暗闇の中で、若い男の遺体を覆いつくすように赤黒い輝きが浮かび上がる。無数の戦いを経て今や命を失ったキキスの肉体は赤黒い装甲に包まれ、静かに立ちすくんでいた。彼の瞳にはもう光は宿っていない。その体を動かしているのは彼の意志ではなく、装甲に埋め込まれた冷徹な人工知能──そしてそのシステムを生み出したのは他でもない、現在彼の目の前に対峙している男だった。
灰色のスーツを羽織ったカイラは相手を静かに見据えていた。銀色の左腕の先端に微かに電流が走り、鋭い音を立てる。
「私はこんなことのためにそれを生み出したのではなかった……」と、男は呟く。「許せ、キキス……」
しかし、その言葉に応えるものはない。
次の刹那、キキスの体は無言で動き出していた。正確な軌道を描き、無慈悲な一撃がカイラに下された。カイラはすぐさま左腕を前に突き出し、攻撃を受け止める。鋼の衝突音が響き渡り、火花が飛び散った。機械の腕が振動する中で、カイラは瞬時に肉体を粒子に変化させ、腕だけの状態になる。次の瞬間、キキスの攻撃が再び降り注ぐ。空間を切り裂かんばかりの速度で絶え間なく迫る猛攻を、カイラの腕は巧みにかわしていた。
カイラは腕を前に突き出し、強力な電撃を放つ。電流が闇を貫き、キキスのアーマーに直撃した。激しい火花が散り、キキスの体が一瞬硬直する。ところがすぐさま赤黒い仮面は相手の方を向いた。
左腕だけのカイラはすぐに身構え、手のひらを相手の方へ向けた。だが、その時の相手の様子を見た彼は、次の攻撃を放とうとする腕の力を緩めた。目の前の装甲に隠された視線の動き方が、あまりにもその装着者自身の素振りに似ていたのだ。
ふいに戦慄から脱却したカイラは、とある日のことを思い出していた。
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耀都の軍事基地のひとつ「三号地」の地下室に集まる六つの影。彼らは、「超時空軸降下計画」のメンバーに抜擢された者たちと、その計画の立案者であった。
ウッド 所属都:深都
イヴナ 所属都:鈴都
キキス 所属都:耀都
グレイ 所属都:颯都
エッジ 所属都:光都
カイラ 所属都:深都
ここに挙げた六つの名前は、いずれも彼らの本当の名前ではなく、人間を捨てるという固い意志のもと、本計画の立案者でもあるカイラの提案によって作られた新しい名前である。
今、黒いテーブルの椅子のひとつに座っている男が口を切った。
「深都の軍事総督を務めているウッドだ。今、我々の同胞たちは人間の無慈悲な攻撃・侵略によって全滅の危機に瀕している。しかし現時点で我々が持ち得る科学技術は、人間兵を鎮圧しこの戦いに終止符を打つ術を有していない。いくらこちらが最先端の兵器を開発しようとも、相手はすべての国の兵士、数が多すぎる。有効な策を企てようとも、敵兵の一部を抑えられるのみ。10億人を超える敵全てを葬ることは不可能だ。そこで我々は、これまでと全く異なる戦略によってこの戦いを終わらせることを決定した。」
そこで男は口を閉じ、右隣に腰かけている茶髪の男に目配せをした。その男は軽く咳払いをした後、口を開いた。
「本計画を立案したカイラです」
それから男は自分の目の前にいる、他の都から招集されてやってきた四人全員に一人ずつ視線を送り、改まって咳ばらいをした後に計画の詳細を語り始めた。
彼の話す「超時空軸降下計画」とはその名の通り、時空を超えて過去の時代へタイムリープし、ベロアグアに対する軍事態勢が整っていない頃の人類を殲滅しようという計画だ。過去の時代へタイムリープするには「メメントリング」と呼ばれるものを使う。これには時空に干渉する力があり、既に実験的操作によっていくつかの過去改変に成功しているそうだ。
カイラは「メメントリング」の出処について話さなかった。このことに気づいていたのはキキスだけではなかったはずだが、その場にいる誰もそのことを口に出そうとしなかった。彼らは目的の完遂以外に気を使うほどゆとりを持っていたわけではなかったとも言える。
カイラが話を続ける。
「降下先の時代ですが、これはいくつかの条件を満たしていなければならない。まず、この戦争が始まる前の時代であること、これは大前提です。次に、我々の親である”ZECKAR”が設立される直前でなければならない。そのわけは、これから話す予備作戦の決行をより確実なものにするためです。」
そうしてカイラは予備作戦について説明したが、これには聞いていた五人のうち四人が反対した。キキスもそのうちの一人だった。
「そんなやり方はいくらなんでも無意味が過ぎます。そもそも、俺たちは同胞を守るためにこのチームを結成したのではないのですか? それを……そんな風に終わらせようとするなんて、馬鹿げているとしか言いようが──」
「大貴、言葉に棘が出ているよ」
キキスの反発の声を遮ったのは、彼の友人であるエッジだった。
キキスとエッジがまだ幼い頃、ベロアグアの領土は現在よりももっと広かった。人間軍の進行を防ぐ巨大な壁もなく、彼らはいわゆる普通の生活をなんとかすることができていた。キキスの家族とエッジの家族はお隣どうしで、一日三回以上は顔を合わせていた。それゆえ、エッジはキキスの親が息子に与えた本当の名前を知っていた。
今日集まったメンバーの内、キキスがよく知っている者はエッジのほかにもう一人いた。颯都で連絡係を務めていたグレイだ。彼女は月に一度、颯都から供給した電力の明細を各都に伝達していた。キキスがグレイと出会ったのは、彼女が耀都に来ていたときだった。耀都の連絡係が留守だったため、グレイはたまたま近くにいたキキスに声をかけたのだ。彼らは毎月、連絡手続きの間に他愛もない話で盛り上がるようになった。次第に彼女に心惹かれていったキキスは月に一回では満足せず、他に目的もなく自分の足で颯都を訪れることも少なくなかった。そのときには、耀都と颯都の間に位置する光都でエッジと会うことも多々あった。
エッジが改めて口を開く。
「とはいえ、僕も彼の意見には大体賛同します。カイラさん、計画の再考をお願いしたいです。」
身体の重心を後ろへやり腕を組んで話を聞いていたカイラは ふむ と相槌を打って、ちょっとばかり視線を横へ逸らした後、改まって口を開いた。
「私の夢は、同胞たちをこの苦しみから救ってやること、ただそれだけだ。君たちは違うのかな」
この発言はキキスをひどく驚かせた。もっとも、彼はそのことをその場にいる誰にも伝えなかった。
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結局、カイラが提案した作戦はそのまま採用されることとなった。
予備作戦はあくまでも「予備」、すなわち万が一のための切り札であり、こちらが作戦を遂行するにあたって注意を払ってさえいれば使うことはないのだ、とキキスは自分を納得させた。
今、彼とほかのメンバーたちは過去へ飛ぶための部屋に集まっていた。そこは壁、天井、床の全てが黒色であった。
彼らはカイラからアイマスクを手渡された。
「時間を移動する際、目に飛び込む光の波長や振動数が大きく変化する可能性がある。失明や精神的混乱を防ぐため、時間移動が完了するまでの間はこれを着用するように。」
メンバー全員にアイマスクを渡し終えると、カイラは場の進行をウッドに任せた。
「大切なことを三つ教える」とウッドは言った。
「一つ、憎しみを忘れてはいけない。憎しみがお前たちを強くする。戦場で一瞬でも迷いが生じたら終わりだ。」
もとより優しいとは言い難い男の顔は、さらに険しくなっていた。
「二つ、憎しみに呑まれてはいけない。憎しみに吞まれるのは悪魔に魂を売るのと同じだ。我を忘れ、冷静な判断と合理的な行動ができなくなる。その先に待ち受けるのは死だ。」
この言葉にキキスは深く同意した。彼はこれまでの戦いの中で、そのようにして命を散らした仲間を何人も見てきた。
「三つ、この二つが未来を大きく変えることを忘れてはいけない。我々はこれより過去を改変し、すでに決定されたはずの歴史を書き換えようと試みる。一つ一つの言動がそのための重要な鍵となることを常に覚え、為すこと全てに責任を持たねばならない。以上だ。」
そうして六人は西暦2022年へとんだ。
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時空を超えた瞬間、キキスを含む六人の瞳が鮮血のように赤く染まった。彼らはその異変に驚き、カイラに尋ねた。高速で時空軸を駆け抜けた影響で肉体組織が変質し、それで色素に変化が生じたのだろう、と彼は答えたが、本当のところ彼自身その返答に確信はなかった。
時空移動が完了するや否や、イヴナ、キキス、グレイ、エッジの四人には新たな任務が告げられた。彼らの目標は「森丘敬」という名の科学者の捜索。かつて独特の研究内容で名を馳せたその研究者は、とある出来事から研究者の界隈から追放された。その後、彼は人目を避けてどこかで秘密裏に研究を続けているという。ウッドは多くを語らなかったが、森丘がベロアグアの誕生に関与していることは明らかだった。
森の中での捜索が始まった。なぜ森を選んだのかというと、彼らが生きていた未来で過去の研究資料の多くが山中で発見されたからである。四人は手分けして森丘を探すことにした。互いの意思疎通のために小型通信装置が配られていた。耳に着用でき、手で操作せず意思のままに情報を伝達できるものである。
メンバーがちょうどこの装置を着用しているとき、キキスは自分の隣にいるグレイの横顔を無意識に見つめていた。
「どうかしたの?」
と、彼女に言われてはっとした彼は慌てて「なんでもない」と返した。
「横顔に見とれてたんだろ。そういえば大貴、お前は女の耳が好きとか話してたな」
そう話すのはエッジ──鋭谷 祥太だ。これを聞いてグレイ──栖原 片子は可笑しそうに笑った。
「そうだったのね」
キキスは顔を赤らめながら、エッジの脇腹に軽いグーパンを入れる。
「お前に話したのが間違いだった」
「まあ怒るなって。こういう大事なことはお互い最初のうちに話しといたほうがいいと思うぞ、俺は」
キキスは友が悪びれもせずそう言うのを見て笑みをこぼしたりした。
捜索方法は足で稼ぐ、すなわち至って簡単で古典的なものだった。
周囲は鬱蒼と茂る木々が視界を奪い、静寂の中でさえ、どこか不気味な雰囲気が漂っていた。
キキスは森の奥で朽ち果てた一軒の小屋を発見した。近づかなくとも扉が錆ついていることが見て取れ、木製の壁にはあちらこちらに穴が空いていた。
彼はとんでもないものを見つけたと思い、自分の手柄に心が踊った。
重い扉を慎重に押し開けた。
内部はひどく荒れ果てていた。雑然と置かれた家具がいくつか視界に入るが、そこには生活の気配はなかった。ましてや、科学者が潜むような研究器具や資料は一切見当たらない。彼は少なからず落胆した。
そのとき突然、静寂が破られた。キキスの背後でざざっと木の葉の擦れる音がした。振り返ると、そこに立っていたのは、全身を鱗に覆われた人と同じ大きさの生物。その姿はまるで蜥蜴だった。しかし蜥蜴でないことは分っていた。人間と同じように二本足で立っているのだ。そして何より、蜥蜴と認めるには身体が大きすぎた。巨大な蜥蜴としてコモドオオトカゲという種は聞いたことがあるが、あれは海を挟んだ別の島に生息する生物で、日本の森にいるわけがなかった。彼の頭の中で警鐘が鳴り響いた。
「カスタッグか……?」
言葉が漏れた瞬間、怪物は猛然と襲いかかってきた。キキスは反射的に防御の態勢を取るが、相手は異形の生物。戦い慣れた人間とは違い、その動きは予測不能で、圧倒的な力が襲いかかる。キキスは必死に抵抗するも、怪物の凄まじい力に押され、徐々に劣勢に立たされていった。
カスタッグとは、”China-U.S. Special Tactical Allied Group”の略で、中国とアメリカが手を組んで組織した特殊戦術部隊である。ベロアグアに対抗するために、最先端の機械兵器を利用した新手の攻撃手段をしかけてくる。キキスとその仲間たちは「カスのタッグ」とけなしたりもした。
ところが今は西暦2024年である。まだカスタッグは生まれていないはずだ。すなわち、目の前にいる敵は別の何かだと彼は悟った。同時に、未知なるものへの恐れが生じ始めていた。
恐怖が心を支配し始めた時、キキスは耳元に手を伸ばした。他の三人に助けを求める信号を送ろう、そう思ったのだ。物理的操作を必要としない装置に手を触れようとしたのは本能的なところから生じた行動であった。だが、小型通信装置に触れるはずの彼の左手は彼の左耳に当たっていた。彼ははっとした。装置がないのである。顔を敵の方へ向けたまま目だけを動かし、周囲に視線を滑らせた。すると、怪物よりもさらに後方に通信装置が落ちているのが目に入った。背筋が凍り付いた。
キキスの体力は限界に達しようとしていた。視界が揺らぎ、意識が遠のきかけたその時、
「キキス!」
叫び声とともに彼の視界に現れたのは、エッジとグレイの二人だった。彼らの登場に、キキスは一縷の希望を見出した。
エッジは両手で薙刀を鋭く振り、グレイは弓矢を力強く引き絞った。
対峙しているキキスと怪物をめがけて二人は木々の間を駆け抜ける。そんな彼らよりも後方には、もう一人の仲間がいた。
髪が薄紫色に染まった女、イヴナの手にしている銃器は一見して尋常ではなかった。全長1メートルはありそうな迫撃砲。その銀色に輝く側面には、深緑色の頭蓋骨模様が不気味に刻まれている。
イヴナが銃器の照準を覗き、目標を定めている間、エッジとグレイはキキスの数メートル手前のところまで駆けつけていた。二人はタイミングを合わせてスライディングを決め、地面に硬直しているキキスの両脇にそれぞれ入り込んだ。それから彼の腕に各々の腕を回し、そのままの勢いでキキスを怪物の目の前から退避させた。
無論相手も阿呆でもなく、すぐにキキスの仲間がしようとしていることを見抜き、彼らに襲いかかろうとした。そのときちょうど、木々の間から怪物の姿を捉えていたイヴナはその全身を照準に収め切った。
彼女は静かに、しかし確実に引き金を引いた。轟音と共に放たれた特殊弾は、怪物に直撃し、その巨体を文字通り粉砕した。
だがその威力はあまりにも強烈だった。イヴナの身体は弾の発射とともにその途轍もない反動に打たれ、無残に地面に叩きつけられた。
戦いは終わっていなかった。別個体の怪物が出現したのだ。先ほどの怪物と同じくギラギラと光る鱗に全身を包まれ、爬虫類特有の表情の読めない瞳をしていた。
エッジ、グレイの二人はキキスの身をイヴナに任せて──このときすでにイヴナは地面から立ち上がり体中の土を払った後だったために、彼女の身に起きたちょっとした惨事はこのときまだ気づかれていなかった──怪物に立ち向かった。
イヴナは疲労困憊のキキスの元へ駆け寄り、肩を貸すようにして立ち上がらせ、草木の間を縫うように進んでその場から退避した。
その間にも、エッジとグレイは残る怪物と激しく戦っていた。だが、数が圧倒的に不利だった。次々と現れる怪物たちが二人を取り囲み、その数はついに六体にまで膨れ上がっていた。エッジは力強く薙刀を振るい、怪物たちを一体一体倒していくが、その勢いも次第に鈍り始めた。
「うしろ!」
グレイが叫んだ。その瞬間、地面に火花が散った。爆弾、あるいは地雷が仕掛けられていたらしい。エッジは爆発に巻き込まれる。
ところが何かが彼を押し飛ばした。次の瞬間、爆音が響いた。
グレイの身体は空中に舞い上がった。
彼女の体は地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「グレイ……!」
エッジは叫びながら駆け寄るが、すでに手遅れだった。グレイの身体は、無残にも破壊されていた。
エッジは震える手で、友の亡骸を抱きしめた。
親友と呼べる男が惚れた女の屍を。
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キキスとイヴナの二人は無事に退避することに成功していた。キキスはその道中で自分を庇う女が怪我を負っていることに気づき、自分ばかりが守られていることへの申し訳なさのあまり疲弊した身体を奮い立たせて自分と彼女の立ち位置を交代しようと申し出た。ところが彼女はよほど命令の完遂に拘るのか或いは見かけに反して丈夫な身体をしているのか、彼の提案を退けた。
エッジと合流して間もなく、彼らは仲間の戦死を知った。彼女の最期を見届けたエッジ自身が語ったのだった。
「すまない、僕のせいで……」
グレイを死なせたことで、エッジは一人で背負うには重すぎる罪を感じていた。そんな彼に対してキキスは意外にも穏やかな態度をとった。
「お前は悪くない」
彼はそう言った。しかしそれ以上の慰めや同情の言葉をかけてやることもなく、彼のもとを離れた。
エッジは彼が自分に怒りをぶつけてこなかったことに、かえって焦りのようなものを感じていた。自分は期待されていなかったのだろうか。それはそうとして、愛するものを奪われた哀しみと憤りを、彼はどこにぶつけようというのだろうか。
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グレイが死んだ日の夜。
迫撃砲の発射の反動で負傷したイヴナは、簡易的な処置を受けた後、彼らの新しい拠点の部屋のひとつで休養をとっていた。同じ部屋にはキキスもいた。
「お前はそんな目にあって、なんともねえのか」
キキスはこう問うた。なぜなら、筋肉や骨が垣間見えるほどの傷を負っているのにも関わらず、彼女が怪我人らしい雰囲気を一切醸し出していなかったからである。しかし、彼の問いかけに対してイヴナは無言であった。
「たとえば、俺たちに探索を命令したカイラを憎んだり」
イヴナは黙っていた。思えば、彼はまともに彼女と話したことがなかった。どんな声をしているのかさえも知らない。
「ま、答えないか……」
「なんでカイラを憎むんだ?」
そのときいきなり彼女が口を開いたので、キキスは仰天した。
「お前、普通に話せるのかよ。何か訳があるのかと思ってたぜ」
「私はカイラの言うことに従う」
びっくりするくらいに流暢な日本語を話す彼女にキキスは口を開けたまま驚愕していたので、彼女の言葉が言語として頭の中に入ってくるのが普通よりも遅かった。彼は少し考えた後にこう返した。
「お前にとってカイラは、大切な存在なのか」
「大切な、存在……? よく分からない」
分からないのはこっちだよ、とキキスは言い返したくなった。
「昼間はあんまりしゃべらねえのも、それと関係あるのか?」
イヴナは無言のまま視線を目の前の男から逸らした。今日処置を施した箇所とは別に、彼女の首元にわりに新しく縫った跡があるのをキキスは見つけたが、これまでのやりとりで彼女と普通の会話ができないことを悟った彼は何も尋ねなかった。
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三日後の朝。
エッジは一人で敵陣に乗り込んだ。
キキスとイヴナは一時間後にそれを知った。
彼は死をも恐れぬ勢いで後から追いかけた。
助けようと思ったが、間に合わなかった。
彼は親友の心を救おうとしたが、できなかった。
戦場にたどり着いた彼が見たものは、明らかに人間のものではない足跡。そして、血だらけで倒れている友の姿だった。
エッジは死に際に彼に最期の言葉を告げた。
自分が死んだのはグレイの死があったからではない。だから彼が気に病むことは何もない、と。
それから、今日のことは忘れて笑って生きてくれることを彼に約束させた。
親友の最期の言葉を耳にした直後、彼と彼の親友の屍は突如現れた巨大な蛇に襲われた。
彼は亡き友が残した薙刀を拾い上げ、雄叫びをあげて立ち向かった。それでも敵わなかった。
彼は自分の無力さを呪った。
ところが彼の命は守られた。カイラとウッドがいよいよ救助に駆けつけたのだ。
カイラは電撃で巨大蛇を麻痺させ、弱った敵にウッドがとどめの一撃を食らわせた。
キキスは二人の力の大きさに畏怖の念を抱くとともに、守られてばかりの自分に嫌気がさした。
「すまない」
安全な場所に移動した後、カイラは彼にそう言った。彼は自分にその言葉が向けられたことがどうしようもなく憎く、悔しかった。
「憎しみに呑まれるな」
ウッドは彼にそう言った。冷徹な眼差しの奥に同情の心が垣間見えた。彼は憤りを覚えた。
「もし俺が悪魔に魂を売ってしまったら、そのときはカイラさんが俺を殺してください。」
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──キキスの友が旅立ってから約十八カ月後
キキスを倒したカイラ。
彼はキキスの亡骸を、小さな片栗の花が二つ、三つ咲いているところへ連れていく。それはメメントリングの力を試すべく、カイラ自身がかつて過去の大地にまいた種であった。
カイラは、その花の花弁が亡骸の赤い髪に触れられるように寝かせた。目の前で散っていった命を忘れぬよう、彼自身が望んで血の色に染め上げた髪である。
お読みいただきありがとうございます。感想・評価などよろしくお願いします。
主人公を一人に絞って外伝をやっているのに、他のキャラクターに関わる謎を散りばめるのが僕の悪い癖ですね。ですが、謎はきっちり解明します。
あと、気づいてもらえなかった場合に非常に悲しいのでここで申し上げておくと、カイラがまいた種は片栗の花。別名「カタコ」です。これ以上は語りません。
次のおはなしは本編に戻ります。
次回 EPISODE 28 復讐の鬼 に御期待下さい。