FE転生 レフカンディの侯子 作:レフカンディのエテ侯
少し時計の針を巻き戻そう。
ああ。この表現もこの世界では通じないんだよなあ。機械式の時計がないので。こういう所でちょくちょく元の世界を思い出してしまってダメージを受けるんだ。まあ良いや。話を戻そう。
ボクがタリスに行くと言い出した時の話だ。
家中、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
想像してみて欲しい。日本の東京で生まれ育った小学生(低学年)が、突然、南極に行ってそこでペンギンと暮らすんだと言い出したような物である。発展途上国ですらない。それくらいタリス島は秘境と思われている。
祖父には散々反対されたが、説き伏せる成算はあった。
と言うのもボクの存在がお家騒動の種だったからだ。
母が末っ子であることは以前に語った。その息子であるボクも継承からは遠い存在である。順当に行けば母の長兄、祖父の嫡男である伯父へとレフカンディ家の家督は引き継がれる事になる。
当然のことだ。しかし、そうは考えなかった者もいる。
現当主カルタスが見せる末姫とその息子への度を越した寵愛が一門内の非主流派に誤った希望を抱かせた。ボクを担ぎ上げて実権を得ようと画策する者たちが現れた。
まさかレフカンディのお家騒動の原因が自分だとは思いも寄らなかったな。もっとも、ボクも母もゲーム中には一切登場しないので、事実この通りなのか、ボクたちがいなくても別の名目で起きていたのかは定かではない。
まあ、後者だとは思うが、都合が良いので利用させてもらった。
「お爺様と離れて暮らすのは心細く寂しいですが、このままではボクの存在がお家を割ることになってしまいます。お爺様やお婆様、母様の身に何かあったらと思うと、我が身が引き裂かれてしまいそうです。王都を、いいえ王国を離れることをお許しください」
涙ながらに訴えかける。なんていじらしい子供だろうか。
気分は悲劇俳優である。それとも喜劇だろうか。
警戒しているのが伯父とその派閥の暴走ではなく、ドルーア帝国とグルニアの黒騎士カミュ将軍だという違いこそあるが、家族の身を案じる気持ち自体は嘘ではないので、我ながら真に迫った物だったと思う。
実際、この行動によってお家騒動が沈静化し、レフカンディ家の領軍が対帝国戦に専念できるようにならないかと期待する気持ちもあった。
祖父もこのままではまずいと考えてはいたのだろう。
最後には渋々とではあったが受け入れた。
てこずったのは母の説得である。
「どうしてアナタがそんなテニスとかいうよく分からない人外魔境の辺土に送られなければならないの」
「タリスです。母様」
「どっちでもいいわよ。化外の蛮地の名前なんて」
心の底から理解できないという表情で言われた。今生の別れとなってもおかしくないのだから、母の言い分が全面的に正しい。ボクだって前の人生で幼い子供が家の都合でそんな目に合えば憤って児童相談所に通報しただろう。
「悪いのは一部の不心得な家臣どもでしょう。お父様とお兄様に叱っていただきましょう」
それで済んだらお家騒動は起きないんですよ母様。蝶よ花よとこの世の悪意から隔離されて育てられた彼女には、下剋上や骨肉の争いという概念が欠如していた。
祖父と同じ理屈で言いくるめるのは不可能。
それなら手口を変えるまでだ。
「母様、本当はボク、アドラ1世に従って国土を平定した御先祖様や、神剣を求めて試練に挑んだ勇者アンリのような冒険がしてみたいんです」
「あら。そうなの」
「はいっ! そうなんです。えへへ。お爺様には秘密ですよ」
「あらあら。まあまあ」
まだまだ子供ねと言いたげな視線を向けられる。
そうともボクは英雄に憧れる男の子。
羞恥心は投げ捨てる物。子供の武器を活用することに躊躇いはないぞ。
「知っていますか母様。タリスという島はほんの二十年前まで蛮族たちが群雄割拠する未開の土地だったって」
「そうなの? なんて野蛮なのかしら」
母は震えあがった。彼女の頭の中では食人部族が闊歩する禍々しい空想のタリス島が描出されているに違いない。きっとますますもって行かせられないと思っているだろう。
「二十年前まではです。とある部族にモスティンという若者が現れて、またたく内に乱れた島を統一して、今の平和なタリス王国を築き上げたのです。どうですか、規模こそ違えどまるでアドラ王のようではありませんか」
「そう言われると。なんだか凄く思えて来るわねえ」
よしっ! 夢見がちな彼女にはこの手が効くと思ったんだ。
「でも、それとこれとは話が別じゃないかしら」
さすがに誤魔化されてはくれなかったかあ。でも最初の取り付く島もない状況からは軟化した。
「ボクはそんな現代を生ける英雄たるモスティン王にお会いしてみたいのです」
問答の末、移住の条件として、母もついてくることになった。
これを認めるか否かでまたしても祖父と母の間ですったもんだとあったのだが、最終的に、祖父が折れたとだけ言っておく。
タリスに向かう許しは得たが、では今から出発しますねとは行かない。
事前に使者を派遣して、お互いに長々とした美辞麗句を交えた書簡の遣り取りを繰り返した後、ようやく動き出せる。
まずアカネイアの貴族がいきなり三桁からなる騎士や兵士、使用人の一団を引き連れて島に上陸したら、侵略に来たと勘違いされかねない。
「タリス攻めかあ。正直、可能っちゃ可能そうなんだよなあ」
あの規模の海賊団にあわや占領されかけた国だ。その気になればボクら母子に付けられる護衛の戦力だけで容易に平らげられる。無血開城すら可能かもしれない。
レフカンディ家の侯子という立場から見ればそれも悪くはないのだが、マルス王子の好感度を稼ぐという第一義からすると、やる意味がどこにもない。
なにより貴族と言う生き物は格式を食べて生きている。一にも二にも作法が全てだ。どれほど内心で蛮族と見下していようとも、外交プロトコルを疎かには出来ない。
また現地で滞在する屋敷をどうするかも重要だ。カルタスは馬小屋に娘と孫を住まわせたと噂されようものなら、そのダメージは計り知れない。
なぜなら政敵たる他の五大貴族に隙を見せることになるからだ。王家もまた常に諸侯に掣肘を加えんと目論んでいる。
伝令の天馬騎士が王都パレスとタリスを幾度も往復した。
タリスはどんな土地だったかと尋ねれば、揃って苦笑を浮かべながら、とんでもない田舎でしたと返してくる。その割に嘲る風でもないので重ねて尋ねると、住民の性情は温和で善人揃いだとまた皆揃って称賛した。
「特に王女のシーダ姫は素晴らしい方でした。いまだ幼くていらっしゃいますが、聡明かつ真っ直ぐな御気性の持ち主で誰からも愛される姫君です。また大変に筋がお宜しい。長じれば大陸有数の天馬騎士と成られるでしょう」
使節団の長を務めた騎士が口を極めて褒め称える。
天馬騎士はエリート兵科であり、本人たちも貴族とそれに準じる身分の出自である。貴婦人令嬢は見慣れた彼女らが、すっかり篭絡され切っている。
戦慄を禁じえなかった。これが魔性の人誑し、ヘッドハンター・シーダの実力か。
同時にこれなら上手くやっていけそうだなと安心した。彼女はタリスにおけるレフカンディ家の騎士隊の隊長職が内定している。現地民を侮って騒動を起こすことはないだろう。
半年ほどの準備期間を置いて、ついに出立の日がやって来た。
荷造りなどはすべて家臣がやってくれるので心構え以外はやることがなかった。
しいてやったことを挙げるなら、目に焼き付けるために屋敷中を何度も歩き回ったくらい。あと画家に屋敷の絵を描かせたか。
英雄戦争が終わって、大手を振ってパレスに帰れるようになったとしても、この屋敷は失われているかもしれない。よしんば残っていたとしても、祖父亡き後、ボクたち親子がこの屋敷に迎えられることは恐らくない。
手持無沙汰ゆえか益体もないことが泡沫のように浮かんでくる。少し感傷的になっている。やはり慣れ親しんだ屋敷から離れるのは覚悟していても心寂しく思われるなあ。
対照的に母は意外なほど気にしていないように見えた。今も見送りに来た姉妹たちと楽しそうに話し込んでいる。伯母たちの顔に一抹の後ろめたさと安堵がないまぜになった表情が浮かんでいると感じるのは穿ち過ぎだろうか。
そうするうちに祖父が部屋に入って来た。
我が家に仕える賢者の老爺を従えている。杖魔法の達人でボクの教育係の一人でもあった。今回ボクたちは彼が振るう杖を使って移動する。
ワープの杖。
対象を好きな場所へ瞬間移動させる魔法の籠められた杖だ。『暗黒竜と光の剣』および『紋章の謎』では射程は無制限だったが、後のシリーズでは使用者の魔力の半分までとされた。
これはたぶんだけど、後の作品でも弱体化されたのではなく、この時代の戦争が小規模なために、発動に足る最低限の魔力があれば、戦場のどこにでも送り込めるということなんだろう。
その証拠にこの世界でも、転移距離は使用者の魔力に比例するらしい。
なのでパレスからタリスまで一回の魔法で移動するのは不可能である。そこでどうするか。駅伝のようにワープを繋いで移動する。すでに杖の使い手たちがそれぞれ所定の位置に配備されているらしい。なんていう贅沢な使い方だろうか。ワープの杖を何本も用意できるレフカンディ家の財力には改めて驚かされた。
アリティア軍なんて全編通して二本か三本しか手に入れられなかったぞ。
「騎士団を動員するよりは安くつく。それに大軍勢の武装した者たちに領内をうろつかれてはサムスーフ侯も良い気はすまい」
なるほど。その視点は欠けていたな。祖父の説明に納得する。
王国の北部。レフカンディとタリスとの間にはサムスーフ侯の領地が広がっている。
母とボク、小間使いの使用人、そしてそれらを守る護衛の騎士たち。輜重隊も随行する。山賊の禍が猖獗を極めるサムスーフの悪魔の山を安全に通行できる規模の兵を動員するのは、ほとんど戦争を起こすも同然か。
実のところボクはパレス生まれのパレス育ちで、侯爵家の本領であるレフカンディ侯国には行ったことがない。この機会に一度見てみたかったのだが、そういうことならば仕方がないだろう。
「では行きますぞ。転移はほんの瞬きの間に済みまする。お気を楽にしてくだされ」
賢者が杖を掲げて祈念する。
本当に「あっ」と言う間もないくらい呆気ない現象だった。
杖を持った中年のシスターに声を掛けられたことで転移の完了に気づいた。
これが転移か。酔い的な物もない。
そしてまたワープを繰り返し飛んで行く。
何度目かの転移の後、天馬騎士たちが整列して待ち構える海岸へと到着した。ここから先は彼女たちの出番である。
十を超える天馬騎士が協同して運ぶ空飛ぶ輿に載って海を越えた。