この数日、呑み処あかねでのナナマチの仕事は慣れないながらも、こなしていった。
常連との会話から料理の提供、配膳や後片付けなどと芳乃の指導の下で行っていくが、元特殊部隊として異世界の情報はあれど、実際にこのような準備などしたことがなかったので、戸惑うこともあった。
「しかし、随分とかわいい子を見つけてきたもんだねえ。ママさんの娘かい?」
常連客はナナマチの様子を見た後、芳乃に声をかける。
「若い頃のアタシにそっくりなくらい、綺麗な子だけど、違うね。
ウチのバカ明が連れてきた子だよ、隅に置けないと思えないかい?
明ァ!ナナに変な真似したら、許さないからね!」
「しねえよ!?女将さん!?」
奥の方で明が掃除をしていると、飛んできた檄に困った顔を出しながら、芳乃へと言い返す。
そんな親子らしいやり取りがこの店の名物でもあり、常連客達へと明もまた明るく笑って挨拶していく。
食事を作り、配膳する。
客と会話し、触れ合う。
ただ食事を運ぶだけでなく、繋がりを作る時間はヤドリギではありえなかった。
ナナマチたちの特殊部隊の仕事とは、あくまで征服するための事前調査にすぎない。
芳乃に着物を着付けしてもらい、その上に割烹着を身につけた姿。
ピカピカに磨き上げられたシンクは明の掃除の努力による賜物でナナマチの姿を映し出す。
着たことがない綺麗な服、味気ない特殊部隊の装備とは違う服。
「明くんはナナちゃんのような子と同じ屋根の下なんだろ?羨ましいねえ。
ちゃんと言ったのかい?」
「何のことですか?」
「似合ってる、とかさ」
明が空いた食器を下げていると、中年の常連客に小突かれる。
頭を上げると、明とナナマチの目が合う。
上から下と身長差的にはさほど変わらないくらいのナナマチと明。
「ナナちゃん、すごい綺麗。
似合ってるぜ!」
「あ、ありがとう。明殿」
先に口を開いたのは食器を抱えた明の方だった。
ナナマチは明の率直な感想に胸の奥から湧き上がってくる感情を不思議に思いながらも、照れ臭そうに礼を言う。
「良いってことよ」
「若いっていいねえ」
明の明るい返しに常連客達は若いっていいねえ、と笑い声が飛ぶ。
そんなやりとりの最中、明は耳を芳乃に引っ張られる。
「店の時間に女口説いていいとは教えてないけどねえ?小遣い、減らされたいのかい!?」
「カットはマジ勘弁!ナナちゃん、皿洗い!」
「承った。明殿」
抱えていた食器をナナマチに差し出し、ナナマチが受け取ろうとすれば、芳乃の妨害が入る。
「ナナは皿洗いじゃないんだよ!頼むなら、しっかり頼みな!アンタもやるんだよ!」
「わ、わかったよ……」
芳乃の怒号にすっかり拗ねてしまった明がカウンターの中に入り、流しに食器を置き、ナナマチと横並びになって皿洗いを始める。
明の食器をナナマチが取ろうとすれば、明は人差し指を振る。
「まぁ、これは俺がやらなくちゃな」
「そうまで言うなら、明殿に任せる」
明るい笑みを浮かべたままの明に思わず、ナナマチも笑顔が漏れる。
「明くんとナナちゃん、ママさんと家族みたいだねえ」
「バカ息子とおとなしい娘、おっかない母親ってことかい?明、アンタはどう思う?」
一連のやり取りに常連客の一人の派手な装いの中年女性が少しあからんだ顔で言うと、芳乃は豪快に笑い飛ばす。
先ほどまであれだけ明るかった明は自分とナナマチと芳乃を含め、家族とまとめられれば、静かになったようだった。
当の女性客は明が気分を悪くしたように思い、ごめんなさいねえと謝ると、明は静かな笑みを浮かべて返した。
「女将さんが本当の母親なんて、勘弁ですよ。
おっかねえや」
いつものような憎まれ口を叩くも、心底そうであってほしいと言うような口調や表情でいうものだから、芳乃は怒るに怒れず、常連客たちも静かになってしまった。
「明、ナナ。
裏でまかない食べてきな」
「ありがとう、女将さん。
行こう、ナナちゃん」
皿洗いを済ませ、芳乃が奥を示すと、明が向かっていく後ろにナナマチもついていった。
「ごめんよ、ママさん。
私にも悪気があったわけじゃなくて……」
「わかるよ、大丈夫。
あの子、馬鹿なようでいて聡いから。
アタシとしては、本当に母親のように呼んで欲しかったりもするんだけどね?
ほら、あの子がいると明るくなれるから。
だから、アタシは明ってつけたんだけどね」
中年女性の常連客の謝罪には、謝るなら店にたくさん来なよと笑いながらモツの煮込みの小鉢を出す。
居酒屋である、呑み処あかねの名物の一つであり、それが出てくると自分も自分もと客が注文する。
「はいはい。
……全く、ウチの子は本当に」
仕方なさそうに笑う芳乃の笑顔は明にそっくりだった。
「随分と、こちらの暮らしに順応しているようですね?ナナマチ」
店じまい中、芳乃に頼まれたゴミをナナマチが捨てに行っていると、声をかける人物がいる。
ナナマチを追っているダダルキだった。
周囲にはダダルキが従える自動人形、ポーンジョーの姿もある。
店が近くにある以上、ここでは戦えない。
ナナマチは自分の中に戦えない選択肢が生まれていたことに気づくと、自動人形に拘束されてしまう。
「弱くなりましたね、ナナマチ。
かつての貴女なら、そんなヘマはしなかったでしょうに。
裏切者には処刑を、あるいは貴女が望むなら、私の手となり、足となることを許しますが……」
拘束されたナナマチの肩、胸、太ももをねっとりした手つきでダダルキが撫で……る前、そのダダルキを背後から殴りつける音がする。
「私たちの問題です、邪魔をしないでいただきたいのですが?」
「着物美人が誘拐されそうになってんのにか?」
明は炎を纏い、ブレイズマンに変異する。
そのまま、ファイティングポーズをとり、一際強く炎は勢いを増す。
「当店はお触り厳禁、出入り禁止にさせていただきますってな!」