ノートの上に、明の字でびっしりと書き込まれた文字が並んでいた。
鈴鹿の行動パターン、御門の弱点らしきもの(蠱毒の呪いが絡むらしいが、詳細不明)、幸太郎の変身条件——「怒りや絶望がトリガー」。
二人は夜通し話し合い、雨音をBGMに作戦を練った。
明の提案はシンプルだった。
「俺が囮になって御門を引きつける。お前は変身せずに、影から鈴鹿さんを連れ出す」。
幸太郎は最初、猛反対した。
明を危険に晒すなんてありえない。
でも、明の目が本気だった。
いつもの馬鹿っぽい笑顔の下に、揺るがない決意が見えた。
「お前が変身したら、姉ちゃんが怖がるだろ? それじゃ意味ねぇよ。約束だぜ、幸太郎。絶対に変身すんな。俺を信じろ」。
幸太郎は唇を噛んで、ようやく頷いた。
「わかった。変身しねぇ。でも、もしお前がヤバくなったら、約束破るからな」
「それでいいよ」と明は笑った。
「じゃあ、場所は? 御門のアジト、わかるか?」
「十邸だ。あいつらの古い屋敷。鈴鹿が昔、言ってた。街外れの山の中、呪いの家系の拠点だって」
「十邸か。調べるわ」
と明はスマホで地図を検索した。
雨は朝方には止み、曇天の下、二人は明の原付で出発した。
幸太郎は後ろに乗り、風を切る感触に、少しだけ胸のざわつきを抑え込んだ。
十邸は、街から車で1時間ほどの山道の奥にあった。
古い日本家屋で、周囲を竹林が囲み、まるで時代劇のセットみたいだ。
でも、空気は重い。幸太郎の肌がピリピリする——呪いの気配。
門の前に着くと、明が先に降りてインターホンを押した。
「あの、御門さんいらっしゃいますか? 幸太郎の友達の明っていいます。話があって来たんですけど」。
中から、静かな足音が近づいてきた。扉が開き、鈴鹿が現れた。
幸太郎の姉は、いつもの穏やかな笑顔を浮かべている。でも、目が少し虚ろだ。
「明くん……? どうしてここに?」
「鈴鹿の姉ちゃん。久しぶり。幸太郎のことで、相談があって。御門さんに会わせてもらえませんか?」
と明は自然に振る舞う。
幸太郎は竹林の影に隠れ、心臓の音を抑えていた。
変身したくても、約束だ。抑えろ。
鈴鹿は少し躊躇ったが、結局中へ案内した。
明が屋敷に入るのを確認すると、幸太郎は裏口から忍び込んだ。
廊下は暗く、畳の匂いが混じった湿った空気。奥の部屋から、声が聞こえてくる。
「幸太郎の友達か。面白いな。何の用だ?」
御門の声。低く、滑るような響き。蛟の化け物らしい、冷たい気配が漂う。
「えっと、幸太郎が心配で。昨夜、ボロボロになって俺ん家に来て……鈴鹿さんを諦めきれねぇみたいなんですよ。御門さん、鈴鹿さんを手放す気、ないですか?」
と明の声は震えていない。よくやった、と幸太郎は思う。
御門の笑い声が響く。
「手放す? 彼女は私のものだ。蠱毒の勝者として、当然の権利さ。幸太郎は負けたんだよ」
「でも、鈴鹿さん自身はどう思ってるんですか? 幸太郎の姉として、家族として……」
と明が食い下がる。幸太郎は部屋の襖の隙間から覗く。
御門は黒い着物姿で座り、鈴鹿は隣に控えている。
明は向かいに座り、必死に話を引き延ばしている。
「鈴鹿、君はどう思う? 弟の友達が、こんなに熱心だぞ」
御門が鈴鹿に目を向ける。
鈴鹿の表情が揺らぐ。
「幸太郎は、もう諦めて。私の選択よ」
でも、声に迷いがある。幸太郎は息を潜め、タイミングを待つ。明が目で合図を送ってきた——今だ。
「鈴鹿さん、本当にそれでいいんですか? 幸太郎、毎日泣いてるんですよ。あいつ、強がってるけど、姉ちゃんがいなきゃダメなんです」
明の言葉に、鈴鹿の目が潤む。
その瞬間、幸太郎は部屋に飛び込んだ。
「姉ちゃん!」
その瞬間、幸太郎は部屋に飛び込んだ。
鈴鹿が驚いて振り返る。
御門が立ち上がろうとするが、明が素早く御門の腕を掴む。
「待てよ、御門さん。まだ話は終わってねぇ!」
幸太郎は鈴鹿の手を引いて、裏口へ走る。
「来いよ、姉ちゃん! 少しだけでいい、話聞いてくれ!」
鈴鹿は抵抗しなかった。
いや、抵抗できなかったのかもしれない。
二人で竹林を抜け、原付のところまで逃げる。
後ろから、御門の怒声が聞こえた。
「逃がさんぞ!」
明が時間を稼いでくれている。
幸太郎は鈴鹿を抱えて原付に乗り、エンジンをかけた。
「姉ちゃん、ちょっとだけ……俺の側にいてくれ」
鈴鹿は黙って、幸太郎の背中に顔を埋めた。
雨の後の湿った風が、二人の頰を撫でる。
明は無事か? 変身しなくてよかったか? 疑問は尽きないが、今は、この一瞬が全てだった。
御門の怒声が、十邸の静かな空気を切り裂いた。
「逃がさんぞ!」
その声は、普段の滑らかな響きを失い、獣のような咆哮に変わっていた。
明は部屋の中央で立ち上がり、御門の前に体を張る。
幸太郎と鈴鹿が竹林を抜けて逃げる音が、遠くに聞こえる。
時間稼ぎは成功だ。でも、御門の目は血走り、頰が引きつっている。完全にキレてる。
「ふざけるな……あの女を、よくも!」
御門は歯を食いしばり、拳を握りしめる。
黒い着物の袖が震え、部屋の空気が重くなる。明は後ずさりながら、冷静を装う。
「待てよ、御門さん。鈴鹿さんは自分の意志で幸太郎と行ったんだ。強制じゃねぇだろ?」
「意志? ハッ!」
御門は嘲笑うように鼻を鳴らす。
「あの女は都合がいいんだよ。蠱毒の儀式で勝ち残った私に、忠実に従う。裏切らない、完璧な女だ。私の言う通りに動き、私の欲を満たす……それが彼女の役割さ!」
明は眉をひそめる。
御門の言葉は、愛情なんかじゃなかった。ただの所有欲。
鈴鹿を道具みたいに扱ってる。いや、もっと露骨だ——欲望の捌け口で、依存の対象に過ぎない。
御門の目を見ればわかる。
あの目は、もう正気を失ってる。
濁った瞳に、狂気が渦巻いている。
かつての御門は、幸太郎の優しい兄貴分だったんだろう。
鈴鹿の話から、そんなイメージがあった。
家族みたいに幸太郎を守ってたはずなのに、今は蠱毒の呪いに飲み込まれて、こんな怪物じみた姿に……。
「可哀想だな、御門さん。あんたも、呪いの犠牲者か」
明は呟き、白光に胸元が輝く。
「でも、幸太郎の約束を守るよ。変身は俺がする」
明の体が熱を帯びる。
明の全身を白い炎が包む。
「燃え上がれ!」
叫びとともに、明の姿が変わる。
ブレイズマンだ。
幸太郎の変身を封じた分、俺が戦う——それが作戦だ。
御門は笑う。
いや、哄笑だ。
「面白い……お前も生き残りか! なら、受けて立つ!」
御門の体が膨張し、黒い鱗が皮膚を覆う。目が細くなり、口が裂けるように広がる。蛟の化け物——長い体躯、鋭い爪、毒々しい息。部屋の畳が裂け、天井が揺れる。
「蠱毒の王たる私が、お前を潰す!」
蛟の尾が鞭のように明を狙う。
ブレイズマンは素早く避け、拳に白光の炎を纏う。
「来いよ、御門! 鈴鹿さんを自由にするためだ!」
二人の超人が激突する。
蛟の毒霧が部屋を満たし、ブレイズマンの炎がそれを焼き払う。
十邸の古い壁が崩れ、戦いの火蓋が切られた。
外では、幸太郎と鈴鹿が原付で街へ向かう。明の安否を祈りながら。