【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚 作:いらえ丸
誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。
84話の内容をほんの少し修正しました。
細かいトコですが。
今回は三人称、二大道場視点。
少し時間が経っています。よろしくお願いします。
最後にちょっとしたアンケがあります。
これも分岐ではなく、調査ですね。お気軽にどうぞ。
リンジュの道場には、“格”というものがある。
歴史、実績、なにより強さ。それらを総合し、誰が決めずとも謳われる。見えない力、その源泉こそが“格”である。
エンジョイ勢はともかくとして、ガチ勢ならば重んじざるを得ない価値観の一つだ。
道場の信頼性は歴史が証明し、流派の有用性は実績が証明する。では、強さとは何か。
この場合の強さとは、単に道場の主たる師範の強さが該当する。戦闘力を貴ぶヴァイオレンス異世界。どれだけ長い間研磨された流派であっても、師匠が弱けりゃ見向きもされない。
要するに、どれだけ凄い積み重ねがあったとしても、強くなければ認められないのである。
さて、ならば師の強さはどのようにして決めるのか。
どのようにして、“格”を得られる強さを証明するか。
答えは単純、戦って決める。実に分かり易い。
カムイバラには“活鬼闘技場”をはじめ複数の闘技場が存在し、リンジュには“闘技大会”という催しがある。
格を上げる為、己の強さを証明する為、リンジュの武術家は観衆の前で尋常な勝負をするのである。
門の威信を賭けた、道場同士の熱き決闘。
これはリンジュにおける一大興行であり、道場ごとにファンやオタクやスポンサーがお祭り騒ぎをする大人気コンテンツである。
地球の感覚で例えるならば、野球とかサッカーといったスポーツの感覚に近い。チームは優勝を目指し、ファンは推しのチームを応援する。
闘技大会とは、弱小道場にとってはスポンサーを獲得するチャンスであるし、強豪道場にとっては格を誇示する機会なのだ。
強豪も弱小も、闘技大会にはガチだった。
中でも、四年に一度開催される“リンジュ桜花総合闘技会”は、数ある闘技大会にあって一等特別な催しである。
なにせ、個人・道場を問わずリンジュ中の強ぇ奴等が集まってくるのだ。審査さえ合格すれば、外国からの参加も可能である。
まさに、異世界版の天下一武闘会。技術の関係でTV中継こそ無いが、だからこそ会場には多くのファンがやってくる。濃いファンにとって、優良席のチケットは争奪戦と同義であった。
個人剣術部門や銀細工限定部門など、桜闘会は様々な部に分かれている。
個人にしろ現役冒険者にしろ道場にしろ、出場できるのは選りすぐりの強者ばかり。リンジュの戦士は、優勝目指して日々鍛錬するのである。
二大道場の師範代もまた、当然として。
〇
ある日の剣鬼道場、お昼時。
師範代行のウラナキが離れの屋敷に戻ると、見慣れない時間に見慣れた女の姿があった。
娘のミアカが厨房に向かって何事かやっていたのだ。鼻歌など歌って、ずいぶんと上機嫌そうである。
この時間、普段なら寝てるか舞踊の鍛錬をしている娘が、珍しく料理をしているようだった。
「ミアカ? なにしとん?」
「あ、おかん。ちょっと味見して?」
「はあ、ほな一個よばれよ」
見れば、ミアカが作っているのは餡子――森人小豆を甘く煮たもの――を餅で包んだお菓子であった。すでに殆ど完成しているのか、重箱の中には形の良い成功作が入っている。
ウラナキは重箱外の形の悪い餅を手に取り、口に入れた。
「どう?」
「うん、普通に美味しいよ」
「よしっ……」
母のお墨付きをもらうと、ミアカはパッパと仕上げて箱詰めし、重箱を綺麗な風呂敷で包んだ。
お菓子の梱包を終えると、続いてミアカは居間に置いてあった服に着替えはじめた。それは清楚な拵えの真新しい着物で、着替えた後は鏡の前でポージングなどをしていた。その顔は真剣そのもの。
そんな娘の行動に、母は盛大に困惑していた。大きくなっても子供みたいにアクティブな娘が、今になって古式ゆかしいリンジュ乙女のような振る舞いをしているのだ。
そんな服、あんたの趣味ちゃうやろ。頭でも打ったんか? という気持ちである。
「なんや、どうしたん?」
「ん? あぁ、いや? 何でもないで……?」
これまた珍しく歯切れの悪い返答。娘は耳の裏をポリポリ掻いて何かを誤魔化していた。
この段階になって、母はようやっと事の真相に辿り着いた。
「イシグロさんならおらへんよ」
「……え?」
鏡の前、変なポーズのミアカは硬直した。
要するに、そういう事だった。
「えっ……えぇ!? イシグロさん、
「せやで」
母の返しに、みるみる顔を赤くするミアカ。
やがて羞恥が限界に達したと見え、師範代に対し娘は猛然と問い詰め始めた。
「な、なんで!? 見学来とったんちゃうん!? まさかイシグロさん追い払ったとかないよな!?」
「ちゃうちゃう。ご縁が無かったっちゅーだけや」
「ひ、引き止めてぇやー!」
「そないな事言われてもやな。というか、ちゃんと確認しぃや」
べちゃっと、力の抜けたミアカはちゃぶ台に突っ伏した。
耳も尻尾もへにゃへにゃで、心なしかさっきまで真新しく見えた着物が煤けている。
「これ持ってくの?」
「ここ以外で手渡すの悪手やろ……」
「ほな食べよか」
「せやな……」
お茶を淹れ、娘と二人で餅を食う。
せっかくのミアカ手作りお菓子である。道場の門弟に上げればいいじゃないかと思うかもしれないが、残念これを門弟達に渡すと道場の人間関係がクラッシュしかねない。
「はぁ……ウチこんなん初めてや。なんでかなぁ、諦めれへんわ……」
餅を食べながら、母は娘の相談を受けていた。
狙った獲物を逃した事のない娘だ。こういう状況は初めてである。なまじサバサバした娘だけに、懊悩する事への耐性がないのだ。
「どうすりゃええ思う?」
「どうすりゃて、う~ん……」
娘の問いに、母は件の男についての情報を思い返してみた。
井戸端会議で訊いた事がある、イシグロという銀細工持ち冒険者。実際会ってみると一見ただの町人にしか見えなかったのだが、彼は剣を握った瞬間に変貌したのだ。ぬぼーっとしていた青年から、数多の怪物を屠ってきた強者へと。
ラリスもんらしい、荒々しい我流剣法だった。それでいて、
今現在、イシグロはカムイバラの有名人だ。噂程の美男ではなかったが、噂通りの強さではあるように思われた。もし、仮に彼が剣鬼道場に入門してくれたら、それはもう箔が付くだろう。
しかし、そうはならなかった。楽しそうに岩像を打っていた主人だが、彼の奴隷は道場の雰囲気に気圧されていた。結局、彼の一党は剣鬼の門を去ったのだ。
「そうやなぁ……」
今一度、ウラナキが知る彼の人物像を思い浮かべる。
話好きのご近所さんによると、彼は狐人の子供を救うべく大立ち回りをしたらしい。その狐人は道場に来ていた奴隷の事だろう。他の奴隷も似たような見てくれで大事にされていたあたり、相当に慈悲深い性質である事が分かる。
少なくとも、美女奴隷を侍らせて毎日酒池肉林の限りを尽くしているようなタイプのエロ主人には見えなかった。実際、道場に来た奴隷以外の奴隷は所有していないようであるし。
おまけに礼儀正しく、道場を見学する様も真面目で、現役の銀細工持ちにしてはマトモな瞳をしていた。ちゃんと話が通じるというか。様子がおかしくなかったのだ。
百聞と一見、併せて表するなら、“誠実な強者”がしっくりくる。
俗物が極まって、一周回ってサッパリしている娘とは大違いだ。
「だいぶ禁欲的な人やったでなぁ。直接ガンガンってのは通じんとちゃうかな。実際そうやったんやろ?」
「ん、まぁ……。はぁ、せやんな~」
だからこそ、手作りお菓子を作って食べてもらおうなんて迂遠な手段を講じているのだ、この娘は。
とはいえ、娘のらしくないところを見れて、母的にはほっこり嬉しい気持ちであった。
「まぁでも、本気ならちょい急いだ方がええで。イシグロさん、ラリスの人やもん」
「あーそっか! それもあったなー! んー、こうなったらイリハちゃん経由で訊き出すか……」
うんうん唸るミアカ。
お茶を啜り、ウラナキは次なる餅に手を伸ばした。
それにしても、と思う。
イシグロ一党が使う、違和感のある剣。地に足がついていない、不安定で精強な我流の技。
もし、あのイシグロがちゃんとした武術を身に付けたなら、如何ほどの剣士になるのだろうか。
師範代としてのウラナキも、私人としてのウラナキも、娘同様イシグロに強い興味を持つのであった。
「戦ってみたいなぁ」
元銀細工持ち冒険者、“穿つ月”のウラナキ。対人戦嗜好の光寄り戦闘狂。
格も何も関係なく、仕合ってみたくなるのが本能だった。
〇
虎耳母娘がお餅を食べている同時刻。
澄刃道場はこの日も静謐な剣気に包まれていた。
高級木材で出来た木床に響く、ほんの僅かな擦過音。重なった風切り音に、淀みの無い呼吸。
澄刃流に掛け声はない。敵を倒すのに、己と向き合う事に、気勢ある発声は邪魔になるからだ。
黙々と、淡々と、刃に沈み込むようにして刀を振るう。そんな規律正しい門弟の練習風景を、師範代であるドワーフ女のフィーランは見るでもなく眺めていた。
練習ではこうも息を併せられるのに、どうして意思は合わないのか。
フィーランは胸中で嘆息した。
元々、この道場は創始者であるデイビットが求道の傍らエンジョイ勢向けにはじめた剣術道場だった。
机仕事で身体を鈍らせている人や、ちょっと生活に余裕のあるご隠居。もしくは理想の体型を目指す女性など、ゆったり静かに、心が豊かになるように。デイビットはそう思って、寄り道をしたのだ。
しかし、蓋を開けてみれば誰も彼もデイビットの美貌に惹かれて門戸を叩いた。門弟が多いのは良い事だが、時が進むにつれ当初の方針から大いに逸脱していったのである。
エンジョイ勢向けからガチ勢向けへ。始めの方にいた門弟達は変質していく雰囲気に慣れず門を去り、残ったのはデイビットのファンボーイ・ファンガールのみ。彼ら彼女らは褒められたいが為に過酷な鍛錬を続け、ひたすらに剣に打ち込んでいる。
創始者も創始者で、今ではすっかり弟子育成――と、そのつまみ食い――が楽しくて仕方ないらしく、剣の求道よりも指導を優先するようになっていた。
師範と師範代。昔は全く敵わなかったデイビットも、今では十回中一回は勝ててしまう。これはフィーランが強くなった成果か、彼が弱くなったせいなのか……。
「はぁ……」
胸中の溜息が漏れた。
昔は良かった。道場を構える前からデイビットの恋人だったフィーランは、在りし日の過去を懐かしむばかりである。
カムイバラに来る前、デイビットとフィーランは同じ一党に所属する冒険者だった。で、なんやかんやで恋人になり、剣を極めたいという彼に付いて行って今に至るのだ。
危ういほど剣が好きだったデイビット。共に鍛錬した日々。深く契りあった夜、初々しかった彼……。
それが今ではこの始末。
「シズ、剣先がブレている。力を入れすぎるな」
「はい……!」
「ゴウマ、肩を上げ過ぎだ。集中しろ」
「はい……!」
それもこれも、達人ぶって指導ごっこをしているあの獅子人師範代が悪い。
獅子人ジャグディ。この女が発情期を理由にデイビットに迫ってから、何もかもがおかしくなり始めたのだ。
恋人に内緒で獣人流背徳浮気生交尾。さぞ気持ち良かったのだろう。不貞を知って怒るフィーランと、斜に構えて理解者面するジャグディ。怒ったフィーランが彼から離れている間も、ジャグディは彼とずっこんばっこんヤッてたらしい。
ついに訪れてしまった殺し合いも、師範にかかれば即制圧。何を言っても、あの獅子人女は裏を掻いてくる。デイビットもデイビットで、一度情を交わした女を手放せないようだった。
森人だけあり、元々デイビットは性に淡泊な性質だった。フィーランともそれほど多く身体を重ねた訳でもない。プラトニックで、ストイックで、二人は心で繋がった関係だったのだ。
しかし、革命は成った。貞淑だった彼の股間に、獅子人の暴力的淫乱力がぶちかまされたのである。ある意味で快楽堕ちと言えるのか。
思えば、何やかやあった後、最終的にフィーランが許してしまったのが拙かったのかもしれない。
一度目以降、彼の森人棒は暴走し、男女関係なく食いまくるようになったのだ。二度目三度目の浮気にキレまくったフィーランも、男と寝たと知った時は意識が月までぶっ飛んだ。
そんな彼でも未だ深く愛してしまっているあたり、もうどうしようもない。
幸い、彼は今でも剣術への求道を忘れていないようだった。
フィーランへと向けられる愛もまた同様に。例え浮気をされたとしても、寝所で囁かれると結局は許してしまうのだ。そんな自分にも、この関係にも嫌気が差す。
なにより、元凶こそが最も憎らしい。
「ジャン、ボーッとするな。桜闘会が控えているんだぞ。選抜落ちしたいのか」
「い、いえ!」
そうだ、何もかもこの女が悪い。
横入りしてきた分際で、発情期を言い訳にデイビットと姦通し、半ば強引に今の立ち位置を獲得した。その上、最近ではデイビットの股間をエサに門弟を自派閥に取り込んでいる。獅子人らしい、強い雄のハーレムを作ろうとしているのだ。無論、恋人であるフィーランは了承していない。
普段の態度も、武人然と振る舞っているのは門弟かデイビットの前だけで、プライベートは超自堕落なのである。銀細工忍者に調べてもらったが、奴の部屋はゴミ屋敷だったのだ。
「やあ、みんな。遅れてごめん。色々と話さないといけない事があってさ」
「「「お疲れ様です♡ 師範♡」」」
今でも、デイビットの事は愛している。
それはそれとして、以前の彼に戻ってほしい。
そう思うのは、恋人として傲慢な望みなのだろうか。
「あぁ、イシグロさんは今日も来ていないのか」
「ええ、はい。あれから姿を現していませんね」
「そうか。できれば一度剣を合わせてみたかったんだけど……」
直近の記憶を思い出す。つい先日、イシグロという男が道場見学にやってきた。
イシグロといえば、カムイバラでは時の人である。実際の彼と噂の彼ではかなり容姿に違いがあったが、噂通りに誠実そうな人柄だった。何より、デイビット目当てじゃなさそうなところがポイント高い。
噂によると、イシグロは“熱砂狼”のジャルカタールを倒したらしい。それが本当なら、彼は相当な使い手である。
あの日、あの時、ふと思った。
彼と接触すれば、デイビットにとっていい刺激になるのでは、と。根拠も理屈もないが、何となくそういう勘が働いたのだ。
案の定、デイビットはイシグロに興味を持ったようだった。
多少? の雑念こそあれ、イシグロに向けられる興味の過半は剣の技にあるようだった。彼が楽しそうにしているのを見ると、フィーランとしてはとても嬉しかった。
そして、見学の最中、デイビットはイシグロに試合を申し込んだ。
その瞳は往年の情熱を取り戻しているように見えた。浮気常習犯とは思えないくらい、幼子めいて純粋に活き活きしていた。
かと思えば、ジャグディが反発してきた。それらしい理屈を並べていたが、要は師範の気を引いたイシグロをフィーランが連れてきたというところが気に入らないのである。
それからは両派閥による喧々諤々の大喧嘩が始まった。さっきまで息ぴったりに訓練していた門弟達も、師範そっちのけで罵り合い。こういう時、デイビットは元のなよっとした性格が表に出て、剣術以外頼りにならない男になるのだ。
気づくと、道場にイシグロの姿はなかった。
実に惜しい。彼ならばデイビットにとって良い刺激になると思ったのだが。それに、彼には純粋に剣を学ぶ意欲があったというのに。
「今日はここまでにしようか。皆、気を付けて帰るんだよ」
「「「は~い♡」」」
本日の鍛錬が終了すると、門弟達は三々五々に帰っていった。
今日は一日陰鬱とした気分が続く。昨晩、デイビットが寝所に来なかったからだ。フィーランは努めて無表情を維持し、帰宅の準備に取り掛かった。
「師範代、少々よろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
そんな中、フィーランに声をかけてくる門弟がいた。
その門弟はフィーラン派閥の一人であり、真に澄刃道場の未来を憂う者だ。当然、デイビットとの間に肉体関係はない。そのはずである。
「イシグロ殿ですが、どうやら銀竜道場に入門したようです」
「銀竜道場ですか」
これまた、何とも言えないところに入ったものである。
銀竜道場といえば、竜族の女性が師範をやっている弱小道場だ。
門を構えた当初はそれなりの数の門弟がいたようだが、いつの間にかガラガラになっていた。むしろ、まだやってたんだという感覚である。
「そういえば、彼の奴隷に竜族の子がいましたね」
確か、銀髪の竜族だった。脳まで筋肉で出来ているジャグディと違い、フィーランは魔力感覚に鋭敏な方だ。そんな彼女からして、銀の幼竜が纏う魔力量は一瞬寒気を感じる程に膨大だったのを覚えている。
銀髪の竜族。銀竜道場。もしや、と引っかかる。しかし、竜族の奴隷というところが気にかかる。魔力は本物だが、血統は本物なのだろうか。いや、どうでもいい事だ。
「銀竜道場といえば、ゲルトラウデ殿が師範を務めておいでとか……」
「ええ、その通りですよ」
銀竜道場。道場としては弱小も弱小だが、そのトップは二大道場の主をも凌駕するほど強大である。
事実、かつてデイビットは彼女に敗れたのだ。竜族権能や鱗鎧を使われる事なく、純粋な剣術で完敗したのである。
敗北後、しばらくは熱心に鍛錬していたデイビットだったが、そんな彼をこれまたジャグディが邪魔をした。今にして思うと、心の隙間に付け込まれたのだ。
「出てきますかね?」
「何がです?」
「桜闘会です」
「あぁ……一応、娘を含めれば二人になるのでしたね」
桜闘会の道場部門。これに出場するには、最低でも二人の門弟が必要だ。ゲルトラウデには娘の門弟がいるので、イシグロを含めると二人になって、銀竜道場は参加可能要項を満たす。
この門弟は、ゲルトラウデの桜闘会参戦を危惧しているのだ。けれど、フィーランは彼女等の参戦はあり得ぬ事と知っていた。
「いいえ、彼女は道場部門には出られませんよ。イシグロさんは現役の銀細工持ち冒険者、門弟としての出場は禁止されています。もし、御三方が出るとすれば……」
その時、フィーランに電流走る。
叶わなかったイシグロとの立ち合い。かつて敗北したゲルトラウデへの再戦。もし、二人が参加可能な部門――無制限部門に参戦するのであれば……。
「少し、調べてみましょうか……」
どうなるかは分からない。もしかしたら、イシグロにもゲルトラウデにもその気はないのかもしれない。
けれど、もし、そのつもりであるならば、フィーランは銀竜一門の背を押すつもりであった。
願わくば、彼に善き戦を。
澄みきった刃は、立ち合いでこそ冴えわたるのだから。
〇
これまた同時刻、件の銀竜道場では……。
「うぅ……! 美味しい! 美味しいよぉ! 甘いものなんて何年ぶりかなぁー!」
「ああ、美味いな! 餡子が染みる! 染み込んでくる……!」
道場でお菓子を食べていた。
これはイシグロ一党で作ったリンジュ菓子であり、形が整っているのがイリハ作で、その他の歪なやつがイリハ以外の作だ。
今現在、竜族母娘の食料事情は弟子の厚意で以て改善傾向にあった。
毎日毎日、イシグロさん家のイリハちゃんがおすそ分けしてくれるのである。お菓子だけではない、あえて作り過ぎた芋の煮つけに、余ってしまったという事になっている炊き込みご飯等々沢山。
あまつさえイリハは相当な料理上手であった。貧乏舌のアンゼルマは、美味の衝撃で涙を流していた。
「竜族の姿かしら……? これが……」
「同じ台詞、今夜言ってやるッスよエリーゼ」
「そういうの言いっこなしですよ」
「むぅ、もっと甘みを抑えて良かったかもしれんのぅ……」
ピカピカになった道場兼ゲルトラウデ宅で、師弟みんなでお菓子を食べる。
言葉通りに、笑顔の絶えないアットホームな道場であった。
「ふぅ……さて、休憩も終わった事だし、続きをやるぞ。弟子よ」
「はい、師匠」
おやつが終わると、修行再開である。
銀竜道場に入門してからというもの、イシグロとその一党は朝から晩まで修行修行修行の修行三昧だった。
「よし、イシグロは朝教えた型を再開しろ」
「はい」
「ルクスリリアは……」
ちなみに、イシグロは家に帰っても武道場で復習をし、朝起きてすぐ自主練をしていたりする。
どこぞの師範代が言っていたように、イシグロは間違いなくストイックに己を鍛えていた。
どこぞの師範代が思っている通り。イシグロは間違いなく真面目に剣術を学んでいた。
すべては、愛すべきロリの為。
動機こそアレだが、紛れもなく真摯で紳士であったのだ。
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