恋する乙女は無敵である——その言葉は、路地裏の激戦の中で、確かに現実のものとなっていた。
明の炎が夜空を赤く染め上げる。ブレイズマンの力は、養父・小野寺辰五郎の血を引かなくとも、心で受け継がれた真っ直ぐな意志によって燃え盛っていた。女王の巨大な蜂型怪物形態が翅を羽ばたかせ、強烈なエネルギー波を連発する。地面が抉れ、建物の壁に亀裂が走る。
「愚かな地球人め! 辰五郎の二の舞を演じる気か!」
女王の声は憎悪と嘲笑に満ちていた。召使いたちが四方から明を囲む。ヘレナは怪物化したまま、母の攻撃から明を庇い続け、尾の針で召使いの一人を貫いた。
「おかあさま、もう、止めて!私は地球を選んだの! 明くんと一緒に、普通に生きるって決めたの!」
ヘレナの複眼が涙のように輝く。
ビーズ星人の王女として育てられた誇りと、恋する少女の心が激しくせめぎ合っていた。
芳乃はナナマチに支えられながら立ち上がり、血の混じった唇で叫んだ。
「明!負けるんじゃないわよ!あんたはあたしの息子よ!血なんか関係ない、心で繋がってるの!」
その言葉が、明の胸に熱い炎を注ぎ込んだ。エメラルドグリーンの瞳が爆発的に光を増す。体温が急上昇し、周囲の空気が歪む。ブレイズマンの真の力——辰五郎の持つ、かつて女王さえ魅了された、純粋な「守るための炎」。
「女将さん……ヘレナ……みんな、俺が守る!」
明は地面を蹴り、炎の尾を引きながら女王に肉薄した。右のストレートが女王の胸部甲殻に直撃。
螺旋状の炎が内部に侵入し、爆発する。女王が初めて苦痛の咆哮を上げ、後退した。
幸太郎が無表情に、しかし的確に動いた。彼はポケットから小型の装置を取り出し、ビーズ星人のエネルギー波を解析・乱反射させるバリアを展開した。
「明、左から来る。タイミングは今だ」
親友の冷静な声に、明は即座に応じる。左からの召使いの攻撃を炎の盾で防ぎ、カウンターの蹴りで吹き飛ばす。ナナマチはヤドリギの影の力で召使いの足元を絡め取り、動きを封じた。
「明殿! 私も戦います!」
四人の連携が、徐々に女王側を圧倒していく。ヘレナは母の攻撃を受けながらも、明の背中を守り続けた。怪物化した体が悲鳴を上げ、甲殻に亀裂が入る。それでも彼女は笑っていた。恋する乙女の無敵さは、痛みすら超えていた。
女王の怒りが頂点に達した。
「ヘレナ……出来損ないの娘が!ならばお前も一緒に消えろ!」
女王が最大の力を解放する。黒金の光が路地全体を包み、強力なフェロモンと破壊エネルギーが融合した「滅びの波動」。明はそれを真正面から受け止め、両手を広げて炎の壁を張った。体が軋み、皮膚が焼ける痛みが走る。
「ぐああっ……! でも……俺は、絶対に負けねえ!」
その時、ヘレナが明の横に並んだ。怪物化した手で明の手を握る。二人の力が共鳴した。ビーズ星人の王女のエネルギー とブレイズマンの炎が融合し、黄金と赤の螺旋状の光柱が立ち上る。
「明くん……一緒に!」
「うおおおおっ!」
融合した光が女王の滅びの波動を押し返した。爆音が響き、路地は一瞬白く染まる。女王の巨大な体が吹き飛び、地面に叩きつけられた。甲殻が砕け、翅が折れる。召使いたちは次々と倒れ、残った者も怯えて後退した。
女王は人間の姿に戻り、膝をついていた。金髪が乱れ、完璧だった美貌に疲労と敗北の影が落ちる。
「……辰五郎……あなたは最後まで、私を拒んだ。そしてこの少年に受け継がれたというのね」
明は息を荒げながらも、女王の前に立った。炎はまだ消えていない。
「俺はおやっさんの選択を誇りに思う。女将さんを選んだおやっさんは、カッコよかった。だから俺も、同じ道を行く。ヘレナを無理やり連れてくんじゃねえ。彼女が自分で選ぶんだ」
ヘレナは怪物化を解き、人間の姿に戻った。ボロボロの体で母に歩み寄る。
「おかあさま。私はビーズ星の王女としてではなく、一人の女として明くんを愛したわ。地球で生きる。種族の侵略計画……私は止める」
女王は苦笑した。長い沈黙の後、ゆっくりと立ち上がる。
「……愚かな子。でも、私も愚かだったのかもしれないわね」
遠くで、ビーズ星艦隊の接近を告げる警報のような振動が空を震わせた。女王は空を見上げ、ため息をつく。
「艦隊はすでに地球圏に。だが……今日は退くわ。ヘレナ、あなたの選択を、私は見届ける。もし地球が滅びるようなら、その時はお前も一緒に」
女王は召使いたちを連れ、空間転移で姿を消した。路地に残されたのは、瓦礫と負傷した者たち、そして勝利の余韻。
芳乃が明に駆け寄り、強く抱きしめた。
「よくやったわ、明……あたしの誇りよ」
明は照れくさそうに笑った。
「女将さんこそ、無茶すんなよ……母さん」
その言葉に、芳乃の目から涙が溢れた。血の繋がりはなくても、家族だった。
ナナマチは明の袖を握り、静かに微笑んだ。
「明殿……私も、側にいさせてください」
幸太郎は無表情に頷くだけだったが、その目にわずかな安堵があった。
数日後、ビーズ星艦隊は地球上空に姿を現した。しかし、ヘレナの説得と、明の炎が象徴する「地球の意志」が、全面戦争を回避させた。女王は最終的に、娘の選択を受け入れ、艦隊に撤退を命じた。種族の侵略計画は凍結され、代わりに「交流」への道が開かれた。
呑み処あかねは、変わらず賑やかだった。
朝のカウンター席で、明はいつものように大盛りの朝食を平らげていた。ヘレナはエプロン姿で手伝い、ナナマチと一緒に皿を運ぶ。芳乃は笑いながら酒を注ぐ。
「明くん、今日も学校? 私も一緒に登校していい?」
「当たり前だろ。普通の高校生だぜ、俺たちは」
幸太郎がドアを開けて入り、軽く手を上げる。
「また遅刻しそうだが、問題ないな」
四人で——いや、五人で囲む食卓。ヤドリギの脅威も、ビーズ星の影も、徐々に遠ざかっていった。
夕暮れのテラスで、明とヘレナは並んで座っていた。ヘレナは明の肩に頭を預ける。
「ありがとう、明くん。私を、地球に留めてくれて」
「俺の方こそ。お前がいると、毎日が楽しいよ」
遠くの空に、ビーズ星の母艦が光の点となって消えていく。女王は最後に、辰五郎の幻影に語りかけた。
「……あなたが選んだ道は、間違っていなかったのかもしれないわね」
物語は終わりを迎えた。戦いは続き、日常は戻る。
藤本明の炎は、これからも家族と仲間、そして恋する少女と共に、優しく熱く燃え続けるだろう。
呑み処あかねの看板が、夕陽に照らされて輝いていた。
「ご馳走様! いってきます!」
明の活発な声が、いつものように街に響く。ナナマチが弁当を投げ、ヘレナが笑い、芳乃がため息をつき、幸太郎が静かに見守る。
普通の、しかし特別な青春が、ここにあった。