【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。執筆を続ける力になります。
 誤字報告もありがとうございます。感謝です。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。

 前回の続きから、飲み会を終えて家路へ向かうイシグロ達。疲れからか、不幸にも金細工の冒険者に追突してしまう。後輩をかばいすべての責任を負った三浦に対し、車の主・暴力団員谷岡が言い渡した示談の条件とは……。


俺はイシグロ!ハーレム王になる男だ!

 異世界ファンタジーのご多分に漏れず、この世界の冒険者にもランク付けというシステムが存在する。

 これを一般に冒険者位階と言って、位階が上がると高難度の迷宮に潜れたりとか良い感じの個人依頼とかが来たりする。

 冒険者の位階は下から木札、鉄札、鋼鉄札、銀細工、金細工、白金冠の順で上昇していく仕組みだ。

 

 木札は正真正銘の駆け出し冒険者だ。腕っぷしは村の力自慢程度だが、地球人でいうプロスポーツ選手くらいの身体能力がある。異世界の村人は頑強なのだ。

 鉄札は駆け出しからすぐ上がる事のできる位階だ。位階こそ一個上だが強さは木札に毛が生えた程度でしかないが、最低でもプロスポーツのスター選手くらいの身体能力を持っている印象。

 鋼鉄札になってようやく職業冒険者として扱われる。現役冒険者の多くがこの位階であり、強さはピンキリで銀細工相応から鉄札レベルまでと振れ幅が大きい。身体能力も個人差が激しく、下はスポーツ選手から上はスペースコブラくらいまでといった感じ。

 

 銀細工持ち冒険者は鋼鉄札の中から選ばれた者だけが成れる位階だ。後述するが、銀細工が実質的な最高位階である。

 鋼鉄札同様、銀の強さはマチマチだ。後衛支援職の人はオリンピック代表くらい、純前衛組は忍殺ニンジャか鬼滅の柱くらいの動きができる。

 ちなみに、俺の身体能力は中の下らへんだと思う。王都で模擬戦で見た感じ、俺より速く動ける人は沢山いたのだ。

 

 前述の通り、冒険者における実質的な最高位階は銀細工である。これまた前述の通り、公的な最上位は白金冠であり、その下に金細工という並びだ。

 では、上位二つの位階とは何か。一言でいうと、白金冠は初代国王――厳密に言うと違うらしいが――である勇者アレクシオス専用の位階であり、金細工は国に従順な銀細工持ち冒険者といった立ち位置。

 要するに、白金は故人の名誉位階で、金細工は客将みたいなもんである。故に、銀細工持ち冒険者が実質的な最高位階であるという訳だ。

 

 実際、ラリス王国における金細工持ち冒険者は軍部や王家とズブズブの関係であるらしく、冒険者のように飲んで騒いで危険を冒してはいないっぽい品行方正な存在なのだ。

 原則として、冒険者には上役こそあれ直属の上司にあたる者は存在しない。対し、金細工はラリス王家の部下なのである。

 まあ、騎士や兵士とは違ってある程度の自由はあるようだが、いずれにせよ荒くれ冒険者と同業とは思えんわな。

 

 そんな金細工だが、国が変われば仕組みが変わる。

 ラリスでは王家に絶対服従の金細工は、リンジュでは三勢力のいずれかの傘下になったりならなかったりするのである。

 

 国を運営する議会。土地を守護する組合。法を司る武行。本屋で買った歴史書に曰く、リンジュ共和国はこれら三つの勢力で以て維持されているようだ。

 リンジュの金細工持ち冒険者は、この三つの中から好きな勢力を選んでねとなるのである。で、もし気に入らなかったら鞍替えしてもいいし、フラフラしててもいいよとなる。安定した戦力の筈なのに、随分と不安定な戦力だ。

 その分、各勢力は躍起になって金細工を囲い込むらしい。偏見だが、えげつない接待とか袖の下とかありそうな……。

 

 で、そんなリンジュの金細工持ち冒険者様が今、夜も深い時分に訪問してきた訳である。

 ラリス王国の銀細工持ち冒険者の借家に、だ。

 

「どうぞ、お飲みになって下さい」

「ありがとうございます! うむ! とても良い香りですな!」

 

 コトンと、アツアツのお茶が置かれると、ライドウさんは警戒する素振りもなく飲んでみせた。

 夜分遅くに云々のくだりを終え、ひとまず訪問者を客間に通してはみたが、はて何用だろう。

 例の事件後、ライドウさんと会ったのは戦後処理のゴタゴタの時だけだ。その時も確認と承認の繰り返しをしただけで、それはすでに完了しているはずである。

 

「皆、こっちに」

「え? いいんスか?」

「ああ」

 

 大きな机を挟んで、俺の一党とライドウさんで向かい合う。

 基本、貴人との会談中は奴隷身分の者は部屋から出すか、後ろに控えさせるものだ。しかし、相手は貴人でもここは借家だ。この場合、家主の権限が勝つ。要するに今はある程度の俺ルールが適用される。

 

「それにしても良い屋敷を借りられましたな! イシグロ殿にカムイバラを気に入って頂けているようで嬉しい限りです!」

「はい。カムイバラは治安が良いですし、ご飯も美味しいですから」

 

 主人の隣に座る奴隷を見せて、相手の表情を窺ってみる。ライドウさんの顔に変化はない。奴隷の相席も気にしないか。

 もし人払いをお願いされた時は問答無用で叩きだすつもりだったが、まぁ揉めなくてよかった。

 

「失礼。ご用件を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 とはいえ、ライドウさんには早く帰ってもらいたいところである。俺は世間話を続けようとするライドウさんの間を突いて、話を進めるよう促した。

 今現在、俺は若干気が立っていた。今日はこのまま四人に全身を身体で洗ってもらった後にそのままお風呂屋さんプレイを開始するつもりだったのだ。上の口が鋭くなってしまうのを制御できない。

 俺の失礼な催促を聞き、ライドウさんはお茶を飲む手を止めて真剣な表情を作ってみせた。

 

「結論から申しますと、イシグロ殿を招待しに参りました」

 

 彼の返答に、俺には思い当たるものがあった。

 以前打診してきた東区長とのお話。一度断ったはずだが、またそういう類いの話だろうか。もしくは武行法院関係か。何にしても楽しくなさそうだ。

 

「招待ですか?」

「ええ。イシグロ殿は活鬼闘技場にはおいでになった事があるとか」

「はい」

 

 どうやら、偉い人関連のアレコレではないらしいが、闘技場とな?

 確かに、ライドウさんの闘技場には行った事がある。闘技場の招待? とは、何だ。A席S席のチケットでもくれるのだろうか。

 

 招待の意味を探っていると、彼は収納魔法に手を突っ込み、中から上質そうな封筒を取り出した。

 どうぞと差し出されたその封筒の表面には、「桜闘会・出場招待状」と書いてあった。

 あー、そっちかぁ……。

 

「以前お話しておりました闘技大会に、イシグロ殿を招待したく思い参った次第です」

「はあ、大会ですか」

 

 記憶を掘り起こす。そんな話、したようなしなかったような……。

 あぁ、ヨタロウさんが出るって言ってたやつの事か。

 で、この紙がその招待状と。スマブラ参戦のお手紙なら嬉しかったんだけどね。

 

「本大会は“桜闘会”と申しまして、四年に一度カムイバラで行われる大規模な闘技大会でございます。桜闘会ではリンジュ中の猛者が集まり、中にはこの日の為にラリス王国や他国からの参加者もいらっしゃいます」

「オリンピック……?」

「おりん?」

「いえ、何でもございません。その大会に私を招待する、という事ですか?」

「はい!」

 

 大会、大会ねぇ? 例の闘技大会を思い返す。幽遊白書か烈火の炎みたいな闘技場で、闘士たちがスマブラみたいな戦いをしていた。

 あの時は鋼鉄札冒険者且つ徒手空拳限定のトーナメントだったな。優勝したのはミアカさんで、俺は皆のお陰で小金を稼ぐ事ができたのだ。

 

「中を確認しても構いませんか?」

「どうぞどうぞ!」

 

 了承を得て、封筒の中にあった案内書を読んでみる。視線で促し、皆も読めるよう紙の位置を低くした。

 どうやら、桜闘会とやらには色んな部門の大会があるらしく、一党対抗戦や素手タイマン限定。剣限定に道場対抗大会なんかもあるらしい。

 で、俺が出れるのは現役銀細工限定のやつになるのか。鉄札や鋼鉄札用の大会と違い、銀細工戦の日程はイベント後半に集中していた。

 

「どうでしょうか?」

 

 どうでしょうかと言われても、ぶっちゃけ全く興味がない。

 俺が対人戦を重視しているのは皆を守る為であって、こういった大会に出てトロフィーを得る為ではないのである。

 

 第一、目立ちたくない。空手の大会で緊張していた俺だ。普段の闘技大会であの盛り上がりだったのである。四年に一度の大会ともなれば更に熱のある会場となるだろう。そんな場所で注目を浴びるなど、想像するだけで不快である。

 俺の感情面は置いておくとして、そもそも出るメリットがない気がするのだ。地位も名誉もどうでもいいし、金なら迷宮で手に入る。

 

 それに、人目につくという事はそれだけで不利益な事のように思う。

 仮にである。俺が参加して活躍したりしなかったりするとして、場合によっては何処からか皆の存在が漏れちゃいけないトコに漏れちゃう可能性を否定できないのだ。

 エリーゼの存在、グーラの希少性、イリハの魔眼。また、猫又みたいな奴が襲ってくるかもしれない。当方には迎撃の用意があるが、それ以前に狙われたくはない。

 所詮、俺は一般ロリコン。金の冠など欲するべきではないのである。

 

「招待して下さったのは大変光栄に思います。ですが、謹んでお断りさせて頂こうと思います」

 

 紙を封筒に戻し、丁寧にお返しする。

 わざわざ来てくれて申し訳ないが、この招待は断らせてもらおう。

 出たくないし、意味がないし、出る事自体にリスクがある。良い事なんて一つもないじゃあないか。

 

「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 欠片として不快げな表情を見せる事なく、ライドウさんは真摯な声音で訊いてきた。

 対し、俺はできるだけ丁寧に答えた。感情的に目立ちたくないし、安全の為にも目立つべきではないと思っている事など。異世界価値観で軟弱だの何だの思われようと、彼にどう思われようがどうでもいい。

 

「……失礼。イシグロ殿、差し出がましいようですが、であるならば参加された方が利益があるかと」

「と、言いますと?」

 

 そんな俺の返答に、ライドウさんは落ち着いた声音で言った。

 ライドウさんは一度イリハの方を見てから、声のボリュームを下げて言葉を継いだ。

 

「先日、九尾の枝が遺宝の返還要求を申し出てきました」

「え、枝じゃと……?」

 

 ん? 枝? 枝って何?

 意味が分からず内心首をかしげていると、当のイリハが説明してくれた。

 曰く、枝とは要するに枝族のことで、一般には九尾英雄の血を引く分家の蔑称であり、今では本家の座を完全に乗っ取っているらしいとか。

 要するに、イリハの親戚である。親戚とは言っても、あまりに遠すぎて普通に他人レベルの距離感であり、イリハは一度も会った事がないとか。

 

「あれ? でも遺宝ってイリハの物なんスよね? 返すも何もなくないッスか?」

「左様にございます。ゆえ、返還には応じませんでした。欲しいのならば、正規の手段を使うように、と」

 

 ライドウさんはルクスリリア相手にも丁寧な応対をした。1アグニカポイントを進呈しよう。

 

「イリハ殿からすると不本意でしょうが、彼奴等は何としても遺宝を手に入れるつもりのようです。法に則った上であれば、お預かりした宝はいずれ枝の家に行くものかと……」

「まぁそれは別によいのじゃが」

 

 苦々しそうに眉根を寄せたライドウさんに対し、イリハの方はあっさりしたものだった。

 実際、イリハは件の宝には執着していないようだった。むしろエリーゼのが欲しがってたまである。

 

「枝さんは何で古いお宝を欲しがってるんでしょうか?」

「さぁ? か弱い細枝の考える事なんて、竜族の私に分かる訳がないでしょう……?」

「エリーゼも欲しがってたじゃないですか」

「竜は宝を愛でるのよ。宝に縋っている訳ではないわ……」

「んぅ? どういう事ですか?」

 

 蚊帳の外のグーラとエリーゼが小声で話している。

 どうやら、エリーゼ的には枝の家はお気に召さないようであった。

 

「その枝がどうしたんですか?」

 

 が、それがどうしたのだろう。俺の出場とイリハの親戚に何の関係があるというのだ。

 話の続きを促すと、ライドウさんは一度お茶で舌を湿らせてから口を開いた。

 

「今の状況ですと、遅かれ早かれイリハ殿の存在が枝に漏れるものと思われます」

「それは、イリハの認知自体はしてるんじゃないでしょうか? 仮にも直系の子孫な訳ですし」

「……仙氣眼が、でございます。彼奴等の事、遺宝かそれ以上に始祖の瞳は狙われるものかと」

「わ、わしを……!?」

 

 瞬間、イリハがビクッとなった。彼女は猫又女に目を抉られかけたのだ。一ヵ月前の記憶は未だ新しく、彼女の中に深い恐怖として残留しているはずだ。

 しかし、ナルト世界でもあるまいに特別な眼など一般狐人が欲しがるものだろうか。いや猫又女も何の為にイリハの目を欲しがってたのか知らんけど。

 こういう時、俺は物知りなエリーゼを見てしまう。彼女は小さな顎に指を添え、僅かに唇を動かした。

 

「あり得ない話ではないと思うわ。魔眼の継承は未知数だけれど、イリハは始祖の才を濃く受け継いでいるもの。今のイリハであれば、孕み袋としての価値はあるでしょうね」

「え? はら……何て?」

「……なにも、最初からイリハを使う必要はないでしょう? 要するに、子種さえ注げばいいだけなのだから。前例がない訳ではないもの」

「それって……!」

 

 ビキッと、手の中にある湯呑を割ってしまった。

 視線が集まる。お陰で俺は冷静になる事ができた。収納魔法から布巾を取り出し、急いで零れたお茶を拭く。続いてイリハも手伝ってくれた。

 

「ライドウさんは、どう見ますか?」

「あくまでも仮の話ですが、エリーゼ殿の言う事に間違いはないかと。脅すようで申し訳ないのですが、九尾の枝は黒い噂に塗れております故……」

 

 ライドウさんはこう言っているが、真に受けないようにしよう。昔の映画で見た。憎悪は判断を鈍らせるのだ。冷静に、クールになれ。

 今となってはお風呂プレイは二の次だ。これはもっとシリアスに聞いて、落ち着いて考えるべき内容だ。

 

「イリハ殿は借金奴隷。遠くないうち、イシグロ殿にイリハ殿の身請け交渉が来るでしょう」

「身請け……」

 

 身請けは主人の合意がなければ成立しない。法律上、断ればいいだけだ。

 なのだが、こういった時に悪の金持ちがやる手段というのは相場が決まっているものだ。

 俺への脅迫。俺に近い人への嫌がらせ。交渉に応じるまで、ギリギリ灰色の面倒事を持ち込んでくるのである。

 

 しかしだ、俺はラリス王国の冒険者。その気になれば王都に逃げる事ができる。師匠には申し訳ないが、明日にはリンジュ共和国を発つ事だってできるのだ。ホントにヤバくなったらそうすべきだし、逃走は常に想定している。

 ホームグラウンドならともかく、枝とやらにラリス王国で好き勝手できる程の権力はないだろう。多分だけど。

 

「そこでです! イシグロ殿には桜闘会に出て、力を誇示していただきたいのです!」

「おれ……私がですか?」

 

 裏で夜逃げの算段を立てていると、ライドウさんは音量を戻して続けた。

 そういえばそういう話だった。俺は新しい湯呑にお茶が注がれるのを眺めつつ、傾聴する構えを取った。

 

「戦いは先手必勝! 攻められる前に力を示し、彼奴等に対し決して手出ししてはいけない存在だと思わせるのです!」

「なるほど」

「幸い、イシグロ殿には人気があります! 如何な議会の一員とて、民の英雄に無体は働けません。力があると見せてやれば尚の事」

「そうなんですか?」

「それに、もしイシグロ殿が活躍なされば、議員や組合員に貴方の後ろ盾になってもらえます。イシグロ殿の味方が増えれば、枝の謀を事前に抑え込む事ができます!」

「そう、なるんですかね……?」

 

 言ってる事は理解できるような、できないような。

 要するに、俺が大会で活躍すれば、物理的・民意的・政治的にもイリハに手出しし辛くなるという事か?

 

 いやしかし、何かちょっとモニョる。貴族か議員か知らないが、そういう政治のゴタゴタには極力巻き込まれたくはないものだ。

 下手に偉いさんとの繋がりを持つと、気楽な冒険者生活ができなくなってしまうのではないか? そんなの楽しい異世界生活から遠ざかっちゃうじゃん。

 俺はただ、皆と仲良く暮らしたいだけなのだ。立身出世成り上がりなど、全く以てお呼びじゃない。いやそうなると決まってる訳ではないんだけども。

 

「ご安心めされい。イシグロ殿につくのはあくまでも後ろ盾。イシグロ殿をどうこうするつもりなどありませんし、議会にも組合にもラリスの銀細工に強制できる権限はありませんので」

「はあ」

 

 そうは言うが、実際は疑わしいものだ。

 所詮俺などまるでダメなオタクなのである。口も達者じゃないし、政治なんてさっぱりだ。何やかんや言いくるめられる未来が見える見える……。

 

 ふ~む、どうすべきか。

 ここで、一度まとめてみよう。

 

 意を決して大会に出るルート。

 上手い事いけば偉い人の後ろ盾を得られて、イリハを狙う輩から守ってもらえる……かも。代わりに、違う面倒事に巻き込まれる可能性がある……気がする。

 

 面倒事とかマジ勘弁。夜逃げしてラリスに逃げるルート。

 この場合、目立つ事と面倒事から物理的に離れる事ができる。ラリスまで追っかけて来る可能性は否定できないが、嫌がらせされる可能性は低いと思われる。諦めてくれるかもという可能性も無いではない。しかし、根本的な問題解決にはなっていない。

 

「逃げれば一つ、進めば二つ……」

 

 と、言いますがね。俺は一つで十分だと思うんですよ。

 例えライドウさんが真の紳士だったとしても、ライドウさん以外はどうか。偉い人の後ろ盾とやらを本当に得られるか分からない上、枝以外の面倒な人からちょっかいかけられるかもしれないじゃあないか。

 

 かもしれない。気がする。可能性……。後ろ盾とは一体……うごごご!

 ……やっぱ、今のうちに逃げちゃった方がいい気がする。俺たちが逃げれば当面の問題を回避できるでしょうけど、根本的な解決にはなりませんよね? ってのは確かだが、こっちのがリスクが低いように思えるのだ。

 

「一応、優勝者には相応の賞金が出ますが、イシグロ殿はあまり興味がありませんかな」

「ええ、まぁ」

 

 あと、ライドウさんが信用できない。悪人ではなさそうだが、何というか良い人っぽ過ぎるのだ。

 こうも招待に熱心な理由は分かる。前に知ったが、上の人からすると大人しい銀細工には街に留まってもらいたいらしいのだ。もしくは、俺を引き込んでライドウさんが所属する勢力を強化したいのか。

 裏があるからおもてなし。彼の申し出は俺にとって都合が良すぎる。そうなると疑いたくなるのが人情だろう。

 

「参加なさる部門にもよりますが、賞金以外にも得られるものがございます。しかも、今回は一等特別な景品がありましてな……!」

「特別な景品ですか」

 

 既にお断りしたはずだが、ライドウさんは更なるセールストークを開始した。

 とはいえ、ちょっと気になる。トロフィーはいらないが、特別な景品とは何だろう。

 ルーレットにダーツ投げる形式なら、ガチで狙った獲物当てちゃうぜ俺。異世界にはないだろうが、皆で乗れる車とかあったら嬉しいんだけどね。ハイエースとかハイエースとかハイエースとか……。

 

「なんと! 優勝者にはジャルカタールの処刑権が譲渡されるのです!」

 

 ん? ジャルカタールって、何だ? 人の名前?

 ていうか処刑権? なにそれ? 処刑の権利が景品……ってコト?

 

「どうでしょう? いざとなれば、イシグロ様が参加される部門の景品にする事だって可能ですよ!」

「ジャルカタールとは、何ですか?」

「む? 以前イシグロ様が捕らえてくださった狼人の罪人ですが。現在、彼の処刑権は私にありますので」

「あぁ……いましたねぇ、そんな奴」

「何なら奴との尋常な戦いも可能ですよ。うむうむ! 実際そっちの方が有益な使い道ですね! いやぁ羨ましいですな!」

「いや、要りませんけど」

「うむうむ……え?」

「え?」

 

 しーんと、謎の間が空いた。

 

「……殺したくありませんか? あのジャルカタールですよ?」

「ええ、はい……」

「なんと……!」

 

 いや、なんとじゃないが。俺視点、驚くライドウさんにこそ驚きである。

 いやいや、普通に考えて犯罪者を殺す権利を欲しがる訳ないだろうに、この人は何を言っているんだ?

 いやいやいや、これはアレか。異世界人との価値観の違いが出たのか。

 俺は安心と信頼のエリーゼペディアを開く事にした。

 

「一般的に、大衆の前で悪漢を屠る事は戦士の誉れとされているわ。実利的にも処刑者の力が増すのだから、罪人の命にはそれなりの価値があるわ。事実、貴族などは犯罪者を殺して力を蓄えるのよ。あの狼人であれば、相当な価値があるでしょうね」

「そ、そうなんだ……」

 

 え? つまりアレかい? 魔物だけじゃなく、犯罪者を殺しても経験値が入るって事かい?

 俺は猫又女を殺したから、奴からの経験値とか入ってるんだろうか。

 そうか、処刑だけで経験値入るのか。う~ん、ヴァイオレンス。王都で処刑台を見かけた事がないのはそういう理由もあるのかな。

 

「まぁ、それでも欲しくないですね……」

 

 猫又女を殺した事に罪悪感はないが、それはそれとして死刑執行人にジョブチェンジする気にはなれなかった。

 答えると、ライドウさんは若干狼狽したような表情になった。

 

「ほ、他にも、優勝者には記念の肖像画を描かせる権利が与えられますな」

「いらないですね」

「拒否は可能ですが」

「そうですか」

 

 絵って、アレか。闘技場のフロントにあったやつか。尚の事イヤである。

 う~ん、やっぱり俺が大会に出るメリットは少ない気がする。それより、さっさとこの国を出たい気持ちが湧いてきたゾ。

 

「う~む、そうですなぁ……」

 

 ライドウさんはなおもセールストークを続けるつもりらしい。

 どうやら彼は処刑権とやらが最強商材だと思っていたようで、それが通じないと見るやちょっと焦ってる模様だ。

 ライドウさんは丸太のような腕を組み、難しそうな顔で唸るように云った。

 

「賞金や処刑権以外ですと、深域武装の授与というのもありますが……」

「……ん?」

 

 深域武装? もらえるの? えっ、それ景品にしちゃっていいやつなんですか?

 それは、ちょっと気になりますね。俺は武器オタクという訳ではないが、レア武器には興味がある。

 一党の強化に繋がるならば尚の事。強力な深域武装は、手っ取り早く仲間を強化できるのだ。

 

 原則、深域武装は一人につき一つである。二つ持つと何故か両方の権能が発動しなくなるのだ。

 現状はルクスリリアとイリハに専用の深域武装があり、エリーゼとグーラは持っていない。装備枠はまだ余っているのだ。

 いやいや、釣られないよ。深域武装には当たりハズレがあるのだ。その中にグーラやエリーゼ向きの物があるとは限らない。仮に優勝できたとして、渡されるのがカスレアだったらどうしようもないじゃあないか。それこそリスクとリターンが噛み合わない。

 

「ところで、その深域武装ってどんなのがあるんでしょうか?」

 

 とはいえ、やはり気にはなる。

 モノが合えば、狙ってみてもいいかも……いやいや、あくまで参考として聞くだけだ。

 

「ふむ、色々ありますよ。銀の水を出す剣に、毒の花を咲かせる杖。私個人の物に加え、組合所有の物を含めると……少なく見積もっても九つはありますな。景品はそのうちの一つとなりますが」

「おぉ……」

 

 それだけあれば、中には誰かに合う物があるのでは?

 例えば、グーラ用の水属性無効アクセサリとか。エリーゼ用の何か超凄い剣とか。もしくは俺用の新武装とか……。

 

「気になるのでしたら、特別にお見せする事もできますよ。場合によっては、イシグロ様がお気に入りになった深域武装が景品になるかもしれませんね」

「それは……」

「見せるだけです。それにあくまで優勝者への景品ですから、不正にはなりません」

 

 ちょっとズルい気するが、良いって言うなら良いんだろう。

 欲しいか欲しくないかで言えば……欲しい。

 

 考えてみれば、偉い人との繋がりってのも存外悪くない気がする。

 俺が求めるのはルクスリリア達の安全だ。異世界で皆と長生きするなら、一時の逃走よりもこういう事は早めに手を打っておくのを優先すべきではないか?

 それに、ラリスへの逃げは見方によっては枝からの逃亡生活という事にはならないだろうか。それを彼女達に強いて良いものだろうか?

 しがらみとは言っても、悪い事ばかりでもないはずだ。ズブズブでなくともビジネスライク。つかず離れずの味方であれば、敵になるよりはマシだろう。なにもリンジュの金細工になれと言われてる訳でもないのだ。

 あと、俺が無月流を使って上手い事やれればゲルトラウデさんへの恩返しにもなるんじゃないか? 宣伝が成功すれば、アンゼルマさんもお粥に梅干しを入れられるようになるかも……。

 

 いや! 待て! 落ち着け!

 ホウ・レン・ソウ。これ大事。今、俺と彼女達は奴隷と主人だが、後に夫と妻になるのである。大事な事を決めるにあたっては、家族会議をしなければならない。

 

「少し考えさせてください」

「うむ! 良いお返事を期待しておりますぞ!」

 

 そう言って、彼は胸を張って帰っていった。

 彼の湯呑の中は空になっていた。律儀な人である。

 

 存外、ライドウさんは俺に地元アピールをしたかっただけなのかもしれない。枝とか面倒な奴はいるけど、カムイバラは良いトコだよ嫌わないでねって感じで……。

 いずれにせよ、今後の為にこういうお話には慣れておくべきなんだろうか。

 

「なんか面倒な事になったッスね~」

「はい、よく分かりませんでした」

「ままならないものね。アナタもイリハも……」

「ま、またしてもわしのせいで迷惑を……。申し訳ないのじゃ……」

「イリハが謝るべき事じゃないよ。それに、迷惑なんて思ってない」

 

 もうすっかりお風呂プレイという雰囲気ではなくなってしまった。

 この件は重要な選択になる。イリハが来て初めてになるが、このまま家族会議をはじめようか。

 

「今回の事、皆はどう思う?」

 

 という訳で、俺は皆の意見を聞く事にした。

 俺だけじゃあ決められないし、決めるべきではないのである。

 

 

 

 

 

 

 夜も深まった住宅街。謎の風呂敷で顔を隠した巨漢が、イシグロの借家から出て行った。

 ライドウは努めて鷹揚に、大きな肩で冬風切って歩みを進めた。

 

 金細工持ち冒険者として、本日の成果は上々だった。そうでなくとも最低限の目的は果たせたと言える。

 何故なら、自身とイシグロが接触した事を内外に示す事ができたのだから。流石に中身は知られていないが、それでいい。

 機嫌よさげに意気揚々と歩くライドウ。演技ではない、実際に小躍りしたい程度にはご機嫌なのだ。

 

 その背中を、深い影の中から多くの目が見ていた。

 味方の目。中立の目。そして内なる敵の目。リンジュ共和国は一枚岩ではない。同じく、組合内でも派閥があるのだ。

 やがて、影は各々の主の下へ向かって行った。ただ事実を報告する為に。

 

「ん……?」

 

 ふいに、ライドウの身体に小さな雷が迸る。影の者にしてはらしくない、随分と雑な気配を感じ取ったのだ。

 しかし、あえて無視した。見られているのは分かっている。大方、その中の一人が下手をこいたのだろうと。

 が、彼のこの見立ては外れていた。多忙な身、上機嫌だったライドウは失念していた。リンジュの影が、そんなにお粗末な訳がないのである。

 

 遠くから、ライドウの姿を見つめる視線がひとつ、

 影に潜んでいない、素人丸出しの身のこなし。それは羽織に袴という、道場通いを示す服装の女であった。

 

「じゃ、ジャグディ様にお伝えしなくちゃ……!」

 

 そして、何処か誰かの門弟は、この事を主に伝えに走って行った。

 女は走る、懸命に。悪意でも敵意でもなく、愚直なまでの善意によって。

 

 しがらみを作りたくない。面倒事に巻き込まれたくない。イシグロは常々そう思っている。

 だが、残念ながら、既に面倒な事に巻き込まれているのであった。

 

 それ以前に、イリハを救ったあの日から、黒剣一党はリンジュのあらゆる組織から注目されているのである。

 今現在、カムイバラでイシグロを知らない者はいない。ぶっちゃけ、既に目立っているのだ。今更なにを、という話である。




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 タイトルに偽り無しな内容を継続する予定なので、諸々ごあんしんください。

 文中にある位階別の強さ云々ですが、これはあくまで主人公の主観なので決して正確ではありません。
 イシグロはフルアーマー・ゲルトラウデを見た事がありませんし、アリエルの弓の威力を知りません。ライドウの戦いぶりは少しだけ見ましたが、周辺被害を考えない状態のライドウを見た訳ではありません。
 まだまだ強くなれる余地があるという事でもあります。
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