異世界にニャン生したので楽しくペット生活してたら、ラスボスが現れたのですが。   作:みん

1 / 7
プロローグ

 吾輩は猫である。

 無論ただの猫ではない。妖精猫(ケット・シー)と呼ばれる種族の、この世界では亜人と呼ばれる存在である。白銀の毛並みが我ながら美しく、切長アイスブルーの瞳が気に入っている。

 

 名はグラン・ロ・レイユ。人々からはグランと呼ばれている。

 

 性別は、便宜上無いことになっている。吾輩は妖精であり、雄にも雌にもなれる特異な種族だからだ。

 グランという呼ばれ方から雄だと思われることが多いが、性自認は雌に寄っている。わざわざ言うことでも無いので、性別に関して誰かに告げたことは無い。

 

 そして吾輩には所謂前世の記憶というものがある。性別のないハズの妖精猫である吾輩が性自認が雌に寄っているのは、この記憶達のせいなのだ。

 前世の吾輩は、環境破壊が進んだどうしようも無い世界で一部富裕層の為の働き蜂として搾取され、酷使され、二十余年で生命を散らした。唯一の楽しみはオンラインゲームくらいのもので、結婚は勿論彼氏をつくることすら出来ないまま短い生涯に幕を閉じた。

 

 そして吾輩には前前世の記憶もあった。

 前世とは比べものにならない程平和で豊かな世界であったが、そこでも吾輩は所謂社畜と呼ばれる存在であり、三十路に差し掛かる頃に病に倒れてしまった。勿論恋人などおらず、趣味の読書とゲームに人生の殆どを費やす喪女であった。

 

 前世でも前前世でも吾輩は誰かに飼われ奪われ続ける畜生であった。そして今世もまた、畜生(ペット)として三年余りを過ごしてきたのだ。

 

 まあ、そんな事を言っているが今世の境遇に不満はない。

 何故なら今世での吾輩は社畜でも働き蜂でも無く、権力者の下で悠々自適に暮らす恵まれた愛玩動物(ペット)であるからだ。

 

 

 

 あ、吾輩等と言ってみたが本当の一人称はボクである。さっきまでのはつい、ノリで、というやつだ。許してくれ、観測者たちよ。

 

 

 

 

 

 ボクは今、大変に幸福です。

 

 あっしっぽの付け根トントンするのやめて。腰浮いちゃう、腰浮いちゃうから!

 あっあっ顎の下撫でるのも禁止ですよ、気持ちよすぎてゴロゴロ言っちゃうでしょうが!

 

 ごほん。みっともない姿を見せてしまった。どうか、後生だから忘れて欲しい。

 

「あー可愛い。グラン、お腹は空いてない?」

「うなぁ」

 

 金髪巨乳美人からの突然の質問にブンブンと頭を横に振り、NOの意を伝える。

 今世のご主人である彼女、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラはボクがこの世界に生まれ落ちてからの付き合いだ。

 

 当時、突然この世界に落とされて右も左も分からず腹を空かせて困り果てていたボクを拾い上げ、前世では見たこともなかった豪邸に連れていったかと思えば風呂にご馳走にふかふかのベッドにと至れり尽くせりでボクを再び畜生(ペット)に堕落させた悪魔である。

 

 多分彼女はボクのことをただの猫だと思っているし、ボクも自分が妖精猫と呼ばれる亜人であることをバラすつもりはない。

 どうもこの世界、亜人はあまり良い扱いをされないらしいからだ。まるで前世でプレイしていたオンラインゲームのようだ。

 

 ボクは比較的見目麗しい妖精猫のアバターを使っていたからスケルトンやスライムなんかの他の異形種よりは迫害されることも少なかったけれど、それでもいい顔をされないことはよくあった。

 あの頃のボクたち一般人にとっては現実世界での鬱憤を晴らすための手段がゲームであったし、そのゲームで畜生(現実での自分)がいい気になっているのが許せなかったのかもしれない。

 

 大量の課金アイテムに加えてPvP用のガチビルドを組んでたボクは結構強かったし、喧嘩を売られた時はPKも辞さなかったから余計に煩わしかったのだろう。どこかのギルドに所属しても、結局は亜人の癖にと追い出されてしまう始末だったし。希少クラスのワールドガーディアンとして、それなりに活躍していたと思うんだけどなぁ。

 

 まあ、そんな経験をしているから今世のボクは種族も実力も隠して可愛いペットに甘んじているわけだ。勿論言葉も喋れないし、何故か前世のゲームからそのまま引き継いでいる戦闘力も課金アイテムも隠している。

 

 ご主人はそれなりに高位のお貴族様のようで、ボクは働かずともいい暮らしができているのだから問題は無い。一つ問題があるとすれば──

 

「あっ……ダメよグラン、そこは舐めてはいけないわ」

「にゃぁ……?」

 

 そう、ご主人がえっちすぎることだ。

 別に、決して、変なところを舐めた訳では無い。ボクは至って健全に、ご主人から流れ出た汗が気になって首筋を舐めただけなのだ。

 猫ならそのくらい普通でしょう? 猫飼ったことないから知らないけどさ。

 

 けれど本当に、やましい気持ちはないのだ。そもそも最初に首とか太腿とかを舐めさせようとしてきたのはご主人の方で、ボクは保護者であり絶対者であるご主人の意向に沿っただけ。

 ご主人が喜ぶから、何となく続けてるだけ。

 こうすると、ご主人は嬉しそうにボクの頭や背中を撫でてくれるから、仕方なくやってるだけだ。

 

 ……これは動機に関係ない話だけど、ご主人の汗、何故か美味しいし。関係ないけれど。

 

 

 

 不満気な口ぶりの癖に、ニヤニヤとした顔つきを隠そうとしないご主人から撫で撫で(ゴホウビ)を貰う。

 コテン、と首を傾げてボクは何も知りませんというアピールは欠かさない。

 

「もうっ。わかっててやってるんじゃないかってくらい、あざといわね……。あなた、異世界からの来訪者なんでしょう?」

「ぅにゃ!?」

 

 ば、バレた……!?

 何のためにこの三年間苦痛な猫語(?)と四足歩行を貫いていると思ってるんだ!

 この格好だって、猫からすれば普通かもしれないが人間だった記憶のあるボクに取っては常に全裸のようなものだというのに。

 

「にゃ、にゃー」

 

 ほら、ボクは人畜無害な普通のネコですよ〜。

 顔をクシクシと掻いて、肉球をペロペロと舐める。ほら、人間がこんな仕草するはずないじゃない?

 しっぽが二本生えてること以外は至って普通の猫ですよボクは。

 えっ、しっぽが二本生えている時点で普通じゃない? ははは、ご主人はそんな些細なこと気にしませんよ。

 

「なーんてね。もう、うちのグランったら可愛すぎないかしら。そろそろラナーにも見せてあげようかな。ああ、でもラナーって犬派なんだっけ」

「にゃあ……」

 

 ふう、なんとか誤魔化せたようだな……!

 ご主人は普段鈍感なくせに時々鋭いことを言うもんだから困る。この前もこっそり冒険について行こうとしたら「貴様、見ているな!」等と背面越しに言われて驚いたものだ。気配はしっかり消していたはずなのだが。

 

 それにしてもラナー、ラナーか……。ラキュースの名前も然り。ボクたちの住むここリ・エスティーゼ王国の名前も然り。記憶の片隅に引っかかる既視感を感じる。正確には既聴感だろうか?

 まあ、聞き覚えがあるのだ。ハッキリとはしないので、前世ではなく前前世の記憶かもしれない。もう30年は前の話だ、覚えていないのも無理は無いが……このど忘れがとんでもない事態に結びつきそうな気がする。

 

 昔からこうした嫌な予感は外れたことがないのだ。うーん、昔見た小説か何かで聞いた気がするんだけどなぁ。

 

 にゃあにゃあ頭を悩ませていると、二人の至高の時間を邪魔するようにノックが響いた。

 油断していたとはいえ、ボクの耳で足音が聞こえ無かったということは来訪者はほぼ確実にあの少女に違いないだろう。

 ボクの耳を誤魔化せる他の候補は三人いるけれど、その内二人はノックなんてせずに入室するし、もう一人なら聞き逃すはずがない。勿論油断さえしていなければアリの侵入さえ聞き逃さない自信はあるのだけれど。

 

「ラキュース、私だ。邪魔するぞ」

 

 貴族の住まうこの屋敷には似つかわしくない、少し横柄な女性の声。部屋の主の返答も待たず、ガチャりと音を立ててドアを開けたのは身長140cm程だろう小柄な少女。白い仮面で顔を隠し、深紅のローブと漆黒のグローブを身に纏った──ご主人のチームメイト。

 

「あら。イビルアイ、どうしたの? 今日は個人行動の日だったはずだけれど」

 

 そう、彼女は自称・イビルアイ。本名は違っているようだが、ボクは聞いたことがない。

 妖精猫たるボクに気配を悟らせない動き。この世界ではかなりの上位者であろうご主人をも凌ぐ実力。微かに香る異様な"匂い"。そして何より、心臓の音が聞こえないこと。

 

 指に着けているマジックアイテムは正体を隠すための物だろう。普通の人間なら気付くはずもないが、妖精猫(ボク)の鼻と耳は誤魔化せない。

 彼女は人間では無い。そして、ご主人はそれを知った上で受け入れている。

 

 だったら文句を言うのは筋違いだ。ボクはあくまでご主人の所有物だから。彼女から香る死者(アンデッド)の匂いは、あまり好きでは無いのだけれど。

 

 ボクにはボクの事情があるように、彼女には彼女の事情があるのだろう。

 ご主人に偉そうな態度を取る所は苦手だが、彼女自体の性質は善に寄っているから嫌いにはなれない。だから、ボクをこっそり撫でようとした時に、思わず身体が強ばってしまうのは許して欲しい。それは死を嫌う妖精猫の本能みたいなものだから。

 

「いや、面白い物を手に入れてな」

 

 そう言って、ご主人にカチューシャを投げ渡すイビルアイ。金にも物にも困らない彼女たち最高(アダマンタイト)級冒険者が『面白い』と称すのだ。十中八九、マジックアイテムに違いない。

 それにしても、カチューシャか。それも、普通のカチューシャではない。所謂『猫耳カチューシャ』というヤツだ。前前世では某オタク御用達都市に行けば珍しいものでは無かったが、今世では初めて見る意匠である。製作者、ニホンジンだったりしないよな?

 

 ご主人はまだ20歳にもなっていない若い女であるが、高位貴族として教育を受けていることもあって大人びているし、この世界の人間は発育が早い。

 そんな彼女が猫耳カチューシャを持っているのはなんというか、少し背徳的な感じがする。

 

「何この恥ずかしい髪留め?」

「ふっ、似合うと思うぞ? なに、馬鹿にしに来た訳では無い。それは帝国の市場に売っていたのだが、面白い効果を持っているようでな。(そいつ)の事を思い出して買ってきたんだ」

「帝国で? こんなマジックアイテムみたとこないけれど」

「まあ、つけてみれば分かる。私とお前しか居ないんだ、恥ずかしがることじゃない。わざわざ買ってきてやったんだから早くしろよ?」

 

 顔をほんのり染めたご主人が、しぶしぶカチューシャを付ける。勝手に買ってきたのだから無視をすればいいのに、ご主人は素直で"いい人"過ぎるのだ。

 

「これでいい?」

「よし。じゃあグラン、なんか話してみろ」

 

 満足気に頷いたイビルアイが、今度はボクに話しかける。え、なんでボク?

 

にゃ、にゃー(これでいい)?」

「えっ、喋った!?」

にゃっ(えっ)!?」

「なるほど、やはり本物だったみたいだな」

 

 珍しく爆笑したイビルアイに、困惑したようなご主人。なるほど、あの猫耳カチューシャは動物の言葉がわかる──と言ったような効果のマジックアイテムだったのか。ボクはそんなもの使わなくても人間の言葉を話せるし、会話しないためにわざと猫語を喋っているのに……全く余計なものを買ってきてくれたもんだ。

 それに、本当の猫語じゃないボクの適当な言葉を理解している辺り、あのカチューシャの能力は翻訳ではなく意思疎通ができるモノなのだろう。

 

「凄い、凄いわイビルアイ! グラン、どんどん鳴いていいのよ? もっとにゃんにゃんして?」

にゃあ(うわぁ)……」

 

 尊敬するご主人からにゃんにゃんなんて言葉を聞きたくなかった。恨むぞイビルアイ、これでは今後気軽に鳴くこともできないじゃないか。

 小声で『私も使ってみたいが、あの見た目はなぁ……』などと呟いているイビルアイを横目で睨む。

 

 確かに猫耳カチューシャをつけたご主人の破壊力は凄まじいものであるし眼福であるが、こちらの言葉がバレてはボクの異常性に気付かれる可能性も爆上がりしてしまうではないか。

 

「グランー? こっち見てー?」

「う……にゃあ(可愛い)……」

「っっっっ!!!???」

 

 あっ。

 

 つい口から出た鳴き声を聞いて、ご主人が茹でダコみたいに顔を耳まで真っ赤に染めてそっぽを向く。飼い猫に可愛いって言われただけでそんな顔するかね?

 まあ、確かにボクは世界一の美猫ですけど?

 うちのご主人、ちょっと変わってるよな。

 

「えへへ、可愛いって……」

 

 ──ほら、責任取れよイビルアイ。

 お前が始めた物語だろ。

 

「ぐぬぬ、羨ましい……」

 

 はぁ……全部聞こえてますけど……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。