る目がないのかもしれない。
「安心しろ、私にその気はない……が、どう足掻こうが私は奴の傀儡だ。今はまだ制御できているが、気を抜くと主導権を握られてしまう。熾天使パレエスも似た状況だったのだろう。無意識に従い、無自覚に抗っていたようだが。いやはや、狂人とは実に愉快なものよな」
どうやら、災厄の使徒はある程度の自由意思こそあれ、目的および命令には忠実であるようプログラミングされているようだ。
先述の復活時にインストールされる情報というのは、パレエスがアスモデウス号の事を知っていた事から一応の納得はいく。
「そこでだ、イシグロ・リキタカ。貴様には私と決闘をしてもらう」
「け、決闘ですか」
「うむ」
今度は決闘ときた。マジで展開が早い。
未だ混乱する俺を追いて、エリーゼ父は話を進める。
「忌々しい事に、この私であっても使徒としての使命に真正面から反するのは不可能だ。魔物が人を襲うのと同じで、そういうモノとして作られている。できぬ事、言えぬ事は多い。しかし、やり方を選ぶ権利はある。だからこその決闘だ」
「いや、あの、できれば別の方法を……そもそも決闘をする理由が」
「受けてもらうぞ。さもなくば暴れる」
「えぇ……」
圧が強い。なんというか、人としての圧が強い。
激強ドラゴンと好き好んで戦いたくなどない。決闘も同様だ。できればもっと穏便にいきたいところだが……。
「決闘のルールは
「まぁそれはそうですが……」
「私を認めさせる事でも、貴様の勝利としようか」
とにかく決闘は嫌だ。他にもっと方法を……そう彼を止めようとして、俺が止まった。
彼の目を見て、彼の言葉を聞いて、俺は彼に申し込まれた決闘について真摯に受け入れざるを得なくなった。
それは、男が男に向けた言葉だった。
「当然、私と貴様で一対一ではない。一党ではないぞ。貴様と共に戦う全ての勇士でかかってくるがよい。ほれ、そろそろ来るではないか」
その時、アヴァリさんは遠く空を見上げた。遅れて、強者の気配が近づいてくる。
空から仲間がやって来た。ラドゥ公爵、騎士団。ニーナさん達といった冒険者達も一緒である。
「今参ったぞイシグロど……何だこれは!? 何なのだ?」
「我が名は傲魔竜アヴァリ。今から黎明と決闘を行う。良い眼だな、気に入った。貴様も混ざれ」
「どういう事だ!?」
俺の仲間達が次々と集まってくる。皆困惑していた。当たり前である。対し、傲魔竜アヴァリは逐一律儀に説明していた。
遅れて気付いたが、俺の敵味方反応レーダーから敵の反応が消えていた。パレエスが死んだ事で傀儡天使もいなくなったのか。ていうかアヴァリさん敵判定じゃないのか。
「ほう、貴様がレギーナか。本当にエリーゼにそっくりなのだな」
「そうだけど……あなた誰? 何故、私の名前を知っているの?」
「此処に来る前に一族のところに戻ってな。その時にテレーゼから聞いたのだ」
「そ、そう。あなたは、私が疎ましくはないの?」
「戯言を。私の血を継いで生まれた命なら、それは等しく至宝である。寿ぎこそすれ疎むなど、あり得んな」
「そう、なのね……」
「むっ……よく見れば貴様、花冠竜の係累か」
「え、ええ……まだ状況が分からないのですけれど、わたくしは花冠竜オイゲンの孫娘、蜜竜クラウディアですわ。災厄の使徒相手に挨拶とかしちゃったりして、よかったのかしら」
かと思えば、なんか俺達そっちのけでコミュを発生させていた。
さっきまで命がけで熾天使と戦っていた天群雲も混乱している。警戒を維持するように指示を出したが、俺だってどうすればいいかわかんねぇよ。
「な~んかめっちゃ話進んじゃってるッスけど、マジでやるんスか? 決闘」
「殺し合う気はないとか言ってますけど、そもそも使徒の言うこと信用していいんですかね? 皆さん彼の圧に中てられてません? ラリス人強者好き過ぎでしょう」
「そういう話では……ありそうなのが怖いですね。なんだか気が抜けてきました」
「カムイバラにもいたのじゃ、ああいう押しの強い御仁」
「ん、それよりジュスティーヌ様が心配」
混乱、混迷、混沌である。イリハとグーラは耳を垂れさせているし、ユゥリンはさっきまでガチギレしていた反動か一周回って眠たそうだ。とりわけエリーゼは絶賛困惑中である。さもありなん。アヴァリ・リアリティ・ショックを受けてはなさそうなのが幸いか。
ジュスティーヌ様はというと、ボーッと空を見ていた。一応、治癒をかける。使徒の攻撃をガードしたのだ。瘴気も抜かねばと思ったら、その身に瘴気は籠っていなかった。
「失礼、イシグロ殿。さっきサベイピアの中枢に入って、王都へ向かってるのを止めてきたでござる。ひとまず安心でござるよ」
「あ、すみません大事なとこ任せちゃって。ありがとうございます、シュロメさん」
「にしても何か変な空気になってるでござるな。誰でござるか、あの御仁は。如何にも災厄の手先って感じでござるが」
それはそうとサベイピアは止まった。これ以上、王都に近づく事はあるまい。とりまクエストクリアだ。
代わりに追加クエストが発生しているが。
「よし決まりだ! これより! アヴァリ決闘祭を執り行う! 我こそ新たな竜殺しという勇士は、私のもとへ集え! 傲魔竜の復活を祝し、盛大に戦おうではないか!」
そうして、災厄の使徒との尋常な決闘――アヴァリ決闘祭が幕を開けるのであった。
〇
雲の無い空に、色とりどりの花火が打ち上がっている。
打ったのは傲魔竜アヴァリで、上がっているのはそれっぽい魔法である。無駄に洗練された無駄のない無駄な高等魔法だ。少なくとも俺には真似できない。でもいつか習得したいと思う。お誕生日会とかに使えそうだ。
アヴァリ決闘祭の準備は、恐ろしい程のスピードで進んでいった
つっても何を整えた訳でもない。霊廟の上、空中要塞サベイピアの屋根や尖塔部分に参加者が上っただけである。
祭の参加者は、使徒パレエス戦で瘴気傷を負った者を除く討伐隊の殆ど全員だ。ウェルン島では救護班や後詰部隊がスタンバっている。前者はともかく、後者はアヴァリさんのせいで動けないでいる。言外に「決闘の邪魔したら殺す」という意思を感じるのだ。
いずれにせよ、使徒と化した竜族をどうにかせねばならないのが現状だった。
「うぉおおおオレはやるぜオレはやるぜ!」
「そうか、やるのか」
「やるなら、やらねば」
祭の参加者は皆やる気満々だった。
パレエス討伐隊に選抜されるだけあり、此処にいる冒険者は一部例外を除き強者との戦いが好きなのである。模擬戦常連のニーナさんを筆頭に、うちの若い衆も笑顔で武具を整備していた。
他方、草薙は全体的にローテンションだ。博愛主義者のレノは言わずもがな、パレエス戦で感情ゲージを使い果たしたユゥリンは槍を片手に大欠伸をかましている。普段なら鼻息を荒くするであろうエリーゼも、なんだか複雑そうな顔で父親を見ていた。さもありなん。
「よし……!」
俺はというと、頬を叩いて無理やり気合を入れていた。
腹から湧き出る殺意こそないが、全身を駆け巡る戦意なら存在している。俺はそれを強いて奮起させていた。
――私を認めさせる事でも、貴様の勝利としようか。
目は口程に物を言う。
あの時、傲魔竜アヴァリは他ならぬ俺に何か強い意思を伝えようとしていた。
曰く、使徒には行動や言動に制限があるという。であるならば、これは無意味な決闘ではないと確信できる。
災厄の使徒を信頼しているのではない。俺はエリーゼの父を信じる事にした。母親は……マイ・ペンライ。
「銀竜一族に迎えられる前は何度もやっておったのでな。久しぶりの決闘を前に心が躍っておる」
「お手柔らかにお願いします」
また、この決闘にはラリス式の契約書を用意する事にした。小さな穴も抜かれぬよう、それはもうガッチガチに。
アヴァリ決闘祭の内容は、こうだ。参加者は頭部に攻撃が当たる事で脱落とし、どちらかの側が全員脱落する事で決着とする。ざっくり言うと全滅頭部サバゲー方式だ。
火力より弾数が重要な角撃戦では、アヴァリさん側が圧倒的に不利である。彼が本当に公平に決闘したいなら、せめてもう少しルールを修正すべきだ。しかし彼はこれでいいと言う。
あまつさえ、アヴァリさんを認めさせる事でも俺の勝ちにしてくれるらしい。随分とファジーな特殊勝利だ。だが、むしろ、だからこそ、決闘らしからぬこの追加ルールにこそ、真の勝利があると踏んでいる。
だったら、ノリで始めてなーなーで終わらせるべきではないだろう。パレエス戦と同等の気概で挑まねば。
「え~、ごほん。それじゃあルール説明するでござるよ~」
全ての用意が整ったところで、決闘開始の宣言が始まる。森人醤油忍者シュロメさんが審判だ。
アヴァリさんチームは一人だが、黎明さんチームは銀細工級が大量である。特異個体の魔物でも討伐するような戦力だった。
「この決闘は、先に頭部へ攻撃を当てた側が勝者になるでござる。また、傲魔側がイシグロ殿の力を認める事によっても決着するでござるよ」
俺達に制限らしい制限はない一方、アヴァリさんは自身の権能である“呪詛”と災厄の瘴気は使用禁止という事になっている。呪詛も瘴気も致命傷に繋がるからだ。
「では、互いに名乗りをお願いするでござる」
ルール確認の後、アヴァリさんが前へ。俺も集団を代表して前へ出る。
彼の後ろには誰もいない。俺の後ろには沢山の戦士が今か今かと決闘開始の宣言を待っていた。
「我が名は、アヴァリ・ミラヴィーカ・フェリクシア。名もなき竜の子。深き闇夜に生まれた竜。貴殿等に決闘を申し込む」
「応じます。イシグロ・リキタカ。ラリス王国、王都アレクシストに居を構える冒険者」
「双方、何を賭けるでござるか」
「戦の誉れと、悦びを」
「同じく」
「え~っと次は……双方、礼!」
決闘時における竜族式の名乗りを行う。一礼し、俺はゆっくりと武器を構えた。
背後から得も言われぬ気の高まりを感じる。ルクスリリアは魂から鎌を呼び出し、イリハはゆっくり抜刀した。エリーゼもまた、戦いを前にしたいつもの表情で王笏を構えていた。
アヴァリさんは無手だった。本来は杖を使うようだが、色々あって用意できなかったらしい。
沈黙が流れ、冷たい風が吹き、緊張の糸が張り詰める。
起動した戦意が温まり、否応にも勝ちを狙う意思力が高まっていく。
否、勝つのではない。認めさせるのだ。
「はじめ!」
やがて、決闘が始まった。
瞬間、背後から圧が膨れ上がる。鼓動、足音、鬨の声。その勢いは戦国作品の合戦シーンさながら。
細かい事は言わない。戦士達はただ前へ飛び出した。
「来たぁああああ! これに勝てばドラゴンスレイヤー! 一番槍は“剛剣鬼”のラフィ様がもらったぜぇえええ!」
真っ先に飛び出したのは鬼人剣士ラフィさんだ。彼を筆頭に、最前列にいた血気盛んな冒険者が駆け出していく
作戦は決めたはずだが、こういう時の冒険者は言う事を聞かない。こうなる事は分かっていた。俺達は邪魔にならぬよう散開し、一番槍の誉れを譲る。
「皆、前衛を援護しろ! 威力は要らねぇ! 邪魔にならねぇ程度にぶっ放せ! 前衛は包囲陣形! いくぞ!」
天群雲ヘルガが叫び、同盟の後衛組は支援魔法と援護射撃をブッパ。魔法の矢襖が傲魔竜へと殺到する。
ただ勝つだけなら、魔法攻撃力は然程いらない。とにかく角に当たればいいのだ。強いて言うなら魔力障壁を破る為の貫通属性が欲しいところだが、その程度は当然付与してある。
「はははっ! その意気やよし! 思う存分とはいくまいが! せっかくの決闘、存分に楽しもうではないか!」
対し、アヴァリは自身に当たる矢だけを【魔力の盾】で【弾き返し】ていた。
魔力任せに全身バリアをすればいいものを、術者一人につき一つのビット・バリアを展開して防御したのである。あまつさえ展開された【魔力の盾】は手のひらサイズである。
ちょっと、おかしい。そのつもりはなかったが、俺は彼を舐めていたのかもしれない。なまじヘカテ教授から魔術を習っていた分、今のアヴァリさんの魔法制御にはド派手に度肝を抜かれた。あんなの誰が真似できるのだ。
「それ、お返しだ!」
続けて、迎撃魔法が解き放たれる。自身の周囲に魔法陣を展開し、そこから種々様々な魔法が発射された。ヘカテ先生の魔法史学で聞いた事のある、古い竜族の魔術だ。
火水風雷土闇光……視界いっぱいに虹の弾幕が広がった。一人を軍で押しつぶそうとしていたつもりが、寡兵で要塞に突っ込んでいく様相に早変わり。詠唱はどうなってんだ詠唱は。
「魔力障壁は張るな! 普通に食い破ってくるぞ! とにかく回避優先だ!」
「承知しまし痛っ……くないですね。ついいつもの癖で試しに当たっちゃいました。すみません、ニーナ抜けます」
「何で見え見えの攻撃当たってるんですの!? えぇいこうなったら今必殺のぉ!」
見れば、傲魔竜の魔法はウミヘビのようにぐねぐね曲がり、参加者の頭部目掛けて突っ込んでいた。ウミヘビ・ビットは相殺目的の迎撃魔法を避け、振るわれた武器を掻い潜っている。一つだけではない、全ての魔法がだ。
決闘形式は角撃決着。どんな弱攻撃でも頭に当たれば敗北する。逆に言うと、身体に当たっただけじゃ脱落判定にはならない。俺達は追尾魔法が頭部に当たらぬよう慎重に立ち回った。
「届いたぜぇ! オレの剣がぁ! どりゃあああ!」
「いい腕だ。が!」
「ぐふぉ!」
やがて魔嵐弾雨を掻い潜り、頭以外をボロボロにしたラフィさんが竜の元へと辿り着く。
鬼人剣士が渾身の剣撃を振るうも、対する傲魔竜は追従魔法陣から居合のように【魔力の剣】を抜き打ち、後の先を取って鬼角をぶっ叩いた。角の折れたラフィさんは盛大に吹っ飛び、気を失って脱落した。ご丁寧に非殺傷設定だ。
鬼人に続き、剣の嵐が竜に迫る。裂けんばかりに笑む竜はその一つ一つを丁寧に潰し、いなし、反撃していた。その間も魔法の雨は降り続け、降らせ続けて援護を相殺。飛んで火に入る夏の虫。竜が火で戦士が虫だ。
傲魔竜はこれで飛車角落ちなあたり、二人がかりとはいえ何で幻魔竜兄弟が勝てたのか不思議である。
「悪くない! 悪くないぞ災厄狩りの勇士達よ! 死した後にこのような戦を味わえるなど思ってもみなかった! ああ、実に楽しい!」
まさにドラゴン無双。いや、どちらかと言うと大規模レイドのボスだ。
足切りの後は正々堂々。地上近接には地上近接で、空中遠隔には空中遠隔で。当代最強と名高い竜族はあえて相手の土俵で戦い、正面からぶちのめしていた。
傲魔竜からの魔法は必ず回避できるルートが見て取れ、回避されたらもっと難易度の高い魔法を撃っている。エリーゼと同じ、蹂躙大好きドラゴンなのだ。
「……いや縛りプレイか」
「縛りプレイ? エッチな話ッスか?」
……と思ったが、彼の表情を見て、そうではないと思い至る。
傲魔竜アヴァリは、あえて自身に縛りを設け、その中で全力を尽くすのを楽しんでいるのだ。
勝つのが好きなのではなく、戦うのが好き。傲魔竜アヴァリとは、チート能力持ちの戦闘狂なのである。
「なら、せいぜい利用させてもらうとしよう。行くぞ皆」
「了解です! エリーゼは大丈夫ですか?」
「誰に向かって言っているのかしら」
俺達もボーッと眺めていた訳ではない。突撃した前衛や迎撃された魔法等を観察して、勝ち筋を探っていた。
そろそろ本気で角を狙う。本気で戦ってほしそうなのだ。認めさせねば無作法というもの。
「来たか! 待っていたぞ! 黎明の剣捌きを見せてみよ!」
編隊機動で接近すると、傲魔竜は凄絶な笑みと共に魔法陣を向けてきた。
やがて追従魔法陣は移動し、連結し、ガトリングのように回転しながら馬鹿げた弾幕を解き放つ。それだけではない。俺達の周囲にも竜族式魔法陣が出現し、落ちる雷と上る雷が進路を塞ぐ。弾幕シューティングでもやってる気分だ。
けれどもだ。この程度の妨害、ファンリー戦で経験済みである。俺は邪魔な危機察知チートを外して先陣を切り、ルクスリリアはアクロバットで避け、エリーゼは全身バリアで身を守りつつ接近。アヴァリさんニコニコで草。
「【
「むっ? なんだこれは? 見た事ない魔法だ。土、鉄……いや、クーシェン竜の貫き手のような打突感。面白いな。しかし何故回転を?」
射程に入る。エリーゼ達の魔法に合わせ、俺も精度重視の実弾を発射。すると竜は防ぐでも回避するでもなくつまみ取り、指に挟んだ弾をしげしげと観察していた。
「概ね把握した。つまり、こうか」
「ぬぉ!?」
と思ったら指鉄砲で実弾魔法を撃ってきた。剣でガードするも不意打ち過ぎて体勢が崩れる。
ともかく草薙も乱戦参加だ。まだまだこっちには味方がいるのだ。即席の連携、即席の援護。近接も遠隔も入り乱れ、サベイピアの空に実弾魔法の発射音が響き渡る。
「しかしコイツは燃費が悪いな。もっとこう改良の余地があると思うのだが……まぁよい」
「余裕そう! ですねぇ!」
「楽しんでいるのだ。戦いは負けるかもしれんからこそ面白い。そうは思わぬか」
言いつつ、祭開始前にぶっ放していた花火魔法を打ち上げるアヴァリさん。聖地の空に再び花火が咲き乱れる。ゴキゲンな魔法だ。
「下手に角を狙うな! 物量で圧倒せよ! 今だ!」
「はははは! 想定内想定内!」
騎士団に指示を出すラドゥ公爵。楽しんでいるのは主催者だけではない。参加者も笑顔で武器を振るっていた。
お互い真剣なのだが、そこに敵意や害意などは見受けられない。本当に災厄の使徒と戦っているのか分からなくなるスポーティさが、そこにあった。
「やぁああああ!」
「なんと! 私の魔力障壁を! しかも剣で! おぉ素晴らしい! 素晴らしいぞ! 娘よ、名は?」
「え? あ、グーラです!」
やがて、皆の顔にも笑顔が見られるように。
気付けば俺も高揚していた。体育の時間にやってたバスケを思い出す。勝たねばというより、勝ちたいという気持ちが強まってきた。
「この距離なら防げないでしょう!」
その時、戦場に空いた隙間を埋めるようにエリーゼの二重【魔導吹雪】が解き放たれた。しかも“呪詛”のおまけ付きだ。
父はそれを真正面からガードした。エリーゼの呪詛は魔力障壁を食い破る。そのはずだが、破りきれない。何故だと思い、すぐに気づく。傲魔竜アヴァリは脆くて薄い障壁を過剰なくらい多重に生成し、呪詛の浸食を遅らせていた。少し種類の違う笑顔が娘に向けられる。
「どうしたエリーゼ! それはお前に宿る権能の半分なのだろう? 父にも真の力を見せてみよ!」
「お望みとあらば!」
続いて発射された【殲滅極光】には、母譲りの“祝福”が籠められ、それは呪詛対策された障壁を消し飛ばした。
光が収まる。案の定、傲魔竜アヴァリは無傷だった。翼を広げて回避したのだ。翼膜からジェット噴射のように魔力を出し、出力任せの超高速移動を敢行し始めた。
「なるほど良い力だ! 見出せなんだ己が憎い! しかし道具が追いついておらんな!」
「代わりに最高の仲間がいますのよ。今!」
「恨まないでくれよな! いけぇルーン・サンダー!」
逃げる竜族に、これまでじっと隠れていたシャーロットがルーンの雷を発射した。
完成型ルーン・サンダー。回避不能の鬼追尾に加え、ヒット後確定でスタンが入るクソ技だ。これを【魔力の盾】で受けた当代最強魔導士は、ビリッと感電して硬直した。
「はっはぁ! 全く動けん! これがルーン魔術か! 解析してもまるで意味が分からんぞ!」
「今だ狙い撃て!」
「しかし抜け道はある! はぁッ!」
痺れの隙にユゥリン達が攻撃するも、魔導士竜は鎧をパージして回避した。
鎧の中から出てきたのは、ジャケット&パンツのスーツスタイル・ドラゴンだった。ネクタイまで絞めてて実に渋くていらっしゃるが、彼が着るとビジネスマンというよりマフィアって印象である。
「どうだ、似合うだろうエリーゼよ」
「似合っていますが何故スーツを?」
「城にあったのだ。長の物らしいが、竜族らしく略奪してきた。さぁて、装いも新たに続きをしようではないか」
スーツスタイルは第二形態と言わんばかり。不動だった先ほどとは打って変わって高速空中バトルが開始される。
傲魔竜の翼はあまりにも速かった。けどすばしっこくはなかった。小回り重視で飛んでる俺とは異なり、向こうは大排気量エンジンにモノを言わせて雑に飛んでいる。俺の足じゃ追いつけない。
が、こっちにはそれ以上のスピード・ドラゴンがいるのだ。
「先に言っておくわね。私の権能は“虚無”。触れたものを無に帰する。だから下手に防ぐと危険よ」
「優しい子だ!」
レギーナだ。速度でも旋回性能でも勝る彼女の剣が傲魔竜の剣と重なった。
刹那三閃、傲魔竜の翼が斬られる。片翼となってフラつくアヴァリさんだが、すぐに再生が開始された。殺到する追撃魔法も追撃剣撃も【魔力の盾】で悠々防御。己の障壁には絶対の自信があるようだ。
「ぐぅっ!? なんだ、この矢は……?」
その時、一本の矢が防御の隙間を縫ってアヴァリさんの腕に突き刺さった。
すると、再生しかけていた翼が逆再生するように崩れていき、残っていた片翼も魔力の塵になっていった。彼からは初見だが、俺達には既知だ。射手も、毒の持ち主も。
「わたくし、蜜竜クラウディアの血を塗った矢ですわ! 射手の名はアガフィ様! ぜひぜひ覚えておいてくださいましね!」
「珍しいな、異能か。それも竜殺しの血とは。確かに角も翼も機能せん。だが、この程度の逆境!」
続くレギーナの刀を白刃取りし、ゼロ距離魔法で脱落させる。天群雲半竜姉弟の連携を翼に頼らぬ【魔力飛行】で回避し、クラウディアの蜜を【魔導吹雪】で凍らせる。
逆境になるにつれ、アヴァリさんの動きは洗練されていった。特別な技は使っていない。ただ技巧が飛びぬけている。研ぎ済まされていく。
手負いの竜。逆境こそが彼の本領だった。
「ああもう攻めきれん……!」
剣が、魔法が、連携が、あと一歩届きそうで届かない。
そうしているうちに、俺の仲間はどんどん脱落していった。このままでは数の利すらなくなってしまう。
「黎明の。やはり未来に囚われているな。一日中、寝ても覚めても敵のことばかり考えておる。我が娘という者がありながら」
「なにを……」
「そんな体たらくで! 認めてやる訳にはいかんなぁ!」
父からの魔法パンチ。空手技で受け、膝蹴りを返す。距離が開く。魔法を撃ち会う。まるで踊りのような戦いだった。
なんだかバシッと決まった感覚。一瞬、相手が災厄の使徒である事をマジで忘れてしまった。
視線が交錯したその時、彼の瞳に俺が映っていた。
「意地でも認めさせますよ、お義父様……!」
「そう来なくては!」
にやりと、アヴァリさんがさっきまでとは別種の笑みを浮かべる。
戦いが苛烈さを増していく。仲間達が挑み、一人一人墜とされる。ラドゥ公爵は蹴りを食らい、ヘルガは回避先に仕掛けられていた機雷魔法に引っかかり、クラウディアは追尾魔法の餌食になった。
「すみません、ボクも離脱します!」
「同じくです。嵐極拳の弱点見たりですね。次までに改善しときますんで」
「いいや見事な武であったぞ。なんだ、黎明の近くには才ある者が集まってくる法則でもあるのか。英傑ばかりで羨ましい」
そして、草薙からも脱落者が出始めた。
残る草薙は俺とルクスリリアとエリーゼとイリハの四人。戦力は減った。だが、ここにきて勝ち筋が見えてきた。
「エリーゼ、あれをやるぞ」
「ええ。よくってよ」
「策があるようだな。ならば正面から打ち破ってみせよう!」
俺は収納魔法から攻撃特化打刀“橘”と防御特化脇差“湊”を取り出し、二刀流を構えて単独で空を駆け出した。
魔法弾幕が迫る。援護はない。ひたすら直進し、脅威を湊で払い、虚空を斬り裂き、突き進む。
「【
加速する。間合いに入ったところで湊を手放し、橘一刀流で斬りかかる。
当然のようにガードされた。視線が重なる。擦過、身を捻って生成した空中足場を蹴って後ろへ。反撃を避けつつ再攻撃。新たな障壁。魔力感覚で予知されている。構わず斬り、攻め続けた。
斬る、斬る、斬る。ひたすらに攻め、相手に防御を強要する。ホントに久しぶりに開帳した、俺氏初めての必殺技。名付けて……!
「魔剣……【朱鷺流れ】!」
対人魔剣【朱鷺流れ】。要するにジョインジョイントキィなガン攻め技だ。
似たような技に【超級炉神破斬】があるが、あっちは攪乱でこっちは攻勢。要するに必ず殺す技なのである。
「うぉおおおおおおおおおおおおおお!」
「はははははっ! 早く決めねば蜜の呪いが解けてしまうぞ!? もっとだ! もっと私を楽しませろ!」
加速。更に加速していく。限界を超えて加速する。【朱鷺流れ】を編み出した時とは、その速さと完成度に雲泥の差が存在する。決着の時まで攻め続けられるのだ。
相手の狙いはわかっている。初見の【朱鷺流れ】を見切り、攻略し、カウンターを合わせようとするはずだ。何故なら、そっちのが気持ちいいから。
エンジョイ勢のアヴァリさんなら、必ず気持ちよくなれる方に全賭けする。それが一世一代の戦いの最中でも。たとえ、災厄の使徒として殺さねばならない相手を前にした状況でも。
「そこだ!」
刹那、俺が見せた隙に【魔力の剣】が差し込まれる。
完璧なタイミング。バシッと決まった感覚。お互いに、今めちゃくちゃ気持ちよくなっていた。片や戦闘者として、片やエンジョイ勢として。
思考が駆け巡る。
剣士としての俺なら、【受け流し】からの反撃で角を狙う。
冒険者としての俺なら、【魔力の盾】でパリィを決める。
前衛としての俺は、盟主としての俺は、英雄としての俺は、どうするべきなのか。
いずれにせよ、やりようはある。現状に限れば、勝ち筋自体は無数に存在した。
だからこそ、俺はその先を往く必要があった。
「失礼します!」
「なにっ!?」
俺は刀を手放し、迫る魔力剣を前へ躱してゼロ距離へ。
そして、義理のパパを思い切り抱擁した。
ハグである。
空中で、ロリコンがドラゴンに抱きついている構図だ。
ふざけてなどいない。勝つ為に、こうしているのである。
「エリーゼェエエエエエ!」
抱き着いたまま、俺は妻への愛を籠めつつ全魔力を解放した。
竜族の角は魔力感知用の感覚器官である。加えて、鋭敏な人は魔力に流れる感情まで読み取れるらしい。では、当代最強の魔導士たる傲魔竜アヴァリはどうだろうか。恐らく、いや確実に最高レベルの感知力をお持ちのはずだ。
そこで至近距離でのラブ魔力放出である。体内および大気の魔力にロリコン・ノイズが走り、魔法の構築・発動・制御の全てを妨害できるって寸法よ。
「な、なんだとぉおおおおお!?」
結果、作戦は成功した。
アヴァリさんは混乱している。混乱しつつも全力で抵抗してきた。
彼の視線の先で、魔力剣二刀流のエリーゼが仲間からのバフを受け入れていた。
淫魔の加護を背に、天狐の神霊を宿し、己の翼で飛ぶ竜が、青い瞳で父を見据える。
「私達らしく行きますわ。お父様」
そして、飛び出した。
父へ向かって、俺へ向かって、真っすぐに。
その時、傲魔竜は静かに笑っていた。
「ヴィーカ流、【秋水】」
凛、と。
エリーゼの魔剣が閃き、父の角へと迫り……何も斬らずに、通り過ぎた。
「……なに」
一瞬の静寂。
俺もまた、義父を解放した。
拘束を抜けた竜はしかし、呆然と硬直していた。
勝負に負けた男の顔ではなかった。
「……何故、剣を外した」
「言っていたでしょう? 認めさせろ、と」
そうして、俺は近づいてきたエリーゼの手を取り、改めて義父と目を合わせた。
真の勝利の為、息を呑んでから口を開く。
「お義父様……他に妻のいる身ではございますが、未だ研鑽の途上ではございますが……どうか私とエリーゼさんの婚姻をお許し賜りたく、謹んでお願い申し上げます。必ず、エリーゼさんを幸せにします」
当代最強の竜は、僅かに口を開けて唖然としていた。
いい勝負をしてみせ、見事に勝ってみせ、予想を上回ってみせた。恐らく、そういうのが正解だったのだろう。
だから、更にその上を往く事にした。俺には俺のやり方がある。認めさせ方があるのだ。
「ふっ……」
ややもせず、傲魔竜アヴァリは小さく笑った。
成し遂げた男の、少し疲れた笑みだった。
「完敗だ。認めよう、娘への愛を。我が財宝、貴殿に託す」
その時、彼の瞳から災厄の鬼火が消失した。
エリーゼと同じ、夏空を閉じ込めたような瞳が、俺と娘を見ていた。
このようにして、災厄の使徒・アヴァリは討伐されたのである。
ワァアアアアアアアア!
遠く、サベイピアの上部で割れんばかりの喝采が響き渡る。
まるで応援していた野球チームが逆転サヨナラホームランを決めたような騒ぎだった。
俺も俺で、ようやっと戦いから解放された心地だ。
「はぁ~、こちとら連戦ッスよ、すっげぇ疲れたッス」
「パレエスとの戦いは神経擦り減ったからのぅ。ほんに」
「ところで、なんでエリーゼさんとリキタカさんはそのまま角に攻撃当てなかったんです? 結果的には降参してもらえましたけど、普通に勝つ事もできましたよね? あんなん向こうの胸先三寸。いわば賭けでしょう?」
「勝ち負けじゃなかったって事だろ。この決闘は」
「ん、終わった。ジュスティーヌ様が心配……ん?」
「普通に決闘を眺めていらっしゃったようですね。とにかくお元気そうで何よりです」
決闘が終わり、各々動き出す。現場スタッフがサベイピア内部に侵入し、戦後処理を始めた。
もう完全に祭が終わったテンションである。いやどっちかというと後夜祭か。見なして互いの健闘を称え合っていた。アヴァリさんとラドゥ公爵とか特に。
「いやはや見事であった。私の知らぬ魔術も見られて、実に面白かった。実に満足である。うむうむ」
なんて言いつつ、屈託のない笑みで背中を叩いてくる義父上。
見れば、彼の瞳の奥に消えたはずの災厄の火が再燃していた。やべぇ気ぃ抜き過ぎた。慌てて警戒レベルを引き上げたが、使徒アヴァリは安心させるように口角を歪めた。
「貴殿等に敗れた事で、暫くは人類を襲わんで済んだ。すぐ暴れ出すなどあり得んよ。一度負けたから撤退するという選択ができるようになった状況だな」
「暫く、ですか」
「傀儡故な。自由など得られる訳もない。ないからこそ、託すのだ」
言うと、彼はおもむろに自身の右角を握り、ボキッとへし折ってみせた。
次いで手にある角を握り込むと、開いた手の中から美しい結晶が現れた。あ、これ前に見たやつだ。
「私の角結晶だ。持っていくがよい」
グイと、半ば無理やり手渡される。
角結晶とは、竜族が認めた相手にだけ贈る自身の力の一部だ。友誼の証であり、武器の素材になったりする超レアアイテムである。
ようやっと、決闘の理由に思い至った。だから、決闘する必要があったんですね
「義父上が危篤なのだろう? これをお渡しせよ」
「えっと……渡すとは、どういう?」
「知らぬ。知らぬが、どうやら屍王の奴は私の角結晶が義父上に渡ると困るらしい。と、蘇りの際に覗いたのでな」
なんか重要情報がサラッと出たぞ。
てかこれ、ヴィーカさん復活フラグ的なものが立ったかもしれんのか。遅れて、勝利の達成感が湧いてくる。
「さて、もう時間がないな。私はそろそろ往くとしよう」
再燃した鬼火がさっきより強くなっている。本当にもう時間がないらしい。
「一体どちらに?」
「使徒狩りだ。決闘とはいえ戦いに負けたお陰で、仲間殺しが出来るようになったのだ。魔物の共食いと同じ理屈だな。せいぜい暴れ回って、最後は己で終わらせるさ」
言いながら、翼を広げる義父上。
屍王への反抗心は本物なのだろう。遊びのあった決闘時とは異なり、今の彼からは攻撃的な魔力が漏れ出していた。
「お父様……」
そんな彼を、娘が呼び止める。
身体ごと振り返る父。青い瞳が交錯する。エリーゼは言葉を選んで、意を決したように口を開いた。
「百年の間……私を守ってくださり、誠にありがとうございました」
「なに……?」
娘の感謝が予想外だったのか、父は驚いたように目を瞬いた。
青い眼の娘は、優しく微笑んでいた。
「お父様のお陰で、私は無事に生きる事ができました。お父様がくださった百年があったからこそ、私は彼と巡り会えました。そして、今度は私達の未来を切り開いてくださいました。感謝してもしきれませんわ」
百年の間、エリーゼは幽閉されていた。
それは、父が娘を宝物庫へ閉じ込める行為ではあったが、同時に娘を殺そうとする母から守る為の措置でもあった。実際、蛮族竜兄弟が来るまでエリーゼの身は無事ではあったのだ。そのあたりの事情は、母テレーゼから聞いている。
俺視点、思うところはある。言いたい事もある。けど、エリーゼからすると、父は最初から憎悪の対象ではなかったらしい。
「……エリーゼよ。生まれてから死ぬその瞬間まで、私は私の思うがまま生きてきたに過ぎぬ。己の過去を、死者を美化するのは止めろ。それは、お前がそう思いたいだけであろうが」
「ええ。竜族らしく思うがまま、感謝を申し上げているのです」
硬質な父の低声に、娘は柔らかく返していた。
対する父は言い返さず、がしがしと頭を欠いた。とてもおじさん臭い仕草だ。
「……まったく、親竜失格だな」
やがて、溜息を一つ。
蘇った傲魔竜は、遠く晴れ渡った空を見上げた。
「私はな、エリーゼ。私は私の思うまま竜として生き、誰より傲慢な竜として討たれた。満足して死ぬ事ができたのだ。誰が何と言おうが、我が生き様に悔いなどない」
だが、と。
宝を守れず死した竜は、父として娘と目を合わせた。
「お前は、私のようにはなるな。無様でも、滑稽でも、憐れでも、惨めでも、たとえどれだけ零落しようとも。竜としてではなく、人として、人と共に生きよ」
「……はい」
それは、親としての願いだった。
今まで、恐らくついさっきまで存在しなかった、彼の新しい夢なのだろう。
男が父になる瞬間にも思えた。ちょっと遅すぎる気もしたが。
「……さらばだ、エリーゼ。達者でな」
背中越しの言葉。
そうして、本当の意味で父親の自覚を持った傲魔竜アヴァリは、復活した翼を広げて飛び立って行った。
彼は振り返らなかった。振り返ると、傲魔竜らしからぬ顔を見られてしまうから。今さら、親らしい顔を見られるのが堪らなく恥ずかしいのだ。
当然、観測班は飛び発った彼の動向を監視している。
放置して人類に手を出したら困るからだ。そんで俺達は待機と、そういう流れだ。本来なら俺が介錯すべきなのだろうが、ちょっと今の俺には難しい。
「なんか、凄い人でしたね。尊敬とかそういうのじゃなくて雰囲気が。最後まで傍若無人で……」
「そうね、私も初めて知ったわ。お父様が、ああいう人だったなんて」
「そうなんですか?」
「ええ……」
風になびく銀髪を抑え、エリーゼが言う。
青い空の向こうで、鱗を纏わぬスーツ姿の竜が飛んでいた。
「思ってたよりは、普通の父親だったのね」
遠くに行った竜の背中を眺め、娘は父譲りの青眼を細めた。
〇
傲魔竜アヴァリが雷雲を抜けた時、その瞳には異常な光を放つ災厄の鬼火が再燃していた。
その身体からは、生まれ持った魔力と瘴気が溢れ出し、漆黒の煙として尾を引いていた。
理性を保っていられる時間は、残り僅かである。
「ふっ、私にしては甘い終わりであったな……」
自然と、口角が持ち上がる。
頭の中のざわめきを無視するように、アヴァリは先ほど戦った戦士達について思いを馳せた。
誰も彼も、想像以上の勇士だった。今回は遊びの決闘だったが、一度本気で殺し合ってみたい猛者ばかり。此度の決闘も概ね満足である。
特に、黎明と呼ばれる男――イシグロ・リキタカだ。ひと目見ただけでは分からなかった。だが戦ってみて理解できた。何故、屍王が奴を警戒しているのかを。
願わくば、自分も災厄に混じって奴と戦いたいとすら思ってしまった。
「首輪を緩める事はできたか。まぁよい。その辺はエリーゼ等がどうにかするであろう」
やがて、遠く地上に救世軍を名乗る災厄の使徒の群れを見つけた。
救世軍を率いているのは、元ラリス貴族の使徒に、元魔王軍の傀儡だった。どいつもこいつも、瘴気にやられて己を保てずにいる。実に憐れだった。
ちょうどラリス軍とぶつかる寸前のようだ。今ならまだ、人類を巻き込まずに済むだろう。
綺麗なまま散るには、なんとも都合がよかった。
「さぁて……竜として、無様に負けた責任を取るとしようか」
既に死んでいる身だ。これ以上の覚悟など必要ない。雲の上から急降下し、こちらに気付いて空を見上げた使徒に全身全霊の呪詛を籠めた魔法を直撃させた。
一撃だった。あまりにも他愛ない。我の無い戦士とはかくも脆いのか。この時点で、少しは存在した使徒への興味が薄れていた。
「き、きさま、何者だ……!」
「通りすがりのはぐれ竜だ。貴様等に名乗る名など無い」
降り立つと同時、青い眼の竜は致死性の魔法を解放した。
虚しい程の蹂躙だった。これだから安易に権能を使う気になれないのだ。使徒が死ねば次の使徒へ。飛んで飛んで、竜族らしく暴れ回る。
今のアヴァリは世を乱す邪竜そのものだった。気分は悪いが、いやがらせと思えば悪くはない。
「見ているか災厄よ! 怯えているか屍王よ! 宣言しよう! 今しも竜が貴様を殺すぞ! この傲魔竜アヴァリの認めし、新たなる真の竜がな!」
やがて夜が訪れ、月に向かって咆哮した。
誰憚る事なく、どこまでも傲慢に、身勝手に。
傲魔竜アヴァリは、最後の最後まで屍王に反逆した。
その日、突如として現れた竜族によって、災厄の使徒は一人残らず殲滅された。
その竜族は、救世軍の陣地に単独で突撃し、災厄の使徒を抹殺して回ったという。
やがて竜族は燃える月へと飛び、あらん限りの呪詛を吐き捨て、見せつけるように自身の心臓を握りつぶした。
災厄の使徒はいなくなった。
他ならぬ、エリーゼの父の手によって。
禍々しい呪詛で以て、未来を創ってみせたのだ。
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