【一巻発売中】たのしい異世界ハクスラ生活、あるいは超紳士的英雄譚   作:いらえ丸

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 感想・評価など、ありがとうございます。感想のお陰でモチベーションが維持できております。
 誤字報告も感謝です。ありがとうございます。
 キャラ・ボスのご応募もありがとうございます。例によって、出て来る時はしれっと限定を留めずに登場します。

 アンケートのご協力、ありがとうございました。
 以降の執筆の参考にさせて頂きます。

 今回は三人称、街の様子です。
 よろしくお願いします。


ろりこんの巻

 冬の終わりが見える頃。

 積もった雪が残る中、暖かな陽光が春の訪れを感じさせる。

 枯れない桜の枝先から、小さな雪が落っこちた。

 

 眠らない街、カムイバラ。

 今現在、リンジュの首都には国中の人の熱が集結していた。

 道往く人の表情には常以上の元気があり、外から来た観光客は物珍しげに街を眺め、あちらこちらで観光客向けの商いが盛んになっていた。

 

 カムイバラ入りした観光客は、大きく二種類に分けられる。戦いを見にきた多くの人と、戦いに向かう少数の闘士達だ。

 カムイバラ民も、観光客も、闘士達も、目的は同じ。

 四年に一度の春祭り。桜闘会である。

 

 通りの先の広場や、転移神殿の掲示板。あるいは各地の集会場のお立ち台で、文字や声等により一つの知らせが報じられた。

 桜闘会に出場する闘士の一覧である。各部門の下にズラリと並ぶ人名は、日本人が見れば学校の合格発表を思い出すだろう光景だった。

 

 無論、これを見逃すカムイバラ民はモグリである。

 応援している道場が出場する事に狂喜乱舞する闘技場オタクに、推し闘士が出てない事に落胆するファンガール。通ぶってアレコレ優勝予想をする博打おじさんに、かっこいい闘士に憧れるキッズ達。

 その日のカムイバラは、一日中闘士の話題で持ち切りだった。

 

 闘士の情報公開は順次行われる。

 一般個人部門。銀細工個人部門、冒険者一党部門。

 そして、最後に報じられた部の闘士一覧に、とある冒険者の名前がある事に対しては様々な反応があった。

 驚愕、期待、胸躍るワクワク感。おいおい、来てくれたのかよ奴がよぉ。噂話に敏感な層は、この件に関してさも有識者ぶって推論を語っていた。“剛傑”のライドウが口説き落としたのだ、と。

 

 中でも、彼の英雄と面識のある者達の反応は顕著だった。

 ともすれば、一般人以上にワクワクしていた奴等までいたくらいに。

 

「「「師範代! 総合部門に出たいですッ!」」」

 

 常に五月蠅い剣鬼道場に、更に喧しい大音声が響き渡った。

 威勢の良い彼等彼女等の瞳には、極めて純粋な戦の熱が燃え盛っていた。冬だというのに、暑苦しい。

 声を上げる門弟の中に剣術部門代表の面子までいたのだから、その熱意の程は推して知るべし。

 

「いやぁ、今からは難しいんとちゃうかなーと、ウチは思いますよー?」

 

 師範代と呼ばれた女――剣鬼道場のウラナキは、引きつり笑いで猛き門弟達を抑えていた。

 本音を言うと、彼女とてイシグロと戦いたい気持ちはある。しかし、ウラナキは既に剣術道場代表部門にエントリーしているのだ。今更「やっぱ出る部変えるわ!」なんて言っても仕方ない。

 門弟達の気持ちが分かるからこそ、あまり強く突っぱねられないのだ。一応、向上心の表れでもあるのだし。

 それでもなお声を上げる門弟達。暴動じみたこれをどう収めようかと迷っていた。その時である。

 

「静まれぃッ!」

 

 瞬間、爆発じみた一喝。熱狂するフロアに、花火が炸裂したかのような爆音が響き渡る。

 声の方を見ると、そこには巌の如き巨漢が腕組み仁王立ちで立っていた。

 その頭にはねじれ上がった極太角があり、彼の腰には使い込まれた刀が下げられていた。巌の如き筋肉は、戦場を住処とする雄の証明だ。

 門弟達が敬愛する男の登場であった。

 

「「「お帰りなさいませ! 師範ッ!!」」」

「おう! 今戻ったぞ!」

 

 一斉に首を垂れる門弟達。鷹揚に応えた巨漢は、ずかずかと道場へと足を踏み入れた。

 彼こそ、剣鬼道場師範にして、現リンジュ議会総代。牛鬼人の族長。牛鬼剣豪・イスラの叔父さん。

 何を隠そう、牛鬼王その人である。

 

「お帰りなさいませ、師範。無事の帰還、何よりでございます。お迎えに上がる事もせず、申し訳ありません」

「急な帰還だ、構わぬさ。そも五日後には発つ。聖王子殿のお陰で少し余暇ができたのだ、遊ばせろよ」

 

 重く渋い低声を発しながら、戦場帰りの牛鬼王は道場の状況を見渡した。

 事情は分かっている。どいつもこいつも、子供みたいにワクワクしているのだろう。強い奴と戦いたいという気持ちは、牛鬼王にはよく分かる。

 故に、こういう時に権力を使うのだ。

 

「ウラナキ!」

「はい」

「お前は総合部門に移れ!」

「は、はい……!?」

 

 有無を言わせない命令に唖然とするウラナキ。

 そんな彼女を置いて、牛鬼の王は壁掛けの木刀を手に取り、門弟達に振り返って満面の牛鬼スマイルを送った。

 

「これより! 乱れ剣稽古を行う! 最後まで立っていられた五人を! 我の力で総合部門にねじ込んでやろう! さぁ! 最初にかかってくるのは誰だ!」

 

 突然の帰還。突然の試練。

 突然のチャンスに、門弟達は呆気に取られた。次の瞬間……。

 

「「「ヒャッハァアアアアーッ!」」」

 

 武器を握って、牛鬼王に殺到した。

 雪崩のように斬りかかってくる門弟を、牛鬼王は「はははっ!」と笑って捌いていく。これはリンチでも訓練でもなく、牛鬼族的お遊戯大会であった。

 多忙な王様はストレス解消に飢えているのである。

 

「まぁ一応、ウチもやっとこかな」

 

 総合行きが内定したウラナキも、一応の礼儀で稽古に参加した。

 困惑、決断。その次には、その目に爛々とした光が宿っていた。つまり、そういう事だ。同じ穴の何とかである。

 

「「「うぉおおおおお!」」」

 

 まさに熱狂。暴動のような大騒ぎ。帰還したばかりの牛鬼王は、少年めいて無邪気に笑っていた。

 やはり、戦士たるものこうでなくては。

 

「そっか。イシグロさん、出るんやな……」

 

 そんな中、道場の離れでは一人の白虎女性が静かに決意を固めていた。その手には針と糸と、完成間近の羽織。

 元より白虎女性――ミアカは、桜闘会の参加の予定はない。純粋に祭りを楽しむつもりだったのだ。彼はああいうのには興味なさそうだったし、気合入れてお誘いして、成功したらば一緒に祭りを回ろうと思っていたのである。

 だが、彼が件の大会に出場するというのなら。

 

「よし……!」

 

 完成した羽織を広げ、ミアカは満足そうな笑みを浮かべた。

 それは、とある闘士を応援する為に繕った羽織であった。

 

「特技は活かさなな……!」

 

 それから、ミアカは早速広い人脈を使ってイシグロ応援団を立ち上げに行った。

 戦う様を応援されて喜ばない男はいない。リーダーは勿論、ミアカ。得意の舞踊で、盛り上げてみせる。

 

 ミアカは奮起した。必ず、かの迷宮狂いの冒険者を惚れさせねばならぬと決意した。

 ミアカは生粋の陽キャである。友と遊び、いつも明るく笑っていた。

 だからこそ、懊悩や葛藤などといった精神のトラブルにはまるで耐性がなかった。

 

「応援団名は、黒剣イシグローズや……!」

 

 そんな彼女が悩んだ結果、こうなった。

 ちょっとばかし、様子がおかしくなっちゃったのである。

 

 

 

 一方その頃、性欲爆発ゴリマッチョバイエルフが師を務める澄刃道場では……。

 

「ふむ、そうか……」

 

 離れの屋敷。剣鬼道場とは打って変わって静寂に満ちた密室で、獅子人師範代ジャグディは自派閥の門弟からイシグロ参戦の報告を受けていた。

 ジャグディ視点、奴の桜闘会参加自体は前々から知っていた。翌日には銀竜道場に通っているという情報も得ていたのだ。

 故に、諸々の工作は実行済みであった。

 

「よろしいのでしょうか。師範、きっと出たがりますよ」

「構わん。夜に立ち直らせればいいだけだろう」

 

 言って、ジャグディはフンと鼻息一つ吹き、その豊満な胸を揺らした。

 獅子人女ジャグディの目的は、剣聖デイビットの権威向上および絶対的ハーレムの形成である。

 元より、獅子人の女はハーレムを推奨している。より強い雄の下、多くの雌で囲って権勢を誇る事を貴しとなすのである。

 

 その点、デイビットは最高の雄だった。というか、ジャグディは彼の雄っぱいに一目惚れした。ゆえ、あらゆる手段で以て森人の性質と性癖を開拓してきたのである。同じく澄刃流の内側も。

 ジャグディの手は澄刃道場内に収まらず、外にも及ぶ事となった。つまり、グレーな手口を使った裏工作である。そうせざるを得なかったのは、銀竜道場を中心に一部他道場の存在が邪魔だったからだ。

 過去、桜闘会にて、デイビットは無残な敗北を経験した事がある。他ならぬ、銀竜道場の師範によって。あの時はあちこちに手を回し、時に自派閥の女を使ってまでして無月流の拡大を抑え込んだのだ。

 

「娘の方はどうしましょう」

「個人の部だろう。どうでもいい。イシグロも同様だ」

 

 ジャグディにとって、ゲルトラウデは主人の権威を揺るがした憎き存在である。今回の件、真に恐れていたのは当人の参戦であった。

 しかし、そうはならなかった。桜闘会に出るのは門弟だけで、ゲルトラウデにその気はなかったのだから。そっちにも手を回していたが、無駄なリスクを冒さずに済んだと言える。

 

「色々と講じてはみたが、幸い最低限の損失で済んだ。あとは我が主の力を信じるのみだ」

「はい!」

 

 ゲルトラウデは出ない。娘は個人の部。イシグロは総合。仮に主が総合に出たいと駄々をこねても、もう遅い。表と裏に手を回し、どうにもできなくしてやった。

 ジャグディが求めているのは、あくまでもハーレムの権威向上。主の威光に興味はあっても、主の意向に興味はない。負けるかもしれない戦いなど、あっていい訳がないのである。

 そして、主のハーレムに芋臭いドワーフ女は相応しくない。これを機に、フィーランには出て行ってもらうつもりだった。

 

「勝ったな、ククク……!」

 

 ジャグディが如何にも悪女な笑みを漏らした。門弟達も空気を読んで「ククク……!」と笑った。

 ハーレム派閥が勝ちを確信した。その時である。

 

「大変ですジャグディ師範代! 先ほど、デイビット師範の部門変更が受理されました!」

「ククク……え?」

 

 勢いよく駆けこんできた門弟からの報告に、悪女な笑みを維持していたジャグディが固まった。

 

「ど、どこの部だ!?」

「師範は全種総合部門に出場なさります!」

「……何故だ!?」

 

 おかしい、こんな事はあり得ない。

 裏工作は成功したはず。役員の半分には話をつけてある。中には議員や組合の重鎮だって含まれているのだ。

 第一、闘士が発表されて間もないのに、当人が先走ったにしても早すぎる。

 まるで、あらかじめ決まっていた展開のような……?

 

「まさか……!」

 

 その時、ジャグディに電流走る。

 もしや、自分が動く前に、あの女が手を打っていたのではないか?

 如何に政治音痴なフィーランとて、コネもあれば時間もある。先に動かれたのであれば、やりようがあったか。

 

「フィーラン……!」

 

 そう、この件に関して、ジャグディは完全に出遅れていた。

 日本の競馬で例えると、某120億円事件の白い奴並みに出遅れていた。

 

 見落としていた、彼女の心境の変化を。完全に舐めていたのだ。フィーランの行動力を。見誤っていた、デイビットの元の性格を。

 僕より強い奴に会いに行く。元来、デイビットはそういう男で。フィーランはそういう男に尽くす女だったのだ。

 

「同じく、フィーラン師範代の部門変更も受理されたようです!」

「あぁー! どの部だ!?」

「こ、個人剣術です!」

 

 デイビットだけではなく師範代の座にあるはずのフィーランまで出場部門の変更が受理されたのか。

 フィーランもジャグディも、道場代表のチーム戦で出る予定だったのだ。幸か不幸か、澄刃道場の層は浅くない。フィーラン一人抜けたところで、そうそう落ちぶれる事もない。奴の事だ、内部への根回しは完了しているだろう。

 しかし、これは単なる部門変更ではない。フィーランからジャグディへの、悪意マシマシのガチ挑発なのである。奴は、ジャグディに対し「かかってこいやボケ」と言ってきたのである。

 

「あんの、女ァ……!」

 

 ジャグディとて、獅子人戦士の一人である。拳聖イライジャの流儀に則り、売られた喧嘩は高値で買う。同門の剣で、本気でやろうというのだ。

 元々、ジャグディはあの女が気に入らなかった。ハーレムに誘っても拒んでくるし、デイビットの権威向上にも理解を示さない。その上、デイビットが奴以外と褥を共にする事を許さないのだ。あろうことか、彼の雌であるジャグディを本気で殺そうとしてきた事もある。

 全く以て、理解ができなかった。お互い、根っこから分かり合えない存在だったのだ。

 

 この期に及んで、みみっちい裏工作は無意味である。

 ならば、やる事はひとつ。

 

「よかろう……! そっちがそのつもりなら、此方もそのようにしてやる……! 待っていろよフィーラン、大衆の前で見るも無残な姿にしてやろう……!」

 

 気に入らない女を潰す。

 それだけだった。

 

 

 

 一方その頃、件のデイビット氏は……。

 

「あ~、楽しみだなぁ」

 

 誰も知らない秘密基地。

 静寂の中、集中できる場所で一人、ひたすらに剣の練習をしていた。

 

 総合部門なら、魔法を使う事もできる。道場では禁止されている技も思う存分振るう事ができる。

 それは相手も同じで、イシグロも剣以外の武器を使ってくるだろう。噂では弓や魔法も使うらしいし、練習試合ではない本気の彼と戦えるのだ。

 

「はぁ、はぁ……ふふっ、ぐふふふっ……!」

 

 考えるだけで、肉体が火照ってきた。

 ゴリマッチョバイエルフ・デイビット。

 またの名を、“水仙剣”のデイビット。

 凄く久しぶりに、戦闘者として昂っていた。

 

 それはそれとして、素振り中も勃起していた。

 ビッキビキである。

 

 

 

 

 

 

 桜闘会が近づくと、外から来る者が増えていく。

 この日もまた、カムイバラの門前には多くの人が集まっていた。

 商売チャンスと見てやってくる商人。思い出の為にやってくる小金持ち。己の腕を試すべく集う闘士達。

 そんな中、東区の門に一人の男が現れた。

 

「久しぶりだなぁ、カムイバラ……」

 

 使い込まれた編み笠に、粋な模様の道中合羽。そして腰には大小二振りの打刀。その首からは、古くなった銀細工が下げられていた。

 彼の名前はジンエモン。人間族、おっさん。どこからどう見ても旅人であり、誰がどう見ても侍だった。実際そうである。

 荒っぽそうな風体のジンエモンだが、彼は大人しく列に並び、行儀よく門番の検問を待っていた。

 

「通行手形よし。冒険者証も本物。招待状も確認した。通っていいぞ」

「あいよ。にしても、随分と用心深いな」

「ん、まぁちょっとな。ほら行ってくれ」

「へ~い」

 

 ジンエモンにとって、カムイバラは生まれ故郷である。そんな彼からすると、久しぶりに来たカムイバラの検問は以前にもまして厳しくなっているように思えた。

 差し詰め、最近大きな事件でも起きたんだろうと思い至り、気にすることなく歩き出した。

 

「おぅおぅおぅ、どいつもこいつも良い顔してやがるぜ……」

 

 右を見ても闘士。左を見ても闘士。広場に行けば食い物の屋台があって、嗅ぎ慣れないが美味そうな……この匂いは何だこれ?

 まさに祭りの様相だ。本番は先だというのに、流石カムイバラはリンジュの中心だけあり賑やかだ。

 ジンエモンはご機嫌になって昔懐かしい故郷を歩いた。

 

「さて……」

 

 宿はいつものところに泊まるとして、何はなくとも飯である。

 思ったよりも、街に入るのに時間がかかったのだ。どこか適当な飯屋はないかと見渡して、前には無かった店を発見。ジンエモンは足取り軽く店に入った。

 

「らっしゃい」

 

 暖簾をくぐると、真新しそうなその店は存外繁盛しているようだった。

 客層も種々様々で、カムイバラらしく色んな奴がいた。ジンエモンは店の隅――店内を観察でき、かつ逃走しやすい席だ――に腰を下ろした。

 

「店主、此処のお勧めを適当に頼む」

「では、味噌焼き豆腐など如何ですか?」

「ふむ、ミソとな? 聞いた事ぁねぇが、それで頼む」

「あい」

 

 料理ができる間、ジンエモンは怪しまれないよう自然な素振りで店内を観察した。

 店は繁盛している。ゆっくり飯を食べている森人夫婦に、お喋りしている狸人と魔族。冒険者の姿もある。遠くの席では二人の銀細工持ちがいた。

 

 奥の席を見ると、ちょっと変わった一団がいた。人間族の男一人に、魔族と有角族と獣人二人の童女達? しかも見える範囲の女には奴隷証が掛けられていた。

 つまり、あの男は主人で、奴隷と同じ席で飯を食っているというのか。後ろからでは、主人の冒険者証が確認できない。恐らく、鋼鉄札か銀細工だろう。

 

 ジンエモンを含め、銀細工三人に推定鋼鉄札以上一人と来た。桜闘会が近いとはいえ、随分と賑やかである。

 いざとなったら金だけ置いて逃げよう。ジンエモンは決意した。

 

「あい、お待ち」

「うむ」

 

 そんな事より飯だ。運ばれてきた謎料理を見て、ジンエモンは意識を切り替えた。

 焼いた豆腐に、ベトベトした謎糊がかかっている。初めて食う料理だが、なかなか美味かった。見た目はちょっとグロい気もしたが、何というか程よく辛くて良い感じである。

 

「店主、何か適当に酒を」

「あい。牛鬼米酒でいいですか?」

「おっ、いいねぇ」

 

 ともかく、美味い飯を食うと美味い酒が欲しくなるものだ。機嫌も良いし、今日くらいはいいだろう。

 その後も、ジンエモンは最近出来たらしい味噌料理と米酒に舌鼓を打った。

 

「へえ、今年は銀竜道場から二人も出るのかい」

「らしいですよ。片方は娘さんで、もう片方は最近入った門弟だとか」

 

 そのうち、舌が滑らかになったジンエモンは暇ができた店主と桜闘会トークをはじめた。

 ジンエモンは所謂招待組である。武者修行の最中、ふと立ち寄った街でスカウトされたのだ。彼が出場を予定しているのは、現役銀細工の剣術部門。桜闘会における花形であった。

 そんなジンエモンからして、最近のカムイバラ事情には相応の価値があり、聞いてるだけで楽しくなっちゃう話題であった。

 

「しかも、噂によるとですね。その門弟ってのぁ、あのイシグロなんですって」

「イシグロ?」

 

 銀竜道場は知っているが、その門弟の名は訊いた事がない。イシグロ? 新進気鋭の冒険者だろうか。

 なんか奥の席にいた男の肩が震えたような気がしたが、まぁどうでもいい。

 

「イシグロってなぁ、どんな奴なんだい?」

「何でも、街に現れた魔物を倒したとか。橋から落ちた子供を助けたとか。鬼人ヤスケをとっ捕まえたとか……」

「なに!? ヤスケをか……!」

「ええ。他にも……」

 

 店主のイシグロトークは続く。彼の話すイシグロ像は出来過ぎと言える程に聖人君子のソレであり、ある意味でまともな冒険者とは思えなかった。

 何というか、ぶっちゃけ胡散臭い。ベテラン冒険者のジンエモンからして、その噂には極めて懐疑的であった。

 

 そもそも、何故街中で魔物が暴れたというのだ? そんでもって何故都合よくイシグロが現れたのだ? そいつが外から魔物を持ち込んだとか、そういった類いの線は考えられないか?

 ヤスケを倒したというのも正直信じ難い。一度刃を交えた事はあるが、アレはそう易々と捕まるような男ではない。事実として、議会も組合も武行も奴を捕らえられなかったのだから。

 するとこれまた事実として、先日処刑されたヤスケの首が晒されたという。そうなると信じざるを得ないが、それでもジンエモン的にはイシグロという男に対し疑念を抱いちゃうのであった。

 

「で、そのイシグロは全種総合に出るんですってよ」

「総合か。俺とは当たらねぇな……」

 

 剣士の性質など、一度刃を交わせば分かるもの。良くも悪くも興味を引かれたジンエモンだったが、当のイシグロが剣術部門に出ないのではどうしようもない。

 イシグロトークはそのへんにして、旅人剣士は情報の礼に次なる酒を注文した。味噌と酒、口の中が幸せでいっぱいだ。

 

「あぁ!? お前今なんつったコラァ!? 誰の羽織がダセェって!? もっぺん言ってみろやボケが!」

 

 静かに飯を食べていると、突然店内に荒々しい声が木霊した。

 声の主は獣人の冒険者だった。しかも銀細工持ち。そいつは何か気に入らない事があったらしく、近くにいた銀細工持ちの翼人冒険者にガンを飛ばしていた。

 

「何って、ずいぶんと古風な格好だなぁと。ダサいなんて言ってませんよ」

「んだとバカにしてんのか!」

「してませんよ。古いとは言いましたが」

 

 キレる獣人に対し、慇懃無礼に返す翼人。インネンつけられた側も苛つきはじめたようである。

 どうやら、例によって銀細工らしい理由で喧嘩になっているようだ。普通の人ならスルーしちゃうような事も、箍の緩んだ銀細工にとっては殺しに値する罵倒だったりするものだ。

 見たところ、件の二人は共に前衛の戦士だった。獣人の腰には太めの刀があり、翼人の近くには薙刀が掛けられている。今にも武器を取ってやり合いそうな雰囲気である。

 

「田舎者が……」

 

 ジンエモンは小さく吐き捨てた。雰囲気的に、二人ともカムイバラは初めてと見える。

 ラリスと違い、こっちの喧嘩は外に出て正々堂々やるのがマナーだ。武器を使うのもご法度である。

 酒を呑みながら、二人の言い合いを眺める。ジンエモンの天秤は逃走に傾いていた。割って入って仲裁するなど割に合わない。

 

「このクソガキ! これは俺の手作りなんだぞ! バカにすんじゃねぇ!」

「おっと!? 危ないですねぇ!」

 

 その時、獣人が卓上の湯呑を投げつけた。翼人はそれを回避。

 投げられた湯呑は店の奥で飯を食べていた主人と奴隷の席に向かい、壁に当たる軌道の途中で主人の男がキャッチしてみせた。もし壁に当たっていれば、湯呑は盛大に割れて悲惨な事になっていたであろう。

 主人は手に取った湯呑をゆっくり机に置いて、獣人を見た。瞬間、ジンエモンの背筋に謎の冷気が迸った。

 

「獣人のくせに最初にやるのが湯呑投げですか。随分と威勢のいいことで。お得意の吠え声でも上げてみては如何です? えぇ?」

「テメェ……!」

 

 なおも言い合いを続ける二人は、とうとう向かい合って武器に手を掛けた。黒髪の男の視線には気づいていない。

 一触即発、ついさっきまであった和やかな雰囲気がなくなってしまった。客の押し殺した悲鳴がやけに響く。

 あーもう駄目だな。懐から財布を取り出したジンエモンが逃走を決意したと同時、奥の席の男がゆらりと立ち上がった。

 

「……ギャーギャーギャーギャー喧しいんだよ、発情期ですかコノヤロー」

 

 一言、奥の席にいた主人の男の声が店に響く。視線を集めたその首には、ラリス式の銀細工。

 一見して、男は地味な容姿をしていた。黒髪黒目で、目にも面構えにも覇気がない。それどころか、威勢の良い台詞の割にぬぼーっとした表情をしている。

 黒の双眸が、猛る銀細工二人を捉える。同じ銀細工であっても、黒髪の男はただの迷惑な酔っ払いを見る目をしていた。

 

「その銀細工、ラリスもんか! 余所モンァ引っ込んでろや! これは俺の誇りをかけた喧嘩だ!」

「手出し無用に願いますよ。でないと、貴方まで斬ってしまうかも」

 

 鋭い視線に、男は沈黙を返した。怖気づいているというより、処理すべき獲物を頭からつま先まで観察しているような眼差しだった。

 言われた男は、なおも一歩一歩無造作に近づいていく。腰の刀に手を掛ける様子もない。

 

「はっ! おい、なんだぁその服? 趣味の悪い奴隷買う奴ぁ、服のセンスまで無ぇってのかァ!?」

「……店内での暴力行為に対しては店主に自衛権があり、場合によっては殺人も容認されます。この権利は店主の許可があれば一時的に第三者に移譲する事が可能です」

「あん?」

「代わりますよ。どうしますか?」

 

 男は立ち止まり、店主を見た。

 店主は息を呑んで、小さく頷いた。

 

「頼む、懲らしめてくれ」

「承りました」

「んだとテメ……」

 

 一瞬だった。ジンエモンの目でギリギリ捉えられる程の速さで、黒髪の男は獣人の懐に接近し相手の刀の柄を押さえ込んでいた。

 

「んげ!?」

 

 同時、空いた片手による裏拳が獣人の喉に突き刺さる。

 柄を押さえる手が捻じれ、獣人の刀を取り上げる。奪った刀の刃を返し、大上段に構えてみせた。

 接近、制圧、攻撃。その三つが、殆ど同時に達成されていた。ジンエモンでなければ見逃しちゃう程、鮮やかな動きであった。

 

「んがっ……!?」

 

 そして、一発。

 喉と脳天に一撃ずつ食らった獣人は、白目を剥いて倒れた。

 魔物と違い、人類は脆い。こと、防具ではなく服を着ているのであれば尚の事。ヒト一人黙らせるのに、過剰な力は要らぬのだ。

 

「で、貴方は?」

「え? あ、いや自分は……」

 

 獣人の刀を放り捨て、男が翼人に問う。翼人は視線を彷徨わせ、狼狽していた。

 一瞬の戦いだった。元より獣人との喧嘩にやる気がなかった翼人は、大人しく薙刀を置いた。

 

「じ、自分はまだ何もしてませんので……」

「分かりました」

 

 空気が戻る。従業員が武行を呼びに走り、店主は黒髪の男に礼を言っていた。

 やがて武行の者がやってくると、店主の説明を受けた役人は軽く聞き取りをしてから気絶中の獣人を拘束して連れて行った。

 

「ありがとうございました! どうかお礼をさせてください!」

「いえ、こちらこそご迷惑をおかけしました」

 

 黒髪の男はというと、何事もなかったかのようにぬぼーっとした表情で返していた。店主からの礼も若干面倒そうにあしらっている。

 手振りで奴隷達を呼び、財布を出して立ち去ろうとする。騒がしい客に怒ってたあたり、そういう奴なんだろう。

 

「待たれよ」

 

 奴隷を連れ、颯爽と去る男。そんな彼に、ジンエモンは声をかけた。

 あの時、僅かに見えた歩法から、この男がただ強いだけの剣士ではない事に気づいたのだ。

 大小の刀からして、剣士。なら、桜闘会にて見える相手なのでは、と。

 

「俺の名はジンエモン。御仁、名を何という?」

 

 問うと、男は一度遠くを見てから、こう答えた。

 

「オロチ・ドッポです……」

「左様か。桜闘会で会おう、ドッポ殿」

「ええ」

 

 そうして、オロチ・ドッポと名乗った剣士は今度こそ去っていった。

 特徴的な奴隷を引き連れ、肩で風切って街を往く。

 奴隷の見てくれはともかく、なかなか粋な男であった。

 

「覚えたぞ、オロチ・ドッポ……!」

 

 まさか、大会の前に好敵手に出会えるとは、僥倖である。

 来る熱戦に胸躍らせ、ジンエモンは戦意を高めていた。

 

 

 

「ご主人ご主人、なんで偽名使ったんスか?」

「名前書かれた奴が死ぬ本とか持ってたら怖いじゃん」

「恐ろしい呪具ね。日本にはそんなモノがあるのかしら……?」

「あるよ。そういうお話が」

「あら、物語なのね」

「面白そうです! 読んでみたいです!」

「今度話してあげよう」

「で、今からどっち行くんスか?」

「先に防具屋かな。服屋は時間かかりそうだし」

「うぅ、緊張してきたのじゃ……」

 

 お昼ご飯を食べた後、オロチことイシグロは皆と買い物デートをしていた。

 本日は注文していたイリハの防具の受取日であり、エリーゼの希望で服をオーダーメイドしに行く予定もあるのだ。

 主人も奴隷も、とても楽しそうに歩いていた。

 

 ちなみに、イシグロは既にさっきの浪人の名前を忘れていた。

 哀れジンエモン。もう思い出す事もないだろう。




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 獣人冒険者に対し、イシグロは喉に裏拳入れた直後に頭頂部に峰打ちしました。
 受けたダメージで気絶したというより、スタンとかスタッガーしたと言った感じですね。
 後に目覚めた獣人は怪我一つ残ってません。強い異世界人はそういう身体をしています。
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