獅子帝の去りし後   作:刀聖

21 / 23
第二十一節

 時はユリウスが、海賊制圧のニュースを聞く数日前にさかのぼる。

 

 

 旧帝都オーディンから数千光年の距離にある恒星パラスは複数の惑星を周囲に従えており、その生存居住可能領域(ハビタブルゾーン)に存在する第二惑星ガゼリオンが、星系内最大の人類の生活圏である。

 

 そして星系外縁部を公転する小惑星のひとつを利用して建造され、のちに放棄されていた旧軍事基地が海賊のアジトとなっている事実が判明したのは、ごく最近の事であった。

 

 

撃て(ファイエル)!」

 

 砲撃命令が下され、帝国艦隊から無数のビームが岩塊の外壁に容赦なく叩きつけられる。反応が鈍いながらも外壁に設置されている砲台群から反撃の砲火が放たれるが、圧倒的な密度の火力により砲台は次々と沈黙を強制されていった。

 

 帝国軍のレーザー水爆により外壁に穿たれた複数の破孔に向け、強襲揚陸艦群が殺到してゆく。そして揚陸艦から降り立った装甲擲弾兵部隊は、アジト内部への秩序ある侵入を果たしていった。帝国軍は見事に海賊どもの不意を討ち、ここまでは予定通りに強襲が成功しつつある。

 

 

 この帝国艦隊は、ディートリッヒ・ザウケン上級大将直属の部隊であった。

 

 ザウケンは故ジークフリード・キルヒアイスの旧部下であり、キルヒアイスの死後は帝国軍最高司令官となったラインハルトの直属に転じた。

 

 当初はラインハルト直属艦隊の分艦隊司令官の一人であったが、ほどなく人事異動によりザウケンは航法主任参謀たる事を命じられた。艦隊司令部は作戦、航法・運用、情報・索敵、後方の四部門で構成されており、彼はその一角の責任者に任じられたわけである。

 

 大きな責任を伴う重職ではあったが、ラインハルトの司令部に身を置くというのは、ラインハルトの補佐役筆頭であるパウル・フォン・オーベルシュタインの、血色と表情が至って薄い顔を見る機会が増える事も意味していた。敬愛していた旧上官たるキルヒアイスの死因を作りながら、ラインハルトのような悔恨の情を微塵も見せない宇宙艦隊総参謀長に対しザウケンは強烈な反感を覚えずにはいられなかったが、彼は私情を抑えて職務に精励したのである。

 

 旧帝国暦四八九年に開始された「神々の黄昏」(ラグナロック)作戦で示された航法主任参謀の手腕は、ラインハルトをおおむね満足させるものであった。その翌年の最終決戦たるバーミリオン会戦の中盤における、ラインハルトが考案し敵将ヤン・ウェンリー元帥をして「何という厚みと深みだ……」と感嘆せしめた二十四段もの縦深陣の構築と運用は、運用責任者であるザウケンの苦心の結果でもあったのである。

 

 だが、ひとたびその縦深陣が崩れたのちは、ヤンの魔術的な用兵と、それを可能にしたエドウィン・フィッシャー中将の名人芸の域にある艦隊運用の前にラインハルト艦隊は劣勢に追い込まれた。ザウケンは必死に破綻しつつあった艦隊の秩序を維持する事に専念し、際どくはあったものの停戦まで全軍の戦線を完全崩壊から守り抜く事に貢献したのであった。

 

 

 余談となるが、「神々の黄昏」作戦時におけるラインハルト直属の分艦隊司令官の中に、ザウケンの名が加えられている二次資料なども多数存在する。これは、その前後に分艦隊司令官を務めていた事実に起因する誤認であろう……。

 

 

 ローエングラム王朝成立後、大将に昇進したザウケンは再び分艦隊司令官に任じられる。これはバーミリオン会戦後、分艦隊司令官の過半が戦死、療養、異動といった事情で不在となったためである。彼に代わって大本営の艦隊運用の担当を任じられたのは、王朝初代の統帥本部総長にして皇帝(カイザー)の首席幕僚たるオスカー・フォン・ロイエンタール元帥の麾下の一人であり、キルヒアイス艦隊時代の同僚でもあったハンス・エドアルド・ベルゲングリューン大将であった。

 

 かくしてザウケンはマル・アデッタ会戦、回廊の戦いといった諸戦闘にも参加し、主君の矛ないし盾としての役目を務めたのである。

 

 

 新帝国暦〇〇三年の皇帝ラインハルト崩御後、エルンスト・フォン・アイゼナッハ元帥が「ヴァルハラ星系圏(グロスラウム・ヴァルハラ)総軍司令官」に就任するに際し、上級大将に昇進したザウケンはエミール・フランツ・グローテヴァル上級大将と共に副司令官としてアイゼナッハの補佐役たる事を命じられ、旧帝都オーディンに赴任する事となる。

 

 オーディンは現時点における人類社会屈指の要地であると同時に、上官であったキルヒアイス元帥の墓所が存在し、キルヒアイスの遺族が現在も居住する惑星でもある。その周辺を守るという重責は、ザウケンにとって様々な意味で意義が感じられる任務であったのだった。

 

 

 侵入したアジトの内部に仮設された陸戦司令部の指示に従い、帝国軍装甲擲弾兵部隊はアジトを全面制圧すべく前進してゆく。内部に人身売買や身代金目的などで拉致された民間人が多数監禁されている、との情報も事前に得られており、アジトごと完全破壊するという訳にもいかなかったのであった。

 

 その司令部においてレオポルド・シューマッハという姓名の壮年の准将が旅団長として陸戦隊の指揮を執り、各所と連絡を取りつつ、次々ともたらされる報告を分析し、的確かつ迅速に指示を出している。虚を突かれた海賊たちは最初から腰が引けており、小規模な戦闘が散発的に起こってはごく短時間で収束してゆく。

 

 彼の下に届けられた複数の報告の一つの中に、投降した海賊の自供などにより彼らの所属が確定したというものがあった。彼らは「雷光フリッツ」(フリッツ・デア・ブリッツ)の異名を持つ、フリッツ・マイヤーを首領と仰ぐ海賊団に属していたとの事である。それを耳にしたシューマッハは、沈着な表情にわずかな苦笑の成分を浮かび上がらせ、内心で独語する。

 

「やはり『大神の槍』(グングニル)ではなかったか。ザウケン提督も舌打ちのひとつもしたい所だろうな」

 

 旧来の帝国領内における最大規模の海賊たる「大神の槍」の討伐に、帝国軍人としての義務感以上の熱意をザウケンが傾けているのを、シューマッハは知っていた。

 

 その情熱の発生源はふたつ存在しており、ひとつはザウケンの旗艦の名も「グングニル」であったからである。

 

 海賊風情が自分が大将昇進時に与えられた栄えある旗艦と同じ名を称しているというのは、当のザウケンからしてみれば快いものではなかったのであった。ましてや神話を持ち出して、ローエングラム王朝を打ち砕くなどと妄言を吐いているとあってはなおの事である。

 

 そしてもうひとつの理由は、ザウケンにとっては前者よりもさらに深刻なものであった。

 

 

「赤髭」(バルバロッサ)ハンス・レーマン。それが現在の「大神の槍」首領の異名と姓名である。

 

 

「大神の槍」は旧帝国暦四八八年のリップシュタット戦役終結後、敗北し辺境に落ち延びた貴族連合軍の残党の一部により結成された集団である。「逆賊たる金髪の孺子(こぞう)を討ち、正義を帝国に回復する」という大層なお題目とは裏腹に、事実上は辺境にて細々と略奪や密輸などを行ない、大規模な討伐軍が来れば尻尾を巻いて逃げるしかない小悪党の集まりに過ぎなかった。

 

 幹部の間で主導権争いが多発し、統制もまともに取れなくなりつつあった「大神の槍」は年月を経るにつれて弱体化し、自然消滅への一途をたどっていた。

 

 だが新帝国暦〇〇二年の後半ごろ、急速に台頭したハンス・レーマンとその支持者たちによる叛乱が「大神の槍」内部で発生し、従来の首領と幹部たちは粛清ないし追放されてレーマンが新たな首領となりおおせたのである。

 

 レーマンが中枢を掌握したのちの「大神の槍」は急速な膨張を遂げ、それまで帝国辺境で最大規模を誇っていたフリッツ・マイヤーの海賊団の勢力を短期間で凌駕するに至った。現在ではヴァルハラ星系圏総軍の成立と活動によって一時期の勢威は押さえこまれつつあるが、その神出鬼没の蠢動ぶりは、歴戦の帝国軍をして閉口させるに足るものであった。

 

 レーマンは燃えるような赤毛と鋭い碧眼、そして顔の下半分を覆う堂々たる口ひげ、顎ひげ、そして頬ひげをたくわえた壮年の偉丈夫であると伝えられる。

 

「赤髭」という異名はその容貌ゆえに地球時代の(いにしえ)の王や海賊になぞらえて彼の配下から畏敬を込めて呼ばれ始め、現在では辺境星域の住民たちの間でも完全に畏怖と共に定着しているという。

 

 そして、かつて戦艦バルバロッサを駆って辺境を平定し令名を轟かせたジークフリード・キルヒアイスの旧部下たちにとって、新王朝に仇なす海賊が旧上官の栄光ある旗艦と同じ名を騙り、あまつさえ辺境を我が物顔で闊歩しているなどという皮肉な現状は、不快を通り越して憤慨すべき事態であったのだった。

 

 

 レーマンのその軍事的な力量と実績から見ても、彼が経験豊富な高級軍人の出身である可能性は高いとされている。

 

 だが、帝国軍の各情報機関の調査の結果では「ハンス・レーマン」という姓名とその容貌が一致する軍人は、消息が不明である高級士官のリストの中には見いだせず、偽名である事は確実であった。そのため、彼の素性については様々な推測や憶測が入り乱れているのである。

 

 その諸説のひとつとして、戦死したとされている旧自由惑星同盟軍の提督の存在が取り沙汰されていた。

 

 

 ラルフ・カールセン中将。自由惑星同盟末期の勇将として知られる人物である。

 

 

 宇宙暦七九六年、旧帝国暦四八七年の同盟軍の帝国領侵攻において、ボルソルン星系に駐留していた同盟軍第一二艦隊はコルネリアス・ルッツ中将率いる帝国艦隊の強襲を受けた。

 

 第一二艦隊司令官ビクトル・ボロディン中将は不利な状況に陥りながらも自ら殿軍を務めて味方の離脱を援護し、包囲下に置かれ抗戦も撤退も不可能となった時点で自決したのであった。脱出できたのは全体の二割程度に過ぎなかったが、その中には分艦隊司令官ラルフ・カールセン准将の名も含まれていたのである。

 

 かろうじてアムリッツァ星系に到着した第一二艦隊の残存艦隊は、第五艦隊司令官アレクサンドル・ビュコック中将の指揮下に入った。第一二艦隊所属の将官のほとんどは戦死ないし重傷を負うなど人的資源においても多大な損害を被っており、ビュコックの指示により健在であったカールセンが残存艦隊の指揮を執る事となったのである。

 

 アムリッツァ会戦においてカールセンは敬愛していた上官ボロディンの無念を晴らすべく奮戦し、その巧妙にして果敢な戦いぶりはビュコックや第一三艦隊司令官ヤン・ウェンリー中将といった味方の名将たちを感嘆せしめた。帝国軍の別働隊に後背を突かれた同盟軍の敗北が確定したのちも、カールセンは最後衛に身を置いて味方の撤退に尽力したのであった。

 

 本国に生還したカールセンは少将に昇進し、警備艦隊司令官として担当する星系の治安維持に従事する事となる。宇宙暦七九七年の救国軍事会議のクーデター勃発においてはイゼルローン方面軍司令官となっていたヤンに合流し、その指揮の下でクーデターの完全鎮定に力を尽くした。

 

 宇宙暦七九九年、旧帝国暦四九〇年の帝国軍による同盟領侵攻に際し、カールセンはライオネル・モートンと共に中将に昇進の上、一個艦隊の司令官に就任する。

 

 第一次ランテマリオ会戦において同盟軍は宇宙艦隊司令長官ビュコック元帥の指揮の下、先鋒ベルナルド・レナート・パエッタ中将の第一艦隊、右翼モートン中将の第一四艦隊、そして左翼カールセン中将の第一五艦隊という布陣をもって、自軍の五倍もの帝国軍を迎え撃った。

 

 寄せ集めで質が不安定な、数的にも「一個艦隊未満」の麾下の艦隊をモートンやカールセンはどうにか統御しつつ両翼を支え続けた。兵力の質量ともに明確に劣勢であった同盟軍が長期にわたり戦線を維持しえたのは、ビュコックの地の利を生かした老練な用兵と宇宙艦隊総参謀長チュン・ウー・チェン大将の的確な補佐もさる事ながら、その麾下に在った三名の中将の勇戦も大きな要素だったと言えるであろう。

 

 第一次ランテマリオ会戦にて同盟軍が敗退したのち、再編成した残存艦隊を率いてモートンとカールセンはヤン・ウェンリー元帥麾下の艦隊に合流する。

 

 任地であったイゼルローン要塞を交戦中に放棄し、行動の自由を得たヤン艦隊は帝国軍の兵站に強烈な一撃を加え、帝国軍の名将率いる一個艦隊を三度にわたり撃破するという離れ業を成し遂げていた。が、それまでの損耗も決して少ないものではなく、用兵家としての力量と実績を兼備したモートンとカールセンの増援は、決戦を目前としたヤンにとってもありがたいものであった。

 

 

 なお、いまひとりの中将であるパエッタは、第一次ランテマリオ会戦の最終局面において旗艦が被弾し、彼自身も重傷を負ってしまった。アスターテ会戦時に続き、不運にもパエッタは再び長期療養を余儀なくされたのであった……。

 

 

「神々の黄昏」における帝国軍と同盟軍の最終決戦となったバーミリオン会戦において、モートン、カールセン両艦隊は総司令官の指揮と期待に充分以上に応え、中盤以降における同盟軍の優勢の獲得に大きく貢献した。モートンは帝国側の増援たるナイトハルト・ミュラー大将の猛攻の前に斃れたが、カールセンは同盟政府の停戦命令が届くまで、敵の総司令官たるラインハルトの喉笛に喰らいつくべく奮闘したのであった。

 

 そして翌年の宇宙暦八〇〇年、新帝国暦〇〇二年の一月一六日。ひとたび自由惑星同盟を屈服させ、本国に帰還し新王朝を打ち立てたラインハルト・フォン・ローエングラムによる同盟領再侵攻に際し、カールセンは再びビュコックの指揮の下で戦う事となる。

 

 自由惑星同盟軍最後の戦いとして史書に記される事となるマル・アデッタ会戦において、カールセン艦隊は特筆すべき勇戦ぶりを表した。

 

 小惑星帯に潜む同盟軍の後背を撃たんとした勇将アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト上級大将の艦隊を、それを予測していた司令長官と総参謀長の指示によりカールセンは伏兵として逆にその側背を撃った。そうしてファーレンハイトを一時後退せしめた後、今度はカールセン分艦隊が長駆して帝国軍本隊の後背に回り込んだのである。

 

 帝国軍後衛は「鉄壁」の異名を持つミュラー上級大将の艦隊であった。死を決したカールセン分艦隊は、ビュコック率いる本隊と連携して堅牢かつ重厚な敵陣に深く突入していく。ミュラーや急追してきたファーレンハイトに加え、アイゼナッハ上級大将の艦隊にも囲まれた同盟軍は、そうした苦境と混戦の渦中にあって、ラインハルトの本隊に肉薄してみせるほどの凄絶な攻勢を発揮したのである。

 

 だが戦争の天才たるラインハルト、「帝国軍の双璧」オスカー・フォン・ロイエンタール元帥とウォルフガング・ミッターマイヤー元帥の的確かつ苛烈な迎撃と逆撃に直面し、その猛攻もついに限界点に達する。そして遅れて到着した猛将フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将率いる「黒色槍騎兵」(シュワルツ・ランツェンレイター)艦隊の突撃により、勝敗は完全に決したのであった。

 

 そして司令長官と総参謀長に先立ち、最後まで戦い抜いたラルフ・カールセンは轟沈する旗艦ディオメデスと共にマル・アデッタに果て、闘将としての鮮烈な軌跡を後世に遺したのであった……。

 

 

 ……というのが公式な戦史におけるカールセンの堂々たる晩節なのであるが、非命に斃れた人物などの、いわゆる「生存伝説」が巷間に流布するのは珍しい事ではない。

 

 確かに伝え聞くレーマンの容貌の特徴はカールセンのそれと合致し、二人の活動時期も重なってはおらず、統率力を備えた巧妙果敢な指揮官という点も共通はしている。近年においてもバーミリオン会戦で戦死したとされていたウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ提督にも会戦後から生存の風説が生じ、事実として健在であったという実例もあるため、カールセンとレーマンを同一人物と信じる人々も少なからず存在しているのである。

 

 とはいえ帝国当局は情報分析の結果として彼らが同一人物の可能性は低いとみなしており、そもそもレーマンの素性を必要以上に追求する必要も認めてはいない。重要なのは、いかにしてレーマンと彼が率いる集団を封じ込め、撃滅するかであった。

 

 

 陸戦指揮官の一人たるシューマッハにしても、眼前の相手が「大神の槍」であるにせよないにせよ、やるべき事に変わりはない。

 

 旅団長閣下は、部下の一人に問いかけた。

 

「これまで、ゼッフル粒子が使用された形跡はあるか」

「いえ、現時点では確認されていません」

 

 発明者たる応用化学者カール・ゼッフル博士の名を冠するこの粒子は、現在の人類社会において気体状の高性能爆薬として利用されている。複数の化学物質を、発生装置内で触媒を加えて結合させる事により生じるゼッフル粒子は、少量でも恐るべき燃焼力と爆発力を発揮する引火性の高い危険物であった。

 

 近年においては、リップシュタット戦役において巨大と言ってよいガルミッシュ要塞が、他の爆発物などの誘爆の相乗効果もあったとはいえ体積にして四分の一が損壊した例がある。これでさえ、内部で炸裂したゼッフル粒子は一人でも無理なく携帯可能な程度の分量であったと推測されているのである。

 

 これほどに有益だが危険性が極めて高いゼッフル粒子の素材となる各化学物質は、なにかと規律が緩みがちであった末期のゴールデンバウム王朝においても製造、保管、輸送、そして使用といった全ての過程において厳重な管理の対象であり、違反者や事故発生時の責任者などは例外なく厳罰に処される事が定められていた。その製造工場は帝国の直轄領内のみに建設が許可されており、ほぼ完全な内政自治権を有していたフェザーンですら製造は禁止されていたのである。

 

 こうした高破壊力、殺傷力を有した爆発物の徹底した管理は、共和主義者の中性子爆弾によるテロで功臣たるエルンスト・ファルストロングを失ったルドルフ大帝の勅令が基となっていた。そして帝国とは何かと立場を異にする自由惑星同盟においても、ゼッフル粒子などの管理体制は法律で厳格に規定されていたのである。

 

 そのため、皇族や門閥貴族といった専制的な権力者であっても、平時──帝国と同盟間の一五〇年に及ぶ慢性的な戦争状態をそう称してよければ──において超高性能の爆発物を入手し保有するのは巨大な困難とリスクが伴った。

 

 

 旧帝国暦四八六年のブラウンシュヴァイク公爵邸におけるクロプシュトック侯爵のテロでゼッフル粒子やそれに伍する破壊力を有した爆発物が用いられていれば、爆発地点となった大広間にとどまらず、敷地全域が焦土と化していたであろう。そして、当時公爵邸のパーティーに出席していたラインハルト・フォン・ミューゼル大将も人生からの早すぎる退場を余儀なくされ、人類史は大幅に変わっていたに違いなかった……。

 

 

 リップシュタット戦役終結後、敗者たる貴族連合軍に属していた直轄領や軍事施設から、少なからぬ量のゼッフル粒子などの高性能の爆発物が内乱中に流失した事が確認されており、非合法組織の手に渡っている可能性が以前から指摘されていた。新帝国暦〇〇一年のキュンメル男爵による皇帝ラインハルト暗殺未遂事件において準備されていたゼッフル粒子も、その一部であったと推測されている。

 

 また、自由惑星同盟の滅亡後、その旧領内においても管理体制の混乱による大量破壊兵器の流出が問題となっており、要人へのテロを警戒するローエングラム王朝はその対処に現在も苦慮しているのであった。

 

 そのため、今回の討伐においても海賊側が所有していないとも断言できず、各部隊において検知器を常時動作させ、即効性はないが中和剤も大量に用意していたのである。現在の時点では取りこし苦労に終わっているが、最も効果的な局面で使用するタイミングを計っているだけかも知れず、油断はできなかった。

 

 

 ほどなくして中央指令室に次ぎ、核融合炉の制御室の奪取に無事成功したとの連絡を受けたシューマッハは、外の艦隊司令部にその旨を報告した。

 

 主港(メイン・ポート)の防御システムを解除し、ゲートを開いて味方の艦隊を迎え入れる準備を整えるよう命じたのち、旅団長は直属の部下たちと共に中央指令室への移動を開始する。

 

 要所はほぼ制圧し、監禁されていた民間人の移送も滞りなく進行していた。あとは内部に残った海賊への対処である。投降すればよし、抵抗すれば力ずくで無力化するしかない。逃亡を図る者も多いだろうが、仮に基地内から脱出できたとしても、外では帝国艦隊が包囲網を形成しているのである。

 

 中央指令室へと向かう途上、そこを占拠した部隊からシューマッハの直属部隊へと暗号通信が入った。基地内の監視システムが一個小隊ほどの海賊の姿を捉えたのだが、その集団がシューマッハらがいる方向の通路に向け逃亡しているという。

 

「通路の前後の隔壁を下ろして閉じ込めろ」

 

 旅団長は中央指令室に指示を出した。遠くから重々しい起動音が響いたのち、再び指令室から通信が入る。

 

「後方は()りましたが、前方の隔壁が作動しません」

 

 長期間放棄され、老朽化が進んでいた施設である。海賊たちも細かい点検や整備などはしていなかったのであろう。やむを得ず、シューマッハは麾下の部隊にその手前の広い空間で迎撃態勢を執るように命じる。

 

 それから二〇秒も経たぬうちに、帝国軍部隊は件の海賊たちと接敵する。後方を遮断された事を察知していた海賊たちは、自分たちを凌駕する武装と人数の装甲擲弾兵部隊を前に愕然として立ちすくんだようであった。

 

「武器を捨てて投降せよ」

 

 パニックに陥ったのか、あるいは降伏しても死刑を免れないほどの罪を重ねていたのか、その勧告に対して海賊たちは背を向け、全速力で元のルートを逆戻りするという選択を採った。たちまち帝国軍から高密度の火線が放たれ、それらに串刺しにされた海賊たちが次々と倒れ伏す。

 

 辛うじて銃撃を逃れ、下ろされた隔壁を視覚内に捉えた海賊の一人が携行していたハンド・キャノンを構える。退路を作るべく隔壁を破壊しようとしたのであろうが、その発射より早く、追撃してきた帝国軍兵士が放った一筋の光線が海賊の左脛部を無慈悲に貫通した。

 

 傷口から鮮血を流しつつ膝を突いた海賊は苦痛と絶望、そして憎悪の表情を浮かべ、ハンド・キャノンの砲口を敵へと向ける。

 

 即座にその海賊は複数のビームに貫かれたが、同時に彼が担いでいた得物からは報復の炎が噴き出していた。それは装甲擲弾兵の先頭集団の頭上を越え、部隊の中心に向かって緩やかな放物線を急速に描いてゆく。

 

「散開!」

 

 シューマッハが急ぎ短い命令を発した直後、それは人工の地面に着弾し瞬時に炸裂した。その爆発の衝撃波が、帝国軍兵士たちの身体を装甲服(アーマー・スーツ)越しに打ちのめす。

 

 床の舗装材が吹き飛び、その下の岩盤が脆くも崩落して深く大きな亀裂が、そして急激な空気の奔流が生じた。

 

 直下の階層は外壁に面していないはずだが、真空にごく近い空間となっていたらしい。気圧差によって破孔はライン河の妖女(ローレライ)(くら)き妄執と化し、周囲に存在するものを抗いがたく(いざな)わんとする。

 

 そしてその不可視の強烈な渦に至近で捕らえられた将兵の中には、爆風で姿勢を崩していたシューマッハも含まれていたのであった。

 

「磁力靴を……!!」

 

 シューマッハは数名の部下と共に引きずり込まれながらも叫び、「作動させろ」と言葉を継ぐ暇もなく、大多数の部下の眼前から奈落の底へと姿を消失させた。










 カールセンの髪と目の色は原作では記述が見当たらないため、田中芳樹氏の初期短編小説「海賊船ロシテンナ号」に登場する「ラルフ・カールセン」の設定を流用しています。
 
 また、カールセンの年齢についても原作には言及が存在せず、アニメ(石黒昇監督版)では頭髪と髭が灰色の初老以降の年齢という容貌で描写されていますが、この二次小説では赤毛という設定を生かすため、戦死時は壮年と独自に設定しています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。