日が暮れかかった中、芳乃が運転する車に乗ってナナマチと明はショッピングモールに行ってナナマチの日用品を買いに行った。
接客するなら、とカジュアルな服をいくつか芳乃が選び、着せ替え人形になっているナナマチを明は見ていた。
女兄弟の服を母親と一緒に買いに来る、というのはこんな気分なんだろうかと思っていたが、こういった経験がないらしいナナマチの初々しい反応はとても可愛らしく見えたので役得だと明は頷いていた。
「明!どっちが似合うと思う?」
女物の洋服店にはどうも入れない、と男子高校生の照れ臭さゆえに店の外で待っていると、お連れの方がお呼びですよと笑顔が素敵な店員に店の中に引っ張られた明は試着室の前に連れてこられた。
笑顔を浮かべた芳乃とコスプレめいた格好からジャケットに七分丈のパンツを着こなすナナマチが恥ずかしがっている。
藤本明には異性とのデート経験がない。
いつだって親友の
「いいじゃん。ナナちゃんによく似合うと思うよ」
ナナ。
ナナマチという響きがどうも気に入らなかったらしい、芳乃がつけた愛称は明にもしっくりきた。
「あまり見るな。あまり……」
ナナマチは明同様に異性とかかわるより、“勇士”として任務を遂行することに重きを置いてきたため、明の素直な感想には自分でも知らない感情が押し寄せてきてしまい、“勇士”の装束の一部であるマスクですぐに口元を覆ってしまった。
「とりあえず、お支払いでいいかい?この娘に買ってやりたいんだ」
※※
その後、帰宅してから食事と入浴を済ませ、宛がわれた部屋でナナマチは窓を開ける。
喧騒が止まないヤドリギと異なり、この街は夜になるとても静かで落ち着きやすい。
否、落ち着けるのはこの家の住人の底抜けなお人好しによるのだろうか。
ただ、ハンゾウほどの歴戦の戦士が共に戦ったブレイズマンとやらが藤本明のような軽薄な少年とは思えないため、別人ではないかとナナマチは推測しているが。
「ナナちゃん、まだ起きてる?」
「ブレイズマンか?」
「良かったら名前で呼んでほしいんだけどなぁ」
ナナマチが扉を開くと、明がカットしたフルーツを載せた皿を持って立っていた。
ヤドリギの方では見たことがない、ドライフルーツではない本物の果物である。
知識としてそれは見たことがあった───リンゴというものであることを。
「それを、私に?」
「女将さんが持ってってやってくれだとよ」
今日は呑み処あかねは臨時休業だという。
アタシに新しい家族ができたと喜んでおり、今晩からいきなり仕事をさせるわけにはいかないと判断したらしい。
自分はこれから居候する身であるのに、そこまで気づかいはしなくてもというのが顔に出ていたのだろう、「まぁ、女将さんの好意に甘えておけよ」と明は爪楊枝をリンゴに刺してナナマチに手渡す。
「どうして、」
「うん?」
「どうして、そこまでしてくれるんだ?私はお前たちの家族でも何でもないのに」
ナナマチには疑問だった。
縁もゆかりもない自分に優しくされる理由もなかったため、明に尋ねるも、明は少し悩んだ後にリンゴをしゃくしゃく食べながら答えた。
「放っておけないんだよな、お前みたいなタイプ」
「私が放っておけない?」
「そう。どこにも行くアテがなくて、困ったヤツを見逃せねえのが女将さんと俺なんだよなぁ。ナナちゃんも見逃せなかったってだけ」
ナナマチは初めて本物のリンゴを口にする。
甘味の中に少しの酸味があり、保存食しか食べてきたことがなかったナナマチには新鮮な味わいだった。
「……おいしい。これは?」
「リンゴ。食ったことねえの?てか、どこから来たの?ナナちゃん。あの変なロボットとか気になるし」
「それは、」
ナナマチは言いよどむ。
お人好しな藤本明は自分の事情を知れば、必ず頭を突っ込んでくることだろう。
それは、短い時間を共に過ごしただけでもわかってしまうのが分かりやすいところであり、困るところだった。
藤本明も、小野寺芳乃もナナマチが追われている身であると知れば、必ず守ってくれることだろう。
藤本明に至っては、自動人形と戦っているところに突っ込んでくるくらいだ。
「私はブレイズマンを探しにここに来た。これは何か分かるか?」
ナナマチは懐からバングルを取り出し、明に見せる。
それはハンゾウからブレイズマンにとヤドリギに託された、あのバングルだった。
「わかんねえ。誰かに言われたりした?それ持って行けって」
「ああ。私の父、が。ブレイズマンを頼れと」
「もしかしたら、おやっさんのことかもなぁ」
「おやっさん?」
明が頷くと、ナナマチが首をかしげる。
「小野寺辰五郎っていうんだけどよ、その人が私立探偵だったんだ。いろんなことやってたし、いろんな知り合いがいたから、もしかしたら、そのツテかもな」
「そうか……」
探していた人物がいないとなれば、頼れるのはブレイズマンだと名乗り、実際に火球を自動人形にぶつけて倒した最もブレイズマンに近いと言える藤本明しか頼りようがない。
しかし、そのバングルにはめられた宝石の中に炎が揺らめくような輝きは藤本明に反応しているようだった。
「これからどうすんの?ナナちゃんは。女将さんは迎える気満々だけど」
「ここで過ごさせてもらうことにする。慣れないことがあれば教えてくれないか、ブレイズマン」
ナナマチはリンゴが載せられた皿をひったくり、しゃくしゃく食べ始めた。
マスクの下から突っ込んでいるように見え、果汁がわずかに飛んでいるのを見て、明は丁寧にマスクを外してあげると、ナナマチは一度間を空けた後に「ありがとう」と顔を赤らめた。
「せめて明って呼んでくれない?」
「それなら、明殿と」
少し悩んだ後、ナナマチは頷いた。
「そう来ましたか」
「そうすることにした」
明の言葉にうなずくナナマチはどこか得意げだった。
「私はお前を見定めることにする。お前が私の恩人から託されたものに相応しいかどうか、それを見定めていく。それを次の私の任務にする」
「ナナちゃん、立ち直り早いって言われない?」
次に自分がやるべきことをすぐに口にして見せた、ナナマチはどこか得意げだった、
リンゴをしゃくしゃく食べながら、そんなことを立ちながらいうものだから、少し絞まらないのはご愛敬だろう。
「私は、もぐもぐ……、訓練を受けているからな。……これは食べた後はどうすればいい?」
「俺の部屋の前においてくれたらいいよ、そこそこ遅くまで起きてるから、俺が洗っておくし」
「うん、ありがとう。明殿。明日からよろしく頼む」
「おう、おやすみ。ナナちゃん」
こくりとナナマチが頷き、明が手を振って部屋に戻っていくと、ナナマチは感じたことがない温かさを胸に覚えた。
「本当に温かい、炎みたいなやつだ。明殿」
一人、呟いて部屋に戻ってナナマチはリンゴを食べることに決めたらしい。
明日から始まる、呑み処あかねでの生活はどうなっていくのだろうかと不思議とわくわくする自分に不思議に思った。