【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。励みになってます。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。

 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 今回も三人称、色んな人視点です。
 よろしくお願いします。


炉利転変

 地に潜む者達を、リンジュの月が見下ろしている。

 

 天井に空いた大穴から、冬の月光が降り注ぐ。舞い上がる埃が光を反射して、やけに神秘的にその場の清濁を照らし出した。

 剣を構える男と、その後ろの狐人。

 距離を離して相対するは、猫又の女。狼人の男。鬼人の男。吸血鬼の女。

 イリハを除き、この場に銀より下の者はいなかった。常人であれば窒息する程の緊張の糸が張り詰める。

 

 諸悪の一人、猫又の女は歯噛みした。考え得る限り、最も最悪に近い状況である。

 猫又女はイリハの先約の顧客である。当初は正規の手段で購入しようとしていたのだが、ロリコンのせいでそれができなくなってしまったのだ。仙氣眼が本物かどうかも確かめたかったし、施術に好都合な時期を見計らっていたらこのザマだ。

 もし、イリハが彼奴の下に行ってしまえば、おいそれと手出しできなくなってしまう。故に、柄にもなくこんな強硬策を講じてしまったのである。

 

 計画は単純。イリハを誘拐し、見つかる前に彼女の眼を摘出する。拙速にも程があるが、それしかなかった。

 急場しのぎで集められたのが雇われ三人。鬼人のヤスケ。吸血鬼のヴァスラ。そして、狼人のジャルカタール。全員、銀細工相当の実力者であり、そのうちジャルカタールは銀上位の力がある。

 恐ろしい程の出費になったが、猫又女はそれくらいイリハが欲しかったのである。否、仙氣眼が欲しかったのだ。

 偏に、後の世の為に。

 

「一度ならず二度までも。イシグロ、お前邪魔だニャ……!」

「初対面だと思うんですけど」

 

 迷宮狂い、イシグロ・リキタカ。

 本来、今頃イリハの所有者となっていた男。イシグロの介入は予想こそしていたが、まさか当の本人に見つかるとは思っていなかった。そもそも、どうしてこの場所が分かったのか。やはり誘拐方法がザルだったからか。いや、それはいい。

 仕切り直しだ。故にこそ護衛を雇ったのだ。再びイリハを奪還し、逃走する。仕方ないが、それしかない。

 

「連絡は届いています。もうすぐ此処に応援が来る予定です。皆さん逃げた方がよろしいかと」

 

 冷たく固まったイシグロの顔には、人間らしい表情が伺えなかった。構えられた剣は真っすぐ敵に向いている。

 しかし、瞳の熱だけは隠せない。彼の剣先は、怒りで震えていた。ならばと、猫又女は思考する。

 当然として、地下室には結界が張ってあった。それを突破できるのはあの竜族くらいだろう。つまり、あの獣系魔族が来ている。直近の増援で、銀細工級ちんちくりんが三人。

 奴の言う事は嘘ではないだろう。つまり、尚のこと今しかないのである。ただでさえとんでもない出費だが、この際多少の出血は覚悟すべきだ。

 

「お前ら! 今すぐイリハを奪還するのニャ!」

「プランB!」

 

 二人の頭目の命令は、殆ど同時に発せられた。

 状況が動く。各々が武器を手に、イシグロに向かい攻撃せんとした。猫又は収納魔法から錫杖を取り出し、狼人は幅広の曲刀を手に踊り出る。

 その行く先を防ぐように魔法が着弾した。空から三つの小さな影。銀の竜族が杖を向けていた。

 

「やぁあああああッ!」

「おっと……!」

 

 ずがん! 場を俯瞰していた鬼人にグーラが襲い掛かる。轟音を伴い、頑丈なはずの木床に亀裂が生まれる。

 裏切りの鬼人は、心底楽しそうな笑みを浮かべ刀を振るう。グーラは剣の間合いを維持しつつ、上下左右と動き回って必殺の牽制を続けた。

 

「渡さないわグギャ!?」

「こっちを見ろッス!」

 

 イリハに向かい駆け出していた吸血鬼にルクスリリアの魔法が直撃。半身を焼かれた吸血鬼だが、瞬きの後には回復していた。

 そのまま、血吸い蝙蝠と化した鬼は宙を飛び、小さな淫魔と空中でぶつかり合った。血の槍と深域の鎌が火花を散らす。

 

「はぁ!」

「おう!」

 

 襲い来る狼人を迎撃するように、イシグロは前に出て剣を合わせた。

 両手持ちの無銘と、片手持ちの曲刀が拮抗する。狼人ジャルカタールは、イシグロを膂力で圧倒していた。

 

「今のうちニャ……っと!?」

 

 イリハが無防備になった。隙と見た猫又が動いた瞬間、上空に冗談みたいな魔力反応。咄嗟に結界を生成すると、猫又の結界に鎖が巻き付いてきた。 

 

「逃がす訳ないでしょう」

 

 拘束魔法だ。だが、抜ける事はできる。猫又は巧みな魔力操作で結界に穴を開け、輪っか潜りの要領で脱出した。背後でガチンと鎖が締まる音。

 

「エリーゼ、アヴァリの娘かニャ。今はちょっと相手してあげられないニャ」

「……貴女名前は?」

「言う訳ないニャね! ほい、【水行・滝登り】!」

 

 片手間に編まれた水の陰陽術がエリーゼに飛来。空の銀竜は障壁を張らず魔力飛行に集中し、速度を上げた。背後で盛大な破砕音。陰陽術による滝が天に落ち、第二の大穴を作り上げた。

 一足早くイリハの下に辿り着いたエリーゼは、自分とイリハを覆う魔力障壁を生成。お得意の引きこもり戦法だ。

 

「大人しくしてなさい」

「は、はい……!」

 

 魔力大砦。術者を中心とする全方位の魔力障壁を張る魔法。代わりに、使用中は他魔法の発動ができない。

 装填された砦は、魔力消費を度外視して物理・魔法ともに最高水準である。これに引きこもられると、主人のイシグロにさえ突破できない要塞と化すのだ。対人戦において、エリーゼが勝てずとも負けない理由がコレであった。並みの魔術師でこの砦は突破できない。

 しかし、黒の猫又は、並みの魔術師などではなかった。

 

「術式構築が甘いのニャ!」

 

 にやりと笑む猫又女。錫杖から氣混じりの魔力が放たれ、それは障壁の表面に浸食。装填された魔術式に干渉し、中の式をズタズタにしていく。

 如何な堅牢な城壁でも、内から入れば開けられる。精緻極まる魔力操作により、エリーゼの魔力障壁にノイズが走った。

 このままだと、砦が壊されてしまう。それは魔力が視えるエリーゼにも、氣が視えるイリハにも明白であった。

 

「エリーゼ様!」

「問題ないわ」

 

 しかし、当のエリーゼに焦りはなかった。

 彼女の視線の先、狼人と切り結ぶ主人が収納魔法に手を突っ込む。引き抜かれたその手には、呪詛の籠った投げ矢。

 

「オラァ!」

「おっ!?」

 

 飛来する投げ矢を、猫又はすんでのところで回避した。術式干渉が途切れる。エリーゼは一度障壁を切った後、今度は権能付きで魔力大砦を張り直した。中身がバレたとはいえ、多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 

「お前一人でやろうってのかニャ?」

「俺が前に出る。お前は後ろだ。隙あらば障壁を解け」

「分かってるニャよ」

 

 狼人を掻い潜り、イシグロは猫又女に襲い掛かった。当然、逃げられる。

 あえて二人に囲まれる構図を作り、迷宮狂いは自身に注目を集めさせた。その狙いは明瞭に過ぎた。

 

「これ以上やっても損しますよ……!」

 

 だが、その行動は、当人の感情とは乖離していた。

 イリハを護る。その為に時間を稼がなくてはならない。けれど、イシグロの内心は怒りに満ち満ちていた。

 何故か? 目の前でロリが傷つけられそうになっていたからだ。

 端的に言って、イシグロはキレて冷静さを失っていた。

 

「続行ニャ……!」

 

 故にこそ勝機がある。猫又は更なる陰陽術を編み上げた。

 放たれる氷槍。イシグロが受け流すと、透かさず狼人が斬りかかる。荒々しい連撃に防戦一方のイシグロは、しかし狼の爪牙のみに集中できてはいなかった。

 隙あらば、猫又はエリーゼの障壁を壊そうとする。都度けん制して阻止するイシグロだが、それこそ隙になる。如何にチートがあったとしても、腕の数は二本で剣は一振りなのだ。

 イシグロが押されている。それは戦闘の素人であるイリハにさえ明白だった。無論、彼の劣勢には理由がある。

 

「どうした黒剣。貴様の腕はその程度か」

「ちっ、クソがよ……!」

 

 元来、イシグロは迷宮の魔物を殺し、自分が生き残る事に特化した戦法の使い手だ。

 転移直後、単独時代から今に至るまで、イシグロの本領は単騎での遊撃だ。常に足を動かして、狩るべき獲物を少しずつ削る死にゲースタイル。かつてエレークトラの一党を壊滅させられたのも、あの時イシグロが本領を発揮できていたからこそだ。

 畢竟、イシグロは護衛対象がいると全力が出せないのだ。これまで上手くいっていたのは、仲間と連携が出来ていたからだ。だが、現状それはできない。

 

「ハッハァ! この仕事受けてよかったと心底思うぞ!」

「くっ!」

 

 加えて、目の前の狼人が純粋に強かった。

 これまでイシグロが戦ってきた冒険者の中では、間違いなく最強だ。“剛剣鬼”ラフィ並みの膂力に、“風舞”ニーナ並みの敏捷。あまつさえ背後からはいやらしい援護が飛んでくる。

 

「ぐぅ、邪魔なんだよお前ぇ!」

 

 防戦一方。追い詰められる。追い詰められていく。致死の攻撃を凌ぐ度、イシグロから余裕が失われる。

 怒りが燃えていた。守りの剣が攻めに転じていく。黒剣の攻勢を、狼人は悠々と受け止めていた。

 猫又がほくそ笑む。術中であった。

 

「所詮は獣よな! 根本が迷宮剣術のソレよ!」

「この人、巧い……!」

 

 また、苦戦しているのはイシグロだけではなかった。

 闇の中、嵐の如き暴力が地下の壁床を傷つける。右へ、左へ、上へ下へ。炎雷の剣撃を、鬼人の柔剣がいなしていた。

 返す刀を振るえば、グーラの身体に浅くはない傷が生まれる。血が舞うソレを炎で塞ぐと、大牙の獣は再度突貫。

 

「くっ、四号ちゃんさえ使えれば! アンタなんか瞬殺なのよ!」

「なら使えばいいじゃないッスか」

 

 高い天井の近くでは、淫魔と吸血鬼が飛び回って切り結んでいた。

 此方は双方やる気に欠けるのか、イリハに向かおうとする吸血鬼をルクスリリアが邪魔をするという構図が連続していた。

 乱れ舞う血の槍が射出され、回転する大鎌が全てを撃ち落とす。怒る吸血鬼に対し、淫魔は冷淡な眼を向けていた。

 

「そこニャ!」

「グぁッ!」

 

 そして、ついにイシグロがまともに攻撃を食らった。

 大部分を鎧が防いだものの、イシグロは痛みに体勢を崩してしまった。そこに狼人の連撃が襲い掛かる。

 倒れそうになる身体に活を入れ、イシグロは剣で以て応じてみせた。だが、受け流せていない。剣の丈夫さにモノを言わせて、死の軌道を逸らしているだけだ。元の流麗な剣技は見る影もない。完全に、激情に駆られていた。

 

 イシグロの強みは、チート剣術のみにあらず。手札の数、状況適応力が高いからこそ、模擬戦にて無敗を誇っていたのだ。

 だからこそ、自分より強い冒険者にも勝てていたのである。

 

「まだまだァ!」

 

 気合、根性、あるいは憤怒。

 イシグロは砕けんばかりに柄を握りしめ、決して膝を屈する事はなかった。

 

 

 

 彼等の戦いを、イリハは魔力大砦の内側から眺めていた。

 イシグロだけではない。自分を助けにきたという一党が、命を懸けて戦っている。

 見舞いに来てくれた奴隷達、彼女等とは面識がある。知らぬ仲ではないのだ。

 

 土産を持ってきてくれたルクスリリアは、吸血鬼と壮絶な空中戦を繰り広げていた。

 心優しい獣系魔族のグーラは、明らかに相性の悪い鬼人と斬り合っていた。

 そして、自分を身請けすると言っていたイシグロは、血を流しながらも猫人達と戦っていた。

 

「イシグロ様……」

 

 障壁の中、エリーゼは魔法を撃てない。回復魔法も同様である。自動で戦う魔導書も、この乱戦では邪魔になる。

 ただひたすら、魔力障壁の維持にのみ集中していた。少しでも気を緩めると、猫又が干渉してくるのだ。仲間に回復をかけ、支援をしたいところを、自分も援護をしたい心を押し殺し、銀竜の令嬢は耐えていた。

 

「うぅ……!」

 

 ギュッと、胸が痛くなる。

 膨らんだまま、満たされていない自尊心に穴が開く。空虚な眼には、彼等の勇ましい奮闘は直視に堪えなかった、

 もう止めてほしい。こんな自分なんて、守らなくていいのだ。

 

「え、エリーゼ様、私など放っておいてください……。それより、イシグロ様の援護を……」

「……貴女、いい加減その気色悪い演技をやめなさい」

「えっ……?」

 

 苛立ち混じりの言葉。

 驚くイリハに目もくれず、エリーゼは努めて冷静に戦場を俯瞰していた。

 

「バレているわ、最初から。貴女が本性を隠してる事くらい。私だけじゃなくて、皆にね」

 

 そう、イリハの演技は、彼等が初めて見舞いに訪れた時には既にバレていた。

 魔力で感情が分かるエリーゼ。匂いで判別できるグーラ。下心に敏感なルクスリリア。彼女達にはイリハの大根芝居など透け透けであり、それを主人に伝えてもいた。

 しかし、ロリに対してだけはりんご飴よりも甘いイシグロは、あえてイリハの企みを良しとしていた。

 皆、ペルソナ無しでは生きていけない。ロリコンは、そこまで傲慢ではなかったのだ。

 

「なら、どうして……?」

「わかるでしょう。貴女を助ける為よ」

 

 助けにきた。イシグロはそう言っていた。

 今、必死になって戦っているのは、つい最近会ったばかりの異種族女を助ける為だと。

 けれど、イリハは彼に嘘を吐いていた。騙すつもりでいたのだ。利用するつもりだったのだ。

 そんな醜い自分と知って、何故に今なお戦っているのだろう?

 

「そういう男なのよ」

 

 障壁の外、イシグロが被弾。左腕が動かなくなる。片手で剣を振り回し、傷つきながら戦っている。

 王笏を握る手が震えている。エリーゼは今にも飛び出したいだろうに、主の命令に従ってイリハを守り続けていた。

 

「こんの! そろそろ死ねドブカスがァ!」

「ははは! それが貴様の本性か! どれ、もっとさらけ出してみろ!」

 

 イシグロだけではない。この場の皆、必死に戦っている。誰のかも分からぬ血潮が飛び、床に血だまりが広がっていく。

 イシグロ達が傷つくと、イリハの心には強い自責の念と罪悪感が芽生えてきた。

 

「そんな、わしなんかの為に……」

「そう、貴女なんかを助ける為に、イシグロ・リキタカは命を賭けられるの」

 

 迷う事なくねと、エリーゼは付け足して、小さく呟いた。

 

「……惚れた弱みね」

 

 エリーゼは複雑そうな顔を是正し、イリハに振り返った。

 

「でも、貴女にはやれる事があるわ」

「やれる事……?」

 

 首をかしげるイリハに、エリーゼはにやりと笑んだ。

 竜族だから気づけた。彼女なら出来るという確信。この戦、天狐を制した者が勝利する。

 

 

 

 二対一。自分より強い剣士と、得体の知れない魔術師。

 彼女等と相対するイシグロは、かつてない程に劣勢だった。

 左腕は上腕が折れて使い物にならない。魔術を食らったせいで体力も減少している。集中力もギリギリで、最初は受け流せていた狼人の攻撃も今では打ちつけ合うのがやっとだ。

 

「おぉぉぉぉぉ!」

 

 常になく、イシグロは思いっきり吠えて威嚇した。

 思えば、こうやってボロボロで戦うのは久しぶりだった。

 

 単独時代、イシグロは毎日のように死にかけていた。

 チートがあるとはいえ、元は喧嘩一つした事のない一般オタク。群れを成して襲ってくる野犬に、トラックよりも大きい猪。何度も挑み、何度も逃げて、最後に勝ってきたからこそ、イシグロは銀細工を授与されたのだ。

 そんな生活で心が折れなかったのは、細かい理由こそあれ偏に彼が度し難いロリコンだったからだ。夢のロリハーレムの為だと思えば、自分の痛みには鈍感になれる。イシグロはそういう男だ。

 

 故にこそ、イシグロは如何に傷つこうとも屈しない。

 迷宮狂いという冒険者は、手負いになるにつれ意地汚くなり、往生際が悪くなり、奥底に隠された狂気が表に出る。生命力が消えるまで、この男は止まらない。冷静さを失おうと、戦意だけは増していくのである。

 だが、それはイコールで強くなるという訳ではない。

 

「ほらよッ!」

「くっ! がぁあああああ!」

 

 刃が重なる。姿勢が崩れ、押し込まれる。片手で受け流しができる程、イシグロの精神力は強くなかった。

 ジリジリと迫る刃。イシグロは凄絶な怒りの形相を、狼人は凄絶な笑みを浮かべていた。

 

「そのままよろしくニャ……!」

 

 目にも留まらぬ指捌き。印を結ぶ、術式を編む。闇夜の影の陰陽術が構築される。

 しゃらん、杖を突く。猫又は自身の周囲に五つの魔法陣を形成した。否、それはただの陣ではなく、リンジュ式古代魔術――陰陽陣だ。

 魔力がうねり、氣が舞い上がる。精緻極まる術式構成が、絶死の魔法を生成する。

 

「陰陽互根、五行相生……」

 

 やがて五つの陰陽陣は重なり合い、一つの陣へと姿を変えた。

 複雑で、緻密で、長年かけて作り上げた芸術作品の如き陰陽陣。この場に陰陽術師がいれば、腰を抜かす程の完璧な術式構築。

 狙った相手を、必ず殺す技である。

 

「これで終わりニャ……! 死ね、【天意流転領域】!」

 

 瞬間、猫又を中心として世界の法則が書き換わった。

 生と死の境界が曖昧に、真っすぐな物が歪み。清が濁に。天が地に。全て、生かすも殺すも思うがまま。

 これぞ陰陽術の究極奥義、“天意流転領域”。発動したが最後、戦の趨勢は猫の掌の上である。

 

「まずはお前ニャア!」

 

 カッ! と猫眼が見開かれる。憎き敵の、生命活動を終わらせるのだ。

 魔力を捻り、邪魔者を消す。イシグロの氣に干渉し、浸食し、操作し……で、できない!

 どれだけ命じても、肝腎の氣がいう事を聞かない!

 

「ま、まさか……!?」

 

 冗談だろう。嘘だろう。天の意を借る猫又は、誰にも愛されない狐人を見た。

 視線の先、竜の張った砦の奥で、哀れな仔狐が此方に掌を向けていた。

 陰陽祖の眼を見開いて、母譲りの髪を浮かせ、九本の尾(・・・・)をなびかせている。

 天狐イリハが、流転の領域を掌握していた。

 

「わわ、我が名はっ……」

 

 イリハは臆病な狐だ。

 昔、同年代の子供に除け者にされて、以降心が傷つく事を極度に恐れるようになった。

 癒えない傷を抱え、母に縋り、親離れできない仔狐だ。

 

「我が名は、イリハ! イリハ・カムイモリ・リンジュカナエ!」

 

 そんな彼女を支えていたのは、何か。

 母性への執着か。愛への渇望か。膨れ上がった自尊心か。それもあるだろう、だがそれだけではない。

 それは、ほんのちっぽけな、誰に言っても信じてもらえないであろう、誰にも認めてもらえない。彼女が思う貴き生まれの義務(ノブリス・オブリージュ)である。

 

「天狐キィナの娘! 九尾の末裔! 鈴の樹の守り人!」

 

 グッと、掌を握り込む。次の瞬間、展開していた領域が霧散する。

 もし、この場に陰陽術師がいれば、イリハのしでかした理不尽に失禁する事だろう。猫又の女さえ、呆然としてしまった。

 最小限の魔力で、最大限の氣を操り、最高強度の術を破却する。精緻の極みと称える事さえ憚られる、神がかり的な陰陽術。

 

「夜の街での乱暴狼藉、まこと許し難し! 例え月が許しても、祖たる眼は如何に視よう! このわしが! 成敗してくれるのじゃーッ!」

 

 ババーン!

 調子に乗ったイリハは、勢いよく見得を切ってみせた!

 一同、呆然。術を壊された猫又はおろか、空中で鍔競り合っていたルクスリリアと吸血鬼さえ停止してしまった。否、エリーゼだけは満足そうな表情になっていた。

 見得を切ったまま、徐々に顔を赤くしていくイリハ。しかし、今更取り消すなんて出来ない。

 

 天井に空いた穴から、冷たい風が入ってきた。

 次の瞬間である!

 

「ぐぉ!?」

 

 狼人が痛みに呻く。

 イシグロが狼人を蹴り飛ばしたのだ。

 

「そうか……そうだったのか……」

 

 誰にともなく、イシグロは呟いた。

 剣を払い、周囲を見渡す。

 その眼から、一筋の涙が流れていた。

 

「世界の心は君だったんだな、イリハ」

 

 は? イシグロの奴隷以外の全てが首を傾げた。

 

 少し時を遡る。

 それは、イリハが盛大に名乗りを上げた直後の事である。

 狼人の膂力に押し込まれていたイシグロは、聞いたのだ。

 

 このわしが! 成敗してやるのじゃーッ!

 成敗してやるのじゃ!

 してやるのじゃ♡

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 

 のじゃ?

 

「はっ!」

 

 瞬間、イシグロの脳裏に存在しない記憶が蘇る!

 

 

 

 夏の田舎、夕暮れ、ひぐらしの鳴き声。

 遊びに行った帰り道、少年イシグロは古い家の庭に足を踏み入れた。

 縁側に、人ならざる人影。座した彼女が小さく手を振っていた。

 彼女に走り寄った。小さな手で頭を撫でられる。安心感が心を満たした。

 風鈴の音、蚊取り線香の匂い。それから、見上げた彼女の頭には……。

 

「そうかそうか、偉いのうリキタカ」 

「ほら、わしが膝枕をしてやろう。なに、遠慮するでない」

「そうじゃのぅ……。リキタカが大きくなっても覚えていたら、結婚してやっても良いのじゃ♡」

 

 エンディングテーマが流れ、スタッフロールが始まる。

 秘密基地、田んぼ道、誰もいない神社……。

 そして、十年後、二人は再会する。

 

「大きくなったのぅ。リキタカ……いいや、旦那様♡」

 

 で、なんやかんや全米が泣いた。

 

 

 

「うぉおおおおおお!」

「くっ! こいつ急に!」

 

 瞬間、イシグロは駆け出し、婚儀を阻む邪魔狼に斬りかかった!

 ガギンガギン! その太刀筋は先ほどとは別格! スパークしたロリコンブレインに蓄積された戦闘ログから、最適な戦闘技能を汲み上げているのだ!

 

「ご主人、その剣は……ニーナ先輩の!?」

 

 淫魔剣聖シルヴィアナ、その後継。風の如く舞う剣が、狼人を圧倒していた!

 この男、土壇場でこれまでの戦闘経験を直に技術へ変換したのである!

 

「チェンジ! フォーメーション・アルファ!」

 

 同時に、イシグロは頭目としての冷静さを取り戻していた。情報は集まった。(けん)に回るのはもうおしまい。ここから、逆転する。

 命令を聞くや、彼の一党員は弾かれたように行動を開始した。ルクスリリアは急降下。グーラは地下室狭しと走り出し、

 

「行くわよ、イリハ」

「のわ!?」

 

 エリーゼはイリハをおんぶし疾走! ロリの上にロリを載せる、これぞまさしくロリタンク! 名付けてイリハリーゼ! これより戦場に参る!

 フォーメーション・アルファ。これは迷宮狂い一党が迷宮狂い一党の所以たる経験により編み出された連携技能である。

 迷宮の脅威は、はちゃめちゃに流動的だ。固まって動いていては死んでしまう。故に肝要なのが個人の自衛力であり、一党としての連携力だ。しかし、ただ上手に動けるだけでは、迷宮で生き残る事はできない。時には、型のない連携こそが肝要なのだ。

 ワンフォーオール、オールフォーワン。要するに、皆好き勝手動いて好き勝手フォローしようぜ。まさしく高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しているのだ。ぶっちゃけ、ただの自衛力の押し付けである!

 

「ぎゃー! 何よこの炎!」

「クソ! 逃げるな!」

「待て! イシグロォ!」

 

 フリーになったエリーゼから回復魔法が飛んでくる。全快になった頭目もまた同様、皆と一緒に好き勝手動き始めた。

 それはさながら、四人で一つの生命体。グーラが斬り込み、ルクスリリアがフォローして、イシグロが本命をぶち込み、エリーゼが薙ぎ払う。その逆も然り。

 イシグロの本領は単独だ。けれど、彼の一党の本領は乱戦である。ロリコンとロリ、陰と陽。これぞまさに、ロリコン的天人合一思想の体現である!

 

「ヒャッハー! どけどけぇ! 黒剣一党のお通りッスー!」

「なによこいついきなンアーッ!?」

 

 敵は防戦一方だった。個々の実力で勝っていても、一党としての連携では劣っている。

 枷から解き放たれたように、イシグロもルクスリリアもグーラも、そして好戦的な笑みを浮かべるエリーゼも絶好調になっていた。

 彼等は犯罪者を制圧しているのではない。迷宮の主と戦っているのだ。ならば、相手がどんなに強くても勝てる。迷宮の主とは、概して人より恐ろしいのだから。

 

()ッ!」

「くっ、猫又の! 回復をよこせ!」

「自分で何とかしろニャ!」

 

 依然として、イシグロはキレている。だが、キレながらもクールだった。

 肉体に剛力を、精神に冷徹を。そして我が運命をロリに委ねよう。イシグロは、戦士として一歩先に成長したのだ。戦いの中で強くなるあたり主人公の鑑である。

 

「舐めるニャよ!」

 

 そんな主人公様を、猫又の冷たい瞳が睨みつけていた。超攻撃的陰陽術、まずは竜族の足を破壊する。

 しかし、これはもう攻略済みだ。イシグロは、チームメイトを信じているのだから。

 

「ぶっ壊れろニャ、【水行・黒氷刃】!」

 

 禍々しい氷の刃が飛来する。そのままではエリーゼに当たる軌道だ。

 だが、誰もフォローしない。エリーゼは構わず攻撃魔法の準備に入った。する必要がないのだ。

 何故ならば……!

 

「取り消しじゃ!」

 

 バギン! 迫る氷刃は、軌道の最中で弾けて消えた。

 ほんの指先程のイリハの氣が、完璧に見えた陰陽術の脆弱部位を突いて破壊せしめたのである。

 

「さっきから見てれば雑な術式ばっか組みおって! 魔力の無駄遣いをするでないと母に教わらなかったのか貴様ぁ! 母上はもっと上手じゃったぞ! この下手くそォ!」

「ニャン……だとォ……!?」

「耳元で叫ばないでくれる……?」

「あ、ごめんなのじゃ」

 

 イリハの能力はさっき見た。発動前、発動後に拘わらず、彼女は陰陽術式に干渉する事ができるのだ。

 それはさながら、他人が書き上げた作文に無慈悲な赤ペンを入れるかの如く。あるいは大鍋のスープに泥水を一滴入れるかの如く。もしくは習字で書いた「誠」の前に「伊藤」と書き加えるかの如く。

 ともかく、イリハの前では、全ての陰陽術師はデクの坊になってしまうのだ。

 

「イリハナイスゥ!」

「流石イリハ!」

「やりますねぇ!」

「やればできるじゃない」

「ま、まあ! こんくらい余裕なのじゃ!」

 

 のど元過ぎれば熱さ忘れる。褒められたイリハは、さっきまでの震えを解消し凄まじきドヤ顔を披露していた。

 優勢が劣勢に、戦況は完全に逆転していた。陰陽術は完封される。イリハはエリーゼにおんぶされ、ところ狭しと走り回っていた。

 これは、詰みではないのか。

 

「ぐぬぬぬぬ……!」

 

 再度、猫又は歯噛みした。イリハの仙氣眼は欲しい。チャンスは今しかない。

 だが、少々時間をかけ過ぎた。流石にもう応援が来るはずだ。ここで捕まってはどうしようもない。

 切り札を使うか? いや、それでは本末転倒だ。仙氣眼は欲しい物リストの最上位にあるが、必須ではない。

 なにより、ここで死ぬ訳にはいかない。

 

「撤退ニャ! 皆、生きてたらまた会おうニャ! 金はそん時にニャー!」

 

 決心は一瞬。猫又女は懐から一枚の札を取り出すと、それを地面に叩きつけた。

 瞬間、ボワッっと煙幕が地下室を満たした。

 

「逃がすか!」

 

 万全のイシグロが駆ける。敵味方反応レーダーに従い、何の容赦もなく剣を振るう。

 手応えが、ない! 煙の中で斬ったのは、軟体系の魔物を殺した感触。青白い粒子が見える。変わり身か!

 

「イシグロ、おもしれー男ニャ。けど、もう二度と会いたくないニャ」

 

 どこからともなく聞こえた声は、煙と共に消えていった。

 

逃がすか(・・・・)……!」

「ぎゃああああ! いったぁあああい!」

 

 煙は地下室を満たしたが、逃走に成功したのは猫又だけであった。

 狼人はグーラが、鬼人はルクスリリアが、吸血鬼はエリーゼの魔法で下半身が蒸発していた。呪詛の権能により、再生が阻害されている。再起不能だ。

 

「うぉおおおおお!」

 

 これ以上、手がかりを逃すつもりはない。イシグロは鬼人に向かい、武士道に反する背後からの奇襲を敢行した。

 

「ぐは! 貴様、誉れはないのか!」

「外道には背中の傷が似合いだろ!」

 

 何とか逃れた鬼人はイシグロと相対する。ルクスリリアはグーラの援護に向かい、エリーゼも狼人に照準していた。狼人は銀一人では手に余る。

 乱戦にお見合いはない。イシグロは初手に無銘を投擲。躱される。次いでメイスを投げ、脇差を投げた。メイスは避けられ、脇差は叩き落とされた。

 イシグロは打刀を引き抜き、蜻蛉の構えで突貫! 対する鬼人は刀を鞘に納めた、居合である!

 

「「はあ!」」

 

 交錯の瞬間、血しぶきは舞った。

 鬼人の背中には、無銘と脇差が突き刺さり、胴は腕ごと斬られていた。

 無銘と脇差に装填された、呼び出し魔法によるものだ。卑怯とは言うまいな。

 

「剣の達者かと思えば、邪剣使いであったか……」

「黙れ、犯罪者がカッコつけてんじゃねぇ……!」

 

 一閃、横一文字に眼窩切断! 鬼人剣士は、利き腕と両目を失い、最後に両足を切断されて倒れた。

 もう逃げられまい。猫又の情報を吐くまで、楽しい拷問が待ってるぞ。

 

「はっはぁ! チビのくせによくやる!」

 

 残るは狼人である。

 曲刀を振るう彼は、危なげなく三人を圧倒して笑っていた。

 

「皆! トリカゴ作戦だ!」

 

 各々了承して、狼人を包囲。

 そして、一斉に遠距離魔法をぶっ放した。

 間髪入れず、絶え間なく、ドッカンドッカン景気よく撃ちまくる。ルクスリリアは淫魔流の拘束魔法を、エリーゼは拘束魔法を本命にした命中重視の魔法を、グーラは雷を照射して牽制し、イシグロはつかず離れずの距離で矢を射ていた。

 

「この! ふざけるなよ!」

 

 一瞬の隙を突き、狼人が疾走! 狙うはルクスリリア。鎌の防御ごと、断ち切ってやる!

 

「死ねぇ!」

 

 ガギィン! 押し込む曲刀! 力を籠めればその首を落とせる!

 押し込む、押し込む、押し込め……ない!

 

「氣が強いと操作が楽で良いのぅ!」

 

 狼人には分からなかったが、彼の中にある氣の流れがイリハによって阻害されていたのである。故に、思ったよりも力が出せなかったのだ。

 それはほんの僅かな差でしかなかったが、それこそがロリコンにとっての好機となった。

 

這いつくばれ(・・・・・・)……!」

 

 鎖が飛ぶ。エリーゼが拘束し、転倒する!

 

「はあ!」

 

 フォースライトニング。グーラが雷を発射し、武器が手放される!

 

 

「終わりだ!」

 

 三つ同時に番えられた呪いの矢が、狼人に突き刺さった!

 

「ぐっ、おぉおおおお!」

 

 なおも藻掻く狼人に、メスガキスマイルを浮かべたルクスリリアが立ちはだかる。

 

「じゃあ、これはどうッスか!」

「ギュ!」

 

 キィィィィィン!

 深域武装の大鎌、その石突きが、狼人のゴールデンボールに直撃した。

 狼人は、あまりの痛みに気を失った。これはしゃーない。誰だってそうなる。イシグロだってそうなる。

 

「こっちもやっとこう」

 

 地下室の出口付近、下半身を失った吸血鬼が、這いずって移動していた。翼の付け根には酷い火傷。

 本来、すぐに再生するはずの吸血鬼だが、エリーゼの呪詛の権能で再生能力が阻害されているのだ。

 

「くそ! こうなったら一か八か……!」

 

 覚悟を決めた吸血鬼の腹に、矢が突き刺さる。

 だが、それは悪手。彼女を封殺するには口を狙うべきだった。

 

「起きて! 四号ちゃん!」

 

 吸血鬼の叫び。その声に、地下室の影にいた巨影が反応した。

 どしん、影が立ち上がる。ずしん、影が歩み出る。

 それは、身長三メートルを超える巨人――鎧武者の大羅山人(ダイダラボッチ)だった。

 

「四号ちゃん! 巨大化よ!」

 

 次の瞬間、グーラのサッカーボールキックが炸裂し、吸血鬼の顎が砕かれた。

 

「ウォオオオオオオオオオム!」

 

 だが、一足遅かった。

 主の命に従い、大羅山人が雄たけびを上げる。

 

 影が伸びる、膨らむ、大きくなる!

 見る見るうちに、それは見上げる程の大きさとなり、地下室をぶち破って屹立した。

 

「ウォオオオオオオオオオオム!」

 

 全高、十七メートル。最大まで巨大化した大羅山人。フルアーマー四号ちゃんが吠える。

 カムイバラの夜に、鎧の巨人が聳え立った。

 

 

 

 見上げる程の巨人の登場に、地上は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 逃げる群衆。泣き出す子供。呆然とする冒険者達。

 その中に、ガチ武装を整えていた集団がいた。

 

「くっ、出遅れたか! マブの奴、上手くはいかなかったようだが……!」

「ほう、大羅山人さんはやろうと思えばああもデカくなるのでござるか」

「いやアレは別格なのだ!」

「そんな事言ってる場合じゃないじゃん?」

 

 ヨタロウと忍者ズである。

 しかし、さしもの銀細工でも規格外の巨人相手には物怖じしていた。

 方や堅実な槍使い。方や斥候特化の忍者である。ジャイアントキリングはちょっと苦手かな、と。

 

「揃いも揃ってなぁに情けない事ゆーとんねん! 大丈夫や! 言われた通り、ちゃーんと連れてきたでな!」

 

 そこに、踊り子風の武闘家が推参。

 次いで、彼女の背後からとてつもない重量物が下りてきた。

 

「おやおやおやッ! カムイバラの楽しい夜を邪魔するとは! これは生かしてはおけませんねぇッ!」

「あ、アンタは……!」

 

 金色に輝く二本角。太く逞しい筋肉。そして、自信に満ち満ちた大音声。

 その胸には、キラキラ輝く金細工。

 

「アレの相手は私がしましょうか!」

 

 リンジュ共和国の切り札。金細工持ち冒険者。

“剛傑”のライドウである。

 

「……誰でござる?」

「あー、えーっと……知らないのだ」

「バカ! 闘技場の支配人じゃん!」

 

 残念、金細工持ちは影が薄かった。




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