【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
ある程度集まったので、そろそろその2の方は閉鎖する予定です。
今回は後編。王都西区の日常回です。
前話を少し修正しました。ソロの集まりとしていたおっさん達を一党にしました。
ハクスラしてませんね、最近。
タイトル変えるべきかしら。
(これまでのあらすじ)
娼館を出て転移神殿に入る犬人斥候・ウィード。
疲れからか、不幸にも黒塗りのおっさん達と衝突してしまう。
後輩をかばい全ての責任を負ったウィードに対し、車の主・暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは……。
「マジ? あの人死んだの?」
「それはそれは。言っちゃアレですが、やっぱ憎まれっ子が生き残るんですねぇ」
「だな。結局オレ等みたいなクズが生き残るってか」
それから、ウィードはおっさん達がいなかった間の西区についての話をした。
おっさんが西区を出たのは今から約半年前であり、ちょうど西区のとある名物冒険者が死ぬ寸前の事――第二話参照――であった。
たった半年、されど半年。少し居ない間に、西区の情勢は様変わりしていた。それもこれも驚きの連続であった。
「で、ちょうどそのあたりですかね。イシグロという男が冒険者登録をしたんです」
中でも最もおっさん達の関心を引いたのは、イシグロ・リキタカという新進気鋭の銀細工持ち冒険者の話だった。
ウィードの口から語られたイシグロは、正直胡散臭い経歴の数々だった。
曰く、登録から二か月で銀細工を授与されたとか。
曰く、登録から三ヵ月はずっと
曰く、毎日の様に迷宮に通い、ほぼ確実に踏破するのだとか。
曰く、巨像迷宮から多くの希少金属を持ち帰っただとか。
曰く、全くエロくない異種族の女奴隷を連れているだとか。
曰く、曰く、曰く……。
「うわ~、胡散臭ぇ~。なに? そんな奴、人類じゃないでしょ普通に」
「ふむ、嘘か真か、ギルドに訊けばわかる事ですが……。もしも本当の事だったとして、あっち側かこっち側か……イマイチ判断つきませんねぇ」
「エロくない女奴隷って、何だそれ? 何の為に買った訳? 囮フェチ?」
ぶっちゃけ、眉唾モノの情報だ。
けれども、イシグロについて話すウィードからは、彼が嘘を言っている雰囲気は感じ取れなかった。
いや、ていうか、妙に詳しいような?
「で、そのイシグロっての、どんくらい
まあ、まず気になるのはそこだろう。
銀細工とは、実力と実績と運がある一握りの怪物だけが授与される代物である。英雄不足で悩んでるギルドとて、そうやすやすと渡すものじゃない。
性格と性癖と性根はアレだが、腕は確かな三人である。件の迷宮狂いが、真の怪物か否かを知るべきだと思ったのだ。
「……リカルトさんより強いっす、確実に」
「ほぉ?」
ウィードはただ、イシグロを強いと言った。大丈夫だ、これは守秘義務には反しない。それに、必要な事だ。問われたウィードは、一度唾を飲みこんでから答えた。
ウィードの返答を聞き、強いおっさんことリカルトは口の端を歪めた。他二人も、各々違った反応だ。ソルトは眉間にシワを寄せ、アルバートは口を半開きにした。
こういう時、おべっかを使うのはよろしくない。誰であろうと、こと強さに関してはシビアであるべきなのだ。
「なあ、そいつの事さ、もう少し詳しく教えてよ」
自分より上だという新入りに興味が湧いたのか、リカルトは続けて情報を欲した。
その表情は好戦的なものではなく、脅威を認識すべく立ち回る強者の笑みであった。
「詳しくっすか……。そうっすね……」
しかし、ウィードからは当たり障りのない事しか言えない。
それこそ、周りが知っているような事くらいだ。あまり突っ込んだ事を言うのは守秘義務に反する。イシグロの強さを知ってると言うだけでも、結構危なかったのだ。
「えーっと、まぁ……知ってる事だけですけど」
なので、言ってもいい範囲の事を伝えた。
主な武器や、鍛錬場に通っている事や、所有奴隷の構成などについてである。
例の竜族奴隷が使った回復魔法については、厳に慎むようお達しがきたのである。こればっかりは絶対に言えない。それに、イシグロにも黙っているよう“お願い”をされたのだ。言える訳がない。
「“黒剣”ねぇ? なんか、今のギルド長って微妙にネーミングセンス無いよな」
「なるほど、新人研修は彼に触発されての事ですか……」
「ふーん、奴隷に深域武装を……」
語り手のウィードは、極力分かりやすく話をした。
それもこれも、イシグロの危険性を把握してもらい、この邪悪なおっさん達に手を出させない為である。
それから、巡り巡って自分に被害が来ないようにする為だ。貧者の見識。自分の様な半端者が生き残るには、常に最悪の状況を想定しておくべきなのだ。
「そんな感じで、イシグロはその奴隷を大事にしてるんです。それは此処の関係者みんなが知ってる事で……」
ウィードとイシグロは、それほど親密な関係ではない。直近、一度迷宮外で仕事を共にしただけの関係である。
それだけで、確信した。イシグロは危険な男だ。
暴走した魔族相手に、無手で相対する精神性。
ロクな準備もせず、手っ取り早いからと銀細工冒険者と剣を交える向こうみず加減。
何より、たかだか奴隷の命を、自分の命よりも上に扱う理解不能な執着。
イシグロは穏やかな男だ。何もしなければ、何の害もない。
これまで問題らしい問題は起こしていないし、話しかけた事のある奴も丁寧な応対をされたと聞いた。仕事中も誠実だった。いくら迷宮狂いでも、半年経てば過度な警戒はされなくなった。
だが、異常な精神性の持ち主なのは確かである。命の比重、金銭感覚、時たま食い違う謎の価値観。その異常さと攻撃性が、いつどういった場面で発露するかが分からないから、危険なのだ。
知っていれば、対処できる。対処できれば、無害で有益だ。
熊人のグレイソンは、目の前で食べ物を粗末にしなければ大丈夫だ。
鬼人のラフィは、背丈の低さを馬鹿にしなければ安全だ。
淫魔のニーナは、読書中にちょっかいかけない限り温厚だ。
なら、イシグロはどうだ?
何に気を付ければいい? 何があれば喜ぶ?
何をしたら、“剛剣鬼”を下した剣が振るわれるというのだ?
イシグロは問題を起こした事がない。だからこそ、人柄が見えてこない。
銀の人格とは、“実績”と“歪み”である。まだ誰も、彼の歪みを正確に把握してはいないのだ。
分かっているのは、所有奴隷を大事にしているという事くらいだ。奴隷を傷つけない。侮辱しない。愚弄しない。現状、これくらいしか、気を付けようがないのだ。
「……とまぁ、こんな感じっす。くれぐれも、お気をつけください」
話し終えると、三人のおっさんは各々違う表情をしていた。
リカルトは無精髭をさすり、思案している。大丈夫だ、この人はイシグロを「いびっていい奴」判定していない。
ソルトは腕組みしながら唸っている。興味はないが、考えている。残念だが、あの狂人で金儲けはできないぞ。
「へぇ……」
アルバートは、頬杖ついてニヤニヤ笑いをしていた。その目には、燃え盛る“欲情”の炎が揺れていた。
その時、ウィードは嫌な予感がした。
「久しぶりに燃えてきたぜ……」
速いおじさんことアルバートは、他人の女を寝取る事が大好きなゲス野郎だ。
その情動の度合いは、狙いの女の美醜に関係なく、ターゲットAとターゲットBの間に如何に純な愛が築かれているかによる。
要するに、この男は純愛潰せるなら大抵の女はイケちゃう性質なのである。
新たなる英雄候補、その奴隷。
とても大事にされていて、買い与えられた装備も上等。中には深域武装を持たされている奴隷もいる。
相手は銀細工。狙いは淫魔、竜族、獣系魔族……子供みたいなナリらしいが、種族としては悪くない。
危険な相手だ。バレたら殺し合いになるかもしれない。
なら、バレずに遂行するしかない。
それはそれで……燃える。
「そろそろ狩るか……」
ウィードは直感した。
あ、ダメだこれ。
〇
アルバートは勃起した。
必ず、彼の所有奴隷を寝取らねばならぬと決意した。
アルバートには色恋が分からぬ。アルバートは性欲オバケである。ホラを吹き、女をこまして遊んできた。
それでいて、他人の女には人一倍欲情する性癖であった。
寝取り魂を勃起させたアルバートは、当日のうちに獲物の調査に移った。
まずは聞き取りである。ウィードだけの情報じゃ物足りない。相手をよく知っていた方が、上の指揮官も下の指揮棒も色々捗るのだ。
こういうのには慣れているし、イシグロは地味だが目立つ。奴の情報源はすぐに見つかった。
前に奴が泊まっていたという宿屋。木札時代のイシグロと話した事のある冒険者。イシグロを勧誘して断られた牛人族の女冒険者。
だが、ウィードの話以上の情報は集まらなかった。あまつさえ、どいつもこいつもアルバートを警戒してさっさと逃げて行った。
どれだけ話術が達者でも、アルバートの悪名を打ち消す事は出来なかったのである。
そうならばと、アルバートは方針を変更した。
ある意味銀細工らしいストロングスタイル。まだるっこしい事はしない。冒険者らしく、足を使おうというのだ。
斥候は本職ではないが、こういった行為には経験がある。こと、股間の捕食対象を追う能力だけはモノホンだった。
幸い、ターゲットはすぐに見つかった。
黒ずくめの地味な男と、ちんちくりんの珍奴隷たち。どういう訳だか仲良くお手々繋いで転移神殿の近くを歩いていたのである。
「おいおい、思ったよりマジじゃん……」
それにしてもと、遠ざかる背中を見てアルバートは思う。
あの奴隷共、マジでエロくないなと。
ちんちくりんの淫魔。金髪で、赤い眼をしている。かわいらしい顔をしているが、淫魔にあるまじき貧相な身体だ。勃起ポイント-21。
ちんちくりんの竜族。地の銀髪だ。マジでそうなら、ヴィーカの血族という事か。凄いレアだけど、凄い貧相だ。勃起ポイント-21。
ちんちくりんの獣系魔族。犬人の耳、黒髪、褐色の肌。二股に分かれている尻尾からして、レア魔族の
「ありゃ性奴隷じゃねぇな、うん」
普通、男が女の奴隷を買うのは、性欲の捌け口に使う為だ。
狐人のソルトも、実験と称して好みの美女奴隷に毒を飲ませて愉しんでいるのである。そうでなくとも、ストレートに即情交というのが王道だろう。
にも関わらず、奴が連れているのはまんま子供の奴隷。成長できなかった異種族女だ。どれだけ飢えててもアレに手を出そうとは思うまい。
実際、割と雑食な気のあるアルバートも全く勃起しない見てくれだった。
だが、イシグロの嗜好は何となく分かった。
貧相な淫魔。銀髪の竜族。轟雷狼と思しき魔族。三人に共通する、一つの特徴……。
要するに、イシグロはレア種族を収集するのが好きなのだ。
それなら、まぁ分からんでもない。確かに、レア種族の女は特別感があって勃起力がアップする。勃起ポイント+19だ。
アルバートも、以前抱いた天使族の女は強く記憶に残っている。如何にも清楚でおしとやかだった極上の天使女は、ベッドの上でも最高だった。
ならば尚の事、寝取り甲斐があるというもの。
抱くのは無理だが、目を瞑って楽しむ事くらいはできる。
その後も、アルバートはいっそう気合を入れて尾行を続けた。
翌日、イシグロ達は連れ立って西区の呪術店に入っていった。
呪術とは契約魔術の一種であり、より攻撃的で有害な契約を強制的に結ばせたりする魔術体系の事だ。呪術店はそれに関わるアイテムや、対抗する為のアイテムを販売している店舗である。
そんな店に何用だろうか。迷宮で使うのだろうか、対抗用アイテムでも買うのだろうか。分からないが、イシグロは呪術に興味があるらしい。
しばらくして、イシグロ達は呪術店を出た。
一団に常の和やかな雰囲気はない。どうやら、良い買い物はできなかった様である。
その日以降も、イシグロ一行はちょくちょく色んな呪術店に顔を出している様だった。
西区にある呪術店を回り、かと思えば南区の方まで足を運んだりもしていた。
何か探し物でもしているのか。あるいは、罪人淫魔の呪いでも解くつもりなのか?
「あいつら、ずっと一緒かよ……」
我慢強く、アルバートはじっとチャンスを伺っていた。
イシグロと奴隷が離れる瞬間、接触のチャンスをである。
狙いは誰でも良かった。
ていうか、誰が相手でも全く股間に来なかったので、そういう意味でも誰でも良かった。
誰でもいい、一人になった所に声をかける事ができれば何とかなると思っていた。
その中で、強いて狙い目だと思うのは、いつも主人にくっついているちんちくりん淫魔だ。
淫魔といえば、種族柄生来の淫乱である。あのナリなら、吸精もまともに行われてるとは考え難い。そも、もし吸精がなされているなら、あんなにイシグロにベタベタしないだろう。淫魔の性質上、一度吸精をした男には興味を無くして然るべきなのだから。
ならば、軽く粉をかけてやりさえすれば目的達成である。本気になれば一分かからない。出会って五秒で即吸精である。
アルバートは、イシグロの行動ルーティンを探り続けた。
尾行開始から、幾日が過ぎた頃……。
それは、アルバートが尾行を続けて二週間と少しの事であった。
この頃になると、アルバートの意欲は若干薄れてきており、「いや別に取り立ててあの奴隷等とヤリたい訳でもないよな」と冷静になり始めていた。
なので、最近の尾行なんかは結構おざなりで、朝に鍛錬場に向かう一行を道の端から見守るくらいに収まっていた。前に一度チャンスもあったが、すぐ合流して結局話しかける事はできなかったのである。
まあ、今日もずっと一緒なんだろうなーと思っていた。
その時である。
何と、神殿前の噴水広場でイシグロと奴隷が別行動をし始めたのである。主人と竜族と獣系魔族は、広場から逸れて道具屋のある方向に歩いて行った。
残されたのは淫魔の奴隷だった。淫魔らしい露出度の高い装備に、布でグルグル巻きにしてある大鎌を背負っている。いつもの鍛錬場行きの装備だ。
今だ、今しかない……!
ついに、チャンスが来た。
アルバートの脳が回転する。以前、話しかけようとした時は、イシグロは数分で帰ってきた。その間に目的を達成する必要がある。あるいは、長期的目標として軽く話すだけでもヨシとしておこうか。
待ちに待った機会である。アルバートは装備の具合を確かめつつ、淫魔へと歩み寄って行った。
相手は他者の色欲を感知する淫魔である。嘘にならぬよう、全力で脳内でエロい妄想を展開しつつ、最高のイケメンスマイルを作ってみせた。
「よう、ちょっといいか?」
「ん? 何ッスか?」
ところで、この世界においての“モテる男”とは、どういったものだろうか。
それは一言で言うと、“強い男だ”。
一言で言うと、「戦の強いは七難隠す」だ。
要するに、戦闘力の高い男。ひいては、強そうな男がモテるのだ。
もちろん、顔や性格というのもある。が、第一は強さなのである。お国柄、お世界柄だ。
異世界モテ男、具体的にはどんなのだろうか。
まず、筋肉。
これは大前提。顔はイマイチなグレイソン氏も、山の様な筋肉が最高にセクシーなのだと一部女子に大ウケなのである。量や質の好みこそあれ、強そうな筋肉はエロい判定なのだ。
それから、装備。
これはある程度冒険者慣れした女子にしかウケないが、それでも強い武器を持つ事自体が強さの証明になる。華奢な鬼人少年のラフィも、大剣を担いでるだけである程度モテるのだ。
それから、オーラだ。
地球のオカルトでなく、ファンタジー異世界に存在する不可視のエネルギーの事である。実際、銀細工や金細工の冒険者というのはただそこにいるだけで強者特有の存在感を放っているのだ。
その他諸々を加味した上で、速いおっさんことアルバート君はどうだろうか。
筋肉……細身な奴が多い
装備……二刀一対の深域武装だ。これはもう最高にモテる武器である。見栄えを気にして、鞘も最高にカッコいいのをオーダーメイドしてもらったのだ。
オーラ……これも及第点を余裕で超えている。技に秀でた剣士の武威には、これまで数多くの女を虜にしてきた実績があるのだ。
あまつさえ、アルバートは異世界でも最高クラスのイケメンである。女慣れしているので、童貞臭さもない。何より、アルバートには銀の輝きがあるのだ。
総じて、“銀色風”のアルバートは異世界モテ男界の最上級エルフなのである。
性根はアレだが、とにもかくにもひたすらカッコいいのだ。
堕ちない女など、いようものか。
対し、イシグロ・リキタカはどうか。
お世辞にも、強そうではない。全身黒の革鎧はどうにも地味で、パッと見強そうには見えない。上等っぽい剣もシンプル過ぎて、女ウケするビジュアルではない。
顔も童顔気味で、全く強そうじゃない。背もアルバートより低いし、体格も微妙だ。
銀細工授与の最速記録。経歴こそ立派だが、立派過ぎて逆に嘘臭い。天才というより変態で、もっと言うと狂人であり、憧憬よりも畏怖が勝つ。分からないものは怖いのだ。
結論、イシグロは強いんだろうが、強そうじゃない。
戦えば負けるかもしれないが、モテるのはアルバートだ。
よほどの物好きでもない限り、王都女子はアルバートを選ぶだろう。
そも、今回のターゲットはちんちくりんの淫魔である。どう考えても男慣れしている訳がない。
吸精もまともに行った事があるかどうか怪しいものである。どうやら淫魔から主人への好感度は高そうだったが、その逆はどうか。ただの珍品くらいにしか思われてないのではないだろうか。少なくとも、アルバートが主人ならそうなる。
「えぇ~、どうッスかねぇ~。アタシぃ、今ご主人を待ってるんでぇ~」
細かいテクは必要ない。相手が淫魔ならば、速攻あるのみである。
挨拶もそこそこに、アルバートは「吸精させてあげるよ」とぶっ込んだ。流石のアルバートとて、一般王都女子にこんな事は言えないが、淫魔相手ならこれでいいのだ。
例えるならこれは、スクールカースト最下層の陰キャ童貞オタクくんに対し、スクールカースト上位層のオタクに優しい美少女ギャルJKが「童貞卒業させてあげるよ♡」とお誘いするシチュエーションに近い。
堕ちない訳がないのである。
「でもぉ~、ご主人すぐ戻ってくるかもッスしぃ~」
が、意外にもこの淫魔は耐えていた。
おかしい。どいつもこいつも男日照でお馴染みの淫魔である。吸精OKと言えば即乗っかるものと相場が決まっているものだ。
普段なら、普通なら、形勢不利と見てここで一旦引くだろう。
だが、アルバートは逆に燃えた。ボートレベルの小さい黒船を前に相変わらず彼の暴れん棒は鎖国状態だが、それでも心は侍だった。
待ちに待った時が来たのだ。せっかくのチャンスである。引くにしても、もう少しくらい爪痕を残したい。せめて、記憶に残してもらわねば……。
「なあ、すぐ終わるからさ。悪い話じゃないだろ? ほら、ちょうどあそこなら周りから見えな――」
「動かないでください」
多少強引な方がいいかと、淫魔の手を取ろうとした、その時だった。
左肩の上、左耳の下、ちょうど首の真横に、鈍い光を湛えた刃が添えられていた。
若かりし日、かつて何度も経験した事である。
寝取られた男に、復讐された経験は何度もある。寸前で邪魔された事もある。だからこそ、この刃の持ち主も分かっていた。
「最近、我々をつけていましたね。何かご用でしょうか?」
声色は平静。キレていない。話し合いの余地がある。ひとまず、安心である。
見ると、目の前の淫魔も大鎌に巻いてあった布を解いて構えていた。なるほど、そういう事ね。
背後に僅かな魔力感覚。三人だ。なるほど、隠形系の魔法で後ろを取られてしまったらしい。
やれやれオレも焼きが回ったなと、アルバートは内心嘆息した。
「別に危害を加えたい訳じゃねぇ。ただ、そこの女の子に興味があったんだ。可愛いからさ、好きになっちゃったんだよね」
刃の位置は変わらず、ブレていない。噂通り手練れの剣士だ。少しずらすだけで、アルバートの首はちょんぱである。
だが、アルバートには余裕があった。こんな経験、何度もしてきた。もっとヤバい状況にだって遭遇してきたのだ。
なんなら、首を斬られたとしてもすぐに“極大治癒”を発動すれば死にはしない。その為の装飾品であり、魔法装填だ。
アルバートは余裕である。だからこそ気づいた。
何か、周囲の雰囲気が変だ。得体の知れない感覚が、ぞわりと夜森人の背筋をはい回った気がした。
「それだけですか?」
「そうだ。そりゃ、あんたの奴隷ってのは分かってたが、恋愛は自由だろ? 声かけるくらいいいじゃねぇか、な?」
一瞬、隙とも言えない間、剣が震えた。どういう感情だ?
「貴方もこっち側なんですか?」
「そうだ、気持ちはわかるつもりだ」
嘘を吐く時は、僅かな真実を混ぜるものだ。
実際、アルバートはレア種族女が大好きである。これは嘘じゃない。
その点では小さい淫魔というのも嫌いじゃない。それはそれとして抱けそうにはないが……。
「……いえ、それはどうでもいい事です」
平素な声音。黒っぽい剣身が鈍く光る。プラン1は失敗だ。
刃が離れる。動けるようになったが、いつでも斬られる位置関係だ。狙いは首から……斜めか。まさか、仕掛けに気づいたのか?
さてどうするかと思案していると、ここにきてアルバートは明確な周囲の変化に気が付いた。
見物している王都民の表情が変わった。何故だかにやつきはじめたのだ。その奥から、ゾロゾロと衛兵と冒険者たちが集まってきた。
仲裁するのか、傍観するのか。しかし彼らは武器を手にした状態で近づいてきた。にやついてる王都民と同じく、彼らの顔もにやついていた。
これは、おかしい。これではまるで……。
「“銀色風”のアルバート。キャロの里出身の夜森人。趣味は寝取り。過去、異性関係を原因とした問題で、ギルドからの警告が五十を超えている。被害者の数は、もっと多い」
「お前、どこでそれを……!?」
「ギルドと、ウィードさんと、貴方のご友人から」
「あいつら……!」
これだから金欠冒険者は信用できない! アルバートは自分の財布事情を棚上げして友達甲斐のない友達にキレた。なお、前に当人にも似たような経験がある。
見ると、ゾロゾロ寄ってきた冒険者たちの中には見覚えのある顔がちらほらあった。衛兵も衛兵で、アルバートを中心として一般人を守るポジションをキープしている。
冒険者、衛兵、一般王都民、名前を思い出せない奴等は、笑っていた。
「ギルドにストーカー被害を訴えたところ、あれよあれよと協力者が集まり……。先日、ギルドから正式に依頼を頂きました」
「お、おい、マジか……?」
動くなと言われていたが、思わず振り返ってしまった。
横目で見ると、何とも微妙そうな表情をしたイシグロと目が合った。その後ろには武器を構えた竜族と、ギルドからの正式依頼を示す書類を持った魔族の奴隷がいた。
奴隷の持つ書類には、リカルトのサインがあった。マジふざけんな。
「この場所を使った演習らしいですよ。此処から逃げきれたら貴方の勝ちです」
「理不尽過ぎる!」
ハメられた。そう覚悟した瞬間、アルバートは姿勢を低くし腰の剣を――。
一閃。縦一文字に、アルバートの片腕は肩からばっさりと切断された。
「自分もそう思います」
墜ちていく腕。噴き出る血しぶき。遅れてきた、尋常でない痛み。
「ぐぉおおおおおおおお!?」
問題ない、まだ戦える。欠損など慣れている。気合ひとつで痛みに耐え、残る手で剣を引き抜き、イシグロに攻撃した。
剣身が振れる。軽い感触、不自然なほど柔らかく受け流された。この男、自分より上だ。
「
体勢が崩れる寸前、アルバートは深域武装の“権能”で風を生成し、突風を伴い全力で逃走した。
勝てない、だから逃げる。アルバートは無理のある体勢のまま、誰もいない方向に駆け出し……。
「オラァ!」
「ゴボォーッ!?」
顔面に衝撃。アルバートの顔に、フルスイングされた槌がめり込んだ。
異世界物理法則に従い、ゴルフボールの様に打ち上げられたアルバートは、やがて噴水に着水した。池ポチャである。
意識はある。回復のチャンスだ、装飾品に魔力を注ぎ、片腕を再生させる。回復の痛み、食いしばって耐える。魔力がごっそり持ってかれたが、これで二刀が使える。とにかく逃げる、逃げるのだ。
それから、濡れ森人と化したアルバートは、顔面に一撃くれた下手人を確認した。
「おま、君は……ビアンカ!?」
そこには、憤怒の形相で槌を担いだ天使族の美女がいた。
見覚えがあった。というか、前に捨てた女だ。あの時の絶望顔は最高だった。いい思い出の、最高の美女だった。
「正解! 久しぶりですねぇ! アルバート!」
彼女だけじゃない。噴水を取り囲むように、男女混合の冒険者たちがアルバートを睨んでいた。
比率としては、女が多い。赤毛の牛人女、紫髪の翼人女、金髪の羊人女……。中には、冒険者ではない一般人も混じっていた。
皆、笑いながらキレていた。
「ジェシカ!? スザンヌ!? アマーリエ!?」
「メリンよ」
「カロリーネだ」
「デボラですけど!?」
「あ、あれぇ~?」
全問不正解。気が付けば、噴水広場はアルバートへの復讐会場と化していた。
いくら異世界でも、こんな事があっていい筈がない。ギルドという組織主導で個人をリンチするなど、法治国家にあるまじき行いだ。
だが、異世界は異世界でも、此処はラリス王国。強者から弱者への攻撃は許されずとも、弱者から強者への攻撃は割とゆるゆる。極論、負ける奴が悪い。
単に、やり過ぎたのである。
恨みを買い過ぎ、ちょうどたまたま良い用心棒が現れて、泣き寝入りしていた弱者たちが集まったのだ。
「お久しぶりですね、アルバートさん」
そして、ルールを決める側の恨みまで買ったのが、一番拙かった。
「え? えーっと……バイラ?」
「マトリョーナです。三十年前は、南区で受付嬢をしていました」
「あー、あー、久しぶり! 綺麗になったねー」
「今は西区で役員をしています」
「へ、へぇ……」
要するに、そういう事であった。
横暴が過ぎる強者は王家が殺しにくるが、弱者を舐め過ぎた強者はこういう形で逆襲される。そして、それが許されるのだ。
これがラリス流である。
「安心して、アルバート」
三十年前、二十八又をかけられていた淑女は、優し気に云った。
窮鼠猫を噛む。捨てられた女と、女を寝取られた男が、怨敵を噛みにきたのである。
「回復役は沢山いるわ」
相手は複数人、ほとんど冒険者。
弱い奴ばかりだが、中にはイシグロがいる。
殺されはしないだろうが、死にたくなる程の目には遭うのだろう。
「畜生ふざけんなよオラァアアッ!」
そんな状況で、アルバートは戦う覚悟を決めた。
男アルバート、一世一代の大勝負であった。
〇
「「ぎゃはははははっ!」」
夜、とある大衆酒場にて。
粗野で下品で汚い笑いが店いっぱいに響き渡った。
このクッソ汚いゲス笑いの主は、犬人と狐人のおっさん二人であった。
二人はテーブルをバンバン叩きながら、惨い事になっているアルバートの顔面を指差して嗤っていた。
「よう、裏切り者。そんなに面白いか?」
指差されたアルバートの顔面は、肉を通り越して骨レベルでペパロニ入りのナンみたいになっていた。
かつての美貌はどこへやら。頬やら顎やら鼻やらの骨はバキバキにへし折れ、顔を構成するあらゆる部位が歪に癒合していた。その他、腫れやアザや「チンカス野郎」と書かれた切り傷まである。おまけに上下の前歯は全折りされ、喋りもつたない事になっていた。
例の演習の最後、ボコボコになった顔にあえてクソ弱い回復魔法をかけられたのだ。何とかするには最上級の回復魔法を使ってもらうしかない。
「ま、まあ!? 四対一だろ? 仕方ないと思うよ?」
「いいえ、あの場の冒険者は鋼鉄札だけでも30人を超えていたので、実質処刑でした。しかもうち一人は銀細工で、元冒険者の方も善意で加勢していましたね。流石に無理でしょう」
事の顛末は、こうである。
まず、イシグロがアルバートの尾行に感付き、とはいえ証拠も何もないのでどうしようかとなっていた。そこにウィードが現れ、ギルドに相談する事を提案した。
その旨を受付おじさんに相談すると、それを聞いたギルド役員が計画立案。ウィード経由で三悪おっさんのリカルトとソルトに話が行き、おっさん等が得する交換条件を持ち出して計画に巻き込み、アルバートに無断で頭目のリカルトが演習を許可。
それから、役員のツテでこれまで泣き寝入りしていたアルバート被害者たちに秘密裏に接触。計画の参加を要請。計画の要は、唯一の銀細工持ち冒険者のイシグロだった。
で、計画実行の初日。まずはとルクスリリアを一人残して姿を消すと、何と一発で釣れてしまったという訳だ。
「ひでぇ差だよなぁ? あっちは復讐を手伝ってくれた英雄様で、こっちは見事にしてやられた間抜け冒険者! しかも全く同情されてねーでやんの!」
「あの一件で、イシグロさんのファンが増えたかもしれませんねぇ。ククク……」
結局、演習とは名ばかりの集団リンチを受け、アルバートの顔は無残な事になってしまったのである。
実際、イシグロさえいなければどうにでも出来た。だが、ウィードの話の通り、奴は強かった。どう斬り込んでも上手くいなされ、そうこうしてると他の木端冒険者から攻撃される。
かなり詰んでいたのである。
「やり返そうにも契約書書かされたんじゃあ、もうどうしようもないわな」
「まあ、殺されなかっただけ有難く思うしかないですね。股間も無事なんですから、挽回できますよ」
終いにゃボコボコに蹴られ殴られ好き放題され、関係者全員への復讐禁止を契約書で縛られてしまったのである。
異世界において、明確な意思を持って交わされた契約は絶対だ。今後、関係者への復讐意思を抱いた瞬間、アルバートのゴールデンボールは圧搾されるようになってしまったのだ。
あまつさえ、王家からの「あんま調子乗り過ぎんなよ」お手紙まで渡されたのだ。これには、流石のアルバートも股間が縮んだ。オレそんな悪い事した? という気持ちである。
「けっ……」
アルバートとて銀細工持ちだ、この程度の痛みには慣れている。痴情の縺れで刃傷沙汰になったのも一度や二度ではない。
だが、こうもしてやられたのは生まれて初めてだった。死なない程度にボコボコにされ、その都度回復され、またボコボコにされ、もう散々だった。「大丈夫、まだ生きてますよ」というイシグロの平坦な声はしばらく夢に出るだろう。
しかも、金欠の身でせっかくの顔がこうだ。治すには相当な金を積む必要がある。それこそ、がっつり迷宮に潜らないといけなくなった。
「ていうか、何でお前らオレ売ったんだよ」
「売っていません。ただ、ギルドからの依頼に真摯に協力しただけです」
「そうそう、人斬る訓練だーって、新人の練習台にもなってたみたいだぜ? 気づかなかったか?」
「クソが! 気づくかそんなもん!」
ヤケになったアルバートは、卓上の火酒を一気飲みした後、席を立った。
「おう、今日は早いな」
「うるせぇ! オレは明日迷宮行く! で、ひと稼ぎして顔治して、さっさと此処から出て行く! じゃあなクズ共! 最高の親友だよクソッタレ!」
言って、アルバートは自分の分の代金を払って店から出て行った。
そんな背中を見てから、おっさん達は顔を見合わせた。
「だってよ」
「みたいですねぇ」
それから、杯に残った酒を飲み干すと、二人もおあいそした。
おっさん等はクズだが、腕利きの銀細工持ちだ。事前準備の大切さをよく理解しているのである。
「最後に見た顔がアレじゃ、可哀想だもんな」
「ええ。それに、優秀な前衛が死ぬのは悲しいです。あたしぁ、貧弱ですから」
店を出て、遠い背中を追いかけた。
明日は三人で迷宮に潜る。斥候はいないが、自分達なら何とかなるだろう。
おっさん達はクズでゲスでロクでなしだが、まぁまぁ長い付き合いなのだ。
クズにはクズなりの友情があるものだ。
後日、アルバートは無事、元の美貌を取り戻した。
それから、心に留め置いた。
二度と小さい女には近づかない、と。
無論、女遊びは続ける所存である。
〇
一方その頃、西区のとある地下室では……。
「はぁ~、これで少しは懲りてくれるとありがたいんだがねぇ~」
今回の件の報告書を弄びながら、灰髪の魔人が足を組み替えた。
金細工持ち冒険者、ラジアードである。この男、アルバートの一件には何気にガッツリ絡んでいた。
ギルド上層部への根回し。各区の被害者への情報伝達。王家暗部との折衝。
最悪、これを放置していたら、今までの金細工達の頑張りがパーになるところだったのだ。バレない程度に、大きくなり過ぎない程度に、この男は柄にもなく奔走していたのである。
「が、まぁ良いモンは見れたなァ……」
しかし、苦労に見合うモノは見れた。
イシグロとアルバートの剣戟。ほんの僅かな攻防だったが、歴戦の戦士の眼にはよく見えた。
万金に値する、彼奴の技の冴え。その深奥。
あの男は、まだ弱い。
あの戦士は、まだヒヨッコだ。
故に、アレはまだまだ化ける。
金細工の中で、しっかり見たのは自分だけ。
他は人づてだ。現場にいないと、あの異常さは感じ取れない。
「長生きしてくれよなァ、イシグロよぉ……」
灰髪の魔人は嗤う。
楽しみが一個増えたのだ。
彼は、王や王子よりも、もっと先を見ているのだ。
災厄の後、その混沌を、思いっきり楽しむつもりなのである。
人類とは、愚かなのだ。
同じ愚者なら、踊らなければ損である。
「さあ、次の舞台で踊るのは誰だぁ?」
たった100年、すぐである。
鍍金の毒蛇は、やがて来る混沌の時を待つのであった。
ネタバレだが……。
ラジアードの予想は、盛大に外れる事となる。
イシグロには、全くもって“そのつもり”がないのだから。
英雄願望なんて、全く以て持ち合わせていない。舞台になんか、上がりたくない性分なのである。
ロリは傍にいまし、全て世は事もなし。
現在も未来も、ロリコンはロリに夢中であったとさ。
感想投げてくれると喜びます。
諸事情で、ちょっと今後忙しくなりそうな感じがあります。
全くとはならないでしょうが、執筆時間が減るのはほぼ確定です。
一話あたりの文字数も減らすかもしれません。ていうか今のあんまり適当じゃないような……。
なので、今後は感想返信を控えようと思います。絶対返信しないというのではなく。
前までもそんな気の利いた事は返せてなかったんですが、なんだかんだ時間を使うので、その時間を執筆やら何やらに使った方がいいかなぁと。
前書き、後書きにもあるように、感想を頂けるのは本当にマジで有難いです。マジでやる気に繋がっています。なので、投げてやってくれると嬉しいです。けど、返信はできないかもって感じです。
そんな感じですが、今後も応援してやってくれると嬉しいです。
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