FE転生 レフカンディの侯子 作:レフカンディのエテ侯
「鳥か。私が思い当たるのは、恐るべき竜に立ち向かわんとする、気高く美しい鳥が一羽あるばかりだが」
鳥籠の主は自らの飼い鳥を慈しむように賛美した。
ああ。これはもうデキてますね。
「まさしくその鳥の話です。ジークさん」
「不躾だな」
一転、厭わしげに断じる。
「私が保護する鳥が欲しいと言う。それが何を意味するのか分かっているのか。事と次第によっては、子供の戯れと捨て置くわけにはいかなくなるぞ」
彼の警告は正当なものだ。
ボク自身、むちゃくちゃ都合の良いことを言っている自覚はある。
言い変えると、ほぼ完全な勝利を決めた侵略者に対して「アナタたちに反攻するための旗印を返却してくれ」となる。
ボクが彼に要求しているのはそういうことだ。
単純な人質返却の交渉とは訳が違う。
マトモに考えればこんな取引は成立するわけがない。
でもそれはマトモな人間が相手ならだ。
このカミュという男。クール系と思わせてその実パッション系のアイドルである。わりと感情と勢いで生きている。
国に殉じた悲劇の武将というイメージが強いが、その行動をつぶさに眺めると、必ずしも祖国に忠実な男ではない。強いて言えば『理想』に忠実な男だ。
だからメディウスの命令に公然と歯向かったりする。
グルニアの将軍が、同盟国たるドルーアの意向に反して敵国アカネイアの王女を匿うことが、自身ひいては祖国の政治的な失点となることくらい頭では理解していたはずだ。
その上でなお自分の意志を優先した。
そういう人間だ。
彼個人の騎士道に叶うならば、この取引に乗ってくる。
会談の要請に応じたのが証拠だ。この時点でカミュ本人も条件が折り合えばニーナを引き渡して構わないと考えている。事実、原作でも守り切れぬと見るや、オレルアンのハーディンに放り投げている。
まずニーナ王女の黒騎士カミュへの慕情についてだけど。
二人が接触してしまった時点でもう手遅れだとして考えるのが無難だ。
アカネイア戦記の描写を信じる限り、二人の出会いはパレスが陥落した日に遡る。
王宮の一室に立て籠もり、名誉ある自死を決意していた王女をカミュが説得したのだ。
その時に、カミュから父親を含むアカネイア王族の為政者としての不適格を指弾され、また王族としての責務から逃げて死を選ぶことの甘えを糾弾された。
あるいは怒りによって奮い立たせようとしたのかもしれない。
それによってニーナは最後の王族として苦しくとも生き延び、いつの日かドルーアを討ち滅ぼし、アカネイアを復興することを誓った。
ボア司祭を見ても分かるが、側近たちは彼らなりに『王女』を愛している。だが、ニーナ個人は見えていない。善かれと思ってお膳立てを整え、為にならないことはやんわりと遠ざけ、否定する。
優しい虐待に包まれて育ってきた王女ニーナにとって、悪いことは悪い、善いことは善いと等身大の自分を見てくれたカミュはさぞかし魅力的に映ったことだろう。
それはマルス王子にもハーディンにも出来なかったことだ。
いわゆるストックホルムなシンドロームも多分に含まれてそうではあるのだけれど、常々感じていた王族の怠慢とそれに対して何もできない自分の無力さと罪悪感、それを正面から叱咤して、否定と言う形で肯定してくれた初めての男性だった。
それからカミュの庇護の下でニーナは二年を過ごした。
憎しみに凍てついた心が融け、愛を育むには十分な期間だった。
そして命を懸けての逃避行。
追い縋るドルーアの軍勢を、カミュと麾下の三騎士たちは獅子奮迅の戦いで塞き止め、ニーナがオレルアンに脱出する時間を稼いだ。
劇的な出会いと劇的な離別。
カミュという男が強烈な印象をニーナの心に刻み込んだのは疑いない。
それはハーディンにとっても劇的な出会いだったかもしれない。この王女を助け、ドルーアを討ち滅ぼし、アカネイアを再興することこそ己が天命と信じた。
この世界では戦争の流れ自体が異なっているので、同じことが起きるとは言い切れないのだが、希望的観測は持つべきじゃない。
逆に、絶対にニーナがカミュを愛し続けると決めつけるのも問題だ。
記憶と感情は過去に遡って捏造されるものなので、出会った時から惹かれていたというのが事実なのか、永遠に愛し続けると誓った結果出力された欺瞞なのかは分からない。
そして、それはどちらでも同じことである。人間にとってはその時思い出せる記憶と感情が全てだ。
熱愛の末に結ばれたカップルが、破局するのはありふれた出来事である。
そして一度醒めると、素晴らしかった思い出にも粗が見えてくる。カミュは結局国を優先し、共に逃げることを、つまりニーナを選ばなかった。そしてカミュとの間には一族の仇という特大の爆弾も控えている。
そこまでは行かなくとも、時間という万能薬は、カミュとの悲恋も思い出に変えてくれた可能性が高い。
本当ならばニーナもハーディンもどちらも抑制的な性格の持ち主である。恋は芽生えなかったとしても、お互いを支え合える素晴らしい関係を築けたであろうことは想像に難くない。二人の不幸は、あまりにも性急に事態の解決を図ったことにある。
「そうですね。もしも窮鳥を懐に入れた猟師が、そのまま鳥を妻として、鳥の国の王様になる気があったのなら、ボクもその鳥を譲ってくれだなんて野暮なことは言わなかったんですが」
お前にそこまでする覚悟はあるかと追及する。
「聞かなかったことにしておこう」
まあそう返されるとは思ってた。
彼の不幸はその気質が王者であるのに、自身の生き方を騎士と規定してしまったことだろう。
もしもカミュに不忠無道の誹りを受けても王に成る覚悟があれば、ニーナを妻として、パレスの地に新しい王朝を開く道もあった。部下たちもついてきただろう。
遠征軍の将軍が現地で自立するのは地球の歴史でもまま見られた現象だ。
能力も機会もあった。ただ意志だけがなかった。
「残念です」
本当に彼がパレス王として立つのなら、レフカンディとタリスは承認する用意があった。
当たり前だが、こんな大事を独断専行でやらかす度胸はボクにはない。
祖父レフカンディ侯、岳父モスティン王、その他ワーレン在住のペンフレンドの皆さんの合作である。ボクがやったことはカミュがニーナを匿っている可能性を示唆しただけだ。実際に密偵を放ち、場所を突き止めたのも彼らである。
モスティン王の手はそこまで長くはないが、王女を引き受ける度量を見せた。
メディウスを皇帝として戴くくらいならという消極的な理由だが、実際に検討もされ、本人にその気があるのならばという条件で合意を見た。王女アルテミスの故事に倣い、聖王の血統はニーナを通じて引き継げば良いという判断だ。
オレルアンの王とアリティアの王妃も積極的にではないにせよ、事が成れば認める旨の内諾を出していた。
けれど、案の定、その計画は潰えた。
「でしたら、やはり是が非でもお譲りいただかないことには始まりません。あたら死なせるわけにはいきませんから」
今のままではニーナは死ぬぞと伝える。
すでにメディウスからの引き渡しの命令が何度も届いていることは突き止めている。原作ではそこから二年近く引き延ばしたカミュだが、当事者からすればいつメディウスが痺れを切らすか分からない綱渡りの毎日だろう。
「だが私の見る所。マーク。貴公らには彼の鳥を充分に守り育てる力は無いように見えるのだが」
当然の懸念を呈するジーク。
彼からすれば、何の実績もない貴族の子倅が何を思い上がったことを言っているのかと失笑を通り越して怒りすら覚えても不思議はない。貴方よりも自分の方がニーナ王女を守れると言っているも同然なのだから。
現実問題としてタリス王国に王女ニーナを匿う力はない。
原作でのマルス王子が無事だったのは、タリスに居ることがそもそも知られていなかったからに過ぎない。
ニーナの場合はそうはいかない。遠からず露見するだろう。そしてそれを守り抜くのはタリス単独では不可能と見て良い。特に飛竜と天馬から成るマケドニアの白騎士団や竜騎士団が投入されれば、ひとたまりもない。
空からの攻撃には海の守りも機能しない。
「仰る通りです。単独では不可能でしょう」
「つまり単独ではないと?」
疑念の声。
「実はもう一人お招きしたお客様がいるのです」
屋敷の本物の主人が一人の女性を案内してくる。
赤い髪の女性だ。
「マケドニア王女ミネルバだ。我が兄ミシェイルの名代として参上した。カミュ将軍とはパレス攻めでの一別以来だな」
そして彼女は大音声で宣った。
沈黙が落ちた。
「私は何かやってしまっただろうか」
「いえ。真っ直ぐな方だなと。あと少々自分を恥じておりました」
まさか本名を名乗るとは思わなかった。お互いに本名を知らんふりで、偽名でやりあってたボクたちがイタい奴に思えてきた。
「くくくっははははっ!」
カミュも思わずと言った様子で笑い出した。毒気を抜かれた様子。
「そうだな。あらためて名乗ろう。グルニア黒騎士団団長カミュだ」
「えぇー。あー。これボクも名乗る流れですよね?」
「そうなんじゃないか?」
「む。貴公とは少し前に打ち合わせたばかりだが」
そういうことじゃないんですよ。脳筋王女。
「お二人と比べると、なんとも宙ぶらりんな立場で恐縮なのですが、レフカンディ侯の一族でタリス王女の婚約者です。名前はディオメデス。ディオと呼んでください」
ディオメデス
ギリシア神話の英雄の一人。『イリアス』ではギリシア勢として参加し、アテナ(ミネルヴァ)の助けを得てアレス(マルス)に手傷を負わせて退散させた。
もちろん。マルス王子もミネルバ王女も名前の元ネタとは全然違う性格と境遇なように、主人公も名前の元ネタと同じ末路を辿るわけではありませんが。
と言うか、『新』の世界だとミネルバとは別にずばり「アテナ」って名前のキャラがいるんですよね。