【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告もありがとうございます。感謝に堪えません。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。何度も書きますが、出て来る時はヌルッとほぼ別キャラ化して現れます。
今回は三人称、カムイバラの偉い人視点。
以前登場したキャラが登場します。ライドウです。闘技場の支配人で、金細工持ち冒険者の鬼人です。
よろしくお願いします。
リンジュ共和国とは、世界中の外れ者が群れを成し、ラリス王国の支援を受けて興された多種族国家である。
その政治形態は親分筋にあたるラリス王国とは異なり、所属する種族の代表からなる議会制を取っている。元首もまた、種族間の均衡を保つ為に議員の中から選出される仕組みだ。
力を貴ぶ異世界人の常として、元首にしろ議員にしろ例外なく強くなければ務まらない。
民から認められるカリスマ性に、他国他種族との外交力。一定以上の知識と良識。種族を代表するには、力だけではない総合的な強さが必須なのである。
リンジュ共和国は、ラリス王国に次ぐ異世界二大国家である。当然として、元首や議員が強いだけでは国は動かせない。
貴族のいないリンジュ共和国だが、議員とは別にそれに準じる者達がいるのである。区や町を治める長を集めた治安維持機構の“
国を運営する議会。
土地を治める組合。
法を司る武行。
リンジュ共和国とは、これら三つの勢力により維持されているのである。
無論、三勢力の重鎮達は、皆例外なく強者揃いだ。
普段は書類仕事しかしてないような人でさえ、戦とあらば最前線で暴れ回り、一騎当千の働きをしてのける。
そうでなくば、回らぬ世界であるからして。
夜も深まるカムイバラ。東区中央にある巨大建築物。
五階建てのそこは守長組合の本拠地であり、カムイバラの東区を治める区長の居城でもあった。
五階の中心に区長室があり、夜の帳が下りた現在にあって、その部屋からは未だ灯りが漏れていた。
橙の行燈が照らす畳部屋、その最奥。大量の書物が置かれた棚を背に、大きな文机に向かい黙々と筆を走らせる人影があった。
影の正体は豪奢な装いの女だった。夜色の長い髪に、金色の簪を刺している。書き物をする所作といい、身に着けている品といい、女が一流の家の出である事は明白であった。
だが、彼女の特徴で最も目立っているのは、その背から生えた左右一対の漆黒の翼であった。それは鴉人の羽のような光沢を持ちながら、天使族の羽のような神秘的な魔力を内包していた。
彼女の名は、バンキコウ。
元金細工持ち冒険者で、守長組合における最高位階。天狗族の副族長にして、カムイバラ東区の長を兼務している。
御年五百歳の黒髪長髪巨乳人妻天狗だ。
ふいに、ピクリと彼女の翼が僅かに震える。呼んでいた客が来たのだ。
バンキコウは硯で筆を整えながら、姿勢を変える事なく口を開いた。
「……入ってよいぞ」
蜜のように甘やかな、それでいて凛とした声音であった。
さほど大きな声でもなかったが、来客には届いていたようである。襖の奥で、僅かに見知った魔力が散った。
「おや! バレてしまいましたか!」
すたーん! 精妙な絵が描かれた襖が開き、羽織に袴スタイルの鬼人巨漢が現れた。
デカすぎる図体、デカすぎる筋肉、そしてあまりにデカすぎる声。
来客は、誰あろう“剛傑”のライドウその人であった。
「いいから、そのパチパチした魔力を抑えよ。羽の艶が落ちる」
「これは失敬! 私としたことが、つい気が昂ったままで!」
言って、彼は努めて体内魔力を制御し、全身に迸る雷を収めた。
ズカズカ歩み寄り、いい感じの距離で相対すると、収納魔法から特注の座布団を取り出し、存外お淑やかに正座した。目上の者を相手に勝手に腰を下ろすなど普通に礼を失した行為なのだが、バンキコウは気にする事なく筆を走らせていた。
「呼び出した手前すまないが、まだ今日の分が終わっていないのだ。このままでよいな?」
「あいわかった! それでは、私の口から改めて報告させていただきます!」
「ああ……。あと、声を抑えろ。耳が痛い」
「む!? あー、あー、ごほん! 了解しました、バンキコウ殿」
それから、ライドウはつい先日起きた例の事件について報告した。
彼が呼び出された理由、それは猫又討伐騒動の一部始終の報告と確認の為である。
例の事件、ライドウは終わり際にしか関わっていないのだが、後始末には一から十まで首を突っ込んでいたのである。この件については、ライドウが最も熟知していると言っても過言ではない。
豊狸屋から始まり、東区大門で終わった一連の猫又討伐劇。
それらの中心には常に一人の異邦者がいて、それらの元凶をリンジュとラリスの諜報機関は長年追い回していたのである。
到底、書面だけで片づけて良いものではなかった。信用足りえる戦力とは、情報を共有しておかねばならない。
「……と、このようになっております」
「うむ、相違ないな」
ここで一旦筆を置き、バンキコウは文机の端にあった紙束を手に取った。
その中の一枚、事前に送られていた報告書とライドウの口頭報告を比べ、食い違いがない事を確認する。
それから二枚目の紙を出し、流し見しつつ口を開いた。
「鬼人のヤスケからは?」
「後に詳細な報告が上がるかと思いますが、概ね此方で知り得た情報と変わりありません。豊狸屋から聞き取った仲介人についてですが、一足遅く逃げられておりました」
「今はどうしている? あー、ヤスケの方だ」
「拷問の末、心を失っております。苛烈過ぎましたな、何の役にも立たぬかと」
「そうか、ならば貴様が殺せ。奴の処刑権は貴様のものだ。武行には妾からも伝えておこう。あー、首から上は残すように。派手にやれ」
「承りました」
言いながら筆を取り、あっと言う間にヤスケの処刑についての書類が完成した。
次いで、バンキコウは三枚目の紙を取り出し、内容を流し見た。
「吸血鬼のヴァスラからは?」
「いえ、まだ何も。現在は獄で拘束しております。吸血鬼の拷問には準備が必要なので、専門の同心を待っている状態です」
「ふむ、そうか」
「ですが、世間話には応じました」
報告書と相違なしとしようとしたところで、バンキコウは紙を戻す手を止めてライドウの方を見た。
「奴が四号ちゃんと称していた
「興味深いな、この件はイワヌマ家に任せるか。過去の
「血をくれてやったら喋りましたよ」
「ああ……吸血鬼はそういう種族だったな」
ちなみに、吸血鬼の名誉のために明記しておくと、彼ら彼女らの皆が皆、美味しそうな血欲しさに大事な情報を垂れ流すようなアホ種族などではない。
いやまぁ、吸血鬼にとっての血は淫魔にとっての精みたいなものなので、全く間違いという訳でもないのだが。
「四号ちゃんですが、現在は武行法院の施設で治療中です。今朝、朧気ながら意識が戻っている事を確認しました。調査の為、治療は続ける予定ですが、その後の身柄は私に一任して頂きたく願います」
「暴れたらどうする?」
「私が責任を。彼は被害者です。幸い、呪術や罠の痕跡はありませんし、目覚めてすぐ処分など……それはあまりにも惨いでしょう」
「ならば良い。手配しておく。他は?」
「私の血の味についてなど……」
「食欲が失せるから止めろ」
次、新しく取り出した紙には狼人のジャルカタールについての報告が書かれていた。
視線で促され、ライドウは罪人の状態を語った。これもまた、概ね相違なかった。
「……と、こんな感じです」
「頭領がいなくなった今、“熱砂の牙”は弱まっているはずだ。すぐにでも狩りが始まるぞ。他区や武行とも協力する手筈だ。所詮は烏合の衆だが、妾からはクロードを行かせる。貴様からも適当な奴を出しておけ」
「承りました。活きのいい弟子を数人行かせましょう。そろそろ戦を経験してもいい歳です」
「今日、ジャルカタールは?」
「奴は拷問を耐え抜き、今朝も元気にしておりました。情報を出し惜しみしている風ではなかったので、早々に
「そうか。まぁそれはそれで構わぬ。元気に越した事はないからな」
くつくつと、二人はあえて悪ぶった笑みを零した。
理由は異なるが、両者ともに元気なジャルカタールが手元にあるのは喜ばしいのである。
こと、強い罪人は使いでがあるのだ。
「権利は貴様にある、好きに使え」
「承りました」
ジャルカタールの報告書を置き、最後の紙を手に取った。その紙には魔術的な仕掛けがあり、今は何も書かれていない。
紙の端に魔力を流すと、隠された文字列が浮かび上がった。リンジュにて“三本尻尾”の悪名で知られる、猫又の陰陽術師についての報告書であった。
「……三本尻尾についてはどうなっている?」
ここにきて、年齢相応に凪いでいたバンキコウの瞳に怒りの感情が染み出た。これまで、公私ともに何度となく煮え湯を飲まされてきた憤りが、彼女の心をかき乱しているのである。
対するライドウも先ほどまでの余裕ある表情を潜め、重々しい声音で言葉を紡いだ。
「現在、調査を進めるべく準備を整えております。躯は地獄洞の最奥に」
「守りは?」
「後から集う予定ですが、現在は我が同盟が。議会からはまだですが、武行からは“花冠竜”オイゲン殿がいらしております」
「オイゲン殿か。まぁ裏はないと見ていいか……。他は何かあるか?」
「はい。先ほど、ラリス大使が天馬族を飛ばしました」
「本国からも来るのか……。まず何処に繋がるか分からんな。んぅ~……!」
バンキコウは紙を置き、呻きながら伸びをした。全身がごきごき鳴っている。
姿勢を戻した頃には、先ほどまで滾っていた激情は消え失せていた。
「はぁ……第一王子か、あるいは第三王子に届いてくれればよいが。それか、ラリス王に直で」
「王に届くのは遅くなるでしょうな。今の時期ですと、まだ遠征中かと」
「で、あろうなぁ……」
いずれにせよ、最初に動くのが第二王子でなければそれでいい。王女様はアホなので何とでもできる。
そう思ったバンキコウは、今一度第一と第三の王子宛に私的な手紙を送る事にした。ササッと書いてハンコをポン、慣れたものである。
慣れたものではあるのだが、それはそれとしてちょっぴり疲れた。バンキコウは卓上の書類を整理した後、硯で墨をグリグリやりながら溜息を吐いた。
「まったく、積んでいた仕事が終わったと思えば年一番の厄介事……。たまには故郷の温泉でゆっくりしたいものだ」
「心中お察しします」
新しい書類を取り出し、硯で筆を整え、ドカッと胡坐をかいた。
公私を切り替えた。そういう合図である。
「して……このような厄介事を持ってきてくれた英雄様は、今は何処で何をしているのだ?」
幾分くだけた態度のバンキコウに対し、ライドウも正座を崩して答えた。
「例の天狐と契約し、昼には鍛錬場に向かったようですよ。案の定、鍛えるのでしょうな。他の者と同様に」
「鍛錬場か」
まぁそれはいい。イシグロが奴隷を鍛える事は、既にわかっていた事である。
しかし、対象が建国英雄の子孫というのであれば注目せざるを得ない。後に知った話だが、件の狐には氣が視えているというのである。
仙氣眼。長じれば、九尾伝説の再現が成るかもしれないのだ。
「九尾の末裔、か……。いずれにせよ、遺宝を手放したのは英断だったな。でなくば更に面倒な事になっていた」
「ですな。遺宝の存在を知られれば、枝の家がやかましくなりそうで」
いつものように笑顔で言うライドウだが、その言葉には彼らしからぬ皮肉が籠められていた。
枝の家とは、イリハの祖先である九尾の血を継ぐ狐人一族の事である。血統としてはイリハの方が始祖に近いのだが、今現在家名を継承しているのが枝であった。
しかしながら、ライドウから見て枝の家への心証は全く以てよろしくなかった。彼等は婚姻外交によって地盤を固め、他者の威を借りて義務も果たさず名家面をしているのである。
そのくせ議会では狐人を代表して偉そうに議席を温めている。もしも此処がラリス王国なら即レッドカードで一発退場コースであった。残念ながら、現体制を変える英傑は枝の家に生まれてこなかったのだ。
そんな家である。二人とも、今後の枝の動きは手に取るように分かっていた。
「遺宝は東区で管理させてもらう。彼女には申し訳ないが、交渉道具にさせてもらおう」
「それが良いでしょう。此方が御さねば、彼奴等は直接イリハ殿を狙ってくる事も考えられます」
「で、今度は枝の連中が黒剣の錆になる訳か……」
「そうなってくれればいい、という顔をしていますよ」
「災厄が近いのだ。これ以上の面倒事は勘弁願う」
そう、枝の家にとって、仙氣眼の存在は喉から手が出るほど欲しい宝なのだ。
今の今まで、イリハの眼の情報が出回らなかったのは幸運としか言えなかった。仮に騒動の前に仙氣眼の存在が漏れていたら、間違いなくイリハは今よりも酷い環境に置かれていた事だろう。十中八九、五体満足ではいられなかったであろうから。
「その点、イシグロ殿が民の前で暴れてくれたのは良かったな」
だが、今はイシグロの手元にいる。そうなると枝も議会も軽々しく手出しできない。区長として、私人として、バンキコウは黒剣の存在に感謝していた。
まぁ仕事増やしてきたのはマジでクソだと思っているが。
「イシグロ殿はすっかり人気者ですからなぁ」
ライドウの言う通り、今現在カムイバラでは東区を中心に空前のイシグロブームが到来していた。
普段、ケンカや闘技場でしか見られない銀細工の戦いぶりが、ヒロイックな怪物退治で以て民衆に見せつけられたのである。当時、生でイシグロの戦いを見た民の口から、当人の知らぬところでドンドン噂が広がっているのだ。
おまけに獲得した報奨金を街の復興費と被害者への慰謝料に使った事も好感度アップに一役買っていて、本人を知らないパンピーからはイシグロ=強くてカッコよくて優しい伝説の超聖人だと思われていたりもする。かつて、橋から落ちたところを助けてもらった鬼人幼女など、イシグロから貰った手拭を友達に自慢しまくってる程だ。
「それにしても、バンキコウ殿がそこまで彼の御仁を気に掛けておいでとは」
「ん? あぁ」
訝しむようなライドウに対し、バンキコウは真新しい手紙を取り出してみせた。
その手紙の装丁は、差出人がラリス王家である事を表していた。
「それは……!」
「第三王子様からのお達しだ。懐柔するのは構わんが、くれぐれも怒らせるな……と」
ポイッと、無造作に投げられた紙が不自然な風を伴ってライドウの下へ届く。
手紙を手に取ったライドウは、その中身を読んで訝しげな表情を深くした。
「これは、本当の事なのですかな……?」
「疑わしいから、こうして貴様と話している」
手紙には、ラリス王国でのイシグロの経歴が書かれていた。
冒険者登録の時期、銀細工授与の経緯、迷宮踏破の記録。そのどれもがデタラメで、これ以上なく胡散臭い。まるで、銀細工病患者の少年が書いた「ぼくのかんがえたさいきょうのぼうけんしゃ」のようであった。
けれども、手紙の送り主の名が、この嘘みたいな情報を根拠のある事実だと示していた。
「で、どうだった? 貴様から見て、イシグロは?」
バンキコウの問いに、丁寧に手紙を返したライドウは暫く思案した後に答えた。
「……ゆっくりと地を歩く。巨大な鳥の如き御仁でした」
「というと?」
腕組みを解き、ライドウは言葉を探しながら口を開いた。
「彼にとっては、地位も名誉も、まして国の平和さえ、全てどうでもいい事なのでしょう。ただ気に入った者達と、居心地が良い方へ歩いていく。道中、ちょうどいい餌を分け合いながら……」
どこまでも自由に飛ぶ翼を持ちつつ、地に足着いて生きる事を選んだ男と、その従者たち。
やがて大きくなった鳥の群れは、その羽ばたきだけで地を這う者を吹き飛ばすだろう。無慈悲に、無遠慮に、自分と従者以外はどうなっても構わない。
ライドウからは、イシグロという男はそのような存在に見えたのだ。
「まだ雛なのだろう? 飼いならすなり、飛ばせてやるなり、如何様にもできるのではないか?」
「ええ……。籠に入れてやれば、良い狩りをするでしょう。足を手折ってやれば、空を飛ばせる事もできましょう。ですが、そうなると狩りの最中に何処かへ行ってしまうかもしれません。あるいは、怒り狂って暴れだすか……。気質としては、人間よりも寧ろ竜族に近いかと」
「逆鱗、故に怒らせるな……か。王子様は戦力として見てるってだけでもなさそうだ。もしや、貴様と同じモノを見たのかもしれんぞ」
「滅相もありません。私はただ、勘を言葉にしたに過ぎません」
「だからアテにしているのだ。残念ながら、妾はフラれてしまったのでな……」
言いながら、バンキコウは新しい紙を取り出し、トンと文机に載せた。
今度のは分厚い紙である。手紙用、という訳ではなさそうである。気合を入れ直し、バンキコウは筆を取った。
「英雄豪傑、その人となりは知っておくに越したことはない。奴の嗜好は?」
「我が国の悉くを。衣服もカムイバラ風にしておりました」
「友は?」
「一線を引いているようでしたな」
「女は?」
「ミアカ殿が人生初の失恋を」
「……ん?」
「翌朝、いつもとは化粧が異なっておりました」
「マジ……?」
「マジですな」
一瞬、筆が止まって……また動いた。
それからも、ライドウから見たイシグロの情報が集まっていく。
やがて一通りの話を聞いたところで、バンキコウの筆が止まった。
「ふむ……こんな感じか?」
たん、と。例の分厚い紙を裏返し、その内容を見せてくる。
そこには、屈強な美丈夫の絵が描かれていた。
キリッとした眉、薄く笑んだ唇、鷹の如く鋭い双眸。
筋骨隆々、質実剛健。とにもかくにも強そうで、それでいて優しそうで、如何にも勇敢且つ誠実な人柄が感じ取れる絶妙なバランス。
カムイバラ女子が見れば一発で恋に落ちるような異世界的超絶イケメンが、そこにいた。
「全く似てませんな」
「なんと……」
どうやら、これはイシグロのイメージイラストだったらしい。
が、その出来栄えは控えめに言ってクソであった。
確かに、街で広がってるイマジナリ・イシグロはそんな感じで合ってるのだが、実際のイシグロはもっと地味でボーッとした表情をしている。だからこそ、街に出てもなかなか本人と気づかれないのである。
「ごほん……いずれにせよ、だ。枝に対しても、この国の為にも、彼にはもっと箔をつけて貰いたいところだな」
「箔ですか」
咳払いひとつ。バンキコウは渾身の墨絵をポイすると、再び真面目な顔で話しはじめた。
鬼と天狗の視線が交錯する。先に口を開いたのは、美貌の天狗であった。
「貴様のやり方で、奴に名を上げさせてみよ」
「よろしいので?」
「貴様とて、そうしたいのだろう」
言われ、ライドウは男臭い笑みを浮かべてみせた。
「あいわかった! この私が、イシグロ殿を見事口説き落としてみせましょう!」
その日、ライドウが経営する“活鬼闘技場”に、新たな闘士候補の名が追加された。
“黒剣”のリキタカ。今一番アツい銀細工。ラリスの剣豪、噂の彼その人である。
色々言っているが。
要するに、この人達はイシグロにカムイバラを好きになって欲しいだけなのである。
〇
一方その頃、件のイシグロ御一行は……。
「ふぃ~」
とある屋敷の片隅で、イシグロは久々の重労働を終えて一息ついた。
その手には濡れ雑巾。つい先ほど、広い武道場の掃除が完了したのである。
「ご主人~、こっちも終わったッス~」
「掃除って、大変なのね……」
「部屋が多いですからね」
そこに三人がやってきた。彼女等は各々掃除道具を持っていた。
「あれ? イリハは?」
「なんか置いてかれちゃいました」
「テキパキし過ぎなんスよね~」
少し歩いて風呂を見る。ピカピカだが、イリハはいない。
続いて便所を見る。ピカピカだが、イリハはいない。
台所に行ってみると、イリハはピッカピカになった調理スペースを見て満足そうな表情を浮かべて「むふ~」と鼻息を吹いていた。
「いやぁ~、こんな立派な台所を使えるなんてのぅ。今から夕飯が楽しみなのじゃ」
「お疲れイリハ。ちょっと休んだら買い物行こうか」
「のじゃ!」
しっかりした台所に、調度品のない部屋。そして外は地上一階。イシグロ達がいまいる此処は、上玉館のペントハウスではなかった。
宣言通り、イシグロは東区で借家を契約したのである。
風呂付き、台所付き、あと武術修練場とかその他諸々付きで、立地は東区の高級住宅街。
家賃は月一の前払いで、パッと契約してパッと解約できる冒険者用プラン。無駄に広くて部屋が多いのは、同盟単位で泊まる事を想定しての事だ。
で、本日は大掃除をしていた訳である。
「それにしても……」
居間でお茶を待つイシグロは、改めて契約した借家を見渡した。
畳張りの広い居間があって、中庭に土蔵があって、離れには如何にもそれっぽい板張りの武道場があるこの屋敷。
掃除中も気になっていたのだが、改めて思う。
「衛宮邸にそっくりだ……」
細かいところは違うものの、某運命の主人公ハウスに造りが似ていたのである。
ここで召喚術使ったらロリ鯖引けないかなぁ、とか思うイシグロだった。
「えみや? 人の名よね。エミヤ……とは誰かしら?」
「筋力が村娘以下の英雄」
「うわ、その英雄非力過ぎないッスか?」
「おっと心はガラスだぞ」
「尚の事、英雄とは思えませんね……」
「変わった英雄もおったもんじゃのぅ。ほい、お茶じゃ」
「めっちゃ強いんだけどね。ありがとう、イリハ」
まぁそんなのはどうでもいい。運命とはもう出会っているのだ。
イシグロは、その夜も魔力供給を楽しむのであった。
人生初の5P。
来るとこまで来たなって感じである。
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作者のやる気に繋がります。
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自慰せよ、ランサー(次話もよろしくお願いします)
◆リンジュ共和国について◆
・リンジュ議会
リンジュ共和国に住む種族の代表が集まり、国の運営を取り仕切っている。
元首は交代制で、今は牛鬼人がトップ。
・守長組合
地域を治める長の集まり。区長、町長、村長などがトップ。
土地に根付いた治安維持機構であり、イシグロが街で見かけた岡引っぽい人等が所属している。
・武行法院
リンジュ共和国の法執行機関。
国全体の治安維持機構でもあり、イシグロが街で見かけた同心っぽい人が所属している。