【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告も感謝です。いつもありがとうございます。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
オーガポンとかいう期待の超新星。イイネイヌもかわいい。
ルビコン旅行の途中だが、キタカミにも行きたい……!
今回は一人称、イシグロ視点に戻ります。
よろしくお願いします。
イリハが誘拐されたその日は、これまでの異世界生活で最悪の朝となった。
店主のゴロキチが叫んだ直後、俺はすぐさま店主を問い詰めた。
安全を確保すると言ったはずだ。なのに、これはどういう事だ。犯人と組んで更なる身代金を得るつもりかと。
すると、店主は腰を抜かしながらこう答えた。
「護衛の奴が裏切ったんだ! 昨晩、奴がいきなり部屋に来て、刀でオレをぶん殴ってきたんだ!」
曰く、護衛の鬼人侍はリンジュ正規の傭兵ではなく、冒険者資格をはく奪された裏傭兵であるらしい。それも金さえ積めば何でもしてくれる類いの。
事実かどうかは分からないが、主犯は護衛鬼人に豊狸屋より多くの金を渡してイリハを誘拐させたのだろうと。
誘拐とくれば取引交渉だが、今現在そういう申し出は無い。つまり、イリハは金ではない理由で誘拐されたのだ。
「てか、なんで店主殺さなかったんスかね? そのくせ毒は盛ってた訳ッスし」
「ど、毒!?」
それについては、何となく心当たりがあった。
この世界、主人と奴隷には契約魔術による死の連鎖がある。主人が死ぬと、その所有奴隷が死ぬというやつだ。以前、ルクスリリア達にもかけてあったものだ。
だからこそ、イリハと初めて会った時に、この男はイリハの価格をぼったくってきたのである。俺が激昂しないと踏んで。
で、気絶させたゴロキチに追加で毒を盛ったのは、恐らく口封じの為なんだろうと思う。すぐ死なれるのは困るが、そのうち始末しておきたい。事が終わった後なら、イリハが死んでも構わない。
要するに、使い捨てるつもりなのだ、イリハを。
また、イリハを欲しがってる奴というのは、俺以外にそうそう居ないはずである。しかも今になって、だ。
だが、もし狸店主の言っていた“先方”が実在するのであれば……。
「答えろ、先約の名前は?」
「しぇ、シェンリー商会と名乗っていた! オレは手紙でしかやり取りしてない! 本当だ!」
「手紙を見せろ」
「それが無いんだよぉ!」
これは、どうなのだ。
いずれにせよ、店主の言う事は信じるしかない。なにより時間がないのだ。下階から幾人かの声が聞こえる。恐らく、カムイバラの同心とか岡引だろう。
非常時とはいえ、扉を破壊したのは俺だ。誘拐の件は無実だが、今捕まるのは問題である。
現状は一刻を争う。俺は狸人の胸ぐらをつかんで、語気強く命令した。
「死にたくないなら俺を雇え」
〇
店を出た俺は、ゴロキチの依頼で合法的にイリハの捜索をする事となった。
とはいえ、俺に人探しのノウハウはない。監視カメラのない異世界、誘拐されたイリハが何処に行ったのか全く見当がつかない。
なので、餅は餅屋だ。焦る気持ちを抑え、俺達は最初に冒険者ギルドに向かった。仲間を募るのである。
「おう、任せるでござるよ!」
「よっしゃ! ほんならウチは色んなトコに口利いたるわ!」
「おいおい! 俺を忘れるなよ!」
それから顔見知りの忍者ズに捜索を依頼して、同時に占い師に頼んで居場所を探らせた。
そうこうしていると、ちょうどその場にいたミアカさんとヨタロウさんも協力を申し出てくれた。
「深夜に誘拐されたにしても、カムイバラから出てるってのは考え難いのだ」
「そうそう、此処って出入りとか割と厳しいじゃん」
そもそも、カムイバラは人の出入りの管理が厳重な街であるという。
例え裏ルート的なものを利用したとしても、往来するにはいずれかの門を潜らなければならないのだ。故、昨日の今日で外に居るというのは考え難いと。
「出ました! 対象はまだ東区内にいます!」
「よし、東区なんて庭みたいなモンでござる!」
占いの結果、イリハはまだ東区内にいる事が分かった。
人が多く広大な東区だが、目星は付いた。俺達は手分けして東区を捜索する流れになった。
「ほな、ウチは遊郭らへんの人等に声掛けてみるわ! 自慢やけどウチの人脈ハンパないで、任せとき!」
「へへっ! 終わったら呑もうぜ、マブ!」
人類はアイテムボックスに入らない。故、小柄とはいえ人攫いはイリハを担ぐなり包むなりして運ばなければならないのだ。深夜とはいえ、何かしらどこかしらで人目にはついている可能性は高いだろう。
なのでミアカさんには歓楽街を中心に聞き取り調査をしてもらい、ヨタロウさんには同業者からの情報を集めてもらった。
「来いッス! ラザニア!」
人脈のない俺達は、ギルドの許可を得てラザニアに乗って空からイリハを捜索した。
もし、イリハが何処かの建物にいるというなら、そこは厳重に守られているのではと考えての事だ。これは当てずっぽうだが、怪しい所は虱潰しにしていくつもりだった。
「あの屋敷、結界が濃すぎるわ」
「あぁ……匂うな。行くぞ」
「うッス。ラザニア、一旦下りるッスよ」
「時間が惜しい、エリーゼ」
「分かったわ」
「え? でも間違ってたら……」
「そん時はごめんなさいだ。行ってくる!」
ラザニアから飛び降り、イリハの気配に急降下。
エリーゼの魔法で結界を壊して、俺は地下室に侵入した。
そこに、イリハがいた。
彼女は手術台のような所で寝かされていた。
手枷足枷をつけられ、拘束されていたのである。
「……クソがよ」
ところで、俺は可哀想なのは抜けないタイプの男だ。
中でも痛そうなのは特にダメだ。
それもロリが相手のやつだと、尚の事。
だからこそ、イリハの状況と、その周辺にある道具を見て、その使用用途が理解できて……。
頭がカッとなった。
以降、暫くの間、記憶が曖昧だ。
そして、何とかイリハを奪還した後……。
「ウォオオオオオオオム!」
俺達は、再びカムイバラの夜空を飛んでいた。
ラザニアの背には俺とイリハとグーラ。ルクスリリアとエリーゼには自前の魔力飛行で追従してもらっている。
「ひ、ひぃ~! 怖いのじゃ~!」
「大丈夫です、しっかり掴まっていて下さい」
十七メートル級巨人の周りを飛ぶ。その光景はさながら、映画村に等身大ガンダムが建造されたかのようだった。
巨人は戦国武将を思わせる全身甲冑を着ていて、如何にも防御力が高そうだ。というか、BASARAの本多忠勝そっくりだった。
「クソッ! ここは撮影セットじゃねぇんだぞ! エリーゼ!」
「わかってるわ、
一条、魔力の奔流が解き放たれる。結界さえ破壊せしめたエリーゼ最強の魔法だ。
しかし、その一撃は不可視の力場によって阻まれてしまった。Iフィールド持ちはチートだろ。
「ノーダメージだ。そもそも当たってないぞ」
「なるほど、弱点対策の鎧って訳ね……」
「どうすんスか? エリーゼ無しじゃ火力不足ッスよ!」
「ぶちぬき丸も効くかどうか怪しいですね……」
「チッ、このままじゃ……」
失態だった。吸血鬼を制圧するのが一歩遅れてしまい、こうなったのだ。
心境的には、あんな面倒なのとは戦いたくない。とかく時間がないのだ。俺としては今すぐあの猫又を追跡して、後顧の憂いを断ちたいのである。
だが、自分の尻は自分で拭かねばならない。街に被害が出るのは、それこそ俺の責任になる。客観的に見て、今俺がやらかしてる事は住民からすると大迷惑行為なのだ。
「どっせぇえええええいッ!」
と思っていると、バチンという稲光の後に、凄まじい轟音が響き渡った。
巨人に視線をやると、そいつはまるで盛大な右フックを受けたかのように首を傾けていた。その傍には、宙に浮く巨漢の姿。
雷の巨漢はそのままジグザグの軌道で巨人の顎に移動すると、打ち上げるような掌底を放った。
「今です皆さん!」
雷の音にも劣らぬ大音声。いつの間にか、巨人の足元に何人かの兵士が屯って弓なり槍なりで牽制していた。
あの巨漢、見覚えがあるような無いような。やがて雷の化身は俺の前まで来ると、ビタリと空中で静止した。
「夜分遅くに失礼! 貴方がイシグロ殿か! 状況を知りたい! 説明をお願いできますか!」
「あ、はい」
巨木の如き手足。金色の角。空中で腕組み仁王立ち。
金細工持ちの鬼人だ。思い出した。この人、闘技場の支配人だ。
ともかく増援と見ていいだろう、お叱りは後で。俺は極力簡潔に、彼に戦況を説明した。
話の途中、彼は顎を撫でて難しい顔になった。
「その猫又には逃げられたのですか?」
「はい」
「うぅむ……!」
凄く個人的な話だが、ぶっちゃけ俺は今みたいに危険な敵役が逃げる展開が好きではない。どうにも作者の都合というか、そういう物語的なアレコレを感じてしまうのだ。
それは創作物の話だが、リアルになった異世界では尚の事、そういうヴィランはチャッチャと排除して後顧の憂いを断ちたいと思う。
吉良吉影ではないが、ああいうのが居ると思うと熟睡できない。暗殺者の影に怯えて生きる事になってしまう。それでは、俺の想う楽しい異世界生活から離れてしまうではないか。
俺はただ、ロリとイチャイチャしたいだけなのだ。異世界のゴタゴタなど、真っ平御免である。
「援護します。手早く殺りましょう」
だが、それは俺個人の感情だ。
第一目標であるイリハの奪還は成った。これ以上俺達が戦う理由はないが、義務と責任が発生した。
何をするにしても、まずは巨人を何とかしなければならない。やれるなら、今すぐ終わらせるべきだ。
「いえ! それには及びません! それよりもです! 不躾な申し出ですが、貴方には私からの依頼を受けて頂きたい!」
予想外の対応に、俺は目を丸くした。
「あの巨人は私がやりますので、貴方は猫又を追ってください! 捕縛は結構、可能なら討伐を! 金銭は後で!」
「しかし、それでは……」
「その猫又、特徴からして恐らく我々も手を焼いている極悪人です! それに貴方、怒っているでしょう!」
突然の指摘に、これまた俺は口を閉じてしまった。彼の提案に否は無いのだ。できるのならそうしたいが……。
すると、彼は時間が惜しいとばかりに雷電を迸らせ、巨人に対しぶちかましの姿勢を取った。
「その怒りは首魁を捕らえねばスッキリしない! それは気持ち良くない! そも、これはこの地に潜む悪党を見過ごしてしまった私共の責任です! その上で!」
「わ、わかりました……!」
「よろしい! くれぐれもお気を付けを! どぉっせぇえええええええい!」
そして、金細工の鬼は再度突貫し、巨人の顔面に張り手を見舞った。
偉い人の了承は得た。これで大手を振って猫又を殺せる。如何にも小者的な思考だが、任せろというなら任せたい。
が、奴がそもそも何処にいるのか分からない。事前情報からして、門の近くにいるかもしれないが、それこそ向こうも読んでいるのではないだろうか。
実際、動員可能な戦力に見つかるかどうかも分からない相手を追跡させるなど、リソースの無駄である。けれど彼は行けと言ったのだ。ならば俺は俺のエゴを押し通す。
とりあえず、忍者ズと合流したいのだが……。
「あの、イシグロ様……!」
と思っていると、イリハが遠くに指を向けていた。
震える小さな指は、東区の外門に向いていた。
「あそこに、恐ろしい氣が視えます……!」
イリハは怯えていた。
戦いの熱が過ぎて、今度は直前の恐怖が戻ってきたのである。
その上で、イリハは精一杯の勇気を出して、自身が恐怖する存在の居場所を教えてくれた。
「イリハ、君って奴は……」
これで勇を見せねば、男が廃るというものである。
俺はラザニアに命じ、件の猫又を殺す手段を講じる事にした。
「最高だ! 行くぞ、皆! もうひと踏ん張りだ!」
「あいッス!」
「はい!」
「ええ」
「へひ!? ひへへへ……」
勇ましく応じてくれた一党の中、イリハはふやけた笑みを浮かべていた。
〇
カムイバラ東区、門前広場。
そこには大勢の住民が屯っていた。巨人の登場に怯え、避難してきたのだ。
時刻は夜、当然外と繋がる門は閉じている。住民達も外に出たいと騒いでいる訳ではなく、門番に守ってもらおうとしている雰囲気だ。実際、リンジュの門番さん達は避難誘導をしていた。
その人混みの中に、ソレは居た。見た目はごく普通の人間女。だが、イリハが言うのだ、間違いない。
「死ね……!」
俺は、一切の容赦なく、急降下するヘラジカの上から矢を放った。
だが、マジの殺意に反応してか、そいつはクルリと反転すると掌で結界を張ってみせた。
バチン! 矢と結界が衝突し、稲光にも似た激しい光と衝突音が響く。近くにいた住民達は唖然となっていた。
「逃がさねぇぞクソアマ……!」
「しつこい男ニャ……!」
勢いそのまま四足巨獣が着地すると、俺達は即座に地上に降りて駆け出した。
ざわめく群衆を無視して、女に突貫する。女は変化を解くと、虚空に手を突っ込んで錫杖を取り出した。
「普通もう少し躊躇うもんニャよ!」
それから、猫又は近くにいた住民に錫杖を向け、何らかの魔法を使おうとした。
だが、そういうやり口は前世サブカルで見飽きている。切羽詰まった悪党は、概して人質を取るものだ。
故に、先手を取る。
「ぅおおおおお! 範囲拡大、【淫魔妖姫誘眠】!」
淫魔の鎌から、眠りを誘う靄が放たれる。猫又を中心として、無差別睡眠魔法をブッパ。即座にレジストした猫又だったが、人質が倒れた事で魔法の向け先を見失ってしまったようである。
コナンの映画で見た。さしもの悪党もこれには驚くだろう。それに稼ぐのは一手分でいいのだ。
「死ねぇやぁああああ!」
「お前そんな奴だったかニャっとぉ!?」
一閃、二閃、俺の攻撃は結界によって阻まれた。カウンターで放たれた魔法は、あえて上空へと受け流す。
これまた時間稼ぎ行動だが、すぐに完了する。地下室と違い、今はコイツを殺す算段をつけているのだ。
「ほい! 一本釣りでござる!」
眠る住民達を、忍者ズの一人が投網で回収していく。
かなり乱暴なやり方だが、命には代えられない。怪我しても治療費は払うし、何なら慰謝料も払う。とにかく今は勘弁してくれ。
「ここは戦場になるのだ! 避難誘導するのだ!」
「ら、ライドウ様の? わかった!」
猫ニンジャは兵士長に伝言。上司の命令に従った兵士は、俺と猫又の戦いから混乱する住民を離しにかかる。
エリーゼとグーラは万一にも余波が飛ばないように群衆を守ってもらっていた。
「この! 英雄気取りかニャ!? ただの迷宮潜りが偉そうに!」
「うっせぇニャ! その口閉じろバカ女ァ!」
剣と結界が火花を散らす。氷の刃を砕き、土の槍をいなし、炎の蛇を巻き取り潰す。至近距離で、俺は猫又の陰陽術を封殺していた。
まるで初めてリンジュに来た時のように、あっと言う間に戦いの場が形成される。一党の三人はまだ群衆を守っていて、犬人忍者と猫人ニンジャは避難誘導中だ。
近くに俺しか来ないと見るや、猫又は逃走ルートを探るように辺りを見渡した。
「逃がさないじゃん!」
「うげーっ! 何ニャこれぇー!」
だが、忍者ズは三人いる。物陰から飛び出た兎NINJAは、一瞬の隙を突いて猫又に謎の球を投擲。
パァンと水袋が割れ、謎液がまき散らされる。結果、猫又の足に変な液体が付着した。普通に臭い。獣人にこれはキツいようで、猫又女は顔をしかめていた。
計画通り。これで、猫又はリンジュの斥候から逃げられなくなった。
「しつ! こい! ニャーッ! 仙氣眼はくれてやったんだからもういいだろニャ!」
「盗人猛々しいな! 神妙にお縄に付けや野良猫!」
「ああ言えばこう言う! 若僧のくせに生意気ニャ!」
ターゲットを囲んで一対一。近接の距離だが、俺は攻めを継続しつつも決め手に欠いた立ち回りをしていた。
一瞬の隙を見てか、奴の錫杖に魔力が籠る。狙いは俺じゃない。守護の穴、住民だ。
けれど、それも対策済みである。
「なっ! 氣が集まらな――」
「はぁ!」
「いぎっ!」
隙あり、俺は一歩踏み込んで猫又の腕を斬り飛ばした。
やったのはイリハだ。彼女は今、得意の変化術で群衆に紛れ、そこから猫又の妨害をしてもらっているのだ。
胴体を狙ったが、腕だけだ。しかし猫又には竜族とか吸血鬼族ほどの再生力はない。部位破壊による恩恵はかなりデカいはず。
「お待たせ! 連れてきたでぇーッ!」
優勢を維持していると、ついに待ち望んだ援軍がきた。
ミアカさんが連れてきたのは、かつて歓楽街で踊り狂っていた陰陽師ダンサーズだ。
彼らは一糸乱れぬ動きで俺達を包囲すると、一斉に魔法を詠唱した。
「「「「「「術式連結、【闘技結界】!」」」」」」
「しまっ……!」
俺と猫又を覆うように、四方に半透明の壁が生成される。
これは闘技場で用いられている結界術の原型であり、使いようによってはこうして悪党を捕らえる事も出来るのだ。
効果は単純で、内外からの干渉を遮断するのである。イリハの援護はなくなるが、これでやっと本気で戦える。
「ご主人様!」
「上から失礼!」
結界の上から、スーパーヒーロー着地する影あり。槍使いのヨタロウさんと、グーラである。
続いて、ルクスリリアとエリーゼが上空で武器を向けた。
猫又視点、正面に俺で、右にヨタロウさんで左にグーラ。上にはルクスリリアとエリーゼがいるという構図だ。全員、銀細工相応の戦闘力がある。
「ちょっと、これは拙い事になったニャ……」
冷や汗をかく猫又だが、まだ余裕そうである。
最後まで油断しない。俺は連携を考慮して、打刀の橘を構え突進。槍を持ったヨタロウさんと、大剣を持ったグーラも続く。
「詰んだかニャ。だが……!」
言いながら、猫又は切れた腕の断面を向けて来た。
瞬間、腕の断面から真っ赤な肉が飛び出てきた。
反射で斬ってしまった。これは軟体系の魔物……否、タコを切った時の感触に近い。
え、これって、そういう事か?
「最悪ニャ! 最悪ニャ! 最悪ニャア!」
キンキン声で喚く猫又は、まるでプラモのパーツを外すように自身の下半身を切り離した。
ぼたりと落ちる足。しかし、奴は不可思議な原理で浮遊している。
「大赤字ニャーッ!」
かと思えば、胴の断面から、光沢ある大蛇が生えてきた。
いや、ヘビが生えたというより、ヘビになったのだ。それこそ、ファンタジー作品でいうラミアのように。
ヘビが大きくなるにつれ、猫又本体も巨大化していく。ぐねぐねと、むくむくと、まるで順次リミッターを外していくようにして。
「おいおい、ありゃ何だ……?」
決死の時、ヒトから魔物に変ずるという展開は、オタクからしたらそう驚くものでもないが、異世界人からしたらマジで意味不明なんだろう。
ヨタロウさんもグーラも、結界外にいる住民達も、みんなSAN値をチェックされているような顔になっていた。
「グーラ!」
「わ、分かってます……!」
俺は突撃を止め、三人で魔物を包囲する位置についた。
猫又? いや何だろう、元猫又は左手にタコの触手を生やし、下半身がヘビになって、しかも巨大化までしている。
完全に変身魔物である。これが切り札というなら、そっちのが気が楽だが。
「マブ、こいつホントに人類なのか……?」
「さぁ、知りませんが」
猫又怪女から、ダンジョンボスに似た雰囲気を感じる。
奴がヒトから魔物へ変じる過程で、俺の戦意はより増していった。
正直、こっちのがやりやすいじゃん。
「ふんッ!」
最初に動いたのは、猫又だった。タコの触手を結界にぶつけたのである。当然、小揺るぎもしなかったが、結界を維持する陰陽師達の眉が歪んだ。
大丈夫だろうが、あまりぶつけられていいものではないだろう。さっさと殺すべきだ。
「リリィとエリーゼは待機! グーラ、いつもので! ヨタロウさんは!」
「お、おう! 援護なら任せろィ!」
「恐らく陰陽術を使ってくる。イリハの詠唱阻害はない。よし、じゃあ行くぞ!」
暴れる怪物に、俺達は再度突貫した。
「こうなりゃ倉庫すっからかんになるまでやってやるニャ!」
前に出る。伸び来る触手を切り裂き、避け、接近する。刀の攻撃が直撃するも、防御される。
背後に影、回り込んだグーラの大剣が唸る。猫又の腹に直撃するも、鱗を剥す程度のダメージしか与えられていない。
「グーラ! お前もニャ!」
振るわれる尻尾を避けると、上から援護魔法。拘束魔法が猫又の首を絞め、ルクスリリアの攻撃魔法が頭に直撃している。
しかし、猫又は鬱陶しそうにしただけで難なく鎖を引き千切ってみせた。
「あぁぁぁぁあぁ! ほんとイライラさせてくれるニャア!」
俺とグーラは一旦離れ、再び前後から突撃。その間を挟むように、ヨタロウさんが巨大猫又をチクチクしていた。
状況は変わらない、俺かグーラが攻撃を当て、ヨタロウさんが陰陽術の詠唱を阻害。上から二人の邪魔が入り、その隙に俺とグーラが体勢を整える。
「ちょこまかと! 面倒臭いニャ!」
ヒトの知能を持った怪物。字面だけ見ると、物凄く強そうだ。
だが、元がヒトなら話は別だ。猫又は自分の身体に慣れていないようで、触手攻撃はともかくヘビ部分をあまり活かせていなかった。
これなら最初からどっちかの形態に絞った方が強かっただろう。実際、陰陽術以外の体術も大したものだったのだ。
「ヤアアアアアア!」
「あッッッついニャア! 何なら今ここで取り込んでェ……!」
バギン! グーラのアバンストラッシュが、猫又の持っていた錫杖を破壊!
すると猫又は、即座に手首から先をカニっぽい甲殻で覆ってみせた。タコの触手とカニの腕、ヘビの足である。余計やりやすくなった。
「行ける行ける! このまま行くぞ!」
「はは! こいつは良い! イシグロ、今度一緒に迷宮行こうぜ!」
怪物が怪物然としていくにつれ、前衛三人の連携はより密になっていった。
ぎこちなかったヨタロウさんとも、この段になると阿吽の呼吸で動けていた。
「上からだと楽でいいッスねー」
「油断しないの」
上からの援護魔法も激しさを増していく。
完全に怪物退治であった。見世物のつもりじゃないが、気づけば結界の外はオーディエンスと化していた。
「頑張れー!」
「負けるなー!」
「やれ! やっちまえー!」
結界の外から声援が届く。
闘技結界で戦う俺たちは、さながらヴィランを倒すヒーローだった。
先ほど削れた正気を回復させるように、人々は怪物退治に熱狂しているのだ。
「こんっのぉおおおお!」
ダメージ甚大。ムキになった猫又は下半身のヘビを撓ませ、バネ仕掛けのように思い切り跳んだ。
当然、エリーゼは魔力の盾を生成する。凄まじい衝突音。飛び掛かりを防いだエリーゼだが、小さな身体は上に押し出されてしまった。今狙われると拙い。ルクスリリアがフォローに入る。
しかし、怪物の狙いは彼女ではなかった。猫又は盾で得た反発力を使い、凄まじい速度で急降下してきたのだ。
「フシャアアアアアア!」
デカい怪物が落ちて来る。避けられる。避けられるが、勢いのまま地面を抉って逃げられるかもしれない。
穴を掘られて逃げられる可能性は予想していたが、力任せに潜られるのは対策していない。
仕方ない、賭けだ。俺は落下の瞬間に首を斬るべく、横薙ぎの構えを取った。
「この瞬間を!」
「待ってた!」
「じゃぁああん!」
ドゴン! 地面から三つの影が飛び出た。それは各々網の端っこを握った忍者ズだった。
忍者ズはまるで救助ネットを張るように網を展開すると、その中心に猫又をダストインしてみせた。
「「「忍法! 網漁の術!」」」
網に猫又を入れた忍者ズは、怪物女で大漁になった網を持ち前の技量で地面に軟着陸させてみせた。
それ多分忍法じゃないが、ともかくナイスだ。
「ぐぇええええ! クソ、邪魔するニャア!」
ずしんと重たい衝突音。土煙の中、巨大な陰が蠢いている。
「一気に行く」
「はい!」
「おう!」
つるべ打ちである。俺は弓を取り出し、威力重視の矢を放ちまくった。グーラも火の玉を投擲。続いて、上空から遠慮のない魔法が降り注ぐ。
忍者ズとヨタロウさんも、各々飛び道具を投げまくっていた。
「ぐわあああああ!」
その時、上空にとんでもない魔力反応。
見上げると、白銀の髪をなびかせたエリーゼがEWラストのウイングゼロのように王笏を構えていた。
「結界の維持、踏ん張りなさい。さぁ、
「退避ィ!」
瞬間、一条の光が落ち、捕らわれの怪物を焼いた。
「ギャアアアアア!」
その狙いは逸れる事なく、常にのたうつ怪物の中心を抉っていた。地面に穴を開けないよう、最大限の注意を払っていたのである。
なお、爆風で押し出される俺達への配慮はない模様。
「ご主人様!? アレを……!」
次の瞬間、極光に焼かれ続ける怪物から何かが射出された。
それは、ヒトガタの女……全裸の猫又だった。
狙いは明白。脱出装置まであるのかよ。
「逃がさないって……!」
俺は鎖付の矢を番え、放つ。
奴の腹にぶっ刺さったところで、思い切り引っ張った。
「言ったよなァ!」
「ひぃ!」
飛び上がり、交錯の瞬間に居合斬り。
思い切り胴体を斬ったが、すぐに例のモンスターの肉が盛り上がって来た。まだ再生能力持ってるのか。なら、何度でもやってやる。
俺は武闘家スキルの応用で地面に向けドルフィンキックを敢行し、落下の勢いをつけて猫又の頭を叩きつけた。
「ぐぅうううううっ……!」
「なぁ! 鬼滅ごっこしようぜ!」
そしてすぐさま立ち上がり、軽く上に投げてから刀を振りかぶった。
「お前
コンマ以下秒、白刃が迸る。斬る、腰から下を両断する。斬る、脇から肩を切断する。斬る、首から下を別離させる。だが、再生される。断面から断面に向かい、太い血管が伸びて身体各部を接合しようとしているのだ。
当然、それも斬る。斬る、斬る、斬る斬る斬る。再生される都度、それを上回る速度で切り刻む。無闇矢鱈な高速斬撃。殺意と生の追いかけっこ。
猫又みじん切りである。
「アガァアィアァヤアアアアッ!?」
一閃、眼玉を斬る。
二閃、鼻を削ぐ。
三閃四閃五閃。ところ構わず斬りまくる!
鬼滅ごっこと言ってはみたが、気分的にはMGRの雷電だ。こちとら連戦で疲れとるんじゃ、さっさと死んでいなくなれ!
「うぉぉぉぉぉァアァアアアアアア!」
「ギエエエエエァアアアアアアア!」
常人には目にも留まらぬ斬撃の嵐。血が飛び散り、腕が飛び、新たな肉が細かく斬られて霧散する。
俺の咆哮と猫又の悲鳴が重なり合う。構図としては吊るされた肉塊を斬りまくってる感じだろうか。エクストリーム異世界ケバブだ。
斬りまくる、斬りまくる、斬りまくる。ここにきて、肉の再生速度が遅延した。
猫の悲鳴が小さくなっていく。生命力のストック切れだ。
「ぐえ……!」
ガッ! と。
俺はダルマになった女の首根っこを掴み上げ、その心臓に切っ先を向けた。
別に、今さらになって躊躇ったとか、そんなんじゃない。
一つ、聞いておかないといけない事があったのだ。
「お前、エリーゼの呪い解けるか?」
それは、単なる勘だった。
訳の分からぬ術を持っているコイツの事だ。正体不明だというエリーゼの呪いについて、何か知ってるかもしれないと思ったのだ。もし、できるというのであれば、殺すつもりはなかった。
それに、何か俺達の事知ってそうだったし。
「のろ、い……?」
「解けるなら、殺しはしない」
聞くと、女は半壊した口元を歪め。心底見下した目で嘲笑ってきた。
「ちゃんと勉強しろ。出来る訳ないニャ。ば~か……♡」
「そうか。じゃあ死ね」
刀を押し込む。切っ先が心臓を貫く感触がした。
最後っ屁があるかもしれない。俺は刀を捻ってから引き抜くと、返す刀で首を落とした。
どさりと、首と胴が地に落ちる。
すると、奴の生首の断面から、小さな尺取虫のようなものが這い出てきた。
こういうのもお約束だよなと。俺は呆れ半分でその虫を突いた。
ぷつりと、何かの糸を絶った感触。
虫は何度か痙攣すると、動かなくなった。
死体が残っている。つまり、こいつは魔物じゃなかったんだな。
「ふぅ……」
血塗れの防具を見て、改めて思う。
初めての殺人だが……。
まぁ、こんなもんかと。
「「「ワァアアアアアアア!」」」
静寂の後、結界が解けて歓声が轟く。
流石の異世界人メンタルとでも言おうか、リンジュの住民は怪物の討伐にめちゃくちゃテンションを上げていた。
猫又の死骸に近づく住民はいなかったが、皆さんこの場の戦士達を盛大に喝采していた。
「おう、見ててくれたか! 俺の勇姿!」
「ニンニン! これも忍者の務めにござる!」
「ふふん、銀は銀でもいぶし銀の活躍だったのだ!」
「まぁ大した事してないじゃん? 当然の事じゃんよ!」
ヨタロウさんと忍者ズは素直に声援を受け取って、各々ファンサなどしていた。
離れた俺にも住民が寄って来たが、軽く挨拶してスルスル抜ける。
俺はそういう気持ちにもなれず、杖を取り出して自身に【清潔】をかけてから皆と合流した。
「お疲れ~ッス」
「凄い人気ね、アナタ」
「なんだか英雄みたいです!」
「どうだろ。ん?」
ふと見上げると、遠くで野太い叫びが聞こえてきた。
同じタイミングで、巨人が討伐されたようである。
かと思えば、青白い雷がこっちに向かって飛来。ずしんと、青白く帯電した巨漢が大地に降り立った。
「お待たせしましたねぇえええ!」
落雷の如く現れたソレは、案の定金細工の巨漢鬼人だった。
全身から戦いの熱を放射しつつ、彼は腕組みして周りを睥睨した。
猫又の死体を見て、俺を見て、最後に住民達に向け笑いかけた。
「おや! これはこれは! 私の出番は無かったようですね! いやぁ出遅れちゃいました!」
どうやら彼は人気があるようで、住民達のテンションは更に爆上がりした。
鬼人は一通りのファンサをしてから俺の近くに来ると、右手を出して握手を求めてきた。
「名乗りが遅れました! 私はこの国で金細工を授かった者で、名をライドウと言います! おっと、吸血鬼達は捕らえてありますのでご安心を! この度はカムイバラの危機を救って頂き、誠にありがとうございます!」
「いえ、とんでもございません。元はと言えば自分が招いてしまった惨事なので……」
「何を仰る! ヴァスラもジャルカタールも! 貴方のお陰で捕らえる事ができたのですよ!」
「うおっと!?」
大声に次いで、まるでボクシングの世界チャンピオンのように手を挙げさせられた。
身長差の関係で、俺はつま先立ちである。
「皆さん! この方はラリス王国の銀細工持ち冒険者、“黒剣”のリキタカ殿でございます! どうか、勇敢なる異邦の戦士に盛大な拍手を!」
瞬間、割れんばかりの拍手が鳴り響く。カメラのフラッシュこそないが、何処からか指笛の音が聞こえてきた。
が、当の俺は胸中のストレスを隠すように仏頂面を維持していた。愛想笑いも今はちょっと難しい。こんな経験した事ないし、ぶっちゃけあんまり好きじゃない。
そもそも、ああは言ってくれたが実際俺の失態でこんな騒ぎが起こったのだ。クウガが好きな俺としては、街の被害なんかも気になってしまう訳で……。
「い、イシグロ、様……」
散々もみくちゃになった後に騒ぎの外に出ると、喧騒の隅から一人の狐人美女が歩み寄ってきた。
彼女は俺の目前で立ち止まると、一度息を呑んでから変化の術を解いてみせた。
そこにいたのは、先ほどの美女にそっくりな、けれど幼い容姿をした少女。
桜色の髪をした、天狐のイリハだ。
「こ、この度は、わ、私めを……」
その先の言葉は分かっているが、それは順番が逆だ。
俺は彼女に跪くと、しっかり目を合わせてから口を開いた。
「イリハが無事で良かった」
漏れ出たような言葉は間違いなく本心だった。
少なくとも、彼女の身体は守られた。それが何よりも喜ばしかった。
「は、はい……!」
再度、あの時の恐怖がぶり返してきたのか、あるいは違うのか。ともかく、イリハは泣きそうな顔になっていた。
やがて、彼女は一筋の涙を流し、けれども拭う事なく表情を緩め……。
「本当に、貴方に出逢えて良かったのじゃ……!」
満開の桜のような笑顔を浮かべた。
その言葉を聞いて、俺はようやっと一息つくことが出来た。
こっちこそ、救われた気持ちである。
「よっしゃぁああああ! このまま歓楽街行って宴会じゃあ!」
かと思えば、そこにヨタロウさんがエントリーしてきて、俺を連行し始めた。
「いや、しかし、これから戦後処理が……」
「ええねんええねん! そんなん兵隊さんに任せとけば! それに、いざとなったら此処におる皆で証言したるでな!」
あれよあれよと、俺はその場の皆にワッショイワッショイと運ばれていった。
ルクスリリア達はちゃっかり胴上げの外にいた。なんてこった、胴上げされる俺を見て笑ってやがる。
「ほら、イリハちゃんも」
「ミアカさん!? きゃ!?」
ふと見ると、イリハはミアカさんに肩車されていた。
彼女の周りには、イリハと顔見知りの遊女たちが集まっていた。
遊女達は口々にイリハの無事を寿いでいた。
「ははは! ならばその宴! 全て私が持ちましょうか! 我が家秘伝の酒も用意します!」
「うぉおおおお! 鬼酔酒! いっぺん呑んでみたかったんでござる!」
「さすが金細工なのだ! 太っ腹なのだ!」
「そろそろ名前覚えてやれじゃん」
それから、俺達は歓楽街にある“萌虎のしっぽ”で宴をするのであった。
まぁ、後の事は後でいいだろう。
今はとりあえず、戦いの熱を忘れるフェーズである。
零した涙も浴びた血も、ぜんぶ酒で洗い流すのだ。
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