白雪に蜘蛛退治の目途がついたと連絡する前、校内で明は白雪に関する情報収集を行った。
小泉白雪は明が思ったように一年の中でも特に美人の部類に入り、異性からの人気も高い。
その中でも恨まれることはやはりあったらしく、白雪の親しい友人の想い人が白雪を好きになり、その相手を白雪が付き合えないと振ったケースも多々あるという。
「白雪ちゃんは美人ですから。それで藤本先輩も探ってるんでしょう?」
「いや?美人だからってやってねえよ?俺はお前が悩んでて、俺に相談してくれたら、もちろん力になる」
「噂通りのお人好しぶりですね、藤本先輩」
「おう。だから、いつでも困ったら来いよ」
白雪の友人だという少女は聞いたことを丁寧にメモしている藤本を見つつ、彼女は探りを入れるような言葉をかけるが、藤本はなんでもない様子で即答した。
その様子に白雪の友人の少女は微笑を浮かべ、明の言葉には「頼りにはさせてもらいます」と言った。
幸太郎はその情報収集には協力しなかったがイケメンが隣にいることで情報収集がしやすかったのも事実。
幸太郎自身は断ると拗ねる明を面倒くさく思っているので、とりあえずついて行ってやろうと思っていたのに過ぎなかったのだが、それが効果を発揮していたので実はとても明に感謝されていたのだった。
「それで、決行はいつするんだ?まさか、明。小泉白雪の家に押し掛けるとかするんじゃあるまいな?」
「それはしねえよ。津雲の本読んだときに一緒にいないといけないとかってなかったから、津雲からもらった首飾り握って今夜寝るわ。それでも、白雪ちゃんの夢の中に入れるしよ」
「……勝手にしろ」
「おう、勝手にする!」
幸太郎は呆れてため息をついたものの、明は明るく笑って返し、白雪に連絡してその日は分かれた。
白雪は明から蜘蛛の対決方法を聞いて少し訝しんでいたが、「先輩がそこまで言うなら信じましょう」と言ってくれた。
その日の夜、津雲から貰った首飾りをつけてる明が帰ってきたのを見るなり、割烹着姿の芳乃は口をあんぐりと開けた。
店の趣旨としても合ってはいるのだが、どこかレトロな肝っ玉母さん感のある口調と厳格そうな女性はミスマッチなので、明は任侠映画の姐さんか何かだと毎度見るたびに思っている。
芳乃のその驚きぶりといえば、「あの明が色気づいてる……?どうしたんだい、明。オシャレに目覚めたのかい?」と真剣な顔で言ってくることには、明は心から困った顔をした。
「ち、ちげーし!……じゃねえや、俺だってオシャレに目覚めはするんだよ!女将さん!」
「明日は雨でも降るのかねえ……。掃除頼んだよ。その後に夕飯冷蔵庫に入れてあるから、それ食べておきな」
ニヤニヤしている芳乃にモップを渡され、明はそのまま床の拭き掃除を行った。
滞在している客もほとんどが常連のため、明が掃除していることには慣れっこだったので、「お!明くん、精が出るねぇ!」だとか「お小遣いいるかい?」と常連客達に言われることもあった。
ただ、そうした客に対しても明が調子を乗らないように金銭の授受は厳しく芳乃に制限されているのだが、それでも客商売である以上は愛想よくするべきだと叩き込まれているため、明はニッコニコという擬音が似合う笑顔を浮かべて応対していた。
「いやあ、食わせてもらってますからね!当然のことっすよ早田さん!南さん、小遣いはちょっとまずいっす!」
「アンタ、そういうのは本当に上手いねぇ……」
エッヘヘヘと笑っているのにわざとらしさが見えない明の応対にカウンター越しにため息をつく芳乃、ため息つくと幸せが逃げちまうよ、という常連からの言葉は適当にあしらいながらも、客との会話もこなしていく明はその振る舞いの割には真面目にアルバイトを行っていると言えるだろうか。
一人だけ端の席で静かに飲んでいるロングヘアのジャケットを着こなし、日本酒をあおる女性客がおり、たれ目に泣き黒子と人目を惹く女性だ。
その女性が明を見ていることに気づくと、明は首をかしげてそちらを見れば、女性のほうは明を手招きした。
「君、いくつ?学生さん?」
「俺っすか?今年十七っすね」
「そっか。良かったら、ウチ来てバイトしてみる?弾むよ」
きょとんとしながらも、明が女性に近づけば、彼女は少し頬杖を突きながら、胸ポケットから取り出した名刺を明に差し出す。
お猪口を水でも流し込むように煽りながらも、ほとんどつまみもなしで飲めるのは相当な酒豪なのだろうとうかがえる。
カウンタースタイルの小料理屋のこの店で酒を楽しみにやってくる客は確かにいるが、彼女の吞み方は明はとても真似できないと思いつつ、その名刺を読み上げる。
「……
「そう。近くで診療所をやってる。人手が足りなくてさ。それで君をバイトにでも雇おうかなって。いいですよね、ママさん」
名前よく読めたね、と小さく拍手をしてくれる一ノ瀬は表情を緩めた。首元のパンクロック風のチョーカーが見えるが、それが首輪っぽく見えることで明の中の青少年の部分が危ないと語りかけているのを感じてしまう。
吞み処あかねで芳乃は“ママさん”と呼ばれることが多く、明のように女将さんと呼ぶ者の方が少ない。特にママさんと呼ぶのは常連客がほとんどなので、この一ノ瀬もどうやら常連なのだろうとうかがえる。
注文を受けたらしい、おでんの具材を器に盛りつけながらも、芳乃は少し眉間に皺を寄せながら、少し考えこむ。
「一ノ瀬先生のところにウチの明がかい?お医者さんの仕事をこいつが手伝えるとはとても思えないけどね。恥ずかしい話、明ったら自分の勉強よりも他人の事に首突っ込むのに大忙しなお人好しの馬鹿だよ?」
「そこが明くんのいいところじゃないか、ママさん。ちゃんと店の手伝いもしてくれる、今どき真面目な高校生だと思うよ。私も好感が持てるくらいだ」
「あまり明を甘やかさないでおくれよ、この子ったらすぐに調子乗るんだから。明、奥の方でモップ掛けしてきな」
「あれ?店終わってからじゃなかったっけ、そういえば。あと早田さん、誉めてもらって嬉しいっす」
ハッとしたように明が気付くと、芳乃は虫でも払うように奥に行った行ったとジェスチャーを送るものだから、明は気の抜けた返事でモップを持って奥に入る際、常連客の壮年男性に礼を言いながら足を進めていく。
その後ろで一ノ瀬と芳乃の会話が聞こえてくるのを明は耳を澄ませつつ、奥の洗い場でモップ掃除を行うこととした。
妙齢の女性、それも美人女医と二人きりになれるかもしれない診療所での時間、何も起こらないなんてことを思わないはずもなく。
にやけた表情でモップ掃除を行っていると、会話に耳を澄ませるのももちろん忘れない。
ただ、一ノ瀬の方はその後に会計を済ませて帰ってしまったらしく、明が心底残念そうな表情を浮かべているところを芳乃に小突かれ、掃除を済ませた後に夕飯を食べてから自室に戻り、首飾りを握ってベッドに入ったところ、メッセージを一つ作成した。
『今夜、貴方の夢に出てやりますよ』
我ながら笑えないジョークだが、今回の件もきっちりと解決して後輩女子の安眠を約束しなくてはと意気込んで眠りに落ちる。
暗転していく中で明が気付くと、そこには見知らぬ景色が広がっており、いたるところに蜘蛛の巣が張り巡らされている。
どうやら、そこは街のようで中央の塔らしいところには誰かが拘束されている。
「は?嘘だろ?」
ふと嫌な予感がした明が振り返ると、そこにいたのは異形の蜘蛛だった。
次回、朧蜘蛛登場