【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。非常に助かってます。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。ありがたく使わせて頂きます。
今回も三人称。次回からはまたロリコン視点に戻ります。
前後編のこのエピソードは、あくまで主人公視点だと描写できない部分ってだけの話なので、以降本作はずっとこんなノリ中心でいくとかそんなんはないです。タイトル通りです。
――災厄。
遥か太古の時代、それは突如として顕現した。
第一の名を、大災厄。
王国が生まれる前の事だ。詳しい記録は残っていない。どこで何が起こったのか、何も分からない。
当時を生き延びた竜族は死に、上森人の王は忘却し、吸血鬼の姫は未だ眠りの中にある。
ただ、その結果だけは克明に記録されている。
いくつもの種族が姿を消し、竜族は大きくその数を減じた。
蘇った死者が生者を襲い、謎の奇病が蔓延した。
大地が枯れ、死の雨が降り、家畜が魔物に変じるようになった。
勇者が生まれるまでの千年。
世界は悪夢そのものだった。
以降、“災厄”と名の付く現象は千年を区切りに発生するようになった。
燃える巨人。
死を運ぶ虫。
第二の大災厄、破滅の流星。
まるで。人類を根絶やしにする意思でも持っているかの様に、災厄は容赦なく訪れる。
人類にとって、滅亡とは常に隣人なのである。
だが、人は抗い続けた。
かつて、災厄を討った英雄の背を見た民が、勇者に憧れた者たちが、永きに渡り希望の灯を継いできた。
弱くとも、戦えずとも、抗う事はできるのだ。
高度な占術。数をまとめる学門。種族が持つ異能。手を取り合い、知恵を結集し、人類は絶望と対峙し続けた。
その中心こそ、ラリス王国。勇者を祖とし、多くの種族をまとめ、強大無比な王を頂く最古の国家である。
勇者亡き後に結ばれた、王の盟約。
人間の王、獣の王、亜人の王、竜の王、魔の王、天の王。
災厄に対し、全ての王はこれを討つべく共に戦うのだ。
英雄は民を救う。
民は英雄を創る。
そして王は、全ての人類を守るのだ。
だからこそ、生まれてきた。
――ジノヴィオス。
またの名を、聖王子。
災厄を討つ為に作られた、贋作の勇者である。
「ジノヴィオス様~、侍従を使わずご入室する際はノックをするよういつも言っているではありませんか~」
「それは客がいる時だろう? ここには“仲間”しかいないじゃあないか。ああ、僕にも同じのを頼むよ、キルスティン。ラジアードさんも久しぶり、新しい武器はどう? デアンヌさんは一年ぶりだね、今日も良い魔力だ。ナターリアさんも元気そうで安心したよ。生まれたのは男の子? 女の子? きっと可愛いんだろうね。アリエル師匠もご壮健で何よりです。いい感じの弟子候補は見つかったかい?」
さっきまでの空気を吹き飛ばすように、嵐の様に現れた純白の王子は席に着くまでずっと口を開いていた。
声をかけられた相手も気軽に返答していて、凡そそれは王族相手の適切な態度とは言えないものだった。しかし、当の王子は寧ろ喜んでいる様だった。
「エレークトラさんも久しぶり、前に会ったのは姉上の近衛武技祭の時だったね。君の試合は覚えているよ、見事な槍捌きだった。結果は残念だったけど、今も研鑽は続けている様で安心した。そのまま精進して、いつか王位簒奪してみてよ」
「はい! え、あ、はい!?」
着席するジノ王子。いきなり名を呼ばれ、過去の敗戦まで覚えられていて、最後にごく自然に放たれた王族ジョークに、エレークトラの心臓は大いに跳ねた。
この王子は、本来エレークトラの様な普通の伯爵令嬢が茶を共にできる相手ではないのだ。
「試合? あぁ~、一党の選別か。オイオイ、まだやってんのかよあの制度」
「有益な伝統さ、続ける価値はあるね。酷だと思う時はあるけれど。でもね、僕の腕は二本なんだよ」
王子の言う伝統とは、新たな王族の子を頭目とした一党員選別の事だ。王家はこれを祭と呼び、世界中から猛者を集めるのである。
近衛祭。それは、生まれた王の子が9つになった日に行われる。代々、種族を問わず年の近い才人を王城に集め、一党の役割別にその才覚を測る。そして、競い合って勝ち残った者が王族の一党に加わる栄誉を得るのだ。
ラリス貴族……否、この世に生まれた強者の子は、彼の伝説に肖る王の一党を夢見るものである。
ラリス王族は弱者には務まらない。
迷宮踏破は貴族の誉れだが、王族にとっても誉れである。最も危険で、最も己を高められるのが迷宮である。ならば王族が一党を組まない理由がない。
そうして磨かれた絆の力が、災厄を祓うに肝要なのだ。
「まあ、今はお前についてこれるだけでも十分だと思うぞ。焦らすなよ、ジノ」
「わかっていますよ、師匠。皆、かけがえのない仲間だと心から思ってるさ。もちろん貴方たちもね」
ことりと、爆乳侍女が王子のサイドテーブルにお茶を置いた。王子は「ありがとう」というと、侍女は嬉しそうに乳を揺らした。その胸は豊満であった。
するとその時、訝しげに鼻をヒクつかせていた女傑が口を開いた。
「血の匂いがするぜ、王子様」
「おや、流石だねナターリア」
「当然だろ。で、相手は誰だ?」
血の匂い、言葉通りの意味ではない。身を乗り出す女傑。まるで絵本の続きを知りたがる幼女の様な食いつきである。
しかし、これは異世界人的には割と自然な反応である。民も戦士もお貴族も、みんな強者の武勇伝が好きなのだ。
「それがさ、聞いてくれよ皆。帰り道、僕がラーレ家の滞在中に、そこのご令嬢と駆け落ちした冒険者がいてね。彼、追手を撒く為に墓地で死霊魔術を使ったんだよ」
「死霊魔術!? すっご! 今どきそんな馬鹿な事する人いたんですね! わたしも見てみたかったです! ねねっ、触媒は何? 効果時間は? どんな形の魔法陣でした!?」
王子の話に、さっきまでぼんやりしていたデアンヌが過剰反応した。彼女は魔法オタクであり、社会的に害のないあたおかの好例であった。
普通、王族の話にこんな割り込み方をしたらラリス式制裁が入るものだが、当の王子は優しい瞳で彼女を見ていた。
「抑えろ、デアンヌ。だが、それは貴族の問題だろう? お前が出るべき問題ではないな」
そのままギアを上げようとした魔法狂人を制し、翡翠眼の麗人は話の続きを促した。
「そうだね。けど、その時、街にいたのは御子息だけでね。上手く手が回ってなかったんだ。判断は早かったけど、甘かった。それに、討伐よりも民を守る事を優先してた。だから、僕が代わりに件の冒険者を殺してあげたんだ。それと、逆上したご令嬢も」
世間話にしては血生臭い内容だが、エレークトラを除く皆は結構楽しそうに聞いていた。
つい先日、在野の冒険者にしてやられたエレークトラとしては、その話は耳に痛かった。
理由はどうあれ、たかだか民草の暴走で貴族の血を奪われるなど、あっていい事ではない。娘も娘で、己も民のつもりでいるのだろうか、同じ貴族令嬢としては恥ずかしい事この上なかった。
「ラリス貴族に惰弱は許されない。僕がいなかったら、みすみす悪漢を取り逃がしていただろうね。普通なら、制裁さ」
続く王子の言葉には、ごく自然な調子で冷酷さが垣間見えた。
それから、純粋な憧憬の念も。
「……けど、討伐より民を優先した選択は素晴らしいね。だから制裁はしなかった。彼は力の使い方を間違えなかった」
お茶を飲み、王子は少年らしさを抜いて呪文でも唱えるように続けた。
「力で女を奪うのも良い。力で貴族に盾突くのも良い。利が勝るならば、多少の横暴も許そう。けれど、虐殺は看過できない。貴族も民もない、弱者に力を振るう強者を、ラリス王家は許さない」
重く、圧を伴った言葉だった。飄々としていた魔人でさえ、口元をひくつかせるほどの。エレークトラは心臓を押さえつけられたような感覚を覚えた。
それから一拍置いて、王子は圧を抑えて茶目っ気を戻した。
「わかっているね? ラジアードさん」
「オイオイ、昔の話じゃねぇの! 許してくれよなぁ!」
あえておどけてみせた魔人の振る舞いに、場に満ちた緊張が緩んだ。
王家には歴史があり、長寿魔人のやらかしは事細かに記録されているのであった。
「まあ、そういう訳で遅れたんだけど……」
言いつつ、卓を囲んだ面々を見渡すジノ王子。
次いで、机上の地図を眺め見た。赤い駒の輪っかに、青い駒がぽつぽつ置かれている。
全然詰められていないので、流石にこれでは分からなかった。
「イシグロさんの話の前に、状況が知りたい。どこまで進んでる?」
〇
予言によると、災厄の前には大規模な魔物の襲撃が予測されるという。
これは過去にも例があり、王家はこれを“災厄の尖兵”と称した。
尖兵は人類生存圏外から押し寄せてくる。今回、その中には“特異個体”が複数体存在するらしい。それ以外にも、通常の主級が山ほど……。
尖兵の存在に前例はあれど、これほどの軍勢は過去例がない。恐らく、魔物を統率する個体がいるものと思われる。今回、最も優先して討伐せねばならないのはその“指揮官個体”だ。
特異個体は、迷宮内のそれより知能が高い。そこに指揮が加われば、よく統率される分そのルートはある程度予測できる。圏内の守りはほぼ決定しているのだ。あとは、境界の守りである。
そこで、この王子は実父から南西部分を防衛するよう仰せつかったのである。けれども、若輩の王子には手駒が少ない。今いるのは粒揃いだが、数がいないのだ。兵でなく、銀の数が。
優良な戦力は他の家族が口説き落としているし、王子の一党を分ける訳にもいかない。それと、王家お抱えの戦力は本番に残しておかねばならない。なまじ一党だけでやってこれたから、いざという時に頼れる縁を作ってこなかったのだ。王子は現在、これまで単独で暴れてたツケを払っているのである。
「なるほど、忙しそうだ……」
手にある駒は少ない。王子は前髪を弄びながら、混沌の地図を睨んだ。
王子は卓を囲む仲間達を見た。歴戦の魔人に、狩りの名手、殲滅の魔女に、万能の射手。皆、戦士としてだけでなく将としても優秀だ。だからこそ、この場に参謀がいないのだ。動かすのは兵じゃない、一騎当千の狂人なのだから。
「ミッド平原か。できれば騎馬に優れた人がいいんだけど……ヴァレンシュタイン卿はどうなってる?」
「ヴァレンシュタイン家はフィルド砦ですね。ですが、ヴァンドレイ様は青三角です」
「さすが父上だ、教育熱心でいらっしゃる。なら彼にお任せしたいな。手紙を書きたい、彼は今どこに?」
「卿は現在、王都に向かうべく我が家に逗留なさっておいでです。到着は昨日の朝で、何事もなければ明日には王都入りする事でしょう」
王子の問いに、エレークトラはキルスティンより早く応えた。
内心彼女の事を戦力外と見なしていた王子からすると、ちょっと嬉しい誤算だった。気圧されていない、良い貴族だ。
「なら、彼に任せよう。君からも一応お願いしといてもらえるかな? もちろん、僕の方からも人を出すよ。命令でも誠意がないとね。封蝋印は盾と槍を使おうか、キルスティン」
「どうぞ」
サラサラと、ジノヴィオスは手紙を書きながら続けた。
「それと、できれば……そうだな、メルセティスさんも確保しておきたいかな」
「フリーなはずだぜ。じゃ、“春風”の勧誘は俺様でいいな? 何か適当にいらない深域武装見繕っといてくれ。そんだけで喜ぶ」
「頼むよ。それと、君の一党は温存しておきたい。いいかい?」
「あいよ~」
本格的に会議が始まると、残る駒の配置は驚くほどスムーズに進んでいった。
事前にまとめてあった将軍や専門家の意見を参考にしつつ、王子という強力な個人がどんどん駒を動かしていく。それはまるで一流一党の迷宮探索の様であった。エレークトラを除いて、ここには戦いの熟練者しかいないのだ。まとまれば強いのは、迷宮外の卓上でも同じであった。
「ルーゴウンの森は、アリエルに任せていいかい?」
「だろうな。何人か王都に残そう。それと、聖樹の防衛には南区の“繁茂”を借りたい、構わないか?」
「問題ないよ。兄上には僕から伝えておく」
聞き覚えのある二つ名に、デアンヌが反応した。“繁茂”はポーション作成を手伝ってくれるお友達なのだ。
「あ、あ、あの子、乗ってくれますか、ね……?」
「上森綿花でもくれてやればいいだろう。故郷から一つ取り寄せよう」
「わわっ、わたしも欲しいですー!」
「今年のは無理だ。また来年な」
「はぁい……」
デアンヌは大人しく引き下がった。その間にキルスティンは会話の内容を記録し、王子は貴族充ての手紙を書き終えてエレークトラに手渡した、アリエルは黄色と白の駒を森に動かした。
南西に駒が集まっていくと、獣の女傑が苛立ちを抑えながら口を開いた。
「王子様よぉ、ウチ等の狩場は用意してくれンだろうなぁ?」
「もちろん。けれど、どこに向かうべきかは現状決められないね。ほら、君たちは魔法が苦手だろう?」
「んなもん適当な奴に……」
「わたしは嫌です……!」
「頼んでねぇよ!」
デアンヌは物怖じせずに女傑からの視線を跳ね返した。
陰と陽、二人の相性は決して良くなかった。それは戦場でもその通りで、なんでもかんでも自分の指揮下に置きたがるナターリアの戦い方を、虹嵐の魔女は苦手としていた。
「デアンヌさんはミッド砦で待機してもらうのが一番だよね。ナターリアさんもラジアードさんと同じで温存かな。相手が分かり次第同盟単位で動いてもらう。それでいいかい?」
「チッ、仕方ねぇな。が、この糞蛇とだけは組ませるなよ」
「はっ、こっちも御免だね。産後の犬は弱ぇんだ。脚ぃ引っ張られたくねぇ」
「あぁんッ!?」
「事実だろうがよ!」
「よせ、子供じゃないんだ。やるなら後だ」
「ケッ、爪が腐る、やらねぇよ」
「へいへい軽いじゃれ合いだよっと、ったく、これだから
会議は進む。兵站輸送から、そのルートの確認。強者しかいない地下室の中で、エレークトラは彼らの話を頭に入れるので精いっぱいだった。
「んー、やっぱ足りないなぁ……」
ある程度駒が配されたところで、純白の王子は温くなったお茶を飲み干した。
空いたカップに新しいお茶が注がれる横で、ジノヴィオスは伯爵令嬢の方を見た。
「話を戻すね。エレークトラさん、君から見たイシグロさんの話が聴きたい」
「はい、承りました」
本題である。エレークトラは頭の中でまとめておいた内容を、ここにいる全員にわかりやすく伝えた。
当日起こった事、本人の気性や、その様子。会話で聞き知った彼の思想に、一党の雰囲気。些細な事まで、根掘り葉掘り語った。
途中、各々が持ってきた書類や、キルスティンが作成した身上調書と照らし合わせながら、そこに新しい情報を加えていく。
理由はひとつ、勧誘の為である。
強い奴は、頭がおかしい。
依頼をしても受けるかどうかは気分次第。例え世界の危機だと言っても、人によっては知らぬ存ぜぬを押し通す。長い目で見ればそれも有難い事ではあるので、まぁそれは良い。
そも、その気のない戦士は役に立たない。だからこそ、動きたくなるようなエサを用意する。相手が欲するものを与え、従わせる。そうして駒を揃えるのも、王に必要な素質であった。
「ふむ、暴走魔族をか……」
「誉れも不要ときたか。こりゃ気難しい」
「りゅ、竜族の魔術師……気になりますねぇ」
「欲が見えてこねぇな。噂通りの迷宮好きってだけでもなさそうだが……」
各々、事前に彼の英雄候補については調べていた。ギルドの帳簿から、場末の噂話まで。それぞれ得意とするルートから情報を集め、極力接触しないよう細心の注意を払いつつ。
そこにきて、新鮮なニュースである。エレークトラが眠れぬ日の原因となった暴走魔族事件だ。すると、これまで想定していた人物像とはかけ離れた彼の一面が見えてきたのである。
「なるほど、君はモブノと戦うところは見てはいないのだな」
「はい。しかし、彼に同行していたウィードさん……犬人族の斥候は一部始終を見ていたと思います。ヴィンスのギルドに調書があるはずです」
「キルスティン、ギルドに使いを出して。エレークトラさん、件の斥候は今どこに?」
「恐らく、まだヴィンスに滞在していると思われます。依頼の事もあるので、出たとしても王都西区に戻るかと思われます」
とりあえず、圧をかけない程度にその斥候からの話を聞く必要があるかと、この場の全員が考えた。鋼鉄札相手なら、適当に金を握らせればいいだけだ。
話をするだけで報酬がもらえるのだから、当人も喜ぶだろう。実際、後日ウィードは美味しい思いをする事となる。娼館行き放題だ。
「ふむ、モブノは距離次第で私でも手こずる相手だ。三人がかりとはいえ、手練れには違いない。それも捕獲とはな……」
「せ、戦力というなら、よよ、予想以上みたいですね……」
イシグロの戦力。それは前々からある程度承知していた事項である。
そこに札付きの悪を仕留めたというので上方修正がされただけで、問題はそこじゃないのだ。
「分からねぇな。結局どう口説きゃいい?」
「お嬢ちゃんよ、あんたからはどう見えた?」
「どうでしょうか。当時の欲でいうと、早く帰りたがっている事は伝わってきましたが……」
「なんじゃそりゃ」
そう、問題はそこだ。
如何に優良な駒でも、動かせないのではどうしようもない。単に大量の金で動いてくれるのなら容易いが、銀細工持ちならそれだけでは決定打とならないものだ。
だからこそ、欲しいエサを見定める必要がある。それと、逆鱗に触れぬよう気を付けなければならない。
「まとめるとだ。彼は“奴隷”を、もしくは“仲間”を大切にしていて、ある程度の義侠心がある。戦いを好まず、されど躊躇わず、無暗な殺生もまた好まない。依頼に対しては真摯に取り組み、格下の同業者にも紳士的。ヴィンスの街並みには好感を持っていた様子で、乞食を哀れんでいた。あと、止まり木協会に興味を示したと。それから、ファリンにもエレークトラにも無関心だった」
「は、はい」
「むむ、無欲な善人、ではない、でしょうか……?」
「無欲で強ぇ奴なんざいる訳ねぇだろ。忘れちゃあいねぇか? こいつぁ九日連続で迷宮に潜る“迷宮狂い”なんだぜ?」
「ただの異種族奴隷フェチなんじゃねぇの? 夜じゃなくて、迷宮優先のよぉ」
「そもそも、何故子供の様な奴隷なのだ? 三人目もそうなのだろう? 不可解だ。子供を保護……いや、本当の子供はいないか……」
「だとしたらお前んトコに預けるだろ」
「不能なんじゃねぇの?」
「れれ、レアモノが好き、とか? さ、三人目も……魔族でしたよね?」
「それなんだけどね」
言って、王子は爆乳侍女に目配せした。
合図を受け取った侍女は、胸の空間魔法から一枚の書類を出してみせた。
「知っているだろうが、彼がこれまで購入してきたのは、全てストゥア商会から買った異種族奴隷だ。前にそこの支部長と話したけど、彼はイシグロさんについての情報をあまり教えてはくれなかった。まあ、強引にいくのは最終手段だね、逆鱗も怖い」
それくらいは簡単に調べがつく。調査書にもある。
侍女が全ての書類を出し終えると、それを一枚一枚金細工持ちに配った。配られた順に、各々目を丸くした。最新の情報だ。
「一人目は淫魔。二人目は竜族。三人目は
四人の冒険者が瞠目する。皆、三人目の種族については初耳だった。魔族とは聞いていたが、まさか絶滅種だとは思っていなかった。
混合魔族など、第二大災厄の際に絶滅したはずである。生き残りか、あるいは突然変異か、いずれにせよ希少種の中の希少種である。同じ古代魔族のラジアードは毒牙を剥いて笑っていた。
王子の確認に、エレークトラは過去の失敗と悔恨に顔をしかめつつ、しっかりと記憶をたどってから答えた。
「間違いございません。恐らく、
肯定である。ギルドの聴取でも、当人もそのように答えたらしい。
それから、王子は書類にある二人目を指差した、
「二人目の竜族、これは傲魔竜アヴァリの娘だ。そうだろうと、竜族の仲間が言っていたよ」
ぴくりと、デアンヌ以外の長寿三名が反応した。
実際、竜族であるというのは聞いているが、その血統は疑わしいものである。髪などいくらでも染められるし、奴隷商人はどんな嘘でも吐くものだ。
三対の視線を向けられたエレークトラは、鋭敏な魔力感覚を持つ者として応えた。
「恐らく、そうでしょう。戦っているところを見てはいませんが、彼女はとても美しい銀竜でした。例えそうでなくとも、あの魔法……あの魔力量は尋常ではありません」
戦いの後、彼女は事も無げにエレークトラの欠損を治癒してのけたのだ。かつて受けた極大治癒は、腕一本が限界だったのだ。全くもって格が違う。
エリーゼが行ったのは、一流の治癒術師が日に一度行使できるかどうかという程の大魔法であった。それを連発するなど、書類の方を疑うべきである。
身を震わせるエレークトラの様子を見て、ここにいる金細工は思い思いに口を開いた。
「そりゃ……そいつぁ、随分と高くついたんじゃねぇの?」
「ふむ、アヴァリの娘は情報がなかったからな……」
「アイツが保管してたのは、そういう理由だってのか? クソが、馬鹿馬鹿しいッ……!」
「そそそ、その竜族さんが使った魔法って、全部武器に装填されてた奴なんですよね? すごい……じゃなくて、それって普通の奴隷を買うより高価だと思うんですけど」
「はい。彼女らの武装はどれも一級品でした。それに、淫魔の奴隷は深域武装を持っていました」
「持たせてた、じゃなくてか? オイオイ、合ってたのかよ……」
「やっぱ、迷宮用の奴隷が欲しかったんだろ。見目まで求めたらいくら銀細工でも手が届かねぇ」
「どうだろう、僕はそれだけじゃない気がしてならないんだよね……」
あれこれ話すが、結局今の状況では何をエサにすれば釣れるか分からなかった。こうなると振り出しに戻った感じである。
その時になったら声をかけるのは確定として、それでも事前に用意はしておきたいものである。
「とりま、前例と似た奴隷ぶら下げときゃいいんじゃねぇの? チビで、強くて、異種族で、レアな奴隷……」
「……それは、止めておこう」
魔人の的を射た提案に、王子はNOを言った。
怪訝そうな視線が向けられる中、純白の王子は自身の顎に手を添えて言った。
「考えてもみてほしい。貴方はこんな奴隷が欲しいんですよね? これあげるから戦って、はいどうぞ……って言われて、もしそういう奴隷の尊厳を大事にする人だったら、彼は交渉人の手足を斬るかもしれないよ。それに奴隷は商品だが、武器や宝石と違って人だ。彼からしたら報酬じゃなく、人質に見えるかもしれない」
「それは……確かに、やりかねないところはありますね……」
王子の言葉とエレークトラの呟きに、皆は納得するしかなかった。
依頼とはいえ、相手は見ず知らずの暴走魔族を助ける為に同じ銀細工と斬り合う覚悟のある奴だ。ぶら下げたニンジンで激昂されては堪らない。
なんとなく、イシグロは根本的に価値観の違う相手な気がしてきた一同であった。
「それしかないか。まあ、一応用意はしておこう。あくまで王家でなく、ストゥア商会に協力する形にするのが穏当かな。けれど、こちらからチラつかせるのは絶対にやってはいけない。勘ぐられるべきではないね、権力を嫌う気質の可能性は高いんだろう? 調査はうちが継続しよう。気取られない事を第一にね」
金細工冒険者は人に寄り添う事を失念する。それは誠実な人柄で知られるアリエルとてそうなのだ。
その点、王子は相手の立場になって考える事のできる強者であった。強くてカッコよくて優しいのである。爆乳侍女は恍惚とした目で王子を見ていた。
「ふむ……」
とりあえず、当座の方針は決めたが、王子はまだ少し考えてみる事にした。
何か、噛み合っていない気がするのだ。紙面の情報だけでは分からない。他人の口からもまだ分からない。イシグロという英雄の卵は、本当に皆が思っている様な狂人なのか……。
誠実さが、いるのではないか。
「……僕が話すか」
ふと漏れた言葉だったが、王子はそれがいいと直感した。
結局、会って話す事以上に相手をよく知れる方法はない。権力を嫌う……いや恐れているなら、王子とは知られないようにしないといけない。
変装して、会うのだ。なら商人とか役人とかに化けようかな。おぉこれはなかなか面白いぞと、王子の年相応な悪戯心が鎌首をもたげ始めた。
「お前がか? 正確性というなら、キルスティンでも構わんだろう」
「確かにね、けど僕自身興味があるんだ。それに、手放したくない人材だ。兄上や姉上がちょっかいをかける前に、少しでも信頼を得ておきたい」
師の言葉に、王子はそれでもと否を返した。
一国の王子が、英雄候補とはいえ一介の冒険者と会う。最強の王子だ、何があっても殺される事はないだろうが、聊か常識破りである。
それに、そういうのは他メンバーの役割であるはずだ。
「オイオイ、そういうのは俺様の仕事なんじゃねぇの? おーじ様に粗暴な冒険者の相手なんかできんのかよ?」
「お前こそ粗暴な冒険者だろう。それで言うなら、この中だと私かキルスティンが妥当だと思うが……」
「あたしが出てもいいぜ? なんなら、ウチから活きがいいのを宛がってやってもいい。あわよくば子種ゲットだ!」
「わわ、わたしも、その竜族の奴隷に、興味あります! あ、あ、会ってみたいなって……!」
イシグロ氏、ここにきて偉い人たちからモテモテであった。
しかし、この中にロリはいなかった。エルフ美女もケモミミ女傑もメカクレ魔女も、ロリコン視点だと全く魅力的に見えないものである。まして、毒蛇魔人など。
会ったところで、「早く帰りたいな」と思われるのがオチではないかと、エレークトラは直感した。お姉ちゃんは美人で有名なのである。皆、見向きもされないはずだ。
「いいや、僕が話す。これは絶対だ」
すると、王子は声変わり前の高音で言い切った。そこには絶対的な王気はなく、子供の言う“絶対”があった。
二度目の宣言だ。これには各々「そこまで言うなら……」と納得せざるを得なかった。
まあ、王子の我儘なんて珍しいし、彼の師もまさか「やりたい事」だとは思っていなかったのだ。
やりたいなら、やればいい。年長者はそう思うのであった。
「ごほん……さて、イシグロさんについてはこれでいいだろう。じゃあ、これを元に詰めていこうか。もちろん第二、第三案もね。キルスティン、何かつまめるものはあるかい? 一度休憩しよう」
それからも、世界の守護者の会議は続くのであった。
途中、エレークトラいる? みたいな議題になっても、彼女は生来の真面目さを発揮して会議に集中し続けた。そうしていると、いつしかエレークトラは金細工の先輩たちに気に入られる事となった。
気に入られたせいで、その後めちゃくちゃ稽古をつけられたりしたが、長い目で見れば良い事だ。
こうして、エレークトラの最も長い日は過ぎていくのであった。
〇
一方、その日の夜、件のロリコンはというと……。
「ご主人様、この部分、少し間違えています。正確には、右下は突き出しません。これだと別の文字になってしまいます」
「あ、そっか。えーっと、これで合ってるかな?」
「そうです、そうです。それと……はい、これ何て読みますか?」
「イ……ライ、ジャ……?」
「正解です、イライジャですっ」
「ふふ……楽しそうね、グーラ」
「気にしてなかったッスけど、ご主人って異世界から来てたんスよね~」
奴隷の皆に文字を教わっていた。
イシグロという男、実は読み書きや会話はチート無しだと全くできないのである。
今後も異世界で生きるんなら今のままじゃあいけないと、手始めに異世界の文字を学ぶ事にしたのだ。
「はい、ご主人これ読んでみるッスよ♡」
「えーっと、る……るく、ルクスリリア? す、き?」
「もう一回!」
「ルクスリリアスキ」
「情感籠めるッス!」
「ルクスリリア好き」
「何やってるのよ……」
「あの、ルクスリリア? 間違ってます、字が……」
「えっ、嘘ぉん!?」
「ルクスリリアも勉強し直した方がいいわね……」
災厄とか、尖兵とか、人類存亡の危機とか……。
どれも、ロリコンには興味のない話題なのであった。
感想投げてくれると喜びます。
現在、本作に登場するキャラやボスを募集しています。
興味のある方はお気軽にどうぞ。
詳しくは活動報告にて。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=296177&uid=59551
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こっちも投げてくれると喜びます。
◆ゲーム風な要約◆
・災厄
だいたい1000年周期で発生する周年イベント。
イベント内容は毎回違う。ゴジラみたいなのが来る時もあれば、進撃の地ならしみたいなんだったり新種の病気が蔓延したり一匹の虫のせいでゾンビパニックが起こったりする。
人類皆で協力してこのイベントを乗り切りましょう! 負けると人類が絶滅するから頑張ろうね! みたいなクソイベ。
・災厄の尖兵
災厄前に起こるタワーディフェンスレイドイベント。
圏外から強いモンスターがうじゃうじゃ攻めて来る。
これを如何に消耗せず凌ぐかで、後の災厄イベントの難易度が変わる。
・特異個体
レイドボス。迷宮外で生まれ、同族食いをして強くなったボス。
迷宮内の6人縛りがないから、何人でも参加可能。一党が徒党を組んで戦う。ただ、連携が上手くいかないなら一党だけで戦った方が良い。
勝利時の獲得経験値は美味いが、ドロップはない。
ガバガバな部分は仕様です。雰囲気さえ伝わればいいかなってノリです。
気にするような人もおらんやろ。
次話からまたいつものノリに戻ります。