呪具人間   作:ぶきにんげん

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 新生活。存外、最初の内は慣れていない環境から気疲れを起こしたりして中々上手くいかないものだ。

 

「――――うわっ!」

 

 朝。目覚めて驚きの声を上げたのは、津美紀。

 彼女が見つけたのは、壁に背中を預けるようにして体育座りの姿勢で膝に顔を埋めた白髪頭だ。

 彼女の声に反応したのか、白髪頭がピクリと震えてのろのろと眼帯を付けた幽鬼の様な顔が持ち上げられた。

 

「もう!ゴクト君!また布団で寝ないで!」

「…………」

 

 腰に手を当ててプンスカ怒る津美紀だが、寝ぼけているのかゴクトの反応は芳しくない。

 そんな彼の頭を小さな手がひっ叩く。

 

「津美紀に迷惑かけんなよ」

「こら、恵。怒ってくれるのは良いけど、暴力はダメ」

「…………言いながら、叩いてるじゃねぇか」

「なに?」

「…………」

 

 津美紀、強い。この家でのヒエラルキーは彼女がトップだ。というか、恵にとってもゴクトにとっても彼女が最もか弱く、手弱女とまでは言わないがそれでも早々反撃など出来る筈もない。

 朝から元気の二人に合わせるように、ゴクトも立ち上がる。

 三人の共同生活が始まって暫くが経った。

 

「それじゃあ、朝ご飯にしよっか」

 

 津美紀の言葉を受けて朝の時間の始まりだ。

 といっても、特別何かがある訳では無い。

 パンを焼いて、付け合わせの目玉焼きや野菜を幾つか用意するだけ。

 

「本当に足りる?」

「ああ……」

 

 そう津美紀が尋ねるのも無理はない。

 ゴクトの食は細かった。それこそ、朝はパン一枚食べきれれば良い方だし、昼は食べない。夜もご飯と味噌汁を茶碗に半分食べる程度。

 遠慮しているのか、と最初は考えてたくさん食べても大丈夫だと、津美紀も何度も言ったのだ。だが、改善されない。恵も押し付けるように食べさせようとしたが、上手くいかない。

 結果的に二人が折れる形となって食生活改善は失敗に終わる。先の睡眠に関しても、そうだ。

 仕方がない。現在十歳であるゴクトだが、つい先日まで人間扱いを受ける様な生活をしてこなかったのだから。社会的規範など一般常識は、前世?のお陰で問題は無いが体質的な部分は如何ともし難い。

 食事に関しては、胃腸が退化しているのか多くは食べられない。睡眠も、煎餅布団だろうと柔らかい床というモノに慣れないせいで寝るに寝られない。

 

「いただきます!」

「「……いただきます」」

 

 パンッ、と両手を打ち合わせる津美紀に倣うように二人も手を合わせて一礼。朝食へと手を付けていく。

 

「今日は私が帰って来てから買い物に行こうね」

「……ああ」

「卵が安いから、オムライスにしようかな」

「パプリカは要らない」

「…………ダメ?細かく刻んでも?」

 

 首を傾げる津美紀に、恵は眉間に皺を寄せて頷いた。

 彼は、甘いおかずというモノが苦手だった。その中でも、パプリカは一等苦手だ。

 二人のやり取りを視界に収める形で、ゴクトは何も言わずにパンを咀嚼する。

 何もつけていないが、そもそも味がしないのだ。食感だけで、正直気は進まない。だが、食べないなら食べないでいずれ動けなくなる上に、二人に心配をかける事になる。

 分かりやすい津美紀もそうだが、恵は恵みで不器用な優しさというモノを持っているのだから。擦れてはいても気に掛けられている事は何となく分かる。

 中々ににぎやかな食事の時間も終わり、身嗜みを整えて姉弟はランドセルを背負った。

 

「それじゃあ、行ってくるね」

「……行ってくる」

「ああ……」

 

 小学校へと向かう二人を玄関で見送るゴクト。

 彼は学校へ通っていない。

 戸籍がそもそも存在しないのと、それから身体の問題があるからだ。

 基本的に、ゴクト自身が変身しようとしなければ、体が勝手に変化する事はない。しかし、変身しなくとも、変身するための部位は露出しているのだ。

 例えば、首元のピン。例えば、右目の孔。例えば、胸部のスターターロープ。

 両手の剣と刀は手そのものを引き抜かなければ露出する事は無いが、それでも危険である事には変わりない。

 何より、死んでいないから生きている、レベルの生きる気力の無さなのだ。因みに、小学校への登校ストップをかけたのは医学的見地を持つ家入だったりする。

 二人を見送って、ゴクトは何をするでもなく部屋へと戻り壁に凭れかかって手足を投げ出すように座り込んだ。

 何もする気にはならない。言ってしまえば、鬱病の行くところまで行って戻れなくなってしまった様な状態。

 何もしない。ただ動かずに、無為に酸素を消費していくだけ。

 彼が自発的に動くのは――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。草木も眠る丑三つ時。

 

「…………」

 

 慣れない布団の上で、同じく眠る二人へと背を向けて横になるゴクトは、暗闇の中で目を開いていた。

 そのまま、二人を起こさないように床を軋ませる事無く立ち上がる。

 向かったのは、窓。鍵を開けて、静かに引いて開く。

 これまた音もなく外へと出た体は、一切を音を立てる事無く窓を閉じると、二階である窓前に設けられた転落防止用の柵より地面へと飛び降りていた。

 裸足のままに、塀の上に着地。更にそこから道路へと降りて、小走りに向かうとある方向。

 やがて見えてきたのは、月明かりに照らされた大きな建物。この辺一帯の子供が通う、市立の小学校の校舎だった。

 辿り着いた所で、周囲に一瞬だけ視線を走らせて敷地内へと足を踏み入れていく。

 

「いいぃいぃいいぃいぃぃ今、なん、じぃいぃぃぃ……?」

「あ、したも、あそ、ぼぉおおおぉぉぉ」

 

 不法侵入した校内に闊歩する怪物たち。

 呪霊。人々の感情から生じる呪いが降り積もって形を成す、人の宿業。

 学校や病院など、人々の負の感情の受け皿となりやすい場所では頻繁に発生するが、視認するには呪力が必要となる。

 顔面が時計の様になった六足歩行の毛のない犬の様な見た目の呪霊の顔面を呪力を込めた蹴りで祓い。続いて手の集合体の様な呪霊をこれまた呪力を込めた拳で滅多打ちにして祓う。

 ろくに食べ物を受け付けない貧弱モヤシの様な彼だが、その実フィジカルは常人とは比べ物にならない。

 呪力によるバフはあるが、しかしそれだけではないのだ。

 細腕は、見た目通りではない。痩身は、見た目通りではない。

 仮に成人男性と腕相撲をすれば、相手の腕をへし折って勝つ程度には、彼の体は異常を内包している。

 とはいえ、その秘密は、特別隠されている様なものではないのだが。

 

「…………」

「ォォォォオオオオオ…………」

 

 廊下を塞ぐように蹲る巨体が現れた。

 両手で目の辺りを押さえて顔を伏せて言葉にもならない音を声として垂れ流す。

 距離があった。故に、ゴクトが選択したのは助走からの飛び蹴り。

 

「む………」

 

 だが、蹴りでそのまま貫こうとした一撃は、まるで不定形のゴムでも蹴ったかのような頼りない手応えと共に深く減り込んだ上で弾き返されていた。

 見れば、顔を覆う手の甲へと突き刺さった筈の蹴り跡がクッションが元に戻る様に戻っていく。

 長引かせる気のないゴクトは、左手を右手で掴み、一気に引き抜いた。

 現れる、刀の怪物。しかし、あの時、五条と初対面とは違う部分もある。

 

「…………」

 

 刀身が現れているのは、右腕のみ。しゃがみ、右手の平が呪霊へと向くようにして腕を持ち上げて、その腕をロックするように左腕を右前腕の前に添えた。

 術理としては、デコピン。

 音が消える。響くのは、呪霊の呻き声だけ。

 そして、化物の姿が掻き消える。

 旋風が駆け抜けて、次の瞬間には月光の差し込む廊下に再び現れた刀の化物。

 そこは、呪霊の背後だった。

 右腕が振るわれ、己のモノではない血液が払われると同時にその巨体には右切り上げの形で線が走り、崩れ落ちていく。

 消えていく呪霊を見送って、ゴクトは周囲を見渡した。

 どうやら、大物は先ほど顔を覆っていた呪霊位であるらしく、残りは雑魚ばかり。

 瞬く間の惨殺現場が出来上がり、切り刻まれた呪霊の死骸は黒い滓となって崩れて消えていった。

 しかし、達成感に浸る間は無い。そもそも、達成感など無い。

 行動原理としては、唯一の存在意義の遂行、だろうか。

 そそくさと夜の校舎を後にして、街を駆け抜ける。

 部屋へと帰りつき、音もなく帰宅。そのまま、窓を閉め鍵をかけてから壁に背を預けると膝を抱えてその天辺へと顔を埋めた。

 これが、今のゴクトの一日のルーティーン。

 最初に求められた事から抜けられない、人間擬きの悲しい性というモノだった。

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