呪具人間   作:ぶきにんげん

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 俺は、地獄に居る。

 

「意識レベル低下しています」

 

「強心剤を叩き込め。死ななければそれでいい」

 

 落ちそうになった意識が、薬剤で無理矢理引きもどされる。

 太陽の様に眩しいライトに視界が眩んで、逆光になった誰かが視界に割り込んできた。

 

 転生した。前世の記憶擬きを持った俺は、物心ついた時には地獄に居た。

 

「次の呪具を持ってこい」

 

「こちらです」

 

 消された痛覚のせいで、何が起きているのか分からない。

 痛覚だけじゃない。五感の大半に異常を来してる。それでも、見た目はただの人間とそこまで変わらないんだから、この世界に救いは無い。

 

 俺は、地獄に居る。夜明けは、まだ来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その話を五条悟が聞き及んだのは、偶然による所が大きい。

 

「今時、人体実験ねぇ。相変わらずこの業界は、時代錯誤というか何というか」

 

 先を殆ど見通せない黒塗りサングラスを僅かにずらして見上げるのは、長い石造りの階段とその先に聳え立つ山門。

 彼が今回この地に足を踏み入れたのは、先の通り偶然に手に入れた情報の真偽を確かめるためだった。

 

 曰く、人体に複数の呪具を植え付けて人工的な特級術師を創り出そうとしていた。

 

 呪具。呪いを孕んだ物体を呪物というが、こちらは主に武具としての側面を持つ物をそう呼んだ。

 等級が割り振られ、上位のものになれば呪具そのものも呪術師の術式に勝るとも劣らない性能を有するそんな代物。

 

(この程度の家が特級相当の呪具を溜め込んでるとは考えづらい。とすれば、2級以下?そんなもん放り込んでも、特級になれるとは思えないけどねぇ)

 

 雑魚は考える事が分からない。生まれながらの強者である五条にしてみれば、有象無象が何をしていようとも特段脅威足りえない。

 傍若無人、天上天下唯我独尊。誰も窘められないのだから、質が悪い。

 階段を上り、そのスラリと長い足が振り抜かれ、門が門としての役目を果たすことなくぶち抜かれる。

 木片を踏みつけて乗り込んだ屋敷は、異様に薄暗い。昼間であるにも関わらず、空気が淀みまるでここだけ地の底のようだ。

 

「あちゃー、随分と呪力が淀んでるというか。よくもまあ、ここまでバレなかったもんだよ」

 

 ゲンナリしながら歩を進める五条。その足取りに迷いはなく、大きな玄関で靴を脱ぐ事も無くズカズカ中へと踏み込んでいった。

 家屋その物が呪力に飲まれている始末。どこもかしこも黒ずんで、饐えたニオイすら漂う劣悪な環境。

 踏まれる床板は常に軋む。迷いなく進められた足は、やがてとある襖の前で止まった。

 

「はい、お邪魔ー」

 

 デコピンと共に撓ませたトランプの様にはじけ飛ぶ襖。

 その中に居たのは、白髪交じりの黒髪を逆立たせて目を血走らせた壮年の男性。そして、その男の側の柱に凭れかかる様にして項垂れた白髪頭の子供。

 

「ギッ……!五条悟……!!!」

 

 目を血走らせた男が口角に泡を吹いて、入ってきた五条を睨みつけた。

 一触即発とでも言うべき状況だが、呪術師の実力の八割を担う術式を見る事が可能な五条にとっては何の障害にもなりはしない。

 問題は、男の隣でピクリとも動かない子供だ。

 

(この子か)

 

 五条をして、惨いと言わざるを得ない有様がそこにはあった。

 人工的な特級術師の作成。その禁忌の為に、この子供は人道など別世界の話と言わんばかりの所業をその身に受けていた。

 

「その子に埋め込んだ訳ね、呪具を。幾ら等級が低くとも、呪具は呪具。多種多様な呪いを短時間に、人体何て言う一つの器に押し込み続ければどうなるか。まあ、結果がこの有様なんだろうけど」

「黙れェ!!!我らが悲願を邪魔するならば、貴様も殺すまでよ!!」

 

 唾をまき散らして叫び、男はバッと子供へと顔を向ける。

 

「殺せェ!ゴクトぉ!!!」

 

 男の叫びと同時に、今まで身動ぎの一つもしなかった白髪頭が震える。

 掴むのは、己の左手。

 掴み、そして()()()()()()

 露となるのは白刃。日本刀の刀身だった。とはいえ、その全長は精々が短刀程度の長さでしかない。精々が突進して刺し殺す程度のものでしかない、()()()()()

 

「……へぇ?」

 

 薄く笑みを浮かべて現れたモノを見下ろす。

 両手の中指と薬指の間、手そのものを真っ二つにするように生えた刀の刀身。

 そして、頭部。最早人間のソレではなく、目の辺りから寝かせた上体の日本刀が貫通しておりどこから現れたのか軍帽を被っていた。

 正しく化物。ゆらりと揺れながら、立ち上がる。

 変身、というには余りにも血腥い。何せ、体を突き破って出現したであろう刀や刀身の結果、肉が裂けて周囲におびただしい量の血をまき散らしているのだから。

 もっとも、子供、立ち上がった事で少年と分かった彼は一切の痛みを感じていないのか無反応だが。

 

「殺せェ!殺せ殺せ殺せ殺せェ!!!」

 

 喚き散らす男の言葉に合わせて、異形が前へと飛び出してくる。

 振り被られた両手の刀身。その描いた軌跡の最中には柱などもあったのだが、一切の抵抗も無くまるで刃を水にでも通したかのようにアッサリと寸断。

 人間相手に振り回すには過分が過ぎる切れ味だ。

 だが、

 

「――――ま、僕には通じないよ」

 

 振るわれた刃は、空中で止まる。まるで見えない壁があるかのように。

 普通ならば、困惑する。或いは仕切り直すために、距離を取る。

 しかし、少年は違った。

 すぐさま床へと着地し、再度突進。五条の足を刈り取る様な軌道で左の刃を振るった。

 だが、これも通じない。

 これに苛立ったのは、男の方だった。

 

「何をしている、ゴクトォ!貴様にいったいどれだけの呪具を搭載したのか忘れたのか!?」

 

 唾を飛ばして目を血走らせて叫ぶ男に対して、少年は何も言わず後方へと下がった。

 そして、まるで血の塊が蕩け落ちるようにして彼の体を突き破っていた刀と刀身が消え去り、頭部もまた人間のものへと戻っている。

 次いで、手を伸ばしたのは己の右目。

 黒い眼帯が嵌められていたその右目の中へと、()()()()()()()()()()

 引き抜かれるのは、一本の矢。いったい何処に入っていたのか少なくとも頭部よりも大きい。

 同時に、再び少年から血が噴き出して、その姿が変わる。

 両腕はボウガンの様な形状へと変わり、頭部はバリスタへ。首から鬣の様に長い鏃が出現し、異形へとその姿を変えていた。

 向けられる両腕。放たれる矢は、鋼板だろうと容易く貫き破壊する。

 しかし、これもやはり五条には届かない。

 

「無駄無駄。残念ながら、届かないよ。それにしても、随分と色々と弄られてるね、君」

 

 生粋の呪術師である五条をして、()()()()()。そう判断をせざるを得ないほどに、少年の体は改造を施され過ぎていた。

 左手と右目だけではない。皮膚、脊髄、歯、右手、首そして心臓。

 本来ならば、ここまでの数の呪具を植え付けられて改造されれば人間は死んでいる。だが、少年は()()()()()()

 回帰術式。それが、少年に発現した、術式(呪い)だった。

 簡単に言えば、死にきれない。手足の欠損や、主要内臓器官などが消し飛んだとしても、完全に肉体が修復されて復活する。

 不死身、とは少し違う。確かに彼は、死んでおり。その上で、()()()()()

 この術式が厄介な点は、肉体の一部として認識された呪具もまた木っ端みじんに、或いは塵と化しても彼が復活すれば元に戻ってしまう点。

 

 厄介だ。それこそ、五条でなければ押し切られている。

 

「――――とりあえず、そっちは要らないかな」

「なに……へげっ!?」

 

 五条の指が弾かれると同時に、無様な断末魔と共に男の意識は闇に飲まれる。

 唖然、と言うべきか。異形と化した少年は驚いたように、()()()()()()男へと顔を向けて動かなくなってしまった。

 元々、そのつもりであったのだ。呪術界隈というのは、そういう処理が度々秘密裏にだが行われている。

 何より、今回の家はほぼ断絶している様な弱小家系。消えた所で、誰も気にも留めない。

 呆然と立ちすくむ少年。

 その目の前で腰を折って前かがみとなった五条が顔を近づけた。

 

「とりあえず、君のその状態を解いてもらえるかな?」

「…………」

「君の飼い主は、死んだよ。そして、君は分かるだろう?このまま僕と戦ったとして、戦いにならないって」

 

 五条にそう言われたからか、少年の頭部や両腕の異形部が融けて消える。

 そこに立つのは、痩せぎすの少年だ。年の頃は、小学生程で真っ白な髪は五条と似ているが、こちらは燃え尽きた灰の様な頼りなさを覚える。

 何より、その残った左目。まるで、ピジョンブラッドを精巧にカットして眼球としたかのような鮮やかな、しかし異様なまでに澄んだ赤い瞳をしていた。

 

「うーん…………良いね、君。どーせそのまま生きてても、上に持ってかれてモルモットが関の山だけど……どう?呪術師になるなら、僕が後見人をしてあげるよ?大丈夫、他にも面倒見てる子が居るからさ」

「…………」

 

 ペラペラと軽薄に回る舌を前に、少年は何も言わずにじっとそのサングラスを見返す。

 そして、小さく口を開いた。

 

「…………そしたら、死ねる?」

 

 小さな言葉の、小さな願い。生まれた時から抱いていた想い。

 果たして、五条は笑みを浮かべた。

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