【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。お陰で頑張れています。
 誤字報告もマジ感謝です。本当に助かっています。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 アイデアに繋がっています。

 今回は三人称、色んな奴視点。
 前に出てきたキャラが多数出てきます。


日本からきたあいつ!ちょっとヘン!!(上)

 冒険者はすぐ死ぬ。

 

 古今東西、種族や国家を問わず、この世界においてそれは子供でも知っている様な常識である。

 単独か一党かに関わらず、最初の迷宮探索で半数の新米が命を落とす。先達が同行しても、応じて強化される迷宮はまず弱者を狙うのだ。いずれにせよ、素人は死にやすい。

 運よく生き残れたとしても、そのまた半数は一ヵ月以内に姿を消す。

 選別、洗礼、呼び方は色々あるが、はじめの位階が安価な木製の札であるのには相応の理由があるのだ。

 

 一ヵ月、それが冒険者にとっての区切りだ。

 素質・才能の指標であり、継続の是非を決める分水嶺であり、常人と狂人を分ける境界線である。

 

 冒険者業は儲かる。

 最下級の迷宮ひとつ踏破するだけで、ギルド職員の給与一ヵ月分の金が手に入るのだ。

 一党で分けても、食い詰め冒険者にとっては十分だろう。

 しかし、命賭けだ。文字通り命がいくつあっても足りない。

 だからこそ、まともな奴は貯めた金や力を使い、迷宮に背を向けて生きるのだ。

 

 ここは日本じゃない。

 異世界の王都民に、自殺者はほぼ皆無だ。

 皆、迷宮に往くのである。

 

 生きる為、死ぬ為。

 栄誉の為、財宝の為、性癖の為……。

 

 どんな善人でも、どのような悪人でも。

 異界の迷宮は全てを受け入れる。

 新たなる生命、その来訪を。

 

 

 

「多いな……」

 

 夏の盛りの真昼間。

 王都西区、転移神殿。

 

 ギルドお馴染み受付おじさんは、お得意の机仕事の最中に我知らず口が開いた。歳を取ると、独り言が増える。

 多い、というのは、今月登録し、且つ一ヵ月以上生存している新米冒険者の事である。比例して、ギルドが運営している各種店舗の売り上げも。

 

 感覚で、経験で、ベテランの受付おじさんは思う。

 最近、西区の冒険者の雰囲気が変わったと。

 

 例によって冒険者になろうという奴は血の気が多く、向こう見ずな奴が多いが、最近の新米は例年より勤勉な姿勢が見受けられるのだ。

 その理由が分からないほど、おじさん含めギルド職員は鈍感ではなかった。

 

「すみません。手続き良いですか?」

「おう、今日も鍛錬場か」

「ええ。しばらくはそのつもりです」

 

 恐らく、いや確実に、こいつの影響だ。

 ずっと担当している受付おじさんは鼻が高かった。

 

 イシグロ・リキタカ。新進気鋭……とはもう言えなくなってきた、名実ともに西区の看板冒険者である。

 この男、三人目の奴隷を購入してからというもの、以前にもまして鍛錬場の利用頻度が上がっているのだ。

 それを見た新米冒険者が、「まぁ銀細工のイシグロがやるなら……」と便乗して鍛錬場を利用するのである。

 

 機を見るに敏というべきか。そういった現状を鑑み、ギルド長は新たな試みを始めた。ギルド主導による、新人冒険者の訓練だ。

 引退した元冒険者に依頼して新人の稽古をつけてもらう。少額の参加料は必要だが、経費はギルド持ちである。

 前も似たような事をしたが、その時は参加者も集まらず効果も出ずで全く無意味な試みだった。が、今回はその目論見が上手くいっている感じがあるのだ。

 それは偏に、研修を受ける冒険者の意欲の高さによるものであると思われた。

 

 あの“黒剣”のリキタカがやっているのだ。真似をすれば、きっと上手くいく。

 そう思って、自ら進んで鍛錬場に通う新米は、他区の新米とは意識が違う。

 社会の外れ者が多い冒険者にあって珍しく、実に健全である。

 

 新米冒険者の自主的な健全化。

 

 この現象は西区のギルドのみで起こっている事だ。

 まだまだ検証の余地はあるだろうが、上手くやれば他区でも応用できるかもしれない。もしかしたら、界隈に良い風を吹かせる事ができるかもしれない。そんな予感がする。

 まあ、いずれにせよ死者が少ないのは良い事だ。おじさんはドライだが、冷血ではないのだ。

 

「へっ、流石だぜ……」

 

 先導するでなく、説教するでなく、ただ結果だけで成果を残した。これを英雄的と言わず何という。

 人知れず、受付おじさんは彼の英雄の功績を誇った。

 

「あの、すみません」

 

 そんなある日の事、イシグロは珍しく迷宮にも鍛錬場にも行かず、受付に顔を出した。

 そして、こう言ってきた。

 

「あの~、対人戦の練習がしたいんですけど、依頼で相手募るとかってできますか?」

「は……?」

 

 鍛錬場、銀細工、対人訓練……。

 何も起きないはずがなく……。

 

「それ、殺しはしねぇんだよな……?」

「しませんよ」

 

 ちょっと怖くなったおじさんであった。

 英雄だ何だと言われても、こいつは銀細工。倫理観ゆるキャラであり、死生観ガバスカの迷宮狂いなのだ。

 大丈夫かよ、である。

 

 で、だ。

 

「やっぱ、報酬が渋いんでしょうか」

「破格だぞ」

 

 案の定、迷宮狂い氏からの訓練依頼に人は集まらなかった。

 おじさん視点、理由は明白なのだが、当の本人はイマイチ理解できていない様である。

 

 人柄も良く、功績があり、信頼もされてるはずなのに、いやだからこそその狂人っぷりも確かなのだ。

 触らぬ銀に祟りなしである。報酬が良くても、流石にちょっと遠慮したいというのが冒険者たちの本音だろう。

 

「ん? あいつぁ……」

 

 そんな事を思いつつぼんやりしていると、おじさんの視界の端に見慣れない冒険者の姿があった。

 野暮ったいローブに身を包み、それでもなお隠し切れぬ強烈な色香。珍しい形の深域武装――眼鏡のこと――を身に着けた銀細工冒険者。

 彼女こそ、“風舞”のニーナであった。

 

 ニーナといえば、彼の淫魔剣聖シルヴィアナの娘であり、東区を拠点とする銀細工持ち冒険者だ。

 その腕前は確かなもので、単独で様々な一党に臨時的に加わっては成果を上げている。能力も人柄も、それほど悪い噂を聞いた事がない。

 読書中にちょっかいかけない限りは温厚な、銀細工にしては控えめで邪悪ではない、ラリス王国的にはかなり善良な冒険者だ。

 

 そんなニーナが、何の用だか西区にやってきた。

 何事か見ていると、ニーナは依頼掲示板の方まで行き、ひとつひとつ張り出された依頼書を眺めていた。

 それから、例のイシグロの依頼書を見つけ……。

 

「すみません、これ受けてもいいですか?」

「お、おう……イシグロはあそこな」

「ありがとうございます……!」

 

 凄い勢いで依頼を受注した。

 銀細工同士は惹かれ合うとでもいうのだろうか。見ていると、軽く挨拶した後にイシグロの一党とニーナは連れ立って鍛錬場へと入って行った。

 

 ざわ、ざわざわ……。

 

 転移神殿がざわつく。

 その姿を、多くの職員と冒険者たちが見ていた。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬわ、アイツ」

 

 イシグロのヤバさを知っている西区民としては、ニーナは完全に被害者扱いであった。

 ニーナを知らない人も、ニーナと顔見知りの人も、皆が思った。

 あー、こりゃ酷い事になるぞ、と。

 

「本日はありがとうございました……♡」

 

 と思ったら、夜になったら皆五体満足で普通に出てきた。

 しかも、当のニーナはやけに満足そうである。イシグロもいつもと変わらない。二人の様子から、中でどんな事が行われていたのかイマイチ分からなかった。

 とても意義のある訓練だったのか、それとも別の理由か……。

 

「ほう、依頼成功ですか。大したものですね……」

「なんでもいいけどよぉ、相手はあのイシグロだぜ?」

「気遣った……のかもな」

 

 多くの関係者が見守る中、依頼の完遂を報告したイシグロの一党と、にっこにこのニーナは別れていった。イシグロは帰路へ、ニーナは神殿へ。

 それから、神殿内の所用を済ませて帰ろうとするニーナに、彼女の顔見知りの冒険者が話しかけた。

 

「ど、どうだった……?」

 

 動揺して、主語のない言葉になってしまった。

 そんな問いに、ニーナは聖母の様な笑みを浮かべ……。

 

「たいへん素晴らしい戦いでした♡」

 

 と、答え、ニーナは上機嫌そうに去って行った。

 その肌はツヤツヤしていた。

 

 何がどう素晴らしいのか、さっぱり分からないが……。

 イシグロの態度や、ニーナの表情を見て――彼女と仲が良い冒険者は彼女の性癖を鑑みて――察する事はできた。

 

 つまり、ニーナはイシグロにボロ負けしたのだ、と。

 

 強さに敏感な王都民、中でも上下に五月蠅い冒険者界隈である。イシグロ>ニーナ、その情報は瞬く間に拡散していった。

 後日ニーナに問うてみても、肯定されたのだからただの噂話ではなく確かな事実となった。

 

「本日もよろしくお願いします。イシグロさん」

「はい、よろしくお願いします」

 

 それから、イシグロは定期的にニーナと鍛錬場に入るようになった。

 都度、ニーナはしっかりと生きて戻ってきた。調査の為にギルド職員が同行した際も、極めて実践的ではあれど回復などのケアも万全だったというお墨付き。

 ならば、血気盛んな冒険者が立ち上がらない理由がなかった。

 

「たのもー! 銀細工冒険者と戦えると聞いてやってきた者だ!」

 

 事実は人の口を通して噂となり、噂は広まるにつれ尾ヒレが付く。

 最初はただの対人訓練だったものが、日を追うごとにイシグロとのタイマンもしくはイシグロの奴隷との戦いへとシフトしていった。

 終いにゃあ、イシグロへの挑戦権をかけて、彼の奴隷を倒す道場破り的なイベントにまで発展してしまった。

 

「ようイシグロ! おひさー! なんか金もらえてお前と戦えるって聞いたからさ、来てやったぜー!」

 

 まず、“剛剣鬼”のラフィといった一応イシグロと面識のある冒険者が現れ……。

 

「うっす! イシグロさん! 一手御指南、よろしくお願いするっす!」

 

 血気盛んな新人冒険者が胸を借りにきて……。

 

「ゲゲゲッ! オデ、オマエ、ブッコロス!」

 

 挙げ句、噂を聞きつけた他区の銀細工冒険者が迷宮狂い何するものぞとカチコミをかけてきた。

 

「はい。お受けいただき、ありがとうございます。こちら、依頼にあった契約書です」

 

 それら全てを、イシグロは糧にしていった。

 同位階相手にはガチで当たり、奴隷たちにも経験を積ませ、善く戦った初対面の者とは強敵と書いて友という関係を築く事ができた。

 新人相手の場合、あえて慣れない武器やジョブで相手をし、奴隷たちにサブ武器を使わせ、皆で上手く手加減する練習をした。

 

「次は俺たちの番だァ!」

「俺たちは六人で挑ませてもらう!」

「卑怯とは言うまいな!」

 

 痛い目は見るが、死にはしない美味しい依頼。

 こんなボロい商売はないぜである。

 

「はい。大丈夫です、その前に契約書にサインをお願いします」

 

 ――イシグロ道場。

 

 いつしか、彼の訓練依頼はこのようにあだ名されていた。

 当の本人は、全く知らない呼び名である。

 

「ククッ……! 今宵の爪は血に飢えている……」

 

 そこに、一人の挑戦者がやってきた。

 とても、香ばしい匂いを添えて……。

 

 

 

 

 

 

 みなさんは“銀細工病”という言葉をご存じだろうか?

 思春期を迎えた年の頃に患ってしまうと言われる、恐ろしくも愛すべき病である。

 

 形成されていく自意識と、夢見がちな幼稚性、それから肉体的に成長し続ける時期に得られる全能感。

 それらによって可笑しな行動を取ってしまうという、アレだ。

 

 昨日まで“獣拳記”オンリーだった奴が、いきなり古典の“銀竜録”を読み始めてみたり……。

 珈琲(コーヒー)の苦みも何も分からないのに、夜森人流(ミルクなし)に拘ってみたり……。

 自分には特別な力があると信じて、嘘八百のマイナー剣術に思いっきりのめり込んでみたり……。

 

「ここが“黒剣”のいる転移神殿か。ククク……我が爪が反応している……!」

 

 西区ギルドの扉前に、一人の少年がやってきた。

 丸い耳、丸い瞳、獣人らしくしなやかな身体つき。それから、お手製の吸血鬼風ファッション。

 鼬人族のトリクシィである。

 

 さて、この少年も現在進行形で見事なまでの銀細工病。

 銀細工を持ってもいないのに、自らを“流星刃のトリクシィ”と名乗り、決め台詞は……。

 

「影の血の、真の力を見せてやる……!」

 

 神殿前で見栄を切る彼を、西区民は何ともいえない目で見ていた。

 銀細工病とはこのように、見ているだけで恥ずかし~い気持ちになる病なのである。

 

「クックックックッ、黒剣……」

 

 そんな西区民を無視して、今日も絶好調なトリクシィは名門貴族めいた美しい歩法――陰ながら練習していたのだ――で神殿に入って行った。

 これまた、今日も今日とて大繁盛の転移神殿。人口密度相応に異世界テンプレの新人注目イベントは起こる事はなく――トリクシィは期待していたが――、吸血鬼風ファッションの鼬人は受付へと向かった。

 それから、一番空いていたおじさんの受付に――綺麗なお姉さんと対面すると顔が赤くなってしまうので――向かい、開口一番言い放った。

 

「冒険者登録をしたい」

 

 と、

 

「おう、ちょっと待ってな」

「うむ」

 

 この少年、銀細工はおろか冒険者登録も初めてであった。

 しばらくして、登録用の紙を渡されたトリクシィは、流麗な字で――農家三男坊のトリクシィは蔵書の多い村長宅に潜入し、隠れて読み書きの勉強をしていたのだ――自分の名前を書いた。

 代筆の準備をしていたおじさんからして、「おっ、こいつ意外と字ぃ上手ぇじゃねぇか」と感心されるくらいにはトリクシィは字が上手かった。

 

「一応、規則の説明をさせてもらうぞ」

「あいわかった」

 

 こいつ態度でけぇなと思いつつ、おじさんは新人冒険者に対し丁寧に冒険者マナーを教えていった。

 終始尊大な態度を続けるトリクシィだったが、根の性格が出ているのか存外真面目に聞き入っていた。多くの場合、新人の冒険者は途中で飽きて苛つきはじめるものである。それに比べると、態度こそデカいが大人しいトリクシィはかなり優等生であった。

 

「うむ、礼を言うぞ」

 

 しっかり規則の指導を聞き終えると、トリクシィは颯爽と――反転した時に服の裾がファサっとなるよう意識して――歩き去って行った。

 おじさんは「ずいぶん変なのが来たな」と思って彼の動向を見るでもなく眺めた。すると、件のトリクシィくんは依頼掲示板の方に向かって行った。

 迷宮に直行でも、一党探しに向かうでもなく、まず掲示板の確認。内心、おじさんはトリクシィの評価を上げた。どうあれ、情報収集から入る姿勢はいくらかクールである。

 

「失礼、この依頼を受けたいのだが、先方は何処に?」

 

 それから、彼は一枚の依頼書を手におじさんの受付に戻ってきた。

 それは、イシグロとの共同訓練の依頼であった。

 

「あー」

 

 それを見て、おじさんは内心で同僚を罵倒した。この依頼書は昨日の時点で一旦取り消すよう当のイシグロから言われてたのだ。

 おじさんはしっかり伝達したはずである。にも関わらず残ったまま。まぁ、依頼人にその気がないのだから取り消せばいいだけなのだが。あとでもっかい言っとこう。

 

「あーっと、その依頼な、期限は昨日までなんだ。すまねぇこっちのミスだ。また今度にしてくれ」

「む、そうか……」

 

 ゴネてくるかと思ったが、トリクシィは素直に引いてくれた。

 それから、トリクシィは入口近くのバーに行き、テーブル席にどっかと座って一番安いジュースを――これで財布の中身が空だ――注文した。

 注文したジュースが届く。一口呑むと、頬杖をつき、足を組み、ただただ入口を眺めはじめた。

 

「おい、まさかあいつ……イシグロ待ってんのか……?」

 

 迷宮にも行かず、鍛錬場にも行かず、あるいは一党に入る事もせず、トリクシィは冒険者の往来がよく見えるところに陣取った。

 それはまるで、特定の人物が来るのを待っている様な位置取りであった。

 いや、まさか、いくらなんでも……。

 

 数時間後……。

 

「あいつまだいんのか……」

 

 昼を過ぎても、トリクシィは微動だにせず座っていた。

 その表情はあくまでクール。しかし、組んだままの足はプルプルして、頬杖ついた腕も痛そうだ。

 何か、鬼気迫った謎の雰囲気さえある……ような気がする。木札のド新人といえ、何か近づいちゃいけない凄みがある……ような気がした。

 

 またまた、しばらくして……。

 

「すみません、紹介状を書いて欲しいんですけど……」

 

 夕方、おじさんも帰りが近くなった頃、珍しい事にイシグロとその一党がやってきた。

 曰く、止まり木協会に行く為に紹介状を書いてほしいのだと。

 

「へっ、そういう事かよ……」

 

 止まり木協会、イシグロの奴隷、なるほど繋がった。

 流石イシグロだと、おじさんは鼻が高くなってスラスラと筆を走らせた。

 

「ほらよ」

「ありがとうございます」

 

 紹介状を受け取り、すぐ帰ろうとしたイシグロ。

 気分がよくなって浮足立っていたのか、おじさんは常にないお節介心で彼の背中に声をかけてしまった。

 

「あー、イシグロ、多分お前さんに用がある奴がきてるぞ」

「え? どこですか?」

 

 トリクシィの方を指し示してやると、そこには頬杖ついて眠りこけている少年の姿があった。

 朝の尊大な態度は何だったのか、その寝顔はとてもあどけなかった。ついでに鼻提灯ができていた。

 

「寝ているみたいですけど」

「あ、あぁそうだな……」

 

 そんな彼に声をかけていいものか。イシグロとおじさんが逡巡していると、何かに反応したらしく鼻提灯が割れてトリクシィの瞳が開いた。

 次いで、おじさんの近くにいるイシグロの方を見て、バッと立ち上がり……。

 

「ぐえ!」

 

 足がもつれて転倒してしまった。

 思いっきり顔面から行った。ステが高けりゃ何てことないが、普通の人類なら最悪死んでいた。それくらい見事に転んだのである。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 イシグロはそんな彼に近づくと、うつ伏せのトリクシィに手を差し伸べた。

 トリクシィは小声で「ありがとうございます」と言うと、素直にイシグロの手を取って立ち上がった。

 

「なっ! 黒剣!?」

 

 瞬間、イシグロの存在を認識した彼は獣人らしい身のこなしでバックステップした。

 かと思えば、イシグロの見ている目の前で、妙に外連味のあるポーズを取って人差し指を突き付けたではないか。

 

「突然の申し出だが、貴殿に決闘を申し込む!」

 

 瞬間、西区にいた関係者がざわついた。「け、決闘だ……!」と西部劇のモブみたいな台詞も添えて栄養バランスも良い。

 あと、頭に「突然だが」と付けるあたり人柄が出ている。

 

「決闘ですか?」

 

 いきなりの事に首をかしげるイシグロに、銀細工病の木札は自信満々に言い放った。

 

「そう……決闘だ!」

 

 何が「そう」なのかは分からないが、とにかく決闘がしたいらしい。トリクシィは満足そうな顔をしていた。

 イシグロもイシグロで、何事か思案するような表情になった後……。

 

「分かりました。依頼という形であればお受けします」

 

 するんだ。という静かな驚愕が転移神殿に広がった。

 それからイシグロは、イシグロ・リキタカという冒険者らしくしっかりとギルドを通して、トリクシィを連れて鍛錬場に入って行った。

 自称、流星刃のトリクシィ……彼の勇姿? を、沢山の冒険者が見届けていた。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬのか、あいつ……?」

「勝負ありッッッ……!」

「決闘と云うよりは挑戦、“蛮勇”だな。しかし何故承諾を……?」

 

 これまで、イシグロは初心者相手でもしっかりと訓練を受諾してきた。格下相手でも、しっかり糧にするのが彼だ。

 ギルドからの提言を聞き入れ、報酬は位階相応の額にしてはいるがそれでも中々だ。それでも、物言いの悪い新人からは、イシグロの依頼はイシグロ銀行と呼ばれてたりもする。とても優良な人気のお仕事である。

 とはいえ、マジで死にかけるまでボコボコにされるので、二度と行きたくなくなるのも事実であった。

 

 で、約一時間後……。

 

「ごめんなさい調子乗りましたすみませんでした……」

 

 鍛錬場から出てきたトリクシィは、顔色が真っ青になっていた。

 まあ、大方の予想通りであった。これに懲りて冒険者を諦めるもヨシ、奮起して頑張るもヨシ、死ななかっただけ安いと考えるべきだろう。

 臨時のイシグロ道場は、このようにして門を閉じたのであった。

 

 

 

 ちなみに、翌日の西区……。

 

「フーッハッハッハッ! 我、単独にて迷宮踏破! 探索完遂せり!」

 

 全身傷だらけになったトリクシィは、見事迷宮を踏破してのけた様である。

 どうやら、才能はあったらしい。

 

「ねえ、うちの一党に入らない?」

「君、前衛だろ? こっち来いよ」

「うちは獣人で集まってるんだが、どうだ?」

 

 洗礼を受け切ったトリクシィに、色んな一党が誘いをかける。

 対し、流星刃予定のトリクシィ氏は……。

 

「フッ、星は集えど、群れる事はない……。縁があれば、共に戦おう……」

 

 と、ドヤ顔で去っていった。

 どうやら、彼の病は治ってはいない様だった。

 

「あ、イシグロさん、どうもです」

「ああ、トリクシィさん、どうも」

 

 なお、イシグロには腰が低い模様。

 それでいいのか。

 

 

 

 

 

 

 黒剣、迷宮狂い、止まり木協会寄付者……。

 

 名が知れるという事は、目を付けられるという事だ。

 何となく始めた対人訓練だが、これが予想を超えて様々な陣営に伝わっていた。

 

「ほう、道場か……。おう、ちょうどいいじゃねぇか」

 

 そんな状況を、見逃さない陣営がひとつ。

 

「なるほど! 西区にはそのような催しがあるのでござるか!」

 

 縁もゆかりも無い陣営がひとつ。

 

「はぁあああああ!? ルクスリリアですってぇえええええええ!? あぁンのちんちくりんが! 若いヒトオスちゃんの奴隷ぃいいいいい!?」

 

 しょうもな~い因縁がひとつ。

 

 イシグロという地味な男は、とかく注目されているのであった。

 ロリ以外から。




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