全部仕事が悪いんです、僕は悪くないです。
という事で遅くなりましたが、お楽しみください。
恐怖が全身を駆け巡る。
何なんだ、一体何なんだあいつは!?
さっきの警察はあいつに向かって銃を撃っていたのか? いや、それにしては何もかもが不自然だ。
聞こえた銃声の数は余りにも過剰すぎる、となると……あいつのような存在が複数いたという事か?
……いや今はそんな事取り敢えず後だ、一先ずは何処か安全な場所まで、他の事はそのあと考えたら良い。
学校まで辿り着けなかったのは最悪だった。
あそこには沙花叉がいる、それに風真も鷹嶺も博衣もあそこにはいる、学校には先生達がいるし校門を閉める事だって出来る。
だから大丈夫だとは思うが……あいつが学校の側にという事は銃を持った大勢の警官が、敵わなかったということだろう。
くそっ、少しは体力をつけておくんだった……恐怖心と焦りからどうにも心臓の鼓動が早い。
足も徐々に痛みが増し、息も喋る暇がない程上がってきた。
それに、見ると隣で走るラプラスの方が俺より辛そうだ、流石にちびすけにはこんな状況で普通に走れっていう方が無理だろう。
すると、遠くの方で何かの音が聞こえた。
その方角はどうやら学校からのようで、2、3分は走っているラプラスと俺の位置からでも、かなりの大音量でスピーカーから少しのノイズが聞こえた後、中年の男の声が町中に響き渡った。
「えー、現在正体不明の暴徒化した集団が、町にて破壊活動及び傷害行動を行っています。
近隣住民の方々は決して外には出ず、我々警察が事態を鎮静化するまで落ち着いて、家の中に居ますよう願います」
「はぁ、はぁ、ラプラス……一旦止まるぞ……」
住宅街のコンクリートの壁を背にラプラスと共に尻もちを着いた。
俺は何とかまだ走れるが、ラプラスは喋るのも出来ないほど小刻みに呼吸を繰り返し、顔は上気し赤くなっている。
……何かこの状況で警察に出会ったら、別の理由で俺逮捕されそうだな。
まぁ、そんな冗談は兎も角、ラプラスはかなり辛そうだ。
丁度近くに自販機があるしスポーツドリンクでも買ってきた方がいいだろう。
どうやら学校の側で出くわしたあいつは見た所、追って来てないみたいだが、まだあいつと同じような奴が必ず居るはずだ。
あまり不用意に彷徨きたくはないが、仕方ない。
「おいラプラス、俺は飲み物を買ってくる、すぐ戻ってくるからここで待ってろ」
「え……い、いやだ! 吾輩一人じゃ無理だ、八一も一緒にいてくれ……」
「はぁ、すぐ戻るって言っただろ」
「お、お願いだ……吾輩をひとりにしないで……」
……こいつはどうやら相当参っているらしい。
無理もないか、男の俺でも遠目に見ただけで全身の毛が逆立つような恐怖を感じた。
きっと女のこいつじゃ余計に怖かっただろう、本当にこいつよくあの時一人で行こうとしてたな。
エデンの星を総べるラプラス・ダークネスさんは、怖いもの無しじゃなかったのか? 今のお前は見た目相応の女の子にしか見えないぞ。
「じゃあ一緒に来い、もう歩けるだろ」
「う、うん……ありがとう八一」
座っているラプラスの前に手を出すと、ラプラスは少し恥ずかしげに俺の手を握ると、勢いよく立ち上がった。
さっきまで痛いぐらい手を握ってたのに、何を今更照れてるんだこいつ、ていうかどんだけ手熱いんだよ。
ラプラスの手は風邪なんじゃないかと思うほど熱く手汗で湿っていた、子供の体温は高いらしいけど、こいつ本当に12歳とかじゃないよな……?
「……あー、その大丈夫か?」
「わ、吾輩は大丈夫だ、ただ……あいつらは大丈夫かな……? 八一……」
「きっとな、きっと大丈夫だ」
そう、きっとあいつらは心配いらない。
学校には今、警察だっているだろう。
だから心配なんて要らない、俺は自分の胸にそう何度も何度も言い聞かせながら、ラプラスと共に自販機まで歩いていった。
町は依然として静寂が辺りを支配している。
ガコンという音と共に落ちて来るスポーツドリンクを手に取り、勢いよく飲み干しながら、もしかしてあの化け物はもう居なくなったのだろうかと、そんな事を楽観的に考えていた。
隣のラプラスは水を飲んで少しは落ち着いたのか、さっきの怯えた表情は少し和らぎ、何かを真剣に考えているような顔をしていた。
大方、学校に戻る事を考えているのだろう、まぁどれだけ口で言っていても不安は消えないか。
それでもこの状況で学校まで行くのは危険極まりないだろう、兎にも角にも今は何処かに身を隠すべきだ。
「……ん? 誰だこんな時に……」
何処に身を隠そうか考え悩んでいた俺のポケットから、スマホが着信音を振動と共に鳴らした。
不思議に思いながらもポケットからスマホを手に取り画面を見ると、そこにはただ一言「母さん」と書かれた文字が表示されていた。
その瞬間、俺の脳裏に過ぎったのはとてもじゃないが考えたくもない事だ。
こんな状況で電話をかけて来る母さんの身に何かあったのか、それともこの状況で空き巣にでもあったのか、それともあの化け物に……襲われているのか。
しかし、その不安は電話に出た母さんの声色からさらに加速する事になった。
「や、八一!? 今何処にいるの!?」
「母さん? どうし……」
「あぁ良かった! 無事なのね八一!? 今、学校に居るの?」
「……うん、学校に居るよ」
そう言った時、隣のラプラスから驚いた様な視線を感じる。
まぁ確かにラプラスからは会話が聞こえないから、何故俺がこんな嘘を付いているのか、訳が分からないのも無理はない。
ただ今の母さんは事情は分からないが少しパニックを起こしているのは、電話越しでも伝わる、ここで下手に不安にさせる事を言って家から出られたら敵わない。
うちの母さんはマジでやりそうだからさらに敵わん。
「いい? 八一、今から母さんが言う事をちゃんと聞いてね?」
「うん、分かった」
それから母さんはとてもにわかには信じられないが、今起こってる現実について話し始めた。
今から丁度半年前、アメリカ、ロシア、中国、ドイツ、オーストラリア、イギリス、日本を除く他の主要な国で不特定多数の人間が毒ガステロにあったらしい。
しかしそのテロで奇妙にも死人は一人も出なかった、勿論毒ガスを吸い込んだ筈の人達も、だ。
その毒ガスを調べた警察も人に有毒な成分は入っていなかったと、後日発表したらしい。
それから驚くべき速さで各国のテロを起こした犯人は全員捕まり、当然全員有罪判決の後、刑務所に入る事になった。
数日もしないうちに犯人は全員捕まったみたいだが、それは犯人にはある特徴があったかららしい。
その特徴は腕や足に、【Time Is Coming】というタトゥーが無数に入っていた事と、犯人達が終末論の熱狂的な信者だった事だそうだ。
まぁ何はともあれ犯人は全員捕まり被害もほぼ無し、それ程大きなニュースにはならなかった、俺も今の今まで、そんなニュースもあったな、と忘れていたくらいだ。
しかし、それから半年が経った今日……突如刑務所の囚人や看守がもがき苦しみ出したらしい。
そして異常を察知し駆けつけた複数の警官に、よろよろと歩きながら近づいた一人の囚人が、突然警官の首に噛み付いた。
当然他の警官は囚人に銃を発砲するが、信じられない事に囚人は何発もの弾を体に喰らいながら尚、警官の首の肉を噛みちぎりながら貪っていた。
その直後、何百人もの同じような姿の囚人や看守が刑務所から飛び出してきた、その光景を最後に俺の見ていた某SNSの動画は終わった。
そして見ていた動画に写っていた囚人や看守達は、さっき俺が見た奴と同じように、動画を撮っているであろう人をまるで飢えた獣の様に睨み付けていた。
そしてこの動画の様に、人が人を襲っているというのは今、全世界で同時多発的に起こっている事らしく、日本でもこの町だけでなく、様々な場所でそれは起こっているらしい。
それが母さんが電話越しに俺に伝えた事だった。
「今、警察の人が学校に居るのよね? 八一、とにかく今は学校にいて、母さんも落ち着いたら学校に行くから、それまで絶対に外に出ちゃダメ」
「……母さん」
「? どうしたの? ……八一?」
あぁ、まずい。
「ごめんなさい、俺は親不孝の息子だよ」
今ほど自分の事を殴りたいと思った事はない、今ほどさっき学校を離れたという事を後悔しないだろう。
今ほど……母さんに会いたくて堪らない事なんてないぜ、畜生っ!!
「八一? や」ブチッ
勢いよくスマホの画面を指で叩きつけ、電話を切った俺はラプラスに急いで学校に戻ると伝える。
それを聞いたラプラスが深く頷くのを見ると、俺は全力で疲れた足を動かし学校へ走り出した。
警察なんて意味がない、動画に写ってたのは刑務所だ。
人が逃げ出さないように作られた建物だ、それを奴らはいとも容易く抜け出していた。
それに学校なんて安全じゃない、生徒や先生の中にあいつらに変わった奴が居るかもしれない。
「沙花叉……くそっ! 間に合ってくれ!!!」
もう少しだけプロローグは続きます。