【完結】白光のブレイズマン   作:ふくつのこころ

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夢に巣食う蜘蛛
夢に巣食う蜘蛛:01


 藤本明の朝は早い。

 

 呑み処あかねと看板を掲げた3階建ての小さなビル、1階が明の保護者の小野寺芳乃(おのでらよしの)が経営する店で2階と3階が芳乃と明、そして住み込みで働いている一部従業員が住む居住スペースになっている。

 白髪交じりのショートカットの壮年女性、芳乃はかつてはスナックに勤めていたが、独立し、今はこのあかねの経営者だ。

 あかねとは、芳乃がかつて世話になっていた店における源氏名であり、その当時の苦労を忘れないという意味が込められている。

 

「しっかし、アンタもよく生きて帰ってこれたねぇ。というか、もう少ししっかりしなよ。女に騙されて閉鎖集落で古い因習の生贄にされたなんて今どき怪談話じゃないか」

 

「いや何回言うんだよ。掘り返すの好きすぎねぇ?」

 

 芳乃は朝帰りが多い。

 それでも、明が起きてくるところを見計らい、眠る前に登校前の明と一緒にリビングでテーブルをはさんで朝食をとるようにしているのは彼女曰く、保護者として当然の務めであるという。

 今のお気に入りの明のエピソードは久保高嶺に騙され、閉鎖集落で死にかかった話がお気に入りだった。

 

 明も能天気なほうだとそれなりに自覚はしているものの、この芳乃の反応はもう少し何かないのかと思ってしまう。

 自分の失敗談も笑い飛ばして次に行けるように、というのが芳乃の言葉で現にこれまでの多くの明のやらかしを芳乃は弄ってきたし、同様の返答を明は返す。

 小野寺家でもよく見られる光景なのだ。

 

 

「当り前じゃないか、明。言われたくなかったら、ちゃんとした子を連れてきな。そうだね、能天気なアンタのことをちゃんと見てくれる子がいいね。アタシみたいな女にしときな」

 

「アテがねぇんだよ。みーんな、幸太郎幸太郎幸太郎……、かーっ!やっぱり顔かぁ!愛嬌じゃねえのかぁ!」

 

「アンタはあの十って子みたいにミステリアスさが足りないからねぇ。親しみやすいのはアンタのいいところだけど、友達どまりのことのほうが多いだろ?」

 

「や、やけに鋭いじゃねえかよ……」

 

「伊達にアンタの保護者やってないんだよ。あと女の経験だね」

 

「うーん、説得力あるなぁ」

 

 納豆ご飯をかきこみながら、親友への嫉妬の言葉を飛ばしながらも、この明が親友へと向ける思いの強さは知っている。

 明朗な性格ながらも、少々考えたらずなところがあるのが前述の通りの出来事が起きてしまう一因でもあるので、正直なところ明の親友のように口数を減らしてみるのもありなのではと思わなくもない。

 自分の言葉に(おのの)く明に楽しげに笑いながらも、芳乃は味噌汁をすする。

 

 小野寺家のみそ汁の具はワカメ、根菜類、そして玉子で構成されている。

 意外とみそ汁に卵が入っていない家庭が多いと聞き、明はその都度驚きを隠せずにいる。

 ほかは納豆、焼き鮭、それとほうれんそうのおひたしが朝食の恒例メニューだ。

 

「アンタが帰ってくるころにはアタシは仕事に行ってるからね。掃除はまた頼んだよ。小遣いやるから」

 

「へいへーい。働かざる者、食うべからずなんだろ?」

 

 呑み処あかねの営業時間後の拭き掃除は明の収入源であり、明の小野寺家の仕事だった。

 

「よく分かってるじゃないか。……そろそろ行かなくていいのかい?」

 

「うげえっ!?もうこんな時間!じゃあ、いってきまーす!女将(・・)さん!!」

 

 腕時計の時間を確認し、飛び上がった明に芳乃は笑みをこぼす。

 慌てて朝食を平らげた後、鞄の持ち手を咥えて食器を流し台に置き、明は飛び出していった。

 

「気をつけて行ってくるんだよ、明。……女将(おかみ)さん、ねえ」

 

 飛び出していった明の背中を見送りながら、芳乃は食べ終えた後に頬杖をついて、食後の茶を啜りながら呟いた。

 

 

「そんなこんなで俺は昼飯を忘れたのだった」

 

「自己責任だ。俺は分けてやらないぞ」

 

「そんなー」

 

 昼休み。

 

 幸太郎と屋上に訪れた明は紙パックのフルーツオレを手にハッとした顔で幸太郎を見れば、明がかけた言葉を幸太郎はばっさり切り捨てた。

 時間は十二時十五分、もう購買の惣菜パンと菓子パンは売り切れている時間だ。その事実に気づいた明は手作り弁当を持ってきた幸太郎の手元を眺める。

 眉目秀麗でかつ成績優秀、運動神経も抜群で料理もできるとなれば、やはり女子受けもいいのだが、とにかく空腹な今の明は怨嗟の眼差しを向けるよりも弁当の惣菜を欲していた。

 

「女将さんは作ってくれないのか?」

 

「朝の仕込みもあるんだぜ?んなこと頼めるかよ、俺の弁当に時間も使わせられねえだろ。パンも買い忘れたし、これは帰りに買い食いだな」

 

「お前、俺には遠慮しねえんだな……」

 

「俺は友達には遠慮しねえの。親友だしよー」

 

 自分よりも上背のある幸太郎に肩を組み、明るく笑っている明の表情にげんなりした顔を幸太郎が向けると、明はいえーいと絡みに来る様子に幸太郎はついに折れた。

 

「藤本先輩、ですよね?」

 

「いかにも!俺が藤本明。で、こっちが俺の親友の十幸太郎」

 

 そんなはしゃいでいる二人に声をかけた勇気ある人物は後輩らしい、女子生徒だった。

 制服の第一ボタンを外し、制服に定められているリボンタイに端正な顔立ちといわゆるスクールカーストにおける一軍の美少女、といったところか。

 地毛なのか、それとも染めているのか、明るい髪色が目を引く美少女の遠慮がちな問いには藤本明に意気揚々!と返すものだから、幸太郎はまた何か首を突っ込むつもりだなとため息をついた。

 

「何か困ったことがあったら、藤本明にって友達から聞いたもので。いま、お時間大丈夫なんですか?」

 

「ぜーんぜん!ちょうど腹ごなしも済んだところだし、時間は空いてるよ。それで、名前なんて言うの?」

 

 武士は食わねど高楊枝、という言葉がある。

 ざっくりといえば、“腹を空かせていてもそのように見せない。余裕がある”というやせ我慢を表した言葉なのだが、紙パックのフルーツオレを手に手をひらひらさせながら笑う明にはこれほどふさわしい言葉はないだろう。

 そのお節介からいつの間にか、この重鳴(かさなり)高校中にその名前が広く知られてしまっているため、こうして相談を受けることも少なくない。

 おおよそ、だいたいの相談を受けて引き受けるケースがほとんどのため、“なんでも困ったら藤本明に頼んでおけばいい”という認識が出来上がっている。

 久保高嶺の故郷の奇妙な因習のある集落に行った時もそうだったが、怪異以上に怪異っぽいところがあると後輩女子のお願いに鼻の下を伸ばしているように見える明を見ながら幸太郎は思った。

 

小泉白雪(こいずみしらゆき)。小泉白雪といいます、藤本先輩、十先輩。それで話なんですけど、藤本先輩は蜘蛛って苦手ですか?」

 

 後輩女子、小泉白雪が頭を下げる。

 唐突な問いに十が明のほうを見ると、もうすでに真剣な表情に変わっていた。

 蜘蛛と聞いて嫌な予感がした幸太郎は明に釘を刺そうとするものの、明は手で制してそれを止めた。

 

「俺は平気。スパイダーマンとか好きだし。あっちはヒーローだけどな。……それで、白雪ちゃんは蜘蛛に困ってんのか?害虫退治って話じゃねえよな?それなら殺虫剤でブシャーッ!って感じなんだけど」

 

 殺虫スプレーを振りまくようなジェスチャーを取る明に思わず白雪は笑みをこぼすと、深くうなずく。

 その様子に驚いたのは、明の方だった。

 

「ご明察です、藤本先輩。あたしが先輩にお願いしたいのは、その蜘蛛退治の方法なんです。その蜘蛛のせいで、最近どうも眠れなくって、」

 

 白雪が明の手を両手で包み込み、上目遣いで見上げると、明に更に迫る。

 

「あたしの夢に出てくる蜘蛛、退治してくれませんか?」

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