呪具人間 作:ぶきにんげん
呪術師。呪いを持って呪いを払う彼らは、夜の帳に紛れて仕事を熟す。
「――――という訳で!新人呪術師候補の、
「…………は?」
小学生らしからぬドスの利いた声を漏らして、伏黒恵はその端正な顔立ちに深々とした眉間の皺を刻んだ。
彼の隣では、姉の伏黒津美紀が困った様に、しかし真っすぐに変なサプライズを持ってきた五条の隣でぼんやりとしている白髪の眼帯野郎を見つめていた。
伏黒恵がこの
発端は彼の父親、そして彼自身が持つ力に関しての事。
兎にも角にも理由はどうあれ、五条がバックについているお陰で姉弟二人はこうして子供だけでも生活していくことが出来ていた。
だが、この突飛というか社会的常識というモノを投げ捨てた様な在り方は、小学五年生となった今でもそう易々と受け入れられるものではなかった。
「……何ですか、そいつ」
「だから、さっきも言ったように呪術師候補だよ。ただ、彼はつい先日まで碌な環境に居なかったうえに、
「………なら、五条さんの所に連れて行けばいいじゃないですか」
「さっきも言ったけど、ゴクトは碌な環境に居なかったんだよね。だから、一人にするのは難しい。かといって、伊地知も硝子も学長も暇じゃない。そこで、思いついた訳。まあ、新しい同居人だよ。それに、ゴクトを置く分、支援の額も割増しにする。様子も時々見に来るからさ」
言葉を撤回する気が無いであろう五条に、恵は溜息を吐いた。
チラリと横目に確認すれば、津美紀の方は白髪眼帯へと同情を集めてしまったらしく心配そうな目をして彼を見ていた。
そもそも、断れる立場ではないのだ。金銭的な、そして社会的、呪術界隈的援助をしてもらっている現状、拒否という選択肢を取る事はまず不可能。
「んじゃ、ヨロシク~♪」
軽薄な♪マークと共に、トラブルメーカーは去っていく。
残るのは、子供三人。
嫌な沈黙。これを破ったのは、津美紀だった。
「えーっと、それじゃあとりあえず部屋に行こうか」
「…………」
彼女が先を行き、後に続く恵。
響くのは、
白髪眼帯、玄種ゴクトはその場から動こうとしなかった。
代わりに、ずっとだんまりだった口を開く。
「……迷惑だろう?」
「あ゛?」
「あの人が来る時だけ、ここに居れば援助も減らない」
淡々と一切の感情を感じさせない言葉で、彼はそんな事を宣う。
感情を隠すとか、小さいとか、そんなレベルではない。完全な、“無”だ。そこにあるのは、圧倒的な空虚さだけ。
ゴクトにとって、世界は何処まで行っても地獄でしかない。
痛覚を消され、連鎖的に温感と触覚が鈍った。見たくもない景色は色彩を失って、血腥いニオイしか拾えなかった嗅覚はいつの間にか機能を停止した。口に含むものは、等しく無味。砂でも噛んでいる気分にもなるが、それでも最低限の生命活動を維持するためには機械的に摂取しなければならない。
ここまで人体の感覚が死ぬと、人の精神もまた摩耗する。廃人になっていないのは、完成した
何より、玄種ゴクトは、己が化物である事を知っている。そして、目の前の少年は自身に近いが、その一方で隣の少女はか弱い人間であると察知していた。
少年は未だしも、少女はダメだ。自分が近くに居れば、ふとした拍子に傷つけかねないと、そう気付いてしまった。
なけなしの本当に僅かに残った精神の残り滓が、周りを傷つける事を拒んだのだ。
結果が、先の言葉。
「…………」
恵は眉間に皺を寄せる。ぶっちゃけ、彼の内心は面倒くさいという言葉一色だ。
ただでさえ、五条からの面倒事だ。加えて、その紹介された側の当人が全く乗り気ではないのだから質が悪い。
だが、その一方で津美紀は違った。
特に何かを言う事無く、寧ろ無防備と言えるほどに全くの警戒心も無くゴクトへと近付きその左手を握ったのだ。
突然の事に、しかし先程傷つけない為に近づこうとしなかった手前、振り解く事も出来はしない。
困惑する紅い瞳を真っ直ぐに、彼女は覗き込んだ。
「行こう?一人って、やっぱり寂しいから」
呪術師の事など特に知らない彼女だが、それでもその境遇からどうしても放っておくことが出来なかった。
か弱い手だ。それこそ、ゴクトはやろうと思えば今この場で二人を惨殺する事だって出来るだろう。
しかし、彼はまだそこまでは壊れきってはいなかった。
かくして始まるのは、歪な共同生活。変わるのは、未来のほんの少し。
@
その少年を診た時、家入硝子は自身が身を置く世界の底辺さというモノを改めて見せつけられる気がした。
「…………馬鹿げている」
カルテに目を通した家入の口から零れるのは、そんな言葉。
同じく、カルテへと目を通したサングラスの巨漢である夜蛾正道もまたその眉間に深い皺を寄せて、重苦しい溜息を吐いた。
彼らの頭を苛むのは、少し前に五条が拾ってきた少年にある。
そして彼は、この呪術界という世界の中での被害者の一人でもあった。
「右上腕骨、及び右手骨格内部にまで食い込んだ直剣。右と同じく左上腕骨、及び左手骨格内にある刀。右目の矢、右奥歯のスイッチ、皮膚組織の代替、頚部の安全ピン、脊柱の代替、そして心臓。ここまでやられれば、普通は死んでる」
「……それだけではないがな。短期間に放り込まれたんだろう呪具の呪いが、この子の中で複雑に混ざり合っている。ある意味では、奴らにとっての
吐き捨てる夜蛾。彼は、呪術師の中では比較的真面の人間だった。教育者でもある為、その辺りは信が置ける。
同時に、呪術師としても長いのだが、ここまで胸糞の悪い案件も中々無いと彼は拳を握った。
憤る元担任を尻目に、家入はジロリとこの場のもう一人へと目を向ける。
「本気で、呪術師にするつもりか?五条」
「まあね。僕には及ばなくても、ぶっちゃけかなり強いんだよゴクトって」
砂糖を何杯入れたのかも分からないコーヒーカップを片手に、五条は肩を竦める。
「そこらの準1級ぐらいまでの呪術師や呪霊なら勝てるだろうし、相性次第じゃ1級も相手できる。そんな子、上に持っていかれちゃ面白くないでしょ?」
「茶化すなよ……最悪、いや十中八九モルモットだろう?この子の術式が機能し続ければ、呪具は幾らでも植え付けることが出来る」
「まあね。人工的に特級術師を造ろうとした結果らしいけど……ゴクトの場合は、術式ありき。その術式だってだいぶ希少なんだけどさ。御三家じゃなくても、売りに出せば挙って大金はたいて買い付ける位には」
「回帰術式、だったか」
「そ。死からの復活を可能とする術式。と言っても、多分老衰はするんじゃないかな。それ以外の外的要因じゃ、死ねない」
「悟、お前でもか?」
「回帰術式は、術者だけで呪術的差し引きが完成してる。死んだ時、自動的に元の状態で復活する。
攻撃能力は、ゼロで尚且つ戦闘行為自体には一切アドバンテージの無い術式。それどころか、使えば使う程に、精神が死ぬ。
どれだけ悲惨に殺されようとも、
例えば、首を刎ねられて死んでも、戻ってくる。痛みはある。
例えば、体の端から鉋を掛けられて結果的に死んだとしても、戻ってくる。痛みはある。
例えば、散々に汚されてその上で殺されたとしても、戻ってくる。記憶も痛みもある。
上はほんの一例でしかない。溺死であったり焼死であったりと、苦しい死に方は山ほどあるのだから。
それら一切合切を経験した上で、死ねない。これが、この術式の恐ろしさというものだ。
加えて今回の一件で発覚した副産物。
「あの変身能力は、どう説明する?」
「恐らく、術式そのものにバグが出てる。そもそも、人間の体に呪具を幾つも植え付ける、何て発想自体が常軌を逸してるんだよ?それでも、ゴクトの体は、術式は術者本人を生かそうとした。いや、生かした。その過程で使ったのが、」
「――――呪具の呪力、か」
「そう。と言っても、僕も全てが分かる訳じゃない。仮説の域を出てないし、そんな事を調べるってなればそれこそ、全身バラバラにする必要がある。そこまでする必要ないじゃん?」
「じゃあ、どうする。お前、ただでさえ禪院に睨まれてるだろ?」
「ま、どうにかするよ。今回、硝子と学長に紹介したのも、ゴクトの事を知ってる人を増やすためだし。五年もすれば、恵と一緒にここに放り込むからさ」
五条悟に見つかった時点で、いやそもそもこの世界に生まれた時点で、玄種ゴクトの未来は決定していた。
彼は地獄から逃げられない。