仮面ライダーハルガ
前回の三つの出来事。
一つ。シャングリラにやって来たルイとさくらは、崩壊しつつあるシャングリラの姿を目の当たりにする。元の世界へ戻るための道を発見した彼らは、シャングリラから人々を脱出させる計画を立てていた。
二つ。サンクの真意を知って指導者を裏切ったウッド。彼はカイラとともに雷のハルガに立ち向かうも、窮地に立たされる。そこへ逃がしたはずのイヴナが舞い戻ってきた。
そして三つ。ルイはシャングリラにてかつての恩師、緑山先生と再会する。緑山はルイに、彼の家族の身に起こった真実を話した。
「君の家族が、犠牲になったんだ」と緑山は言った。
ルイは言葉を失った。目の前の男の言っていることが信じられなかった。こんなときに下らない冗談を言う人でないことくらい分かっていたし、そうでなくとも、そのときの緑山の表情が全てを物語っていた。それでも、ルイは緑山の言うことを信じまいと思った。しかし信じまいとすればするほど、彼の意志に抗うように不安と恐怖が勢いを増していった。そしてその怖気が彼の心の半分以上を敷き詰め尽くしたとき、喉の奥から言葉が溢れ出ていた。
「犠牲になったなんて、そんな大袈裟なこと言わないで下さいよ。だって、ミクたちは無事だって、先生言ってたじゃん」
「あのときは君を傷つけまいとして本当のことを言わなかった。私は嘘をついたんだ」
「嘘なんて……先生が嘘つくなんてそんなことあるわけない、あるわけないよ」
緑山は何も答えなかった。何も答えられなかったのだろう。青年に嘘をつくというあのときの自分の判断が、現在の彼を苦しめているということくらいは、緑山にも分かっていた。分かっていたが、分かるはずもないし、何かを言ったところで青年の胸に空いた風穴を広げるだけだ、と緑山は思っていた。
「やっぱり呪いは本当だったんだ」
ルイはそう呟いた。それを聞いた緑山は何か問いかけようとしたが、彼が口を開く前に、ルイの表情が絶望から焦燥に変わった。
「さくら……!」
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電撃を吸い寄せていた迫撃砲は、その許容量の限界に到達した。
迫撃砲が真っ白に光ったかと思うと、凄まじい衝撃波のような振動があたりを襲った。立て続けに、迫撃砲は破裂して爆風を引き起こした。
キルジンヴァジュラは内に秘める全エネルギーを放出し切ったのか、あるいは爆発的衝撃によって内部システムを崩壊させられたのか、動作を完全に停止していた。
爆発の中心、いや、中心から数十メートル離れたところには、焼け焦げた服と、ぼろぼろになったガントレットが落ちていた。ウッドが身につけていたものだった。
あの男は、爆発が起こる寸前、自分の身を犠牲にしてイヴナを守ったのだった。残された僅かな心拍を使い、光に負けぬ速さで迫撃砲の元に滑り込み、それを構えていた彼女を弾き飛ばしたのだ。男の残骸が爆発の中心から離れていることは、彼が最期まで生きる希望を失わなかったことを示唆していた。
イヴナはウッドの死に場所で、俯きながら立ち尽くしていた。彼女の姿は黙祷を捧げているようにも、感情を押し殺しているようにも、また、無我の境地に至っているようにも見えた。あるいはその全てであった。
彼女は、身を震わせながら、大地の奥底まで滲みいるような、深いため息をひとつついた。それから、死んだ男の血の匂いが混じった空気を吸い込んだ。彼女は両目をかっと見開くと、雷のハルガの方を見据えた。
イヴナは駆け出す。刀を突き出しながら、雷のハルガに接近していた。対する雷のハルガは彼女に向けて電撃を放つ。イヴナはその電撃を刀で受け止める。それから一点の迷いもない鮮やかな動きで前へ進み、相手の懐に入ろうとした。
雷のハルガは遠隔攻撃を止め、近接戦を持ちかける。目の前に飛び込んできた敵に向かって拳を振り下ろす。しかし次の瞬間、イヴナの姿は雷のハルガの死角にあった。彼女は雷のハルガの背後に斬撃を見舞った。
雷のハルガは咄嗟に身体を拗らせ、相手の刃を左腕部装甲で受け止めた。装甲に刃が食い込み、浅いとはいえない谷のような切れ込みができる。
イヴナはそのままの状態で地面を軽く蹴った後、相手の装甲に食いこんでいる刀を支点にして、一瞬身体を浮き上がらせた。それからすぐに、相手の身体を蹴飛ばすようにして、その反動で後方に飛び退く。
雷のハルガは相手との間に距離が生まれた途端、ここぞとばかりに相手に向けて電気光線を発射した。イヴナは地面を転がるようにして光線を避ける。彼女は相手の位置を中心とした接線方向に走りつつ、回避を繰り返す。
雷のハルガは、稲妻を乱れ撃ちしていた。紫の装甲が帯びる電気はますます激しくなり、それに伴って電撃線の威力は増していた。標的を逃した稲妻は大地の上を走り抜ける。
イヴナは跳ねたり滑ったりして、相手がとめどなく放つ電撃を躱していた。彼女の運動能力はウッドから受け継いだ高速移動ではない。生まれながらにして彼女に備わった、天賦の才であった。
しかし突然、彼女の身体はつまずいたかのように勢いを崩した。躱したはずの電撃がまるで意志を持っているかのごとく方向を変え、彼女の脚に絡まりついたのだ。速度を落とした彼女は、立て続けに無数の電撃の魔の手に襲われた。
イヴナは動きを封じられていた。無数の電撃線は蜘蛛の糸のように放射状に並び、彼女を捕らえていた。
雷のハルガは全身に纏っていたエネルギーを胸の前に集中させた。凝縮されたことで威力が何倍にも増幅された電撃。それを放たんとする戦士は、相手の心臓を狙った。
そのとき、雷のハルガの背中に何者かが飛びかかった。カイラだ。彼は雷のハルガの攻撃を止めさせるべく、相手の体勢を崩そうとした。
カイラの妨害により、電撃線の軌道がやや上に逸れた。凄まじいエネルギーを持つ稲妻は、イヴナの頭に直撃した。
脳に電撃を受けた彼女は、身体中の神経が痺れて動けなくなってしまった。
「カイラ、お前の死に様は後でじっくり見てやる。今は大人しくしていろ!」
そう言い雷のハルガはカイラを無惨に蹴り飛ばした。
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緑山に避難すべき場所を口早に伝えた後、ルイは飛ぶように舞い戻り、さくらのいる場所にたどり着いた。
「さくら!」
彼がそう叫ぶと、彼女はルイの方を振り向く。
「何かあったの?」
「さくらは先に行け。早く元の世界に戻るんだ」
「どうして急に」
「いいから!」
家族を失った現在の彼には、さくらだけが残っていた。希望の花は、彼女だけだった。その唯一の希望までもが失われる危険に晒されているのだから、彼が冷静さを失っていたことは言うまでもない。
「ブースターの速度なら十分なはずだ。俺がパルマナカルマを使うから、合図したら──」
「ちょっと待って! 私だけが先に戻ったら、他の人たちはどうするの? 私だけのためにエネルギーを奪い取ったら、その後はもうもたないかもしれないのよ」
「なんでもいいからとにかく急いでくれ。俺には……俺には呪いがかかってるんだよ! その呪いのせいでさくらは──」
「分かってるよ!」
彼女が大きな声でそう叫んだので、ルイは驚いた。
「愛する人の命が奪われる呪いでしょ。分かってるよ。ルイがどれくらい私のこと大切に思ってくれてるかだって、ちゃんと伝わってるよ」
彼女の肩はわずかに震えていた。死への恐怖からか、言葉に込める強い想いからか。けれど彼女の瞳は揺れることなく、まっすぐに目の前の青年を見ていた。
「私だって死ぬのは怖いよ。けど、みんなを救うことが私たちのやるべきことでしょ。他の人を犠牲にして得た命なんて、私にはいらない」
さくらの言うことは実に的を得ていた。加えて、ルイのやろうとしていることは、正当化されるような行為ではない。それは彼自身にも分かっていた。分かっていたが──
「それでも、君を失いたくないんだ。君が居なくなったら俺は……」
「私だって同じよ。あなたが死んだら嫌」
「俺は死なないよ。呪いがかかってるから、きっと」
「それでも。それでも、一緒に戦う。今までもそうだったでしょ」
さくらの瞳はまっすぐにルイを見つめていた。彼は相手の言葉に頷くしかなかった。
「せめて一番先頭にいてくれ。向こうの世界で何が起こっているか分からないし、逃がした人たちを最後まで守るためにも」
さくらは彼の頼みを聞き入れた。
間もなくして、猛獣オルタグアの咆哮が轟いた。準備が整ったことを知らせる合図だ。作戦決行は間近に迫っている。
シャングリラはいよいよ、目に見える形で崩壊し始めていた。地平線の向こうから、大地がドミノ崩しのようにして瓦解し、奈落の底に落ちていく。その様子を目の当たりにした人々は息を飲む。だが悲鳴をあげる者はいなかった。皆が真剣に、生き延びるための最後の手段と向き合っていた。
パルカナカルマを手にした炎のハルガは、灼熱の太陽に接近した。パルマナカルマを火炎の中に食い込ませるとともに、大きく掲げたもう一方の手から炎の矢を放った。それは天高く飛び、放たれた場所から二キロメートルほどのところで爆散した。
作戦開始の花火だ。
縦に整列した鳥型オルタグア・ユニオン。その背中には、百から二百人ほどの住民がしがみついていた。鉤爪のある足には他の姿をしたオルタグアがぶら下がっており、さらにそこにはシャングリラの住民たちが乗っていた。
一番前にいる鳥型オルタグアの首元には、白金の装甲を纏った女戦士が立っていた。
彼女たちは元の世界へ通ずる扉に向かった。
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イヴナ、そしてカイラは生命の危機にさらされていた。もっとも、そのとき雷のハルガの矛先はイヴナの方に向けられていた。
唐突な破壊音が戦場に轟く。音の正体はカイラの発明品のひとつ、完全自律型自動車リオンであった。だがそれは、カイラが呼び寄せたのではなかった。
自動車の中には誰も乗っていなかった。つまり、リオンがその内部に埋められたプログラムに従ってここへ来たことを意味していた。リオンに植え付けられた人工知能システムは、カイラの脳内にあるチップと接続されていた。すなわち、カイラが見たもの聞いたものを、リオンの知能は直接分析できるわけだ。その上で、リオンはこの場所に来ることを判断した。
「逃げるつもりか?」
雷のハルガはそう言った。敵の援軍が到来したと思った戦士は、それから、直ちに自動車リオンの方へ稲妻を放った。その一撃の威力は凄まじかった。外装は剥がれ落ち、タイヤは高熱のあまり融解し、エンジンは破壊された。自動車は移動能力を失った。
しかし、完全自律型自動車リオンはなおも、到着を知らせる合図をカイラのブレイン・チップに送信し続けていた。
なぜなのだろうか、とカイラは思考を巡らせた。リオンが来た理由が、二人の逃走では無いのだとすれば、如何なる目的があるというのだろうか。このとき、カイラは最高速度で脳みそを動かしていたためか、顔が引き攣っていた。雷のハルガはその表情を恐怖心ないし絶望の顕れであると思い込み、再びイヴナの方を狙った。
だがカイラの頭の回転速度が勝った! 彼は、完全自律型自動車リオンがここへ来た理由を解明したのだ。
それからカイラは世にも奇妙な動作をやってのけたが、その一連の流れはこうであった。まず、彼は慌てた様子で自動車リオンに駆け寄り、そのボンネット(があったはずのところ)に乗り上がった。続いて左肩を少し動かしたが、ここで彼は自分が左腕を失っていることを思い出した。そこで彼は右拳でフロントガラスを叩き割り、座席のシートを引き剥がし、中から先の尖った棒状のものを取り出した。カイラはそれを右手にしっかりと握ると、壊れたエンジンの横にある謎の装置に勢い良く叩きつけた。すると装置の表面に小さな凹みができた。カイラは車の上から地面に降り、自動車リオンの真横に立った。そして、剥き出しになったエンジンやその他の装置が並ぶところの端を掴むと、それを上に振り上げた。装置の設置された板は ばん と音を立てて車の本体から分離された。カイラそのままの勢いで、それを投げ飛ばした。
投げた先には雷のハルガがいた。雷のハルガはそれに稲妻を放った。すると装置の並んだ板は回転方向を変え、身動きのとれぬイヴナの方に向かっていった。
次の刹那、ざしん と、ごく小さな音が響いた。雷のハルガが纏う電気が発する微かな音の方が大きいくらいだった。
音が響いた直後、否、ほぼ同時にそれは起こった。刀を振りかぶったイヴナが雷のハルガの目の前に現れた。不意を突かれた戦士は抵抗する間もなく、相手からしたたかな一撃を浴びせられた。
刀は戦士の胸部装甲を真っ二つに割った。ハルガの装甲の硬度があともう少し低ければ、装甲の下にある身体までも貫通されていただろう。
大きな損傷を負った雷のハルガはその場にどさりと倒れた。紫色の光が戦士の周囲を取り巻き、次の瞬間、そこには若者の肉体があった。
イヴナとカイラは、そこに敵の正体を垣間見た。銀色の長髪の、男か女か判別できない顔の若者であった。
しかし二人が相手の素顔を見定めぬうちに、若者は跳んでいくようにしてその場から去った。イヴナも、ましてやカイラも、その後を追わなかった。
イヴナは地面に刀を突き立て、膝をついて荒い呼吸をしていた。
「大丈夫か、露夜」
彼女のところに近づいたカイラは、そう話しかけた。
「なぜそう呼ぶ」
イヴナは彼に尋ねた。相手は答えなかった。カイラはただ、満たされたような顔つきをしていた。イヴナは呼吸を落ち着かせると、こう尋ねた──
「さっきのあれは、一体……」
「私がさっき投げたあれ、のことか?」
イヴナは小さく頷いた。
「君の脳と神経は奴の攻撃のせいで麻痺していた。それを治しただけのことさ」
「どうやって」
「神経の損傷を治癒するナノロボット。それがあの自律型自動車リオンくんの事実上の存在意義だ。中には無数のナノロボットたちが浮遊している。もともとは、さくらの身体のメンテナンスを行うために開発したものだった。まさかこんな場面で役に立つとは思いもしなかったよ」
「どうしてもっと早く使わなかった……父さんも、死なずに済んだかもしれないのに」
そう言いながら、彼女はウッドの死に場所に視線を移した。黒焦げになった彼の服の端切れが、風に吹かれてひらひらとはためいていた。
「あれが有効なのは、さくらと、君だけだ」
「──どういう意味?」
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さくらは暗闇の中にいた。いきなり視覚が奪われたかのような感覚に陥り、脳がいささか混乱を起こした。声を上げたが、応えるものはいない。シャングリラから逃れた人々はここにはいないらしい。一体どこへ転送させられたのだろうか。それともまだ戻ってきていないのだろうか。
さくらは、今自分がいるこの場所は、シャングリラへ通ずるこちら側の扉があったのと同じ場所だ、と思った。しかし、洞窟の暗がりの中では、それを確かめるすべもなかった。ここが洞窟ないし自然力によって生み出された地形であることは、地面を触ったときの独特の感触から分かった。
真っ暗だった視界が、しだいにぼんやりと明るくなり始めた。瞳孔が暗闇に適応したのだ。しかし、それだけではなかった。どう考えても、暗闇の中にいるとは考えられないくらい、視界が鮮明になっていた(無論、さくらの視覚をもってして、である)。洞窟の壁の凹凸の様子がはっきりと分かるくらいであった。四方を壁に囲まれているのに、こうも明るさを感じられるのは一体どういうわけか。さくらが頭を悩ませていたところ、聞き慣れた鳴き声がこだました。
キィィィ とそれは鳴いた。洞窟の壁に反響して、むしろ ファァァ というように聞こえたが。それでも、さくらはその声を耳にした瞬間、それが何の音であるのかをすぐに理解した。それは鳥型のサポートメカ、フェルルであった。
彼女は、それが自分たちを支援する小型ロボットであることは知っていた。しかし、それがなぜ存在するのか、誰によって作られたのかを、忘れてしまっていた。そのことはまだ思い出せていなかったのだ。
飛行型ロボット、フェルルは、さくらの目の前までやってきたかと思うと、すぐに引き返していった。さくらは疑問を抱いたが、少なからず自分に用があるのだろうと思い、その後を追った。
しばらく進むと、洞窟の天井に大きな穴が空いていた。穴の先は地上に繋がっているらしかった。さくらはブースターを展開し、穴を通り抜けた。それでブースターのバッテリーを使い切ってしまった。
彼女がたどり着いたのは廃工場のような大型の建物であった。さくらはフェルルを追いかけてその中へ入った。
そこには銀色の髪の若者がいた。長い髪が肩にかかっていた。その若者は、鋼鉄の柱に背中をもたれかけるようにしてへたっていた。彼あるいは彼女が、助けを必要としていることは間違いがなかった。
さくらはその若者がいるところへ駆けて行き、彼あるいは彼女と目線を合わせるためにしゃがんだ。
「大丈夫?」
さくらは若者の顔を覗き込んだ。艶やかな肌の頬と、それにいささか不釣り合いな刺々しい眼光であった。髪の生え際が滑らかな曲線を描いていたが、そこから汗水が流れていた。さくらが相手の具合を確かめようとさらに近づいたとき、相手はこう言ったのだ──
「貴様の心臓を貰う」
そう言うや否や、その若者は相手の胸部に手刀を突き付けた。若者の左手は紫色になっており、その指先は槍と化していた。もしそのときのさくらが白金の装甲を纏っていなかったとしたら、その一撃で彼女の人生は終わりを告げていただろう。
白金の装甲は彼女の身を守った。だが、ダメージが全くなかったわけではなく、彼女は後ずさりした。困惑する彼女の目の前で、銀色の髪の若者は全身から光を放った。すると、彼あるいは彼女の周囲に、紫色の稲妻が走った。
さくらは相手の正体を悟った。それとほぼ同時に、紫色の装甲の戦士の姿が顕現した。
次の瞬間、鋭い打撃が振りかざされる。紫色のハルガは拳に雷を纏い、蓄積されたエネルギーとともに強大な一撃を相手に突き付ける。
さくら──QUASHER-Ⅱと名付けられた戦士は、身体を捻らせて相手の攻撃を避けた。しかしそれと同時に、彼女の背後から予期せぬ攻撃の手が迫っていた。
彼女の死角から電撃を放ったのは、他でもない、彼女をこの場所へ連れてきたフェルルであった。驚いて振り返ったさくらに対し、フェルルは続けざまに稲妻を放つ。それは雷のハルガが纏うオーラと同じ色をしていた。その翼には印字がなかった。
「まさか、あんたがフェルルを操作して──」
次の瞬間、紫の手刀が振り下ろされた。
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その頃、異世界シャングリラは終焉を迎えようとしていた。大地を構成する岩石はばらばらに分離され、浮島となった土の塊が、わずかに赤い宇宙空間に漂っていた。いや、そんな穏やかなものではない。空間全体をおぞましい嵐が包み込み、残された物体も徐々に蝕まれていった。
炎のハルガことルイは、シャングリラに閉じ込められていた人々が、元の世界への扉をくぐり抜けるのを最後まで見届けた。そしてこの炎の世界にやり残したことが何もないことを確かめ、自分の任務を追えたルイは元の世界に戻ろうとしていた。そのときだった。
キィィィという鳴き声が聞こえた。それはフェルルの発した音だった。ルイの目の前に飛んできたフェルルは、空中の一点に留まると、目から光を放って宙に映像を投影した。
ところで、このフェルルの翼にはMK-Ⅱという白色の印字があった。この小型ロボットはキルアが作ったものだった。
さて、フェルルMK2が映し出す映像の中には、さくらの姿があった。
「さくら!」
ルイは、彼女が無事に元の世界に戻ったらしいと知って、ほっとした。しかしそのとき、映像の中の彼女と対峙する、銀色の髪の若者の存在に気づいた。そして次の瞬間、若者の姿は紫の装甲の戦士──雷のハルガに変わっていた。
さくらが一人でサンクと戦っている! ルイは焦りを感じた。そしてその焦りを煽るかのように、映像の中に電撃が走り、さくらの背中に命中した。電撃を放ったのは、フェルルと同じ形をした飛行ロボットであった。
映像の中に映るそのロボットは、ベロアグアの拠点に残っていた、フェルルの試作品だった。カイラの左腕──キネティック・アーム──を手に入れたサンクは、そこに内蔵されているプログラムデータを引き出し、フェルルの試作品を操作したのだった。フェルルMK2はキルアが独自に作ったものであるから、カイラのアームの中にそれに関するデータがなかったのも当然のことだろう。
さくらの身に危険が迫っていることを知ったルイは、彼女のところへ急ごうと、全身に炎を纏った。そして扉に向かって飛び立とうとしたその矢先──
「おにい」
か弱い声が、一瞬だけ彼の鼓膜に響いた。ともすれば風のさえずりだったかもしれない。しかし、それは悠刻家の娘──ルイの妹の声にそっくりだった。
「ミク?」
ルイは宙に向かって声を張り上げた。すると、さっきと同じようなか弱い声が、彼を呼ぶ声が微かに聞こえた。
まさか、生きてるのか。
「ミク! どこだ! どこにいるんだ!」
ルイは、嵐の勢いにかき消されるような妹の返事を頼りに、彼女が居る場所を探し当てようとした。
そのとき、青年ははっとする。今、元の世界ではさくらが雷のハルガに立ち向かっているのだ。たった一人で。このままでは彼女は──。しかし、今自分のすぐ近くには妹がいるのだ。自分が助けなければ、妹の命はこの世界とともに永遠に失われてしまうだろう。
彼は考えた。もし自分がこの場で妹を見捨て、代わりにさくらを助けに行ったとき、彼女はどんな顔をするだろうか。逆に、戦っているさくらを放っておいて自分の家族を助けた場合、待ち受ける結末はなんであろうか。
結局、ルイは妹を助けることを選んだ。
人生には、必ず分かれ道が現れる。決断という名の分かれ道が。そして二つの道のうち、どちらか一方は底なし地獄への片道切符。だが、どちらかを選択するそのときまで、どちらが不幸の道であるかは絶対に分からない。しかも、どちらを選択することが正しい行動なのか、それすら言い当てることができない。それは猫が乗っているトロッコなのである。
最後までお読みいただき有難うございます。感想などお待ちしております。
次回『EPISODE 34-β DARK FATE』に御期待下さい。