【完結】仮面ライダーハルガ   作:じゅんけん

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前回の三つの出来事。
一つ。イヴナ、ルイ、さくらの三人がいるところに巨大な竪穴が出現。ルイはさくらを庇って奈落の底へと落ちてしまう。
二つ。地下深くに謎の空間があることを発見したルイ。その正体を探ろうとする彼の前に現れたのは、彼と共に落下してきたイヴナだった。
そして、三つ。ロウの心に触れたさくらは生きる欲望を取り戻す。互いを理解し合った二人の前に、白く輝く巨大ロボットが現れたのだった。




EPISODE 26 瓦解と霧消

 

 

 巨大ロボットの装甲は白く煌めいていた。

 

 視線の先にそびえ立つそれが何なのか、ロウとさくらは全く知る由がなかった。眩い光の奥で動く影はしかし、彼ら戦士たちが予予戦っていた黒い装甲の兵器のそれに似ていた。だがそれとは決定的な差異があった。これまで見てきた巨大兵器はいずれも、その巨体に似つかわしく鈍重な動きを見せ、素早く動作するのは標的を攻撃するその一瞬だけであったが、現在彼らの視線の先に迫るそれはこちらに迫り来る様子からしてみてもかなり俊敏なようである。

 

 そして、もう一つの相違を彼らは知ることになる。というのは、未知の敵を目の当たりにした彼らが各々の思慮を口にしようとしたまさにその時、その巨大兵器は二人に太い紫色の光の筋を放ってきたのである。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 地下数百メートルの空間に投げ込まれた青年は落下の衝撃により一時的に記憶を失っていた。彼自身がそのことに気づいたのは、胸の痛みに耐えながら如何にして自分と、自分の眼前の女──イヴナがこの謎の土地へやってこれたのかということを思い返した時だった。

 

 我に返った彼の脳裏を最初に駆け巡ったのは、イヴナがさくらに向かって放った言葉──生体兵器。それを耳にした時のさくらの表情。彼にとっては珍しいことだが、この瞬間、青年は眼球がどこかおかしな方角を向いてしまうのではないかというほどに混乱していた。

 

 ほかのことは大して気にすることではなかった。生み出された目的は自分たちオルタグアを倒すためだとか、そしてその末には人類滅亡に組みしていただろうとか。彼女が人工的に生み出された存在であったということも、想定外の事実ではあったが、実を言えばまだ平静を保っていられるくらいのことだった。いま彼が困惑しているのは、その事実を彼女自身が知らなかったということだ。いや、知らなかったことに驚いている訳ではない。知らなかったのに知ってしまった彼女に驚いている、というのが近いかもしれない。

 

 ルイは一刻も早くこの不祥の地から抜け出して彼女に会いたいと思った。話せることがあるかどうかすら分からないが、隣にいてやれば恐ろしいことは何も起こらないはずだ、と彼はこう考えたのだ。だが非常に不運なことに、彼には今いる場所から飛び出していくための鍵が与えられていなかった。

 

 ふと視線を前方に投げると、女はまたも嫌な笑みを浮かべていた。こちらの混乱しているのに感づいたか。この状況で相手に弱点を見抜かれるのはまずい。青年は平静をよそおうとする。ちょうど胸の傷も、血の匂いが感じられなくなるくらいには修復していた。

「さすがはベルトの力だなぁ」と、相手の損傷部の再生に気づいた女戦士は言った。「それとも、ベルトと引き合うお前の力かぁ」

 

 その言葉の一語一句を聴いていたルイは、ふと思い当たることがあった。

 

「炎のドライバーはお前が最初に手に入れたという話、本当なのか」

「そうだったかもなぁ」

 

 なるほど、別にどうでもいいという様子だ。それとも知らないのかもしれない。

「この場所は何だ」

「しらないなぁ」とイヴナはまたも無関心な──彼女に何か別の関心事があるのかどうかも分からないが──ふうに言った。「人類滅亡の一環かもなぁ」

 どうも妙だ、とルイは思う。

「まさかとは思うが......ベロアグアの人類滅亡の計画に加担していないのか」

「興味ないね」

 

 青年はあまりに面食らってしまい、あっと言うこともできないほどだった。一番手を焼いていたと言っても決して嘘にはならないこの女が、人類滅亡に興味が無いと云ったのだ。

 

「人間を殺すのってそんなに面白いことじゃないよ、あんたはやったことないんだろうけどぉ」

 

 彼女が発する言葉は酔い潰れた飲んだくれのような様相を帯びていたが、ルイはだんだんとその裏に隠れた真意の渓谷があるのではなかろうかと思い始めた。

 

「イヴナ......どういうつもりなのか教えてくれ。お前は一体何が目的なんだ。人間を殲滅させようとしてるんじゃないのか」

「名前も知らない奴を殺したところで、私は戻れない」

「戻るって……どこへ」

「もう昔の私に会うことはできない。私はどこにも見つからない」

 女の言葉は粘りつくような声質からだんだんと質朴な、哀愁の声色になっていった。彼女は自分でもそれに気づいたようで、はっと顔を上げると、幾度もの冬を孤独に過ごした野良猫のような眼でルイの顔を見た。

「あんたは不思議な力があるんだね。今ほんのちょっと、昔の私に戻った錯覚がしたよ」

 そう言って声もなく笑う彼女の瞳は、どういう訳か潤っているように見えなくもなかった。

 

「お前は人間を滅ぼすつもりはないのか」

「だったらなんだ。貴様が敵であるのは変わらない」

「俺はお前と戦いたくない。もう二度と同じ過ちを繰り返さない。繰り返したくない」

「過ち……?」

「俺たちオルタグアも、ベロアグアも、仲間を失った」

「知ってるさ」

 彼女はそう言った。そうか、ベロアグアの組織員たちは通信で繋がっているんだっけ。以前一度か二度、カイラが通信しているのを見た記憶がある。イヴナはそれを通じて、組織内に生まれた二つの空白を知ったのかもしれない。そんなふうに考えていると、彼女は突如として口を開いた。

「......見たのか」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 正体不明の敵が放った未知なる攻撃に膝をついたのは一人だけだった。苦しむ戦士に反してもう一人の戦士──白金の鎧に包まれた少女は、その熱線でも光線でもない不可思議な光の束が直撃してもなおその場に留まっていた。彼女の素早く回る頭脳はすぐに理由を知った。これは稲妻なのだ。自分の纏っている鎧は電撃への耐性が抜群に優れていることを彼女は覚えていた。

 

 すなわち、相手の攻撃に対抗しうるのは自分しかいない。そう考えた矢先、白い装甲が猛スピードでこちらに向かってきた。さくらは構える暇もなく、相手の猛攻を諸に食らうかと思われた──そうはならなかった。鎧を纏った彼女の身体を、蒼穹の戦士が抱えて敵の攻撃軌道から逃れていたのである。幸い、戦士の瞬発的速度は相手の俊敏さをも凌駕していたのだ。

 

「あいつの能力は電撃と高速移動。それぞれの能力には私たちのどっちかが対抗できるみたい。うまく協力すれば倒せるかも」

「そうらしいな……だが」

 

 そのとき、巨大兵器の通過領域がこちらに迫ってきた。風の戦士は再びさくらを抱えて敵の攻撃を掻い潜る。青年の云わんとすることはさくらにも分かっていた。

 

「こっちの態勢を立てている暇がない」

「どうにか隙を作れないかしら」

 

 二人がやりとりをしている間にも、巨大兵器は進行方向を変えてその巨躯を新たな直線軌道上にのせる。さっきよりも攻撃の間隔が短くなっていた。

 

「こっちのペースを掴まれてるわ」

「まずいな……」

 

 ロウは敵の軌道から逃れ続ける。だがその戦法もいつまでもうまくはいかなかった。ついに彼は相手の通過範囲を見誤った。否、彼の回避行動を相手に見破られたのだ。輝く巨大兵器は迫り来る攻撃から身を躱したつもりの戦士たちめがけて突進していた。

 

「なっ……」

 

 視界は眩い光で覆われ、次の瞬間、戦士は地面に叩きつけられていた。

 

「いたた……大丈夫?」

「何が起こったんだ」

 

 ロウの問いかけに、さくらは右手に握った銃身を見せた。それは白い稲妻を放つ電撃銃だった。

 

「あいつの頭を狙ったの。さっきの紫色の稲妻は、たぶん頭の近くから放ってたから」

「過大な電流を流して、逆にダメージを与えるという寸法か」

「うん。けど……」

 

 二人の目の前に迫る巨大兵器。その鋭い眼光は小さな戦士の影を見下ろしていた。

 

「効いてないみたい」

 

 彼女が言い終わるや否や、振り降ろされる鉄骨。ところが凄まじい風が巻き起こり、さくらの身を束縛した。大気の流れは彼女を敵の殴打から遠ざけた。だが、白い装甲の真下にはまだ蒼い戦士の姿が残っていた。

 

「ロウ!」

 

 さくらが戦士の名を叫んだそのとき、突如として視界の隅に巨大な影が現れた。それは白い巨大兵器にのめり込むと、その長く鋭い角で跳ね飛ばした。

 

 巨大兵器を打ちのめしたのは一対の角を生やした頭に華奢な身体つきをしていて、スケールがとてつもなく大きいことをのぞけば鹿やジャッカルの仲間に類するような生物だった。

 

「あれって……オルタグア?」

 

 巨大な生物はその立派な角で跳ねのけた敵の方角へ駆ける。その後方からは、ほとんど同じ形をした、小型の──最初に現れた方が大きすぎるだけであって、小型と云ってもほとんど人間と同じくらいの大きさなのだが──生物が群れを成して走っていた。

 

「偵察隊だ」

 

 いつの間にかさくらの隣に降り立っていた風の戦士が口を開いた。無事だったようだ。

 

「テイサツタイ?」

「ああ。本部隊が帰還した後、戦場を偵察するために出撃する特別部隊。本部隊ってのは、少し前までお前が目にしていた奴らのことだ」

 

 大小のオルタグアの群れは白い巨大兵器を追い詰めている。巨大兵器は全速力で逃走しているらしいが、偵察隊の移動速度は半端なものではなかった。

 

「今のうちに……」

「ああ」

 

 ロウは天に向けて両腕を構えた。

 

「風に乗れるか」

「任せて」

 

 白金の鎧の戦士は、いつかの日にしたのと同じようにして、蒼穹の風に身を任せる。

 

 一方で巨大兵器は進行方向をさっきまで進んでいたのとは反対の方角へ向けていた。偵察隊からの逃亡を断念したらしい。自らを駆逐せんとする野獣たちに稲妻の刃を向けていた。野獣たちはそれを耐え抜くことはできず、四方八方に散る。

 

 形勢は振り出しに戻ったかと思われたが、オルタグアの参入は決して無駄ではなかった。野獣の群れによってつくられた隙を、白金の戦士は逃さなかった。大気とともに宙を突き進むさくらは鎌を振りかぶる。

 

 彼女の一撃によって生み出された波動が、輝く巨大な装甲を切り裂いた。

 

 

 肉体を損ない消えゆくオルタグア。装甲を解いた青年は彼らの傍らに腰を下ろす。

 

「第四部隊の出撃命令をお願いできるか。これから厳しい戦いが待っているはずだ」

 

 力なく横たわる青い眼の怪物は承諾したことを示すべく頭を低く下げた。

 

「第四部隊?」とさくらが尋ねる。

「トラロックの頃にこの時代に来ていた本部隊が、第三部隊。その次に出撃する本部隊が第四部隊だ。これからダイラと戦うには、仲間の力が不可欠──」

 

 そのときロウは言葉を切り、目の前の青い瞳を見つめた。しばらく黙っていた後、再び口を開いた。

 

「──そうか。伝えてくれてありがとう」

「なんて言ってたの?」

「いや……」

 

 青年はまるで口にするのをためらっているかのようで、すぐには答えなかった。その様子を見たさくらは、視線を前に移した。オルタグアたちの肉体が、灰になり、塵になり、霧となって大気の中に消えてゆく。

 

「ありがとう。あなたたちのおかげで助かったわ」

 

 二人は偵察隊が未来へ戻りゆく様を見届けた。

 

「俺たちの仲間で、普通じゃない奴がいるらしい」

 

 彼らの姿が見えなくなった後、ロウが口を開いて言った。

 

「普通じゃないって?」

「意識だけじゃなく、肉体もこの時代に転送されたそうだ」

「それって、ルイやロウと同じってこと?」

「いや、」と青年は首を横に振った。「肉体ごと過去の時代に転生するには特別な力が必要なんだ。俺たち出撃部隊の中でそういう奴は三人しかいなかった。つまり、本来できないはずなのに肉体の転生に成功しているんだ。何も問題がなければいいが……」

「この時代でその人と会う方法はないの?」

「もし肉体転生に成功していたら、俺たちの大体の居場所は分かっているから何らかの方法で連絡をしてくるはずだ。音信がないということは……」

「何かあったってこと?」

 

 青年は黙っていた。

 

「肉体ごとこの時代に来たってことは、もしこの時代でやられちゃったら……」

 

 ロウはさくらの目を見て、無言で頷く。

 

「なら、助けなくちゃ。大事な仲間なんでしょ。私にできることがあったら言って」

「ああ、ありがとう」

 

 青年はようやく口を開いて応えた。

 

「ひとつ、確かなのは青い瞳をしていることだ。俺たちオルタグアは皆、時空を超える過程で瞳孔の色が青色になっている」

「じゃあ、青い目の人がいるかどうか探したらいいのね」

「ああ。だがその前に……」

「ルイを助けに行く、でしょ」

 

 さくらはにこりとして言った。ロウは笑い返しながら頷いた。

 

「ひとつだけ、教えて欲しいことがあるの」とさくら。「どうしてロウは戦おうと思ったの? どうして風のハルガになったの?」

 さくらは相手が返事をするまでにしばらく黙り込むだろうと考えていたので、青年の口がすぐに開いたのを見るとちょっと驚いた顔をした。

「俺は力が欲しかった。憎い奴を倒せる力も欲しかったが、それ以上に、大切な人を守れるだけの力が――」

 そこで青年は言葉を切ったかと思うと、すぐにまた声を発した。

「大切な、人......」

 

 

~~~~~~~~~~

「キルアが死ぬのを見たのか」

 イヴナはそう尋ねてきた。なぜそんなことを聞くのか分からなかった。今さっきこの女はキルアが自分たちの前から去ったことを認知していると言ったはずだ。どうして尋ね直す必要があるのか。ひょっとしてキルアの肉体の消滅について何か知っていることがあるのではないだろうか。そう思ったが、口に出す前に思い留まった。どうするべきだろうか。どちらにしてもこの時の彼は普通ではなかった。やはり敵である者に知らせるのは簡単にはいかないと思い、しばらく何も言わずにいた。

「やはりお前は信用出来ない」

 イヴナの言葉が青年の意識を外界に呼び戻す。

「私は人間を許さない。人間を殺すのには興味が湧かないが、人間を守ろうとする奴を殺すのには意味がある」

 

 彼女は子を狩られた猿のように鋭く赤い眼差しでルイを見据えた。その目つきは嘘をつく者のそれではなかったが、彼にはどうしても女が本気だとは思えなかった。

 

「俺もお前を信用出来ない」

「はぁ? 私とお前は端から敵同士だろ」

「ああそうだ。それでも敵として信用できない」

「あ?」

「そもそも、俺達はかつての戦いでイヴナ、お前を倒したと思っていたんだ。だが違った。お前は生きていて、一年の間姿をくらませていた。一体お前は何をしていたんだ? そして何故あのタイミングで俺達の前に再び現れたんだ?」

「どうでもいいことさぁ」

「どうでも良くない。俺達は未来を背負ってるんだ」

 

 イヴナは瞼を閉じると、小さく、しかしはっきりと聞こえるように舌打ちをした。

 

「お前まさか、私と分かり合えると思ってんのか? お前が人間を守るために戦ってる以上それは無理だ。もう一度言うが私は人間を信用しない。その人間を守ろうとするやつは尚更だ」

「ほんとにそうなのか」

「は?」

「さっきあの場所には俺たち三人しかいなかった。さくらはお前の言動に混乱してたし、俺はお前の一撃を受けていた。キルジンカルマが参入する可能性もあったが、その場合は間違いなくお前側につくだろ。これだけ万全な状況で、お前はさくらを攻撃しなかった。お前はさくらの過去を告げてから、まるで目的が変わったみたいだった。人間を守る者を殺したいのなら、お前の行動は筋が通ってない」

 

 相手は無言だった。

 

「不思議なのはそれだけじゃない、お前がさくらに話したことだ。お前はキキスがさくらと同じドライバーを使っていたと言ったよな。でも俺たちがお前と最後に会ったのはさくらがあのドライバーを手に入れる前だったはずだ。お前はどうやってさくらのドライバーのことを知っているんだ。お前は嘘をついているのか、それとも隠し事をしているのか」

 

 言ってからルイはしまったと思った。イヴナがドライバーのことを知っている理由なら組織の通信網で説明がつく。そのことに気づくのが遅かった。ところが相手は想定外の反応を示した。

 

「嘘をついているのはそっちの方だなあ」

「何」

「あの女はドライバーを"手に入れた"んじゃない、"返された"んだよ」

「どういう意味だ」

「お前は覚えてないのか、誰に自分の炎を一度奪われたのか」

「誰に......?」

 

 すなわち何者かが青年の戦う力を失わせた、と彼女は言うのだ。青年は女の言葉に疑問を抱いた。

 

 その瞬間、何かが彼の頭を内側から刺激した。次に、酷い眩暈に襲われた。ルイは頭を抱える。脳を流れる血液がひとりでに沸き立つほどの混乱が、彼の中を駆け巡っていた。

「なんなんだ、これは」

 青年の突然の変貌に、女はにやりと笑みを浮かべる。

「やっと思い出し始めたらしいな」

「何のことだ……」

「お前から力を奪った者は二人。一人は、お前を身体的に破壊して戦力を失わせた者。それはほかでもない、QUAHSER OF HULGAだ」

 

 彼はさくらの正体を知った時点で、その事実を全く予測していなかったわけではなかった。しかしただ過去の出来事を推測したという程度で、自分の身に起こったこととはまるで考えられなかったのである。だがこの瞬間、彼の脳裏には鮮やかな記憶の片鱗が浮かんでいた。鎌形の刃を携える両手。それに続く身体は煌めく装甲に覆われている。赤く染まった刃が目の前に差し迫り──

 

 反射的に後ろに飛び退いた。硬い何かに頭をぶつける。前を向くと、目の前にあったはずの刃はなかった。そこに広がっている景色はさっきまでとは全く違い、一本の刃を持つ薄紫色の髪の女がこちらを見据えている。彼の背後には地面に倒れた巨大兵器の装甲があった。

 

 青年は荒い息をしていた。彼の胸の中には恐怖と、それと何か別のものがあった。ルイは困惑しながらも、自分の内部のどこかに身を隠している妙な違和感の存在に感づいていた。

 

「そしてもう一人、お前から炎のベルトを引き離し、記憶を──」

 

 イヴナはふいに話すのをやめた。彼女の唇は震えていた。

 

「もう一人……誰なんだ……」

 

 彼女のありさまは、目に見えない何かに狼狽えているようにも見えた。

 

「イヴナ……お前もなのか」

「何の話だ」

「分からない。ただ、とてつもない違和感を感じる。頭の中の記憶が──」

「記憶……あいつだ」

 

 彼女はルイの言葉を遮って答えた。ところがそのすぐ後に、彼女はこのように言った。

 

「あいつって誰だ」

「え?」

 

 自分が出した答えに自ら疑問を抱く彼女の言動に、ルイは当惑した。

 

「お前の仲間の女だ、いるだろ」

「さくらのことか……」

「違う、そうじゃない。もう一人だ、さっきまでそいつのことを話してたろ」

「さくらの他に誰がいるんだ」

~~~~~~~~~~

 

「いつまでさくらを、人間を守るために使うのだ」

 

 揺るがない構えをとった軍服の男、ウッドは目の前の男に問いかける。その眼光は獲物を仕留める鷲のごとく、万物を貫かんばかりの勢いである。

 

「いつまでもさ。彼女はそうあるべきだ。君も彼女の手を血に染めさせたくないだろう」

「だが、彼女が自分の正体を知れば、そうはいかなくなるぞ」

「いいや、彼女なら大丈夫だ。彼女は強い……」

 

 カイラは相手に負けぬよう、相手の目を覗き込まんばかりの強い眼差しをしていた。

 

「ウッド……私はすでに二人の仲間を失った。君をも失いたくない」

「お前がそっちに行くことさえなければあるいは──」

 

 ウッドは何かを言おうとしたが、ふいに立ち止まる。

 

「二人、と言ったか……?」

「ああそうだ」

「まさか、イヴナが……」

 

 老いたようにしおれた皮膚の男の顔色は、さっきまでとは明らかに違った。固い意志のこもった眼光は揺らめいていた。それに気づいたカイラは慌てて間違いを正そうとした。

 

「彼女のことではない。私が言っているのは──」

 

 

「……どうした」

 

 相手があまりにも長いこと黙っているので、ウッドはその訳を問いただそうとした。

 

「おかしい、やつの名前が思い出せない」

「誰のことだ」

「居ただろう! 我々の同志が私たちとキキスとイヴナの他にもう一人」

「何を言っているんだ、カイラ。エッジとグレイをなくした時点で我々の同志は四人しか残っていないだろう」

「違う! 思い出せ……思い出すんだ」

~~~~~~~~~~

 

 

「大切な人……」

 

 青年は自分で自分の言葉を鸚鵡返しにする。彼の隣りにいるさくらは不審な顔で首を傾げた。

 

「ロウ? どうしたの」

 

 彼女が声をかけると、青年ははっと顔を上げた。彼の眼はさくらの方を向いているのだが、その瞳はまるで目の前の彼女に焦点が合わせられていないように見えた。

「俺の、大切な人……誰なんだ?」

 

 






 最後までお読みいただきありがとうございます。感想・評価などよろしくお願いします。

 次回は久々の外伝です。初の外伝は EPISODE VELOURGWA (17) ウッドの軍兵 でした。次はキキス編です。

 次回 EPISODE VELOURGWA (27) キキスの太陽 に御期待下さい。

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