【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。励みになっております。
 誤字報告も感謝です。感謝感激でございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 あと、イシグロが転移した時期は2023年の春前くらいだったんですけど。
 その設定は死んだ、もういない。伏線とかじゃなくて、都合が悪くなったからです。
 そんなもんです。

 今回は三人称、カムイバラの冒険者視点。
 よろしくお願いします。


炉利魂は嵐を伴って

 イシグロが元いた世界には、国民性とか県民性とかいう言葉があった。

 意味はその土地に特有の精神的な特性というものだが、これはイシグロが転移してきた異世界にも当然として存在するものであった。

 現代地球ほど人の流れが活発ではない異世界では、土地に根差した精神性というのは日本よりもむしろ顕著なのである。異世界の場合、そこに種族とかその他色々が加わって少し複雑になる訳だが、それはそれ。

 

 さて、ここで異世界二大国家における国民性というものを見ていこう。

 

 ラリス王国民=野心家が多く、競争心が強い。あらゆる種族に寛容で、けれども王家ないし絶対的な強者には従順。人格よりも武勇を貴ぶ傾向がある。

 リンジュ共和国民=上昇志向よりも安定志向であり、ラリスよりは温厚。トップに絶対の権力はないが、国民全体が緩く繋がっている。また、身内に甘い傾向にあり、よそ者には若干排他的である。

 

 と、まぁこんな感じ。

 そこにプラスして、街や村単位でも個性が出る。アレクシスト民は一般ラリス民より気性が荒いし、カムイバラ民は王国の影響を受けて若干ラリス寄りだ。

 当然、所属する冒険者の性格にも違いが出る。リンジュの場合、ラリスよりも冒険者と一般人の距離が近い傾向にあったりもする。

 

 そんなリンジュの転移神殿に、とあるラリスの冒険者一党が現れた。

 皆さんご存じ、ロリコンとロリである。

 

 頭目と思しき男は、黒髪黒目の弱そうな剣士だった。

 実用性一辺倒の革鎧に、一見数打ち品に見える両刃の直剣。

 ラリス王国程でなくとも派手好きで傾奇者の多いリンジュ冒険者的な感覚で言うと、ちょっと地味で格好悪い。もっと腕にシルバー巻くとかさ。

 けれども、その胸にはラリス王国風の意匠の銀細工が下げられており、見た目はともかく強さの程は保証されていた。

 

 そいつの後ろにいる奴隷三人も、ちょっとどころでないほど目立っている。

 如何にもドスケベサキュバスでございな恰好をしてるくせに全くエロくないチビ淫魔。高貴な血筋を思わせるが何の威厳もない大きさの白銀幼竜。ちょこちょこと主人について歩いてるように見えて一切隙のない子犬みたいな獣系魔族。

 

 ラリスほど寛容でなく、よそ者に排他的なカムイバラ転移神殿では、如何にもラリス風で珍妙な彼等は悪目立ちしていた。

 街にいる時はリンジュ風の服を着ていたので、観光客かな? みたいに見られていたのだが、今のイシグロ達は完全ガチ武装。リンジュ冒険者視点、ラリスの銀が何用じゃいという感じである。

 

「すみません、迷宮の情報を確認させてもらってもいいですか?」

「ん? おめぇは……あん時のラリスもんか。迷宮目録は二階の奥にある。読むのは好きにすりゃいいが、盗むんじゃねぇぞ」

「はい、かしこまりました。ありがとうございます」

 

 そんな目立つラリスもんは、そのまま各種迷宮の情報がまとめられた図書ブースに向かい、そこで筆記用具を広げてアレコレ奴隷と話しながらお勉強をし始めた。

 その光景を見て、冒険者連中の反応は二分された。なんだあいつラリスもんの癖に小賢しいなという侮蔑と、情報の大切さを理解してるあたり流石は迷宮本場の冒険者だねという感心だ。

 

 結局、勉強熱心なラリスもん達は夜まで情報収集に努め、何事もなく帰って行った。

 まるで図書館に勉強しに来たとばかりの行儀の良さ。何か余計な事したらケンカをふっかけるつもりだった若干ワル寄りの冒険者もインネンひとつ付けられなかった。

 

「えーっと、どこだっけ? あっちか」

 

 翌朝、件のラリスもんが転移神殿にやってきた。

 かと思えば、すたすた歩いて転移石碑の前に立ち、何の気負いもなく迷宮に潜っていった。

 まるで、馴染みの茶屋で注文でもするように、やけにあっさりと。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬわ、あいつ」

 

 その様子を、どこにでもいるモブ冒険者ABが薄笑いを浮かべて見ていた。

 眼猿迷宮。上位迷宮の一つで、主が吐き出す利益は莫大だが、その分クソ強エネミーとクソ強ボスがクソウザギミックを駆使してくるとんでもないクソダンジョンである。

 一攫千金を夢見て散った半端な強者の何と多い事か。イシグロが潜ったのは、そんな一か八かの大博打ダンジョンだったのだ。

 

「ふぅ~、けっこう強かったな」

「ッスね」

「私は全然活躍できなかったわ……」

「でも、エリーゼのお陰で安心して戦えましたよ」

 

 が、件の一党は何事もなく五体満足で帰ってきた。

 どさりと、受付机に戦利品が置かれる。逃げ帰ったのではなく、凱旋してきた証左であった。

 

「換金お願いします」

「お、おう……ほら、緑の一番な。あ、うちに秤はねぇから、ちょっと時間かかるぞ」

「はい、よろしくお願いします。こっちでも緑か……」

 

 来た、潜った、狩ってきた。

 イシグロ達の態度は、迷宮踏破者のそれではなかった。

 それこそ、迷宮踏破など日常の一つ(・・・・・)とでもいうような振る舞いである。

 

「一日で踏破かよ……」

「たまたまだろ、たまたま」

「いやしかし、あそこの主は運じゃ倒せねぇよ」

 

 しばらく後、大金を手に入れたイシグロは何をするでもなくそのまま去っていった。

 他冒険者視点、凄いのは凄いが仮にも銀細工だし、ある程度はやってくれないとねという気持ちもある。僻み半分、畏怖半分の心情だ。

 まあ、リンジュで遊ぶ金が欲しかったんだろう。だからもう会う事はないな……と、そう思っていた。

 

「今日も一日がんばるぞい」

「ぞいッス!」

「ぞいです」

「……言わないわよ」

 

 翌朝、またもイシグロは転移神殿にやってきた。

 そして、何食わぬ顔で迷宮に潜っていった。

 

「あれ? あいつ、あのラリスもんさ。昨日も潜ってなかった?」

「俺は見てねーよ。そうなのか?」

「そのはずだ。しかもあの荒魂迷宮を……」

 

 で、イシグロは戻ってきた。

 これまた五体満足で。

 

「換金お願いします」

「えっ、今日もか? あぁいや、別にいいけどよ……。ほら、緑の二番」

 

 しかも戦利品を持ってきて、全て換金した。

 で、お金を受け取って、帰って行った。

 迷宮こそ昨日のより楽なやつではあるが、それでも中位のボスが強い系ダンジョンだ。普通におかしい。

 

「二日連続? よほどに金欠だったと見える」

「博打で負けたとかか?」

「だとしてもこれで帳消しだろ。もう来ねぇよ」

 

 来たぜ、ぬるりと。

 翌朝、イシグロはまたまた転移神殿に現れた。

 その時にいた冒険者は、「いやいやまさか今日も潜るなんて事……」と静かにザワザワしていた。

 

「皆、油断せずに行こう」

「うッス!」

「今日のは楽しめるといいのだけれど」

「最近、支援役が多かったですもんね」

 

 しれっと。

 例によって例の如く、特に感慨もない様子で、彼らは致死の迷宮に転移していった。

 

「やりやがった! マジかよあの野郎!」

「どうかしてるぜ!」

「もしかして、今のラリスってあんなんばっかなのか……?」

 

 この頃になると、冒険者界隈ではイシグロというよそ者は“ラリスのやべーやつ”として認知されていた。

 で、国民性とか色々あるものの、所詮冒険者なんて荒くれ者の集団である。不謹慎など知った事かと、彼等はイシグロが死ぬか生きるかで賭けを始めた。

 

「せっかくだから! 俺は奴が死ぬ事に賭けるぜ!」

「当然! 戦死ぃぃぃ!」

「奴が死ぬ確率……99パーセント。死一択でしょう」

 

 転移神殿で突発的な賭博がはじまると、冒険者達の多くがイシグロの未帰還にベットした。

 なお、神殿内の賭け事は原則禁止なのだが、まぁ少額だしいいかと見逃されていた。

 

「お? なんだなんだ? 何の賭博やってんだお前ら!」

 

 そこに、若く威勢のいい声が響く。

 あんまり銀細工っぽくないモブ顔槍使い、“赤涙”のヨタロウ――イシグロとストリートファイトして負けた男――のエントリーだ。

 

「おうヨタロウか。今日も景気悪そうだな!」

「それがよ~、昨日も負けちまってよ~。けど働きたくもなくてよ~。なんか美味い儲け話とかねぇかと思ってよ~」

「ならお前も賭けてきな!」

 

 そうして、掛けの内容を聞き終えたヨタロウは、にやりと笑んでから、こう応えた。

 

「なら、俺はイシグロ生存に賭けるぜ」

「おぉ、大穴狙いか。流石“赤涙”のヨタロウ。で、金額は?」

「全ツッパだ……!」

 

 ダンと叩きつけられた賭け金は、なんと最大限度額だった。

 少額賭博の範疇といえど、オッズ的にもしも勝ったらそれなりの金になる計算だ。

 

「本気かお前?」

「まぁ待ってろよ……。奴はこんなトコで終わるタマじゃねぇよ」

 

 そうニヒルに笑ったヨタロウは、適当な椅子に座って酒を注文した。

 一番安い酒と、安くて量の多いつまみである。

 

 そんなこんな、時間が過ぎて夕方らへん。

 妙にピリついた神殿内、転移石碑の前に帰還の光が溢れ出た。

 ごくりと、ギャンブル好きのアゴ尖り冒険者たちが見守る中、奴が現れた。

 

「換金お願いします」

 

 ドサリと、一昨日と昨日に続いて、この日もイシグロは戦利品を持って帰還した。

 その様を見て、転移神殿の冒険者は多数の敗者と少数の勝者に分かれていたが、当の本人は知らずに帰って行った。

 

「ヨタロウ、お前イシグロの事知ってんのか?」

「まぁな……知らねぇのか? 俺とアイツは、一度拳を交わしたマブなんだぜ?」

 

 ヨタロウは勝ったお金で良いお値段の酒を注文してから、凄まじいドヤ顔になって語り出した。

 

「奴の名前はイシグロ・リキタカ。イシグロが苗字で、リキタカが名前。仕事は真面目でそつなくこなすが、イマイチ情熱のない男さ。なんかボーッとした表情で女ウケは悪いが、腕っぷしは相当だ。ラリスでは“黒剣”の二つ名で呼ばれているが、同業からはもっぱら別の二つ名で知られているんだぜ」

 

 ごくりと周囲のモブが息を呑んだ。

 ヨタロウは運ばれてきた酒をグイッとやってから、彼なりの決め顔で、このように締めくくった。

 

「“迷宮狂い”……。過去、九日連続で迷宮に潜り踏破した……正真正銘の怪物さ」

 

 おぉ、というモブの歓声で、ヨタロウはめちゃくちゃ気持ち良くなっていた。

 ちなみに、彼がイシグロの情報に詳しい理由は、ストリートファイトに負けた後に再戦すべく調べていたからであり、今ではリベンジの気が失せて事情通を気取っているという構図だ。

 

「ふぅん……?」

 

 そんな与太話を、偶然近くにいた忍者ズが聞き耳を立てていた。

 人数は三人。内訳は犬人男の忍者と、猫人男のニンジャと、白兎男のNINJAだった。

 カムイバラの名物冒険者、仲良し忍者銀細工の三人組である。

 

「えー、本当でござるかぁ……?」

 

 犬人忍者が口を開く。彼は最近話題のイシグロ氏に懐疑的であった。

 確かに、三日連続で迷宮を踏破するのは凄い。腕前はかなりのものなんだろう。第一、ラリスの銀細工ってだけで相当だ。

 だが、九日連続迷宮踏破なんてのはちょっと胡散臭い。尾ひれのついた噂としか思えないのだ。

 

「九日連続なんて嘘っぱちなのだ。自分を強く見せようっていうやつなのだ」

 

 同じく聞き耳を立てていた猫人のニンジャが同意する。

 ゆらゆらと揺れる尻尾は機嫌の悪さを表現していた。

 

「でも、興味あるじゃんね。噂の真偽はともかく強いのは確かなんだし、今後の為に人柄も気にしておくべきじゃんよ」

 

 と、白兎のNINJAが締めくくった。

 往々にして、ラリスの銀細工はカムイバラのそれより粗暴なケースが多いのだ。早め早めに彼の起爆ポイントを探っておくのが賢明に思える。

 

「ござるな」

「なのだ」

「そういう事じゃんね」

 

 アイコンタクトで意思を確認。彼等は立ち上がった。

 その視線はイシグロが消えた出入り口に向けられていた。

 

 という訳で、追跡開始である。

 

 彼等は忍者らしくシュシュッと移動し、シュワッと風切ってあっと言う間にイシグロ御一行に追いついた。

 夕暮れ、良さげな雰囲気のイシグロとその一党は、時折カムイバラの景色を眺めては帰路を歩いていた。

 どこぞのヨタロウ氏と違い、気に入らない奴相手に喧嘩を売る等をする事なく、彼等は真っすぐお宿に帰るつもりらしい。

 とはいえだ、影に紛れて尾行する忍者ズとてそう簡単に奴の人となりを測れるとは思っていない。

 結局、その日は何事もなく帰って行った。どうやら、奴らは最高級宿の上玉館に宿泊しているようだった。実に羨ましい。

 

「続けるでござるか?」

「当然。始まったばっかじゃん?」

「ちょっとそこらでご飯買ってくるのだ」

 

 こういうのは時間をかけてこそ、味が出るというもの。三人共、そういう趣味の持ち主であった。実益も兼ねているので実質無料である。

 という訳で尾行続行。三人は忍者らしく餡饅と淫魔牛乳持参で張り込みをした。

 

 翌朝、例の三人が宿から出てきた。

 かと思えば、本日は転移神殿には行かず、南の方に向かうようだった。

 ストーキング癖持ち忍者ズは、付かず離れずの距離で後を追う。

 

「ん?」

 

 道中、イシグロの一党員のちんちくりん獣系魔族が忍者ズの方を振り向いた。咄嗟に身を隠す忍者たち。

 

「どうしたグーラ」

「いえ、何か後ろから見られてるような気がして……」

「そう? レーダーには無いけど……」

「魔力も感じないわね」

「スケベ感覚も反応してないッス」

「ん~、気のせいでしょうか」

 

 あっぶねー。三人はバクバクの心臓を押さえて冷や汗をかいていた。

 仮にも歴戦の斥候である忍者ズの隠形を看破しかけるとは、なかなかどうして大した奴隷である。三人は少し距離を離して追跡する事にした。

 

 やがて辿り着いた場所は、東区南部にある豊狸屋という店だった。

 あまり評判の良くないところだ。暴利な金貸しや、どこから仕入れたのか分からない品物を扱ったりしているらしい。法のギリギリを往く、裁くに裁けないカムイバラの汚点である。

 イシグロは店の扉を開け、中に入っていった。外からではどんな事をやっているか分からない。

 

「どうするでござる?」

「バレなきゃ犯罪じゃないのだ」

「外じゃ満足できないじゃん。中が良いじゃん」

「では、参ろうか」

 

 特に迷う事なく、忍者ズは豊狸屋に侵入した。お宿はともかく、悪徳商家なら入っていいよねというガバガバ倫理。こいつらもこいつらである。

 流石は銀細工というだけあり、忍者ズは各種防犯装置を掻い潜って侵入成功。

 気配を探ってイシグロを発見。三人は屋根裏の隙間から彼等の様子を伺った。

 

 その部屋は寝台や暖房魔道具などが置かれた寝室で、中にはイシグロの一党と狸人店主。それから刀を履いた侍と、上等な服を着たちんちくりん狐人奴隷がいた。

 イシグロ達は少し話をすると、何をするでもなく帰っていった。部屋に残されたのは狐人奴隷だけであり、扉の向こうでは護衛の侍が陣取っていた。どうやら、侍は狐人奴隷を警護しているようである。

 

「聞こえたでござるか?」

「結界のせいで聞こえなかったのだ」

「雰囲気的に、あの奴隷についてって感じじゃん?」

 

 豊狸屋を出たイシグロは、その足で転移神殿の方に向かった。オイオイ今日も迷宮に潜るのかと思いつつ、忍者ズも続く。

 何となく彼等が金を欲しかった理由には察しがついた。とはいえ、あんな狐人奴隷程度イシグロからすると余裕で買えるはずなのだが、もしかしたらあの狸店主にぼったくられてるのかもしれない。イシグロの奴隷もちんちくりんだし、もしかして幼い奴隷を集める趣味でもあるのか? いや、ナリはアレでも強さという意味で素質があるのかもしれない。う~ん、である。

 そんな事を話しながら尾行を続ける忍者ズ。

 

 イシグロ達は観光でもするように転移神殿に向かい、道中に観光名所でもある大橋を眺めた。

 そして、彼等が橋を渡ろうとした、次の瞬間である。

 

 突然、甲高い悲鳴が上がった。見ると、橋の下で子供が溺れていた。状況的に、橋から落ちてしまったようである。

 河川には大小の船が行き来しており、運悪く溺れる子供に大きな船が迫っていた。このままだと子供と船が接触してしまう。

 

「行くでござる」

「縄を用意するのだ」

「火の準備しとくじゃん」

 

 尾行中だが、溺れる子供は放っておけない。割と善良な忍者ズ――それはそれとして不法侵入はする――は、阿吽の呼吸で即座に救出の算段を立て、実行。

 その寸前であった。

 

 突然、イシグロが河川に向かい水平跳躍し、かと思えば水面を疾走したではないか。

 そのまま溺れる子供を掴み上げて抱きかかえると、魚が跳ぶようにして垂直跳躍。すたっと、橋に着地した。

 イシグロは抱っこしていた子供――鬼族の幼女だった――を降ろすと、収納魔法から手拭を出して拭いてやっていた。そこに子供の親がやってきて、イシグロにペコペコ頭を下げて礼を言っている。周囲からも拍手が飛ぶ。

 

「ふぅん」

「出る幕も無かったのだ」

「鮮やかな手並みじゃん」

 

 それを見て、忍者ズは尾行の完了を確信した。

 イシグロという胡散臭い冒険者。彼が幼子を救う勇を見る事ができた。人柄を測るのに、十分である。

 忍者トリオはクールに去るぜ。

 

 迷宮狂い、噂ほどのものではなかった。

 良い意味で。

 

 

 

 幼女を助けたその足で、イシグロ一行は転移神殿に入っていった。

 すると、神殿内は昨日一昨日とは雰囲気の違う喧騒に満ちていた。

 何だろうと見てみると、掲示板に人が屯っているようだった。何の騒ぎか気になったイシグロは、顔見知りの冒険者に声をかけた。

 

「おはようございます、ヨタロウさん。先日は助かりました」

「ん? あぁイシグロか。こっちこそ昨日は助かったぜ」

「何の事でしょう」

「こっちの話だ」

「そうですか。それより、これは何の騒ぎでしょうか?」

「ああ、つい昨日よ。迷宮が枯れちまったんだよ。で、枯れたとこに新しいのが生えてきて、今はそれの調査中って訳」

「なるほど、掲示板にはその情報が」

「そう、ちょっと潜って軽く見て、分かった事あったらここに書き込むって寸法よ」

 

 迷宮の枯渇と再生。知識としては知っているが、初めて見る現象だった。

 迷宮は生き物のようだと言われる事がある。同じ転移石碑で行ける迷宮が、ふとしたタイミングで行けなくなるのだ。これを迷宮の枯渇という。

 そして、枯れた迷宮に使用されていた転移石碑は、新たに別の迷宮への入り口を繋げるようになる。これを迷宮の再生という。

 イシグロの感覚では、原因はともかくある程度の納得がいく仕様であった。多分、経年劣化とか魔物が狩られ過ぎたとかそういうのだろう。

 

「踏破した方はいらっしゃらないんですか?」

「いねぇなぁ。やってやる~っつって息巻いてた奴等もいたがよ、帰ってきてねぇな」

 

 何と無しに、掲示板に書かれた内容を見てみる。

 どうやら迷宮内は薄暗い墓場のようなところらしく、魔物の傾向は人型が殆どで集団で襲ってくるとか。既存の魔物の発見例はなく、どれも新種であると。現状、刀の効き目は普通で、槍や槌、矢の効きが悪い。魔法の弱点は……と、色々書かれていた。

 

「まだ踏破した奴はいねぇからよ、主の情報持ってきた奴には報奨金があるんだってさ。それに目が眩んだ馬鹿が先走っちゃうワケ」

「報奨金ですか」

 

 確かに、掲示板の真ん中にはそのような内容が書かれていた。

 それを見て、イシグロは提示された額に目を丸くした。

 

「まぁこういうのは粗方情報が出回ってから潜るモンなんだぜ。それこそ真の冒険者ってやつで……」

「リリィ、エリーゼ、グーラ、今日はあの迷宮に行こう。ヨタロウさん、ありがとうございました」

「って、ちょおまっ……!?」

 

 言うが早いか、イシグロは件の転移石碑に向かっていった。

 それから、これまた例によって何の感慨もなく転移した。

 

「オイオイオイ……」

「死ぬ気か? あいつ……」

 

 これには性格の悪い見物冒険者も冷や汗をかいた。今回ばかりはアゴの尖った賭博愛好冒険者も賭け事をする気にはなれないようである。

 ヨタロウもヨタロウで、ちょっとバツの悪そうな顔になっていた。

 

 それから、数時間後……。

 

 転移石碑から帰還を意味する粒子が溢れ、中からイシグロ一行が現れた。

 瞬間、突き刺さる視線視線視線……。イシグロは一瞬嫌そうな顔になった後、それらを無視するように受付机に向かう。

 

「換金お願いします」

 

 どさりと、受付の爺さんも冒険者達も見た事のないドロップアイテムが置かれる事となった。

 つまり、イシグロは、未踏破迷宮の主を討伐したという事だ。

 

「お、おう……。あー、すまねぇが、ちょっと時間かかるのと、後で聞き取りがあるから、それだけは頼むな?」

「はい、承知しています」

 

 それから、イシグロはギルド職員に連れられ、転移神殿の応接室に通されていった。

 

「アレは、刀?」

 

 その道中、目ざとい冒険者はイシグロの腰に普段と違う武器がある事に気づいた。

 いつもの直剣ではない。豪奢な拵えの鞘から、美しい柄が伸びており。鍔もまた煌びやかで、地味な革鎧のイシグロとは最悪の不協和音を奏でていた。

 しかし、それこそ目ざとい冒険者には、その刀が並みの逸品どころか、人の手で作られた代物ではない事に気が付いた。

 

「深域武装……」

 

 どうやら、イシグロは刀も使うらしい。

 その事に、よそ者に厳しいリンジュ冒険者は何ともいえないほっこり感を覚えてしまった。

 なんやラリスもんもやるやんけ。刀使うとか分かっとるやんけという気持ちと、前人未到の迷宮踏破者への畏怖を籠め、何処かの誰かがこのように呟いた。

 

「ラリスの剣豪、か……」

 

 ラリスの剣豪。“迷宮狂い”や“黒剣”より、リンジュ民的にはしっくりくる。

 その二つ名を聞き、ヨタロウと忍者ズは腕組みドヤ顔でうんうんと頷いていた。

 イシグロ・リキタカというよそ者が受け入れられた瞬間である。

 

 なお、その時ラリスの剣豪呼びが耳に入ったイシグロ本人は、何とも微妙そうな顔で。

 

「梅田の逆脚じゃないんだから……」

 

 一言、こう呟いた。

 本人的には、新たな二つ名はちょっと恥ずかしかったのである。




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