【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆する燃料になっております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
 例によって過去渡河人格とか諸々ぶっ壊してから使うので、そこんところよろしくお願いします。

 今回は三人称、エフィーエナ視点。
 よろしくお願いします。


激突!ロリコンVS女戦士ズ

 ――人類生存圏。

 

 人類生存圏とは、その名の通り人類の生存が恒久的に確認し得る領域の名称である。

 圏内はラリス王国を中心に種々様々な種族が共同体を成している。空に天使の住まう国家あり、地下に吸血鬼の住まう国家あり。当然、国ごとにその文化や生活様式は大きく異なる。

 しかし、敵は同じだ。第二大災厄以後、人類は争いを止め、協力して生存領域を広げていったのである。

 

 圏外は魔物の発生頻度が極めて高く、並みの人類が安穏な暮らしができる場所では断じてない。

 また、圏外よりも更に外側からは内に向かって強力な魔物が不定期に侵攻してくるのである。

 魔物群からの防衛戦。人類が勝つ事もあれば、負ける事もある。そうなると、生存圏は狭まってしまう。

 

 生存圏を死守し、領域を拡大し、時に退いては奪い返す。

 決して終わらぬ縄張り争い。人類と魔物の攻防は、命を賭けた綱引きのようである。

 

 故に、人類には結束が必要不可欠だ。

 そうでなくば、今度こそ絶滅してしまうのだから。

 

 

 

 グウィネス部族連合。

 獣人族の代表が治める連合国家であり、種族ごとの群れが集まって興された国である。

 また、代々獣王と称されるグウィネスの王は、ラリス王と共に災厄を祓う責務を負っている。

 

 国と名の付く共同体は、人類生存圏を守護する義務を負う。中でもラリス王国はその武力で以て生存圏の約半分を守護していた。

 うち、グウィネス部族連合が守護するのは南方の一部のみである。それでも、他国より奮闘していると言える。

 

 エフィーエナ・ファーリは、そんな連合国の防衛拠点のひとつ、鬣犬族の群れの中で生まれた女だ。

 母はラリス王国にて最上位の戦士を意味する証を持つ女傑、ナターリア・ファーリ。エフィーエナは、部族の長たる英雄の娘であった。

 しかし、エフィーエナは部族長の娘であっても、甘やかされる事はなかった。それは獣人の価値観的には当然であった。例え長の娘とて、強くなければ尊敬されないのだ。

 

「いいかエフィーエナ! アタシ等戦士が全滅したら、後ろにいる奴等が死んじまうんだ! この事、忘れんじゃねぇぞ!」

「はい!」

 

 エフィーエナの母は、自他ともに認める女傑だった。でありつつ、娘には常に自身を超える程の力と気概を求めていた。

 強者に厳しく、弱者に寛容。向上心がある者を好み、愚かな者に冷酷。ナターリアは、まさにラリス的な思想の持ち主だった。

 エフィーエナもまた、彼女の気性を濃く受け継いでいた。

 

「貴様! 何故訓練中に休んでいる! それでも鬣犬の戦士か!」

「エフィーエナ様! し、新入が倒れてしまいました!」

「死んでないだろう! すぐに立たせろ!」

 

 部族連合の領域守護は年によりサイクルされる。中でも、ナターリア率いる鬣犬族は高い頻度で守護に駆り出されていた。

 それは単に鬣犬の強さ故であり、エフィーエナにとっては紛れもない誇りであった。 

 

「ふん……迷宮といえど、こんなものか」

 

 守護の任がない間、鍛練にと潜ってみた迷宮は圏外戦に比べ、ぬるま湯のようなものだった。

 確かに、迷宮の魔物は強力だ。斬っても殴っても回復するし、死にかけになっても存分に暴れてくる。

 しかし、悪意がない。憎悪がない。突っ込んでくるだけの迷宮の魔物と違い、圏外から襲ってくる魔物はあらゆる手段で以て人類を破滅させようとしてくるのだ。

 

 強いだけの魔物になど、それを倒して悦に入ってる者など、エフィーエナには弱者に見えた。

 ラリスで手に入れた銀細工など、強弱を見分けやすくする指標に過ぎない。銀細工の力は認めるが、そこにリスペクトは抱けなかった。

 

「全く、今年の新入は軟弱者ばかりだな。これじゃ“荒野の牙”に新しい血を入れられない……!」

 

 英雄は民を救い、民は英雄を創り、王は全ての人類を守る。力を貴び、愚を許さない。

 抑強扶弱、これがラリスの思想だ。

 

 弱い者が強い者の犠牲になり、より強い群れを作る。そして、強者だけが生きて残る。

 弱肉強食、これがエフィーエナの思想である。

 

 エフィーエナは思う。

 弱者に価値はない。

 強者だけが価値があるのだ。

 

「ケッ、どいつもこいつも……!」

 

 魔物を殺す度、エフィーエナの思想は徐々に先鋭化していった。

 そのうち、他人を自分の物差しだけで計るようになり、それを絶対視するようにもなっていた。

 

「どうだ? こっちには良い男いたか?」

 

 ある日、ラリスの王都に滞在中、母からこのような事を訊かれた。

 エフィーエナも良い年齢だ。獣人の価値観的にそろそろ番を作っても良い頃合いである。

 それはそれとして、不愉快な問いではあった。

 

「いませんね」

 

 鬣犬族は女系種族である。強い雌が弱い雄を保護し、命の灯を繋ぐのだ。

 それで言うと、エフィーエナ的に同じ種族の雄は絶対NGのよわよわチンポコに見えていた。

 番などクソ食らえである。ふにゃチン野郎の同族に抱かれるのも、種を絞って弱い子を産んでやるのも御免だった。

 命令ならば従うが、それは強者である母の命令だからだ。それ以上でも以下でもない。

 

「どいつもこいつも、アタシに見合わぬ腑抜けばかりです」

「そうか、まぁいつか見つかるさ」

 

 同族も、他種族も、銀細工冒険者も、雄なんてのは弱い奴しか居やしない。

 仮に能力の高い奴がいたとして、そいつが自分を抱く事を許容できない。利用する事はあっても、番を作って愛し合うなど真平御免だ。

 エフィーエナ・ファーリは、そういう女だった。

 

「ほう、道場か……。おう、ちょうどいいじゃねぇか。エフィーエナ、お前西区行ってこい」

「アタシが、ですか?」

 

 またある時、何かしらの報告書を目にしたナターリアはこのような事を命じてきた。

 曰く、イシグロ・リキタカという冒険者の正確な強さを測りたいというのだ。

 しかも、出来るだけ穏便に。

 

「いいか? あくまでお前の興味で行くんだ。体裁って奴だ。さっきのは忘れろ。お前の意思で行く、そういう事にしておけ」

「……はい、承りました」

「ンな顔すんな。楽しめよ、どうせなら」

 

 了承したはいいものの、正直全く乗り気じゃなかった。

 第一、母が他国の政治に配慮してるのも気に喰わないし、鬣犬族の長がいち冒険者相手にコソコソするのも気に喰わない。

 すぐに行けばいいものを、行きたくねぇなぁという気持ちが先行して、武器買ったり防具買ったりしてるうちに故郷への帰還日時が迫っていた。

 それはさながら、夏休みの宿題を放置する小学生のよう。当然、しわ寄せがくる。

 

「なに? 受付は終わっているだと?」

 

 そうしていざいざ覚悟を決めて西区の転移神殿に行ってみると、なんとイシグロ道場は閉まっているというのだ。

 母の言いつけを守れないかもという焦燥感と、まぁ気に入らない奴に会わなくて済んだという安堵感で、エフィーエナの内心は半々だった。

 せっかく覚悟を決めたのに、無理ですと言われれば気分が冷めるし焦りも増す。少し考える時間ができると、半々だった心は焦りの方に傾いていった。

 いっそ、訓練でなく直で決闘かましちゃってもいいんじゃないかとさえ思いはじめた、その時だ。

 

「ん?」

 

 ふと目に入った光景。その中にいる、目的の人物の姿。

 地味な防具に、腰にある二振りの刀。聞かされた装備と違ったところもあるが、黒髪黒目は情報通り。

 そんな男が、エフィーエナにとって看過し難い状況を良しとしていた。

 

「待ちな!」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 

 

 

「どういう事なんですか?」

 

 翌日、西区転移神殿には件の騒ぎに関わった七人の姿があった。

 エフィーエナとイスラと、見物客のトリクシィ。それとイシグロ御一行である。 

 

「うむ、一度やり合ってみたら友情が芽生えてな。仕合の後は酒を酌み交わし、無二の友になったのだ」

「ああ。正直、最初は圏内育ちと思って甘く見ていたが、いや味わい深くて感動した。情熱を秘めた剛剣」

「はあ」

 

 結局、例の騒ぎの後、エフィーエナとイスラは色々あってズッ友になったのである。

 リンジュの侍を甘くみていた。やるやん、である。

 

「うむ、イシグロ殿は一党単位の訓練も承諾してくれると聞いたのでな。ならばと臨時で一党を組んで二人一緒に参った次第。構わぬだろうか」

「いやまぁ、いいですけど」

 

 イシグロは不服そう……というより、不可解って感じの顔で了承した。

 エフィーエナ視点、やはりイシグロという冒険者は昨日見た通りに腑抜けの雄に見えて仕方がなかった。これが本当に彼の迷宮狂い氏なのか、甚だ疑問である。

 それはそれとして、母からの命令には従わなければならない。エフィーエナは改めて気合を入れた。

 

 さて、イシグロ道場には、いくつかルールがある。それは依頼書に記載のある事だ。

 前提として、通称イシグロ道場は迷宮や圏外戦で使うような武器を使用する。また、寸止めなどはなくガッツリ殺す気でやってほしいというのだ。その他、細々としたルールがいくつか。

 そして、受注側はまずイシグロと戦って、その後に彼の奴隷と手合わせをするのだ。

 

「では、まずどちらが相手をする?」

「イスラでいい。楽しみにしてただろ?」

「いやいや、お主こそ」

「いやいやいや……」

「いやいやいや……」

 

 で、こうなると順番をどうするかである。

 エフィーエナ的には自分がラリスにいるうちに任務を全うできればいいだけなので、今日終われるならどっちでも良かった。なら、兼ねてから楽しみにしていたらしいマブに譲っていいと思う。しかし、イスラもイスラでエフィーエナに忖度していた。実にリンジュ的思考だ。

 譲り合いの精神は美しいが、端から見ると面倒臭いものである。いやいや合戦の途中、イシグロは何かを思いついたように声を上げた。

 

「では、二人同時というのはどうでしょう?」

「同時?」

 

 首をかしげるイスラ。エフィーエナもルールとは違う提案に訝しげな表情になった。

 それは団体戦という事だろうか。しかし、まずイシグロが相手をするという話だったはずだが。

 

「はい。イスラさんとエフィーエナさん対俺で戦いましょう」

「あん?」

 

 一瞬、ムカッときた。

 ふざけるなと言いかけたところ、イシグロの眼をみて言葉を引っ込めた。

 

 初めて会った時はなよなよして弱そうだったイシグロの瞳が、何故だか今は眩しい情熱に燃えていた。

 故郷の雄にはない輝き。ラリスの勇士にもない熱さ。勝つとか負けるとかじゃない。強くなろうとする者の眼だった。

 そういうの、鬣犬的にポイント高い。

 

「ほう。いいじゃないか」

 

 トゥンク……エフィーエナの胸にある謎の回路が反応した。

 

 

 

 鍛錬場にはいくつか種類がある。

 基本となる闘技場タイプや、風の強い草原タイプ。中には古代の王都アレクシストを再現した古都タイプなんかもある。

 今回使用するのは廃城タイプだ。障害物と高低差のある所で、内部は入り組んだ地形になっている。

 エフィーエナとしても戦場に文句はなかった。そも、真の戦士は時と場を問わないものである。

 ちなみに、ステージ選択は見学者のトリクシィが決定した。どれにしようか楽しそうにしていた。

 

「では、よろしくお願いします」

「うむ、こちらこそよろしく頼む」

「ああ」

 

 崩壊した玉座の間で、三人は向かい合った。

 二対一、少し離れて俯瞰できるところではイシグロの奴隷たちとトリクシィ――鍛錬場は沢山入れる――が見守っていた。

 

 イシグロは大小の刀を引き抜き、二刀流の構え。イスラは太い刀を手に取り、自然体に佇んだ。

 エフィーエナは背中に負った岩塊の如き棍棒を手に取った。この棍棒は以前迷宮で手に入れた深域武装である。壊れづらいので、気に入っている。

 

「では……」

 

 少し遠くで、トリクシィが手を挙げた。

 やがて、鍛錬場に試合開始の合図が木霊する。

 

「はじめ!」

「ガァアアアアアアッ!」

 

 瞬間、石床が爆ぜ、鬣犬の女傑は大きく前へ踏み込んだ。

 初手咆哮は獣人戦士の挨拶みたいなもんである。エフィーエナは己の役割を把握し、イシグロ目掛け真っすぐ突進した。

 岩棍棒の上段振り下ろしを、イシグロは左手の刀で受け流した。不自然なほど柔らかい感触。

 

「くっ……!」

 

 空いた白刃が閃く。知っている。そう来ると思った。ならば、対処できる。

 エフィーエナは勢いそのまま前に跳び、刀の間合いを外れてみせた。

 

「オラァ!」

 

 通り過ぎたところで反転。エフィーエナは棍棒のリーチを活かし、再度突貫した。

 挟み撃ちになるまいと位置を変えたイシグロは鬣犬の攻撃を難なく受け流すと、視界の隅でイスラの方を見た。今はこれでいい。

 時間を稼いだ。ならば、完了しているはずだ。

 

「ぶーっ!」

 

 イシグロの視線の先。イスラは口に含んだ酒を愛刀に噴霧していた。すると、酒を浴びた刀身は魔力の炎を帯びた。

 酒気帯刃。リンジュに伝わる時限強化技である。

 

「ヒィヤッハァー!」

「おっと」

 

 強化完了後、イスラは燃える刀を振り上げイシグロに飛び掛かった。その唇は裂けんばかりに弧を描いていた。

 鋭い踏み込み、力強い一刀。流石のイシグロとて、脇差で防ぐので手一杯の様相だ。

 

「グォオオオオオ!」

 

 そこに透かさずエフィーエナの一撃。前方の牛鬼、後方の鬣犬。漆黒の双眸は侍のみを映している。

 刹那、まるで背中に目が付いているように、イシグロはそれをヌルリと回避した。

 仕切り直されたが、まぁいい。意図せず一拍手に入った。優勢を盤石にすべく、エフィーエナは深域武装の権能を使用した。

 

纏わりつけ(・・・・・)!」

 

 棍棒を掲げる。すると岩塊が砕け、その破片がエフィーエナの全身に纏われた。岩が剥げた棍棒は金属的な光沢を放っていた。

 深域武装“ダロズの棍棒”。性能はシンプル頑丈武器。権能は岩操作。脳筋でも使える優良棒である。

 

「イスラ!」

「応!」

 

 岩鎧を纏ったエフィーエナは、機動力そのまま再度突貫。イシグロの正面に張り付くように武器を振るう。イスラは相手の死角を探るべく側面を狙う構えだ。

 ギン! ギン! ギン! 不快な金属音が連続する。イシグロが受け流し特化剣士なのは知っている。なので、踏み込み過ぎず慎重かつ大胆に攻めて押す。

 エフィーエナが盾で、イスラが矛だ。挟み撃ちで勝てる。数の暴力の恐ろしさを、圏外育ちの獣人は熟知していた。

 

「くっ……はぁッ!」

 

 イシグロは完璧なタイミングで棍棒を受け流すと、動く針孔に糸を通すが如き妙技で鎧の隙間に刃を迸らせた。

 しかし、その斬撃の軌道は不自然な位置で遮られてしまった。まるで木の根に足を突っ込んでしまったように、鋭い刃が岩の鎧に挟み込まれていたのである。

 

「オラァ!」

「ぐおっ!?」

 

 流れるように棍棒で打擲。身体が「く」の字に曲がり、イシグロは横っ飛びに退避した。

 苦悶の表情を押し隠し横一回転して立て直す。すると目の前には、大嵐的オーラを放つ牛鬼侍の姿があった。

 

「キィエエエエエエエ!」

「イッ……!?」

 

 猪突猛進! 近づいて一発! 左の脇差でガードするも、受け切れずに肩から腕にかけてザックリぶった斬られた。

 血が噴出する。幸い腕は切断されていないが、イシグロは腱を斬られて脇差を落としてしまった。

 

「ッてぇなァアアア!」

 

 吠えたイシグロは右の刀でイスラを牽制すると、追撃せんとするエフィーエナに背を向け全力で逃走した。

 その鮮やかな逃げっぷりは存外堂に入っていた。いや見とれている場合じゃない。この鍛錬場は廃城タイプ、逃げ隠れには適した地形だ。

 

「奴は手負いだ。魔物と同じだと思え!」

「承知!」

 

 イスラもエフィーエナも、逃げる様を情けないとは思わない。戦士の逃走とは仕切り直しの常套手段なのだから。

 そして、手負いの戦士にも油断しない。銀とか金の人間というのは、例え首を落としても暫く動いて殺しにくるような怪物なのであるからして。

 

「こっち……いや、匂いが消えたぞ!?」

「足場も壊されている。音も聞こえん。むむ、何と器用な……」

 

 焦らず急いで追いかけたところで、二人はイシグロの気配を見失ってしまった。

 最初に匂いが消え、音が消え、魔力の流れが消えた。血痕も道中派手にぶちまけられててそれきりだ。回復されたと見るべきだろう。

 魔道具か、はたまた自前の魔法によるものか。いずれにせよ、剣士なはずのイシグロは隠形にも長けているようだった。

 

「へっ、おもしれー男……」

 

 歴戦の戦士を自負するエフィーエナだが、ここまで器用な奴と戦った事はなかった。

 業腹だが、イシグロは凄まじい剣技の使い手であった。その上、変な意地を張らずに逃走を選べる狡猾さと、仕切り直せる度胸と実戦経験がある。

 ドキドキと。エフィーエナの心が跳ねていた。やはり強者は良い。闘争は楽しい。イシグロ・リキタカ、覚えたぞ。

 エフィーエナが気合を入れ直した、次の瞬間である!

 

「「おぉ!?」」

 

 ズガァン! 空気の揺れを感知し、二人はその場を退避した。

 寸前までは音もなく、エフィーエナの胴を狙って矢が飛んで来た。しかも槍のようなデカ矢だ。おいおい、イシグロが弓を使うなど情報にないぞ。

 

「見えたか!?」

「知らん! とにかくここは拙いぞ!」

 

 隠れた相手から一方的に捕捉されている。これはホントにマジでヤバい。二人は遮蔽物を突っ切る様に疾走した。

 ズガァン! 第二射は走る二人の間。厚い壁を貫通して通り過ぎていった。一射目とは角度が違う。動きながら狙撃してるのか。

 遮蔽物のない所に出ると、遠くにイシグロを発見した。身の丈ほどもある大弓に小さな矢を三本同時に番えていた。

 

「突っ込むぞ!」

「イスラは後ろに!」

 

 狩る側が狩られる側になっている。二人は一列になり、イシグロ目掛け最短距離を疾走した。

 雷めいた軌道で三本の矢が迫る。エフィーエナは岩の鎧を分離し、盾を作って矢をガードした。

 ガンガンガンと重い衝撃。速度は落とさない。岩の隙間で観察する。イシグロが次の矢を番え、さっきと同じく三つの矢を解き放った。

 一発は正面、ガード。二発目も正面、ガード。三発目も真っ正面、ガード!

 

「ぐぅぅぅあああああ!?」

 

 した瞬間、エフィーエナの眼に謎の粉末が入り込んできた。

 眼球が焼かれた。いや、何かが染みているのだ。まるでスープが目に入った時のように。

 突進を続けるエフィーエナの盾に、次なる矢が突き刺さる。するとこれまた謎の粉末が散布された。

 

「吸うなイスラァ!」

 

 すぐに分かった、感覚封じの煙幕だ。イスラは即座に懐から取り出した丸薬を口に入れ、惑わず真っすぐ走り続けた。

 エフィーエナとて銀細工、状態異常対策はしているが、全てに耐性を持っている訳ではない。聴覚と嗅覚はともかく、喉と平衡感覚が馬鹿になった。

 

「おぉぉぉぉ!」

 

 眼が痛い。喉も痛い。身体が痺れて動きづらい。それでも盾役を全うした。侍が駆ける、万全のイスラがイシグロに肉迫!

 刀の間合いだ。イシグロは弓を捨て、腰の刀に手をかけた。居合である。

 

「キィィィェアアアアアッ!」

 

 瞬間、激しい擦過音。

 牛鬼と人間の侍が、丁々発止の斬り合いを開始した。

 

 エフィーエナは懐からポーションを取り出し、一気に飲み下した。同時、全ての感覚が回復する。

 そのまま援護に向かおうとしたが、既に決着がついていた。

 

「ぐぁああああ!? 無念!」

「くッ、エリーゼ回復!」

 

 ごく僅かな攻防。どうやらイスラは敗北したらしい。

 イシグロは右耳を失い、イスラは腹をバッサリ斬られたところで、何処からか飛んで来た回復魔法で全快した。横一文字に斬られた腹には傷跡ひとつ残っていない。

 

 イシグロと目が合う。彼は片手の刀を収納魔法に入れ、取り出した直剣を構えた。油断なく構えられた切っ先が鬣犬の眉間を狙っていた。

 

「やられたー! 退避する!」

 

 死亡判定のイスラは、そう言ってその場を離れていった。

 エフィーエナは思う。それにしても、マジの訓練だなコレ。強くなるのに、イシグロは痛みも苦しみも厭っていない。

 

「はははっ、いいなぁお前ェ……!」

 

 ともかく、訓練に本気なのは嫌いじゃない。

 エフィーエナは岩盾を分離し、再度岩の鎧を纏った。

 

「そうですか」

 

 言って、イシグロは無造作に虚空を蹴った。

 すると、何故だか謎の球が迫って来た。

 一瞬呆気に取られたエフィーエナだが、原理は分かる。こいつ、収納魔法のモノを足で蹴って出したのだ。そんな使い方初めて見た。

 

「効かねぇ!」

 

 ともかく、催涙ガスか何かは分からないが、エフィーエナはボールを回避してイシグロに接近した。

 背後で水袋が弾ける音。油? ともかく避けたのだ、気にするな。

 

「オラァ!」

 

 防御を岩鎧に任せ、棍棒を振るって攻めるエフィーエナ。

 イシグロは嵐のような暴力を余裕を持って受け流した。互いの間に激しい火花が咲き乱れる。

 間髪入れず鉄と鉄の衝突音が鳴り響く。地味な攻防はエフィーエナ優勢に見えるがそうでもない。二つ名通りの黒い剣は、鬣犬の猛攻を捌ききっているのである。ならば、更に押し込むのみ!

 エフィーエナは鎧の重さをぶつけるように一歩深く踏み込んだ。するとそこに、見計らっていたように岩の鎧をタッチしてきた。パンチでもキックでもない、掌。一体何を?

 

「ぐはっ!」

 

 鎧越しに、全身に走る衝撃。これは素手の連中が使う、あの技だ。

 一瞬の怯みを見逃すことなく、イシグロはエフィーエナを前蹴りで押し出した。馬車に跳ね飛ばされるように吹っ飛ばされる鬣犬。

 拙い。如何なる戦場でも転倒は最悪だ。すぐに是正しようとしたところ、脚が滑って姿勢が崩れた。

 

「おぉぉぉぉぉ!?」

 

 コケる寸前。とにかく追撃を阻止すべく全力で転がる。ネトネトする液体が鎧に付着する。潤滑油だ。

 しかしこの程度、沼地に比べれば何てこともない。姿勢を直す。油エリアの外で、イシグロは油塗れの鬣犬に掌を向けていた。

 

「範囲拡大、魔力過剰充填、“極大発火”!」

「ぐぅぅぅぅぅぅ!」

 

 そうしてイシグロから放たれたのは、広範囲の炎魔法だった。避けきれない。エフィーエナに炎魔法が直撃した。

 原則、燃え移る事のない火が油に引火している。魔力油だ。エフィーエナはゴロゴロ転がった後、ふんと気張って魔力を放出し鎮火。

 

 ダメージがデカい。息が苦しい。エフィーエナは地面に棍棒を叩きつけ、気合一発立ち上がって構えた。

 

 その先に、光を湛える剣を構えたイシグロがいた。

 

 アレは、イスラが見せてくれた刀の構えだ。曰く、一撃必殺の単純な技で、故郷じゃそれを毎日練習するとか何とか。

 鋭い踏み込み、一瞬遅れた。権能の岩鎧でもアレは耐えきれない。棍棒が間に合うかどうか、兎に角やるしかない!

 

「ヤァアアアアアッ!」

 

 全身に衝撃。鎧が砕けた。エフィーエナは、鎧ごと叩き斬られてしまった。

 跳ね飛ばされ、棍棒を取り落とした。こうなれば、もう勝ち目はない。

 僅かな滞空時間、エフィーエナは負けを悟った。

 

 その時、エフィーエナの脳裏に過去の情景が蘇った。

 

 過酷な戦の後だった。

 夜、周辺の警戒が終わって、その事を母に報告しようとした時だ。

 天幕の中で、母は父に組み伏せられていた。

 押し殺しつつ、媚び媚びの甘い声で喘いでいた。父と母、普段とは完全に上下が逆だった。

 

 それを見た時のエフィーエナの感情は、どんなだったろうか。

 凡そ、良いものではなかった。

 しかし、今になってみると……。

 

「へっ、いい男じゃねぇか……」

 

 背に石壁。気を失う寸前。エフィーエナは獣人の雌が番を作る理由を知った。

 良い戦いだった。素晴らしい敗北だった。そして、多分これは初恋だ。

 勝者を湛えるべく、恋する鬣犬は強き男の方を見た。

 瞬間である!

 

「ごべぇ!?」

 

 目の前に拳! 鼻面に! 思いっきり突き刺さる! 

 エフィーエナは顔面にマジのグーパンをもらっていた。あまりの衝撃に背後の壁が崩落。

 気絶する寸前の相手に本気の一撃。情け容赦のない、冷徹で鋭いソリッドパンチ。

 

 え? これ、もう訓練終了の流れじゃないの?

 

 しかし、イシグロ視点ではまだ試合は終了していなかった。

 当時、イシグロは痛みと激戦で完全にプッツンきていて、相手を気遣う余裕がなかった。だから、気を失いかけているという認識がなかったのである。HPもまだまだあるし、どうせすぐ立ち上がって反撃してくるぞ。その前にやる! やらねば!

 効率的に相手を撲殺する手段、それ故のマジパンチ。イシグロは最速で最適な攻撃をしていたにすぎない。少なくとも、当人の主観では。

 

「ゴボーッ!?」

 

 さらにもう一発! 今度はヤクザキック! 瓦礫を散らし蹴り飛ばされる!

 そして、哀れなエフィーエナは都合よくあった岩盤に背をぶつけた。気を失いかけていたのに、衝撃で目が覚めてしまった。

 眼が開いている。気絶していない。やはりまだかと、イシグロは再度蜻蛉の構えを取った。今度こそチェストして試合終了である。

 

「まッ……!」

 

 エフィーエナの前に、黄金の剣を構えた怪物がいた。

 目が合った。虚無の双眸が鬣犬を見下ろしている。間違いない、あれは人じゃない。

 

「参った……!」

 

 肩口に冷たい感覚。薄皮一枚の間を空けて、殺意満点の切っ先が停止した。

 試合終了である。即座にエフィーエナに回復魔法が飛んできた。凄い効果、全快だ。

 回復魔法の効果に驚いていると、イシグロは倒れるエフィーエナに近づき、手を差し伸べ、云った。

 

「ありがとうございました」

 

 剣を下ろしたイシグロは、笑顔だった。

 今の彼の瞳に、強くなろうとする健やかさはなく、ただ使い終わった道具を見下ろす冷酷さだけが在った。

 

「お、おう……」

 

 いい男じゃねぇかと思ったが、とんでもない。

 心の奥底で、エフィーエナは自分を屈服させられるような強い男を求めていた。それは分かった。自覚できた。

 が、こいつはダメだ。

 

 男は強さじゃない。

 大事なのは、中身だ。

 

 心底そう思うエフィーエナだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、鬣犬と牛鬼の二人は転移神殿近くの居酒屋で吞んでいた。

 イスラは酒が入ると笑い上戸になるので、終始楽しそうにしていた。

 対するエフィーエナは彼女の話に相づちを打ちながらも、時折心ここにあらずといった様子。

 イスラがその事について訊いてみると、エフィーエナはぽつぽつと話しはじめた。

 

「はあ、強い男なぁ」

「そらそうよ」

 

 話したのは、エフィーエナの恋愛観……というより、男性観関連についてだった。

 これまで、エフィーエナは色恋沙汰には全く関心がなかった。交尾も出産も、自分には無縁だと思っていた。

 身だしなみを整えるといっても、それはあくまで他種族に舐められない為にするのであって、猫人のように雄に媚びる為ではないのだ。

 それが、今日イシグロとの対人訓練でボコボコにされ、エフィーエナの中にあった遠い記憶が呼び覚まされた。屈強な母が、貧弱な父に組み伏せられて屈服している様を。

 その時の感情を、何と例えようか。忌避か、嫌悪か、はたまた憧憬が大きいか。ともかく、雄に組み敷かれる女傑の何と美しい事かと、そう感じてしまったのである。

 

「なら、それこそイシグロとかどうだ?」

「ありゃダメだ」

 

 確かに、イシグロは強い。二対一でやって負けたのだ。タイマンで勝てるビジョンが全く見えない。間違いなく、エフィーエナよりも強いのだろう。

 向上心もある。条件にある通り、強い雄ではある。しかし、あの冷たい瞳ときたらどうだ。まるでエフィーエナを道具として見ているかのような冷えた眼差し。仮にイシグロに押し倒されたところで、自分が母のようになれるとは思えなかった。

 

「ていうか、あいつに性欲とかあるのか? 連れてる奴隷も何の色気もないちんちくりんだったし、若いくせに枯れてるんじゃないか?」

「誠実な御仁に見えたがな。ま、いずれ良い殿方と巡り合えるだろう。何なら、知り合いの男でも紹介しようか?」

「紹介……」

 

 ふと、エフィーエナは静かに杯を傾けるイスラを見た。

 イスラは凛とした武人って感じの女性だ。それでいて、男のようなむさ苦しさがない。所作のひとつひとつが洗練されていて、食器の扱いなど楚々として流麗である。

 肌も髪も綺麗で、よく手入れされているのが分かる。牛鬼女らしい豊満な胸に、むっちりと肉のついた尻は女のエフィーエナから見ても煽情的だと思える。

 

「むぅ……」

 

 対して、己の身体を顧みる。

 髪の手入れは適当で、目つきも悪い。筋肉もゴツゴツしている。尻や脚は豊満と言えるかもしれないが、エフィーエナのは何かこう……ムチムチというよりムキムキだ。

 思えば、母は母でしっかり身だしなみ整えてたな、と……。

 

「はぁ~」

 

 エフィーエナは柄にもなく重いため息を吐いた。

 

「毛づくろい、もうちょい真面目にやるか」

 

 以降、エフィーエナは婚活を始める事にした。

 

 初めて恋が芽生えかけ、一秒もせずに失恋した。

 もう恋なんてしないとは、言うつもりはない。

 何たって、鬣犬の女は不屈の戦士なのだから。




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 次回からリンジュに行きます。
 異世界モノお約束、東の国ですね。


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