FE転生 レフカンディの侯子   作:レフカンディのエテ侯

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商館と商人

「我が国、我が王宮にそのような費えはない」

 

 モスティン王はそう言った。

 予想された回答ではある。問題がなければ新参のボクが言うまでもなく存在している。

 もちろんタリス王家が明日の食事にも事欠く困窮した生活を送っているわけではない。

 島民の暮らし向きも穏やかで、アカネイアの一般的な庶民たちよりも良い暮らしをしている。時折襲い来る蛮族や海賊たちの脅威はあるが、それにしたところで、アカネイアの農村や漁村も常に賊の危険に晒されている。

 ただし、同時にそれは騎士団に相当する常設の軍隊が存在しないからで、タリス全島をまともに防衛できる規模で組織しようとすると、今の生活環境は維持できないだろうとも試算されている。

 装備や糧食に掛かる費用も膨大だが、単純に働き手が減るので生産される富が減る。

 タリスの王府としては、騎士団の設置など到底許容できない話だ。

 

 もっとも。実際の所、ボクには比較対象への体験的な知識が伴っていないので、全て家臣からの伝聞の域を出ないのだけれど。

 王都パレスでは箱入りの生活をしていたので、アカネイア王国における庶民や奴隷階級の生活に関しては無知も良い所なのだ。

 いずれ王位に就くことになる主人に対して、アナタの未来の領民たちは幸せですよとゴマをすっている可能性は捨てきれないが、そこまで疑っていてはキリがない。

 

「侯子が裕福なのは存じておるが、さりとて騎士団を維持できるほどではあるまい。違うかね」

 

 その通りだ。傭兵を集めて一戦二戦するくらいならば何の問題もない。一年でもまあ行けるだろう。だが、ではそれを五年十年維持できるかと問われれば答えは否だ。

 

「また其方であれば承知おきの事かとは思うが、儂は王と呼ばれてこそおるが、その実は島内諸部族の族長たちの代表者でしかない」

 

 知っている。

 モスティン王は港町を押さえる島内最有力部族の族長ではあるが、その勢力は他に隔絶するものではなかった。二位と三位が手を組めば、あるいは中堅諸部族の幾つかがそっぽを向けば、その場で瓦解するような薄氷の王権だ。

 何なら一部の豪族たちはボクのこともレフカンディ族の族長くらいに認識している節がある。

 王が外に婿を求めたのも、王権を強化し、シーダの産む子に滑らかに王位を継承させるのが目的だろう。それが原作ではアリティアのマルス王子で、現世ではレフカンディのボクだったのだ。

 

「王の名の下に騎士団をあるいは国軍を建軍する旨布告したとしよう。諸族はこう考えるであろうな。『王は武力をもって我らを支配する気だ』とな。よしんば認めたとしても、戦士を送ってくることはあるまい。彼らも集落を守らねばならない」

 

 タリス王国を守るために戦士を差し出して、それで手薄になった所を襲われて、部族を滅ぼしては元も子もないという話。それで集まった戦士たちも忠誠心の矢印は出身部族に向いているだろう。

 これもまた真っ当な話である。

 アカネイア王国でも同じだ。レフカンディの騎士団はレフカンディ侯爵を主君とする騎士たちの集まりである。主君の主君は主君ではないのだ。

 

 以上がモスティン王が述べるタリス騎士団が実現不可能な主たる理由である。

 金銭面と豪族――即ち他国における領主層、騎士団の構成員たるべき当人たちの反発。

 ここまでは現状の確認である。

 ここからがプレゼンの時間だ。

 

「先日召し抱えた男が面白いことを聞かせてくれました。北の蛮族に連れ去られ、彼の地にて奴隷として過ごしていた男です」

「ふむ?」

「どうも北方の蛮族。いえ北の民たちと申しましょう。なんでも中原の戦乱に難儀をしているのだそうです」

 

 

 

 

「あれがその『商館』と言う物なのですか」

「うん。蛮族――北の民の居留地と交易所をまとめたものだよ」

 

 王との会談から一月ほど経過したある日、ボクはシーダを誘って建設現場の視察に訪れていた。我ながらなんとも無粋なデートスポットだなとは思った。

 王女として見ておいて欲しいと思ったのだ。幸いにシーダは、彼女の父親が領するとある港町の一角に現れた、見慣れぬ施設を興味深そうに見学していた。

 ただ現時点では見るべきものはそれほどない。

 簡素なものである。北方民族の船が停泊できる船着き場と倉庫、交易所を兼ねる宿泊施設。それだけだ。

 

「壁で囲まれているのですね」

「お互いの安全のことを考えるとどうしてもね」

 

 商館と港町は区切っておく必要がある。

 今はまだ木の柵と麦藁で編んだ土嚢を並べただけだが、順次石壁に入れ替えられて行く予定である。

 

 壁の中に築かれた外国人居留地と一体となった商業施設。

 これ自体はなんら目新しいアイディアではない。この世界にも普通に存在している。オレルアン王国では絹馬貿易に類似した異民族との取引が行われているそうだし、外の大陸に開かれたワーレンの港町には多種多様な人種の人間が暮らしている。

 

 従前、北方民族たちは川を利用してアカネイアの内陸まで交易にやって来ていた。毛織物や毛皮、生薬や香木、装飾品などを船に積み込み、王都パレスの城下町ノルダや大陸最大の貿易港ワーレンまで運んでは、そこで必要な物と交換して帰って行く。

 

 それが中原で激化する戦争の影響で交易に出られなくなった。

 農作業をさせる奴隷は必要なので、サムスーフやタリスには変わらず人狩りに来るが、ドルーアとアカネイアとがぶつかり合う地域へは危なくてとても近づけない。

 そう主人たちが愚痴っていたとゴメスが言っていた。そして人を派遣して探らせるとどうやら事実であることが分かった。

 戦争の開始以来ワーレンを訪れる北方民族がほぼほぼ消滅してしまった。

 

 北方の民たちはワーレンまでの海上航路を持たず、ワーレン商人が大船を走らせるのは割に合わない。

 

「あっ! 分かりました。北方とワーレン、二つの間にタリスがあるのですね」

「正解! ちょうど好い場所にタリス島があるんだ」

 

 北の産物の集積地。つまり中継貿易だ。

 皮算用だが、一度軌道に乗ればこのルートは戦争が終結しても維持される見込みが高い。主としてワーレンの側の希望で。

 北方の民たちは家族や集落単位で『交易』に出かける。つまり纏まった量が入ってこなかった。そこに集積地を噛ます意義は大きい。蛮族の側から見ても行き帰りの時間が短縮されるのは魅力的だろう。

 

「さて、そろそろ行こうか。押しかけてきておいて勝手な言い草だけど、あまり工事現場に長居するものじゃないからね」

 

 怪我したら嫌だし、なにより王女と侯子に怪我をさせたら、作業員たちの首が飛ぶ。最悪物理的に。理不尽だとは思うがそうなのだ。

 

「おや。あれは」

 

 まだ扉のはまっていない居留地の門から外に出る。

 するとそこに面識のある人物の姿があった。美人だが胡散臭い雰囲気のある黒髪の異民族。

 相手も気づいたようで、近づいてくると、商人が貴人と対面する際の作法に叶った礼をする。

 ベリーダンサーあるいは『くるみ割り人形』のアラビアの踊りの演者が着る衣装のような服を着て、頭からベールあるいはチャドルめいた薄衣を(かず)いた異国情緒に溢れる姿は、タリスの辺鄙な港町からは著しく浮いていた。

 

「やあ。ララベル。キミが一番乗りだ。耳が早いと感心すべきか、気が早いと呆れるべきか。迷ってしまうね」

「小身の自分が大店の旦那様方にも勝れる唯一の武器が、この機敏さであると自負しております。それに侯子様のなさること。必ずや上手く行く物と確信しております」

 

 フットワーク軽いなあ。それに追従と圧力を同時に掛けて来る面の皮の厚さよ。キミ、いつもはもっと雑な口調してるでしょ。

 

「シーダ。紹介するよ。彼女の名前はララベル。ワーレン商人だ」

 

 二人を引き合わせる。

 同時にボクがかつて抱いた疑問を質問した蛮族出身の商人その人でもある。ただし、いわゆる北の蛮族とはまた別の出自であるらしい。たしかカダインにほど近い砂漠の出だったかな。

 元々、パレス時代からの母気に入りの出入り商人だったのだが、レフカンディの王都本邸からタリスに居を移した後も、律儀に御機嫌伺いに顔を出す。

 

「こんにちは。ララベルさん」

「はじめて御目文字いたします。侯子の許嫁であられるシーダ王女様でいらっしゃいますね。ララベルでございます。御紹介に与りましたようにワーレンで小さな商いをさせていただいております」




ララベル
シリーズ伝統の女道具屋。アンナさんほどシリーズの顔はしてない。

今回、当初は前半の会話相手はタリス王、後半はゴメスだったんですが
あまりにも華がないので、シーダとララベルを登場させる方向で書き換えました

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