【完結】仮面ライダーハルガ   作:じゅんけん

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劇場版ハルガ エターナル・ウォー シーン2:闇は決して死なぬ

 

 

 マスカードラゴン、マスカーアラネア、マスカーオルス。三人のHEXASはデーモン・スカーに大敗し、悪魔討伐作戦は失敗に終わった。だが、初めてデーモン・スカーと渡り合えた兵器として、HEXASは世界中の人々の注目を集めていた。

 

 青海空翔と森丘敬──二人の研究者は、この契機を逃さなかった。彼らは裏の世界──科学者界を追放された異端者、それからやむを得ず、あるいは自ら進んで表の人間社会で生きることをやめた者たちが集う世界──でその研究内容を発表した。自然との調和という考えに基づいた融合進化論。それによって人間を新たな生命体へと進化させる改造手術。このような未知なる研究の存在が明らかになると、彼らに協力を申し出る者が世界の各地から押し寄せた。

 

 二人は協力者を迎え入れると同時に、組織VELOURGWAを結成した。デーモン・スカーを止めるためと称して、同意した協力者の一部に対してオペレーションを施す計画を行った。

 

 新たに集まった数万人の協力者たちは言うまでもなく、自然と人類の調和、あるいはそれに基づく融合進化を肯定的に捉えていた。もっとも、だからといってその考えに賛同しない人間を敵とみなすばかりではなかった。その中のある者が考えるところによると、人間も元をたどれば自然から誕生した生命体なのだから、人間を敵に回すというのは自然を敵に回すと同義である。また別の者の意見では、全人類が自然と一体になることこそが目指すべき完璧な調和の状態であるから、反対する者を排除するのではなく、共に自然と調和し合う道へと誘うべきだということであった。

 

 森丘敬はというと、自分と関係のない物事に、いや、場合によっては関係のある物事でさえ、全く興味を持たない質であった。それによって、自然との調和には賛成するものの、赤の他人と共にその目標を目指そうなどという気にはならなかった。彼にとって重要だったのは、自分と、自分の家族と、古くからの付き合いのある友人であった。彼はすでにオペレーションを受けていたが、そればかりでなく、自分の息子と娘にもオペレーションを受けさせていた。

 

 青海空翔は、組織の理念を唱えた人物であるから当然のごとく、自然との調和を目指しているという点では他の者たちと同じであった。一方で彼は、森丘敬ともまた違った考え方の持ち主であった。彼は敵味方をはっきりさせたい質であった。したがって彼は、自分の思想に反対する人物を全員敵とみなし、もし自分や自分の仲間に少しでも危害を加えようものならいつでも排除してしまう心構えでいた。

 

 また、彼には一人の息子がいたが、オペレーションを安全に行える年齢に達していなかったため、このときにはまだ改造手術を受けていなかった。

 

 

──VELOURGWA結成から一ヶ月後──

 

 二回目の悪魔討伐作戦が始まろうとしていた。メンバーに選ばれたのは、

 

HEXAS 5号体 マスカードルク──秋山祐介

HEXAS 6号体 マスカーゼラン──森丘あきら

HEXAS 7号体 マスカーアピス──森丘いおり

 

の三人。それから数十名の協力者たち──いずれもマスカーオルスのモデルであった。

 

 純粋な能力だけで見ると、マスカーゼランとマスカーアピスの二人だけでもデーモン・スカーを討伐するには十分であった。しかし、二人は改造手術を受けた後、新たな身体に適応するための”アダプテーション”を行っていて、つい先日それを終えたばかりであった。このような事情があったので、親である森丘敬にとって、子供たちだけを戦場に向かわせるのは気がかりであった。加えて、一回目の悪魔討伐作戦においては、闇の持つ性質を完全に理解していなかったことが失敗の原因となった。

 

 これらの理由から、予期せぬ事態にも備えられるよう、二人のお目付け役としてマスカードルクが、戦闘のサポート役として数十人のマスカーオルスが駆り出された。マスカードルクが選ばれたのは、周囲の環境に応じて複数の形態に変化する能力を持っているからであった。

 

 なぜ親である森丘敬自身が出動しなかったのか。彼はこの世で二番目にオペレーションを受けた男。その格闘センスと攻撃力はマスカーシルヴァこと青海空翔と並ぶくらいのものだ。彼が現場にいれば、たとえデーモン・スカーと直接拳を交えることができなかったとしても、我が子を守ることはできるはずだ。実際に、森丘敬はそうしたいと思っていた。しかし彼の息子は彼がついて行くことを拒んだ。

 

 森丘あきらは偉大な父親を尊敬していた。またその一方で、常に対抗心を忘れることは無かった。彼にとって父親とは、自分の価値を見出すために超えなければならない壁そのものであったのだ。彼がそんな風に日々思っていることは、彼の父親もよく知っていた。

 

「俺はいつか父さんを超えてみせる」

 

 彼はその言葉を口癖のように、ほぼ毎日言っていた。そして、デーモン・スカーを討伐する計画のメンバーが決まったとき──

 

「俺は俺自身の力を試したい。父さんの助けがないと任務を成功させられないようじゃ、俺は一人前の男になれない」

 

 森丘あきらは父親にそう告げた。それから、妹のことも必ず守り抜いてみせる、と。

 

 

 

 

 彼はそれを実現してみせた。デーモン・スカーが討伐されたのだ。

 

 彼がいかにしてそれを成し遂げたのか、というところについて、明確なことは分からなかった。作戦を終えて無事に帰還した者たちは、どういうわけか、戦場で何が起こったのかについて決して話そうとはしなかったのだ。

 

 当然、森丘敬や青海空翔を初めとする組織の構成員たちはこのことを不思議に思った。戦場で一体何が起こったのだろうか、という疑問が彼らの中に生まれた。

 

 デーモン・スカーが出現した地域は立ち入り禁止区域に指定されていたから、作戦に参加したメンバーたち以外には(討伐対象であったデーモン・スカーを除けば)事の真相を知る者はいない。だからどうしても彼らから情報を聞き出す必要があった。だが、森丘あきらを含む討伐作戦メンバーはいつまでも断固として口を開かなかった──ただ一人を除いて。

 

 その一人とは、森丘いおりであった。最初は彼女も、他の者たちと同様、戦場で起こった出来事について語ろうとしなかった。しかし彼女の父親は、彼女の瞳が何かに怯えているのを見逃さなかった。父親に、一体どうしたのかと尋ねられた森丘いおりは、こう答えた──

 

「デーモン・スカーはまだ生きている。とても深いところに生きている。」

 

 森丘敬はこの言葉の意味が分からなかった。デーモン・スカーが討伐されたことは、観測データから見ても明らかであった。それに、もしデーモン・スカーが討伐されていなかったとすれば、彼の子供たちが無事に帰還するなど有り得ないだろう。

 

 年頃の少女の虚言──第三者が森丘いおりの言葉を聞けば、そんなふうに感じ取ったかもしれない。だが森丘敬は違った。彼は、自分の娘が物事の真理を見抜く力を持っていると信じていた。

 

 加えて、彼女のマスカーアピスとしての力も疑いのないものだった。マスカーアピスの最大の特徴は、強化された神経。全身の筋肉を動かす速度が格段に速まるほか、脳内の処理速度に至っては常人の数十倍にまで向上する。超人的な動体視力と察知能力、洞察力などの力は、戦闘において矛となり盾となる。

 

 そんな力を持った彼女が、「デーモン・スカーは生きている」と言ったのだ。森丘敬はこのことを真剣に受け止めた。そして自らの手で真相を解き明かそうと思い、デーモン・スカーが討伐された地域やその周辺を、徹底的に調べて回った。

 

 そこで森丘敬は一人の男と出会った──庵原飛雄馬である。

 

 HEXAS 8号体 マスカードラゴンこと庵原飛雄馬は、一回目の討伐作戦にて戦死したと思われていた。デーモン・スカーの闇に抗うことができず、この世から消えてしまったものだと。しかし、そのとき森丘敬の目の前に現れた青年は、間違いなく彼だった。

 

 驚きを隠せない森丘敬に対し、庵原飛雄馬は、自分が偽物ではなく本物の庵原飛雄馬であると主張して相手を落ち着かせた後、このように語った──

 

「デーモン・スカーの本体は死にました。でも、闇はまだ残っています。その闇は今、人々の中に潜んでいるんですよ……僕が見たものが現実ならば」

「一体何を見たというのですか」

 

 森丘敬は自分より年下で、身分の低い若者に対しても、丁寧な口調であった。彼の問いに対し、庵原飛雄馬は次のように答えた──

 

「僕はデーモン・スカーの闇に飲み込まれた後、ずっと闇の中にいました。そしてデーモン・スカーが倒されると同時に、その闇から吐き出された。これはあくまで僕の推測ですけど……実は、闇の中に居たときの記憶が僕には全くないんです。飲み込まれた次の瞬間、全然違う場所にいきなり放り出されたように感じました。そしてその次に僕が見たのは、無数の小さな粒──まるで粉雪のような、しかし紫色の闇でした。その小さな闇は、周囲にいたマスカーオルスやほかのHEXASの身体の中に入り込んでいったんです。寄生するみたいに。でもそれはほんの一部で、ほとんどの小さな闇ははるか遠くへと飛んでいきました。僕が知ってるのはここまでです」

 

 森丘敬は、事の次第を大まかに理解した。つまり、悪魔討伐作戦のメンバーたちはデーモン・スカーを倒せはしたものの、その闇だけが残った。闇は無数の小さな欠片に分裂し、それぞれの欠片はその場にいた作戦メンバーたちの体内に入り込んだ。拠点に帰還した彼らの様子がおかしかったのは、その小さな闇の欠片のせいであるとすれば、話の辻褄は合う。

 

「これは、ただの妄想ですけど」と庵原飛雄馬が付け足す。「残りの闇の粒は、一般人か、街の動植物に寄生したんだと思います」

「なぜそう思うのですか」

「闇から放り出された僕は、デーモン・スカーの死体を見たんです。それは、ひと昔前の僕と同じような、ごく普通の青年でした。今、死体と言いましたけど、実はこのとき彼はまだ生きていて……彼は僕にこう言いました──「ありがとう」と」

 

 庵原飛雄馬はひと息ついてから次のように続けた──

 

「デーモン・スカーとは、闇に取り憑かれた青年の成れの果てだったのではないでしょうか? 闇は生物に寄生する、という意味です。馬鹿げた考え方かもしれませんけど。でももしこれが本当なら、あの青年は闇に寄生されたことで、理性や人格を失ってしまった。そうして、この国を脅かすほどの殺戮生物になってしまった。つまり──」

「分裂した闇に寄生された者たちも、デーモン・スカーと同じようになる。あなたが言っているのはそういうことですか」

「そう思います」

「だとすれば……これはまずいことになった」

 

 森丘敬の額には汗が吹き出していた。

 

「はい。一般人たちによる暴動が起こる危険が──」

「それじゃない。君はさっき我々の仲間にも闇が寄生したと言いましたね? その彼らは昨日、拠点に帰還しましたよ」

「それじゃあ、まさか──」

 

 組織の拠点内で暴動が起きている。青年の言葉はそう続くはずだったが、彼は事の重大さに気づくと言葉を発せなくなった。直後、庵原飛雄馬と森丘敬は二人してVELOURGWAの拠点に急いだ。

 

 

 拠点に舞い戻った二人を待っていたのは、巨大な水晶のような氷の塊であった。その中には、二十体あまりのマスカーオルス、それからマスカードルク、マスカーゼランが閉じ込められていた。

 

「これは一体──」

 

 息子の姿を発見した森丘敬が声を漏らす。すると、氷の塊の裏から、マスカーシルヴァが現れる。青海空翔だ。

 

「森丘、すまないが一時的に君の息子を凍結させた」と彼は言った。「これが一番の平和的解決法だと思う」

 

 事の次第を理解していた森丘敬は、息子が氷の中に閉じ込められていることで怒り出しはしなかった。ところがそのとき、彼は巨大な水晶の中に娘の姿がないことを知った。

 

「いおりは、いおりはどこに──」

「彼女は会議室に避難させた。彼らに攻撃される危険があったのでな」

「いおりは暴走していない、ということですか」

 

 思えば、彼女は他の帰還者と違って、デーモン・スカーの闇がなくなっていないことを森丘敬に伝えていた。それは、彼女が闇に取り憑かれていないことを示していたのだ。

 

「ああ」と青海空翔は短く答えた後、相手にこう尋ねた──

「君も知っていたのか、彼らが暴走していたことを」

「ええ。それに関して、話すべきことがあります。会議室へ行きましょう」

 

 森丘敬は青海空翔にそう告げると、後ろに立っている庵原飛雄馬にもついてくるように言い、会議室に向かった。青海空翔はそばにいた数人の構成員に、氷の様子を見張っているように言いつけ、森丘敬の後を追った。 

 

 

 森丘敬は現在生じている問題について、青海空翔に話して聞かせた。それから庵原飛雄馬と森丘いおりが見たものについて、再度詳しい話を聞いた。すなわち、デーモン・スカーが戦いに敗れた後、闇が無数の欠片に分裂し、周囲の生命体に取り憑いた、その一部始終について事細かく聞いたのだ。

 

 また、HEXAS 3号体と4号体(マスカーアラネアと、一体目のマスカーオルス)は闇に飲み込まれた後、消滅してしまったと結論づけられた。また、これまで闇に飲まれた物体や人間も戻っていないことから、闇から脱出できたのは庵原飛雄馬ただ一人であることが分かった。闇の力にある程度対抗できたことが、生死の差を生んだのだ。

 

 現状について大方整理のついたところで、彼らは組織の今後について話し合った。彼らの立てた仮説では、闇に取り憑かれた人間は理性を失い、凶暴化する可能性がある、ということになった。

 

 それはしたがって、VELOURGWAという組織に対する人々の視線も変わってくる、という話であった。組織の存在は表向きに公開されているわけではないものの、完璧に隠蔽されている程でもなかった。人智を超えた科学力を有する団体がある、というくらいの認識は、民衆の中にもあった。VELOURGWAがこのまま組織の形を保っていれば、いずれ人間との間で戦争が起こる、というのが青海空翔の言い分であった。これに対し、森丘敬はこう答える──

 

「しかし、仮に解散したとすれば、HEXASの力を持った者が一般人と同じように生活を始めるでしょう。もしそのような者たちの体が闇に寄生されるようなことがあれば、デーモン・スカーと同等の脅威になりえるのではないですか」

「スーツを回収しておけば問題ない」と青海空翔が答えた。「確かに、常人に比べれば戦闘能力は高いが、それだけだ。闇の欠片を吸った程度では、デーモン・スカーのように闇を展開することもできないだろう。仮にその牙が我々に向けられたとしても、対抗手段はいくらでもあろう。それと、私が組織の解散を主張する理由は他にもある。最近どうも、コネ回しが効かなくなっているようでな」

「政府機関のことですか?」

「ああ。三週間ほど前に若手の職員が情報官に成り上がった。頭のきれる奴だ。そいつのおかげで、この頃ヒューミントの統制が難しくなっている」

「つまり、我々に関する情報が漏洩する可能性があるということですか」

 

 政府の仕事に関心がない森丘敬は、そう尋ねた。

 

「まあ、そういうことだ」と青海空翔は答えた。

「では、やむを得ませんね」

 

 森丘敬がそう言うと、数秒と経たずして、青海空翔はすっくと立ち上がった。

 

「これにて、VELOURGWAは解散だ」

 

 

 それから青海空翔は組織構成員たちに解散の旨を伝えた。当然不満を抱く者もいたが、しだいに彼らは組織に加入する前の生活へと戻っていった。

 

 組織は解散したが、VELOURGWA結成前の研究メンバーたちは拠点に残った。つまるところ、新旧構成員たちは皆、数ヶ月前の暮らしに戻ったということだ。

 

 闇の欠片に寄生された構成員に関しては、闇の除去方法が判明するまで凍結させたままにしておこうということになった。一度凍結を解くことも危険なため、巨大な水晶の形のまま保管することにした。森丘敬にとっては、息子が閉じ込められているというのはどうしようもなく不安で苛立たしいことであったが、解決策が見つかるまでは辛抱するしかなかった。

 

 森丘敬は、これから起こりうる危機から娘を守るため、彼女を学習塾に通わせることをやめた(彼女は学校には行かず、自宅から徒歩七分のところにある学習塾に通っていた)。代わりとして、家庭教師を雇い、家から一歩も出ることなく勉学に励むことができるようにした。森丘敬は青海空翔と違って、人間が嫌いではなかった。ただ他人に関心がないだけであって、他者との接触を拒むほどではなかった。青海空翔は息子を研究所の一室におき、研究員の一人に教師の代わりをしてもらっていたが、森丘敬はそのようなことはしなかった。

 

 

 ──組織解散から数週間後──

 

 悲劇が起こった。

 

 その頃、森丘敬は青海空翔に新たなアップグレードを行うための研究に没頭していた。それは、青海空翔──マスカーシルヴァの生み出す氷の結晶に自己修復素材を組み込むことで、結晶の崩壊を防ぐとともに、治癒能力を加えるというものだった。これが完成すれば、闇に”寄生”された息子を救えるかもしれない。その一心で、彼は必死になって新技術の開発にふけっていた。

 

 研究から手が離せない森丘敬の代わりに、青海空翔はときおり森丘いおりのいる家へ行き、万事うまくいっているかの確認と、森丘親子のコミュニケーションの橋渡しをしていた。青海空翔が一般人を嫌うことを知っていた森丘敬は遠慮気味であったが、青海空翔は友のためだといって外の世界へ出ることをやめなかった。

 

 さて、その悲劇の日、青海空翔はいつものように森丘敬の自宅に向かった。玄関扉の前に立つと、インターホンを鳴らす。友の家ではあるが、いきなりドアを開けて入るようなことはせず、友の娘が中から開けてくれるまで待つ、というのが彼のやり方であった。しかし、その日、数分経ってもドアは開かなかった。どうも様子がおかしいと察した青海空翔は、森丘敬から渡されていた鍵を使って戸を開けた(その扉は閉まるたびに自動的に施錠されるようになっていた)。家の中に入った彼は、森丘いおりの名前を呼ぶ。だがそれに応える声はなかった。

 

 廊下を進んで左へ曲がる。その先の突き当りの右側に、森丘いおりの部屋がある。灯りはともされ、扉は開いたままだった。

 

 部屋の中を覗いた青海空翔は愕然とした。少女の身体が宙に浮いていたからだ。

 

 宙に浮いていた、と彼が思ったのは、彼が視線を下の方に向けていて、少女の足元しか見えなかったからである。しかし、顔を上げた彼はすぐに真実を知った。

 

 森丘いおりは首元に縛り付けられた縄で、照明器具から吊り降ろされていた。

 

 これを見た青海空翔は、すぐに彼女の首元を縛っている縄をほどき、彼女を床に下ろした。この一連の動作には二秒もかかっていないほどの素早い動きであった。しかし彼女は完全に息を絶っているようだった。

 

 このままでは手遅れになると悟った彼は、すぐさまマスカーシルヴァの姿に変身すると、彼女の全身を凍結させた。

 

 青海空翔の心臓はばくばくと動いていた。

 

 そのとき、彼は少女の勉強机の上に一枚の紙が置かれているのに気づいた。それは少女が書いた手紙であることが分かった。

 

 そこには形の崩れた文字で、彼女の想いが綴られていた。十二歳の少女が書いた文章の中身は抽象的な表現がほとんどで、明白な事実は語られていなかった。だが、その手紙を読んだ青海空翔は、何が起こったのかを理解した。

 

 彼女はこの世で最も醜い類の暴力をふるわれた。それは十二歳の少女の心を、形の無くなるくらいにまでズタズタにしてしまったのだ。その精神的苦痛によって、彼女は自らの命を絶った。

 

 暴力をふるったのは家庭教師であろう。ここ数カ月の間にこの家にあがったことがあるのは、彼女の家族と青海空翔を除けば家庭教師の男のほかにいなかった。

 

 青海空翔の胸の中にふつふつと悪魔のような怒りが込み上げてきた。けれどその感情は身体から飛び出すには至らず、しだいに彼は深い悲しみの中に落ちていった。

 

 






最後までお読みいただきありがとうございます。
次回も引き続き"劇場版"です。御期待下さい。

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