少女の細い腕を掴む男は、明らかに酔っていた。
朝の通学路で酒臭い息を吐き、制服姿の少女に絡むなど、ろくでもない大人だ。
「おい、アンタ、何してんだ!」
明は迷わず男の肩を掴み、引き剥がした。反射的に体が動いた。ビーズ星人のフェロモンなど知る由もないが、本能が「守れ」と叫んでいた。
男は苛立った顔で振り返り、明の胸倉を掴もうとしたが、明の動きの方が速かった。軽く体を捻り、男の手首を捻り上げて地面に押し倒す。柔道の基本技に、戦闘経験で磨かれたキレが加わっていた。
「痛っ……!ガキが余計なことを!」
「この子に手を出すんじゃねえよ。警察呼ぶぞ」
明の声は低く、威圧感があった。男は舌打ちをして立ち上がり、逃げるように去っていった。周囲の通行人がちらりと視線を向けるが、すぐに日常が戻る。
助けられた少女は、驚いたように金色の長い髪を揺らして明を見上げた。コーカソイド系の整った顔立ち、青みがかった瞳が輝いている。制服の袖に青のラインが入ったブレザーは、近くの私立校のものだろう。胸ポケットには小さな星の刺繍。
「ありがとう……あなた、強いんですね」
少女の声は柔らかく、少し訛りのある日本語だった。明は照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、大したことねえよ。藤本明だ。そっちは?」
「……わけあって名前を名乗れないんです」
「じゃあ、ヘレナ!おまえをヘレナと呼ぼう」
明は一瞬、目を丸くした。
ヘレナ——その名前に、どこか懐かしい響きを感じた。ビーズ星人の王女である彼女は、心の中でほくそ笑んでいた。
計画通り。母の演出した「偶然」の出会い。ブレイズマンの炎を持つ少年、小野寺辰五郎の血を引くこの少年こそ、運命の人。
「じゃあ、ヘレナ。一緒に行こうぜ。遅刻しちゃう」
明は自然にヘレナの鞄を持ち、並んで歩き始めた。
ヘレナは少し驚きつつも、嬉しそうに微笑んだ。後ろ姿の完璧さは、明の予想通りだった。長い脚、優雅な歩き方。思春期の男子として、つい視線が泳ぐ。
一方、呑み処あかねでは。
「明ったら、また何かしでかしてるんじゃないかしら」
芳乃がコーヒーを淹れながら笑う。ナナマチは弁当を作った余韻で頰を赤らめつつ、頷いた。
「明殿は本当に、困った人を放っておけないのですね。……あの瞳、優しいのに強い光があります」
芳乃は目を細めてナナマチを見る。養子として迎えた明の良さを、ナナマチが素直に認めてくれるのが嬉しい。
「アンタも、明に惚れちゃった?」
「えっ!? そ、そんな……私はただ、恩返しを……」
ナナマチの慌てぶりに芳乃は大笑いした。ヤドリギの追手から逃れ、この店に身を寄せた少女。
地球の常識に馴染みつつある彼女にとって、明の存在は光だった。
学校に着いた明とヘレナは、教室でさらに注目を集めた。金髪の美少女転校生と、明るい人気者の藤本明が一緒に登校したのだから当然だ。
幸太郎が席から立ち上がり、微笑んだ。
「明、朝から派手だな。また女の子助けたのか?」
「バレバレかよ。ヘレナ、こいつが親友の十幸太郎。頭いいし、顔もいいし、モテモテだぜ」
ヘレナは幸太郎に軽く会釈した。幸太郎の落ち着いた雰囲気に、わずかに目を細める。だが、心はすでに明に向いていた。ビーズ星人の女王——彼女の母は、遠くからその気配を感じ取り、満足げに笑っていた。
「……ブレイズマン。
女王の声は、宇宙の彼方から響く幻聴のように、ヘレナの頭に届く。ヘレナは胸に手を当て、運命の鼓動を感じた。
授業中、ヘレナは明の隣の席に座ることになった。
ノートを共有したり、休み時間に他愛ない話をしたり。明はヘレナの知識の広さに驚かされる。地球の歴史から、星の話まで。
「ビーズ星……って、なんかSFみたいだな。お前、外国人?」
「ええ、そういうことにしておきましょうか。明くんは、炎のような人ですね。暖かくて優しい」
ヘレナの言葉に、明はどきりとした。
エメラルドグリーンの瞳ではないが、青い瞳も美しい。
放課後、明はヘレナをあかねに誘った。
「女将さんの店、飯旨いぜ。ナナちゃんの弁当も最高だけど、夕飯も食べてく?」
「嬉しい。お邪魔します」
二人が店に着くと、芳乃とナナマチが出迎えた。芳乃は一瞬、ヘレナの雰囲気に何かを感じ取った。
ビーズ星人の気配——辰五郎が昔、関わった相手の匂い。
「おやおや、明の新しいお友達? 綺麗な子ねえ」
「女将さん、ヘレナっての!転校生」
ナナマチは少し複雑な表情をした。明の側にいる美しい少女。
自分とは違う、華やかな存在。だが、すぐに笑顔を作った。
「いらっしゃいませ、ヘレナさん。手作りクッキーでもどうぞ」
店内は賑やかになった。
ヘレナは芳乃の料理を褒め、ナナマチと女子トークを交わす。明は幸太郎を呼び出し、四人でテーブルを囲んだ。
しかし、夜が深まる頃、異変が起きた。
店の外で、黒い影が動いた。
ヤドリギの残党か、それともビーズ星人の刺客か。明の戦闘センスが警鐘を鳴らす。
「みんな、下がってろ」
明は立ち上がり、扉を開けた。そこにいたのは、銀色の髪をした男——ビーズ星人の戦士だった。
「王女殿下をお連れしろと、女王陛下の命だ」
ヘレナが明の後ろに隠れる。
だが、彼女の目は興奮していた。
これは計画の一部。明の力を試すための。
「明殿!」
ナナマチが駆け寄る。芳乃はカウンターの下から、古いお守りのようなものを取り出した。辰五郎の遺物——ブレイズマンの炎を呼び覚ます鍵。
明の体が熱くなった。エメラルドグリーンの瞳が輝き、手のひらに炎が灯る。
「さんきゅーな!」
戦士が攻撃を仕掛ける。
光のビームのようなエネルギー。
明はそれを炎で受け止め、反撃した。
カウンター席での朝食の余韻など吹き飛ぶ、激しい戦い。
幸太郎が冷静に援護。ナナマチはヤドリギの力で影からサポート。芳乃は客を避難させつつ、微笑む。
「明、行け。あんたの道は自分で切り開きな!」
ヘレナは明の戦う姿を見て、胸を高鳴らせた。
母の言う通り、この少年は特別だ。
戦いは明の勝利で終わった。戦士は撤退し、「また来る」と言い残す。
店内に戻った明は、息を荒げつつヘレナを見る。
「大丈夫か? なんか、変な連中だな」
「ありがとう、明くん。私を守ってくれて……好きになっちゃいそう」
「な、なんてことねーよ!」
直球の告白に、明は赤面する。
ナナマチは少し寂しげに、しかし優しく微笑んだ。
芳乃は「青春ねえ」と酒を傾ける。
その夜、ビーズ星の女王は娘に語りかけた。
「ブレイズマンを手に入れなさい。辰五郎の炎は、私のものだった……今度は、我が娘のものよ。あの女に奪われた辰五郎、私の辰五郎」
ヘレナは窓辺で星を見つめ、明の顔を思い浮かべる。運命の茶番は、まだ始まったばかりだった。
翌朝、再びあかねのカウンターで朝食を平らげる明。
「ナナちゃん、今日も弁当ありがとな! 」
「もう、明殿は……」
ナナマチの声は柔らかかった。芳乃は二人の様子を見て、辰五郎の面影を重ねる。
学校ではヘレナが明に寄り添い、幸太郎がからかう。日常と非日常が交錯する日々。
しかし、ヤドリギの本格的な襲撃が近づいていた。
ビーズ星人の陰謀も絡み、明の運命は大きく動き出す。
明は駆け足で学校へ向かう。背中に感じる弁当の温もり。
綺麗な瞳の少女。
親友。そして、炎の力。
「今日も、元気にいくぜ!」
午後の授業後、ヘレナは明を屋上に連れ出した。
風が金髪をなびかせる。
「明くん、私は貴方と出会うべくして出会ったの。
すべてを捨てて、私と結婚しましょう?」
明は目を丸くしたが、すぐに笑った。
「マジかよ。でも、全ては無理だ。女将さん、置いていけねえよ」