【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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暗夜行炉 其之参

「えええええ、エリィーゼ様ぁ! ゲルトラウデ! ゲルトラウデにございます! 貴女の母君にあらせられます、テレーゼ様の筆頭近衛騎士の! 貴女様が幼竜の時分、いつも陰ながら貴女の成長を見守っておりました!」

「あぁ、お母様の……。確かに、近衛の中に同族の騎士がいたような……」

「思い出してくださいましたか……!」

「いいえ、知らないわね。見た事はあるかもしれないけれど、話した事はなかったもの」

「あぐぁ……!」

「あ、また石になっちゃったッス」

「ごめんねー。お母さん、気持ち悪いくらいのヴィーカ様支持者なんです」

「エリーゼ、この人の言ってる事ってマジなの?」

「ええ、恐らくは。名前は知らないけれど、銀竜一族の血が混じっているのは確かね」

 

 女騎士さんは本当に女騎士さんだった。

 なお、主には覚えてもらえていなかった模様。

 

 

 

 銀竜一族とは、古の時代から存在する竜族コミュニティで、大災厄後に銀竜剣豪ヴィーカを輩出した一族の事である。

 元々、ヴィーカ氏のいたコミュニティは絶滅一歩手前の弱小一族だったようだが、全世界で勇者様御一行が活躍する度に力を増していき、今では竜族最大コミュニティの一つと言えるまでに大きくなったらしい。

 

 古今東西、竜族のコミュニティ構造は変わらない。少数の支配者層である竜族と、多数の被支配者層である飛竜(ワイバーン)族から成る。

 両者の間には明確な主従こそあるが、どっちかというと共生関係に近いように思う。竜族は飛竜を庇護し、飛竜は竜族を主と仰ぐ。事実かどうかは知らないが、古代から今に至るまでに飛竜族のクーデターが起きた事がないらしいのが良い証拠だ。

 

 飛竜族にとって、竜族への奉仕は務めであり、誉れなのだ。

 また、竜族の気まぐれで見目の良い飛竜族が主の夜伽を務める事もあるらしい。ちなみにこれは、飛竜サイド的には強い竜の種がもらえてラッキーとなるんだとか。

 そんな事をしていると、これまた自然な流れでドラゴンとワイバーンの子供が出来ちゃったりする事だってある。

 

 通常、人間以外との異種間に生まれて来る子は、双方どちらかの特質のみを受け継いで生まれてくる。

 狼人と犬人の間には、狼人か犬人のどちらかが生まれる。狼犬人は存在しないという訳だな。グーラは特別枠なのでノーカン。

 竜族と飛竜族の混血児。珍しくもないが、そうして生まれて来る子の多くは飛竜族として生を受ける。しかし、ごくごく稀に混血の竜族として生まれる子がいるのである。

 

「なるほど、そういう事だったのか」

 

 目の前にいる赤毛の女性。彼女もまた、そのようにして生まれた混血竜族の一人である。

 真っ赤な髪は飛竜の母から、メッシュのような銀の前髪は銀竜一族の父から受け継いだ。

 元宝銀近衛筆頭騎士、ゲルトラウデ・ヴォアールは、竜に隷属する竜なのである。

 

「はい。リンジュには慰安旅行の為に」

 

 薄暗い道場内、灯りは小さな蝋燭ひとつ。板張りの床は常にどこかがギシギシ鳴って、雨漏り対策の桶が置かれている。おまけに壁際には謎の木箱が山積していた。

 そんな道場の真ん中で、俺達一党と竜族母娘は座して向かい合っていた。悲しい哉、座布団に座っているのはエリーゼだけである。客も家主も床に正座だ。

 

「そうか、そうか……」

 

 ゲルトラウデさんは腕組みを解き、真剣な面持ちでエリーゼの方を向いた。

 今でこそ冷静に話し合えているが、ここに至るまでには一悶着あったのだ。色々あって落ち着いてくれた現在でも、俺を見るゲルトラウデさんの瞳は真冬の井戸水よりも冷たい。

 忌々しげな顔をしたゲルトラウデさんは、エリーゼの胸元にある奴隷証を睨みつけていた。

 

「エリーゼ様」

「お断りよ」

 

 視線に込められた意思を、魔力に混じった感情を、エリーゼは違わず読み取ったようである。その上で、彼女はきっぱり否と答えた。

 言葉にせずとも、ゲルトラウデさんの言いたい事は分かる。敬愛する主が奴隷の証を身に着けているのだ。従者としては見過ごせないのだろう。

 エリーゼは首に下げられた奴隷証に手を触れ、ゆっくりと口を開いた。

 

「今の私は銀竜一族(ミラヴィーカ)でもなければ、傲魔竜の娘(アヴァリツィア)でもないわ。誰でもない、エリーゼ。イシグロ・リキタカの第二奴隷よ」

「む……」

 

 決然としたエリーゼの返答に口をつぐむゲルトラウデさん。

 薄く笑んだエリーゼは、奴隷証の鎖を弄びつつ続けた。

 

「それに、この鎖はいずれ外れる事になっているわ」

「解放の予定があるという事ですか?」

「ふふっ、ええ……。私が、彼の妻になるのよ……」

「なん……!?」

「わぉ!」

 

 うっすら頬を染めたエリーゼの発言に、竜族母娘は各々違う反応をした。

 俺も俺で、カッと身体が熱くなった。エリーゼがそれを人前で言っちゃう事に驚いて、彼女の真っすぐな言葉にトゥンクときたのだ。

 エリーゼと結婚。かつて誓い合った事だ。考えるだけでドキドキする。

 

「え、ええっ? そういう事だよね? ホント? きゃー! 主人と元奴隷の恋! イイネっ! え、もしかして皆もそうなの?」

「んっ、アタシはそのつもりッスね」

「ボクもです。ご主人様とずっと一緒にいたいです」

「まぁ考えといてくれって言われたのぅ。今のところそのつもりじゃが」

「きゃーっ! やばっ、ちょっ! すごっ! こんな事、ホントにあるんだー!」

 

 キャイキャイはしゃぐ娘に対し、母の方は超高速百面相をした後に苦虫を嚙み潰したような顔になっていた。

 

「え、エリーゼ様が、お選びになった相手であれば……!」

「ふぅん……貴女、何様のつもりかしら……?」

「いえ! 異を唱えるつもりなどでは断じてございません! ございませんとも! ございません、がッ……!」

 

 ギリッ! 思い切り歯を食いしばったゲルトラウデさんは、限界まで眉根を寄せて俺の方を睨んできた。

 

「しかし、この男に貴女を守る力があるとは思えません」

 

 そう、きっぱりと言われてしまった。しかしこれは俺も思っている事なので、反発よりも納得が勝つ。

 まるでスキャンでもするように、ゲルトラウデさんは俺の足先から頭までを睨みつけながら続ける。

 

「一丁前に銀細工を下げているようですが、身のこなしはそこらの無頼漢に毛が生えたようなもの。もしや武の極致に至っているのかとよくよく観察してみましたが、そんな事はありません。このような非力な男に、エリーゼ様をお守りする事ができましょうか」

 

 彼女の発言に、俺は内心感動していた。すごいな、見ただけで分かったのかと。

 ゲルトラウデさんの見立ては正しい。所詮俺はチートに頼りきってゴリ押ししてるだけのハリボテ野郎であり、真の強者などでは断じてない。

 故に、彼女の言葉には俺自身が答えるべきだと思った。反論でなく、次に繋がる言葉を。

 

「ええ。だからこそ、強くなる術を探しているのです」

「なに?」

 

 俺は怜悧な竜の瞳を正面から見返した。目と目が合う。押しつぶされるような圧を、逃げる事なく受け入れる。

 ここで目を逸らしてはいけないと思った。それにこの圧は所詮錯覚だ。物理的威力を伴わない眼光など、実際に目からビームを撃ってきたダンジョンボスに比べれば怖くも何ともない。

 十秒か、一分か。時間間隔が狂う程にそうしていると、ゲルトラウデさんはゆっくり瞑目し、小さく息を吐いた、圧が消えると、さっきまで激していた彼女は改めて姿勢を正した。

 

「魔力を感じられぬ身ゆえ、その真意は分からん。しかし、貴殿がエリーゼ様を想う気持ちは伝わった……」

 

 伝わったらしい。怖くはなかったとはいえ、緊張はした。

 内心ホッと胸をなでおろしていると、我知らず握っていた拳にエリーゼの手が乗せられる。体温の低い銀竜の手は冷たく、じんわり温かかった。

 

「当然よ。私が認めた男なのだから……」

 

 そうして、この場の全員に見せつけるように、エリーゼは俺の腕に体重を預けてきた。

 誰がどう見てもラブラブカップルの構図である。「ねぇ?」と見上げてくる瞳がやけに熱っぽい。

 

「ちょいちょいちょい! なぁに勝手に二人だけでイチャついてんスか! アタシ等いる事忘れんなッス!」

「こういう時、エリーゼはズルいです」

「わしだって、主様に救われた身じゃし……」

「おわっと……」

 

 前後左右に重み。ギュッと、俺はロリ達に抱き着かれた。

 

「ふふっ、そうね。私達が認めた男ね……」

 

 ロリ纏いし俺を見て、母子はまたも異なる表情になっていた。

 俺は俺で、鼻の下が伸びないよう気を張っていた。今は紳士な表情を継続するべきだ。

 

「ごほん。では、改めて挨拶をさせてもらおう」

 

 咳払いひとつ。弛緩した空気を戻すと、ゲルトラウデさんはピシッと姿勢を正した。

 

「我が名はゲルトラウデ・ヴォアール。嵐の夜に生まれし竜。元宝銀近衛筆頭騎士。現在はカムイバラで銀竜の戦闘術を教えている。先ほどは無礼な振る舞いをした、許されよ」

「同じく、アンゼルマ・ヴォアールです。えーっと、竜族と人間族の子で、半竜です。よろしくお願いします!」

 

 竜族風の口上に、リンジュ風の一礼。その動きは貴人のソレというより、武人のソレに見えた。

 ちなみに、リンジュにおいて頭を下げた際に視線を外すのは「貴方を信用して隙を晒しましたよ」という意思表示だ。お辞儀しながら相手の目を見続ける場合、「お前不意打ちしてきそうだな? 信用できねぇわ」という意思を示す事になってしまうらしい。

 現代地球のマナーは異世界だとアンチマナーに当たる。努々、気を付けるべき事だな。

 

「イシグロ・リキタカと申します。イシグロが姓で、リキタカが名前です。迷宮探索では一党の頭目をさせていただいております」

 

 なので、こっちも深々とお辞儀。これには俺に張り付いていた皆も一旦離れて頭を下げる。

 視線を切って、戻す。すると、ゲルトラウデさんは頑固親父めいた厳めしさを解き、元の女騎士フェイスに戻っていた。

 

「それで、少し気になる事があるのだけど……」

 

 頭を下げ合って話題のリセット。最初に口を開いたのはエリーゼだった。

 

 それから、エリーゼを中心としてゲルトラウデさんから色んな話を聞く事となった。

 これまで彼女がどうしてきたか。現在の銀竜一族について。そもそも、この道場は何なのか等……。

 そんな中、エリーゼは自身の母が今どうしているか等を訊く事はなかった。恐らくだが、強がりでも何でもなく、興味がないのだ。

 

「……という訳で、私は銀竜道場を開く事を許されたのです」

 

 お茶が冷めた頃、ゲルトラウデさんの話は終了した。

 これまた。家主が手に持っている湯呑は欠けていた。ちゃんとした湯呑を使っているのはエリーゼだけである。

 

「して、貴殿が更なる力を求めているというのは真か。その為の道場巡りであると?」

「はい、間違いありません。エリーゼを守る為、皆を守る為、自分には確固たる力と、それを十全に活かせる技術が必要なのです」

「うむ、左様か。しかし、仮にも銀細工は頂いているだろうに、これ以上何を望む?」

 

 一通りの話が終わると、次なる話題は俺へと移った。

 何を望むとな。これを説明するには俺が持つ諸々を話さないといけないし、真意を話すのは相手の心象を悪くするだろう。が、何となくこの人なら問題ないだろうと思える。

 意を決し、俺はゲルトラウデさんにチートについての諸々を掻い摘んで話した。皆が俺の恩恵を受けている事も含めて。

 

「エリーゼ様もですか?」

「ええ。初めて鎌を持った時も、手足のように扱えたわ」

「ふむ……魔眼か権能に近いモノと思えば分かり易いか。なら尚の事、既存の術を混ぜ込む必要などないとは思わなかったのか? 貴殿に力がないと言ったのはあくまで竜族の基準であって、人間族としては十二分だろう」

「憚りながら、これに頼りきってばかりでは真に強くはなれないと思っています」

「然るべきであるな。事実、権能をアテにし過ぎた竜族は足元をすくわれるものだ。研鑽を疎かにする者もまた同様に」

 

 満足そうに頷くと、元近衛筆頭は続けて問うた。

 

「具体的には、どのような形を目指しているのだ?」

 

 その問いに、俺は失礼を承知で正直に答えた。ぶっちゃけ、流派の信念とか精神性とかは全く興味がなく、ただ強さの糧にしたいだけなのだと。

 エリーゼに指摘されて気づく事ができた。俺の言ってる事は、真剣に技を修めている人に対しとても失礼なのである。言わばこれは、「お前の技を踏み台にしてやるぜ」と言っているようなものなのだ。

 

「浅はかな考えと存じています。それでも、自分はあくまでも糧を欲しているのです。特定の思想や戦法に傾倒しては、しがらみが増えて判断を誤ってしまうかもしれないと考えているからです」

「いや、それでよろしい。貴殿の剣は既にある程度形になっているように見える。今さら別の術理を取り入れたとしても、むしろ弱くなってしまうだろう。しがらみに関しても、いざという時に邪魔になる。うむ、うちに来たのは正解であったな」

 

 ぱしんと、ゲルトラウデさんは膝を打った。

 その顔は晴れ晴れとして、ちょっと楽しそうだった。

 

「よろしい。元宝銀近衛筆頭の私が、貴殿の一党に銀竜の教えを授けよう。なに、安心するといい。うちは剣だけでなく、戦全般に通じているからな。我が道場の名の下、貴殿の剣を補強してやろう」

「ありがとうございます」

 

 そういう返事をこそ、俺は希望していた。

 伺ってみると、皆も了承してるっぽい。五月蠅くないし、人間関係もまともだし、まだどんな技術を学べるかは分からないが、ひとまずここで決定でいいだろう。

 

「して、その……」

 

 かと思ったら、先ほどまで威厳たっぷりだったゲルトラウデさんがもじもじし始めた。

 その視線はチラチラとエリーゼに向いていて、何事か言いづらそうにしている。

 

「なによ」

「あっ、いえ……本当に申し訳ないのですが……」

「それはなに?」

「ひ、費用なのですが……」

 

 カムイバラにおいて、道場入門と訓練に際しては金銭を支払う必要がある。当然だ、ビジネスだからな。

 それは当然として承知しているのだが、何故か彼女はもじもじしていた。

 

「それがどうかしたのかしら?」

「ひっ! あ、やっぱり……無料で構いません!」

「なに日和ってるの!」

 

 急に弱々しくなった母に向かい、娘が勢いよく立ち上がった。

 ゲルトラウデさんはアタフタと弁明するように答えた。

 

「し、しかしだな! 私がエリーゼ様に剣を教えるなど、むしろ此方が金を払う必要があるのではないか!? それが物の道理だろう! 貢ぎたいのだが!」

「道理じゃないし! それはそれ、コレはコレでしょ! 私、最近お粥しか食べてないよ! お粥に梅干し入れたいよ! 誇りや誉れや満足感じゃあ満腹にはなれないの! 私半竜なんだから、ご飯食べないと死んじゃうの!」

「うぅ、しかしな……」

 

 どうやら、この銀竜道場は見てくれ通りに貧乏らしい。

 雨漏りの影響だろうか。板張りの床も一部変色してる所あるし、出されたお茶も凄く薄い。

 しかし、リンジュにおけるヴィーカ様人気は確かなはずなのに、どうしてこの道場に人気がないんだろうか。

 ……もしかして、早まったか?

 

「金ないなら迷宮行けばいいじゃないッスか」

「うむ……」

 

 ルクスリリアの率直な意見。そうじゃん、それでいいじゃん。

 勘だが、少なく見積もってもゲルトラウデさんは銀細工程度には強い気がする。翼や権能を使われたらタイマンじゃあ絶対に勝てない。月一で潜るだけで問題は解決しそうなもんだが。

 そんな疑問に対しては、娘のアンゼルマさんが答えた。

 

「これでもお母さんは元銀細工持ち冒険者なんだけどね。銀細工返して道場開く時に何か色々と大見得切っちゃったみたいで、今さら冒険者に戻るの恥ずかしいんだって! お母さんなまじ竜族ぶってるから、そういうの気にしちゃうの!」

「いやだって、一応私も竜族だから……」

 

 よく分からんが、彼女等には彼女等なりの事情があるらしい。

 

「普段は何をしているのかしら?」

「その、物書きの方を少々……」

 

 エリーゼの問いに、ゲルトラウデさんは一冊の本を差し出してきた。

 本の表紙には達筆な字で“月下銀道伝・闇暁篇”と書いてあった。

 

「わぁ! これ、ヴィーカ様のリンジュ放浪記ですよ! すごい!」

 

 すると突然グーラがテンションを上げ、シュバッとゲルトラウデさんに寄って行った。完全にアクティブ・オタクの動きである。

 

「全巻読みました! 素晴らしかったです! 握手してください!」

「おぉ、読んでくれたのだな」

「はい! 特にヴィーカ様が山に登る時の描写が秀逸で!」

「うむうむ」

 

 握手をする二人。ゲルトラウデさんは随分と嬉しそうだった。

 

「ほえー、わしも読ませてもらったんじゃが、これの作者じゃったのか……」

「売れてないんだよねー、これが。ヴィーカ様は人気ジャンルなんだけど、それだけにお母さんの本は埋もれちゃってて……」

「いいえ! 先生の作品は素晴らしいですよ! 文中、当時の時世や文化を事細かに解説して下さるのです! すると、あたかもボクがその時代に生きているかのようで……!」

「うむ、うむ……」

「そこが不人気の理由なのよね。お話のテンポが悪いの」

「うむぅ……しかし、そうしないと読み手が変な勘違いをしてしまうだろう。それに、私はあくまで当時起こった事を正確に残したくてだな……」

「あと字が下手! 分かる? 私が写本してるの! 大変なの! そのままだったら売り物にならないし、お母さんよく誤字するから紙代もバカにならないの!」

「う、うむぅ……」

 

 ここぞとばかりに突いてくる娘に、母は肩身を狭くしていた。

 なんか話が道場から離れてる気がする。まぁいいけど。俺は隙あらば股間を触ってくるルクスリリアの手を払って暇を潰していた。

 

「少し見せてみなさいな」

「エリーゼ様!?」

 

 ふと見ると、エリーゼが件の本を読み始めた。

 敬愛している元主人に著書を読まれるなど、元騎士的にはドッキドキの時間だろう。

 しばらく読んで、エリーゼは本を閉じた。

 

「……読みづらいわ」

「ぐは!」

「あと、文章が味気無さすぎね」

「ぐへ!」

「そのくせお祖父様だけは執拗に描写しているのは何故? 剣を抜くだけの場面に何ページ使ってるのよ」

「ゴボーッ!」

 

 エリーゼの感想。ゲルトラウデさんの作者心に大ダメージ!

 ゲルトラウデさんは倒れた。

 

「先生! しっかりしてください! エリーゼは古典ばかり読む偏読家なだけです! それに例え大衆が認めなくても、先生の文章ボクは大好きです!」

「エリーゼもそうじゃが、グーラも容赦ないのぅ」

「イリハも読んだんスよね? どうだったんスか?」

「眠る前に読むのにお勧めじゃぞ」

「だから売れてないんです。そんな訳で、うち貧乏なんです。なのでイシグロさん、我が道場を助けると思って、母の教えを学んでみては頂けませんか? どっちも得する形で」

「はい、よろしくお願いします」

 

 そう言ってアンゼルマさんが締めると、俺は頷いてみせた。

 まだ見学も体験もしてないが、ちゃんと話せる人は貴重である。何より、俺の我儘に付き合ってくれるのだ。今じゃここ以外考えられない。

 ここで習ってイリハに侍ジョブが解放されなかったら、その時は大人しく陰陽術師ビルドに集中しよう。

 

 こうして、俺は銀竜道場に通う事になった。

 

 

 

 

 

 

 その日のうちに契約書を書き、前金を渡し、しっかり正式に入門。

 そして早速、師範自ら技を見せてくれる運びとなった。

 のだが……。

 

「うわ、この木刀汚い! しかもクッサ! お母さん! なにこれどういう事!?」

「あー、前に魚醤を零してしまったのだ。洗うの忘れてたな」

「あれ? 刀ってリンジュの魂なんじゃ……?」

「確かに臭いです……。洗う必要がありますね……」

「いやよく見るのじゃ。もう壊れかけじゃよこの木刀」

「それ以前に道場が物置みたいになってるじゃないッスか」

「そもそも、いつまでこんな汚い道場にしておくつもり? まさか、私にここで鍛錬をしろとでも言うのかしら?」

「へ? あ、はいっ! ただいま清掃を!」

「お母さんは引っ込んでて! 私がやるから!」

 

 ……と、まだ準備が整っていないようなので、本格的な稽古は明日からと言う事に。

 それじゃあバイバイ、また明日である。

 

 

 

 で、今は稽古の為に俺達は必要な物を買いに出かけた。

 

「なんか楽しいな」

「ッスかね。ご主人が楽しそうで何よりッス」

 

 夜が近い夕暮れ空。必要なものリストを眺め、皆を連れて繁華街を歩く。

 通りは家族連れが多く、神殿付近や色町とはまた違う活気に満ちていた。

 ここで授業もとい修行で必要な道具を揃えるのだ。なんかテンション上がるぜ。

 俺、ホ〇ワーツの入学前に横丁で買い物するシーンめっちゃ好きなんだよな。なんかあんな感じである。

 

「まずは武器ッスね。木のやつ揃えろって事ッスけど、アタシの大鎌あるんスかね」

「リンジュは練習用の木製武器が豊富ですし、探せばあるのではないでしょうか」

「リンジュにも魔族とか翼人族は多いからのぅ」

 

 道場通いの準備、まずは木刀屋である。

 このカムイバラでは木製武器専門店があるのだ。お目当ての店を見つけ、暖簾をくぐる。

 店の中は木製武器でいっぱいだった。適当に籠に入ってる木刀から、壁にかかった高級品らしい木刀まで沢山ある。

 

「うげ! 木の刀でこの値段!? いなり寿司何個分なのじゃ!?」

「ははは! 嬢ちゃん、うちは良い木使ってるからね!」

 

 うちの一党はそれぞれ使う武器種が違うので、皆に合ったやつが必要である。

 展示してあるやつの殆どは木刀だが、これを使うのは俺とイリハだけだ。あと、今回のは迷宮用でなく練習用なので適当でいい。

 

「一番いいのを頼む」

「練習用かい? なら一等いいのがあるよ。ちょっと待ってな」

 

 エリーゼは指揮官系上位職の“ドラゴンロード”でも使える剣カテゴリの木剣を購入。イリハは侍ジョブを生やす為に木刀だ。グーラは通常サイズの木剣と片手用の短いのを購入。ルクスリリアも片手用の木剣を。俺は木剣と木刀どっちも購入しよう。

 やがて並べられた木製武器を調べてみると、何とびっくり補助効果がついているではありませんか。なるほど高い訳だ。

 

「自動修復……」

「おっ、お前さん良い目利きだね!」

 

 見てくれこそ同じだが、土産物コーナーで見かけた木刀とは大違いだ。何というか質感が凄い。いいねぇ、洞爺湖とか書いてもらえないかな。

 と、俺等のはもういいのだ。

 

「すみません。練習用で木の大鎌ってありますか?」

「鎌ですかい? ちょっと待ってな」

 

 とりま出された物を全部購入。木刀と聞いてイメージされる値段じゃないし、普通の鉄製武器よりよっぽど高い。

 それはそれとして、あるかどうか分からないがルクスリリア用の大鎌も注文。普段は刃引きした奴で練習しているのだが、木のやつもあるならそっちのが良い。

 

「あいよ。こんなんでよかったら」

「おぉ、ありがとうございます」

「あるトコにはあるもんッスね」

 

 木の大鎌。見る前はイメージできなかったが、ちゃんとそれっぽいのが出て来たな。勿論、これも購入。

 あとは、グーラの木剣がもう一つ欲しいな。剣鬼道場で貸してもらったデカいやつ。

 

「大きい木剣は置いてありますか?」

「一応、あるけどよ。あんた剣鬼流なのかい?」

「いえ、そういう訳ではありませんが」

 

 倉庫に引っ込む店主。やがて戻ってきた店主の手には木製のドラゴン殺しがあった。まさに木塊だ。

 やっぱ、グーラにはデカブツのがいいだろう。使い分けて訓練しような。

 

「ありがとうございました」

 

 皆の分の木刀を買ったら、次は練習中に着る服である。

 今のままでいいじゃんと思ったが、まぁそういうもんだろう。ジャージで野球するかユニフォームで野球するかの差だ。

 

「いらっしゃい。お客さん、ここは初めてかい?」

「ええ、道場に通う事になりまして」

 

 木刀屋に続いて、俺達は道着屋にやってきた。これも専門店があるのだ。

 店の中には色とりどりの道着があり、どれも剣道の授業や空手の道場で着たやつによく似ている。

 

「う~ん、これは柄はいいけれど、尻尾孔がないわね……」

「エリーゼよ、色は指定されておったじゃろう」

「それとは別にあってもいいでしょう? 使い道はあるわ」

「使い道? 道場以外でかの?」

「すぐ分かるッスよ♡」

「これも色を揃えましょう。恐らく、其方の方がご主人様はお喜びになると思います」

「んむ? そうなんかのぅ?」

 

 購入予定のユニフォームは剣道着っぽい半着と袴なのだが、選べる色は白と紺だけじゃなく、柄付きとかピンクとか種類が豊富だ。

 既に侍コスができる俺も一応購入。皆の分もサイズ調整の補助効果がついたやつを購入。尻尾孔はマストやで。

 

「よし、これで全部だな」

「はい、問題ないかと。明日が楽しみです!」

 

 その他諸々を購入し、借家の方へ向かった。

 道中、夕食用の食材などを買う為、繁華街を抜け、肉や野菜を売ってる商店街エリアへ。

 

「おっ、デカい肉だな。アレは何の肉だろう」

「紅蓮大猪と書いてありますね。その肝は大そう精のつく食材と聞いた事があります」

「ふ~ん♡ 精ッスか♡」

「俺イノシシ食った事ないんだよな」

「なら今晩は猪肉の鍋にするかの?」

「いいじゃない。酒屋で鍋に合う酒を買いましょう」

「猪ってどんな味するんスかね? アタシも食べた事ないッス」

「むっふっふ~。任せておれ。わしが母上直伝のイノ鍋を振る舞ってやるからの!」

 

 こうして、俺達は帰路につくのであった。

 寒い冬にロリとつつくお鍋。これもまた素晴らしいものだった。

 

 その晩、俺は剣道部プレイを楽しんだ。

 マジで【清潔】は便利だ。どれだけ衣装汚してもいいからな。

 次は借家の武道場でシよう。楽しみである。




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