そうして若干俺の質問のせいで気まずくはなったが、運良く目的地はそんなに遠くはなく、いろはに着いていくままに歩いて来た俺はある教室の前に来ていた。
しかし中から生徒の声が聞こえてくるわけでもなく、よく見ると教室の看板に何も書かれていないことから、ここは空き教室のようだ。
こんな所に何の用があるのかは分からないが、取り敢えずそろそろホームルームも始まるし、ぱぱっと済まして自分の教室に帰るとしよう。
……いや、やっぱりあんま帰りたくないかもな。
これから一年あのちびと同じクラスかと思うと、流石に気が滅入る。
クラス変更とか出来たりするのか? もし出来るならお願いしたい。
「連れて来たでござるよー」
「ご苦労様、いろは」
「へー、この人が八一君?」
先に教室に入ったいろはに、続いた俺に一人の女子が詰め寄って来た。
流石に沙花叉の愉快な仲間達の一人のいろはが連れて来たこの場所に、居るこの二人の女子に見当が付かない俺じゃない。
ジロジロと顔や体を見てくる目の前のこいつは、確か校門で科学者のような白衣を制服の上から着ていた奴だ。
そして隣にいる背の高いこいつは、変なダサいサングラスを掛けていた奴だったか?
やったな、これでコンプリートだぜクソが。
ジロジロと見てくる奴を無視して、教室にある椅子に腰を掛ける。
教室の中を見渡す限り、少し古めの椅子や机、それに窓ガラスもあまり掃除されてるふうには見えない。
察するにここは昔使われていた教室といった所だろう。
それか問題児専用の教室だったりするのか? 正直言うとコイツらがいる時点でそっちの可能性の方が俺の中では優勢だ。
「ねぇねぇ、こよの事覚えてる〜?」
「……それで何の用なんだ? こんな所にまで連れて来たのは」
「無視っ!? ねぇ〜ねぇ〜!」
急に抱き着いてくるな、暑苦しい。
殆ど初対面の俺に馴れ馴れしすぎないか、この人。
それに沙花叉と同じで無駄な肉が顔に当たって鬱陶しい。
「そうだね……簡単に言えば、沙花叉の事かな」
背の高い奴は俺の前に座ると腕を組み、話し始めた。
顔から察するに、少なくとも俺が嬉しくなるようなことではないだろう。
「……あいつがどうかしたのか」
「どうも何も、私達三人は沙花叉と同じクラスだったんだけど……あの子が見た事ないくらい怒ってるから、貴方が何かしたんじゃないかと思ってね」
ほら見ろ、全く嬉しくない話だ。
大体俺は沙花叉の保護者でもなければ、ご機嫌取りをする役割でもない。
あいつが勝手に怒って、俺を蹴り上げたくせに、それは俺のせいだと言いたいのか? なんて理不尽な奴だ、締め上げてやりたい。
「俺はあいつの保護者じゃない、あいつが勝手に怒ってる事を俺のせいにされても困る」
「そうは言っても沙花叉は何も話そうとしないし……私達じゃどうにも出来そうにないの。
貴方だってあの子があんな調子で入学式を迎えるのは、望んでないでしょ?」
「知らん、勝手にすればいい」
「うわー、八一君ばっさりでござるなぁ」
「いろはちゃんがそれ言う?」
全く本当に面倒な奴だ、自分勝手で我儘なあいつに何で俺がどうこうしないといけない。
……まぁ、俺もあいつが嬉しそうに高校生活を語る姿を何度も見ているし、少しだけ、ほんの少しだけ心が揺れ動かない事もないが、それでもあいつももう子供じゃない。
いつまでも俺みたいにつまらない奴と一緒に居るんじゃなくて、こいつらや他の連中みたいに馬が合う奴と、楽しくやれば良い。
それがあいつにとっても、俺にとっても一番マシな選択だと思う。
目の前の背の高い奴……名前を聞くと【鷹嶺ルイ】と言うらしい。
鷹嶺ルイと科学者みたいな格好の【博衣こより】の二人に俺はそう伝えた。
それが本当に俺は正しいとこの時は思っていた。
……この時だけだが。
「……分かった、はぁ、沙花叉が更に怒るわね」
「悪いが、俺はそうする」
「時間を取らせてごめんなさい、もう用事は済んだから戻って良いわよ」
「あぁ、それじゃ」
残念そうな顔で俺を見る鷹嶺に少しだけ罪悪感を感じながらも、俺は空き教室から廊下に出て、元来た廊下を歩き出す。
博衣と風真は何を言うべきか分かってないような顔だった。
あの三人が沙花叉から俺との関係をどう聞いてるのかは知らないが、俺と沙花叉はただ中学で3年間同じクラスメイトであっただけだ。
あいつが俺をどう思ってるかは知らないが、少なくとも俺は……
さっきまで生徒で賑わっていた廊下も、流石にホームルームが近くなり、各々の教室に戻っていったと分かる静かさの中。
俺の耳は何故か廊下の端にいた二人の女子生徒の会話を聞いていた。
「ねぇ……これやばくなーい? 殺人事件だって」
「うっわ、何それやば……数十人死んでるって書いてあるじゃん」
「しかもこれ結構近くない? まだ犯人も捕まってないみたいだし」
「まぁどうせ警察が何とかするでしょ、それよりさー、帰りにマック行かない?」
「いいねそれ! いくいく!」
……? 数十人が死んでる殺人事件?
それがデマやフェイクじゃないのなら、流石にヤバくないか?
この日本でそんな人が死ぬ事件なんて滅多に起きないぞ。
女子生徒の会話の内容に、妙な胸騒ぎを感じた俺は、ポケットにある自分のスマホを取り出すと、ニュースアプリを開き今日のニュース情報を片っ端から見ていった。
すると、確かにこの学校の近所の路地や公園などで人が死んでいるというニュースがあり、だが被害者は推定10人程だと書いてあった。
……なんだ、驚かせやがって。
10人死んでるのも結構ヤバい気はするが、この程度なら警察も問題なく犯人を捕まえられるだろう。
何せ、その犯人の特徴は……
【まるでゾンビみたいに歩き回る男】なのだから。
「どうせ、アル中のおっさんがとち狂ってるだけだろ」
数十人が死んでるなんてどんな事件かと思って見てみれば、所詮現実なんてこんなもんだ。
フィクションや漫画、アニメやゲームみたいな事が本当に起こるわけがない。
それに10人が死んだと言ってもどうやらその死体すら見つかっては居ないらしい、ニュースには血溜まりや鞄などが多数見つかったことから、被害者の数を予測していると書いてあった。
期待外れにも似ている感情から俺は直ぐにスマホをポケットに仕舞い込んだ。
そうこうしている内に、ホームルームのチャイムがスピーカーから聞こえて来た。
ヤバい、予想以上にあいつらに時間を取られてた。
廊下をダッシュで走り自分の教室にまで戻って来た俺だったが、案の定教室に居た担任に叱られ、入学早々遅刻魔のレッテルを貼られてしまった。
俺のせいじゃねぇのに、クソっ。
「なぁ、お前急に出て行って何してたんだ?」
「あ? 強いて言えば、お前のお仲間の所だ」
「えっ、そんなの吾輩聞いてないぞ!」
「そこ! 先生がこれから話すので静かにしなさい!」
「は、はいすみません……」
「……はぁ」
周りの奴らは今担任に怒られてしゅんとなってるちびと俺が、友達みたいな目線で見て来やがる。
これじゃあ中学の頃、沙花叉と出会った時と全く同じじゃないか。
高校こそは俺は普通の友達を作ろうと思っていたのに、入学早々こんな目に遭うなんて……。
しかし、今思うと
この瞬間に俺が気付き動いていれば
本当に最悪の事態は防げていたのかもしれない
さぁさぁ、きな臭くなってまいりました!