【完結】仮面ライダーハルガ   作:じゅんけん

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これまでの仮面ライダーハルガ。

人類の未来に希望を見出すカイラ。
仲間の裏切りに失望を隠しきれないキキス。
人類の未来に絶望を見るキルア。
恋人と戦友の間で立ち止まるロウ。
己の信念を貫き通すルイ。
彼の心を信じ、彼が信じるものを信じると決心したさくら。

昼夜を彷徨う、イヴナ。




CHAPTER 3 刻と呪の終戦編
EPISODE 21 瞳に眠る記憶


 

 

「あそこだ! 」

 

 無邪気な叫び声は、幼い少女には恐怖であった。さらさらとした金色の髪の少女は震え上がる。自分よりも大柄な少年たちが、少女が息を切らしてぜえぜえと喘ぐほどまでに、彼女を追いつめていた。

 

「いたっ」

 

 突然、少女は背中に何かをぶつけられ、その場にうずくまる。痛みに耐えながら少女が後ろを振り向くと、少年がすぐそこまで迫っており、その後ろを手下の子たちが追いかけていた。先頭の少年は手の中に色々な模様のビー玉を十個ほど握っている。

 

 再び石つぶてのようにして小さな玉が飛んできた。

 

「やーい、ガイジン」

 

 ビー玉を投げた少年の右後ろに立っている子が言った。彼女はガイジンでもなんでもなかったが、そんなことは問題でない。ただ少年たちが自分にとめどなく小さな暴力を振るい続けることが、彼女には苦痛だった。

 

「いや、、、」

 

 金髪の少女は目に涙を浮かべながら、わずかながらの抗議の眼差しで訴えた。だが少年はそんな様子は気に止めようともせず、にかぁと笑みを浮かべる。左の手の平の上でビー玉をころころと転がしながら、少年は次にどれを投げようかと選んでいる。

 

「よし、つぎはこいつだ」

 

 赤くて中心が黒ずんでいるようなビー玉を右手で取って、少年はそう言った。彼が振り掲げるビー玉は血の滲んだかのような色をしている。少女は目を瞑った。

 

 カーン、と音が鳴った。少女は恐る恐る目を開いた。

 

「なんだおまえ! 」

 

 少女にビー玉をぶつけようとした少年は、尖った声で叫んだ。少女の目の前には、一人の別の少年が立っていた。

 

「おれはせいぎのみかた、ますかーどらごん! おれのまえで人をいじめるやつには、ばつが下され、体はぶよぶよになり、あたまの中はどろどろになる。そうしておまえたちは二度と地上で生きることができなくなるのだ! 」

 

 少年は意気揚々とした調子でこのような長台詞を口にした。これを聞いていたいじめっ子の少年たちはしばらく黙っていたが、ふいに先頭の一人が口を開いた。

 

「なに言ってっかぜんぜんわかんねえ! おい、こいつもやっちまおうぜ! 」

 

 ビー玉を握った少年はそう意気込んで、一歩前へ踏みでた。しかしそのとき、少女を庇って立ちはだかる少年が腕を上げ、それと同時にいじめっ子の少年たちは立ち止まった。”せいぎのみかた、ますかーどらごん”の両手には、野球用のバットが握られている。

 

「おうおまえたち、このおりはるこんのこんぼうにたたきつぶされたいか! 」

 

 そう言って少年はバットを勢いよく地面に振り下ろした。ちょうどその先には、先程いじめっ子のリーダーが投げた赤いビー玉が落ちていた。少年のバットはビー玉の上に叩きつけられる。次の瞬間、赤いビー玉は砕けた。小さなガラスの欠片が散らばる。そのひとつが、いじめっ子のリーダーの腕に当たった。

 

「いてっ! 」

 

 いじめっ子の少年は右腕を手で押さえた。ほんの小さな欠片だったはずだが、腕と手の隙間からは赤い液体が滴っていた。

 

「あ、、、」

 

 バットを振り下ろした少年は、自分が割ったビー玉が相手に怪我をさせたことに対して困惑している様子である。

 

「こいつやばいって」

 

 いじめっ子のひとりが叫ぶ。腕を傷つけられた少年は顔をしかめながら、目の前にバットを携えて立つ少年を見ていた。

 

「セン、はやくいこうぜ! やられるぞ! 」

 

 いじめっ子の中でも特に大柄な少年が、先頭の少年に言った。センと呼ばれたその少年は舌打ちをして立ち上がると、相手に顔を合わせたまま後ずさりした。

 

「なんなんだよ、おまえっ、、、」

 

 センは苛立った様子で目の前の少年を睨みつけていた。

 

「セン! 」

 

 後ろにいる少年が彼の腕を引っ張る。しばらくして、少年たちは建物の裏へ姿を消した。

 

「おい、だいじょうぶか」

 

 ぼうっとしている少女に向かって、バットを握った少年が声をかけた。少女には、少年が何かを欲しがっているように見えたので、彼女は口を開いた。

 

「ありがとう、、、」

 

 けれども少年はうん、と軽く返事をするだけ。どうも、彼女のお礼が欲しい訳じゃないらしかった。

 

「わるかったよ」

 

 少女が何を言えばいいのかと静かに考えていると、突然少年がそう言った。彼女は少年が口にした言葉の意図が分からなかった。

 

「え?」

「おれも、あんなに力がでるなんて思ってなかったんだ。ちょっとあいつらをビビらせたかっただけで、、、」

 

 少年は頭の後ろを掻きながら、弁解するように話した。その様子をしばらく見ていた少女は、ふいにくすっと笑う。

 

「なんだよ、」

「あなた、やさしいのね」

「べつに。血が見たくないだけ。」

 

 少年は足元に転がっていた赤いビー玉の破片を蹴飛ばした。

 

「なあ、なんでやりかえさなかったんだ」

 

 少年は自分が飛ばしたガラスの欠片が遠くの地面に転がるのを眺めながら、隣に座る少女に尋ねる。

 

「なんでって、どうして? 」

「おまえもしてるんだろ、”自醒”」

「ジセイ、、、? 」

「知らない? おれとかおまえみたいに、何もしてないのにふつうのにんげんより強い力があるやつのことを、”自醒”って呼ぶんだ」

「、、、なんでわかったの? 」

「おまえ、さっき力をつかおうとしたのに、やめただろ」

 

 少年の言うことは合っていた。事実、彼女はさっきビー玉をぶつけられた後、いじめっ子の少年が持っている残りのビー玉を奪い取ろうと思いついた。だが、ある一つの記憶が彼女をその行動から遠ざけた。

 

「こんなボロボロになるまでがまんしなくても、やりかえしたらよかったじゃないか」

 

 少年は無垢な眼差しで彼女の顔を見つめる。彼女にはその視線がなんだか嫌でしょうがなかった。彼女は少年から顔を背けながら、口を開いて言った。

 

「だって、わたしが力をつかうと、みんないなくなっちゃう。だれもそばにいてくれなくなるの。」

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 ある冬の、太陽が許される限りで精一杯空高く這い上がろうとしている亭午。少女は遠い夢の場所を眺めて、雪の降り積もった野原にひとり佇んでいた。

 

 ふいに、背中に軽く物がぶつかった感触がした。振り向いてみると、クリーム色のダウンを羽織った、少女と同じくらいの背丈の少年がこちらを見ている。視線を下ろすと少女の足元には彼女の握り拳くらいの大きさの雪玉が崩れて転がっていて、少年が投げたものらしかった。少女が再び顔を上げると、少年は純粋な顔つきで少女に笑いかけている。

 

 少女はその場にしゃがみこみ、真っ白な絨毯に手を入れて雪をアイスクリームのようにすくい取る。それから両方の手で包み込むようにして軽く握った後、それを右手で持ち、少年をめがけて投げつける。少女の雪のボールは少年の来ているダウンのちょうどお腹の中央の辺りに命中し、雪は粉々に散る。すると、少年は甲高い声を上げて笑う。

 

 少年はさっき少女がやったのと同じようにして雪玉をつくり、少女に向かって投げた。少年の起こす行動をひとつひとつ観察していた少女は、間一髪で少年の投げた玉を避けた。的を外した玉は少女の脇を通り過ぎ、少し離れたところに着地する。雪の塊は、真っ白な大地に溶け込むようにしてぺしゃんこになった。

 

 少女が雪をじいっと見つめていると、突然腕に雪玉が飛んできた。びっくりした彼女は少年の方を見る。すると、少年は少し目を大きく開いて彼女の方を見つめたあと、ふいに顔を横にそらした。少女は少年が視線を向けた方に目をうつした。

 

 そこには、少女と少年よりも少しだけ背の大きい子どもたちが立っていた。彼らは両手に大きな雪玉を持って、少女の方を見ている。彼らの中の、赤色の服を着た少年が口を開いた。

 

「やーい、きんいろのかみのけだ。かみのけがくろくないやつは、よそものなんだって、ばあちゃんが言ってたぞお」

 

 まただ、と少女は思った。髪の色のことでいじられるのには慣れていた。もっとも、多くの子どもたちは彼女が外国から来たと思って言ってくるのだが、それは真実ではなかった。少女の髪の色が普通でないのは、彼女の祖父が持っている特別な遺伝子によるものらしいが、彼女自身もそのことについてあまりよく分かっていなかった。

 

「よそものは、おいださなくちゃー」

 

 わざとらしい口調でそう叫びながら、赤い服の少年は雪玉を少女の方に投げてきた。少女は、初めに遊んでいた方の少年がよこした雪玉にぶつからなかったのと同じように、身体を横へずらして玉を避けた。ところが、少女がその最初の玉から逃れた直後、さらに雪玉が飛んできた。その後からも一個、二個、三個と少女に向かって雪玉が投げられ、すべて少女の体に的中した。赤い服の少年と一緒にいる子どもたちが一斉に雪のボールを投げているらしかった。

 

「おい、やめろよ! 」

 

 最初に少女と雪玉を投げあっていた少年は、一方的にやられ続けている少女を見ていてもたってもいられなくなったらしく、玉を繰り返し投げている子どもたちに向かって高い声で怒鳴った。ところが彼らは聞く耳を持たない。

 

 少女はたいてい、自分がいわゆるいじめっ子たちの標的になったとき、抗おうとせずに彼らが満足するまでじっと待つ。しかし、今回ばかりは最初の少年との楽しい時間を邪魔されたことで彼女は気が立っていた。

 

 少女は足元から雪の塊をすくい取り、両手で丸めてボールを形作った。そして自分に向かって雪玉を次から次へと投げつけてくる彼らの方を見据えた。彼女は雪玉を握っている方の手を、怒りに任せて思い切り前へ振った。だが少女の手から雪玉が離れる寸前、少女は足を滑らせた。彼女は転倒した。

 

 少女は顔を下にした姿勢でばたりと転んだが、地面は絨毯のように柔らかい雪の層で覆われていたため、痛みはほとんどなかった。彼女はゆっくりと起き上がる。そのとき、前方から悲鳴があがった。少女は顔を上げる。声の主はいじめっ子の少年だった。少年はお化けでも見ているような目をして、震えているようだった。周りにいるほかの子どもたちも、その少年と同じ方向に顔を向けていた。

 

 少女は彼らが顔を向けている方を見た。そこには、クリーム色のダウンを着ている少年が雪の中にうずくまっていた。フードを被って下を向いている顔の影からは赤い血が滴っていた。少女は何が起きたのかまったく理解できなかった。

 

 そのとき、遠くで子どもたちの遊ぶ様子を見守っていた大人たちが、彼らのもとへ駆け寄ってきた。いじめっ子の少年はその大人たちの方を振り向くと、少女の立っている方に指を突きつけて叫んだ。

 

「あいつだ、あいつがやったんだ! 」

 

 大人たちは少女の方を見た。

 

「あの子、、、」

 

 ある人が声を漏らした。それからまもなくして、別の大人が突然、はっとした顔をして言った。

 

「化け物の子だわ! 」

 

 少女は頭が真っ白になった。

 

 それから一週間後、少女は自分が犯した罪を自覚した。雪の上で滑った少女は、持っていた雪玉を誤って少年の方へ投げてしまった。彼女は常人をはるかに超えた力を有しており、おまけに心理的に興奮状態に合ったため余計に力が入ってしまい、雪玉は凄まじい勢いで少年に直撃したそうだ。相手は右目に大怪我を負い、失明した。

 

 少女の行いはオルタグアと人間の共存を掲げた憲法の上において罪に問われなかった。しかし、国の判断と国民の意見は一致するものでもないということを、少女は幼ながらに感じ取った。

 

 少女の両親―彼らもまた、オルタグアと呼称される種族であるが―は周囲からの非難を浴び続け、しまいに失踪した。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「いるよ」

 

「おれがいるよ、きみのそばに」

 

 そう言って少年は少女の顔を見る。少女は彼の目を見返した。そのとき少女は、少年の右目の瞳孔が少し濁った色になっていることに気づいた。おまけにまぶたにはかすかに傷跡が残っている。少女は慌てて彼の顔をもう一度しっかりと見た。見覚えのある目と鼻と口である。

 

 少女は言葉を失った。そして逃げ出した。

 

「まって! 」

 

 少女は全速力で駆ける。いじめっ子たちに追い詰められていたときよりも、もっと速く。

 

 少女は通りを三つほど横切り、角を曲がって路地裏へ回った。突然に人の気配を感じ取った彼女は、慌てて動きを止めた。

 

「なんでやれなかったんだ」

 

 男の野太い声が聞こえる。

 

「だから、へんなやつにじゃまされて、、、」

 

 答えたのは子どもの声だ。

 

「その言い訳はもうなんべんも聞いたさ。いいか、これはてめえらガキどもにしか務まらないお仕事なんだ。ガキは何をしても許されるからな。」

 

 彼女は頭を低くし、忍び足で声の響く角へ近づいた。そばに積み上げられていた木箱の上に、そうっと顔をのぞかせた。目の前には、スキンヘッドに入れ墨のある男がいた。その男が座っているボロボロの椅子の前に、少女をいじめていた少年が立っていた。

 

「国の連中は俺たち人類とあのオルタグアとかいうバケモンの共存を謳ってるが、俺はそんな綺麗事が現実に通用するだとか、真面目に信じられるほど青臭くねえ。大体んなことが実現できるなら遠い国でも差別は起こらねえし、この星も汚れなかったろ。」

 

 男の前に立ち尽くす少年はやや下を向いて黙っていた。

 

「てめえはそんじゃそこらのガキじゃねえ。面倒な話も多少は理解できる。俺はてめえの頭を買ってんだ。いいか、あのバケモンの子を殺せ。どんな手を使ってもな。」

 

 驚いた少女は、後ずさる。後ろに空のアルミ缶が転がっているとも知らずに。

 

 カラン、と音が鳴った。

 

「誰だ」

 

 少女は背筋が凍てつくのを感じた。入れ墨の男と目が合ってしまった。

 

「おお、こいつは都合がいい」

 

 男は腰掛けていた椅子から素早く立ち上がり、少女の方へ近づいてくる。男の鋭い眼光はしっかりと少女の頭を捕らえて離さない。少女の全身は震え、身体能力はすべて目の前の男に吸い取られたかのように、ぴくりとも動けなかった。

 

 そのときだった。彼女の後ろから路地を駆ける足音が響いてきた。少女の目の前に立つ男も気づいて、顔を上げる。

 

 足音の正体は少女のすぐ後ろで一際大きな音を立てたあと、彼女の頭上に現れた。突然現れたその影は少女の目の前に飛び降り、男の顔面に蹴りを入れる。それから少女の目の前に着地し、彼女の方を振り返った。額を汗で濡らした少年は少女の腕をつかんで走り出す。

 

 少女の腕を掴む彼の手は、少しだけ小刻みに震えていた。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「なんでさっきおれからにげたんだよ」

 

 小さな池のほとりに少女を連れてきた少年は、立ち止まるなりそう言った。少女は口を閉じた。ずっとそのままにしておきたかったが、少年が彼女の瞳を覗き込んでくるので答えるしかなかった。

 

「あなた、おぼえてないの? あなたをきずつけたのは、わたしなのよ! 」

「おぼえてるよ。」

 

 少年はそう言った。少女は驚いた。と同時に、恐ろしい感覚に襲われた。自分の罪はやはり罪だったのだと。ところが次に少年の口から出た言葉は彼女が予想したこととは全然違った。

 

「おぼえてるから、会いにきたんだ。ともだちだから」

「トモダチ、、、? 」

「ちがう? それともさっきまた人を傷つけたから、おれのこときらい? 」

 

 少女はぶんぶんと首を左右に振った。

 

「ならともだちでいいよな! 」

「、、、へんなの」

 

 少女はそうつぶやいてくすっと笑った。彼女の頬をしずくが伝った。

 

 それから彼らは毎日ふたりっきりで遊ぶようになった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「あした、そうしゅさまのところへ行くんだ」

 

 丸っこくて角が全然見当たらない河原の小さな石をひとつ拾いながら、少年は隣にいる少女に言った。

 

「そうしゅさまって? 」

「おれたちのごせんぞさま。おれたちが生まれるまえに、わるいやつらをたおしてせかいをすくったせいぎのみかたなんだ!ちなみになまえがあるんだけど、当てられるかな」

 

 少女はちょっと考えたあと、ふいに口を開いて言った。

 

「ますかーどらごん」

「うぇえ! しってたのか」

「ううん、あなたがわたしのことたすけてくれたときに、言ってたから。当てずっぽうで言ってみたの」

 

 少女がそう言うと、少年は ちぇっ と軽く舌打ちをした。少女は、彼があまりにも悔しそうな顔をするので思わず笑いだしてしまった。

 

「なんだよぅ」

「ううん、でもおもしろくって」

 

 少女はけらけらと腹を抱えて笑った。最初は口元をぎゅっと締めていた少年も、しまいには少女につられて笑いだした。

 

 ひとしきり笑ったあと、少年が切り出した。

 

「それでさ、ここから行くのに、六時間くらいかかるんだ」

「とおいね」

「うん」

 

 少年はそう返事をすると、手に持っていた小石を川に向かって投げた。石はちゃぽんと音をたてて水の中へ消えた。少年は、石が消えたところをずうっと見つめている。

 

「どうしたの」と少女が尋ねた。

「えっと、だからあしたはあさはやくにいえを出なきゃいけなくて、だからその、、、」

 

 少年は河原にしゃがみこみ、別の石を探していた。少年の姿には意気揚々としたいつもの調子は見当たらず、少女は不審に思った。少しいじわるをしてみようと思って、少女は口を開く。

 

「行ってらっしゃい」

 

 少女はわざと冷たい口調をして言った。少年は驚いて少女の方を振り返り、なにか言葉を話すでもなく口をぱくぱくと動かしている。少年の予想以上の慌てように胸が痛くなった少女は、今度はいつもの柔らかい口調でこう言った。

 

「つぎ行くときは、わたしもつれてって」

 

 少女はそう言ったけれども、返事はすぐかえってこない。少女が少年の方を振り向くと、彼はちょっと真面目な顔をして彼女を見つめている。少女は目だけを動かして なに? と問いかけた。

 

「おれ、ぜったいおまえのところにかえってくるから。ぜったい。」

 

 少年はそう言った。少年らしいといえば少年らしく、とりたてて素晴らしい言葉でもないのに、少女にはその言葉がこの上なく嬉しく感じた。

 

「じゃあ、やくそく」

 

 少女は自分の指を差し出す。相手も同じようにする。少年はちょっと照れくさそうに笑った。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 少年は頬杖をつきながら、車窓越しに見える外の景色を眺めていた。そばに少女がいないというだけで、少年には目に映るものすべてがつまらなく思えた。

 

「もうだいぶ治ったな」

 

 運転席に座る父親は、少年の右目のことを言っているのだった。少年の眼球はたしかに一度機能を損なったが、その後凄まじい回復力で徐々に傷は癒え、少年は再び右目からの視覚をとりもどしつつある。

 

 少年は、自分の眼は治りかけていて、今やほとんど不自由なく両方の目で外の世界を観察することができるということをあの少女に伝えた。あと数年もすれば残った傷は完全になくなるだろうと医者に言われていることも教えてやった。

 

 

 

「こんど行くとき、ともだちもつれて行っていい? 」

 

 少年は少女の言葉を思い出して言った。すると突然、ギギキィイと鋭い音がして、少年の乗っている車が急停止した。

 

「うわぁ! 」

 

 少年は正面にある座席に鼻をぶつけそうになった。

 

「お父さん!? 」

 

 少年の左斜め前に座る母親が、運転席の方を向いて言った。彼女は心配そうな目つきで少年の父親を見ていた。けれども、急ブレーキを踏んだのは自分の意志だったようで、少年の父親はがばっと後ろの方を向き、少年と目を合わせた。

 

「ともだち、か? 」

 

 少年の父親は、人間なら誰でも知っているような言葉を、まるで今始めて耳にしたかのように聞き返した。

 

「うん、いっしょにそうしゅさまのところに行ってもいい? 」

 

 少年がそう言うと、少年の父親はぽかぁんと口を大きく開いたまま動かなくなった。

 

「もちろん、いいわよ」

 

 どうしてか動けなくなってしまったらしい父親に代わって、少年の母親が答えた。

 

「ともだちだなんて、すてきね」

 

 少年の母親はにっこりと笑ってそう言った。少年は笑い返した。ふと視線を右に移すと、父親はハンドルを両手で握ったまま突っ伏していた。食いしばった歯からは、野獣みたいな泣き声が聞こえてきた。

 

 少年が両親の前でともだちの話をするのはこれが初めてだった。そのことが父親をこんなふうにさせたのだろうと、少年は思った。

 

「もう、あなた」

 

 母親は父親の背中に片手をおいて、優しくさすった。

 

 

 岩のように大きなトラックが、少年たち家族が乗っている自動車の前にとびこんできたのは、その時だった。

 

 




お読みいただきありがとうございます。
評価・感想よろしくお願いします。
次回、EPISODE 22 に御期待ください。
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