「おや、小泉白雪の中に入ってきたのは貴方でしたか。
炎を宿す者、神殺しを人の身にして成し遂げた者でもありますし、それも当然ですか」
「男にストーキングされるのは御免被りたいところだけどな?お前が白雪ちゃんの中に巣食ってる蜘蛛か?」
「我々、怪異存在にも外の情報を知る方法などあるのですよ。巣食っているとは失礼ですね。ここにいることこそ、私の
貴方のような
頭部の額にあたる位置に縦に三つの目と吊り上がった目にドレッドヘアのように伸びている、八本足と言葉を発するたびに動く口元のハサミ。
明より一回り大きな体格の蜘蛛男、あるいは蜘蛛怪人ともいえる特徴の“彼”は慇懃無礼な口調でくつくつ笑っていた。
「お前を退治しに来た。─────朧蜘蛛」
「ほう、これは意外でしたね。貴方のような子供がどうやって他者の夢の中にと思っていましたが、私のことをご存知の上であるならば、それは納得ができます」
“彼”、朧蜘蛛は張り巡らした蜘蛛の糸の上に逆さまに立ったまま、明の首から下がっている首飾りに気づき、それから明が己の正体を知っていることに称賛を送るように拍手をした。
「しかし、おかしな話ですね。なぜ貴方が私を退治しに来たのでしょうか?小泉白雪との付き合いはただの後輩でしかないはず。それなのになぜ?」
「答える必要はねえな!」
明が激昂すると、エメラルドグリーンの瞳は十字の模様が浮かび上がり、その目は炎のように燃え上がるような光を湛える。
青い炎が目元に出現してから一気に身体を広がって包み込むと、胸には赤い心臓を思わせる炎の模様のブレイジングハートが存在し、ブレイジングハートを守るように炎の意匠を持つプロテクター、ブレズテクターが現れた。
そして、目の形は炎を思わせるようなものになり、笑みを浮かべたようなマスクを思わせる顔へと変わり、炎の化身は現れた。
「それが炎の化身、貴方の本当の姿なのですか!」
「今の俺の姿はブレイズマン!そう呼んでもらおうか、親愛を込めてな!蜘蛛野郎!
朧蜘蛛は明────ブレイズマンが青い炎を足底から噴き出し、右足を包み込んだとき、数体の分身らしいものを生み出した。
朧蜘蛛が右腕を振り上げると、分身たちは明に向かい、口から噴き出した糸を束ねて作った白兵武器────槍を突き出すと、ブレイズマンは先端を掴んで飛び上がって頭部を左足を軸に回し蹴りを繰り出した。
ブレイズマンの持つ技の一つ、ブレイズキックを受けた朧蜘蛛の分身は青い炎に包みこまれ、一気に燃え上がっていく。
周辺に燃え広がらないところを見ると、ブレイズマンのその青い炎は一切の不浄を浄める、清めの炎であるのだと朧蜘蛛は推測する。
「(なるほど、浄化の炎ですか。我々のような存在には一撃必殺ともいえる、凄まじい威力のようですね。アレを一撃入れられることだけは何としても避けたいところ。私が消えてしまいますからねぇ!)」
「恐ろしい炎ですね、炎の化身よ。貴方のその必殺のキックは命中すれば、私が生み出した分身を一撃で持って行ってしまう!それでいて、小泉白雪の精神世界ともいえる、この世界にダメージを与えない。
私に精神世界を巣食われている、小泉白雪にも炎が向かないとは。不浄を祓うのであれば、穢された小泉白雪の夢の世界も燃やすべきなのではないですか?」
「……煽ってんのか?お前」
一見すると、朧蜘蛛の分身はどれも同じような姿をしており、本体と分身を見分ける術がない。
それでいて、分身たちであっても分身を増やすというような真似はできないらしく(それは流石のブレイズマンであっても詰んでしまうのだが)、
囚われているのは、どうやら小泉白雪の精神であるらしく、彼女は昼間に聞いたように夢の中で朧蜘蛛をこの世界で見かけたのには違いないらしい。
ブレイズキックの炎が朧蜘蛛の分身だけを破壊し、街に燃え広がらないのはもちろん、そのように制御してのことだ。
ブレイズマン────明は無茶をする性格ではあるものの、さすがに人質らしい人間がすぐ近くにいるのに最大火力を叩き込むことはできない。
朧蜘蛛の分身たちはそれぞれで自律思考ができるのか、分身であるのにもかかわらず、決まった動きをしない。
それぞれで隊列を組み、チームワークを取りながらブレイズマンを追い詰めようとしてくるため、ブレイズマンは未だに意識がない白雪を気にしていると、背後から手痛い一撃を受けてしまった。
突き刺すような感覚を感じるのは、糸で束ねた三叉槍によるものだろう。
蜘蛛の糸は生態上、非常に丈夫なものだという。
小泉白雪にかけられた呪いによって、小泉白雪の中で育ったものであるとはいえ、朧蜘蛛は蜘蛛と同様の特徴を持ち合わせるため、その糸もとても丈夫なものであり、そこに怪異的エネルギーが加わることでその武器の強度を上げているのだろうとブレイズマンは推測する。
三叉槍が背中に突き刺さったまま、その痛みをこらえるため、ブレイズマンは奥歯を噛み締めるようにしながら進む。
「……ふじもと、せんぱい、ですか?」
そのとき、小泉白雪は目を覚ました。
眼下に広がっているのは、何度も夢で見た町と───蜘蛛の怪物がいる。
一学年上の少年が言うところには、それは朧蜘蛛という怪物なのだという。
昼間に聞いていた時はよく理解が追い付かなかったが、無数に存在するかのように分身を増やしていき、炎の化身ともいえる見慣れぬ姿のもう一人の怪人を見てなぜか藤本明だとわかることができたのはなぜだろうかと白雪は思った。
「しまりました。まさか、ここで小泉白雪が目覚めるとはバッドタイミング。ブレイズマン、と言いましたね?貴方を倒し、運動後に飲み干すスポーツドリンクのように小泉白雪の霊的エネルギーを吸収したいところだったのですが、ここで起きてしまったのであっては、致し方仕方ありません」
「白雪ちゃん!?……お前、随分と余裕があるじゃねえか。勝算があるっていうのかよ?俺は確実にお前を倒すつもりでいるんだぜ?」
────そろそろ、毒も回ってくる頃合いでしょうか。
ブレイズマンがふらふらと覚束ない足取りになっている様子を見るに毒が回り始めてきたのだろう、と朧蜘蛛は心底ほくそ笑む。
「せんぱい、そのすがたは……」
「おう、白雪ちゃん!どうよ、この姿!超絶イカすヒロイックスタイル!カッコいいだろ?」
「虚勢ですか?炎の化身。貴方はどうもお喋りが好きなようだ。小泉白雪が目覚めてから、それが特に顕著ですよ」
「可愛い後輩なんだぜ?美少女が起きたらテンション上がるだろ?」
「まあいいでしょう。しかしです、ブレイズマン。貴方の身体には私が突き刺した槍があります。
その槍には毒が塗られており、貴方の霊的エネルギーを奪う効果も付随してあります。
貴方の自慢の蹴りはおそらく、霊的エネルギーを燃やすことによって発火し、炸裂させるものなのでしょうが、私の毒の効果ではまともに霊的エネルギーを用いることはできないでしょうね」
軽口をたたくのはブレイズマンが───藤本明が白雪を心配かけまいとしているのは目に見えて明らかだった。
白雪の言葉に覇気を感じられないのは、連日の朧蜘蛛による霊的エネルギーのエナジードレインによるものであり、白雪が弱くなっていくことで朧蜘蛛はその力を増していく。
小泉白雪の霊的エネルギーを全て吸収することができれば、そのときこそ、朧蜘蛛は───。
「(炎の化身もついでに殺すことができれば、この世界から這い出ることができる。
愚かな男ですよ、私に自ら贄として差し出してくるとは、とんだおバカさんのようで)」
余裕たっぷりにほくそ笑んでいた。
「俺、お前みたいなタイプが大嫌いだ」
無理矢理、身体に突き刺さっていた槍を引き抜き、掌に出現させた青い炎で槍を焼き払えば、同時にブレイズマンの身体を槍の雨が貫く。
ブレイズマンが身体から槍を無理矢理抜いたタイミングで朧蜘蛛が指を鳴らしたのを合図に朧蜘蛛の分身たちが槍を投擲したのに加え、無数の槍が現れたのだ。
「それは結構。明晰夢、というのをご存知ですか?」
全身を槍が貫き、赤い血を噴き出しながら、その場に倒れてしまったブレイズマンにゆっくりと近づいてくる朧蜘蛛。
後ろで手を組み、余裕たっぷりと歩いてくるのは、分身のうちの一体を磔にした小泉白雪の所に向かわせ、身動きができないところに生やした異形の腕で小泉白雪を固定し、その柔らかな首筋に食らいついて霊的エネルギーを吸わせていたのだ。
朧蜘蛛は特撮ヒーローの悪役のように甘くなく、完全な勝利の上で母胎ともいえる小泉白雪を食い殺し、現実に完全に顕現しようともくろんでいるのだ。
「夢であることを認識できることを意味します。貴方にもあるでしょう、炎の化身。
夢を思い通りにする・思い通りの夢を見ることができる、そんな経験をしたことはあるでしょう?
朧蜘蛛とは、確かに私の名前ではありますが、母胎の魂が無防備に存在する夢の世界でしか
「何が言いたいんだ?まどろっこしいのは嫌いだぜ、俺は」
「そうですね、今の貴方の不利は私が小泉白雪の魂に糸をつなぎ、小泉白雪の魂に直接アクセスすることで私の明晰夢にしています。貴方たち人間の言葉でいうのであれば、こういうのをハッキングというのでしょう?
私はね。小泉白雪の夢から魂にハッキングし、顕現したいのですよ」
「……顕現だ?白雪ちゃんを食い物にして?」
「ノリが悪いですねえ、炎の化身。人間、いや、生き物は生きていく上で必ず何かを犠牲にしているではないですか。そこでよく見ていてください。朧蜘蛛の食事というのは、なかなか見られるものではないのですよ?最も、貴方もこの様を誰かに伝えることはできないでしょう。
なぜなら、この場で死ぬのですから!」
ニンマリ、と笑ったのだろう、朧蜘蛛はボウッ!と音を立てて炎が消えたようにブレイズマンから元の明の姿に戻った様子に顔を歪めた。
エメラルドグリーンの十字の瞳も、通常のものに戻ってしまっている。
それは、ブレイズマンの力を行使することで明が体力を消耗しすぎたからではなく、朧蜘蛛が小泉白雪の魂にアクセスすることで得た明晰夢の力でブレイズマンの変身を強制的に解除させたからだった。
しゃがみ込みながら、朧蜘蛛はブレイズマンの頭を掴み上げると、明はその残酷な食事を見ることができた。
分身のほうが柔らかな白雪のうなじに牙を突き立て、霊的エネルギーを吸い上げているからか、徐々にその実態は薄れつつあった。
「良くごらんなさい、炎の化身。アレが貴方が守ろうとした女の命の灯火が消えていく瞬間です。
ブレイズマン、と言いましたか?貴方には線香花火がお似合いなんですよ。
すぐに消えていくような、短い命。
本当、
「……ああ、そうか。白雪ちゃんの友達が、白雪ちゃんのことを呪ったのか」
白雪ちゃんは、美人だから。
そう言っていた同級生の少女のことを思い出すと、明の頭を握る力がさらに強くなってくるのを感じる。
握力が強い人物がリンゴを簡単に握りつぶしてしまうように、明の頭を朧蜘蛛は簡単に握りつぶしてしまうつもりのようらしい。
周囲にはまだ朧蜘蛛の分身がおり、明に対して槍を向けているし、夢の中であっても距離がそれなりに離れた位置で拘束されている白雪の様子がよく見える。
どういう理由であれ、自分を頼ってくれた後輩の少女が苦しんでいるのであれば、ほとんど万能めいた力で太刀打ちできないなんてことになったとしても、藤本明が諦める理由にならないのだ。
「お前を使って、白雪ちゃんを呪ったのは、白雪ちゃんの友達のあの子だな?」
「だとしたら、どうしますか?」
「ここでお前を倒すってだけさ。白雪ちゃんを呪うことを失敗したら、今度はあの子の方に行くんだろ?人を呪わば穴二つってな。あと、忘れてねえか?朧蜘蛛だけが白雪ちゃんの夢につながってるんじゃない」
「愚かな男ですね。私を小泉白雪に遣わした小娘のことまで気にかけているとは。……しまりました!!」
朧蜘蛛が気付いたのも束の間、拘束を振りほどき、今度は正しい
朧蜘蛛はその首飾りの首飾りの力が身に着けた人間を意識した相手の夢に入るだけでなく、魂にアクセスすることが
明は“朧蜘蛛の分身が消える”様をイメージすると、朧蜘蛛の分身が掻き消え、変身が完了する瞬間に口元を緩めると、左足を軸に右足に炎を燃え上がらせる。
分身が掻き消えたことで白雪の霊的エネルギーを吸収していた分身も同時に消え、明が炎を放って糸を燃やすと、白雪の身体が落下し、炎を足底から噴き出して白雪を抱える。
背後に気配を感じれば、右腕を突き出して青い炎の形をした手裏剣を作り出す。
「白雪ちゃん!目を覚ますだけを考えろ!」
「ふじもとせんぱい、どうしてその恰好を……?」
「いいから!“夢から醒めるように”って念じるんだ!」
緩い雰囲気の藤本明が異形の超人の姿をしていることなど突っ込みどころが多かったが、明に言われたように念じてみると、白雪は目覚めていく“感覚”を感じ、明の腕の中から消えた。
「おのれ、良くも私の使命を台無しにしてくれましたねぇ!?」
怒りのままに朧蜘蛛はその形を50メートルまでに肥大化させるが、明が腕を切り裂こうと投げた炎の手裏剣によって身体を切り裂かれていくが、その“実態がない”特性通り、手ごたえはなかった。
「巨大化は負けフラグなんだぜ、朧蜘蛛!そんなお約束も分からないようじゃあ、こうだ!」
朧蜘蛛がブレイズマンを踏みつぶそうと足を上げて振り下ろしたとき、ブレイズマンが“ぐんぐんカット”をイメージし、その身体を大きく燃え上がらせたかと思えば、同じくらいに巨大化したブレイズマンが右腕を突き出し、殴り飛ばした。その両足を掴んでジャイアントスイングのごとく振り回して投げ飛ばした後、“朧蜘蛛を切り裂く”イメージを浮かべながら、炎の手裏剣を形成し、それを掴みながら朧蜘蛛を切り裂いた。
「私の、私の使命を!私の使命をォォォォォォ!!!」
朧蜘蛛に実態を与えるイメージを行ったことで、朧蜘蛛はブレイズマンの炎の手裏剣によって爆散した。
「これで白雪ちゃんがぐっすり眠れるようになればいいんだけどなぁ」
夢から醒めるべく、腕を水平にして飛び上がると、段々と意識が覚醒していく。
こうして、朧蜘蛛退治は無事に終わったのだった。
能力
・分身能力
・エナジードレイン
・糸を束ねて武器にすることができる
呪いによって生み出されたもの。
口調がどことなく紳士的なのは、イメージによるもの。
今回のイメージは熟練の暗殺者。
あるルールがなければ、ブレイズマンの浄化の炎であっても倒すことができないクソ仕様です。